凡百の「格差社会」論議にまさる労働現場からの報告,生きた批判 


書評・阿部真大著『搾取される若者たち バイク便ライダーは見た!』



2006年12月

前 田 年 昭
編集者・アジア主義研究

『週刊読書人』第2665号 2006年12月1日付掲載

 社会学を専攻する著者は大学を一年近く休学してバイク便ライダーの仕事に就く。バイクは持ち込み,メンテナンスから交通事故まですべてが「自己責任」という,不安定で危険な労働現場からの貴重なレポートである。
 ライダーたちの現場で著者が発見したのは,「働かない」で「やる気のない」若者ではなく,「働きすぎ」で「やる気ありすぎ」の若者の姿だった。採録された,同僚たちとの生きいきした会話には引き込まれる。とくに,仕事は仕事,趣味は趣味と割り切っていたつもりがやがて仕事に“はまる”につれて,バイクの好みから何から何まで,何をカッコいいと思うかが変わっていく経緯には身震いさせられる。若者のひきこもりもワーカホリックも彼らの「やりたいこと志向」からくる一体の問題ではないか,と著者は指摘する。現在の事態は,「やりたいこと」を仕事にできないニート,「やりたいこと」を仕事にすることができたワーカホリック――その二極化としてとらえられる,というわけだ。
 身につまされる。明日をも知れず不安定で過酷な職場は他人事ではない。著者も「自己実現系ワーカホリック」はバイク便ライダーのみでなくトラック運転手やケアワーカー,システム・エンジニアなどに共通する現代の若年労働の問題だという。しかし,事実の力は,若者に特化したバイク便ライダーという個別の世界から出発しながらも,もっと広く,現代社会の労働そのもの,ワーキングプアの実情を映しだしている。
 旅行会社の添乗員は長時間労働に加えて無報酬残業にもかかわらず残業,失業手当無しで病気になれば収入ゼロ。外食企業では仕事中ほとんど休憩もなく,一日一食とれれば良い方,週末や年末年始も無休。家賃が払えずサウナ暮らし,さらには派遣会社の寮暮らしも派遣の期限切れでついにはマンガ喫茶を転々……。
 かつて鎌田慧が自動車工場の季節工をレポートし,寺島珠雄が山谷・釜ヶ崎の日雇労務者の現場を詩にうたったとき,人びとはまだ「特殊」な他人事だと思い込むことができたかもしれない。しかし,いまや日本の労働者の三分の一(女性労働者ではその半数以上)が不安定で「非正規」な雇用のもとにある。橋本健二が新刊『階級社会』で指摘したとおり,日本中の労働現場が日雇と地続きにされてしまったのである。
 「好きなこと」を職業に,と主張する村上龍の『13歳のハローワーク』を「無責任な自己実現を促す」ものとする著者の批判には説得力がある。時間給から歩合給へと“やりがい”を求めて仕事に熱中することが「自由感」と引き換えに労働者同士の激しい競争と身体をこわすほどの労働強化にはまり込むものでしかないという事実が明らかにされているからだ。
 気になったのは,リスクを知りトリックを知れ,競争ではなく連帯を,労働法規を知り労働組合に参加を,と著者が力説する最終章の「処方箋の提示」の内容である。同僚たちを出し抜いてでも,と彼らが求めようとしているのは,労働を通じての自己表現や自由感,達成感であり,それが経済的利益を追求する労働組合で得られるのだろうか。むしろ,彼らの負う難儀が社会のほかの人びとに共通のものであることへの視点が必要であろう。社会全般への共感,共通を示唆するに充分な,現場報告の放つ精彩に本書の生命力がある。
 海の向こう,フランスではニート・フリーター・無業者たちは昨年につづいて今年も暴動を起こした。「格差社会」日本でも彼らによって「何か」が引き起こされても不思議ではない。事態はそこまできているということを再認識させられる現状報告書である。

阿部真大著
『搾取される若者たち バイク便ライダーは見た!』
新書判・159頁・672円
集英社
4-08-720361-1

(おわり)


Jump to

[Top Page] [BACK]
ご意見をお待ちしております。 電子メールにてお寄せください。
前田年昭 MAEDA Toshiaki
[E-mail] tmaeda@linelabo.com