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第8回例会感想など
2004年8月
前田年昭
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私たちは第8回例会から(第7回例会同様)きわめて多くのことを学んだ,はずであるのだが,やりっぱなしになって(と没主体的に語ってしまってはいけないのだが)しまう傾向がついてまわるのは,あまりにももったない。ちょっぴり哀しい。日本語の文字と組版を考える会運動のマイナス面の残滓だろうか,在野で学んでいこうという立場の弱さの側面のゆえであろうか。
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書物を,作者=執筆者によるテキスト作品としてだけでなく,文字や組版,フォーマット・デザイン,資材,製版,印刷,製本…などの集成としてのひとつの物質としても捉える見方,考え方は近年着実に拡がっている。これは,まことによろこばしい。
この10年を振り返ってみても,府川充男さんによる『組版原論』(1996)が象徴する印刷史研究会の人びとの仕事は,在野からアカデミズムへと着実に影響を及ぼした。単なる好事家的なキワモノ趣味などではなく,近代日本印刷史研究は,今では完全に市民権を得たといってよいのではないか。
こうしたときに,屋名池誠さんの『横書き登場』(2003)は,研究史に新たな画期をひらいたものである。『組版原論』は,書物の文字組版のうち,文字(および組版規則)に焦点をあてて,歴史への眼差しをもつことの決定的意義を私たちに教えてくれたが,『横書き登場』は書字方向に焦点をあてて,やはり歴史への眼差しをもつことの決定的意義を私たちに教えた。
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第8回例会の講演で,屋名池さんの研究の基本的な発想にふれることができたことは,とても面白かった。
基本的な概念を整理し,定義を明確にし,仮説を立て,その分野での先行研究とともに,基本的な歴史的事実について徹底的な悉皆調査をおこない,仮説を検証していく――,こうしたいっけん理系風のスタイルは,近年“言語論的転回”などと称して,ないがしろとまでは言わないにしても実証を軽視し,それぞれの判断を何かというと相対化して,不可知論の袋小路に導くことの多くなってしまった歴史学はじめ人文科学が立ち戻るべき〈原点〉ではないだろうか。
屋名池さんは書字方向について【どちらでもよいから,変わることがありうる。変わることがあるから言語によるちがいも生じうる】と指摘している(同書はじめに p.ii)。そして今回,屋名池さんは,「水平に1行しかない文書の書字方向判断の根拠」として仮説3点を講演で説明してくださった。
(1)書字方向の縦・横は隣り合う文字同士との関係によって判断される。対象とする文書は,意味の切れ目でないところでの改行を含む,2行以上の文書,でなければならない。同時代の複数行の文書に縦書きしかなければ,いっけん横書きに見えても縦書きといえる。
(2)繰返し符号である「々」など,行頭禁則文字を含んでいる1行は,1行1文字の縦書きではない。直前の文字と合わせて1単位になるそれらの符号記号文字は,1行1文字の縦書きの場合は単独では行頭に位置せず直前の文字の下に付される。
(3)2行目を書き始める位置が自由であるほどに大きな面に水平に書かれた1行は,横書きといえる。1行1文字の縦書きにせず横倒しで縦書きにしたものかどうか,面の制約との関係をみる必要がある。
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和文組版において区切り符号・繰り返し符号をどのように使い分けるかは,和洋の数字の使い分けとともに日本語の表記として最もゆれが激しく,編集者を悩ませている。そのケース分けの多くは縦組み/横組みという二つの書字方向が併存することに起因しているのだ,ということを改めて強く認識させられた。
書字方向についての先行研究のなかで,並外れて先駆的なものは,宮崎市定さんの「歴史的地域と文字の排列法」(1940-45,公刊は1959)である。
宮崎さんは【原来文字は右から書いても,左から書いても,上から書いても,どちらからでもよいものである。〔……〕我々は併し乍ら寧ろそういう,どちらでもよい事がどちらかに決定されているという厳然たる事実の中に,絶大な意義を認めなければならないと思う。それは,どちらでもよい事の中にこそ,反って伝統が十分の威力を発揮しているからである。】(中公文庫版『東西交渉史論』pp.49-50)と指摘しておられる。
類似のものに言語そのものがある。コトバとそれが指示する事物とのあいだにも何ら必然的な関係はなく,言語もまた伝統そのものであると言ってよい。組版とは言語を扱う技芸であり,文字をページに配置する技芸である。ここにも,この伝統の大きな力が影をおとしている。
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私は,どちらでもよいもの,どちらでもよいことの中に生き続ける伝統の力に目を向け,これからも句読点を考えつづけて行きたい,そう改めて心した第8回例会であった。
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