読書録 2005年11月前半(敬称略)

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  • 11月15日 「「非常事態」3カ月延長へ 仏暴動、政府が法案提出決定」.11.15中日、【【パリ=牧真一郎】フランス政府は14日、閣議を開き、仏各地で続く若者らの暴動を沈静化するため発動した非常事態宣言の適用期間を3カ月間延長する法案を国会に提出することを決めた。暴動は沈静化に向かっているが、国民の4分の3が宣言を支持しており、政府は国民を安心させ、鎮圧に向けた強い決意を示す狙いとみられる。/同宣言はアルジェリア戦争時の1955年に制定された非常事態法に基づき発動され、9日から適用されており、期限は12日間。国会の承認を得て21日から3カ月間延長する予定。コペ政府報道官は「延長期限が切れる前に、政令で宣言を解除する可能性もある」と説明した。/同宣言を受けて各県知事が夜間外出禁止令を出したり、通行制限を行うなどの必要措置を取ることができる。13日夜には約40の市で同禁止令が出された。パリでは週末の12日から13日にかけて混乱をきたすような集会が禁止された。13日夜から14日朝にかけて約280台の車両が燃やされ、前夜の374台から減少した。10月27日に暴動が発生して以来、放火された車両は計約8700台に上った。13日午後までに逮捕された2652人のうち、375人が禁固刑の有罪判決を受けている。】。「仏大統領、秩序回復訴え 国民に向けテレビ演説」.11.15中国新聞 /「非常事態法を3か月間延長、仏政府が異例の決定」.11.14読売 /「仏リヨン市で警察と若者らが衝突・パリは集会禁止解除」.11.13日経 /「仏暴動、非常事態宣言後も騒乱収まらず」.11.09ロイター。

  • 11月14日 「横行する『プチ逮捕』 立川ビラ事件 一審無罪でも」.11.14東京(特報)、【お上に異議をとなえる人々への「プチ逮捕」が横行している。「プチ」といっても身柄を取られたうえ、家宅捜索付き。委縮効果は十分だ。昨年の立川反戦ビラ事件では、一審で無罪判決(現在は控訴審中)が出たものの、警察、検察の強気は続く。対象も一昔前の新左翼系活動家から共産党や市民、僧侶(そうりょ)にまで広がった。九月総選挙での「小泉大勝」後、一段と拍車がかかる。(田原拓治)〔…〕】。

  • 11月13日 「朝鮮人強制連行:朝鮮半島出身者?の遺骨に焼香−−茂原の実相寺 /千葉」.11.04毎日、【◇強制連行調査団の6人「遺族のもとに返したい」/「朝鮮人強制連行の真相を調査する千葉県朝・日合同調査団」のメンバー6人が3日、茂原市高師の実相寺(畠山慈浄住職)を訪れ、線香をたむけた。寺には、日本の植民地時代に来日し、戦後間もなく死亡した朝鮮半島出身者とみられる遺骨9柱が保管されている。同調査団は「遺族のもとに遺骨を返したい」と話している。【山縣章子】/調査団は91年、県内の高校教諭や朝鮮総連のメンバーらが集まり結成された。実相寺に朝鮮半島出身者とみられる遺骨があると聞き、調査団の一員が翌92年に寺を訪問。仮の納骨堂に納められていた9柱の遺骨を確認した。/当時の住職は「いつごろなぜ日本に来たのかなどは分からないが、何らかの縁を頼り寺に預けられたのではないか」と説明していた。戦時中、茂原市内には茂原海軍航空基地があり、多くの韓国・朝鮮人が飛行場や防空壕(ごう)建設のために働いていた。遺骨の箱には朝鮮半島出身と分かる姓名が記されたものもあり、強制連行で日本に来た人たちの可能性があるという。/この日はまず、納骨堂で畠山住職が読経し、霊を慰めた。畠山住職は、寺の埋葬者などを記した過去帳には、朝鮮半島出身者の名前はないと説明。「遺骨が残っているかどうかを他の寺院にも聞いてみたい」と話した。/調査団の共同団長で、在日朝鮮人2世の康東勲さん(68)は「戦後60年がたち、日本で死んだとしか分からない遺族は大変な気持ちでいるはず」と語った。今後は市に埋火葬許可証などが残っているかを確認し、遺族を探していく。また、木更津市内にも朝鮮半島出身者の遺骨があるといわれており、調査を続けていくという。/戦時中に企業に徴用・雇用された朝鮮半島出身者の遺骨返還問題を巡っては、日韓両国政府の合意に基づき、総務省が今年6月、都道府県などに情報提供を依頼している。】。

  • 11月12日 ▼おすすめの新刊! 安田浩一『告発!逮捕劇の深層 生コン中小企業運動の新たな挑戦』2005年10月、アットワークス、ISBN4-939042-16-2。関連:「感動的だった武委員長のメッセージ」.11.11レーバーネット。▼『毎日新聞』11月11日付夕刊に「この国はどこへ行こうとしているのか 「えんちゃうの」の反骨心 数学者・森毅さん」、【「軍国主義を警戒するのも必要やけどな。もしも軍国主義になった場合、生き残るためにはどうしたらいいのかを考えるのも、大事とちゃうやろか。原体験があるのよ。戦争が終わった後、大人はアホやと僕は思ったよ。何が『国民をだまさない政府を作ろう』や。何が『子どもをだまさない学校を作ろう』や。アホ言うな。政府も学校もだますもんよ。だまされへん政府や学校なんか不可能よ。だますもんや、と思って、だまされへんように考えるほうが大事でしょ。国民はねえ、だまされへん用意をせなあかん」〔…〕「だまされへん用意ってのは、まあ、振り込め詐欺に強い大阪のオバチャンみたいなもんよ。ほっほっほ」〔……〕「戦争中はみんな愛国心に燃えてた、なんて、あれウソや。愛国少年と非国少年を分けたら世間でも6対4.三高の中は4対6で、非国少年が多数派やった。イデオロギーが違っても、お互いに議論できた。むしろ戦後のほうがきつかったよ。『みんな仲間。一致団結、がんばろー』みたいな仲間の強制力は戦後、逆に強まったんとちゃうのかな? 今はそれがもっと強くなってるね。戦争中よりも、今みたいに価値観が多様化する時代のほうが、『同じであれ』という強制力が強いのよ。なぜなら、多様化する社会の中で多様性を維持するのは実は大変だから。みんなが不安になるからね。多様化の時代だからこそ、人は不安になるからね。多様化の時代だからこそ、人は不安になって統一を求める。安心したくなる」】。

  • 11月11日 ▼『読売新聞』連載「派遣法20年 変わる働き方」、登録会「託児あります」.11.01付 / 新卒派遣 目指せ正社員.11.02付 / 多様な職歴に高い評価.11.03付 /「請負」との違いに戸惑い.11.04付 / 契約更新されるか不安.11.05付。▼『別冊カドカワ 総力特集北野武(カドカワムックNo.225)』2005年11月、角川インタラクィブ・メディア。美輪明宏「北野武に息づく'60年代新宿DNA」。【本当に面白い時代でした。当時、パリはサンジェルマン・デ・プレ、ニューヨークはグリニッジ・ビレッジ、東京は新宿に文化の拠点があった。今は世界でもそんなところは残っていませんが、あの頃、新宿からは多くの天才たちがこれから巣立っていこうとしていたのよね。/それに、全共闘運動も盛んで、若い人たちは政治にも燃えていた。新宿騒乱やらで、機動隊もやってきたりしていた。私は当時、新宿の三光町に住んでいたから、全共闘や全学連をいくら匿ったかわかりませんよ。でも、みんなあいつらは恩知らずで、その後、音沙汰なしですけれどもね(笑)。/だからその頃、たけしさんが新宿にいたというのは、実は大きいことだと思う。新宿が一番燃えてる時代に、その真っ只中に、感受性豊かな年頃だったあの人がいた。もちろん無名だったわけだけれど、彼のDNAには、きっと新宿でもさまざまな出来事が刷り込まれているのよ。】。

  • 11月10日 ▼続報、「仏、移民選別論が浮上・車放火は減少、600台強」.11.10日経 /「夜間外出禁止 仏政府、25県に許可」.11.10東京 /「仏暴動が独にも飛び火か、自動車への放火相次ぐ」.11.10ロイター /「仏暴動 発生地ルポ」.11.09東京 /「フランス暴動 背景に移民社会の不満」.11.09しんぶん赤旗 /「仏、放火沈静化の兆し 25県で非常事態法適用」.11.09産経。▼『エコノミスト』臨時増刊2005年11月14日号(中国経済 見えた!「脱共産経済」)、大江紀子「多発する暴動 怒りの声を上げ始めた庶民」。【一触即発――。今の中国をこう形容して間違いないだろう。些細なトラブルから、百、千、万を超える群衆が暴走する事件が頻発している。〔……〕/今年4月、浙江省で発生した1万人規模の暴動も構造は同じである。暴動のきっかけは、有害物を河川に垂れ流し、農作物の汚染や奇形児の出生をもたらした化学工場に対して、近隣の村民が抗議運動を展開する中、女性数人がパトカーにひき殺されたことだ。憤怒した村民は、50台以上の車両を破壊し、担当の役人が逃げ込んだ中学校を襲撃。3000名の武装警察部隊、保安部隊が出動し騒ぎを鎮圧した。〔……〕/庶民の鬱積した不満は、全国から首都・北京に押し寄せる労働者や農民の膨大な数からもうかがえる。目的は、地方行政権による合法権益の侵害、不当な司法処理を、中央政府、国務院などへ直訴することだ。庶民が関係部門に問題や意見を提起する行為は、1949年の新中国建国以来、“信訪”制度として保障されてきた。書簡、面接の方式で、本来なら地方レベルの関連信訪部門へ訴えるのが原則だが、中央を目指す“上訪”者がここ10年ほど増え続け、2003年は1000万件を超えた。その多くが寝泊りする“上訪村”も北京郊外に出現した。〔……〕/上訪者の中にも、過激な手段に出る者が現れた。庁舎の包囲、公用車発進の阻止、道路・鉄路の封鎖、飛び降りによる脅迫などだ。こうしたイタチゴッコが延々と続く限り、暴動が起こる火種は尽きない。しかし、中国社会科学院の最近の調査報告では、上訪で問題が解決したのはわずかに2%だという。〔……〕抜本的な解決に踏み切らない限り、暴力的な手段で“王朝”交代を繰り返してきた中国の歴史は、また繰り返されることになるだろう。】。

  • 11月9日 ▼続報、「仏暴動:夜間外出禁止令を決定 大統領は「必要な措置」」.11.09毎日 /「仏政府が緊急事態宣言 暴動鎮圧へ異例の強硬策」.11.09中日 /「仏、12日間の非常事態法発動を決定・暴動対応が新局面に /仏、非常事態を宣言・夜間外出禁止令9日から可能に」.11.08日経 /「仏が非常事態宣言…夜間外出、知事に禁止権限」.11.08読売。「移民“隔離” 募る疑心/仏暴動 なぜやまぬ」.11.08東京(特報)、【パリ郊外の移民街で始まった暴動はフランス各地に飛び火し、これまでに車だけで約五千台が放火・破壊された。失業や貧困を背景に、若者らの不満が噴出する。移民の「同化」政策を進めてきたフランスで、だれが、何を起こしているのか。先進国の街中で暴動はなぜやまないのか。〔…〕/全土に拡大する暴動の中で、仏在住の日本人外科医(60)は「フランスでは、勝ち組と負け組にはっきり分かれる。一連の暴動は、日ごろから就職やその他で差別を受け、権力に反感をもっている幅広い層の若者の感情に火をつけ爆発した」と受け止める。今回の暴動は移民社会を背景とするが、反移民の右派層も暴動に加わったとの観点から、「起こしたのは移民系とはいえない」とも指摘する。/本紙パリ特派員の牧真一郎記者は「暴動で狙われたのは車両放火だが、ほかにショッピングセンター、商店、学校施設なども目立つ。学校がターゲットになったのは、ある意味で権力のシンボルということなのか。暴動の主体は、移民系も含む十四、五歳から二十歳台前半の若者だ」とみる。〔…〕】。特集リンク:日経。▼「レーニン人気、今も健在 旧革命記念日の世論調査」.11.08朝日。▼「『自衛戦』主張した東条元首相を評価 靖国合祀関与『援護行政のドン』」.11.08東京。

  • 11月8日 続報、「県知事が外出禁止令も 仏首相、治安部隊増強へ」.11.08神戸(共同)、【【パリ7日共同】フランスのドビルパン首相は7日、連夜続く若者らの暴動を受け、必要に応じて夜間外出禁止令を出す権限を県知事に与える方針を明らかにした。先進国での夜間外出禁止令の発出は極めて異例。10月27日以来、暴動は拡大の一途をたどっており、フランス政府は通常の治安維持策では暴動の沈静化が困難と判断したとみられる。/首相はテレビのニュース番組に出演し、政府の今後の対応を説明。現在、8000人態勢で対策に当たっている治安部隊を9500人に増強する方針も示した。軍の参加については否定した。/さらに首相は「郊外地区では組織的な犯罪網が混乱を後押ししている」と指摘。一連の暴動は個々の若者らによる自然発生的なものではないとの認識を示した。】。「仏暴動で初の死者 サルコジ内相支持は衰えず」.11.08中日 /「仏暴動で初の死者、鎮静化の兆しなし」.11.08読売 /「仏の暴動で初の死者…相次ぐ車両放火、欧州各国にも波及」.11.07サンスポ /「仏暴動で初の死者 独とベルギーへ飛び火か」.11.07 USFL /「フランスの暴動、ついに犠牲者・60代男性巻き添え」.11.07日経 /「ドイツ、ベルギーでも車放火相次ぐ、仏暴動と関連か」.11.07読売 /「仏暴動で初の死者 独とベルギーへ飛び火か」.11.07中国(共同)/「ドイツとベルギーで車13台放火 仏暴動が波及の恐れ /仏暴動で初の死者 車への放火、一晩で最多の1400台」.11.07朝日 /「車放火、最悪の1400台 仏暴動、投石や放火続発」.11.07産経。

  • 11月7日 続報、「仏暴動:移民若年層、差別に怒り 疎外感が過激化招く」.11.07毎日、【パリ郊外で先月末に発生した北アフリカ系移民の若者らによる暴動はフランス各地に飛び火、一層、深刻さを増している。事件は、移民若年層の一部にうっ積する不満と敵意の激烈さを見せつける一方、「自由、平等、博愛」の理念を掲げながら移民同化と差別撤廃に苦慮する仏社会の矛盾をも浮き彫りにしつつある。【パリ福井聡】/暴動がこれほどまでに拡大した背景には、治安維持を優先するサルコジ内相の強硬路線に対する反発だけでなく、就職、家探しなど日々の暮らしの中で移民が直面する差別への怒りがある。さらに、仏社会に溶け込めない一部移民は大都市郊外などで一種の「ゲットー」を形成しており、社会からの疎外感が若者の過激化を招いている。/今回、暴徒化した若者の多くは、高度成長期のフランスに北アフリカなどから両親が移り住んだ移民の2世、3世だ。フランスがアフリカに植民地を持っていたこともあって、仏政府も、仏語を話し「言葉の壁」のない移民を積極的に受け入れた。パリ、リヨンなどの主要都市の郊外に低家賃の団地を建設し、移民に安価な住宅を確保した。/フランスには自国社会に溶け込む意思のある移民は受け入れる気風があり、仏に生まれ育てば国籍取得の権利が生まれる。その結果、現在、フランスは人口約6000万人のうち、イスラム系だけで約500万人の移民を数える「移民大国」となった。だが、イスラム教徒の女子児童・生徒に公立学校でへジャブ(イスラムのスカーフ)着用を禁じるなど、フランスには移民に対して自国社会モデルの受忍を迫る側面がある。/しかし、生計のためにフランスを自主的に選んだ移民1世と違って、移民2世、3世の若者は「生まれ故郷」であるはずのフランスで差別を味わっている。移民が暮らす郊外の団地での失業率は仏全体(約10%)の2倍以上とされ、1人当たりの年収は1万500ユーロ(約147万円)で仏平均よりも40%低い。/「昼はゲーム機で遊び、夕方になったら集合する。火炎瓶を手に機動隊との対決に出かけるんだ」。暴動に参加した若者はそう語る。暴動は先月27日、パリ北郊で、警察の職務質問を受けて変電所に逃げ込んだ移民系少年2人が感電死した事件がきっかけ。日常生活に不満を募らせている移民の若者の間では、自らの不満のはけ口として暴動に加わりやすい環境が生まれている。】。「仏の暴動拡大、警官ら30人けが・大統領「治安最優先」強調」.11.07日経(共同)/「仏暴動、パリ中心部に拡大 学校にも放火」.11.06中国新聞 /「仏暴動 非難の一方で 背景に失業・貧困・差別」.11.06しんぶん赤旗 /「仏移民の暴動、初めてパリ中心部にも波及」.11.06読売 /「仏暴動、パリ中心部にも拡大・10夜連続」.11.06日経 /「暴動、パリ中心部に拡大 仏政権最大の試練」.11.06熊本日日 /「パリ中心部でも暴動、全土で320人拘束〔動画〕」.11.06 TBS /「仏暴動さらに拡大 一夜で車両1300台放火 パリでも」.11.06朝日 /「仏の暴動解決に「支援」申し出=カダフィ大佐」.11.06 livedoor(AFP=時事)/「連夜の暴動、パリ市内にも 車などに放火」.11.06 CNN /「仏暴動拡大、内相の強硬姿勢に批判噴出」.11.05読売。

  • 11月6日 「仏暴動、10都市以上に拡大」.11.06東京、【【パリ=牧真一郎】パリ郊外などで続いている若者らの暴動は四日夜から五日未明にかけて、西部のナントなど地方の十都市以上に広がり、車両約九百台が放火され、計二百五十人が逮捕された。暴動が発生した十月二十七日以降、放火された車両は二千二百台を超え、逮捕者は約五百二十人に上る。学校や幼稚園が放火されたり、人が襲われる事件も発生。ドビルパン首相は四日、若者らと面会したが、沈静化の兆しはない。/今回の暴動は、警察官に追われていたとされる少年二人が変電所へ逃げ込み、感電死した事件が端緒。ただ、移民出身の貧困層を中心に若者の不満が噴出した形で広がり、暴動の規模としては過去十年間で最悪となった。〔…〕】。「移民若者の暴動激化、パリ郊外から地方都市へ波及」.11.05読売、【【パリ=島崎雅夫】パリ北東郊外から発生した移民の若者らによる暴動は9夜目となる4日夜から5日早朝にかけて、約900台の車両が燃やされるなど、さらに悪化した。マルセイユなど地方都市への波及も拡大しており、早期の治安回復に向けて、仏政府の対策が急務となってきた。/AFP通信によると、9夜目に放火された車両は仏全国で897台で、253人が逮捕された。ともに暴動発生以来、最大規模。これまでに放火された車両は約2000台、逮捕者は約300人に上っている。/パリ北東郊外セーヌ・サンドニ県にある市町村で起きている若者の暴動は収束する兆しがない。これと並行して、地方都市への暴動波及がさらに強まってきた。3日夜から4日早朝にかけてはマルセイユ、ディジョン、ルーアンの3都市だったが、4日夜から5日早朝にかけてはリール、ストラスブール、ニースなどでも暴動が発生し、地方都市だけで、車両計253台が焼き打ちされた。/仏の失業問題などに対する不満を背景に、北アフリカなどから移民した若者が乗用車への放火や商店街破壊を行っている。発砲したり、火炎瓶を投げつけるなど手口の悪質化も目立ってきた。/仏政府のドビルパン首相は4日、サルコジ内相と緊急に対応策を協議するとともに、パリ郊外の若者15人と会談し、収拾策を探った。悪化する一方の暴動に社会の懸念も強く、カトリックやイスラム教徒らの指導者が5日夜、暴動発生地域の一つオルネー・ス・ボワで、平穏を訴える行進を計画している。】。「パリ郊外の暴動が国内各地に飛び火=警察当局」.11.05ロイター /「仏暴動、全国に飛び火 一夜で車両放火900台」.11.05産経 /「仏暴動、全国に飛び火/移住者の不満爆発か」.11.05秋田魁新報 /「パリ騒乱:3日夜から4日にかけ、車両500台以上が放火 /フランス:パリ郊外騒乱 サルコジ内相、苦境 強硬姿勢、閣内でも批判 /パリ郊外騒乱:パリ以外にも拡大 収拾のめど立たず」.11.05毎日 /「仏で若者らの暴動続く、深刻な事態に〔動画〕」.11.05 TBS /「パリ郊外の暴動、地方都市に拡大」.11.05日経 /「パリ郊外などの暴動、依然続く、地方各都市にも波及」.11.05 CNN/AP /「パリ郊外の暴動、8夜連続…発生以来最悪の事態に」.11.05読売 /「パリ北郊で6夜連続の暴動・車60台燃やす」.11.02日経 /「パリ郊外で若者が暴動 失業や警察に不満」.11.02朝日 /「パリ郊外で暴動続く、アフリカ系少年の死がきっかけに」.11.01ロイター。

  • 11月5日 「米アマゾン、本をページ単位でばら売りへ」.11.04 HOT WIRED JAPAN、【米アマゾン・コム社は3日(米国時間)、書籍をページ単位、章単位で販売するサービス『アマゾン・ページズ』を発表した。本を買わなくても、必要な部分だけインターネット上で読めるようにする。一方、本を購入後、追加料金を払えば、外出先でもネットで読める『アマゾン・アップグレード』も開始する。/『ページズ』は、書籍の実物を手にすることはできないものの、アマゾン社のウェブサイトでページの画像を閲覧する権利を買う形となる。開始時期や料金は発表しておらず、米メディアによると、来年中に1ページ当たり数円相当で始める模様だ。〔…〕】。

  • 11月4日 「父は合祀に慎重だった 故筑波宮司の長男証言」.11.02東京新聞、【戦後長く靖国神社の最高責任者である宮司を務めた故筑波藤麿氏が、東条英機元首相ら「A級戦犯」の合祀(ごうし)について「戦争の犠牲者の合祀が終了してからあらためて考えたい」と語り、慎重な姿勢を示していたことが一日、分かった。長男の元早稲田大教授常治(ひさはる)さん(75)が証言した。筑波氏は実際、神社の総代会が合祀方針を決めた後も一九七八年に亡くなるまで合祀しておらず、東条氏らの合祀に消極的だったことがあらためて裏付けられた。/常治さんによると、筑波氏はBC級戦犯が初めて合祀された一九五九年ごろ、「BC級の人は(国の方針に従った)犠牲者なのだから、すぐに合祀しなければいけない。それに対し、A級の人は責任者だ。責任者と犠牲者をすぐ一緒にお祭りしては、犠牲者が納得できないのではないか」と話したという。/常治さんは、そうしたA級戦犯の合祀について慎重な父親の考え方について「生涯変わらなかったと思う」と語った。/また「子供のころ、神社の近くに住んでいた父にとって、境内は縁日などがある楽しい場所だった。それが戦時中に軍国主義になっておかしくなった。『昔の招魂社の時代に戻したい』というのが基本的な考えだった」とも証言。「(後継宮司の)松平(永芳)さんになって(神社の方針が)変わった」と述べた。/筑波氏は旧皇族山階宮家の出身で、四六年に宮司に就任。七八年に七十三歳で在職のまま亡くなった。/A級戦犯の合祀をめぐっては、旧厚生省(現厚生労働省)が六六年、東条氏ら十二人(後に二人を追加)の名前を記した祭神名票を神社側に送付。七〇年の総代会で東条内閣の大東亜相だった青木一男参院議員(当時)らが強硬に主張し、合祀の方針が決まった。しかし、筑波氏が時期について「宮司預かりにしてほしい」と要望。結局、在職中に合祀することはなかった。/ところが、後任の松平宮司は就任後初めてとなる七八年秋の例大祭に合わせて合祀することを決定。秘密裏に十四人のA級戦犯が合祀された。それ以降、神社側の度々の要請にもかかわらず、天皇の靖国参拝は途絶えたままになっている。】。関連:靖国参拝問題リンク集(JANJAN)。

  • 11月3日 「BC級戦犯合祀『非公表に』 旧厚生省、都道府県に要請」.11.03東京、【連合国によりBC級戦犯とされ刑死した旧軍幹部らの靖国神社への合祀(ごうし)をめぐり、旧厚生省(現厚生労働省)が一九五九年四月、各都道府県に公表を控えるよう求める文書を出していたことが二日、同省の内部資料で分かった。「重大な誤解を生じる恐れ」などがあるとして、公表に不安を訴えた神社側の意向に沿っていた。/同年のBC級合祀、七八年のA級合祀とも神社側は公表せず、秘密裏に合祀を進めることで世論の反発を回避しようとした様子が浮かんだ。/この内部資料は、五九年四月四日付で、厚生省引揚援護局(現社会・援護局)史料班長名で出された「平和条約第十一条関係死没者の靖国神社合祀について(内連絡)」と題した文書。「取扱注意」の判があった。/文書は「外地裁判関係の死没軍人軍属」(国内裁判分を除くBC級戦犯)の約半数について、五九年の春の例大祭で合祀されると報告。合わせて「部外(多数の一般戦没者遺族を含む)」からの神社側への投書などに表れた意見に照らし「重大な誤解を生じ、ひいては将来の合祀にも支障を起す恐れもある」との懸念が記されていた。/その上で「神社側は最も慎重な態度をとり、この際今次合祀者中に標記死没者が含まれていることを公表せず、世論と共に極めて自然に推移するよう希望」しているとして、「充分お含みおき下さるよう」と求めている。/さらに(史料班長名の)私見として、いわゆる「戦犯」がすべて合祀基準に当てはまるのではなく、「国事に倒れたもの」と認定されることで合祀されると説明。「戦争犯罪者までも合祀された」と疑問を持つ人には「戦犯イコール合祀対象でない」と説明するよう要望している。史料班長は係長より上で課長補佐の下に当たる役職という。/同神社は五九年四月の春季例大祭に合わせ、初めてBC級戦犯を合祀。旧厚生省は、これに先立つ同年三月、合祀予定者の名前を記した「祭神名票」を神社側に送り、合祀に協力していた。/戦犯の合祀をめぐっては、当時の筑波藤麿宮司(故人)が「A級の人は責任者。責任者と犠牲者(一般戦没者)をすぐ一緒にお祭りしては、犠牲者が納得できないのではないか」と述べ、両者を区別していたことが明らかになっている。】。関連読書録:.10.31付 /.11.01付

  • 11月2日 イ・ユン「殺された半島出身者の怨念を掘り起した人・正木峯夫さん(5)」.10.26 JANJAN。【朝鮮人の遺骨をお寺に預けたとき、反応が2通りありました。一般的な寺は朝鮮人の遺骨を預かるのは困ると断ったり、やんわりと引き取りを拒否したり。朝鮮開教の歴史的事実について、未だに本願寺教団が朝鮮とまともに向き合ったことがない証拠です。/浄土真宗の教えをいくら朝鮮で広げようとしても、儒教を背景にした現実的な国だから、当時の朝鮮で広がる土壌があったのか疑問です。植民地化の中で、浄土真宗の寺は130ほどできたといいますが、布教の成果があったわけではなく、信者を獲得したとも思えません。/信者を獲得できない真宗教団が何をしたかといえば、軍国主義体制のなかの宣撫工作でしかなかったはずです。浄土真宗教団が生き残る手段は、朝鮮の民衆を積極的に戦争動員することでした。/本願寺は戦争中、国家体制に迎合するために、戦時教書みたいなものを書いています。門徒は、阿弥陀仏を天皇と思えと教えられ、小さな真宗聖典を胸にぶら下げて戦地に行ったんです。僧侶も教団も当時の天皇制イデオロギーを唱えながら戦地に行ったわけです。そのような宣伝工作をやったとしか思えないですね。それだけに戦後、浄土真宗教団は植民地時代に何をやったかを一切言いません。/十数年前、浄土真宗の僧侶になって韓国に帰って寺を開いた人が「戦争中の教団の教えをなんであなたは今、また持って帰ったのか」という非難を浴びたそうです。韓国の人は浄土真宗が戦争中に何をしたか、知っているんです。/遺骨を通して見えたモノは、広島別院が遺骨を15年も引き受けてくれたということで、かすかに日本人の良心みたいなものはあったんでしょうが、個々の寺院が朝鮮人問題と向き合う質があるとは思えなかった。それは教団全体が問われなければならない問題なのでしょう。】。

  • 11月1日 「当時の厚生次官 合祀手続き『知らなかった』」.10.31東京、【東条英機元首相らいわゆる「A級戦犯」の靖国神社への合祀(ごうし)をめぐり、旧厚生省(現厚生労働省)の元事務次官らが、一九六六(昭和四十一)年に同省援護局(現社会・援護局)の課長名で東条氏ら十二人(後に二人を追加)の名簿を神社側に送ったことについて「当時は知らなかった」と証言した。七八年のA級戦犯合祀の前提となる同省の行政手続きをめぐる、当時の省首脳の証言は初めて。/元同省職員も「一般戦没者と区別なく課長補佐が課長の代決(代理決裁)をしていた」と説明した。/後に社会問題となる重要案件が、全省的な検討を経ずに旧陸軍出身者を中心とする同省内の現場レベルで進められていた実態が浮かび上がった。/戦没者の合祀は通常、旧陸海軍の名簿を持つ旧厚生省側が「祭神名票」と呼ばれる書類に氏名や所属などを記載して神社側に送付。これを基に、神社側で合祀基準に当てはまるかどうかを審査して行われた。/厚生省内の決裁責任者は陸軍関係では「調査課長」、海軍関係では「業務第二課長」とされ、後に問題になったA級戦犯の場合も、一般戦没者と同様の手続きが取られていたという。援護局は旧陸海軍の流れをくみ、局次長を筆頭に軍出身者が多く在籍。特に調査課と業務第二課は、軍出身者が多い独特の部署だった。/A級戦犯をめぐる神社側への協力について、祭神名票が送られた六六年二月当時、旧厚生省の事務次官だった牛丸義留氏(90)は「(是非の)判断を厚生省の中で議論したことはない。援護局の中の問題だ」と証言。「厚生省の中の一部の軍関係の人たち(援護局内の担当者)が送ったというだけ。厚生省が主語とは言えない」と述べた。/当時、同局援護課長だった藤森昭一・元宮内庁長官(78)は「所掌上、知る立場になかった」と述べ、同じ局内でも情報がなかったことを認めた。/援護局内の一部だけで手続きを進めた理由について、牛丸氏は「文官系統(省の幹部)に相談したらうるさくなってくるから」と推測。「軍人出身者(の援護局職員ら)は、A級戦犯に対し『悪くないのに東京裁判で戦犯にされたのだから合祀すべきだ』と感じていたようだ」と話した。/一方、当時、援護局に在籍し、後に海軍関係の祭神名票の事務を担当した元中堅幹部は「通常業務の一環なので、あらためて上司に説明したり、了解を取ったりする必要はなかった」と解説。戦犯も含めて担当者レベルで手続きを進めていた実態を明らかにした。/A級戦犯の祭神名票を送られた靖国神社は、七八年秋の秋季例大祭前に合祀に踏み切った。旧厚生省も神社側も祭神名票の送付や、合祀の事実を公表しなかったが、翌年四月の報道で表面化し論議が続いている。】。