|
句読点研究会ニュース
第6号
2002年3月15日発行
発行=句読点研究会
連絡係=前田年昭
|
|
|
|
なぜ日本語の書記の歴史なのか――小松英雄と藤枝晃とを手がかりに
第7回例会(2002年2月17日,小石川後楽園・涵徳亭)報告
|
第7回例会は2月17日,小石川後楽園・涵徳亭において「なぜ日本語の書記の歴史なのか――小松英雄と藤枝晃とを手がかりに」というテーマで池田証寿さん(北海道大学)からの報告をうけ,論議した[→画像(当日のもよう)撮影:脇田幸子さん]。池田さんは,小松英雄さんの提唱する「書記」概念による日本語史研究の方法に対する批判を出発として,『徒然草』第百三十六段をめぐる諸学説をご自分の見解を明らかにしながら紹介し,藤枝晃さんの「日本語を楷書では書かなかった」という論文を発掘,再発見して問題提起,休憩をはさんだ後半では,ご自身の現在の研究実践における検証として古辞書(図書寮本『類聚名義抄』)の翻刻のための「凡例」をめぐる議論でむすばれた。テーマどおりの問題提起の大きさと深さに主催者としてこたえきれず議論が拡散してしまった点を反省し,いつもよりも力を入れて「感想文」を集めることとした次第。以下が届いた「感想文」である〈企画担当・前田年昭〉。
■参考■ 報告レジュメの内容と引用文献
池田証寿「なぜ日本語の書記の歴史なのか 小松英雄と藤枝晃を手がかりに」
一 「文字・表記」と「書記」
二 『徒然草』第百三十六段をめぐる議論
三 「日本語を楷書では書かなかった」
四 再び、なぜ「書記」なのか
五 古辞書の翻刻から 図書寮本類聚名義抄の解読
【引用文献】
- 小松英雄『日本語書記史原論』笠間書院,1998
- 小松英雄『仮名文の原理』笠間書院,1988
- ガウアー, A,矢島文夫・大城光正訳『文字の歴史 起源から現代まで』原書房,1987
- 矢田勉「印刷時代における国語書記史の原理」(『東京大学国語研究室創設百周年記念国語研究論集』汲古書院,1998)
- 山田俊雄「しほといふ文字は何れの偏にか侍るらん」(『国語と国文学』昭和41年9月号、1966)
- 伊東玉美「『徒然草』一三六段とその周辺」(石黒吉次郎他編『徒然草発掘 太平記の時代一側面』叢文社,1991)
- こまつひでお「しほといふ文字はいつれのへんにか侍らん」(『中田祝夫博士功績記念国語学講座』勉誠社,1979)
- 小松英雄『徒然草抜書 解釈の原典』三省堂,1983
- 小松英雄『徒然草抜書 表現解析の方法』講談社学術文庫,1990
- 池田証寿「徒然草第百三十六段の一解釈 漢字使用の実態と漢字字体規範意識とのずれ――」(『国語と国文学』平成11年5月号,1999)
- 池田証寿「メディアの違いと漢字使用・字体意識との関係」(『人文学と情報処理』第26号,勉誠出版,2000)
- 山田健三「しほといふ文字は何れのへんにか侍らん 辞書生活史から」(『国語国文』第六十八巻第十二号,1999)
- 藤枝晃「日本語を楷書では書かなかった」(『月刊しにか』第7巻第7号,1996,大修館書店)
- 石塚晴通『図書寮本日本書紀研究篇』汲古書院,1984
- 小森陽一『日本語の近代』岩波書店,2000
- 倉島長正『「国語」と「国語辞典」の時代・上 その歴史』小学館,1997
もくじ
古賀弘幸 / 家辺勝文 / 鈴木功 / 中村利夫 / 佐田一郎 / 津田浩 / 鈴木一誌 / 脇田幸子 / 前田年昭
|
その「瞬間」へのアプローチ
古賀弘幸
(エディター) |
●研究発表の第一部は,過去のテクストの「文字」が,現在の我々が使っている文字と屈折なしに地続きなものではなく,さまざまな時代においてさまざまな厚みの中で受容され,使われてきたものであるのかを『徒然草』第百三十六段の解釈の変遷にそって示したものだった。しかし正直に言って,そのことが第一部の前半が終わった時点ではじゅうぶんには理解できなかった。というのも,話としては面白かったものの,国文学プロパーの論争史に重点がありすぎたようにも思えたからだ。
しかし第一部後半の「三、日本語を楷書では書かなかった」と「四、再び、なぜ「書記」なのか」で藤枝晃のエッセイが小松英雄の「書記」概念を補完するような形で取り上げられて,ようやく池田氏の「書記」への批判的な目配りが見えてきた。
とくに藤枝晃のエッセイの「日本の政府が文字で記録を作るようになったのは近江朝から藤原京期あたりからと見られる。それから明治維新まで一二〇〇年あまり,楷書は常に漢文を書くために使われ,日本語はずっと崩し字で書かれていた」を受けて池田氏は「書体に言語(日本語)を関連付ける発想の意外さである。なぜ,我々はこうした発想をなし得ないのか」と指摘する。これは,漢字の「正体─略体」「楷書─崩し字」というヒエラルキーが,時代によってさまざまな形をとりながらも,テクスト本来のポテンシャルと不可分であることを暗示し,小松英雄が定義する「社会慣習に従って文字を組み合わせ,情報を記録して蓄蔵したもの」という「書記」概念に揺さぶりをかけるものだ。
たとえば『徒然草』第百三十六段には一元的な「書記」に還元できない,多様な言語意識を多く含んでいる。ある人の集まりで話題となる文字の共通の意識,それをテキスト化する際の意識,写本を作る意識,解釈する意識,そしてそこに含まれる多様な「連続と非連続」……。
当日,池田氏が「「書記」概念は,我々の言語意識を洗い出す装置としての可能性を持っている」という趣旨の発言をされたと思うが,「書記」や文字,そして印刷された文字の持っている,我々の言語意識への拘束力・影響力の大きさを改めて感じることができた。
池田氏は配布資料の中で「句読点を施し、仮名に漢字をあて、(ここでは省略したが)漢字に振り仮名を施し、会話文であることを示す鍵括弧を加えている。そのようにして作成された本文は、それを作成する者の解釈が示される。と同時に、現代の読者にとって読みやすい本文となる」と指摘し,続けて烏丸光弘の写本が図版として掲載されている。
もともと日本語の「読みやすさ」は,漢字とかなを混ぜて書く表記システムに助けられている部分が大きいはずだが,光広の写本を見ても(我々の一般的な読みの規範で考えた場合に)どれが漢字で,どれがかなとして使われているのかすら判然としない。たとえば「読めない」ことをいったん置いたとしても,「奈」の草体である「な」が,漢字として使われているのか,かなとして使われているのか,少なくとも私には解釈と照らし合わせることなしには,分からない。写本の「分節」の意識と我々の現在の分節意識とは,大きな隔たりがあることになる(写本には区切りの白丸が打たれているが)。この差は,「テクスト」に対してどう働くのだろう,と考えてしまった。
●句読点と約物は,我々の言語意識にとって,どんな役割を果たしているだろうか? 簡単に次の要約をしてしまえるかもしれない。「日本語の書かれた文字を意味的に補完し,階層と構造を強化し,メタ化する働きを持っている」
我々にとってこのことは自明のことに見える。しかし句読点は,なぜ作られたのだろうか? 欧米の句読法の影響があったとしても,それまでの日本語に「論理構造」がなかったわけでもないのに,句読点は「出現」した。その瞬間を我々は窺い知ることはできない。しかし出現した以上,我々は不可逆的に句読点を使った思考から自由になることはできない。それはあまりに我々の言語意識を覆っている。池田氏の発表は,「書記」の概念を検討することを通じて,その瞬間にアプローチする一つの方法を示してくれているのかもしれない。
*この感想と若干重複していますが,もう少し長い「句読点のアクチュアリティ」がメールマガジン「アルゴノート@21」3月号に掲載されています。
http://www.geocities.co.jp
/Milano-Killer/8797/magazine/menu.html
|
文字とテキストの多層性
家辺勝文
(日仏会館フランス事務所) |
◆「なぜ日本語の書記の歴史なのか」
句読点研究会の第7回例会が,2002年2月17日,小石川後楽園内の涵徳亭で開かれ,北海道大学の池田証寿氏による報告「なぜ日本語の書記の歴史なのか――小松英雄と藤枝晃とを手がかりに」とそれをめぐる討論が行われた。
池田氏の報告は,小松英雄氏の提唱する「書記」という概念による日本語史研究の方法に対する批判を出発点として,次の2つの実例
(1)『徒然草』第百三十六段をめぐる諸学説
(2)藤枝晃氏の「日本語を楷書では書かなかった」(『月刊しにか』第7巻第7号,1996年7月号,大修館書店)における問題提起
を検討し,最後に池田氏自身の実践例である古辞書(図書寮本『類聚名義抄』)の翻刻の方法をめぐる議論で締めくくられた。
私は,かつて『國語と國文学』(平成11年[1999]5月特集号)に掲載された池田氏の論文「徒然草第百三十六段の一解釈――漢字使用の実態と漢字字体規範意識とのずれ――」を読む機会があり,特定のメディアへの参照と漢字字体規範意識の間に密接な関係がありうるという問題の指摘に興味を惹かれた。『人文学と情報処理』という雑誌で文字コード特集を組むことになり,池田氏にご協力いただいたときもこの論文のことが念頭にあった(『人文学と情報処理』[特集:文字コード論から文字論へ]No. 26,勉誠出版,2000)。
今回の報告も非常に興味深い内容で,そこで取り上げられたいくつかのテーマについてはさらにいろいろな展開ができるように感じた。しかし,いずれもむずかしい問題を背景にもつため,的確に議論するのは実際にはなかなか困難なことではないかとも思った。
以下は,報告で扱われた題材をもとにした自由な感想である。
◆『徒然草』第百三十六段をめぐるテキストの多層性
『徒然草』第百三十六段における「しほといふ文字」をめぐる論議は多層的である。それはテキストがいくつかの異なるレベルの問題を内包しており,論者によって重点を置くレベルが異なっているためでもあろう。いくつかの異なるレベルの問題とは例えば次のようなものである。
A.物語に内在する問題
(a1)登場人物の有房は「しほといふ文字」の何を問題にしようとしたのか?
(a2)登場人物の篤成は「しほといふ文字」について何を問われたと思ったのか?
(a3)第百三十六段の場面に居合わせた一座の人々は,何をもって「どよみ」となったのであろうか?
B.書き手の意図の問題
(b1)この段の書き手は,有房と篤成のやりとりに何を見ようとしたのだろうか?
または,明らかにどちらかの立場に共感しながらこの段を書いたのだろうか? それとも両者からともに距離を置く立場で書いたのだろうか?
C.「しほといふ文字」をめぐる当時の背景
(c1)この段が語る出来事の当時,「しほといふ文字」をめぐってどのような識字上のあるいは学知の上での問題点があったのだろうか?
(c2)この段が書かれた当時,「しほといふ文字」をめぐってどのような識字上のあるいは学知の上での問題点があったのだろうか?
(c3)この段の書き手は,想定される読者に対して「しほといふ文字」をめぐるどのような予備知識を期待していたのだろうか?
D.テキストの伝承と解釈上の問題
(d1)この書物の伝承の過程で,この文章を写した人々は,この段についてどのような解釈をしてきたのだろうか?
(d2)以上のすべてまたは一部をふまえて,現在の読者(研究者)はこの段をどのように解釈しているだろうか?
この段のエピソードの核心は,上記の(a1)と(a2)の食い違いであり,これをもって有房が篤成の「才のほど」をあからさまに貶めることができるほどの,何らかのバックグラウンドとなる識字と学知にまつわる(c1)および/または(c2)の状況があり,そのことについて(a3)で問われる一座の人々にも何らかの共通理解があった,あるいは少なくともそのような状況があったと(b1)の書き手が判断していた,さらには(c3)で想定される読者に対しても類似のあるいはそれを相対化する理解が期待できると判断していた,ということであろう。
結局,この段を理解するには,当然(a1)の解釈およびその背景である(c1)と(c2)についての知識が不可欠になる。ところが,執筆の時点から時を隔てて(d1)や(d2)は諸説として参考にできるものの,確たる正答を与えてくれるとは限らない,というところに問題があるわけである。「塩」を俗字,「鹽」を正字と見てこの段を解釈するのは,Dのレベルから見た後世の規範意識の投影ではあっても,Cのレベルの問題として,当時の規範の理解としては正確ではないのではないか,等々。
『徒然草』という作品の読みとしては,おそらくAないしはBのレベルの問題が主要な関心事となることが多いかもしれない。しかし,一つの社会的,歴史的文脈での文字や書き言葉の位置づけに興味をもつ観点からすると,Cのレベルの問題が大きな関心事となる。
このようなレベル分けから見ると,小松英雄氏の問題提起はおもに(a1)のレベルで新しい解釈(有房は漢字の「偏」ではなく本草書の「篇」を問題にした)を提示しているものである。
ただし,「へん」の伝本上の表記がどうあろうと(「偏」であろうと「へん」であろうと),有房の発話では「へん」という音声であったのだから,という議論はかなり危ういものである。このエピソードでは,「しほ」こそ,まさに仮名で書き,あえて漢字をあてていないことに意味があると思われるが,それは音声として「しほ」だったからという推論以前に,まさに「書かれたもの」として仮名書きで残っていることが重要な論拠になるのではないか。つまりテキストとして成立している限り,(a1)(b1)(d1)の問題は併存しているのであり,「書かれたもの」を超越して仮想的(a1)に問題を還元するのは一種の冒険に他ならない。このあたりの事情は,昨今のN-gram分析〔注〕においてすべての表記を仮名に「開いて」処理することの不適切さとも通底する問題である。
また山田俊雄氏の問題提起は,Cのレベルの問題を意識しながら,(a1)の問題に答えようとしている(「塩」という字体は当時の「俗字」というわけではなく,有房の質問の趣旨はむしろ曖昧な問いで篤成を陥れようとしたものだ)ものである。
それに対して池田氏の問題提起は,Cのレベルの問題にもっと踏み込んで,それにふさわしい位置を与えようとしている点に特徴があると思う。つまり,当時の宋版の印刷本による(外来の)最新知識の受容形態と,以前からの写本による知識の受容形態の間の価値付けのゆれという問題が重要な背景としてあったとする視点である。これに書体の問題も絡んでくる(宋版の印刷本で多用されている「鹽」の字体になじんでいるか,従来の写本の上で多用されている「塩」の字体になじんでいるか)。これは結果から見ると,従来の(a1)の解釈を変えないようであるが,背景の説明という点で大きく異なるということになる。
因みに,源有房は内大臣任官(1319)後にすぐ亡くなっており,和気篤成はその後(1322),典薬頭に昇進している。この章段では,有房を「六条故内府」と呼んでおり,篤成は生存が暗示されている。すなわち,有房の没後,おそらく篤成の昇進が既知の時点で過去を振り返って物語るという構成をとっているのであろう。
◆一筋縄ではいかないからこそ可能性もある
テキストは単なる文字の集合ではなく,「書く」行為と「読む」行為の出会う場であり,不可避的に多層的な問題構造の中にある。また,古い書物を読むのは外国語の書物を読むのに似て,読み手の「常識」は必ずしも通用せず,むしろ柔軟な理解力が試される。うまく読み進むことができれば,これまで未知であった世界が目の前に広がるような体験をすることができる。ただし誤解をする場合も多いのだ。
とは言え,何らかの理解に到達できるなら,それはやはり遠い過去に書かれたものでも,遠く離れた土地で書かれたものでも,人間による理解を可能にする「普遍性」を備えているからであろう。そしてその「普遍性」とは,そこに静かに「蓄蔵」されている「情報」に内在するというよりは,「読む」という行為によって「引き出される」ものではないだろうか。テキストの多層的な問題構造を指摘することは,一面,テキストによるコミュニケーションの難しさの認識でもあるが,同時にテキストによるコミュニケーションの可能性を肯定することでもある。
その対極にあるのが,文字とテキストにまつわるありとあらゆる還元論であろう。一見複雑精緻に見える字形論議が実は思考停止の便宜にすぎないこともある。文字はテキストの中で読みとられたら,その形は忘れられてしまうことも多い。それゆえにこそ,読みとられたテキストの成り立ちを,例えば文字列や音声言語だけに還元してしまうことは無謀でもあり,テキストによるコミュニケーションの可能性を狭めてしまう作為ともなる。
ここで改めて句読点研究の射程を考えてみるなら,おそらくこの文字とテキストの多層的な理解において不可欠の問題領域を指し示すものであり,テキストのもちうる豊かな可能性を担保するものとさえ言えるかもしれない。
|
様式の対立から様式の習合へ
鈴木功
(タイプデザイナー)
http://www2.ttcn
.ne.jp/~type/ |
藤枝晃氏が書に巧みだとは初耳でした。句読点研究会の休憩時間に,古賀さんにそのことをお尋ねしたら,いや僕も知らなかったというお返事で,敦煌写本の楷書のような字を書くのかな,などと二人して面白がっていました。書にもお詳しい前田さんの横顔が垣間見え,本題以外のところで反応してしまった次第です。
今回初参加させていただいた理由は,一にも二にも「なぜ日本語の書記の歴史なのか」というテーマの魅力によるものです。わけても「なぜ」という問いかけに私の興味は集中していましたが,釈然としないままに終わってしまいました。いただいたレジュメの「書記」という概念についての説明を読んでみても,理解というにはほど遠いところにいます。ただ,池田先生ご自身が「その自明性を検証することなしに,小松英雄の提唱する「書記」概念とそれによる日本語史研究にのれない」とお書きになっているので,今後検討の俎上に乗ってくるのだろうと期待しています。ですから今回は「書記モード」と「印刷モード」という捉え方に興味の鉾先を向けました。周りを見渡せば,いかに現代が「印刷モード」優位の時代なのかは歴然としており,「印刷文字」の書体設計に携わっている人間が言うのもなんですが,それはちょっと空恐ろしいほどです。タイプデザインという仕事は,多くの場合,印刷モードを終着地点としているわけですが,困ったことに,手書き文字の絶えざる刷新が行われないことには,早晩,印刷モードのなかで自家中毒に陥ることは必至です(すでに自家中毒の様相を呈しています)。"writing", 書くコト,書かれたモノに着目していこうという願いをこめて,「書記」という用語が世間にも認知されればいいなと思います。あるいは,より適切な語があるのなら,それが取って変わったところでいっこう差し支えありません。そんなわけで,池田先生の「字書をまともに使えるのかという問題よりも,宋版というモノの方が魅力的だったのじゃないか」というモノモノしくない結論?に,なんとなく一票入れてみたくなりました。
|
うかつにも講師の隣にすわってしまった私は,ただ小さくなっているだけだった
中村利夫
(三笠書房) |
はじめに,告白してしまおう。
かれこれ50年前,私はけっして出来のいい生徒ではなかった。当然のことながら,古文などというものは,馬の耳に念仏ほどにも頭にはいることなく,上のほうを通過して,消えてしまった。
というわけで,今回の会合,ちかごろめっきり弱ってきた歯が,しっかりと立たなかったのも当然だし,多少ねむくなったのも無理のないところだろう。そもそも徒然草の原文が理解できたかといえば,アヤしいものなんだから。
しかし,面白かったなあ。学問とはこういうものか!──感想といえば,これでおしまい。
どう面白かったのかを,ひとさまにわかっていただけるように説明するのは,なかなかむずかしい。講師の池田先生だって,そのへんを苦労なさっておられたように見受けられる。
北村薫という推理作家がいる。私はミステリばかり読んで生きているので,そんなものを読むのは時間のムダだとおっしゃる方にも,こういう例しかひけないのだが,北村薫に『六の宮の姫君』という長篇がある。芥川龍之介の短篇「六の宮の姫君」をめぐって,芥川自身がもらしたという言葉について,卒論執筆中の女子大生が,その真意をさぐる物語である。そこには,ミステリにつきものの殺人も犯罪もない。
この小説が発表された当時,そのまま文学の研究論文ではないか,といった意味の書評があったと記憶する。そういえば,映画『市民ケーン』における〈バラのつぼみ〉も,象徴として触媒として,おなじ役割をつとめているのかもしれない。
そこでもとにもどって,今回の「しほ」をめぐる論考も,各人各説,推理のなかば,まだ結末のない──いや,永遠に結末のでない推理小説のようで,私にはこれ以上にないくらい,興味ぶかくそのプロセスをうかがうことができた,というしだい。
欲をいえば,いただいた「國語と國文學」ぬきずりを読んでも見えてこなかった〈メディアの差〉説に,池田先生が着目するきっかけはなんだったか,を知りたかったと思う。名探偵が事件の真相をみぬくにいたる,ひらめきのもとが用意されているものなのでね。まあ,先生がさまざまなテクストを比較検討するなかで徐々に見えてきたことなのでしょうが。
句讀點研究會の趣旨としては,漢字にみる「印刷文字と手書き文字の差」が,800年以上(でいいんでしょうね?)も前からあり,「活字印刷時代の価値観を保持しつつ,電子テキスト時代へ突入している」と,ぬきずりのまとめの部分にしるされているように,この時代において,「JIS漢字以前には……略字で筆写したとしても印刷字体としは正字を使うことが暗黙の約束事」だったのが,「さしたる議論もなしに崩したことがまさに問題なのである」という問題部分が,池田先生の講演のなかからは見えにくかったのが,画竜点睛を欠く結果となっていたかもしれない(まわりくどいね)。そのぶん,後段の「図書寮本類聚〜」の組版にかんする,きわめて実際的な話でおぎないはついているともいえようが。
というわけで,私にとっては有益な何時間かでした。ありがとう。
|
「書き記すこと」の意味を「書き記されたもの」から辿る
佐田一郎
(チェッカー) |
英和文の校閲・校正と翻訳チェックを仕事としているので,正書法,とくに句読点の使い方には日頃から興味を持っている。先日,あるメルマガにこの研究会の紹介が出ていたので連絡し,17日の第7回研究会「なぜ日本語の書記の歴史なのか」に参加させてもらうことにした。予習のための資料もファックスで送っていただいたが,時間がなくてざっと目を通すことしかできなかった。
会の前半は北大の池田証寿先生の講義だった。講義は『徒然草』の記述の解釈をめぐる論議の紹介と先生が現在取り組まれている古辞書の翻刻作業についてのご報告だった。会の後半は先生の講義を受けての自由討論だった。
講義では,文章に書かれたものを読み解くということについての学者の方々の,凄まじいとも形容できる,厳密極まる取り組みについて教えられた。仕事のためにいつも文章を読んではいるが,ここまで深く読み込むことはない。何百年も時を隔たった文章に対してはそうせざるを得ないと言えるのかもしれないが,文章に込められている意味をどう解釈するか,その文章を構成する一字一字をどう捉えるか,翻って書き手の立場から文章をどう書くかということについて,文章に接する日頃の態度を問われている気がした。
後半の話し合いでは,先生の翻刻の作業に関連した,テキストのデジタル化ということが話題の中心となった。昔の手書き文字をいかに現在の文字体系に取り込むか,どのようなソフトを使ってデジタル化すれば最も効率的に検索できるか。普段はもっぱらワードだけで仕事をし,アップロードや印刷についてもオペレータやデザイナー任せにしている人間としては,印刷やコンピュータの専門用語がポンポン出てくる話し合いについていくのが非常にしんどかった。正直なところ,句読点の研究がここまで広がりがあるとは意外だと思いつつじっと話を聞くだけだった。
だが,よく考えればこれが正解なのだろう。池田先生は講義の冒頭で「書記」という概念を紹介され,「社会慣習に従って文字を組み合わせ,情報を記録として蓄蔵したものが書記である」との小松英雄氏の定義を引用された。会の全体を貫いていた太い線は,この「書記」という概念だったと言ってよいと思う。個人的な感想に過ぎないが,「表記」という概念には音声言語の代替物,二義的言語行為というニュアンスが強いが,「書記」という言い方には書き言葉を一義的な言語行為として捉える立場が込められているように思える。句読点も根源的な行為のシステムの一部として捉えない限り,その本質は見えてこないということなのだろう。あくまでも「書記」の内容を理解することではなく,「書き記すこと」の意味を「書き記されたもの」から辿る作業の一部が句読点の研究ではないかと思った次第である。
|
|
|
Jump to
|
[HOME]
|
ご意見をお待ちしております。
|
電子メールにてお寄せください。
句読点研究会連絡係・前田年昭
[E-mail] tmaeda@linelabo.com
|
|
|
|