最先端を行く中国のDTP !




1994年6月

前 田 年 昭
ライン・ラボ

『しにか』1994年6月号(大修館書店)掲載

 印刷とコンピュータの接点で仕事をしている私はこの三月,中国のコンピュータソフト,とくに電子出版・組版ソフト事情を見に行った。その水準は世界的にもハイレベルですばらしかった! だれかが「すすんだアジアとおくれたヨーロッパ」とか言っていたが,カルチャーショックをうけた。たしかにエネルギー事情では中国は日本より三十年遅れているかもしれぬ。しかし,コンピュータソフトウェアの技術水準については中国は日本よりずっと進んでいたのである。
 北京市の西北に位置する中関村は“中国のシリコンバレー”であり,ソフトメーカー,研究所,パソコンショップが秋葉原の十倍はあろうかという面積に密集し,活気と熱気に満ちあふれている。まさに中国ハイテク立国の根拠地だ。メインストリートではチラシを手に声をからす青年が立ち並び,パソコンラックから周辺機器まで売っている。袋づめのケーブルを押しつけようとする若い女性もいる。パソコン一式とプリンタを街頭に持ちだしての露天代書屋まである。活気とパワーには脱帽させられた。

ウィンドウズ対応ソフトは速かった!  激しい競争のなかでもとくに最近,躍進めざましいのが,ウィンドウズ対応電子出版システムを主力商品とする北大方正集団公司である。
 北大方正集団公司は,北京大学計算機研究所をバックに八六年に設立され,年間売上高は三億元(約三十七億円)。主力商品の北大方正電子出版システムは,中国国内の多くの新聞社,出版社,印刷会社で採用されており,香港,マカオ,台湾,シンガポール,マレーシア,オーストラリア,アメリカ,韓国などにも輸出されている。九一年には中文電子出版地域ネットワークシステム,光ディスク検索システム,版下長距離転送システムを送り出し,『科技日報』『解放軍報』『人民日報』などで使用されはじめ,翌九二年には『マカオ日報』が方正カラーレーザー写植システムを採用,世界で最初のコンピュータ組版の文字画像統合の中文カラー新聞となっている。
 北大方正集団公司は社員約三百人,メインストリートに面した立派な自社ビルである。輸出部責任者の陶如玉さんから説明を受け,社内ショウルームでの実演を見学,さらにとくに頼んでフォントを作っている部署(字模部)も見学した。北大方正電子出版システムは,IBM互換機の英語版ウィンドウズ上で動作する。画面表示の速さは驚きだ。デモ機のCPUは486,クロック数は33MHzだったが,日本でウィズィウィグ(画面で見たとおりのイメージで印刷すること)組版ソフトの時代を切り開いた電算写植ソフト「みえ吉」と同じくらいのスピード。それでいてワークステーション上で走る「EDIAN」に匹敵する高機能,多機能をもっている。北大方正スーパー漢字カードというボードに速さの秘訣がある。
 かつて本誌でも「中国語ワープロ総点検」という記事(一九九〇年五月号)がのっていたが「隔世の感」,ワープロ専用機の時代をとびこえ,いきなりコンピュータの時代に突入している。
 出力は,600DPIでA3判まで出せ,日本の一部で使われているLBPマスターよりはずっと高品位だった。世界標準イメージセッターともいうべきアグファのセレクトセット5000につながり,B3トンボ入り四色分版でフィルム出力ができる(解像度は最高3600DPI)。対応PDL(ページ記述言語)はポストスクリプト・レベルIIで,対応フォントはTYPE1だ。出力サンプルをみたが,すばらしい。

漢字五千年の国のパワーは驚きだ!  中文(簡体字)二十四書体,中文(繁体字)二十四書体を六,七年でつくったという。本当だろうか。アウトラインフォントを使って文字コードからビットマップデータに変換するラスタライザ技術に注目せざるをえない。北京大学の王選教授の発明した『漢字信息高圧縮和高速還原技術』(=文字データの圧縮と復元技術)にキーポイントがあるようだ。
 いずれにしてもこのラスタライザ技術によって完全なウィズィウィグを実現,新聞組版のほか数式,化学式まで組め,モンゴル語のほかハングル,ウイグル,カザフ,キルギス,チベット語,日本語や英語など多国語混植組版も可能だ。
 『書体帳(方正字体,字体方正)』によると,文字サイズは小七号から九十六ポイントまで。ポイントには対応しているが,ミリ,級数には対応していない。宋体(日本でいう明朝体)ファミリー五書体から黒体(ゴシック体),方宋体,楷体(楷書体),琥珀体(写研でいうスーボに類似),隷書体,水柱体(写研でいう淡古印に該当)など。『組版サンプル帳(排版世界)』がこれまたすごい。たて組,よこ組の混在,枠アケ,段組み,さらに画像取り込みも自在である。
 日本の写植,印刷業界の中国に対する見方は「中国は労働力が安いから初期データ入力をやってもらうのがいい」という程度。これじゃあ,あべこべだ。中国のほうが確実に進んでいる。
 中国のソフトウェア技術の躍進の原動力は何だろうか。何といっても国ぐるみの応援があることである。北大方正集団公司は国有企業であり,ここでは,ハードウェアの発展の遅れという「弱さ」も逆に,特定のハードウェアに対して無用のしがらみがないという「強さ」に転化している。
 私たちは,98で写研出力というところから出発したが,いま,PC/ATでのポストスクリプト出力へ,という世界の標準にたどりつき,マックDTPからウィンドウズDTPへという世界の最先端を体験している。
 ポストスクリプトは世界標準のPDLだ。世界標準の組版ソフトは,日本語や中国語という2バイト言語の世界から生まれるであろう。毛沢東はかつて「東風が西風を圧倒する」と述べたが,印刷の分野におけるコンピュータ革命はいま,東方からはじまっているのである。
(おわり)


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