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書評:組版のとき
『明解 クリエイターのための印刷ガイドブック DTP実践編』Part:1「明解 日本語文字組版 〜『ページネーションのための基本マニュアル』拡大版〜」
1999年9月
隈 元 斗 乙
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編著:鈴木一誌/前田年昭(文),向井裕一(組版)
発行:株式会社玄光社
価格:2100円+税
印刷:共同印刷株式会社
製本:大日本製本株式会社
編集:鹿野一則
1999年9月1日発行
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玄光社コマーシャル・フォト・シリーズ『印刷ガイドブック』の最新刊である。このシリーズは編集/出版/印刷に携わる人々の基本書籍として定評がある。従来の伝統的な印刷技術だけでなく,デジタル化やDTPの普及に応じて意欲的に新刊を出し続けているが,今回の『DTP実践編』はとりわけ興味深い内容となった。
書籍としての体裁は従来のシリーズと同じだが,ひとたびページをめくるとあまりの違いに目を瞠ることになる。内容はPart1からPart4に分かれ,それぞれ文字組版,画像処理,データとネットワーク,PublisherによるDTPを扱っている。Part2以下は従来と同じ作りだが,問題はPart1である。10級3段組でびっしりと組まれたうえ,8級縦組のコラムまであって,けっして読みやすくはない。そして中身もまた,簡単には読み飛ばせない内容である。
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●ページネーション・マニュアル
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ご存知の方も多いと思うが,『ページネーションのための基本マニュアル』(以下『ページネーション・マニュアル』)は本書の筆者の一人であるブックデザイナーの鈴木一誌氏が,1996年に提唱したDTPのルール集である。じつは“ルール集”などと一言で言えるものではないのだが,『マニュアル』そのものは,「単位」から「印刷」までの流れを項目ごとに番号を振り,それぞれの基本的な約束ごとを短い文章で綴った8ページほどのそっけない小冊子にすぎない。組版だけを取り上げているわけではなく,一般的な組版ルールの書というわけでもない。しかし,この『マニュアル』の反響は大きく,メーカーや印刷会社などでは,それぞれの製品やワークフローに合わせた改訂版を作って作業しているところも少なくない。
『ページネーション・マニュアル』の詳細は,「日本語の文字と組版を考える会」のwebページ(http://www.pot.co.jp/moji/)にPDF版/テキスト版があるので参照されたい。本書にも書かれているように,この本は『ページネーション・マニュアル』を拡大して,そのよって来るところを詳細に述べたものである。したがって,本書と合わせて同マニュアルを読むことをお勧めする。「そっけない小冊子にすぎない」『ページネーション・マニュアル』が,どれほどの背景に裏打ちされたものだったか,改めて気づくことになるだろう。
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●組版ルール
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組版が話題になるとき,DTPから入った人々/あまり経験のない人々の意識はおそらく次のようなものだと思う。
- なにがどう悪いのかわからない。
- 活版/写植/電算写植ではこうだったと言われるともうなにも言えない。
- ルールがあるならルールどおりにやるが,どこのだれのルールに従えばよいのか。
このような困惑の原因は,問題が現場で個別に発生しているにもかかわらず,解答は一般論として提示されることによる。有効な対応は現場で個別に解答すること以外に存在しないはずだが,にもかかわらず,一般解を求め/与えようとする姿勢が“ルール”を生むのである。
組版においてルール派とアンチルール派があるとすれば,それは一般解派と個別解派と言い換えられよう。そしてこのように言葉を置き換えれば明らかなように,じつは求め/与えようとしているのは“ルール”ではなく,あるいは“ルール”をも含めた,「適切な解」なのである。重要なのは“ルール”本体ではなく,正解を得る行為なのだ。“ルール”が正解なのではない。正解を求める手段が“ルール”なのである。
『明解日本語文字組版』が稀有なのは,それが向こう岸に聳える“ルール”ではなく,直接読む側の意識に切り込んでくる論理の刃となっていることである。だまされてはいけない。この本の読みにくさはそのレイアウトに由来しているわけではない。“ルール”とその所以を詳細に述べながら,その実,「私はこう考えるがおまえはどうか」「私ならこうするがおまえはどう思うか」と常に鋭い問いを読者につきつけてくるのである。したがって読者は,そこに書かれてある“ルール”を「覚えよう」「理解しよう」という殊勝な意思を絶えず粉砕され続け,「私はなにを考えているのか」「私はなにをやってきたのか」という問いに立ち戻らざるを得なくなる。この本のたたずまいは,理想と現実の狭間でさまざまな項目が衝突する文字組版の姿そのものなのだが,私には,さらにそれを超えて,すんなりとその「内容」を理解され/覚えられることを拒絶する姿勢を示しているとさえ思えるのである。
※ ※ ※
DTPあるいは広い意味でのデジタルワークフローが,だれもが参加できるという特徴を持つことは夙に指摘されてきた。しかし「だれでもできる」ことは「簡単にできる」ことを意味するわけではない。DTPのマニュアル本がたくさん出版され,「今さら聞けない組版知識」などといううたい文句が目につくが,今さらだろうがおとといだろうが聞くべきことは聞かなければ埒はあかない。組版や製版について「今さら聞けない」などという卑屈な意識があること,そのような意識を植え付けようとする風潮こそが問題である。DTPによってだれでも組版や製版に関われるようになったが,それを全うすることは容易ではない。しかし,DTP以前のプロフェッショナルもその仕事を楽々とこなしていたわけではないのだ。だからこそ貴重なノウハウが蓄積されてきたのである。簡単なことならノウハウなど必要ない。本書は,“容易でなさ”と真摯に向き合い,活版や写植の知識とノウハウを挙げて解決へと向かうさまをそのまま記したものであり,それが類書と一線を画す所以でもある。「昔はこうやっていた」「本来はこうするものだ」という“昔論”と“本来論”だけでは現実の解答は得られない。
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●組版のとき
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しかし,それではいったいなにをどうすればよいのだろうか。
すべて実践への基本は言語化である。つまり,日常あまり意識しないで実践していること,あるいは過去の経験,あるいは先人が蓄積したノウハウなど,あらゆることがらを言葉として把握し,文字として表現することである。これは「組版知識を得る/組版ルールを身につける」というこの本の読者の立場からは迂遠に見えるかもしれない。しかし,現場での問いを解決するためには,どうしても自らの考えていること/やっていることをくっきりと意識化する必要があるのである。言語化とは,個人レベルでは実作業の明確化であり,ワークフローの観点からは関わる者すべての共通認識の確立につながる。DTPという仕事/組版という仕事を自分のものとして真摯に捉えて実践しようとするなら,外部に“ルール”を求める前に,まずは今の自分がどのようなルールに,あるいはルールでないものに従っているかを把握しなければならない。
『明解日本語文字組版』はこの点においても類書にない特異性を発揮する。つまりこの本は,筆者たちの考えと実践の徹底した言語化作業の結実なのだ。だからそのタイトルとは裏腹に,固定的/断定的なマニュアルとして読むよりは,筆者たちがその決断に至る軌跡をたどるつもりで読んだほうが腑に落ちるのである。だが,しかし,それとまったく同じ理由から,読む側がゼロの受身状態ではこの本から何も“得る”ことはできないだろう。しんどいけれど読む側にも言語化への意志は欠かせない。たとえば読みながら抜き書きしたり,感想や注釈を入れたりしながら,反発するにしろ納得するにしろ,自らの考えを書きとめつつ読み進めてみてはどうだろう。そうしてできたメモが,あなたの今の「組版ルール」である。いつどこをなぜ2分あきにするのか,どういう事態が起きたときにこの字間をどう詰めるのか・・・あなたのメモがそこまで詳細でなかったとしても,そこがあなたのスタート地点なのだ。「だめだ」という声にふりまわされるのは不毛だが,どんなにだめでもそこが自分の実践へのスタート地点であることは認めなければならない。この本は,読む者がどこにいるかを冷酷に,しかし明快に示してくれるのである。それぞれが,自分の言葉で自分の組版について書きとどめるとき,そのときこそが,その人にとって組版に向かうときなのだ。
※ ※ ※
最後に本書そのものの組版について触れておきたい。このデザイン,この組版は,筆者たちの理想と現実のせめぎあいである。文章は鈴木氏と前田氏の二人の手になるものだが,われわれが読むことになるこの本は,向井氏の組版を合わせた三人の,文字通り共同作業の結実である(むろんそれに加えて編集,製版,印刷のスタッフの力があることは言うまでもない)。私自身そうだったのだけれど,もし,この本を開いたときに見にくさ/読みにくさを感じたとすれば,それは三人のいわば戦いの痕跡である。当初の予定より大幅に遅れて成ったという本書の,誤植や矛盾を指摘するのは難しくないかもしれない。しかし,筆者たちには失礼な言いようだが,そうした指摘も含めて,本書自体を本書に述べられていることの実践として分析することは,初心者にとってもプロにとっても大きな刺激となるだろう。いや,周到な筆者たちのことだから,おそらく初めからそこまで考えているに違いないのだが。
初心者はひるまずに,プロは原点に立ちもどって,文字通り精読することをお勧めする。畢竟,組版とは覚えるものではなく,考えて実践するものなのだ。
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(おわり)
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