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住管機構のファシズムを暴露
「国民の支持」を掲げた「正義」は勝利するか
1999年3月
前 田 年 昭
日本語の文字と組版を考える会
『週刊読書人』第2279号 1999年4月2日付掲載
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| 昨年[1998年]十二月六日,安田好弘弁護士が逮捕された。直接の容疑は顧問弁護士をしていた会社に絡む金の貸借をめぐる争いで住管機構が裁判所をつかって強制執行しようとしたことを妨害したというもの。恣意的で「一線を超えた」逮捕に対し,十日後には不当逮捕抗議の緊急集会が開かれ,支援する会が続々全国に拡大。アムネスティが政府に抗議声明するなど内外に連帯の輪が広がった。身柄拘束のままの起訴に対しては土屋公献・前日弁連会長を弁護団長とする大弁護団がつくられつつある。
本書は「キツネ目の男」宮崎学自身による挨拶文の言葉を借りれば「安田がパクられてから,電脳キツネ目組のホームページを使って,住管機構批判,警察批判をぶち上げ,最後に住管機構に,わしが殴り込みに行くまでの,闘争の実録――あるいは突破者の喧嘩の仕方を教えたる本」である。宮崎は「国民の支持」を掲げた中坊公平,黒田純吉,尾崎純理ら住管機構の「正義」こそファシズムに他ならぬことを徹底的に暴露し,「日本ちゅう国が,いかに地獄への道を突き進んどるか」警鐘を乱打している。
安田事件は,第一に国家権力による組対法(組織犯罪対策法)の先行実施であり,権力による弁護士活動抹殺だ。中坊公平らの住管機構は,経済活動に国家権力が介入して行き詰まった後始末と隠蔽のための国策会社(国立取り立て屋!)である。国民の税金を隠匿!している権力をこそ告発すべきではないか。それができぬから「住管機構」は警視庁が逮捕してから後追い告発したのだ。
第二に,経済活動や労働問題などへの民事不介入は労働者庶民の永きたたかいの歴史によってかちとられてきた権利である。かつて激化する小作争議に対して国家権力は一九二四年に小作調停法を公布,他方で小作人側の弁護士活動の抹殺をはかった。香川県の伏石争議では,日農組合員二百人は地主の差押えに抗して稲の刈り取りを行い,共同脱穀・管理したが,権力はこれを農民の窃盗という刑事事件として弾圧,起訴し,日農顧問弁護士若林三郎は上京途中の列車内で自殺をはかった。歴史の教訓は教えている。
第三に,安田逮捕は権力による弁護士道の否定であり,総翼賛化への突破口だ。ビッグバンを掲げて,オウムやヤクザ,サラ金被害者などの弁護活動はやめよという踏み絵を踏ませようとしている。弁護士が依頼人の思想・信条,職業,門地や事件の内容によって弁護活動をできなくするならファシズムと同じではないか。「捜査機関との連携……刑事事件相当案件を探し出すのも弁護士の仕事の一つ」と公言してはばからぬ黒田らは岡っ引根性に染まった権力の走狗でしかなく,そこには誇りある弁護士の在野精神は微塵もない。
「おわりに」で宮崎学は丹生谷貴志(『文藝』九八年冬号)を引用しているが的確だ。
【国民という集合概念には常にそれに離反するアナーキーが含まれてしまう。(略)離反者,無関心者,アウトロー,或いはまた「女」,病床の老人,子供,知的障害者のようにそれをまったく受け付けない絶対的に別の者までもが「国民」の名で無理やり統括されている。逆に言えば,「国民」は「理念」としての「ドイツ国民」「日本国民」といったものに解体的に働くものを含まざるを得ないのである。(略),「国民一体」といった「理念」の暴力的な捏造が要請されもするのである。……自らの「絶対」を内包しようとするあらゆる「理念」は本質において,或いはむしろ実質上,暴力,排除,抹殺を正当化するものに他ならない。】
宮崎学著
『地獄への道はアホな正義で埋まっとる』
46変形判・199頁・1100円
太田出版
4-87233-446-9
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(おわり)
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