12月31日 「TV-WORKS テレビドキュメンタリストの仕事 Vol.1」2006年1月28日(土)・29日(日) 13:00〜19:30、全回鑑賞無料カンパ歓迎(500円=作品資料集/お茶/お菓子付)、28日夜のトーク&交流会参加費:2,000円(飲食付)、会場:neoneo坐。1/28(土)13:00〜13:30ディレクター玉井勇夫の仕事『ベトナム帰休兵』1966、13:35〜14:50プロデューサー諏訪秀樹の仕事『ファインダーの中のベトナム戦争』1991、15:10〜16:00ディレクター小沢爽の仕事『いつもでない一日 北見北斗高校の強行遠足』1970、16:05〜16:35ディレクター龍村仁の仕事『18歳男子』1971、17:00〜18:30ディレクター工藤敏樹の仕事『廃船』1969、18:40〜19:30ディレクター西川啓+カメラマン中野英世の仕事『静かに時は流れて 長崎の少女と写真家の歳月』1999、19:30〜トーク&交流会(ゲスト予定:中野英世氏・西川啓氏・ほか)/1/29(日)13:00〜13:30ディレクター小泉三郎の仕事『チッソ株主総会』1970、13:35〜14:25ディレクター萩野靖乃の仕事『密航』1980、15:00〜16:35ディレクター片島紀男の仕事『二つの祖国 中国残留日本人孤児』1986『命もえつきる時 作家 檀一雄の最期』1987、17:00〜19:30ディレクター伊藤純の仕事『宋姉妹 中国を支配した華麗なる一族 前後編』1994。
12月29日 山田昭次「日本人民衆が侵略や植民地支配の国家責任を追及しきれないのはなぜか」〔『民族時報』第1082号06.01.01付掲載〕。【〔…〕小泉首相の靖国神社参拝の日に参拝した七十八歳の男性は「国のために死んだ戦没者をいたわるのは人間として当たり前の気持ちで、首相が来たのも当然と思う」と語った(『朝日新聞』二〇〇五年十月十七日夕刊)。このように戦争の性格を問わず戦没を国事に殉じた意味あるものとして顕彰する靖国の思想は今日の民衆の中から消えていない。/ここから脱する道は、戦没者はアジアに対して侵略戦争をした日本国家の被害者であると同時に、アジアに対する加害者であることを認識する以外にない。夫が戦死した斉藤たつの氏は、アジア・太平洋戦争は侵略戦争だと一九九三年八月に言った細川首相に山形県遺族会婦人部の一員として抗議文を送った。それは「世界平和の礎としてささげた父の、夫の、子の『命』を『犬死』させてはならない」と考えたからだった。しかし彼女は、中国での日本軍の残虐行為や元日本軍慰安婦の悲痛な訴えを知って、心を揺さぶられ、戦没者を英霊としてまつることが戦争の罪悪性を見えなくしているばかりでなく、再び国家のために命をささげる人々を育てているのではないかと考えるようなった(『朝日新聞』二〇〇五年八月五日朝刊)。彼女はかつて夫の戦死が平和の礎という意味のある死と考えて自己の悲しみを癒(いや)そうとしたのである。彼女が夫は国家によって意味のない死を強いられたのだと知ったのは戦争の罪悪性を認識した結果だった。これは大変な痛苦であったにちがいない。/沖縄戦で片足を失い、靖国訴訟原告団に参加した大城実氏は「靖国に英霊として祀(まつ)ることは、あの戦争は正しかったと言いかえることです。その意味ではあの人たちは犬死にした人たち――非常に酷な言い方ですが、しかしそこまで掘り下げていかなければ、日本人は靖国から解放されないんじゃないか」「犬死にという言葉に痛みをおぼえながらでも使わないと、あの戦争の本当の評価はできないのではないかと思います」という(下嶋哲朗「『教育の戦争犯罪』と靖国神社」・『世界』二〇〇五年一月号)。つまり靖国から解放される道は、日本人民衆が侵略戦争に動員されて戦死したという認識の痛苦を避けてはありえないのである。小泉首相の靖国神社参拝を阻止できない原因は、戦争の歴史を知ろうとせず、また知ることによって起こる痛苦を避けている日本人民衆がまだ多いからである。/しかしこの種の問題は靖国神社問題に限らない。関東大震災時に虐殺された朝鮮人の追悼碑に日本人が書いた碑文で朝鮮人を虐殺したのが日本人であることを明記したものはまだ一つもない(拙著『関東大震災時の朝鮮人虐殺―その国家責任と民衆責任』創史社、二〇〇三年)。これは日本民衆が加害者であったことに痛みを感じつつも、またその痛みのためにその明白な告白をちゅうちょしているからであろう。このために日本人民衆は自己を朝鮮人虐殺におもむかせた国家責任の追及をできないでいる。この結果、日本弁護士連合会が在日朝鮮人の人権救済の申し立てに基づき、二〇〇三年八月二十五日に虐殺事件調査書報告書をそえて小泉首相あてに提出した朝鮮人虐殺に対する謝罪勧告書も、彼の謝罪がないままに店ざらしになっている。日本の歴史的な負の遺産の清算のためには、日本人民衆が国家による被害者であるのみならず、他民族に対しては加害の一端に加わっていたという認識の痛苦から一切逃げない覚悟が不可欠である。】。
12月28日 関曠野「不思議の国の戦後日本」〔『図書新聞』第2756号06.01.01付掲載〕。【この四月には中国の主要都市で「つくる会」の教科書に反対する中国人の激しいデモがあった。〔…〕ここで私が指摘したいのは、中国では日中戦争の記憶が不正と受難の物語として民衆によって語り継がれているということである。〔…〕/そしてこのデモに対する日本側の狼狽し混乱した反応に私は物語がない国の脆弱さを見る。「つくる会」は日本の過去を物語にできず中国人には不可解な白痴のモノローグしか提出できなかったし、左翼の歴史家にも歴史を物語る能力は初めからない。デモ隊の抗議は日中条約などに基づいていたとはいえ、最終的には中国人の批判は日本人が他者に対して自らの歴史を物語として語ってみせる能力に欠ける民族であることに向けられている。それゆえに中国側の要求に合わせて日本の教科書を書き直すといったことが万一あったとしても、中国人の苛立ちは収まらないだろう。問題は個々の語句や記述ではなく物語の欠如なのだから日本側の対応はその場しのぎの彌縫策とみなされるだろう。そして教科書問題とは比較にならない波紋を広げている小泉首相の靖国参拝は、コミュニケーションと歴史を拒否するモノローグ以外の何であろうか。死者たちが欲しているのは美化ではなく語られ記憶されることである。そして過去と死者を美化する者は、死者を葬送すると同時に生の意味が未完結な存在として彼らを記憶の中に生かし続ける物語の力を恐怖している。それゆえに民族の物語が未だに到来しない間は、日本国は「彼らは教訓を残して犬のように死んだ」という言葉で戦死者を悼み葬送することができないのである。/それではいつの日か日本人が「日本国」を解体し憲法制定の大いなる物語を語り始めるといった出来事は起きうるのだろうか。これは誰にも明確には答えられない問いである。しかしいつから日本人は歴史を物語る能力を失い民族たることが不可能になったのかという問いは、歴史的に検証可能な問いである。言うまでもなく事の発端は維新と占領であり、暴力の痕跡を隠蔽した下賜の憲法によって民族の物語が不可能になったのである。そして維新と占領はどちらも日本をアジアから孤立させるものであったことは、物語の不在や不可能性と無関係ではありえない。人間は物語によって過去を未完結なものとして再び生き直すのであり、その意味で記憶は不断に生成発展変容するものだと言える。それゆえに過去から継承した文脈が豊かに存在していることなしには物語は成立しない。日本人にとってはアジアがそうした文脈だった。そして開国前後の日本の周辺では太平天国の乱や東学党の乱の物語が生まれていた。勿論大アジア主義や安直なアジア回帰が課題なのではない。しかしいずれ我々が民族として自らの歴史を物語る日が来れば、それはアジアの文脈なしには考えられず、またこの文脈が近代日本の埋もれていた様々な物語の再生につながることは確かだと思われるのである。】。
12月27日 「北斗星」.12.14付〔秋田魁新報〕。【数年前、八森町の発盛鉱山跡地を取材で訪ねた。明治21年に発見され、一時は銀の産出量日本一を誇った名山。同時に戦時中には約200人もの朝鮮人(旧厚生省勤務局調べ)が働いていた場所としても知られる▼跡地から海沿いに車で5分ほど南下したところにある高台。かつてここには、半島から徴用などの名目で強制連行された鉱山労働者が住む「朝鮮長屋」があったのだと、著述業の野添憲治さんが教えてくれた▼「海の向こうに浮かぶ男鹿を故郷と思ったのか、朝鮮人たちは海に向かって『アリラン』を歌い、日々泣き叫んでいたと聞いています」。以来、身を刺すような季節風が吹きつけるこの時期になると、そんな情景が時折、既視感のごとくよみがえる▼先月下旬、野添さん編著による「秋田県における朝鮮人強制連行」(社会評論社)が出版された。歴史の闇に埋もれていた真相をあぶりだそうと、野添さんらが平成8年に発足させた調査団の10年に及ぶ地道な活動の報告でもある▼自宅そばで徴用され、着の身着のまま船に乗せられた人もいる。綿ごみでうったような布団1枚に、食事は塩を振ったイナゴ―。過酷な環境下で労働を強いられた数々の証言が満載されている。が、これが全容ではない▼内外に多大な犠牲を強いた戦争から60年。靖国問題など国家間はぎくしゃくしているが、人間としてどうあるべきなのか。調査団の調べによると、県内に連行された朝鮮人は1万4000人を超える。】。
12月26日 ▼「外資系、相次ぐ労使紛争」.12.26朝日。【きれいなオフィスで働き、しかも高収入――。そんな華やかなイメージがある外資系企業で、従業員の雇用をめぐる対立が目立ってきた。海外の本社が出資比率を引き上げるなどして影響力を強め、突然の人員削減や経営方針の変更がトップダウンで決まるケースが増えていることが背景にある。労組を結成して会社側に対抗する動きもあり、外資で「日本人の異議申し立て」が相次いでいる。〔…〕】。▼新刊! 清水直子著・酒井和子監修『知らないと損するパート&契約社員の労働法 新版(イラストでわかる Illustrated guide book series)』2005年12月、東洋経済新報社、1470円(本体1400円)、ISBN4-492-10533-6。パートタイマー、契約社員などは「雇用の調整弁」とみなされ、賃金や休暇などでトラブルが増えている。困ったときの解決方法などわかりやすく解説。育児休業法などの法改正にも対応。/■目次/序 パート、アルバイト、契約社員についての予備知識/第I部 知っておきたいパートタイマーの権利/第1章 さぁ、パートで働こう!その前に…/第2章 賃金と労働時間/第3章 働く女性を守る法律/第4章 その他の待遇、解雇、保険、税金/第5章 こんなトラブルに直面したら/第II部 知っておきたい契約社員の権利/第6章 さぁ、契約社員で働こう!その前に…/第7章 働く条件と待遇/第8章 こんなトラブルに直面したら/第III部 相談窓口活用法/第9章 私たちのツヨーイ見方公的相談窓口、ユニオンを活用しよう。
12月25日 「大佛次郎論壇賞に中島岳志氏「中村屋のボース」」.12.14朝日。【第5回大佛次郎論壇賞(朝日新聞社主催)は、日本学術振興会特別研究員で京都大人文科学研究所研修員、中島岳志氏(30)の『中村屋のボース』(白水社、税込み2310円)に決まった。/中島氏の作品は、インド独立運動の闘士で、英国の追及の手を逃れて1915年に日本に亡命、そのまま45年に病死したラース・ビハーリー・ボースの一生を、膨大な資料と、取材で描きだす。ボースは東京・新宿中村屋に一時身を隠し、インド独立のため、アジア解放を掲げた日本の大アジア主義に協力した。だが、その帝国主義的実態に失望、失意の中、生涯を終える。ボースを描く中島氏の文章は平易で、評伝としても大変面白く読める。だが、単に過去の記録にとどまらず、現在も論議が絶えない「大東亜戦争」の評価や、現代日本のナショナリズム、アジア外交を考える手がかりになる点が、選考委員の高い評価を得た。/贈呈式は来年1月27日、東京・日比谷の帝国ホテルで、朝日賞、大佛次郎賞と共に行われる。】。
12月24日 「元日本兵、日本軍が中国で犯した罪状を指摘」.12.17 CRI。【日本では100人あまりの市民が参加した「戦争の責任を再び考える」集会が17日東京で開かれ、第二次世界大戦に参加していた元日本兵の小山一郎さんと吉田勇雄さんが中国侵略戦争期間中、日本軍が中国で犯した労働者の強制連行と毒ガス弾遺棄の罪悪行為を指摘しました。/小山一郎さんは当時、日本軍が中国の山東省で労働者を強制連行した暴行を紹介した上で、「侵略戦争に対しては、日本の指導者が責任を負うと同時に、兵士としても自分がかかわった責任を反省しなければならない。日本のマスコミは日本の戦争暴行を報道せず、中国人の反日感情ばかり非難することはよくない」と指摘しました。/吉田勇雄さんは、当時自分が所属していた日本軍が中国の東北部で化学兵器を生産したことを隠蔽するため、毒ガス弾を埋蔵した経験と、日本の731部隊が証拠消滅のため部隊施設を爆撃した模様を証言しました。】。
12月23日 「「強制労働」全国1550カ所 史料・証言もとに確認 日本人研究者が現場一覧表を作成 1939‐45年」.12.07民団新聞。【 【兵庫】近現代史研究家の竹内康人さ=静岡県浜松市=が「朝鮮人強制連行期(1939〜1945)朝鮮人強制労働現場一覧」をこのほど、作成した。竹内さんは「強制労働現場」とされる全国2679カ所について史資料・証言をもとに分析を加え、1550カ所については「強制労働現場として確認できた」としている。一部で流布されている「強制連行はなかった」論に対する有力な反証となりそうだ。/「一覧」には「連行先事業所」「業種」「所在地」「強制連行の有無」「典拠」「参考文献」の順で明記されている。文献に上っている現場がどこにあるのかはもとより、さらに詳細に調べるための手がかりも得られる。/強制連行・労働の調査活動に関わっている全国の調査グループからは「こんな資料が欲しかった」との声が上がっている。いまやバイブル的な存在ともいう。一覧表作成に先だって竹内さんはまず、「強制労働現場」の地図づくりに取り組む。10数年も前のことだ。/コンビニで全国各地のロードマップ40数冊を購入し、市民運動の調査報告と当時の厚生省資料を丹念に突き合わせていった。旧地名と現在の地名の照合など、作業は困難を極めたが、1年余りを費やして「戦後50周年」の節目に完成した。引き続き「戦後60周年」の今年に向け、詳細な一覧表の作成を急いでいた。/竹内さんは11月19日、神戸学生青年センター主催の「朝鮮史セミナー」に招かれ「全国強制労働現場一覧表を作成して」と題して報告した。/講演のなかで竹内さんは、「一覧表作成によって約1550カ所の強制連行現場を確認した。疑わしきは連行現場としなかった」と述べ、あくまで実証的な調査に基づくものであると強調した。/残る1220カ所のなかにも就労が確認できたところが約600カ所あるという。残りは未確認。調査が進めば「連行現場」はさらに増えるとみられている。/全国1150カ所を業種別に見ると、鉱山・炭鉱が約450で最多。45年に増えた軍需工場は約320。このほか、軍工事・飛行場、発電工事を含む土木建設、運輸港湾などが続く。地域別では北海道が200カ所と最も多い。福岡は140カ所。ただし、九州北部と長崎を含めると200カ所を超す。続いて兵庫90カ所、大阪50カ所の順。/竹内さんは「被害者の尊厳の回復のため、これからも民衆の視点から日本人の歴史認識を問い直していきたい」と話している。/今後の課題としては、現存する資料から可能な限り被害者名簿を作成していくこと。軍人・軍属については名簿を再整理し、誰がどこに連れて行かれたのか表にしていきたい考えだ。/日本政府・企業に対しては厚生年金名簿と供託名簿、および企業の殉職者名簿などの公開を求めている。】。
12月22日 ▼「シンポジウム:「貧富の差、拡大で健康被害」 世界保健機関神戸センター」.12.21毎日。▼鈴木貞美『日本の文化ナショナリズム』2005年12月、平凡社新書。【日本の近代化をすなわち西欧化と思い込んできた人びとは、アジア幻想に目をつぶっていたに等しい。〔…〕/アジア主義といえば、自由民権運動左派の韓国独立革命支援に発し、玄洋社や内田良平の率いる黒竜会が唱えた、日本を盟主とするアジア大陸保全論が、国権拡張論であり、政府・軍部の大陸侵略を正当化するイデオロギーだった、とまとめられる傾向がつづいていた。孫文の中国革命を一貫して支援しつづけた宮崎滔天を例外として。/しかし、体制から危険視された天皇主義に立つ革命思想の多くが、たとえば大本教を率いた出口王仁三郎がそうであるように、同時にアジア主義の志向ももっていた。それをファシズムの一種のように見なすと、排外主義を特徴のひとつに数えるファシズムの定義にひびが入ってしまう。〔…〕/三宅雪嶺に発し、インド独立革命の思想から刺戟を受けた岡倉天心の思想、あるいは国際詩人として活躍した野口米次郎の思想、京都学派の座談会『世界史的立場と日本』において唱えられていた文化多元主義などもふくめて、また西洋の覇道主義に対して、仁義道徳にもとづく王道主義による「大亜州主義」を唱えた孫文の思想をはじめとする海外におけるさまざまな大アジア主義やロシアにおける大ユーラシア主義との相互干渉など、日本主義とアジア主義との重なりをとらえなおすことは、今後を待たなくてはならない。〔……〕/自分こそが、あるいは自分の国こそが普遍原理を体現していると主張することは、他の原理に立つ人びとから見れば滑稽に映る。自ら普遍原理と信じるものであっても、それを暴力によって他に及ぼそうとすれば犯罪である。/かつて日本が犯したのも、そういう犯罪だったのではないか。「宇宙大生命」という普遍原理を押し立てる「大正生命主義」は、個人主義や人類普遍主義を盛んにしたが、郷土主義にも、民族主義にも国家主義にも、そしてアジア主義にも展開しえた。「生命」なるものが、それらのどの水準に発現するか、実にご都合主義的に選びとられたからである。日本の文化ナショナリズムのジグザグした歩みは、アジア主義や国際普遍主義のそれぞれの変容の過程を明らかにし、それら相互の関係の結び目を解きほぐしえたときにこそ、相対化しうるだろう。それがなしえたときこそ、日本がアジアに展開した侵略の歴史に、ようやく究極のピリオドをうつことができるのではないか。】。
12月21日 「釜石製鉄所未払い賃金訴訟、韓国人遺族の控訴棄却」.12.14読売、【第2次大戦中に日本製鉄(現・新日本製鉄)の釜石製鉄所(岩手県)で強制労働をさせられ、米軍の艦砲射撃で死亡した韓国人徴用工4人の遺族が、法務局に供託された未払い賃金を返還しないのは違法として、国に慰謝料計8000万円の支払いを求めた訴訟の控訴審判決が14日、東京高裁であった。/江見弘武裁判長は「韓国の対日請求権放棄を定めた日韓請求権協定で、供託金の請求権が消滅したのは明らか」と述べ、請求を棄却した1審・東京地裁判決を支持、原告側の控訴を棄却した。/判決によると、4人は1942〜45年に徴用されたが、同年7月の艦砲射撃で死亡した。/日本製鉄は46年、未払い賃金計約9500円を盛岡地方法務局に供託。遺族らは97年、返還を求めたが、却下された。】。
12月20日 『サイゾー』2006年1月号が“マンガの神様・手塚治虫は「萌え」の元祖?それとも抑圧者?”を第2特集、「伊藤剛氏の新著『テヅカ・イズ・デッド』を引き金に始まった、最新の「キャラ萌え」マンガ論考が指し示す、熱くて深い対立の構図を概観!伊藤氏とは因縁関係にある唐沢俊一氏が、ついに沈黙を破る――!!」。唐沢俊一「唐沢俊一、『テヅカ・イズ・デッド』を斬る!!」、【マンガというものは徹底した開放系の文化だ。それはその同時代にある、あらゆる他分野の文化の魅力を貪欲に取り込み、吸収し、消化して、己の血肉にしていく。〔……〕/長く、マンガの受容の決定権は読者が握っていた。〔…〕つまりは読者のほうに絶対の選択権があり、作家はその大衆の嗜好にいかに合わせたものを描くかが存在意義、という“常識”が、これまで大衆向けカルチャーの世界には頑として存在していた、ということなのである。/それをこの本は否定している。作品の変化は作者が目に見えない「時代のパラダイム」を感じ取り、それをペンに乗せて描くものであり、そのような変化を意識的に行える改革性を有するマンガ家こそが“優れた”表現者であり、かつ、その新しさを享受できる感受性を有した読者のみが、その変化のパラダイムに乗り遅れず、新時代を生きることができる選民であって、それを理解できず、ひたすら自分の過去にこだわり、今のマンガにはついていけない、と嘆くマンガ評論家たちは、時代に取り残され滅んでいく種族にすぎないのだという、「マンガエリート」宣言なのである。/しかし、先鋭的とは、語を換えて言うなら、狭小的ということである。〔……〕私のような状況論者は、このようなポストモダン言説がマンガというものを玩び、自分の論理を正当化するための道具として使用されることに、違和感と不快感を感じざるをえない。多岐多彩であることからくる渾沌こそマンガというものを生き長らえさせ、大衆文化の王道に位置させていた理由である。それを無視して、閉鎖系の中でマンガを語ろうとする行為には、どうしても無理が出るのである。〔……〕/こうした、進化の方向性と、変化に正当な道筋があると示す評論は、必然的に、そこに“正しいマンガ、正しくないマンガ”という区分けをもたらす。読者はそれに引きずられ、「何を読むか」という選択肢を狭められてしまう。結果、創作者が読者ではなく評論家のほうを向いてしまい、パワーを失ってジャンル自体が衰退しかねない。】。
12月19日 『文学』2005年11・12月号が“東アジア 漢文文化圏を読み直す”を特集。荒野泰典・金文京・増尾伸一郎・小峯和明(司会)「《座談会》東アジア 漢文文化圏を読み直す」/小峯和明「東アジアの仏伝をたどる 比較説話学の起点」/金文京「東アジアの異類論争文学」/野崎充彦「漢文化と朝鮮の「発見」」/高橋公明「外交文書を異国牒状と呼ぶこと」/中村春作「「訓読」再考 近世思想史の課題として」/竹村信治「“東アジア漢文文化圏”構想への瀬踏み」/小川豊生「十三世紀神道言説における禅の強度 「中世神学のメチエ」続稿」/増尾伸一郎「〈天曹地府祭〉成立考 『今昔物語集』を起点として」。
12月17日 「人革党・民青学連事件「朴政権のでっち上げ」 国情院真実委調査報告書を公表」〔民族時報 第1081号 05.12.15〕。【国家情報院(国情院)の「過去事件の真実究明を通した発展委員会」(真実委、呉忠一委員長)は七日、朴正煕軍事政権時代の代表的な公安事件で、六四年の人民革命党(人革党)事件と七四年の全国民主青年学生連盟(民青学連)、人革党再建委事件が、独裁政権維持に危機を感じた朴前大統領が直接指示し、国情院の前身である中央情報部(KCIA)と法務部など政府機関だけでなく、軍事法廷、最高裁判所など司法も総動員して民主化運動弾圧を目的にでっち上げた事件だった、との調査結果を明らかにした。真実委は事件が「朴大統領の要求で捜査方向が事前に決められ、実態も大きく誇張されて公表された」と結論した。/六四年の人革党事件は、韓日会談反対デモに朴政権が戒厳令を宣布するほどの危機状況で、KCIAが「北の指令を受けて国家変乱を企てた大規模地下組織人革党を摘発した」(八月十四日)と発表した。KCIAはまた、韓日会談反対デモが人革党関連者に背後操作されたとした。/真実委はこれに関して「人革党はサークル形態の集まりだ」との結論を下した。またKCIAが人革党創党後に越北した「南派スパイ」と指摘した「金ヨンチュン」は、東亜大学教授の金サンハン(一九一九年生)で、「韓国の他の対北情報機関から特殊工作任務を受けて北に派遣された人物」と明らかにした。真実委はまた、韓日会談反対デモが「北の指令」で起こったものではなく、捜査過程で拷問がほしいままにされたのは明白だと結論づけた。/七四年の民青学連事件は、維新憲法反対の学生デモが激しくなると、「共産主義思想の学生らが北朝鮮と朝鮮総連の指示を受けて政府を転覆するために作った組織」として発表した。この事件では韓国で取材していた太刀川正樹氏ら二人の日本人も逮捕された。KCIAは太刀川氏と当時韓民統組織局長だった郭東儀・韓統連常任顧問を結びつけ、郭常任顧問が朝鮮総連の指令を受け、太刀川氏に指示と資金を与えたと虚偽事実を発表した。これによって、李へチャン現首相、柳寅泰議員(ウリ党、前大統領府政務首席秘書)ら千人以上が連行された。/この事件の発端は朴前大統領が同年四月三日、ソウル市内の大学で民青学連名義の反政府ビラがまかれたことに対して、「反国家的不純勢力を抜本的に塞源(そくげん)する」と緊急措置四号(特別談話文)を発表したことにあった。真実委は民青学連も人革党と同じく「実在しない組織」とし、「民青学連は国家変乱を目的に組織された反国家団体ではなく反維新闘争のための学生ネットワーク水準の組織がビラに表記した組織名に過ぎない」と明らかにした。さらに当時の「捜査状況報告書」(同年四月二十一日付)をあげて、「大統領談話と捜査結果を一致させる典型的な帳じり合わせ捜査が行われた」と発表した。同報告書には「学生がスパイと朝鮮総連などの指示を受け、暴力で政府を打倒して社会主義政府を樹立しようとしていたことを立証しろ」との内容が含まれていた。真実委は「民青学連が人革党再建委と朝鮮総連の指示を受けたとの証拠も発見されなかった」と明らかにした。〔…〕】。
12月16日 『毎日新聞』12月15日付夕刊に、野坂昭如「戦後60年の暮れ」。【今年は戦後60年だった。一つの節目に違いないが、ぼくにとっては日々是同じ。空を仰ぎ見て、この世の来し方、これからを思う。この「平和」な日本で、異常とされる事件が多発し、世間は驚き嘆き、殺人ゲームの影響だのビデオがどうした、家庭環境、教育問題をあげつらい、精神病理学、心理分析の専門家はしたりげに解説、通りいっぺんの講釈を述べる。しかし問題はそう簡単じゃない。世間にしてみれば他人事、自分とはかかわりのない事件とみなし、本質について誰も考えようとしない。/この曖昧さこそ日本人の特徴。この前の敗戦を振り返ることなく、うやむやのうち繁栄を遂げ、「平和」というスローガンに、いつしか日本人は自分でモノを考えなくなった。そのツケがまわってきたのではないか。〔……〕/今、若者にとって、新聞やテレビで報道されている内容について、それがいいかげんなのかどうかすら判らない。国際情勢や国内における問題は、自分の上を通りすぎていくことであり、これは、都会における四季の移り変わりに等しい。かたや大人たちは、子供としゃべることを放棄しているがごとく見える。言葉がない、日本語がない。これでは記号が飛びかった戦争中と変わらないじゃないか。/意見が違っても構わない、大人の言葉を聞かせる仕組みを構築すべきだろう。〔……〕/ぼくは、日本は戦争に向かない民族だと思っている。憲法について言うならば護憲派である。〔……〕/民族を支える大きな要素に農がある。だが、日本は農を捨てた。自分たちの土地を捨て、そこから出てくる実りをほったらかし、他の国に任せる。これは、日本人として生きていく上で、基本的な大事なものを失ったに等しい。/食いものとエネルギーを他国に任せ、豊かな国と錯覚している。/日本人はおっとりした気質。食糧危機が来るなんて考えもしない。その日暮らしでなんとかなるという民族性。今こそ、日本の置かれている現状を確かめて認識を新たにする必要がある。このままでは本当に危なっかしい。食い物がないんだから。日本の自給率、かの荒れ果て乾ききったアフガニスタンより、低いのだ〔注:FAO(国連食糧農業機関)によるとアフガニスタンの食糧自給率(穀物ベース)は97〜99年平均で94%。日本は04年で28%。〕。地球規模の環境破壊が進むなかで、世界を覆う凶作が始まらないとは限らない。〔……〕くどいのを承知で申し上げる。自給率についての議論を高め、米を大切にすること。/何にせよ、しゃべりあうことが大事。生きた言葉で議論することに意味がある。】。
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