座談会【コンピュータと印刷をめぐって DTP・文字組版・漢字問題 ETC.】

北島町立図書館・創世ホール発行
「創世ホール通信/文化ジャーナル」
40-46号 1998年5-11月
連載(全7回)


出席者
前田年昭(ライン・ラボ,日本語の文字と組版を考える会)
府川充男(聚珍社)
小池和夫(聚珍社)
横山壽信(聚珍社)
小西昌幸(創世ホール)

収録◎1998年2月23日,東京神楽坂・聚珍社


【連載第1回】初出「創世ホール通信/文化ジャーナル」40号(1998年5月1日,北島町立図書館・創世ホール)
小西● コンピュータが出版の世界に入ってきて,印刷や編集・出版の仕事が大きく変わったということを耳にします。そして印刷現場で色々な問題が生じているということも指摘されています。今日はその現場でお仕事をされている皆さんに,DTP★1と文字組版(くみはん)や漢字問題などについてお話を伺いたいと思います。
 私は,趣味でミニコミを作ってきて20年になります。ずっと手書きによる完全版下入稿,オフセット印刷という形態を取ってきたんですが,93年に発行した号ではワープロで文字を打ち出してその切り貼りで版下を作り入稿しました。私はミニコミ誌に関心があるので,パソコンなどで作ったものを目にすることがよくあります。その種のものには,横組みの際の行末の右揃え程度の最低限のことさえできてなくて,行末がガタガタのものがけっこうある。版下のすみずみまで心が行き届いていないからだと思うのですが,指摘しても理解する能力がない可能性もある。謙虚であれば別にいいのですが,「うちはDTPでやってるんだ」なんて,ふんぞりかえって自慢しているものまである。1993年当時,私は確信をもってワープロ文字の切り貼り版下を作ったわけですが,それに対して組版へのデリカシーのない連中は殆ど一致した反応を示して,「○○というソフトを使えば簡単なのに。知らないの」などという。親切心からの発言だとしても,彼らの作った版下が汚くて目も当てられないから,こちらはコンピュータを敬遠してきたわけで,苦笑いするしかない。とにかくこの種のことによく出くわして,ずっと気にかかっていました。まあ,これは最低レベルの例です。
 一方,その正反対の例もあります。昨年徳島に住む私の知人が東京の出版社と資金を折半して小説の作品集を発行したんですが,彼から装釘家を紹介してくれといわれたので,府川さんを紹介しました。知人はワープロで原稿を書いていたので,「よかったら本文の組版もやってあげるよ」と府川さんがおっしゃって,府川さんはフロッピーを受け取ってホイホイと,きれいな本文組版(ほんもんくみはん)をした。ところがその組版が精密だったので,出版社が驚いて夜中に知人に電話をかけてきた。この府川という人は何者か,これだけ精密に組版できる人なら,もしかしたらうちとつきあいのある印刷所だと正しく出力することもできないかも知れない,という内容でした。結局,版下出力は,府川さんの方でやったわけです。その話を伝え聞いて,私は久しぶりに痛快な気持ちになりましたが,府川さんはその出版社に対して「それでもプロかよ」と怒ってましたね。結局何でも研さんを積んだ人が携われば優れたものになって,そうでない場合は大したものにはならないのだと思います。
 長くなりましたが要するに今日の座談会は,今上げた2つの極端なエピソードの間で見受けられる現象について,お話しいただくことになろうかと思います。府川さん,今の話で何か一言。
府川▲ 別に大したことをやったわけではないんですが……。DTP組版でたぶん一番肝心なのは,組版ソフトの仕組,そしてディジタル・フォントの仕組をきちんと,言い換えれば体系的に把握することです。そこで初めて色々な「裏技」も出てくる。しかし昨今は最低限の知識を持たずに仕事をしている「業者」が確かに多いですね。
小西● 小池さんは,府川さんと一緒にお仕事をなさっていますが,今のエピソードのご感想などありましたら,お話しください。
小池◆ 府川さんとはDTPをはじめようかというところで知り合ったのですが,組版は府川さんがガンガンすすめておられたんで,じゃ私は漢字の方を……と,外字制作やJIS漢字の問題をちびちびとやってきたわけです。そこで前田さんとも縁が出来たわけです。
小西● 前田さんは,「日本語の文字と組版を考える会」の世話人でいらっしゃいます。会の結成動機や活動内容についてお話しいただけないでしょうか。
前田■ さきほど「昨今は最低限の知識を持たずに仕事をしている」業者が多いと府川さんが指摘されましたが,まあ逆にいえば組版の仕事は校正の仕事と比べてもプロフェッショナルとアマチュアとの垣根が低く,開放的なのかもしれません。さらに,ワープロの普及は,組版を印刷の専門家の手から個々人の手に解放し,あたかも家電製品のようにしました。結果,製品としての書籍や雑誌などの組版のレベルの平均的な低下を招いているわけです。本を作ることを解放した面と,それがもたらした反対の面ともいえると思います。コンピュータを使うと何でもうまくできるかのような思い込みもあって乱れた組版に開き直る,というとなんですけど,そんな煩(わずら)わしいこといわなくてもいいんじゃないかという傾向もあって,巷には随分読みにくい印刷物が増えたように感じています。こうしたときに,別に私たちが始めなくても,日本語の文字と組版はこれでいいのか考え直そうという動きが起こったのは必然だったと思います。
小西● さっきの例でもそうですが,どんなに良いコンピュータとソフトを持っていても,組版への最低限の知識や配慮が欠落していたらだめだということだろうと思います。一般の読者にはなじみが薄いと思うのですが,「組版」や「組版の仕事」を手短かに説明するとどうなりますか。
前田■ 組版とは一言で言えば,読みやすい印刷物を作る技術です。人間の技術です。だから活字の時代も,写植の時代も,今のDTPの時代も,そういう「もの」としての技術的基盤の違いや移り変わりとは関係なく,組版の乱れは今に始まったことではなく,昔から存在していました。ただ,技術は昔は職人技として,つまり実践と経験に裏打ちされたカンやコツとして,身体のなかにしまい込まれたものとして存在していました。近代になって労働者が何ものをも持たないものとして歴史に登場すると,技術は身体を離れていきます。「機知の巧みあれば,必ず機知の敗あり」と誰かが言ってましたが,機械の便利さにおぼれると,もともとの動機と志が失われてしまう危険性があると思います。組版技術もはたらいてものをつくる,読みやすい印刷物をつくる,という目的が忘れられていないかどうか問いなおす必要があります。
 テレビ番組のポケモン事件が象徴していますが,目立てばよいといたずらに刺激を強める傾向が意識産業としてのマスコミにはありますし,印刷も同様で,変わったことをやるのはけっこうなのですが,経験に裏付けされた歴史的実践に学んで,そのルールを知った上で行なわれねばならないと,私は思っています。読んでいて疲れない本,ひとつひとつの文字や組版体裁などが気にならず,読むこと自体に没頭できる組版,それがいい組版だと思います。(次号に続く)

【一部敬称略/収録:1998年2月23日 東京神楽坂・聚珍社/採録文責:小西昌幸】
★1 DTP
デスクトップ・パブリッシング(卓上出版)というらしい。年賀状をワープロやパーソナル・コンピュータでつくることを始めとして,簡単な印刷物なら個々人で作ることができる。楽しい(解放的な)反面,プロフェッショナルの仕事が果たしてきた役割への世間の目差しも随分と軽くなったのではないだろうか。(前田)



【連載第2回】初出「創世ホール通信/文化ジャーナル」41号(1998年6月1日,北島町立図書館・創世ホール)
小西● 前田さんは,府川さんや小宮山さんとは前から交流があったのですか。
前田■ 府川さんの『組版原論』に出会うまでは知りませんでした。『組版原論』がおととしの春に出版され,これを読んで感激した私から連絡をとったのです。特に組版の技術を論じるときに歴史への目差しが不可欠だという主張に共鳴し,エールを送ろうと思って,版元を通じて必死に連絡をつ けました。初めて会うときはドキドキでしたが,通じあう物があったのでしょう,飲んで話す内に次の日の朝になってましたから(笑)。
小西● 朗文堂の片塩さんが前にこんな風なことをおっしゃっていて大変印象に残っています。……例えば住宅建築の仕事で,大工さんの道具が手びきのものから電動ノコギリや電動カンナに換わっても,それは道具の問題であって,大切なことは施主にとって住みやすい家を作ることだ。出版や印刷の世界も同じであって,ガリ版だろうと,活字版だろうと,写真植字だろうと,コンピュータを使っDTPだろうと,どんな道具を使おうと,読者にとってより良い印刷物や出版物を提供することが第一の目的のはずだ。それなのに,どうもその基本的な認識を欠いてDTP問題を議論する連中が多いようで残念だ。……片塩さんは,そういう風に嘆いておられました。
前田■ 出来上がったもので勝負すべきなのに,道具のせいにする人がいる。作家が小説を書くのに,万年筆がいいかワープロがいいかというのは,作品の良し悪しとは関係ありません。まして文字コードのせいにするなどというのは本末転倒ですね。
 『組版原論』と出会って驚いたのが,その組版ソフトの基本的な性能がどの様なものか知っている者にとっては,驚異の力業でやって見せていたということでした。能書きばかりいうのではなく,その事実を見せられて「これはすごいな。本物だ」と思ったんですよ。『組版原論』に共鳴した点はいくつかありますが,府川さんは「技芸」という表現をされていましたが,僕は組版は「工業製品」だと思ってるんですよ。よく「工業製品」とか「機械」というと,「人間的」という言葉と対比されて否定的に受け取られるかもしれないですが,そうではなくて,原理原則がきちんとしていれば,意味内容に踏み込まなくても10ページまでAさんがやって,11ページからBさんが引き続いてやっても同じ品質の組版ができると思う。それがいい組版ルールで,いい組版ソフトで,いい組版の仕事だと思うんです。そういう,いい工業製品としての組版というものを打ち建てるべきだ。そういう信念からするとやっぱり「道具」の良し悪しが問題なのではなく,大事なのは作った製品だと。道具と人間との関係について,明確に人間が道具を使うのだという哲学をうちたてるべきと思います。きちんとしたルールで組めば,何ページ目であっても同じ組版体裁の仕上りでなければならない。「ソフトが悪い」という嘆きは,使いこなす自分のスキルが欠如しているということ,組版ルールが分かっていないということの言い訳なんですね。
小西● 横山さんは現在聚珍社で校正の仕事をされていますが,その前が広告制作会社でPR誌のディレクター,さらにその前は通信社でアンカー,という経歴でしたね。編集や出版の現場を20年以上みてこられて,前田さんがいわれた昨今の組版の品質低下問題などでお気づきのことがあれば何か─。
横山▼ 編集出身のディレクターというのは,広告の世界ではいわば予備要員 みたいなものですが,タテ組の仕事(編集)は軌道に乗ると大きい。ところが,広告系に流れてくるエディトリアル・デザイナーの絶対数があまりに少なく,本来ルールの世界とは無関係なグラフィック・デザイナーが見よう見まねで編集ソフトをいじくるという「反則」がまかり通っている。
前田■ 職人には経験の蓄積があり,腕の中に蓄積された勘――ルールと言いかえてもよいですが――を持っている。あるものに出会ったときにある反応をし,別のものに出会ったときにまた別の反応をする。それを少しでも意識化して,組版ルールとして後世に伝えていくことができればよいのにな,ということをずっと考えていたんです。そのときに府川さんの視点にはキチッとした歴史の裏付けがあったわけですね。あの分厚い『組版原論』の前半部分――歴史の部分――を分けて出して欲しかったという声もあったようですが,それは真意が全く分かっていない。歴史あっての現在の和文組版技法なわけですから。だからそういう意味でも,歴史の最良のものを学んで受け継ぐ必要があると思います。
 バブル以降も写植を頑張ってやってきた人たちはそれなりのものを持っていたんです。技術はもちろん,仕事に対する姿勢と誇りというものを。ところが今のDTP協同組合なり,パソコン雑誌がいっているのは「前の写植など捨てなさい,これからはコンピュータ化の時代ですからDTPでいきましょう」,こういう傾向なんです。そして自分たちが持っていたいい方の面まで洗い流してしまっていた。僕はそれが何とも残念で,DTP協同組合を辞めました。
 家を建てるような思いをして,高いお金を出してリース契約をした電算写植機「サザンナ」とか「サイバート」なんていう機械が,うちの事務所の隣のビルの裏に捨てられているわけです。産廃業者に出すよりも,自分で解体して都の粗大ゴミに出す方が安いから。悲しいことですよ,これは。お金のこと以上に,自分が大切にしてきた機械を壊してゴミに出すわけですから。
小西● やむを得ない事情も当然あるのだろうと思いますが,もしかしたら,結果的にその機械と一緒に,職人の誇りも捨ててしまっているのかもしれませんね。組版のレベル低下を招いた1つの背景といったものが少し理解できたように思います。
 同時に,嘆いてばかりいても仕方がないから,前田さんたちは「日本語の文字と組版を考える会」を組織して,同業者に呼びかけて積極的に勉強会を開いたり,発言をしておられるわけで,それは凄く意義があると思います。勉強不足の編集者やデザイナーが威張っている状況に,下請け職人がくさびを打ち込んでいるわけですから。府川さん,いかがですか。
府川▲ 従来,デザイナーや編集者にとって「文選ー組版」の工程はブラックボックスだったわけです。そこが実際にどんな工程なのか,何も知らないでもすんだ。間違った,あるいは不適切な指定をしても,印刷業者が何とかそこそこの形にしてくれたわけです。ところがDTPとなると自分で組版までこなさなければならない。「日本語の文字と組版を考える会」が盛況なのは,いま手探りしている人たちが多いからでしょう。
(次号に続く)

【一部敬称略/収録:1998年2月23日 東京神楽坂・聚珍社/採録文責:小西昌幸】


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