「格差」ですまされぬ日本社会の絶対的貧困化の現実




書評・橋本健二著『新しい階級社会 新しい階級闘争』




2007年12月
前 田 年 昭
編集者・アジア主義研究

『週刊読書人』第2717号 2007年12月14日付掲載

 本書は日本社会をおおう貧困化に対する生きいきとした階級的分析であり,『日本残酷物語』現代版である。社会的悲惨が相次ぐ背景には,対抗勢力(革新政党や左翼運動など)の崩壊による,資本と国家の支配のむきだしの全面化がある。
 第一に,著者は,格差は悪いことではないなどという資本と国家の主張を「貧困層のみならず,普通に働いて生活している人々に対しても,宣戦布告に等しい」と糾弾,批判するという,旗幟鮮明な立場,観点に立っている。それゆえに,統計批判(分類や分析によって異なる結論を導きうるという例)や,党派性批判(政党の誤った方針によって中間層分析が放棄された例=大橋隆憲批判)も明快である。「格差論争に参加するということは階級闘争に参加することであり,上層階級と下層階級のどちらかに与することである」との啖呵は痛快である。
 第二に,格差社会などという言葉では「格差が拡大して貧困層が激増した現在の日本社会を的確に表現」できず,「新しい階級社会」なのである,として,現代日本の階級構造分析を提起している(第四章)。すなわち,資本家階級,新中間階級,旧中間階級,正規労働者階級,アンダークラスという五つの階級分類である。著者は「問題は,階級というものがどれほど重要な意味をもつか,人々の間にどれほどはっきりした違いを生み出すかである」という観点から「この一〇年ほどの間」の,「経済格差の頂点と底辺の両方に起こった変化」に着目して階級概念を再検討したのである(評者は筆者とちがって,ここに方法としてのマルクスの正しさをみる)。アンダークラスを「生産手段や技能・資格はもちろんのこと,『正社員という地位』『組織の一員としての地位』すら失った大規模な下層階級」と特徴づけた。
 第三に,「社会科学の伝統的な見解に収まりきらない,多様な階級闘争の形態」として,漫画や小説,映画などの大衆文化を採り上げ,分析を加えている(第六章)。見出しのみ紹介すると「黒澤映画にみる貧者の犯罪」「梶原一騎の孤独な階級闘争」「下町庶民の穏健な抵抗」「暴発,誤爆,自爆する階級闘争」「原型としての永山則夫」「ルサンチマンが生む大量殺人」とある。面白い。なかでたとえば「格差が拡大する社会に未来はない」とする著者の,「残虐な犯行は,けっして免罪されない。しかし,だからといって,社会の側が免罪されていいわけではない」という義憤には評者は深い共感を覚える。
 エンゲルスは一八四五年,名著『イギリス労働者階級の状態』で「社会的悲惨のもっともむきだしの頂点」であるがゆえに「労働者階級の状態は,現代のすべての社会運動の事実上の地盤であり出発点」だと指摘した。同様に,本書の明快な分析は,文字どおり「新しい階級闘争」の事実上の出発点になりうるだろう。本書には,内容としての政治路線や組織方針が示されてはいない。しかし,ワーキングプア化した公務員が「『負け組』に合流したとき,『負け組』たちはひとつの社会勢力=『負け組』統一戦線として,一気に活性化する可能性がある」など,随所に示唆に富む指摘がなされている。
 近年の“格差社会”論議が新たな段階を迎えたことを示す本書の登場に拍手を送りたい。

橋本健二
『新しい階級社会新しい階級闘争』
四六判・239頁・1260円
光文社
978-4-334-97525-8
(おわり)


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