辛よ さやうなら
金よ さやうなら
君らは雨の降る品川駅から乗車する

李よ さやうなら
も一人の李よ さやうなら
君らは君らの(ちち)(はは)の国にかえる

君らの国の河は寒い冬に凍る
君らの反逆する心は別れの一瞬に凍る

海は雨に濡れて夕暮れのなかに海鳴りの声を高める
鳩は雨に濡れて煙のなかを車庫の屋根から舞ひ下りる

君らは雨にぬれて君らを追ふ日本の天皇を思い出す
君らは雨にぬれて 彼の髪の毛 彼の狭い額 彼の眼鏡 彼の醜い猫背を思ひ出す

降りしぶく雨のなかに緑のシグナルは上がる
降りしぶく雨のなかに君らの黒い瞳は燃える

雨は敷石に注ぎ暗い海面におちかゝる
雨は君らの熱した若い頬の上に消える

君らの黒い影は改札口をよぎる
君らの白いモスソは歩廊の闇にひるがへる

シグナルは色をかへる
君らは乗り込む

君らは出発する
君らは去る

おゝ
朝鮮の男であり女である君ら
底の底までふてぶてしい仲間
日本プロレタリアートのうしろ盾先駆け
行つてあの堅い 厚い なめらかな氷を叩き割れ
長く堰かれて居た水をしてほとばしらしめよ
そして再び
海峡を躍りこえて舞い戻れ
神戸 名古屋を経て 東京に入り込み
彼の身辺に近づき
彼の面前にあらはれ
彼を捕へ
彼の顎を突き上げて保ち
彼の首筋に刃物を突き付け
迸る血を浴びて
温もりある復讐の歓喜のなかに泣き笑へ




中野重治「雨の降る品川駅」



1929改造版+1980水野直樹+2002鄭勝云
 →[1978岩波文庫版]

 →初出形〔新社会文化出版会のサイトにリンク→web.archive.org〕
 →朝鮮語訳の再日本語訳形〔新社会文化出版会のサイトにリンク→web.archive.org〕
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