9月30日 『桐野夏生スペシャル The COOL!(小説新潮別冊)』2005年9月、新潮社。(対談)矢作俊彦・桐野夏生「国家と時代 小説と現実」、桐野との対談で【日本はずっと普通の国家じゃなかったのに、普通である必要が生まれたんですよ。】と指摘する矢作は【だから若い連中は右翼のふりをしたがるんでしょ。原因は、第二次世界大戦の負け方、そこに全てがある。六十年間平和だったのも、その負け方によるものだから、良いか悪いかは別としても、人間の精神営為という意味では非常に不健康だったと思います。例えば戦争責任と言うけれど、東條英機を戦犯としたのは戦勝国側の勝手な東京裁判ですよね。東條英機は間違いなく戦争犯罪者ですよ。どんな罪を犯したといえば、戦争を始めた事じゃなくて負けた事です。日本有数の低能な国家指導者だった。だからそこが犯罪なのであって、お辞儀したり拝む必要はない。それを誰も指摘してないでしょ。左側は無謀な戦争を始めたと言うし、右側は御国の楯だと言う。だったら戦争に勝たなきゃいけないのに、戦線では常に自分の無能によって負けている。あれだけ自分の無能を何度も晒して負けた戦争指導者が、戦犯でないわけはない。今の自民党の守旧派と同じだよ。敵に甘えている。この辺で何とかなるんじゃないかという希望的観測が、科学的予想にすりかわってる。〔……〕/〔ナチスを裁いたのはドイツ人だが日本はそれをしていないと桐野に問われ〕それは簡単な理由で、昭和天皇をあのまま置いておくならば、そりゃできないですよ。アメリカにとって一番の問題は、昭和天皇をどうするかだったわけですよ。左側の失敗は昭和天皇を弑逆できなかった事、右側のそれは退位させられなかった事ですよ。アメリカが昭和天皇を利用して戦後支配を確立しようとした時に、この国の支配階級が断固として抵抗しておけばアメリカの試みは潰えたんですよね。〔……〕/でもこの溜まりに溜まった不健康感はどうするかという問題がある。あの時、明仁皇太子が天皇になって、アメリカとの間に齟齬が起こったとしてもNOと言えるシステムが出来れば、また違う発展があったかもしれない。そのせいで、一九五二、三年に共産革命が起こった可能性もあるけどね。天皇に責任を取らせるべきだという話は、僕はずっと前から言っているんだけど、右翼は何も反論しないんだ。そういう時代なんですよ。金になるかならないか、だからかなあ。】と述べている。
9月29日 「靖国神社前での不当逮捕を許さない―『8月15日事件』を考える講演集会」10月1日(土)開場PM6:00開始PM6:30、大久保地域センター4階多目的ホール(東京都新宿区大久保2-12-7、TEL.03-3209-3961)。8月15日行動のビデオ上映/救援会からの報告と発言/講演「東アジアにおける靖国」(講師:丸川哲史さん)/各団体からの発言/討議。
9月28日 承前、市村弘正・杉田敦『社会の喪失 現代日本をめぐる対話』。杉田との対話で市村は【権力が作動しているメカニズムに身をおき続けていれば、あるいは積極的に加担すれば、すべてが自明化されていきます。それに対して、負け方が大事だというのは、ある種の敗北といったものが、自分が巻き込まれている制度から「疎外」し、それがどういうものかを明らかにする可能性をもたらすからです。〔…〕/丸山さんなどは、「制度化する精神」が大切だ、といいます。制度というものについて、ポジティヴに語ります。制度のなかに身をおいたり巻き込まれたりすることが必ずしも負荷ではなく、むしろ制度を担う主体を大事にするわけです。それはそれで大事な考え方なのでしょうが、失敗や敗北といったものに視線を向け、価値を見出す考え方ではないでしょう。〔……〕/そして、すべての物事が動いている、あるいは動きうる、ということを知るためのきっかけが、敗北だと思うのです。権力過程のなかで、制度的世界のなかで、人々は活動を規制され固定化されていると思っている。ところが、自由に動いていいんだ、動けるんだ、ということが、負け方によってはわかるかもしれない、ということです。〔……〕/一言でいえば、支配的価値に汚染されない負け方が、よい負け方ということでしょう。支配的な価値から「疎外」されなければならない。そうでなければ、ただ打ちひしがれ、悲嘆に暮れることになります。一方、負けることが無意味でないと思っている人たちは、そこで、多数派が隠蔽したり、隠蔽の自覚もなく身をおいているようなメカニズムから離れて、思考し始める。〔……〕/ベンヤミンは有名なビレヒトの詩への注釈のなかで、敗北の経験を把握し、敗北を共有すべく、勝者に向かって、「勝ってしまったら、勝利者の場所にとどまるな。すぐに立ち去れ」といいました。「ふたたび底深く、勝利者よ、もぐれ……もうそこにはとどまるな」と書いています。こういう考え方は、社会科学者にはほとんど無意味なものと思われるでしょうが、そうでないと思考しえないものがあるということでしょう。「勝った」のは、支配的な価値に抵抗せず、制度に便乗したからであり、負けないためのマニュアル通りに動いたから「成功」した。しかも、それを他の人よりも巧みにこなしたから「勝った」わけです。】と述べている。
9月27日 ▼「旧日本軍問題:「日本は遺骨調査を」−−清算求める協議会」.09.24毎日。▼市村弘正・杉田敦『社会の喪失 現代日本をめぐる対話』2005年9月、中公新書。「失敗の連鎖として歴史をとらえる」ということについて、杉田との対話で市村は【〔…〕先ほど歴史哲学ということをいわれたけれど、失敗というのは、「事実性の確認」であることによって同時に、まさに歴史哲学的な「認識のチャンス」をもたらしうる出来事だと思います。「失敗しないように、失敗しないように」やっていく人たちには、そういうチャンスが到来しない。「そんなチャンスなどいらない」という人には、ああそうですか、と引き下がるほかはありません。/認識には「認識衝動」ないし「認識欲求」が不可欠で、それは、失敗の経験のような時に生まれるものです。もちろん、通常われわれは、いろいろなことをやりすごしながら生活しています。しかし、ときどき、物事が「思いがけない、思いもよらない、思い通りにならない」ことを発見する。日常生活に入った「亀裂」ですね。失敗というのは、そうした小さな亀裂の一形態ではないか、と思うのです。/そういう亀裂に出会うようなことをしなくても、歴史についての認識が深まるようなきっかけが他に幾らでもあるというのなら、教えてほしいという気がします。亀裂を受け止めることによって、歴史についての認識衝動が生まれてくるだろう、というのが、大づかみにいえば、僕の考え方です。〔……〕/〔対比的に「悔恨共同体」(丸山眞男)について〕全く違うでしょう。そこでは、ある理念に統制されて、「解放感と自責感」のもとに生きられる共同性が、前提とされているわけですから。これに対して、丸山門下ではあっても、橋川文三氏は、あの戦争は理念の面でも駄目なものであったが、駄目なものであったからこそ繰り返し再考に値すると考えたわけでしょう。】と述べている。
9月26日 ▼「「兵士帰せ」と大合唱 米首都で15万人デモ」.09.25共同 / CNN / 日経 / 産経 / 中日。▼承前(.09.24付からのつづき)、渡辺雅男「階級論の復位 不平等・格差社会論を超えて」。フリーター、ニートについて【労働者階級の一部ですね。労働者階級を構成する一つの階層と言ってよいでしょう、。厳密に言えば江口英一氏の言う「不安定就業層」です。そもそも、相対的過剰人口には三つの形態があります。流動的、潜在的、停滞的の三形態です。流動的形態は完全失業者、潜在的形態は潜在的失業者、そして停滞的形態は「就業が不規則であるような現役労働者」のことです。とくに、この停滞的形態にある相対的過剰人口こそ、俗に言うフリーターであり、ニートです。それ以外に、パート、派遣、業務請負などの非正規雇用をこれに含めてもよいでしょう。どれほど斬新なネーミングで呼ばれようとも、彼らは労働者階級の内部集団であり、資本主義経済が構造的に生み出し、都合よく活用する産業予備軍の一部であるということです。準失業者と呼ぶべきかもしれません。】【最近の論調に潜む第一の問題は、若者の意識の変化にのみ注目する傾向があることです。フリーターやニートは若者が自由と引き換えに勝手に選んだライフスタイルであるという「自己責任」を強調するような議論です。しかし、この間の非正規雇用の拡大、正規雇用の縮小は、こうした若者の好みや意識を超えた大きな構造的問題を提起しています。個人的な好みで選ばれたライフスタイルであると考えるのは間違いであり、問題の矮小化です。第二の問題は、社会構造がこうした減少の背後にあることの軽視です。問題の構造的な背景に無知なまま、「自分で自分のボスになる」などと口走ろうものなら、待った〔ママ〕ましたとばかりに、労働者は正規雇用をフリーエージェント制へと切り換えられたり、労働法の適用を受けない名目的な自営業(在宅就労者や「個人事業主」化された労働者)へ追いやられたりするのが関の山です。問題をまずもって社会構造の問題としてとらえ、こうした問題を生み出す「構造改革」にこそ批判の目を向けなくてはならないはずです。流行の議論がそうした方向を向いているのかどうか、私にはいささか疑問です。】。
9月25日 訃報:飯沼二郎(9月24日)享年87、合掌! →京都新聞【農業経済学の専門家で日本型農業の復権を提唱する一方、ベトナム反戦や在日韓国・朝鮮人の人権擁護、君が代訴訟など幅広い市民運動に先導的役割を果たした京都大名誉教授の飯沼二郎(いいぬま・じろう)氏が、24日午前零時58分、肺炎のため京都市左京区の病院で死去した。87歳。東京都出身。自宅は京都市左京区北白川山田町七〇。葬儀は故人の遺志で行わない。/東京の下町に育ち、園芸の専門学校を出た後、二次募集で京都帝国大農学部に入学。卒業後、愛媛青年師範学校教授、国立国会図書館主事、農林省農業技術研究所技官などを経て1954年、京大人文科学研究所に助教授として赴任した。74年から81年の定年退官まで教授を務めた。/農業経済学の研究から、農業基本法施行(61年)後に普及した欧米型の少品種大量生産に疑問を抱き、経済優先の農業政策を批判した。裏作や間作を複合的に行う伝統的な日本型農業への回帰を説き、著書に「日本農業の再発見」「日本農法の提唱」などがある。近世農民の知恵を現代に生かそうと、農書を復刻した「日本農書全集」35巻を刊行した。/65年、米軍のベトナム北爆に抗議する集会の発起人となり、市民運動にかかわるようになった。「京都べ平連」代表として、毎月1回の定例デモなど反戦の取り組みを、パリ協定締結の73年まで続けた。/68年から12年間にわたり個人雑誌「朝鮮人」を発行、在日韓国・朝鮮人の無権利状態を告発し、市民権獲得に取り組んだ。指紋押なつ拒否への支援のほか、軍事政権下で死刑判決を受けた金大中氏の救援にも携わった。/87年には、入学・卒業式での「君が代」斉唱や演奏の強制は違憲だとして、京都市教委の元教育長らを相手にした「君が代訴訟」の原告団長となった。しかし一審、控訴審とも憲法判断を避け、請求は棄却された。】。
9月24日 渡辺雅男「階級論の復位 不平等・格差社会論を超えて」〔『情況』2005年10・11月号掲載〕。聞手・福田隆雄の問いに答えて【格差を論じる議論は大流行です。一般の生活感覚や危機感にも合致しているようです。でも、こうした議論に欠けているものが二つあります。一つは、歴史意識です。「かつては平等社会だったが、ここへきて突然、格差社会になった」というのが人々の一般的な受け止め方です。専門家の議論も、それを肯定するにせよ、否定するにせよ、この認識を前提に議論を組み立てています。しかし、よく考えてみれば、格差社会はいまに始まったことではありません。右肩上がりの成長の時代も、日本は厳然たる格差社会であり、階級社会だったのです。所得分配ひとつ取ってみても、七〇年代の日本はアメリカと同程度の不平等国だったことが、(故)石崎唯雄氏によって照明されています(石崎唯雄『日本の所得と富の分配』東洋経済新報社、一九八三年、その他)。現代の流行の議論はこうした研究史を省みることをしません。自分の生きている時代(=現在)がユニークだと考えたがるのは歴史意識を欠落させた人間の常です。〔…〕第二の点は、格差の広がりに対する幅広い認識です。社会の隅々にまで張り巡らされた不平等や格差を暴いていこうという意欲が流行の議論には見られないことです。教育機会や所得といったきわめて狭い範囲でしか問題が捉えられていないことが特徴的です。賃金、所得、福祉、資産といった経済的な指標だけでなく、政治参加(一票の格差)や権力配分(利益の政治的代表)をめぐる政治的な格差、教育だけでなく言語の運用能力(日本語の階層性!)や知的発達といった文化的な格差、その他、無数の社会的機会をめぐる不平等が明らかにされ、そのうえで全体的な不平等構造が問われてしかるべきではないでしょうか。】とする渡辺は【現在の格差論議は誰によって仕掛けられ、どのようなシナリオに沿って盛り上げられているのかを考えてみることも、この場合、意味のある作業です。/一九九五年に日経連は『新時代の日本的経営』と題する文書を発表しました。これは、雇用保障を高賃金のトレードオフとしてきた、それまでの日本的経営を見直し、多数の常雇用従業員を抱えていることによる固定費用の大胆な削減と、多様な雇用形態による労働者階級の格差拡大を積極的に容認する画期的な文書です。〔…〕まさに九〇年代からの日本の社会はこのシナリオに沿って進んできました。格差の拡大や、社会の階層化、貧困と富裕の両極分解などは日本の資本家階級にとって「想定の範囲内」の出来事にすぎないのです。逆に言えば、階層格差の拡大や格差社会の出現を前に、それに驚いてみたり、それを慨嘆したりするだけでは、このシナリオの演出を一歩も踏み越えることはできないのです。】と指摘している。
9月23日 ▼展覧会「佐倉・房総ゆかりの作家たち 浜口陽三と深沢幸雄」8月27日(土)−10月2日(日)、10:00−18:00、佐倉市立美術館、無料。【就学期(5歳から13歳まで)を銚子で過ごした浜口陽三(1909年−2000年)は、メゾチントという銅版画技法による静謐で詩的な作品によってサンパウロ・ビエンナーレ等において大賞を受賞しました。/また、市原市在住の深沢幸雄(1924年−)は、独学による多彩な銅版画技法をメキシコへ伝えた功績により、メキシコ政府より文化勲章を授与されました。/このように千葉県に関係する二人の作家は国内だけでなく、海外での評価が高いことでも知られています。/本展はこの二人の巨匠の作品を中心にして、同時期に活躍した池田満寿夫(1934年−1997年)等の作品を紹介、各作家の個性を比較し、その魅力について考えてみようというものです。】。▼「「東アジア出版人会議」発足」.09.15読売、【人文科学や芸術系の書籍に携わる日本や中国、韓国の出版人が集まった「東アジア出版人会議」が設立され、今月5日、初回の会議が東京で開かれた。/会議は日本から、岩波書店の前社長・大塚信一氏やみすず書房の前社長・加藤敬事氏、平凡社前編集局長の龍澤武氏が参加。設立の経緯について、加藤氏は「OBから見て、バブル崩壊後の日本の出版は閉塞(へいそく)状況にある。東アジアとの交流を進めることで、現在の出版界が外に開くきっかけを作りたい」と語る。/初回の会議には、中国と韓国からも計11人が参加した。/次回の会議は来年3月、中国・杭州で開催する予定。今後は、〈1〉国境を超えた出版情報ネットワークの構築〈2〉東アジアで共同出版ができないか〈3〉ヨーロッパより緩やかな著作権の基準を同地域で作れないか――など様々な問題について討議し、交流を深めたいとしている。】。「東アジア出版人会議:日中韓共同事業の実現、視野に−−初開催」.09.09毎日。
9月22日 展覧会「漂泊の天才ヴォルス 震える描線」9月13日(火)−10月23日(日)、9:30−17:00、川村記念美術館、800円。【川村記念美術館では、全館コレクション展示となるこの秋、館内の一室で漂泊の天才画家“ヴォルス”による銅版画30点と水彩画3点をまとめてご紹介します。/ヴォルス(1913-51)は、第2次世界大戦前夜の時代から50年代初めまでに、独特の感覚に満ちた絵画制作を展開し、戦後美術史にその名を不朽にした作家です。彼の油彩画は、絵の具をチューブから直接カンヴァス上にひねり出したり、一度塗った絵の具を引っ掻いて画面に傷跡をつけるなど、力強く素材感に満ちた画面作りを特徴とし、戦後ヨーロッパで花開いた「アンフォルメル(=不定形)」と呼ばれる絵画運動の先駆けとなりました。今回、展示される作品のなかには、一時期、パトロンとしてヴォルスを支えた哲学者サルトルによる著書『食糧』(『嘔吐』の抜粋版、1949年刊)の挿絵として制作されたものが3点含まれています。】。
9月21日 「打倒マイクロソフトを目指して - 金山がWPS Office 2005をリリース」.09.20 MYCOM PC WEB、【9月のはじめ、金山は北京市内のホテルで「WPS Office 2005」の正式リリースを発表、12日16時以降、その体験版を百日間に限り、同社ホームページと一万近くの提携サイトからダウンロードできるというキャンペーンを始めた。/今回の「WPS Office 2005」は、3年以上の期間と数千万元に上る資金を投入し、500万行以上のソースコードを書き直して出来上がった戦略商品だ。WindowsとLinux双方のシステムに対応しつつ、ほぼ完全なMicrosoft Officeとのデータ互換性を持つ。しかもサイズは20MB以下と小さいためインターネット環境に最適であるという。〔…〕】。「特別インタビュー:金山軟件 雷軍CEO」.09.15中国情報局 /「武侠家にしてプログラムの父〜金山軟件・求伯君」.09.02中国情報局 /「金山軟件:WPSオフィスのV6をリリース」.09.01中国情報局。
9月20日 「話し合うことが罪になる 共謀罪の新設に反対する市民団体共同声明」呼びかけ団体(9月15日現在、50音順):移住労働者と連帯する全国ネットワーク・共謀罪に反対する市民の集い実行委員会・原子力資料情報室・盗聴法(組対法)に反対する市民連絡会・盗聴法(組織的犯罪対策立法)に反対する神奈川市民の会・日本キリスト教団神奈川教区国家秘密法反対特別委員会・日本消費者連盟・ネットワーク反監視プロジェクト・反住基ネット連絡会・ふぇみん婦人民主クラブ・ピースサイクル神奈川ネットワーク・許すな!憲法改悪・市民連絡会、【●二度も廃案になった共謀罪の新設/話し合うことが罪になる共謀罪新設法案は、2003年の通常国会にはじめて提出されましたが、衆議院の解散のために廃案となりました。その後再び国会に提出されましたが、これも3会期にわたって継続審議となり、2005年の通常国会でようやく審議入りしました。しかし、国会議員、市民、法律家団体などの強い反対の声の前に審議は進まず、衆議院の解散により再度廃案となりました。/この経過のなかに、共謀罪新設法案がいかに問題法案であるかが示されていると言うことができるでしょう。にも関わらず、政府・法務省は、共謀罪の新設をあきらめていません。/●内心、言論・表現の自由を侵害する違憲の法案/共謀罪は、法律違反について行おうと話し合い、「合意」しただけで、その準備さえ始めなくとも処罰されるというものです。/対象となる法律違反は、殺人、誘拐などの重大犯罪のみでなく、万引きを含む窃盗罪、消費税法から道交法、水道法、公職選挙法まで実に広範で、約620種類にものぼり、市民生活のすみずみにまで関わります。/日常生活の中で法律に触れることを考えたり話し合ったりすることはあるものです。しかし、話しあい、合意することと、実際に行動することは全く別のことです。共謀罪は、憲法の保障する内心、言論・表現の自由を侵す違憲の法律です。/●全ての団体を対象にした取締法/政府・法務省は、共謀罪は組織的な犯罪集団を対象とするものとしていますが、法案では対象団体を限定しておらず、市民団体、労働団体など全ての団体が対象となっています。日本の判例では2人以上集まれば団体とされます。共謀罪は結社の自由を押しつぶす全ての団体の取締法です。/●犯罪の実行を処罰する刑法の原則を踏みにじる共謀罪/日本の刑法は犯罪が実際に行われ、被害が生じたときにはじめてその犯罪行為を処罰することを原則としています。共謀罪は、この日本の刑法体系を根本からくつがえし、これまでには考えられなかった、話し合っただけという段階で処罰されることになります。そうなると、誰でも処罰される恐れがあります。/●自由・人権・民主主義を守るために/共謀罪の対象は、話し合うことの内容です。犯罪が生じていないのに共謀を立証するためには、室内盗聴をはじめ盗聴法の適用が拡大されることは必至です。警察の権限が拡大し、対象団体へのスパイの潜入や密告の奨励など市民相互の信頼が失われ、厳しい監視社会となって行きます。自由に考え議論したり、まして政策批判をすることもできなくなってしまうと私たちは危惧します。共謀罪の新設は、自由と人権と民主主義の死をもたらすでしょう。/私たちは、話し合うことを処罰する共謀罪の新設を絶対に許すことはできません。政府・法務省が共謀罪の立法化を断念することを強く求めます。】。
9月19日 「特集:検証・米ハリケーン来襲(その1) 超大国に自然の牙 初動遅れ、致命的」「特集:検証・米ハリケーン来襲(その2止) 危機感欠き、被害拡大 警告軽視あだに」.09.19毎日 /「『カトリーナ』が米国に残したもの ルイジアナ州立大・賀茂美則准教授に聞く」.09.14東京新聞(特報)。
9月18日 「先見日記」09.06付に、飛幡祐規「カトリーナによって見えたもの」。【驚いた。いつか話したゾンビの映画(ロメロ監督の『ランド・オブ・ザ・デッド』)のような光景がテレビに映っている。そう、カトリーナにみまわれた市街の惨状だ。あれはホラー映画ではなくて先見ルポだったのか、と複雑な思いがする。/ハリケーンによる大災害はアメリカ社会の内情や弱みを露呈した。〔……〕これが「自然災害」などと言えないことは明らかだ。9月2日のニューヨーク・タイムズに載った経済学者クルーグマンの記事を読んでみてほしい(邦訳つき:http://stjofonekorea.blog6.fc2.com/blog-date-20050903.html)。地元のタイムズ・ピカユン紙は、2002年に特集を組んでハリケーン災害の被害を推定し、逃げられない人びと(車を持たない貧困層、高齢者、障害者)を脱出させるバスの不足なども指摘していた(http://www.nola.com/)。/ブッシュ以下の統治者たちが、大多数黒人の貧困層や弱者を気づかわなかったのは、涙声で訴える彼らの惨状が全世界のテレビに映し出されるまで、国内にもいる貧しい人びとのことを考えたためしがなかったからだろう。奴隷制以来の人種差別の歴史も背景にあるだろうが、中・上流と貧困層が二極分解化した現在、貧しい人びととまったく接触のない統治者には彼らが「見えない」のだ。レーガン以来の社会福祉の縮減と自由競争の謳歌により、彼らにとって貧困層・弱者は存在しなくなった。萱野稔人氏が『国家とはなにか』(いとうせいこうさんの8月1日の日記で紹介)でドゥルーズ=ガタリの説をもとに指摘しているように、現在の「国家は、住民全体の生存の『面倒をみる』ような役割を放棄または喪失していく」(269ページ)のだ。/国内の批判が高まってきたので、ブッシュと連邦政府はようやく救援に腰を入れだしたようだが、これが数週間や数ヶ月の緊急事態ではないことがわかっているだろうか? すべてを失った人々が、テキサス州にはすでに23万人避難した。数十万人もの避難民は、これからどうやって生きていくのだろう? 乳幼児、病人、高齢者などのケアや、子どもの学校はどうなるのだろう? 住む場所と仕事をどうやって見つけられるのだろう? ヨーロッパで戦争の際に大規模な人の移動が起きたときのことを思うと、今回のハリケーン災害は戦争に匹敵するクライシスだろうと想像がつく。統治者と呼ばれる人々がやるべきことは、ガソリンをしばらく節約しましょう程度の勧告や復興の口約束ではなく、長期的で全面的なビジョンにもとづいた避難民対策をたてることだろう。でもアメリカの歴史には、ネイティヴ・アメリカンを強制的に居住地に閉じこめたこと以外には、大勢の避難民が移動した経験がない上、ブッシュと行政は被災者の救助体制をたてるより先に、食料などを略奪する人間を「撃て」と命じたのだ。人命を救わずに国家の暴力で私有財産を守ることが、統治者たちのいう「民主主義」の本質だって、見えた?/同様に、「小さい政府」というネオリベ路線とナショナリズムをミックスさせた統治者の、「命をかけて」みたいな空虚な言葉を信じたらほんとうに危ないよね。】。
9月17日 『アキバカルチャー解体新書』2005年9月、あおば出版(あおばMOOK)に、(4000字ロングインタビュー)大槻ケンヂ「「萌え〜」を語る!」。【大槻 ボクはオタク的ではあるけれど、オタクとは違う人生を歩んできたところがあって、オタクの人にちょっとコンプレックスがあるんです。深く物事にハマれない自分という存在を悔しく思うことがあるんですよ。/だから、何かに深くハマり過ぎて社会性をなくし、女性とのコミュニケーションもうまくいかなくなってしまったオタクたちの歪んだ支配欲が、メイド服に向かったとき、それを「萌え〜」と呼ぶのかな……、とそんな差別的なことを考えたりもするんですけどね(笑)。〔……〕/――「オタク」と「マニア」という言葉に違いは感じられますか?/大槻 社会性の「ある」「なし」だと思います。あとは、巨額のお金を生むか生まないかということ。社会性があって商売にならないのが「マニア」で、社会性がなくて、莫大なお金を生むのが「オタク」。/「萌え」も含め、セクシャルなことに結びつくオタクは「産業」と成り得る。お金を生むじゃん! という構図が90年代から現れてきたと思いますね。今や世界に広がっているオタク文化の凄さは、そこらへんにあるんじゃないかと思いますね。巨額のお金を生むというあたりにね。/でも、マニアというのは、地道で、逆にセクシャルなところから逸脱した、世捨て人的なところに面白さを求めるから、お金があまり大きく派生しないんじゃないかと思います。〔……〕/――そこまで大規模になってもオタクと呼べるんでしょうか?/大槻 本来の、自分の中に閉じこもるような内面世界を最優先するはずの「オタク文化」が、大企業により大多数の人たちに受け入れられるような大衆文化になる、という逆転現象を起こしてしまいかねないですね。/大きくなりすぎて「産業ロック」なんて言われるようになってしまった80年代のロック界もそうだったですからね。本来、競争主義社会の階級闘争に組み込まれないために逸脱し、ロックをやっていたはずが、地位や名誉やお金を得るための道具にされてしまったという過去があり、「それじゃ、いかんのじゃないか!」ということになって、パンクなどが出てきたという経緯がありますからね。サブカルチャーがメインカルチャーになって、そこからまたカウンターカルチャー(対抗文化)が突出するという現象が起こる。今のアキバオタクの世界もメインカルチャー化し、ビッグビジネスになってしまったんで、そこから、突き抜けた訳の分からないようなものが出てこないとまずいですよね。そうしないと世のオタクは資本主義の手先にされちゃう!(笑)】。
9月16日 ▼「若き日の血判状と対面 元兵士ら平和への思い新た」.08.24朝日、【海軍厚木基地の兵士98人が終戦直後、徹底抗戦を誓ってしたためた血判状が山梨県内に保存されていた件で、血判をおした愛知県在住の元兵士らが23日、山梨県笛吹市の笛吹市春日居郷土館を訪れた。60年ぶりに署名と対面した元兵士らは、終戦直後の動乱期に若い自分たちがとった行動を感慨深げに振り返った。〔…〕】。▼「デモ:マッカーサー将軍像前で保革の団体が衝突」.09.12毎日、【仁川(インチョン)上陸作戦(1950年9月15日) 55周年を4日後に控えた11日、マッカーサー将軍の銅像がある仁川・中(チュン)区・自由公園で、銅像撤去を主張する団体がデモを行って警察と衝突、デモ隊と警察双方に負傷者が続出する乱闘騒ぎが起こった。】/「米軍強制占領60年、マッカーサー像 仁川で撤収、撤回求める集会」.09.13朝鮮新報 /「マッカーサー銅像「死守−撤去」保守と進歩が衝突」.09.12中央日報 /「【社説】マッカーサーは自由民主主義を守った功労者」.09.11中央日報 /「理念攻防に巻き込まれたマッカーサー銅像」.09.12東亜日報 /「[社説]仁川上陸作戦を考える」.09.15東亜日報 /「マッカーサー将軍像前で保革の団体が衝突」.09.12朝鮮日報。/「「マッカーサー銅像を死守」…仁川上陸作戦55周年記念行事」.09.15中央日報 /「盧大統領「マッカーサー像撤去に反対」」.09.14中央日報 /「海兵隊戦友会が「マッカーサー将軍像死守決議大会」開く」.09.16朝鮮日報 /「海兵隊戦友会「マッカーサー将軍像を死守!」」.09.11朝鮮日報。
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