1月15日 ▼飛幡祐規「エレーヌの場合」06.01.10先見日記。▼mtvjapan.comで、1月25日にリリースされる東京事変のアルバム『大人(アダルト)』に収録された楽曲の中から3曲を1月29日までの期間限定で先行配信! →http://www.mtvjapan.com/special/aom.html/data_id=14。
1月14日 「大阪市がホームレス38人に撤去命令、公園工事で」.01.14読売。【大阪市は大阪城公園(中央区)、靱公園(西区)でテント暮らしをする38人のホームレスに対し、整備工事を理由に都市公園法に基づいてテントの除却(撤去)命令を出した。期限は17日午後1時で、公園で生活しているホームレスへの大阪市の除却命令は初めてという。強制撤去も辞さない構えだが、ホームレス側は「仕事も無いのにどこへ行けと言うのか」と反発、曲折が予想される。/市によると、除却命令エリアは大阪城が園内の一部、靱は全域で、今年度末までに園路や植樹帯整備、再舗装などを進める計画。テントのない場所から順に工事を進めてきたが、昨年10月、「最終段階に差し掛かり、このままでは工期に遅れが出る」として、11月末までに工事区域内のテントをたたむよう文書で勧告。公園内での移動も許可しないとした。/当初は大阪城で10人、靱では36人が計51張りのテントで暮らしていたが、一部は勧告に従い撤去。ところが、残るテントの周辺で工事が中断し、取り囲むように工事用フェンスが張り巡らされた場所もあり、市は12月に2回、「撤去しない場合、処分する」と、強制撤去の前提となる除却命令に踏み切る方針を伝えた。/これに対し、ホームレス側は今月11日、6人の連名で「不要不急の工事で居住場所を奪われるのは許せない」と同命令の仮差し止めを大阪地裁に請求した。/しかし、地裁が13日、請求を却下したため、市は即日、大阪城の5人、靱の33人(テント計26張り)に除却命令書を配布した。大阪市による同命令の発令は、2003年11月、天王寺公園(天王寺区)内の歩行者専用道路を不法占拠し、無許可営業していたカラオケ屋台に出して以来という。/大阪市は、自立支援センターへの入居を勧めているが、大阪城公園に10年前から暮らす男性(57)は「ホームレス排除を目的とした工事としか思えない。絶対に撤去しない」と話している。/市ゆとりとみどり振興局は「市民の苦情も多く、イメージダウンにもつながっている。実力行使も考えざるを得ない」と早期の強制撤去に踏みきる構えだ。】。関連:釜パトブログ。
1月11日 新刊! 新川明『新南島風土記』2005年12月、岩波現代文庫〔『沖縄タイムス』1964年8月〜1965年9月連載。単行本は1978年6月、大和書房刊〕。著者関連リンク:新川明「「沖縄イニシアティブ」を読む」〔『沖縄タイムス』2000年5月16,17日朝刊〕。
1月10日 保坂武文編『首なし部隊いつまた帰る 第一糖業争議始末』1976年5月、葦書房。松浦豊敏「首なし部隊いつまた帰る」、【〔…〕それまで、ストライキは要求に従って打ち続けられて来た。それは、工場を機械の墓場にするためではなかった。しかし現実にスクラップと化した工場は異様である。それは、商品生産の仮面を剥がされた虚無の物置きでしかない。労働者は、おぼろげながらも、その剥ぎ落された価値の向うに、生産関係の本来の姿を垣間見る。それは、労働者が極限に於いて変容し、内容化されたストライキと共に、はじめて、そのあるべき場所に帰ろうとするあえかな瞬間でもある。単なる労働力の不売というだけでなく、また、一つの目的を達成するための手段としてだけでもなく、それはまだネガの衝撃にすぎないものかもしれないが、砂糖労組のストライキの生々しさは、そのような工場労働者の、労働と生産の可能性を明かしてくれるものでもあった。営々と働き続けることによって、かえってその労働をから疎外され、消費者に変貌させられた労働者が、その労働を停止することによって、本来の労働者にたちかえるという逆説は、砂糖労働者の、十年に亘る爪を剥がすような反合理化闘争の果てに理解されたものではある。考えてみれば、生産手段を所有し得ない労働者にとって、水甕の水を今にかえせない以上、それは至りつくべき唯一つの抜け道だったのかもしれない。労働者は、ストライキという否定的媒介によってはじめて自らの主人公となる。】。
1月9日 桜井均『テレビは戦争をどう描いてきたか 映像と記憶のアーカイブス』2005年9月、岩波書店。【テレビという媒体を通して、人びとはじつにさまざまな言葉を使って苦難の戦争体験を語ってきた。しかし、それが集団の経験にまで結実することは少なかった。その役割を担うはずの作り手の語りが、多くモノローグに閉ざされてきたからである。〔…〕/アジアの声を聞くようになって、モノローグはダイアローグに、そしてポリローグにと徐々に開かれるようになった。戦争にかかわるドキュメンタリーにとって、この拡張は良い機会になるはずだった。しかし、時代は再びモノローグに戻りつつあるように思われる。その外的要因と内的要因、正確には、両者がからみあう関係について考えてみる必要がある。/外的要因とは、一九九五年の「戦後五〇年国会決議」のなかに、すでに言葉の修正主義が侵入していたこと、具体的には「侵略」を「侵略的行為」と置き換える婉曲表現が忍びこんでいたことである。こうした世の傾向に対して、メディアはリアルタイムで有効な批評を加えることができず、アパシー(無関心)に道を譲り渡してしまったこと、これが内的要因である。/これらが複雑に癒着し、言葉を失いかけているのが今である。少しでもアジアの声に耳を傾けようとすると、それはただちに「自虐的」という声にかき消されるという反復から、メディアの側も、徐々に言葉を「自閉」させる傾向にある。/二〇〇五年の「戦後六〇年決議」からは、「侵略的行為」も「植民地支配」の言葉も脱落し、あいまいな「わが国の過去の一時期の行為がアジアをはじめとする他国民に与えた多大な苦難を深く反省し、あらためて犠牲者に追悼の誠を捧げる」と記述するにとどまった。さらに、政府が核廃絶や戦争回避などに努力する根拠として「唯一の被爆国」という、これまたとうに克服されたはずの概念が持ち出されたのである。あまりの後退に不満を持った議員たちからの附帯要求で、「五〇年決議」の内容を「想起する」という文言がつけ加えられるに至っては、これを真面目な議論と受け取ることはできない。この間に何が劣化してしまったのか。/実際、メディアの現場でも、意欲的な企画の挫折のあとに、驚くべき自粛の波が押し寄せている。いったん潰れたテーマは、再び立ち上げるのに以前に倍するエネルギーを要する。この国のジャーナリストや言論機関を、自らが権力の監視役になることに対するシニシズム(冷笑的な態度)が覆っているように見える。これは、おそらく「世界の非常識」に分類されることがらである。】。
1月7日 承前、石井恭二『親鸞』。【親鸞の思想を、新来したプロテスタンティズムになぞらえたり(木下尚江)、エンゲルスの社会思想に引き寄せて民衆の自治を目指した階級闘争だと論じたり、ロシア大革命前のインテリゲンチャのヴ・ナロード[民衆のなかへ]運動になぞらえたり(服部之総)、その他の論者自身に引き寄せるための解釈も詮ないことと思う。それらは、大正期から昭和期にかけてよく云われた日本のルネサンスは鎌倉の仏師運慶の時代だ、安土桃山文化の時代だ、あるいは江戸初期の西鶴の時代だ、などというものと同工異曲の亜流である。道元の主著『正法眼蔵』の量的にも大部分を占める存在論・時間論・現象論・認識論・言語論などの核心を読みもしないで、この日本哲学を代表する道元をシナ仏教の輸入者に過ぎないと放言したりする(家永三郎)のも比較思想にもなっていない不勉強であり不誠実としか云えない。親鸞は親鸞であり、道元は道元であり、運慶は運慶であり、本阿弥光悦は本阿弥光悦であり、西鶴は西鶴であって、諸文化について西欧思想史や文化史を公準として類定するのも不毛である。/だが親鸞は、越後への配流という偶然からとはいえ、日本中世の坂東の大地に立つことよって、儀礼化し呪術化した平安旧仏教が仏教から心を抜き取ったのに対し、人々のなかに迷い悩み考える心を取り戻し植え付けた。そして非僧非俗の襤褸のまま横ざまに庶民の暮らしのなかに入って自分の思想を人々に伝えようと努めたその行跡は、日本仏教史のみならず思想史にあって最初のことであった。】。
1月6日 石井恭二『親鸞』2003年3月、河出書房新社。【親鸞は、いわば往相という死を媒介とした実存思想家なのだと私は重ねて考える。日本の説話でも、三途の川から、あるいは地獄から地蔵菩薩の救いによって、あやうくこの世に帰った人の話は多いけれど、極楽浄土からあやうく帰って極楽を語った人の話はない。古インドの哲学者釈迦も驚くだろう本地垂迹説による釈迦・大日・観音・勢至のこの世への権現なども宗教としての取り繕いであることもまた明白である。/親鸞は、鎌倉幕府による弾圧を避けるために、浄土真宗は「天皇と国を守るためのものである」と弁明した。私は、この弁明によって浄土真宗が世界思想となる道は塞がれたと考える。本願寺教団は、さまざまな曲折を経た後に徳川時代になって、大衆教団としての資質によって幕府に囲い込まれて戸籍の管理人となり、葬式仏教に成り変わって生き延び、現代の浄土真宗に至っては第二次世界大戦に際して、親鸞のこの言葉を大々的に取り上げて戦争に全面協力した(赤松俊秀)。/近代になって、よく、親鸞こそ独自の日本宗教として浄土真宗を開いたと言われる。こうしたレッテル貼りもまたどんなものだろうか。時代は平氏による盛んな対宋貿易のなかに漢訳仏典は輸入されている。〔…〕/親鸞が執念をもって書きつづけた『教行信証』は、源信の『往生要集』と法然の『選択本願念仏集』とを除いてすべて漢訳仏典からのメモの集積である。輸入された宗教思想を異なる史的社会文化を背に負って捉えなおすのは、独自の思想的営為にはちがいないけれど、へんに独自独自と囃すのは浅はかであり、外国文化と背丈をあわせようとする島国的な態度だろう。】。
1月5日 「異端の肖像2006「怒り」なき時代に<1> シンガーソングファイター田中哲朗(57)」.01.01東京。「異端の肖像2006「怒り」なき時代に<3> シンガーソングライター松山千春(50)」.01.04東京、【昨年夏、北海道から捲土(けんど)重来を果たすべく、鈴木宗男が「新党大地」を旗揚げした。その隣には松山千春がいた。政治的な言動は芸能人にはタブーだ。だが彼は躊躇(ちゅうちょ)なく、小泉政権への怒り、地方切り捨てへの怒りを叫び続けた。/「俺(おれ)、いつも冗談半分で言うんだけど、日本から東京がなくなっても、日本は何も困りません。けど、北海道や九州がなくなったら、すごい困ります。冗談半分ですよ、でも半分以上本気なんですよ」/「地方」が提供する食糧、労働力、エネルギーを吸い続けなければ死んでしまう。それが大都会の宿命だから、地方がなくなると困るんだと松山は力説する。/「人、金、情報が都会に集まるのは当然なんだけど、あまりにも一極集中になりすぎている。夢は、どんな地域にいても見て構わないのに、今はそれすら見られない。金や夢や欲や、そんなものが全部、東京にあると思っている。小泉さん(首相)が政権とってから四年の間に、すっかり勝ち組、負け組に色分けされてしまった」/かつて、地方の人間は生活のために都会へ向かい、都会は「乾ききった紙のように」労働力を吸い上げた。でも都会が飽和状態なのに、さらに人が集まるから「これ以上吸いきれなくて、ポタポタッと水滴になって落ちるしかない」。そして「自分はポタッと落ちた人間じゃないと思いながら必死で頑張っている」のが、今の日本だと指摘する。〔……〕】。
1月4日 「早稲田大学ビラ撒き逮捕事件、教員7名「公開質問状」」.01.04全国国公私立大学の事件情報、【公開質問状/早稲田大学文学学術院長 土田健次郎殿/12月20日に早稲田大学文学部構内で、地下部室撤去と学生会館移転問題に関わるビラをまこうとした男性が逮捕されました。朝日新聞(12月29日朝刊)には、「学校側がキャンパスの外に出るように求めたが従わなかったため身柄確保(私人による逮捕)をし、警察に通報して引き渡した」と書かれています。しかし私たちには疑問が残ります。第一に、自らの意見を主張するためのビラをまいているだけで、どうして「キャンパスの外に出るように求め」られねばならないのでしょうか。逮捕の容疑となった「建造物侵入」が、大学という公共空間において今回成り立つと判断された根拠は何だったのでしょうか。第二に、どのような事情と経緯で警察官を構内に入れ、構内での逮捕を容認したのでしょうか。またそのことを大学人としてどのように正当化するのでしょうか。今回の事件は、大学構内における言論弾圧とみなされかねないだけに、私たちは早稲田大学全体にかかわる重大な問題と受け止めています。文学学術院長としてのご見解をお聞かせ下さい。/2005年12月31日/早稲田大学政治経済学術院教授 岡山茂/同 文学学術院助教授 藤本一勇/同 法学学術院教授 谷昌親/同 政治経済学術院教授 斎藤純一/同 政治経済学術院教授 岩田駿一/同 政治経済学術院教授 原章二/同 商学学術院教授 猪股正廣】。
1月3日 『ロック画報 22』(2005年12月、ブルース・インターアクションズ)が“映画×ロック”を特集。大西ユカリ・インタヴュー「生身の女の「説明せえへん美しさ」」(聞き手・井口啓子)。【「自然に年いったんですよ。やっぱ一回ずつライヴを追うごとにバンドの風合いも変わってくるし、この生演奏ならではの麗しさみたいなのは、5年前の新世界では出せてへんかったし、歌も歌えてなかったと思う。歌唱も今回みたいなアルバムでは、そこであんまりユカリ節みたいなのが出すぎでもね。水が流れんようになってしまうし、おっきいお風呂にふわーと浮かんでる気持ちで、決して自分の言葉ではないんですけど、そこにいるみんなにその絵が浮かぶように歌ってました。/スタッフともよう喋るんですけど、今の曲は説明が多いんですよ。現代というものは情報が多いから、しっかり説明せなアカンねんね。でも昔の曲は説明してないんですよ。説明したらアカンのですよ。“説明せえへん美しさ”みたいなものって、昔の歌にはすごくあると思う。/今回のアルバムは、舞台が現代じゃないという意味ではリアルではないですよね。携帯電話とか出てこうへん、黒電話がチーンいうてるような世界やから。でもね、そこにでてくる人物の佇まいみたいなのが、うまく出てたら歌はそれでええと思う。言葉が少ないからこそ、自分をそこに投影できる歌をちゃんと残さなあかんし、自分らのオリジナルでも、そんな歌を唄っていかなあかんなと思ってます」】。関連:大西ユカリと新世界オフィシャルサイト。
1月1日 「05・12・20早稲田大学文学部でのビラ撒き不当逮捕を許さない」。【抗議文/12月20日昼ごろ、早稲田大学文学部キャンパス内において、早大再編について考え、反対する行動告知のビラをまいていた一人の人間が、突然7,8名の文学部教職員に取り囲まれて、そのまま警備員詰所に軟禁され、その後、その教員らが呼び入れた牛込警察署員によって「建造物不法侵入」の容疑で逮捕されてしまいました。/この事件について、わたしたちはたんに一大学にとどまる問題ではなく、大学総体のあり方、ひいては現在のこの社会のあり方総体にかかわる問題として、みずから深刻に受け止めるべきであると考えます。この出来事は、「言論表現の自由」を最後まで守るべき大学が、それをみずからあからさまに放棄したものであるがゆえに、わたしたちが譲ることのできない一線を、この社会が否定しつつあることを示唆しているのではないでしょうか。/大学のキャンパス内でビラをまくという言論活動を行っていた人間が突然逮捕されるという、前代未聞のこの到底許しがたい処置に対して、わたしたちは抗議の声をあげるとともに、早大当局の謝罪を求めるものです。/呼びかけ人/井土紀州(映画監督/脚本家)木村建哉(成城大学文芸学部専任講師)池田雄一(文芸評論家、早稲田大学非常勤講師)すが秀実(近畿大学教員・元早稲田大学非常勤講師)丸川哲史(評論家、明治大学教員)/賛同人/酒井隆史(大阪府立大学教員)/府川充男(印刷史研究)/小笠原博毅(神戸大学国際文化学部教員)/前田年昭(編集者)/渡部直己(近畿大学教授)/荒井晴彦(脚本家)/河内謙策(弁護士)/平志郎/杉本健太郎(ビデオ制作者)/金浦蜜鷹(早稲田大学OB)/大塚健祐(96年早稲田大学第二文学部卒・元早稲田大学非常勤講師)/谷川健太郎(早稲田大学第二文学部OB)/鎌田哲哉(批評家・「重力」編集会議)/木下直子(4月から九州大学院生)/小野俊彦/野田隆三郎(岡山大学元教員)/梅原宏司(立教大学大学院文学研究科・早稲田大学演劇研究センター特別研究生)/山口直孝(二松学舎大学教員)/前川麻子(作家)/王寺賢太(京都大学教員)/宮沢章夫(劇作家)/長原豊(法政大学)/角田光代(作家)/ぽえむ(早稲田大学卒)/攝津正/山本真理(79年早稲田大学第一文学部社会学科卒・全国「精神病」者集団会員)/新島英士(日本民主青年同盟)/森安範(法政大学文学部3年)/谷内宏彰/長谷部哲平(二松学舎大学3年)/大和田善博/小川梨乃(武蔵野美術大学)/鴇田昭裕/大澤信亮(文筆業・編集者)/市田良彦(神戸大学国際文化学部教員)・山田敏行(新宿区議会議員)/加藤剛(JCJ東海事務局長)/新谷修三/ヒバナオキ(日本労働者エスペラント協会(準))/青木裕一/萩尾健太(弁護士)/加藤和博(労働者)/泉貴久(高校教員)/佐々木耕作(自営業)/岡本三夫(広島修道大学名誉教授)/岡井友穂(カタライザー)/秋葉啓充(近畿大学大学院文芸学研究科修士1年)/大木晴子(土曜日、新宿西口で反戦意思表示)/寺尾光身(元理系教員)/栗本知子(部落解放・人権研究所)/堤健(予備校講師)/廣田一成(2004年春早稲田大学卒業)/長船青治(パレスチナに献花を!)/澤田奈々絵(レセプショニスト)/神沢昌宏】。1呼びかけ/2NEWS/3事件の経過/4署名はここから/5カンパのお願い/62001年7月31日?/7連帯メッセージ/8リンク。 関連:「早大でビラまき逮捕 建造物侵入容疑で」05.12.29朝日。
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