新興仏青の思想的展開
| 原文:稲垣真美『仏陀を背負いて街頭へ 妹尾義郎と新興仏教青年同盟』
岩波新書青版892、pp.132-140、1974年4月、岩波書店 |
新興仏青の思想的展開
社会変革途上の新興仏教
新興仏青が結成されたとき、妹尾〔義郎―引用者注〕が抱いていた思想上のモチーフについては、まえに新興仏教提唱の節でふれたが、それ以後実践を深めるにつれ、妹尾は理論的にも充実をみせて、一九三二(昭和七)年一月から、機関誌『新興仏教』の誌上に「仏教学の再批判」という論文を六回にわたって連載し(昭和七年一、二、三、六、八、九月号)、さらに補足、修正をくわえたものを、翌一九三三(昭和八)年二月『社会変革途上の新興仏教』(新興仏教パンフレット第三集)として発行した。この論文は、新興仏青の指導原理や運動方針についてのいわゆる妹尾私案をもふくみ、彼のもっとも代表的な思想上の所産となった。
そのなかで妹尾はまず、既成の寺院仏教に対する民衆の無関心さを述べ、仏教界がそれなりいつまでも旧態をつづけるなら、あたらしい社会状況のもとにやがて腐滅するほかないとまえおきして、はたして仏教の本質には現代の要求にこたえるだけのものがなかったかどうか、を考察し、仏教改革の可能性を追求する。そして、彼はそこで本来の仏教のありかたについて、つぎのようなことがらを再発見している。
一、仏教は本質的に無神論を説いていること。
二、仏教は、本来死後の霊魂の不滅や、彼岸の存在などは考えていないこと。
三、仏教はけっして物資生活や経済生活を無視した精神主義、人格主義による観念的幸福を説いたものではないこと。
四、仏教徒の生活の理想は、私有を否定した僧伽の生活、すなわち社会主義的な共同社会ともいえるものの実現をめざしていたこと。
五、仏教本来の思想の特色は、国際主義的な人類解放にあり、国家主義的に仏教をとらえるのは時代錯誤的なあやまりであること。
六、既成諸宗派の教義はそれぞれに独断的な一種の宗教的搾取道具にすぎず、いまこそ仏陀の無我愛の人格による仏教統一の急務であること。
――以上の六つに要約される事項ごとに、妹尾は原始仏教経典や、歴史的な事実のうらづけによりながら具体的に解明している。
第一の、仏教は無神論であることについていえば、いまの寺院仏教は、真宗の阿弥陀如来、日蓮宗の久遠実成の本仏、真言宗の大日如来など、なにか超人間的な絶対者を実在としてまつりあげている。が、仏教は本来こういう発想のものではない。釈尊自身、成道後街頭に立ち、絶対神大梵天が万有を創造したとするバラモン教の立場を捨てたのである。仏陀の認識によると、宇宙万有は“神”の創造によるものではなく、そこにはあるがままに相依相関して不断に流転推移する現象としての存在があるにすぎない。もし常住なるものを求めるとすれば、相依相関の事実(仏教でいう縁起の法)があるだけで、この事実のうえに生きる人間の解放は、苦の原因である個々の自我や私有を否定すること、すなわち無我、共同の発展的生活を営むことになければならない。仏教で“三法印”(諸行無常、諸法無我、涅槃寂静)というのはこの道理なのである。いずれにせよ本来の仏教は無神論で、かりにも“仏”を売り“神”をひさぐような阿片的宗教ではなかった。
第二に、釈尊は死後の彼岸の存在や、霊魂の不滅を考えていないことについて考えると、既成教団が説いてきた“浄土”“霊山”“地獄”“極楽”など彼岸の世界や霊魂の存在に類することがらは、そうしたものを信ずるものにとっては存在するといえばそれまでだが、実在を証明すべきなんの科学的根拠もない。しかも本来の仏教では、彼岸主義や霊魂不滅は主張されてはいないのである。
たとえば原始仏教の雑阿含経をみると「現世にも自我を認めず」と記されてある。釈尊は現世にさえ自我を認めず、ましてや死後の自我、つまり霊魂の個的存在などは考えていなかった。したがって彼岸もないのである。円覚経には「四大分解せば塵の得べきなし」とある。四大(肉体)が分解すると微塵ものこるものがない。心もまた消えてしまう。このとおり唯物論的といえるほどに仏教は霊魂の存続も説かなかった。しかるに、勧善懲悪的な三世因果などが仏教思想として説かれてきたのは、それが封建主義や資本主義社会の思想政策に都合がよかったからにすぎず、そのこと自体既成教団がいかに御用化していたかの証拠にほかならない。
第三に、本来の仏教は、決して、物質や経済生活を離れた精神主義や人格主義による幻想的幸福などを説かなかったことについて、妹尾はいう。一九二八(昭和三)年六月東京で開かれた日本宗教大会で文相勝田主計は仏教、キリスト教、神道の代表者千二百名に「社会不安の原因は物質偏重の風に帰する。精神主義の高調によってこの物質主義を克服すべく、諸君の奮励を望む」と述べたが、現在の宗教家の大部分はこんな声に踊らされる、精神主義に中毒したドン・キホーテである。
仏陀は善生経や優婆塞戒経で、社会生活の基礎に経済をゆるがせにできないこと、物質生活を無視できないことをはっきりと説いている。いや、日本の仏教者でも法然は自分の死骸の灰は鴨川に流せといい、親鸞はあえて肉食妻帯をして、ともに空虚な精神主義を否定し、日蓮も『立正安国論』を、まず支配者に大衆の物的窮迫を訴えることからはじめている。しかるに現代の寺院仏教者が、大衆に“こころ”や精神主義を押しつけて、一方で莫大な喜捨などを受けているのでは、“説教どろぼう”といわれてもいたしかたあるまい。また、人類文化がひっきょう性欲と生産関係のうえに咲く花である以上、たんなる精神主義、人格主義は空虚な幻想であり、欺瞞にすぎぬともいえよう。
第四に、仏教者の理想の生活は、僧伽、すなわち私有を否定した共同社会の実現にあることについて。現代の社会人の九割は恒産のない無産階級である。それに対して宗教家はせっせと働けなどと“精神作興”のラッパを吹きまわるが、そのように不安定な状態におかれている民衆の現象は、資本主義体制のつくりだした必然の結果なのだ。その変革を提唱し実現しようとする社会主義運動がさかんになるのは当然のことといわねばならぬ。しかも、原始仏教徒の生活をかえりみると、その理想は、私有欲を清算した僧伽の生活にあった。僧伽というのは、私欲やよくない意味での自我を捨てた共同社会生活のことであって、私有的営利的社会ではない。財物もすべて共有の、“空”“相依相関”の無我イズムを根本原理とする仏教本来の生活形態が僧伽で、寺院はもともとその共同生活の理想の実現をはかるところだったのだ。こうしてふるくから私有を苦悩の根元として否定し、共同社会の理想をもつ仏教徒が、現代の社会変革をめざす民衆とともに行動しないのはおかしいことである。
第五に、国際協調的な平和や人類解放こそ本来の仏教徒の道で、廃仏毀釈以後国家主義的にゆがめられた旧仏教の誤謬はただされねばならない。だいたい国家主義は自国の維持発展を強調するために、武力による擁護を必要とする。ちなみに満州の問題をみても、日本の生命線などといっているが、なにによってそれを可能にしているかといえば、武力によってである。武によって立つものには武によって滅びる運命が待っている。けっしてながつづきしない。“相依相関”“無我”の立場にもとづく本来の仏教は、そんな国家をこえた利益を説く国際主義を説いたといえる。釈尊は父祖の国を捨てて入山し、祖国の滅亡さえもよそに道を説いた。それは祖国無視ではなく、かえって真理の国家建設にこそ永遠の福利のあることを確信していたからであろう。国際主義は自国の利害より世界各国、全人類の相互の利益や共存を重んじ、軍備縮小や撤廃をめざし、人類解放の道につながるものである。明治以来の日本の仏教が国家主義に傾いたのは、廃仏毀釈以後国家政策に迎合した仏教御用化のあらわれにすぎぬ。ガンジーは叫んだ、「真理愛は祖国愛より一だん高く評価されるべきだ」と。新興仏教も仏教本来の教えからも“国家主義より国際主義へ”と叫ぶ。
第六に、無我愛を体得した人格である仏陀の名によって、仏教諸宗派は統一されるべきである。各宗派の古典的な思弁的宗学は、それぞれ発生した時代の必然の所産ではあるが、いまとなっては宗派的搾取具かと思われるほど機械化され、進歩的仏教徒にとっては有害無益な障害になり終った。仏教学者島地大等(一八三八―一九一一)もその著『思想と信仰』のなかで「史上の釈尊そのものが直ちに仏陀であり、われわれ人類が直ちに仏陀であって、人間の中に仏陀を見出すので、神が人間を作るのではない」と説いている。大日如来も阿弥陀如来もすべて史的釈尊から抽象されたもので、そのような絶対仏が釈尊以外に実在してわれわれを救済するわけではない。十三宗五十六派といわれる煩瑣な諸宗派はその立場を清算止揚して、釈尊の悟得した真理にかえり、仏陀の名のもとに統一されねばならない。
――妹尾は、このように論及して、釈尊の体現した原始仏教の本来の姿に仏教をかえし、その教理を一九三〇年代の社会不安や戦争へとはまりこんで行く日本によみがえらせ、新興仏青の抵抗としての宗教運動の指針をそこに見出だそうとした。なお、この場合、原始仏教思想の把握にあたっては、客観的な学的なよりどころとされたのは、おもに宇井伯寿の印度哲学研究の業績ではなかったかと思われる。妹尾が大正末年以降宇井伯寿の著書に親しんだことはまえにふれたとおりで、たとえば釈尊がバラモンの形而上学的立場を否定したこと、四諦・十二因縁・三法印などの仏法の解釈、相依相関の無我イズムのとらえかたなど、すべて宇井学説をみると、その原始仏教把握にうらうちされているのがわかる(たとえば宇井伯寿『仏教思想研究』、岩波書店、参照)。
〔……中略……〕
さて、以上六点に要約される仏教の新しい把握にもとづいて、妹尾は新興仏青運動の指導原理(私案)として“三帰礼”なるものをかかげた。三帰礼とは仏・法・僧の三宝に帰依することをあらわす仏教の礼拝形式の一つであるが、妹尾はこれにつぎのような意味づけをしている。
まず“帰依僧”の僧とはさきに述べた“僧伽”の意味で、搾取のない人格平等の共同社会(僧伽)を実現することにつながる。つぎに“帰依法”の法とは、いうまでもなく仏教でいう空観・縁起の法、すなわち私有否定、相依相関の無我イズムの理法であって、妹尾はそれを唯物弁証法をも止揚した仏教弁証法と名づけ、それによることで仏教史観を立てる考えだったようである。そして、最後の“帰依仏”とは、僧・法の理想の体験者、唱導者としての仏陀、すなわち釈尊その人への渇仰であり、帰依である。
妹尾はこの三帰依を指導原理とし、社会科学的、経済学的な理論をもふまえたうえで、新理想主義、新人道主義的な面をともなう、仏教の時代的実践としての新興仏青運動の方針の基礎としてうちだした。そして、彼はこうしめくくっている。
「新しき酒は古き皮嚢には盛らぬたとえ、新興仏青の徒は決然として進出すべきである。仏陀を背負いて街頭へと! 農漁村へと!」
“仏陀を背負いて街頭へ”のモットーは、すでに日蓮主義青年団の時代にも用いられたものだが、ここにいたって、理論的にも方法的にもあらたなうらづけをえて、いっそうつよく仏教者に社会的実践を訴える呼びかけとなったわけである。
〔……後略……〕
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