句読点研究会第8回例会の感想




2004年8月

脇田幸子


昨年11月に岩波新書から出版された『横書き登場』が数々の新聞・雑誌で好評をもって迎えられたのは,一読者として痛快な出来事だった。しかし『横書き登場』が書字方向の縦横だけを論じた本であるかのような幾つかの評は,物足りないものでもあった。
 『横書き登場』は綿密な調査に基づいて明晰な論理で綴られており,その結論にはずっしりと重みがある。書字方向を取り上げたことも斬新なら,こんなに丁寧に調べまとめてあることも,ものすごい。しかしそこで提起されているのは「縦か横か」という向きの問題だけでない。書字方向の「空間と時間の変換装置(p. 200)」という役割そのものも同時に問われ,検証されているのではないだろうか。
 ともすれば書かれている内容だけが問題にされやすい文献の研究に活字・フォントの研究という概念を導入したのが府川充男さんだった。『横書き登場』で屋名池さんは新たに書字方向という物差しをわれわれに提示しておられるのではないか。そんなことを考えながら今回の例会を迎えた。


4月17日,期待と,準備不足ではないかという多少の不安を感じつつ,牛込箪笥地域センターに到着した。急遽用意された資料をあたふたとその場でコピーし,何とかほぼ規定時間に第8回例会はスタートした。
 予定通り,あらかじめ提出した会員からの質問に答えるかたちで屋名池さんの講演は始まった。そしてその後,準備不足の心配を忘れるほど質量ともに充実したお話を聴くことができた。それが書字方向に関する豊かな知見のほんの一端であったとしても,句読点を考える上での貴重なヒントとなった。
 なかでも『横書き登場』を貫く理論的な根拠についての話は,本を読んだ時に抱いた前述のような思いを,よりはっきりと確信に変えるものだった。もちろん新書にも記述されており,また私の理解では正しく要約できないかもしないが,特に新鮮かつ重要に感じられた「水平に1行しかない文書の縦書き横書きを判断する際の根拠」としての,屋名池さんの仮説3点を記しておきたい。


(1)横書き・縦書きは隣り合う文字との関係によって判断されるものである。
 それを決定づけるのは意味の切れ目でないところでの改行を含む,2行以上の文書の書字方向である。同時代の複数行の文書に縦書きしかなければ,一見横書きに見えても縦書きといえる。


(2)繰返し記号「々」など,禁則処理される文字を含んでいる水平1行は,1行1文字の縦書きではない。
 「々」や促音などは,直前の文字と合わせて1単位なので,1行1文字の縦書きの場合は,直前の文字の下に付される。


(3)2行目を自由に始められる大きな画面に水平に書かれた1行は,横書きといえる。
 画面に制約がなければ,わざわざ1行1文字の縦書きにせず,横倒しで縦書きにするはずである。


 仮説を立てて検証するという手順がこんなにすっきり適用されている! すこぶる明快だ。この方法論,上記の仮説をもって膨大な文書の縦と横の関係を捌かれたやり方を,句読点に取り組む場合にも生かせないか――とつい妄想してしまうほどに。
 また,文字の特性について,「音声は現象で文字はモノ」「文字は空間に位置と大きさを要求する」と屋名池さんは語られた。そのことからも,メディアに定着した位置と大きさのある文字の,メタレベルの情報をどのように扱えば新たな意味を汲むことができるのか,屋名池さんの書字方向の研究はその奥深い問いへの一つの解答例と痛感した日だった。


ところで,誇大な妄想はともかく,この例会で得た,研究の現場を垣間見るような知識と知恵を今後どう句読点とのつきあいに生かしてゆくのか,私はそれをつかめずにいる。句読点を約物全般にまで拡げて考えるとそれらは,あるときは音声言語を文字言語に移す局面で重要な役割を果たし,あるときは異なる国語間の翻訳のために複雑に機能し,またあるときは文字言語のなかで精妙なバランスを保つために必要とされる。(ただ,校正者が読み上げるとき以外は,ほとんど徹底して無音の記号だ)
 そんな静かで奇妙な形をした約物から何をどうすれば汲むことができるのか? 講演を聴いたときの興奮を思い出しながらも,その問いは今もあまり進歩していない……。



※会全体としては主催者の準備が悪く,参加していただいたみなさんからの質問時間を十分に確保することができませんでした。にもかかわらず事後,屋名池さんの熱意溢れる講演に得るものが多かったという感想を複数の方からお送りいただき,少しほっとしました。屋名池さんと参加されたみなさん,本当にありがとうございました。遅ればせながらこの場を借りてお礼申し上げます。


2004年8月1日
(西南西に進む変な台風10号が過ぎた満月の夜)



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