日本の植民地支配の原点 
台湾からの批判的問い

書評・藍博洲著『幌馬車の歌』



2006年4月

前 田 年 昭
編集者・アジア主義研究

『週刊読書人』第2634号 2006年4月21日付掲載

 「台湾映画史に燦然と輝く最高傑作『悲情城市』の原作」――帯。「これは植民地台湾に生まれた若者たちの愛の物語です。そして彼らが植民主義に反対し祖国を探す物語でもあります」――作者・藍博洲「日本版に寄せて」。親しみやすい導入。読みすすむにつれて,読者は“生きた言葉の石垣”にぶつかる。口当たりがいいだけで無力な言葉が溢れる昨今,この読書体験はとても得がたい。
 台湾は,日本がもっとも長く五一年間,植民地支配したところである。一八九五年,日清戦争で台湾を領有,盧溝橋事件から全面的な侵略戦争にいたった日本に対して,中国の人びとは,戦いえぬ屈辱的な支配者に対する革命と日本に対する抵抗戦争を闘い,一九四五年,日本を敗戦させた。本書の主人公である台湾の青年たちも大陸へ渡り抗日戦争に加わった。新中国の勃興はアメリカの恐怖を呼び,東アジアに「反共」の嵐が吹き荒れた。台湾では四七年,反政府暴動(二二八起義)が,朝鮮では四八年,済州島人民蜂起が起きたが,ともに人びとは虐殺され敗れた。一九五〇年六月,朝鮮戦争勃発。前年建国した新中国は台湾解放という「国益」でなく,抗米援朝を掲げた朝鮮戦争参戦という国際主義を貫く。台湾では白色テロが吹き荒れ,本書のモデルである鐘浩東らが処刑されたのは開戦後の一〇月だった。
 左官職人の家庭に生まれた作者は,新聞配達や建築労働などに従事するなかで文学と出会い,二二八事件と五〇年代白色テロの取材を始め,作家鐘理和とその兄弟である鐘浩東の生涯を知る。一年余の取材の末,八八年(台湾で世界最長の戒厳令が解除された八七年の翌年)に本書を発表した。
 作者は,よくあるルポルタージュとちがって,証言のみで編む手法を採用,結果,誇張を加えなくても,民族と祖国を想う青年たちの純粋な志が伝わってくる。彼らは共産主義者としてではなく,いわば民族主義者として出発したのである。日本の植民地である台湾であっても,自らを中国人であるとの認同(アイデンティティ)を守ろうとして,日本人を日本人と言い,決して「内地人」とは言わなかった,という。また,植民地時代は日本語が強制されたので,光復初期,だれもが日本語しかできなかったとの証言は,台湾の問題を「民族自決」という一般論で片付けるにはすまないほどに日本の植民地支配が長く過酷であったことを再認識させる。
 作者自身は「『幌馬車の歌』は歴史であり,小説形式を兼ね備えた非虚構性の文学作品……,理想主義を抱く歴史と人物を素材にした報告文学」と述べている。映画「非情城市」との関連も含めて,三つの付編,二つの跋文,後記,解説で明かされている。取材を重ねた作者は二〇〇四年増補改訂版を出すが,それが本邦訳の底本だ。民主化は決して「勝利」ではなく,先人を忘れてはならない,とする作者の歴史掘り起こしは「強い者が勝つ,勝った者が正しい」とする正史に対する抵抗の持続である。
 本書は日本の一部にある危うい台湾観(台湾の近代化は日本の恩恵などという主張)に歴史の事実をもって対峙している。台湾は日本にとってどのような存在であった/あるのか,日本の台湾に対する植民地支配をどのように認識するかを問う,すぐれたドキュメント。(間ふさ子・塩森由岐子・妹尾加代訳)

藍博洲著
『幌馬車の歌』
46判・281頁・2940円
草風館
4-88323-165-8


CANCAN 2006/06/16
(おわり)


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