政治は人びとを崇高にも醜悪にもする


書評:劉文兵「証言 日中映画人交流」「中国人10億人の日本映画熱愛史」


2011年7月
前 田 年 昭
編集者,神戸芸術工科大学非常勤教員

『映画芸術』2011年夏号 第436号

このほど出た「証言 日中映画人交流」は,同じ著者・劉文兵さんによって五年前に出された「中国10億人の日本映画熱愛史」の続編である。
 前著は,ちょうど主演高倉健,監督張芸謀(チャン・イーモウ)の日中合作映画『単騎、千里を走る。』が公開されたころであり,高倉健がなぜ中国の監督の映画に主演することになったのかというところから,文革後の一九七八年から一九八〇年代前半までの中国における日本映画ブームの最盛期を中心に,その前後もあわせての日本映画受容史を掘り下げた内容であった。採り上げられた主な映画は『君よ憤怒の河を渉れ』『サンダンカン八番娼館 望郷』『砂の器』『未完の大局』からテレビドラマ「赤い疑惑」「おしん」やアニメまでであった。
 「証言 日中映画人交流」は前著の続編,姉妹編であり,『君よ憤怒の河を渉れ』主演の高倉健や監督の佐藤純彌の他,栗原小巻,山田洋次,木下惠介へのインタビューで構成されている。
 両書とも,そのひとつひとつに典拠資料が示され,相互に影響しあった日中の映画人の交流,プロデューサーとして役割を果たした徳間康快らの仕事が浮かび上がる。著者のていねいな仕事に心から敬意を表したい。
 しかし,直言すれば『君よ憤怒の河を渉れ』はけっして日本映画史に残る傑作などではなく,単なる商業的な大作映画の一本でなかったか。たまたま文革後の中国の気分に一致し,資本主義国のエンターテインメント作品として初めてだったために熱狂的に支持されただけではないか。さらにこのような本が出て,その反響を知った日本人が大喜びしてしまう――ここにはいびつさがあり,その解釈には注意を要すると評者は考える。
 日中映画交流史で大きな役割を果たした徳間康快のエピソードとして,横澤彪に対して「“売れる本”はタイトルだ」と指南したと伝えられるが,中国における日本映画ブームとはどのような“タイトル”で生まれたのだろうか。著者は前著で「当時の日本の映画やドラマは,エンターテインメントの次元を遥かに超えて,文革による精神的な自閉状態からの脱出,喪失してしまったヒューマニズム的な家族愛や男女愛の奪回,倫理観とモラルの再建,さらに近代化路線を推進する中国のメンタリティーの形成」と指摘している。著者はこれを日中友好に結び付けたいようだが,果たしてそうだろうか。
 問題は七〇年代後半になぜ気分の共鳴があったのかである。評者はここに六〇年代後半の日本,中国それぞれの“政治の季節”に対する反動をみる。
 文革とは欧米的近代化に対する抵抗であり,〈破私立公〉というスローガンが象徴するとおり,欧米的個人主義を批判する生き方の追求であった。そして文革の敗北,資本主義への変質とともに,中国は欧米的マイホーム主義へと雪崩うったのである。これが,日本で全共闘運動の敗北後,四畳半フォークソングが流行った気分と共鳴しあったのである。さらにいえば,日本がかつて「滅私奉公」を掲げて対米戦争を戦い,敗北するやマイホーム主義を土台に経済主義へシフトしていった流れと共通するものがある。
 何でも「日中友好」に結び付けたいという著者の思いは思いとして理解できるが,前著あとがきで著者が書いている問題意識,「戦前から現在にいたるまでの中国における日本映画受容の軌跡を辿りつつ,文革直後の日本映画ブームの歴史的・社会的背景を明らかにするとともに,日中文化交流史において映画というメディアが果たした役割について考察したい」という立場からすれば,その〈歴史的・社会的背景〉をこそ追求する必要があろう。
 文化交流とは形を変えた戦争でもある。「滅私奉公」からマイホームへの戦後日本の変化において大きな役割を果たしたのはアメリカ文化であり,とりわけ映画であった。そして,アメリカはイラク侵略(二〇〇三年)において,欧米式近代化の押し付けとしての「民主化」の成功例として,この戦後日本の民主化を参照したことを忘れてはならない。
 本書の責任ばかりではないが,この二冊の問題は,現在の日本の社会学が抱えている問題,すなわち歴史的,哲学的視点の欠如をも明るみに出したように評者には思える。
 現在の中国の高度経済成長を著者は「日中友好」にプラスと考えているようだが,新著のインタビューでの健さんの次の指摘に耳を傾けるべきであろう。「あまりにも経済が恵まれると,人間は精神的に貧しくなる」「それは,僕自身が失ったものかもしれないよね。そして,これからぼんぼん中国が失っていくものなんじゃないですか」。
 中国は東京電力福島第一原発の事故直後に,いったん原発の新規建設承認を凍結したが,今後,策定される「原子力安全計画」において安全基準を厳格にしたうえで凍結を解除する方針と伝えられるが,はたしてこの金まみれ,技術決定論まみれの両者の間の「日中友好」とは,いったいだれのため何のための「日中友好」なのだろうか。

劉文兵・著
『証言 日中映画人交流』
新書判・253頁・本体760円
2011年4月・集英社
978-4-08-720590-9

劉文兵・著
『中国10億人の日本映画熱愛史』
新書判・237頁・本体700円
2006年8月・集英社
4-08-720356-5
(おわり)


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