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『知恵蔵』裁判とは何だったのか
―鈴木一誌氏に聞く―
1999年12月
『週刊読書人』第2313号(1999年12月3日付)
に掲載されたものを許諾を得て転載
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10月28日、フォーマット・デザインに権利はないのか、を問い続けてきた『知恵蔵』裁判は「本件控訴を棄却する」との東京高裁(民事18部・永井紀昭裁判長)の判決を受けて終結した。デザイナー・鈴木一誌さんが1990年の創刊から4年間ブックデザインを手掛けた年度版用語事典が、デザイナー交代後も本文レイアウト・フォーマットを流用して刊行され続けている事実に対し、「編集著作権の準共有」を主張して朝日新聞社を訴えたのは、1995年3月。第1審の東京地裁では97年夏、鈴木さんのクレジットを明記するとの和解案が裁判長から示されたが朝日側が拒否、98年5月に「原告の請求を棄却する」との判決がでていた。DTPの普及にともない書籍の製作過程が急激に変化するなかで、透明化され無意識に流用され続けてきたフォーマットの役割と権利を真正面から問うた『知恵蔵』裁判のゆくえは現行著作権法の問題をも浮かび上がらせ注目されていた。司法の場におけるたたかいを終了させ、裁判を記録する新たな批評活動を準備している鈴木一誌さんに質問した。
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――4年半の裁判を振り返って、この訴訟にどんな意義があったと考えますか。
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鈴木 『知恵蔵』裁判は、法自身がひとつのフォーマットである側面を見せたと思います。こちらの主張を的確に理解し、にもかかわらず、なぜ法は頑強にレイアウト・フォーマットを拒絶するのか。その問いをバネにして、法とページのふたつのフォーマットがぶつかりあったのだ、という確信がもてました。裁判の当事者になってはじめて、裁判が、徹底的な文書・書式の交換であることも目撃した。つまりは、レイアウト・フォーマットからの視点が、裁判や法を包摂しうる可能性もあるということでしょう。
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――「それ(本件レイアウト・フォーマット用紙)が知恵蔵の編集過程を離れて独自の創作性を有し独自の表現をもたらすものと認めるべき特段の事情のない限り、それ自体に独立して著作物性を認めることはできない」という判決理由を、どう受け止めましたか。
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鈴木 そのくだりは、高裁判決の立場を端的に表現しています。「レイアウト・フォーマット用紙に著作物性は認められないし、控訴人の編集著作権は成立しない」とは認定しておらず、「特段の事情」があれば「……著作物性は認められるし、控訴人の編集著作権は成立する」と読めます。最高裁に上告するのには、原判決に憲法違反があるなどの条件があり、ふつうにはまずありえないが、ただし、高裁判決が「法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められ、その点に関し誤りがある」ならば、最高裁へ「上告受理の申立て」ができることになっています。「著作物性は認められないし編集著作権な成立しない」と断定していれば「法令解釈」をめぐって「上告受理の申立て」が可能です。しかし、「本件ではそのような著作物性が認められるに足りる特段の事情がない」という判決理由は、「法令解釈」ではなく「事実認定」に属します。この文章は、高裁判決の理由であるとともに、同時に最高裁への道をふさいでいる。問題を解釈へではなく、事実認定へ還元していく姿を見て、フッサールの「この事実学はわれわれの生存の危機にさいしてわれわれになにも語ってくれない」(『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』細谷恒夫・木田元訳)ということばを、思い起こします。
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――この4年半のあいだ、鈴木さんは裁判と平行して「ページネーションのための基本マニュアル」の公開(96年)、東京大学の「GT明朝=六万四千漢字プロジェクト」への批判(98年)、「明解日本語文字組版」の共同執筆(『明解 クリエイターのための印刷ガイドブック DTP実践編』玄光社所収、99年)を行ないました。それぞれの活動を、ご自身の中でどのように位置付けていますか。
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鈴木 『知恵蔵』裁判、東大明朝、あと東大総合研究博物館による映画『東京物語』のデジタル修復なども含めてよいと思いますが、そこに共通しているのは、見えていることを見まいとするスタイルです。ページが見えているのに誌面を見ずに透明なテキストだけを抽出しようとする、一事が万事ですね。それに疑問を感じた。そこにそう見えている、なぜそう見えるのか、そう見る自分は何かと考えるべきなのに、見えていること自体を透明にするから見ている個を無化せざるをえない。さまざまな問題にもうひとつ共通するのは、コンピュータでしょう。三段論法で言えば、見えていることを見まいとする態度とコンピュータ文化は関係があることになる。コンピュータ文化をめぐって、見えているものを見まいとする態度と見えていることから出発しようとする姿勢とが、しのぎを削っているのだと思います。その競り合いに十分に勝てているとは思えないが、『知恵蔵』裁判をはじめ、「ページネーション・マニュアル」や「明解日本語文字組版」は、見えていることをまず明記しようとしています。
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(聞き手=前田年昭・郡淳一郎=『neg』同人)
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