「出版業界初の」「革命的技法」は何をどう変えようとしているのか?


書評『出版のためのテキスト実践技法[執筆編]』


2001年5月

前 田 年 昭
句読点研究会世話人

『印刷雑誌』Vol.84 2001年7月号(印刷学会出版部)掲載

西谷能英著,A5版,128ページ
2001年4月,発行:未來社(03-3814-5521)
印刷・製本:萩原印刷,本体価格1200円
『週刊読書人』連載当時から注目された本書が今,売れている。刊行とほぼ同時の4月16日付『朝日新聞』は「少部数出版へ未来社の試み,専門書安く手軽に刊行」と報じ東京ビッグサイトで開かれた東京国際ブックフェアでも話題をよんだ。著者・西谷能英氏は「未來社という専門書を中心とした小出版社で編集の仕事を手がけてきて25年ほど」の経験(現在,同社社長)をもとにして「書籍出版のあたらしいありかたについて技法論的解説をくわえ,具体的な方法を提示しようとするもの」(はじめに)で「著者の原稿執筆における技法が中心」の執筆編である。
 ここでいわれる「技法」とは,編集者が入稿用のテキストファイルを修正することにより,初校以降の赤字訂正コストを圧縮しようとする,要はテキスト編集の内製化の謂である。本書は徹頭徹尾,テキストの意義を強調している。第1章「著者に要求されているものはなにか(中略)文字データ以外のいっさいの付加情報のないプレーンなテキストファイルにしておくこと」,第2章「出版に必要なのはテキストファイル」,第3章「著者の仕事はテキストファイルの作成だけ――入力されたものしかほんとうのデータではない」と繰り返され,「…ということを著者にまずもって知ってもらいたい」と念押しされている。
 ほんとうか。文字には重層性があり,土台にある手書き文字のうえに「正字」や俗字,「誤字」などの字体/字形/書体が互いにさまざまな包摂/非包摂の関係で存在し,組版された書物もまた単線のテキストに集約しえぬ「組版された情報」が付加されている。テキストデータ自体にも重層性があり,本書がたたえてやまないプレーンテキストも各種存在するなかのひとつであるシフトJISテキストにすぎない。こうしたなかで,専用ワープロ全盛の時期から現在のパソコンにおけるワープロソフトの時期にいたるまで,組版・印刷業の現場ではMS-DOSテキストファイルを介して互換をとるようほぼルール化され,ほぼ20年近く経つ**。いまさら「出版業界初の提言!」「革命的テキスト技法」(帯)という,どこに新味があるというのだろうか。他方,現場では「プリント」を付けるよう必ずお願いしているのは文字や組版の重層性やコードの非互換に悩まされつづけてきたゆえの,現場の知恵であり,本書が「ときにルビや傍点,脚注…こういう原稿作成はまったくの無駄である」とか「モニタやプリントアウトされた文字列の体裁にはなんの意味もない」と断じるのは不可解である。
 では,いったい何をもってどこが「少部数の専門書出版にあらたな道をひらく」「革命的テキスト技法」だと本書はいっているのだろうか。「技法が(中略)採算ベースに乗りやすくするうえでも役立つならば,これまで経済的理由から企画として成立することさえできなかったすぐれた仕事が実現されやすくなり,そのことによって文化へのあらたな貢献につながる」と述べているところを見ると,西谷氏が「出版文化の存立基盤そのものの危機」ととらえているのはもっぱらコスト問題であると気づかされる。
 が,ほんとうだろうか。くりかえし読むほどに,私にはチャップリンの「モダンタイムス」よろしく,著者も編集者もひたすらパソコンにかじりつくオペレーターとなっている姿がうかぶ。「あとがき」で「ほぼ9割の仕事は初校責了」「最短では入稿後8日で責了」との経験を披瀝している本書によるコストダウン「技法」とは,まさか編集や校正などの仕事を切り捨てて,著者・編集者に文字入力のオペレーター労働を強制することによるものではないと信じたいのだが,それ以外とはとうてい読めないのも事実だ。新聞協会のなかで先頭を切って校閲を切り捨て記者ワープロを導入した『朝日新聞』はどうなったか。いまや個人情報反故法案に何らの批判もしえないところまで批評精神とジャーナリズム魂を投げ捨ててしまったではないか。ただただ技術を無批判に取り入れるとき,そのときこそ「出版文化の存立基盤そのものの危機」ではないのか。
 250円の牛丼を安ければいいといってる能天気な人たちの目には,生活費が安くなれば結局,総資本は実質賃金をますます切り下げるという法則がみえていない。そのことと,本書の提案する「革命的テキスト技法」とは,私には二重写しに見える。
〔良書出版に「道をひらく」ための提案としての「革命的テキスト技法」,かつて「出版はこころざしの業である」と未來社を創業した西谷能雄氏ならばどうみるだろうか。



〔 〕内は掲載時に量的制約から削除した部分
** 片桐紀長さんから「20年以上が経つ」は史実に反しており正確でない旨のご指摘(06.26 11:24)をいただき,01.07.29「ほぼ20年近く経つ」に訂正〔参考:紀長日誌〕 〈戻る〉

(おわり)


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