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「拉致」問題から生まれた異色対話 氷解の過程が示唆する社会変革の力
書評:蓮池透・太田昌国著『拉致対論』
2009年10月
前 田 年 昭
『悍』編集人,アジア主義研究
『週刊読書人』第2810号 2009年10月23日付掲載 |
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知的刺激に満ちた異色の書である。7年前の小泉訪朝,北朝鮮による日本人拉致告白と生存者帰還は,日本社会に北朝鮮バッシングを引き起こした。最近も人工衛星をミサイルと(日本だけが)言いくるめ,果ては先制攻撃論などという物騒な主張が持ち出されたことで明らかなように,排外主義は根強い。
蓮池透氏と言えば平壌宣言の後,連日テレビに登場して対北朝鮮強硬論をぶったコワモテの人,対する太田昌国氏はと言えば『「拉致」異論』の人である。侃々諤々丁々発止の左右激論か,と思えば,これが驚くばかりに静かな対話なのである。蓮池透氏の印象的な発言を抜粋してみる。
- 「悪く言えば,調子に乗っていました。それまで「拉致なんてでっち上げだ」とか「疑惑に過ぎない」と言われていたのが急に日の目を見て,誰も相手にしてくれなかったのが急に注目を集めるようになって,舞い上がったところもあったと思います。自分たちが社会の中心にいて,自分たちが言うことはすべて理があり,それをマスコミも取り上げてくれて,政府もその通りやってくれるんだという,ある種の錯覚に陥っていました。(中略)拉致被害者の家族というだけで,自分たちが一番の悲劇のヒーロー,ヒロインだという錯覚に陥っていたところがあると思います」(23頁)
「強制連行や従軍慰安婦がなかったとか,植民地支配の責任がないという方針はもうありえないと思います。日本はピョンヤン宣言でも村山談話でも責任を認めているんですから。だったらそれを具体化して世に知らしめる責任があります。これは,自虐史観を植え付けるとか,そういう問題ではないと思います」(96頁)
「なぜ,市井の人が,国家人や国民とすりかわってしまったのか。(中略)日本の憲法九条の改訂を私も口走ったことがありますが,そういう話をしてしまうとあるラインを越えてしまうんだと思います。(中略)要望が激しくなり,政府批判はしたでしょうけれども,右派的な歴史観はもともと家族にはなかったのですから。(中略)救う会から歴史観を教え込まれることによって,偏った政治思想を持たざるを得なくなってしまったんです」(127・128頁)
この静かな対話を読み進むうち,日本社会自体の再生も変革も,このような氷解を経るところから始まるのだと私は思った。氷解とは加害の自覚と反省である。人びとの連帯は,被害に対する抵抗が加害の自覚と自己変革とに結びつかなければ,一時的で脆く,はかないものである。
社会変革の実現とは必ずしも対立と対決を通じるだけではない。その前に,私たち自身の氷解の過程があり,そこから「民衆」と呼べるものが再生するのではないか。
日本人が「今が良ければ」「自分さえよければ」という意識のままで,戦争責任を頬被りし続けたままで,朝鮮や中国,台湾などアジアの人びとと向き合うことができるか。否である。「北朝鮮が変わらなければ」というのは手前勝手な論理である。戦争責任を果たしていない日本が変わらなければならないのである。日本社会でハバをきかせている侵略者の思想を洗い流す氷解,私たち自身の自己変革がなければ,社会変革など実現できない。
この点でとくに共感したのは,「拉致問題」は「革新派・左翼にとっても,一つの試練」だったとして太田氏があとがきで書いていることである。
- 「北朝鮮の捉え方やそれとの関係の来し方などをめぐる国際的な意味においても,日本の一国内的な意味においても,「同じ陣営」意識の閉鎖性と排他性を打破して,別な,新たな次元に出てゆくために,せめても生かすべきではないか,という意味において。
総体として,私たちは,その試練によく耐えてはいない,というのが私の判断である。言い訳,居直り,判断停止,沈黙,そして無限の転向――この「陣営」の言論圏と運動圏を覆い尽くしているこの光景を,そう易々と忘れ去るわけにはいかない」(220・221頁)
事実,太田氏はかねてから「同じ陣営」意識の閉鎖性と排他性の打破を強調し,自身も右派メディアまで丹念に読んでいるときく。対論なき思想は一見強そうに見えても実はとても脆いものである。
異なった意見と向き合うことを意識的に求め,そのことを通じて,ものを見る目を,感じる心を,考える力を,鍛えたい。対話でも明らかになったように,民衆にとって国家が一体何かよいことをしたことがあっただろうか。結局は私たち自身の自己変革を通じた連帯にかかっている。一読を勧めたい。
蓮池透・太田昌国著
『拉致対論』
四六判・224頁・本体1600円
太田出版
978-4-7783-1181-0
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(おわり)
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