句読点研究会ニュース
第1号
(抜粋)



2001年6月9日発行

発行=句読点研究会
世話人=郡淳一郎、田中栞、前田年昭

名称は「句読点研究会」に

第1回例会(5月13日,涵徳亭)報告
5月13日,小石川後楽園・涵徳亭において,句読点研究会は第1回例会をひらいた。前田年昭・郡淳一郎による「日本句読法案研究会(仮称)のよびかけ」(別掲)を受けて10人の編集者,組版者,校正者,デザイナーが参加した。司会・進行は前田・郡が担当した。
まず,よびかけ人を代表して前田が研究会の取り扱う対象について基調提案(別掲)をおこない,続いて参加者全員が自己紹介をかねて,句読点・句読法への関心の持ちようと,基調提案に対する感想・意見を述べ合った。前田の「広い意味での句読点(すべての区切り符号・繰り返し符号のほか,クワタなどの和字間隔類も含む)と句読法とを会の対象としたい」との提案を受けて,次のような発言があった。

「デザイナーとして,日本語をどう組むべきか,組版における表記方法に関心がある。読み仮名・割注も会の対象とすべきではないか」
「日本語の句読点の起源とされる訓点は,非常に多様で複雑。歴史のなかで切り捨てられたアイデアを再発見したい」
「日本語に限らず,中国,韓国をはじめ他言語の句読点も視野に入れたい」
「組版上の問題点は,広義の句読点に集中する。組版は区切り符号に始まり,区切り符号に終わる」
「ある種の演劇では,台本のマルには時間がなく,テンだけが間として意識される。音読と句読点との関係に注目したい」
「リーダー罫をナカグロ三つ(・・・)で代用する組版が増えている。手書きの感覚から三点リーダー2字分(……)に飛べなくなっているのではないか」
「小説における句読点の数量や使用傾向から作者の意図を解読しようとする文学研究があるが,句読点は編集者の裁量に委ねられることが多い。作家ではなくメディアの研究ができるだろう」
「新聞の校閲部では,不特定多数の書き手を対象とするため,共通の句読点使用法が必要になる。ただし,各社の表記ルールはバラバラ」
「なぜ書では句読点を打たないか」
「石川啄木は短歌に句読点を打ち,塚本邦雄のようにテクニックとして多用する歌人もいるが,おおむね短歌では句読点を使用しない。短歌の声調と句読点はどう対立しているか」
「改行,スペースなど,不可視なもの,表象されないものが日本語にはまとわりついている。角筆は見えない符号を書き記す」
「論議されている研究対象は約物と言い換えることができる」
「20字詰め原稿用紙では必要に思えた読点が,1行30字で組んでみると不要になることもある。組み方によって必要な読点の数は変わる」
「新聞・週刊誌では行末の句読点はトル」
「電子メールを書くようになって,句読点を多く打つようになった」
「コピーライターは,デザインによって句読点の打ち方が規制されると感じている」
「国語学における表記法,文学研究,国語教育,作文技術,校正,文字組版,書体デザイン,文字コードなど,多様な領域で別個になされてきた議論を,一つの場に集約すること自体が有意義と言える」
「異なる言語体系間で,翻訳しきれないものが記号になるのではないか」
「符号に同情しても,文字中心主義からは逃れられない」
「この会はパンクチュエーションとノーテーションのどちらを問題にするのか。『句読法マニュアル』作成のような実用性を求めるのかどうか」

会の問題設定,取り扱い対象に議論が及んだ所で,10分の休憩に入った(この間,「モーニング娘。」が縮まって「モー娘【ルビ:むす】。」となり,『極道の妻【ルビ:おんな】たち』が「極妻【ルビ:ごくつま】」と略されることについて,また『3−4×10月【ルビ:さんたいよんエックスじゅうがつ】』をどう組むか,など,話題は尽きなかった)。

議論を再開し,具体的な句読点とその用法である句読法との両方を会の研究対象とすること,編集・校正・組版・デザイン等,会員の仕事の現場に研究の足場を置きたいこと,会の目的地点を各々の署名原稿による論文集の刊行とすることを確認した。以上の議論を踏まえ,会の名称は,前田・郡・田中が用意した6案の中から「句読点研究会」に決定した。
議題は会の運営方法に移り,最短1年の期間で,例会の開催・会報の発行を会の活動内容とすることを確認したほか,句読点参考文献目録・句読点用例集・句読点年表の作成について提案があり,次のような論議があった。
「句読点・句読法をめぐる多岐に渡る言説を集合させることが第一」
「例会の報告では,資料を事前に作成して発表・講演そのものはコンパクトにし,討議の時間を十分にとりたい」
「例会の参加者は15〜20人くらいがよいのではないか」
「予算が限られることもあり,会報はPDFによるwebで発行したい」
「会員は,例会に参加して会費を払った人,と規定してはどうか」

当日配布資料
『日本句読法案研究会(仮称) 第1回例会参考資料集』
「日本句読法案研究会(仮称) 第1回例会議題案/例会テーマ案」
「現代日本語における「符号」関連概念図」
(ま・コ)
句読法が近代のテクスト成立をささえた

〜句読点研究会第1回例会での基調提案〜(要旨)

報告:前田年昭
句読点の誕生をめぐる歴史をふりかえっておきたい。前史は,杉本つとむ『近代日本語』(1994,紀伊國屋書店)を導きにたどる。
 近世,出版文化は飛躍的に発展し,民間で印刷・製本・販売がさかんに行われ,現在の23区より狭い江戸に本屋が676軒(1761年),寺子屋が1200−1300(1810年ごろ)あった。当時は活字ではなく整版印刷だった。これは,仮名や漢字は一字一字独立して書かれるのでなく連綿体,つづけ書きだったこと,当時の日本人の文字への美的感覚は単に文字の配列による読み物ではなく美術品としてあったこと,版木(整版)の方が整理や持ち運びに便利であったこと,などによると杉本は指摘している。
 瓦版や読売がはやるようになって伝達から言論へ向かった。倒幕の言論戦は庶民の間から始まったのであり,これが1867(慶応3)年のええじゃないかの瓦版やお札【ルビ:ふだ】につながってゆく。こうしたなかで,士農工商の別なく遊べる吉原でアリンスことばとともに漢語が生まれる。「未【ルビ:び】亡人,会計〔勘定〕,思想〔ほれる〕,経済〔だい所〕」など,当時,格好よかったにちがいない。流行語や俗語の採用も結局は漢語によって超克せざるをえなかったのである。
 蘭学では1774(安永3)年の『解体新書』が画期であり,直訳・義訳・音訳による翻訳がなされ,「である」体のほか新鮮な文体が生まれ,「疱瘡が彼女の顔を見苦しくした」といういかにもの直訳だけでなく「彼等はまだ初恋である」という新鮮な文体も生まれた。また「視力,下剤,分母,地球,知識,自由,法則,契約,接吻,日曜日,坐薬」や「元素,舎密〔化学〕,酸素,中和,還元,沸騰」などのほか「膵,腺,膣」などの新製字もつくられた。宇田川榕庵,前野良沢などによって蘭学が近代日本を準備したといえる。  18世紀前半からの一揆,打ちこわし,1837年の大塩の乱をへて,1853年の黒船来航につづき1866年,一揆は兵庫から大阪・近畿を経て江戸に波及し,1868年の明治維新にいたる。江戸語は中流階級の言葉としての東京語となり,「ござる」という武士のことばにかわり水商売や芸人のことばであった「でげす」から来た「です」が主流になり,新語や漢語が増え,近代日本語の成立を準備していく。西周による「哲学,論理学,形而上」,井上哲次郎による「認識論,対象,表象」など,さらに自由民権運動のなかで「演説,代言人」などの言葉が新生の事物を表すものとして生まれた。
 近代文体発生の歴史をまとめた山本正秀の労作『近代文体発生の史的研究』(1965,岩波書店)は,日本近代文体の性格と言文一致として,平明性,細密性,俗語の尊重,句読法の確立,客観的描写性,近代的写実,個性的,と日本近代文体の7点の要件を挙げ,その4点目に挙げた句読法の確立によって近代人の科学的合理的思考にもとづく文章を実現したとしている。山田美妙は1889(明治22)年の『文章符号の解釈』で,テン,マル,段落の1字下げや会話の「 」などを解説している。
 山本は言文一致運動史を概括し,1866(慶応2)−83(明治16)発生期,1884(明治17)−89(明治22)第1自覚期,1890(明治23)−94(明治27)停滞期,1895(明治28)−99(明治32)第2自覚期,1900(明治33)−09(明治42)確立期,1910(明治43)−22(大正11)成長完成前期,1923(大正12)−1946(昭和21)成長完成後期,の7期に時期区分し,始まりを1866年に,終わりを狭義では1922年,広義では1946年としている。1866年,前島密は将軍徳川慶喜へ「漢字御廃止之議」を建白,かな書き口語文の採用による言文一致を唱えたのを始まりとし,1884(明治17)年若林[王+甘]蔵『牡丹燈籠』は15日間楽屋へ通い2人がかりで速記したもので,翌年の再版に「序」を寄せた坪内逍遥は,俗語多用による人物活写の文章の妙をほめたたえた。諸外国の歴史をみても個性の表現を可能にした近代文体革命は,たとえば中国では白話文学運動としておこり,1918年には魯迅の『狂人日記』が発表され,翌1919年の五四文化革命を準備した。
 司馬遼太郎がいくら「明治」を持ち上げようとも,裏切られた革命としての明治維新は1945年の軍国主義の敗戦に帰着する。が,他方で勝利した革命として,句読法の確立を含む近代日本語の文体革命は1945年(もしくは1946年)にようやく完成したともいえるわけである。なお,『近代文体発生の史的研究』は巻末に詳細な「近代文体発生史年表」をまとめているが,1889(明治22)年までなのが惜しい。

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