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「二一世紀の資本主義」における大学
―駒場アピール―
2000年11月26日
絓(すが)秀実
2000年11月26日,東京大学駒場キャンパスで開かれたシンポジウム「21世紀の資本主義」の席上発表されたものを著者の許諾を得て掲載。 2000年12月6日,著者の増補改訂に従って改訂。 2001年2月17日,『情況』2001年3月号掲載版に従って本文補訂。
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「二一世紀の資本主義」と題された本日のシンポジウムの総題に関係して,東大の駒場祭で行われるということでもあり,「「二一世紀の資本主義」における大学」ということで考えてきました。その前に,NAMとぼくの関係について簡単に触れておきたい。そのことも,今日お話ししようとすることと関係するからです。
ぼくは,柄谷(行人)さんが提唱されているNAMの『原理』について,共鳴し面白いと思っているところもありますが,良くわからないことも幾つかなきにしもあらず,なのです。ウォーラーステインの『ユートピスティック』にしても,村上龍のNAM的な小説『希望の国のエクソダス』でもそうですが,「希望」といわれると,つい引いてしまうクセがいまだ抜けない。たとえば,NAMでも中心的な課題になっている地域通貨についてですが,地域通貨は貨幣のフェティシズム的性格を本質的に破棄しようとするものでしょうが,ぼくは果たして享楽へと誘うフェティシズム性がないものが通貨たりうるのか,という点で疑問がとけない。
しかし,資本主義への具体的かつ様々な対抗運動=「反システム運動」を組織しようという目論見に対しては積極的にコミットしたいと,これはNAMの創設にはさしあたり関係なく,ずうっと思ってはきたわけです。まったく及ばずながら,また主観的に過ぎない小さなものではありますが,これまでも幾つかコミットしてきました。
たとえば,この数年,ここ東大駒場で「駒場寮廃寮反対闘争支援」と勝手に銘打って,学生たちと「自主ゼミ」をやってきまして,現在は,およそ週一回(木曜日四時半から),駒場寮で資本論の読書会(終わった後は概してコンパ,会費約五〇〇円,その時間のほうが長い)をショボショボやっております。皆さんも興味があったら遊びにきてください。
それともう一つ,ぼくはこの間,日本における「一九六八年の革命」の問題にずうっとこだわっておりまして,最近も『早稲田文学』というところで「革命的な,あまりに革命的な――「一九六八年」史論」というタイトルで連載をはじめました。また,それとも関連して,映画『百年の絶唱』で知られる若い映画監督・井土紀州さんとともに,文芸批評家の鎌田哲哉さんにも参加していただいて,一九六八年革命の歴史性を問う記録映画『レフト・アローン』(仮)を最近クランクインいたしました。この映画は資金にきわめて乏しいので,この前,スタッフで話したのですが,NAMに相談してみることも考えられると思います。ちなみに,この映画には,柄谷さんにも出演していただける旨,内諾を得ております。
一九六八年革命,いわゆる全共闘運動と呼ばれているものは,日本では今やオヤジたちのノスタルジーのなかにしか存在しないものと見なされております。最近,日本の新左翼のルーツである一九六〇年の共産主義者同盟(ブント)書記長だった島成郎が亡くなり,続いて,アラブ・日本赤軍の重信房子も大阪で逮捕されたりしまして,もはやあの時代は「終わった」といった雰囲気がジャーナリズムを通じてプロパガンダされております。しかし,ウォーラーステインによれば,一九六八年というのは,一八四八年と並んで,決定的な世界革命であったわけですね。世界的にみれば,そのような歴史観こそ思想的立場を問わず正当なのです。これは,東大の総長の蓮実重彦も著書『知性のために』でそう言っているのですから,疑っている東大生がいるのなら信用しなさい。
そして,一九六八年革命を契機にして誕生した新たな「反システム運動」,すなわち資本主義への対抗運動は,六八年の表面的な「騒擾」が終わった以降も,それこそ資本主義への対抗ガンのように,いまなお深く広く進行しているのです。フェミニズムをはじめとする様々なマイノリティー運動,環境問題,近年の欧米におけるNGO,NPOによる反IMF闘争の爆発なども,それに含まれるでしょう。田中康夫が長野県知事に当選したことだって,この文脈を抜きにしては考えられない。もちろん,それらの個々にいちいち全面的に賛成するかどうかは,また別ですが――。
今日のテーマに関連していえば,二一世紀にまでさしあたり持ちこされるであろうグローバル資本主義と呼ばれるものは,持続せる六八年革命に対するブルジョワジーの側からする反革命として捉えるべきだと思います。そして,その反革命は,決して勝利することはありえない。そのことについて,ぼくはある意味ではきわめてオプティミスティックです。
さて,そのようなことを考えていた折に,数週間前ですが,久しぶりに柄谷さんにお会いする機会があり,出会い頭,「NAMに入れよ」と言われ,二秒後には軽率にも「入る」と言ってしまったのでした。その時,一瞬にしてNAMに対する,これまで考えていた幾つかの疑問点など括弧入れてしまいましたね。NAMが持続する六八年革命の現在的なあり方を更に追求しうる,少なくとも有力な場の一つであることを,柄谷さんの顔を久しぶりに見て,確認したといったらいいでしょうか。いろいろ異見があったら具体的な運動のなかで出していけばいいじゃないか,ということです。
ところで,その時,じゃあNAMの何部門でやるかという話になったので,「理論部門」というのは柄じゃないし,いったんは「労働運動部門」ということになったのですが,考えてみれば,これもやはり適材適所ではありません。ぼくは労働組合というのはどんなところでも必要だし,実際に自分が勤めた幾つかの場所で作ってもきました。NAMの相対的に若い優秀なメンバーのなかには,世代的な制約から組合運動(や,学生運動)をやったことがないなどとエクスキューズしている方もいるようですが,それはおかしい。労働組合なんて(学生運動でも),必要なら一人でも――しょぼしょぼと,ではあれ――できるのです。ぼくはそのようにして小さな組合を作ってきたし,二度ほど小さな解雇争議も経験した。しかし,実はそれはあまり好きな運動形態ではないのです。まあ,組合内の人間関係は,概して陰湿だったり,退屈だったりするものです。それに,ぼくは今,実質的にルンペン・プロレタリアですから,とうてい労働運動などというタマではない。まあ,多少の経験から,優秀な労働運動活動家の知人がいないわけでもないので,そういう人間を紹介することはできますし,ある程度はコミットする心算ではありますが――。
たとえば,ぼくが昔相談されて,なかなか上手くアドヴァイスできなかったものに,セックス・ワーカーの労働組合の問題があります。これなんか,NAMの法律部門,理論部門等とリンクして,立ち上げるのを支えてあげたらいいと思います。
ということで,やはり多少はそれについて書いてきたこともあり,関心もある「教育部門」を中心にやりたいと,今は思っております。本当のことをいえば,柄谷さんとお話した時に,「学生運動部門」に入りたいといったのですが,「お前は学生じゃないじゃないか」と笑われまして,ああそうかと思ったのですが,しかし,後からよく考えてみますと,今日の教育問題の多くは,日本の大学に学生運動がちゃんとないというところに淵源するんですね。そこで,「教育問題は学生運動再建の問題である」というコンセプトでやらせてもらおうと,その後,改めて思った次第です。そのことは,ぼくが細々と間接的にかかわっている駒場寮闘争の流れに即してもベターなんじゃないか。
NAMに今必要なのは,小さくてもいい,具体的な運動でしょう。
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先にも言いましたように,グローバリズムが六八年学生革命に対する反革命であるとするなら,大学というところは,その革命と反革命がせめぎ合う戦場のはずです。にもかかわらず,少なくとも日本の大学では,なかなかそうはなっていない。九〇年代に本格的に始まった「大学改革」の波は,六八年革命の学生が提起した「大学批判」に対する一つの回答であったということができます。簡単に言ってしまえば,六八年の学生は世界的にも「真理の大学」という観念を批判したのでした。日本の大学が,それまで果たして本当に「真理の大学」であったかどうかは大いに疑問ではありますが,それはともかく,教師に対しては「学者バカ」「アカデミック・フール」という罵倒がなされ(まあ,ぼくなどはそれ以上のバカだったわけですが),「大学解体」がスローガンとして叫ばれます。学生による「反大学」や「自主講座」といった試みも,多数なされた。宇井純が東大でやっていた「公害原論」などは,その代表的なもので,それがその後の運動の大きな契機になったのは周知のことでしょう。ともかく,六八年革命の大学批判以来,大学は自らを「真理」の特権的な所有者であると僭称できなくなったといえます。
これは,国家にとってもきわめて深刻な事態であったはずです。なぜなら,国家にとって大学とは,真理の「主体」――それは,官僚,教師,労働者,市民,すなわち国民として生産されます――を生産するイデオロギー装置にほかならなかったのですが,そのことがあの革命において決定的に否定されてしまったからです。その意味で,一九六九年一月一八―一九日の東大安田講堂「決戦」を契機に,その年の東大入試を国家が中止したということは,きわめて大きい意味を持っている。あの安田講堂「決戦」は敗北と総括され,以後,全共闘運動は収束に向かっていくというのが常識的な歴史観ですが,そういう側面もあるにしろ,実は,あの入試中止は国家が自らのイデオロギー装置の機能失調を認めざるを得なかったという意味で,六八年革命の,それ以後も続く「勝利」を刻印するものにほかならないのです。それは国家にとっての一時的な失敗などではありません。その敗北は,その後も一貫して克服されえないのです。学生なら誰でも感じているのではないかと思いますが,実質的な「大学解体」は日々進行しているではないですか。そのことを説明します。
六八年以降,大学が国家のイデオロギー装置としての古典的な機能を果たしえなくなった時,どうなっていったのか。日本において「大学改革」という名の反革命は,「教養学部」の改組といったかたちで,九〇年代に具体化してくるわけですから,かなり遅れてやってきたように見えます。しかし,日本の六八年革命における争点の一つに,東京教育大学の廃校と筑波大学の創設(大学の帝国主義的再編)への反対という問題があったことを想起すれば,今日の大学をめぐる革命と反革命の争いの争点は,すでにその時から存在していたのでした。既存大学の筑波化といわれるその問題の具体的全面化が,なぜ九〇年代にまで持ち越されたのかといえば,日本の大学が「少子化」に起因する一八歳人口の絶対的減少を前に経営危機に直面するのが,九〇年代,それも後半に入ってからだという理由に過ぎません。それまで,日本の大学は呑気にバブルを謳歌していただけなのです。
六八年革命(以降)において,同時に「先進」資本主義諸国は何度目かの,いわゆる「消費社会」という段階を体験します。ロラン・バルトの『神話作用』はそれに先駆けるものですし,ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』といった本は,その時代をとらえようとしたものでしょう。あるいは,「複製技術時代の芸術」や『パッサージュ論』のヴァルター・ベンヤミンの再評価なども,この傾向と深く関係している。いうまでもなく,消費社会における「知」というのは,大学を頂点とする「真理の体系」に対して解体的に作用するわけですね。ベンヤミンが生涯,大学と無縁な批評家であったことも,消費社会における「知」の問題と通底しているのでしょう。ドゥルーズ/ガタリのツリーに対するリゾームといった人口に膾炙した考え方なども,消費社会における「知」という文脈を背景にしているといえる。だからこそ,かつて「ポストモダニズムは消費社会のイデオロギーだ」といった批判もなされたのでしょうが,ドゥルーズをポストモダニストと呼ぶことが正しいかどうかはともかく,それが,消費社会に内在しつつ,それを批判しようとするものであることは確かでしょう。
そのような意味において,「真理の大学」に対して,その解体を通告した六八年学生革命と「六八年の思想」は,消費社会に突入した後期資本主義における「知」の問題でもあったといえます。NAMの教育部門で色々構想されているフリースクール問題も,単に資本主義の「外部」にあるかのごとき「自然」にかえるのではなく,消費社会(以降)の現状を踏まえるものでなくてはならないでしょう。
しかし,国家のイデオロギー装置としての大学は,かかる危機を――危機のまま温存しつつ――のりこえなければならなかった。なぜなら,国民的「主体」を形成する有力な場というのは,軍隊=徴兵制度がこれまた戦争の形態の変貌によって国家のイデオロギー装置たりえなくなりつつあった六八年以降の段階において――この意味で,六八年革命がヴェトナム反戦運動とともに闘われたことは重要です――大学(を頂点とする学校制度)しかないからです。いわば,国家の側からの大学のディコンストラクションです。事実,今日においても,われわれは何らかの意味で「主体」としてしか存在しえない。たとえば,弁護士になろう,学者になろう,エンジニアになろうと思えば,その場合,大学教育を受けないでなることは不可能に近い。六八年革命以降も大学はいまだ「のりこえ不可能」であり,解体されつつも,いまだに構築されているといってよい。その意味において,大学は,グローバル資本主義の時代のイデオロギー装置へと変貌することになるのです。
そのことを,別の角度からもう少し詳しく見てみれば,国家のイデオロギー装置としての大学は,今や,リースマンがいうところのスチューデント・コンシューマリズム,つまり「学生消費者主義」によって維持されている,ということです。学生のニーズに応えると称する,簡単にいえば,「学生はお客様であり,お客様は神様です」というコンセプトですね。これは確かに,消費社会の革命でもあった六八年に対する反革命としては,きわめて理にかなった,巧妙なものと言えます。
スチューデント・コンシューマリズムは,もちろんまず,バブルの時代に猖獗をきわめる種類のものです。それは,さまざまな形をとって現出します。見やすいところでは,相撲の舞ノ海を某大学が講師に呼んで学生の人気をとるとか,語学なんかやらなくても卒業できる文学部,数学や物理・化学の入試がない理工学部といったものですね。九〇年代の教養学部改組の結果として,「国際」「環境」「地域」「表象」「文化」「総合」「情報」等々といった言葉を冠した学部が族生したことは周知のとおりですが,これもまた学生消費者主義の一環といえるでしょう。
しかし問題は,バブルが崩壊し,一八歳人口の激減という事態を前にしても,大学はスチューデント・コンシューマリズムというバブリーな対応しかできないということです。もちろん,教職員のリストラや経費節減などもやってはいるわけですが,一八歳人口という少ないパイの奪い合いの手段としては,おおむね学生に媚びること,つまりスチューデント・コンシューマリズムしかない。卑近な例をあげれば,昨年,早稲田大学が受験者数の減少に悩んで広末涼子を推薦入学させ,「早稲田人気」を復活させようとしたことなども,その一つでしょう。これなども,まさに実質的な「大学解体」の一例です。
しかし,これは余談ですが,早稲田のノンセクトの活動家学生などに聞きますと,広末はアジビラを「ご苦労さま」といって受け取ってくれる数少ない学生らしい。今や早稲田でも,ほとんどの学生がビラを受け取ってくれないんですね。それで,ノンセクトの間では,「広末いいやつ説」というフォークロアがある。もしそうなら,広末入学もまんざらではなかった,ということになるのでしょうか。
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大学が自らを魅力あるものに見せる手段として,もはや基本的にはコンシューマリズムしか持っていないということは,「真理の大学」が六八年革命によって解体させられたという事態の帰趨にほかなりません。かかる意味において,大学は,ポストモダニズムなるものよりもはるかに,「消費社会のイデオロギー(装置)」なのです。そして,そのことと相即して,大学内でおこなわれる「学問」も消費者主義的なものへと変貌していく。消費社会に内在することで形成された「六八年の思想」を摂取しつつ,です。東大駒場のサブテクストというキャッチでベストセラーとなった『知の技法』をはじめとする「知の三部作」,あるいはその文脈を踏まえて今日の日本でも隆盛しつつある,カルチュラルスタディーズ,ポストコロニアリズムなどは,さしずめその代表的なものといえるでしょう。
周知のように,カルチュラルスタディーズを代表する一人であるスチュアート・ホールのそれは,イギリス・ニューレフトに淵源する。また,ホールのカルスタはアカデミズムの周縁部分から誕生した。そのこと一つをとってもカルスタ,ポスコロが「六八年」の今日的帰趨(の一つ)であることがわかります。もっとも,日本のカルスタ,ポスコロには,その程度のことさえ無自覚なものが多々見受けられるようですが,それはともかく,このような傾向は大学における六八年革命の今日的「勝利」を表現しているようでいて,実はまったく逆の事態を招来しかねない。つまり,学生消費者主義を唯一の動力として自己解体しつつ延命している大学に,「真理」に代わる別の価値を付与する役割の一翼を,積極的に担うことにならざるをえない。そして,その「価値」とは「エクセレンス」という無内容なものであるらしいのです(ビル・レディングス『廃墟のなかの大学』参照)。
レディングスも指摘し,ぼくのようなアカデミズムに無縁なものさえ仄聞するところですが,消費主義下の大学では,「真理」の追求に代って「エクセレント」な論文を量産することが至上命題となるらしい。そうしないと,研究費がつかない,学生に人気が出ないということで,教員は大学で生き延びられないらしいのです。そして,カルスタ(あるいは,ポスコロ)がそのような論文を量産するために都合の良い学問であることも,これまた理解できる。何でもアリだから素材は無尽蔵だし,植民地主義が悪い,民衆の文化や抵抗はすばらしいと言っていれば「正義」は確保できるし,「六八年の思想」を通過しているからコジャレてもいる,ということでしょう。
しかし,かくして確保された「真理」に代わるエクセレントな「正義」が,コンシューマリズム下の大学において,空虚に消費されるほかないことは,今や明らかでしょう。それは,もはや解体されている「真理」の,大学における空虚な代補にすぎない。カルスタ(ポスコロ)が大学を発信元にして発する「正義」は,大学がいまだ「真理」を体現しているという――もはや,研究者自身も信じていない――フィクションを前提にしているからです。そして,そのような欺瞞が必ずや退廃を生むであろうことも,想像にかたくありません。
すでにその傾向は見えており,ぼくはそのことを機会があるたびに指摘してもきました。たとえば,先の国歌国旗法案に際して,ここ東大駒場の教員たちをも有力なメンバーとして,中堅・若手の大学人たちが反対声明を出し,ちょっとした話題になりました。ぼくは,幾つかの理由から,まあ勝手にやって下さいという感じで遠くから見ておりましたが,その理由の一つは,石田英敬(フランス文学),高橋哲哉(哲学),小森陽一(近代日本文学)といった駒場の――ぼくが,三バカとひそかに呼んでいる――教員たちが,一昨年,蓮実重彦学長が天皇を東大に招請した際には,まったく反対の声を挙げえなかったからなのです。しかも,この三人は,最近では駒場寮問題にも,学校当局と学生側の「仲介」役を申し出ているのですが,実際のところ,学生にいい顔をしながら学校当局の廃寮の意向を代理するメッセンジャーの役割を演じているに過ぎない様子です。これは,学生のみならず,ぼくの知り合いの,まあ,先の三バカよりは信頼するに足ると思われる,駒場の教員も言うことなのですから,間違いないでしょう。
もちろん,ひとは立場上やりたくてもできないことがある。そのことを認めるのに,ぼくもやぶさかではない。しかし,そうであったなら自分のできることとできないことを認識して行動すべきではありませんか。彼らがおおやけに行使している「正義」が,先に述べたような意味で,イデオロギー装置としての今日の大学におけるカルスタ,ポスコロ的なものであることは明らかでしょう。
だが,以上のようなことであったなら,せいぜい個人の心理的な「欺瞞」に帰することができる問題に過ぎないかもしれません。しかし,これから述べることは,そういったレヴェルをこえているように思えます。それは,小森陽一氏が今年の八月に出した『日本語の近代』(岩波書店)の「剽窃問題」にかかわります。
『日本語の近代』という本は,「日本語」なるものが近代において,いかに植民地主義と密接に関係しながら形成されてきたかを論じたものです。ご存知のように,これは近年のアカデミズムでは流行のカルスタ,ポスコロ的なテーマ(岩波書店)でして,研究が族生しております。ぼくなんかは,昨年,『世紀末の予言者 夏目漱石』といったトンデモ本を書いたばかりの小森さんが,今度はこれかよと呆れたり驚いたりしておりました。実際,小森さんはこの種のテーマについて,これまであまり書いてきたわけではないし,また,正直といえば正直なことに,同書「あとがき」では,「本書の大半は」先行研究四氏の「引用と要約によって成立しており」,「理論的枠組みの多くは酒井(直樹)氏の書物に依拠している」と書かれているのです。
しかし,ここまで言われると,じゃあ何でお前はこれを書いたんだと言いたくなりますよね。でも,逆に,そこまで謙虚にいうんだから,実は逆に,小森さんの斬新な知見が盛られている有意義な本かも知れないとも思う。実際に読んでみたら,小森さんの他の本と同様,それはありませんでしたけどね。
小森さんの本を良く読むとわかるのですが,先行研究を要約するといいながら,いつのまにか小森さんの考えを開陳していとしか読めないふうに文脈が変換されているところが多々ある。ところが例えば,先行研究として「引用と要約」をしたと小森さんに言われている安田敏朗さん(京大人文研助手)の『〈国語〉と〈方言〉のあいだ 言語構築の政治学』(人文書院)という著書からの「引用」あるいは「要約」であるところがあり,それをあたかも小森さんの意見であるかのように言っている箇所があります。具体的なディテールについては,口頭で説明しづらいこともあり,省略しますが。
この問題の具体的な展開は,さしあたり当事者同士でなされるべきでしょう。しかしながら,そもそも,小森さんの本も安田さんの本もすでにおおやけのものなのですから,問題をシークレットにしておくことは無理なのです。私見によれば,第三者が簡単に調べても,小森さんの「剽窃」は,ある程度わかるはずです。そして,小森さんのその本のエラソーなナラティヴは,安田さん以外のひとの研究からも同様の「剽窃」をおこなっているのではないかと疑わせるに十分のものです。一例を挙げると,要約と称して誰それが(安田が)「正しく」指摘するように……云々,などといった語り口が頻出するのですね。いったいお前は何の資格でレフェリーやってんだと思います。
しかしいうまでもなく,ことの本質は単なる「剽窃問題」ではなく,グロ−バル資本主義下の大学においてなされている学問研究のありかたにかかわります。小森さんの本は,カルスタ,ポスコロ的に流行のテーマを,「六八年の思想」を踏まえ(具体的な名前は出ないが,フーコーやデリダを踏まえているところが多々ある),しかも反植民地主義という「正義」をアジテーションして書かれているという意味で,きわめて今日的に「エクセレンス」です。そして,それが「剽窃」であったということは,まさに,「真理の大学」が解体した以降の事態を象徴しているのではないでしょうか。今日の,まさに二一世紀を前にした大学とは,かかる問題が生起しやすい状況に置かれている,そのことも今や明らかだと思います。
かつて,駒場の自主ゼミに出講していたこともある宮川淳に,『引用の織物』という,引用だけでできた本がありました。日本における「六八年の思想」の一つとも見なしうるその著作を,しかし「剽窃」とは誰も言わないでしょう。しかし,その後の「知」と「権力」の歴史的展開は,宮川的な引用の危うさを,あっさりのりこえてしまったのです。NAMにおける大事な議論として,IT革新下の著作権の問題があります。ぼくも,今や知の私的所有を守ることはほとんどアナクロニズムだとは思います。しかし,それは「剽窃」と倫理的に一線を画さなければ,まったく意味をなさないでしょう。その意味でも,この問題はNAMで議論するにあたいすると考えるのです。仄聞するところ,小森さんは著作権問題に非常に関心を持ってコミットしているらしい。
「剽窃問題」は小森さんだけではありません。ぼくの貧しい知見でも,やはり東大の教員(元・駒場)の石弘之氏は,『情況』という雑誌の一九九八年四月号「環境破壊の究極――国家崩壊」と題する論文において,他人(外国人)の英文の論文を,ほとんどそっくり翻訳したものを自分のものであるかのように掲載し,指摘をうけて同誌七月号で簡単な(に)謝罪(しかし,誰に。盗作された原著者はそのことを知らないでしょう)しております。しかもタチのわるいことに,その「剽窃」論文は,石氏がかつて邦訳した書物に収録されているものだった。だが,石氏の謝罪が「お詫びと補足」と題されていることからも知られるように,彼はほとんど悪いと思っていないのです。そして,これは――誰の目にも止まらなかったからでしょうか――石氏はそれ以上の責任を問われておりません。
小森さんはNAMの会員で,東京支部代表(当時)でもある。ぼくが提起したいのは,小森さんも含めて,この問題をNAMでも討議しようということです。なぜなら,これはすでに述べてきたことからも明らかなように,個人の単なる「間違い」といった問題以上に,今日の資本主義下のおける大学のありかたに深くかかわる問題だからです。最近読んだカルスタの入門書によれば,カルスタというのは,理論と実践をつなぐ学問だというではありませんか。その議論は,単に「理論部門」というのではなく,教育部門の,そしてNAMの学生会員をも交えたものであるべきだと思います。そして,小森さんが教えている東大からカルチャーセンターの学生にいたるまでに共有されるべき議論だろうとも思います。ぼくの駒場の自主ゼミでも取り上げていくつもりです。それは,学生運動の「実践」の端緒の一つともなるでしょう。小森さんの「責任」は,そのなかで自ら考えてもらいたい。もちろん,「剽窃などない」ということがちゃんと納得できるようなかたちで証明されれば,それはそれでいい。そうすれば,カルスタやポスコロも,二一世紀の資本主義下における大学も,さしあたりは安泰でしょう。その時は,ぼくはおおやけに自己批判して,筆を折るくらいの覚悟でおります。
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[後注]本稿は,タイトルのサブ見出しでも明らかなように,昨年十一月二六日の東大駒場祭において,「対抗運動研究会」の主催で行われたシンポジウムで,口頭発表されるはずの原稿を基としたものである。シンポジウムの出席者は,私の他に柄谷行人,西部忠の両氏。
しかし、現実的な時間の制約もあり,本稿の基になるものは,パンフとして来場者に配布されたにとどまった。なお,「駒場アピール」という名称は,一九六一年,柄谷氏が「社学同再建」を掲げて執筆した学生運動史上の歴史的文書にちなんでいる。
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(おわり)
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前田年昭 MAEDA Toshiaki
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