フォーマットデザインに著作権はないのか!
「知恵蔵」裁判に注目を!


 デザイナーの鈴木一誌さんが『知恵蔵』のフォーマット・デザインの著作権をめぐって、朝日新聞社を相手どって訴訟を起こしてから今年の3月で4年が経ちました。現在、東京高等裁判所第18民事部で行なわれている控訴審は重要なヤマ場にさしかかっています。5月13日午後2時半から開かれた裁判では、控訴人・鈴木一誌さん本人に対する主尋問および反対尋問がおこなわれ、デザインや編集、組版、製版などにたずさわる多数の傍聴者がつめかけました。
 第一審、第二審をつうじた鈴木さんの主張の要点はどこにあるのか。鈴木さん自身が作成した『知恵蔵』のフォーマット・デザインが、編集長とデザイナーが変わったあとも流用され続けている不当な事実に対して、フォーマット・デザインに著作権ありと認めさせたいということです。いまのところ法律的にはあまり前例もないこの裁判のゆくえは見守る私たちにとっても注目せざるをえません。
 訴えられた朝日新聞社側の反論の要点はどこにあるのか。朝日新聞社側は、「著作権法上編集著作物それ自体は、その他の著作物同様、抽象的なもの」という立場から、書物という「かたち」は著作物の単なる複製物だとしています。しかし、素材の内容と「かたち」は不即不離であり、一体のものではないでしょうか。「かたち」のない編集著作物など存在しないのではないでしょうか。
 デザインは洋服屋と同じで売ってしまえば後はどうされようと仕方がないという意見もあります。いやフォーマット・デザインは洋服ではなくその型紙なのではないか、顧客は消費者などではなく工場なのではないか、との意見もあります。いずれにしろ『知恵蔵』創刊以来、鈴木さんに「デザイン料」として300万円を4年にわたって払い続けた朝日新聞社の事実行為は、『知恵蔵』のフォーマット・デザインが買い切りではなく使用であったことを示しているのではないでしょうか。また、契約書面をかわしていないのだから権利の主張は無理ではないかとの意見もあります。しかし、社会の規範があって法律があるのであって、その逆ではないのではありませんか。
 フォーマット・デザインに著作権、編集著作権はないのでしょうか。
 私たちは、業態の急激な変化の波にさらされながらも日本語の文字と組版、日本の出版を支える心ある人びととともにこの裁判を見守っていきたいと思っています。かつて1956年、生活保護行政の現実に対して、憲法で保証された「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」違反だと訴えた朝日訴訟は、問いかけの根源性ゆえに歴史に残りましたが、私たちは、知恵蔵裁判が著作権における画期的歴史的な意義を有する裁判となるのではないかとの予感を持って注目しています。