読書録 2005年8月後半(敬称略)

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  • 8月31日 「米、貧困層が4年連続増加・04年は3700万人に」.08.31日経(共同)、【米政府が30日発表した2004年の家計調査によると、米国の貧困層は前年より110万人増の3700万人に達し、4年連続で増加した。総人口に占める貧困層の割合を示す貧困率も前年より0.2ポイント上昇、12.7%となった。/米景気は緩やかな拡大が続いているが、現時点では貧困層全体の減少にはつながっていない。アジア系ではやや貧困率が低下したが、白人では上昇した。/貧困層は、4人家族で年収約1万9000ドル(約211万円)以下の場合など、家族構成などによって細かく定義されている。】。ソースと詳報は「暗いニュースリンク」に。関連読書録:08.05付

  • 8月30日 『朝日新聞』05.08.28付(オピニオン:9.11総選挙なにが論点 追悼・歴史認識とアジア)に山室信一「信頼醸成には立法府も責任」(聞き手・三浦俊章)。【――しかし、首相の靖国参拝に拍手を送る国民も少なくありません。/「グローバリゼーションの進行で国民国家の枠が壊れ、それを回復したいという力が働いている。勝ち組、負け組が明確になるなかで、セーフティーネットもなく、自分が根こぎにされているという喪失感を補償するために、靖国神社に国民的一体感を求めている側面もあると思う」/――靖国神社は、戦死者の追悼の問題が絡みます。/「国民皆兵の時代に、国家が無償で戦場に国民を赴かせた。戦死者を永遠にまつって欲しいという遺族の方の気持ちは分かる。しかし、戦前の日本は朝鮮半島や台湾を植民地とし、中国を侵略した軍事国家だった。A級戦犯を合祀したことを国内問題だから干渉するなとは言えない。国際的な戦後処理問題だ」】【――アジアでもナショナリズムが噴出しています。/「アジアのナショナリズムには、一定の経済的安定と時間を経て、ようやく自国の近代史を直視し始めたという側面がある。韓国の過去究明事業は、遺骨収集など戦後処理ともかかわっている。それをすぐ反日ととらえるのではなく、遺骨返還などを日本も積極的に行い、双方が過去の事実を知る機会としたい。中国の抗日戦争記念館も改装されて、南京虐殺のジオラマを撤去し、国交正常化以後の日中関係を重視する展示を増やすなど歴史認識の模索も始まっている」】【――アジア外交をどう再構築すべきでしょうか。/「日本という国は、自らを小国あるいはミドルパワーと思っているときは、周囲に配慮して注意深い外交をするが、大国意識を持つと失敗する。日露戦争後の一等国意識が先の戦争につながった。いまは世界第2位の経済大国の意識と、中国に脅かされるという危機感とが複合して、慎重さと自制心を失っている」/――具体的にどんな取り組みが可能でしょうか。/「未来志向も、過去の問題をなおざりにしては共感されない。強制連行や軍票などの訴訟に対して、司法は戦前日本の国家無答責原則や除斥期間などを理由にはねつけている。これは立法府が取り組む外交問題だ。米議会は戦争中の日系人収容所問題で謝罪し補償した。それは米国の民主主義の評価を高めた。中国に遺棄した化学兵器など、未来に禍根を残さないように早急に処理すべきだ」】。

  • 8月29日 「対日請求 40年の温度差 日韓交渉の外交文書公開」.08.28東京(特報)/「韓国:日韓交渉、外交文書を全面公開 朴議長「6億ドル以下拒否」 経済協力額を指示」「韓国政府:日韓条約文書の全面公開 政権の透明性優先、日本との摩擦懸念も」「韓日協定文書:史上初の全文公開」.08.26毎日 /「韓国:外交文書公開 よみがえる攻防」「韓国:外交文書公開 強制連行被害者支援へ、未払い賃金の補償検討」.08.27毎日 /「日韓条約:竹島めぐる交換公文、予定45分前に署名決断−−佐藤元首相」「日韓条約:正常化交渉、大物右翼の故・児玉誉士夫氏が暗躍−−接触相手を詳細に助言」.08.28毎日 /「韓国、日韓交渉の外交文書公開…竹島爆破発言も」.08.26読売 /「従軍慰安婦問題 韓国、日本政府追及へ」.08.27中日 /「強制動員被害者を積極支援 韓国政府が方針」.08.26朝日 /「韓国、竹島で第三国調停案 日韓交渉の外交文書公開」.08.26福島民報(共同)/「「大平・金メモ」も―韓国政府、日韓外交文書を全て公開/国交正常化交渉のやり直しは否定」.08.26世界日報 /「日韓国交正常化外交文書 韓国政府が全面公開/早期決着求めた 米強い圧力明らかに」.08.27しんぶん赤旗 /「韓日協定の外交文書を公開 …日本に法的責任問うことに」.08.26中央日報 /「<韓日協定文書公開>「韓国近代化寄与…日本も補償受けねば」」.08.27中央日報 /「【社説】反人倫犯罪と日本の法的責任」.08.28中央日報 /「政府「日本政府の責任残っている」 韓日協定文書公開」.08.26朝鮮日報 /「日帝徴用被害者を政府が支援」「事実上の韓米日会談」.08.27東亜日報。

  • 8月28日 ▼天木直人「私が決意をした理由」、【今回、私が決意をした理由は次の二点である。/一つは、今度の選挙の真の争点は、郵政民営化法案の是非などという事ではなく、米国に従属し続けて日本という国を戦争国家にするのか、それとも平和国家日本をとりもどすのかという国家の命運を賭けた選択にあることを訴えたかった。〔…〕今回の選挙で小泉政治が追認され、戦争国家米国の命ずるままに「テロとの戦い」に参戦し、米軍再編を許してしまえば、取り返しのつかないことになる。平和憲法は捨て去られ、世界が期待する平和国家日本が崩壊する。それでいいのか。過去と未来の国民に我々は胸を張れるのか。/もう一つの理由は小泉首相がもたらしたこの国の政治の崩壊である。小泉首相は自民党をぶっ壊すと叫び続けた。何のためにそうしたのか。〔…〕】。→天木直人プロフィールボード。▼「長谷川桑知子展」9月26日(月)−10月1日(土)、12:00−19:00(最終日は17:00)、Space Kobo & Tomo(巷房、Tel03-3567-8727、東京都中央区銀座1-9-8奥野ビルB1F)。

  • 8月27日 『ユリイカ』2005年9月号が“水木しげる”を特集、イルコモンズ「びびびのねずみ男をめぐる冒険」。【〔…〕僕がいいたいのは、水木にとってのねずみ男や村上にとっての羊男のように、僕らはそれぞれ自分の分身を自分の手でつくり、それを通じて見えない世界に繋がることをはじめなければならないということだよ。その見えない世界は、なにも霊界でなくたっていいし、失われたものの世界でなくてもいい。なんだっていいんだ。とにかく自分が生きているいま・ここにある世界だけでなく、いま・そのそとにある他者たちの世界に繋がり、それについての想像力を持つことをはじめてゆかなければならないということだよ。例えばそれは、空爆でこの世から消された人びとでもいいし、その巻き添えを喰ったもの云わぬ動物や植物たちでもいい。あるいは、自分のものでありながらまだ気づいてない見えざる情動でもいい。日本が再び戦争をする国になった時に徴兵にとられることになる者たちのことでもいい。あるいは、一日たった一ドルで暮さなければならないゲゲゲの下の生活を強いられている人々のことだっていい。そうした消された人々や見捨てられた存在、そして、いつも見過ごされ、のけものにされ、ばけもの扱いされ、見殺しにされているものたち、人権や国籍をもたない無数の見えないゲゲゲの他者たちの存在をリアルに想像し、それに繋がるための自分の配電盤を持たなければならないということだよ。そしてそれを、漫画でも小説でも音楽でも演劇でも詩でも何でもいい、使えるものは何でも全部使い、それらを組みあわせ、混ぜ合せ、繋ぎ合わせ、あらゆる機会をとらえて表現すること。そうしなければ、僕らは、一握りの“見えない方々”にこき使われ、それが支配する帝国のシステムと権力にどんどん引きずりこまれていって、繋ぎあわせる思考の自由を奪われ、やがてそれをすっかり失う羽目になる。〔……〕ねずみ男を駅の飾りや街のシンボルにするのもいいけど、大切なのは、ねずみ男の姿かたちなどではなく、ビビビとこちらの身にまで響いてくるあの往復ビンタのようなキビシイ批評の態度であり、僕らと他者とを繋ぎ合せる配電盤としてのはたらきの方だと思うのだけど、どう思う?】。

  • 8月26日 「強制連行の謝罪求め勧告書 中国弁護団、日本企業に」.08.24神戸新聞、【【北京24日共同】太平洋戦争中に強制連行された中国人元労働者が日本で起こした損害賠償請求訴訟を支援している「強制連行対日賠償中国弁護団」は24日、三井鉱山と港湾運送業リンコーコーポレーション(旧新潟港運)の北京事務所をそれぞれ訪れ、元労働者が求めている「謝罪と賠償」に自主的に応じるよう求める勧告書を提出した。/勧告書は「時効などを口実に責任逃れをしている」と企業側を非難、中国で企業活動を発展させるためにも「元労働者らへの誠実な対応が必要」と指摘した。】。「第17回朝鮮人戦争犠牲者追悼会 「遺骨返還のため努力」」.08.25朝鮮新報、【第17回朝鮮人戦争犠牲者追悼会が22日、東京・目黒の祐天寺で行われ、同胞と日本市民ら約40人が参加した。/追悼会では犠牲者の冥福を祈って法要が行われたのに続き、下山房雄・前下関市立大学学長、西澤清・東京朝鮮人強制連行真相調査団日本人側共同代表をはじめ4人が発言。西澤清共同代表は、今月15日、平壌で遺族らと会ったことに触れながら、遺族らの苦しみについて述べた。そのうえで、日本政府が礼を尽くして遺骨を遺族のもとに返還するよう、今後も頑張っていきたいと語った。/つづいて参加者らは納骨堂で、遺骨が納められた経緯と返還問題についての説明を受けた。/祐天寺には、浮島丸爆破事件をはじめ、旧日本軍の軍人軍属として犠牲になった朝鮮人らの遺骨、1134柱が安置されている。その多くは創氏改名による日本名のままだ。】。

  • 8月25日 「「慰安婦」被害女性ら 問題解決求め内閣府に56万人分の署名提出」.08.23朝鮮新報、【南朝鮮の日本軍「慰安婦」被害者たちが12日、参議院議員会館(東京都千代田区)で記者会見し、「慰安婦」問題など日本の過去の清算を求め、世界各国から集まった署名約56万人分を日本の内閣府に提出し、問題解決を訴えた。「韓国挺身隊問題対策協議会」の代表と日本の国会議員らもともに参加した。さらに同日、東京・表参道のウィメンズプラザで報告集会「『慰安婦』問題の即時解決を!−日本政府は被害者の声に答えよ!−」(呼びかけ=戦後60年 日本軍「慰安婦」問題緊急行動ネットワーク)が行われ、被害者ハルモニたちの被害体験を聞き、問題解決のための話し合いが行われた。〔…〕】。関連:「戦後60年、日本軍「慰安婦」問題緊急ネットワーク WEBサイト」

  • 8月24日 「朝鮮人の強制連行犠牲者、225人分の名簿が福島に」.08.23朝日。「「強制連行死者225人」/埋葬場所明記の名簿公開」.08.23秋田魁新報、【在日朝鮮人らでつくる福島県朝鮮人強制連行真相調査団は23日、強制連行され福島県内で死亡または埋葬されたとされる朝鮮半島出身者225人の氏名や遺骨を保管している寺の名などが明記された名簿を初めて公開した。/名簿は、福島県が1958年3月に作成したと記され、1941−53年に死亡した人の本籍地や死因も詳細に記録されている。調査団は「都道府県が調査した遺骨の名簿は福島県にしかない。貴重な資料だ」と話している。/調査団によると、当時、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)福島県本部の要請を受け県が調査。名簿は同県本部に提供されロッカーに保管されていたが、最近になって調査団中央本部の分析で第1級の資料だと判明したという。】。関連:「遺骨放置、所在不明のものも 総数7000体以上 日本政府は全面調査を」/ 空野佳弘「被害者との溝埋める努力を」/ 洪祥進「信頼回復の第一歩に」.08.23朝鮮新報。

  • 8月23日 ▼8月22日、ヤフーはネットラジオ型の無料音楽配信サービス「Yahoo!ミュージック サウンドステーション」を開始。▼承前、上野昂志『戦後60年』。“冷戦の終結”の項、【最近になって、自民党の代議士が、東京裁判を見直せなどといっているが、それをいうなら、彼はアメリカに対していうべきなのだ。アメリカに向かって、日本はあれを大東亜戦争として戦ったのであり、そんときは少なくとも欧米の帝国主義に対する抵抗戦争と信じていたのだというなら、わたしは彼を応援してもいい〔…〕。ところが、そうやって大東亜戦争を肯定しようとしながら、彼らはグロテスクに転倒するのだ。それ以前の日中戦争、少し遡って一九一〇年韓国併合以来の、侵略や植民地化した現実をすべて糊塗して帳消しにしてしまおうとするのである。これは、弱者のルサンチマン以外の何ものでもない。東京裁判を否定しようと欲しながら、強者であるアメリカを批判できないために、日本が犠牲を強いた韓国・朝鮮や中国に対して居直るのだから。そこには、抜きがたいまでのアジア蔑視がある。/これでは、韓国や中国だけでなく、アジア諸国の信頼など得られるはずもない。蔑視には、蔑視を持って返すしかないからだ。でなければ、憐みをもって蔑むか。アジア人ならおそらく後者の態度を選ぶだろう。その点では、冷戦体制の終結後十数年を経て日本が辿り着いたのは、相変わらずの「脱亜入欧」だったといってもいい。だが、そこには、明治の日本人がほとんど裸同然の格好で世界史の舞台に上がり、「優等生」らしい選択だったとはいえ「脱亜入欧」を選択したときほどの真摯さも、それがとりあえずの選択でしかないという自覚も、アジアに対する素朴な同胞意識も、皆無なのである。明治の「脱亜入欧」は、岸田秀によれば、日本近代の分裂症状の現れということになるが、少なくともそれを選んだときは必死だったのだ。しかし、いまは、経済的な「大東亜共栄圏」に依存しながら勝手なダボラを吹いているにすぎないという意味で、端的に醜いだけだ。/かつての大東亜共栄圏が悪夢としてあるのは、アジアでありながら、アジアであることを受け入れまいとしてやってきて、欧米世界の壁にぶつかったときに苦し紛れにアジアを利用してきた歴史があるからだ。しかも、その事実を消し去ろうとするから、それは何度でも悪夢として回帰してくる。だが、この悪夢を終わらせるのに、さして難しい手だてはいらない。みずからの生きてきた歴史を、あるがままに見つめ受け入れることである。〔…〕】。強く同感! 関連:読書録05.05.12付(前田年昭「アジア主義の過去と現在」)。

  • 8月22日 承前、上野昂志『戦後60年』。“日本国憲法と東京裁判”の項、【東京裁判、正式には極東国際軍事裁判は〔…〕これは、アメリカ占領軍の対日占領政策の一環として行われたということである。/そして、このことは、天皇を最初から訴追対象にしなかったということにも端的に現れているといえよう。〔…〕/さらに、それを別な角度から示しているのは、判事の人的構成であろう。〔……〕ここで裁かれたのは、太平洋戦争であって、大東亜戦争ではなかったということだ。裁判を主導したのはアメリカ流の太平洋戦争史観であって、そこからは大東亜戦争は抜け落ちたのである。/これは〔…〕日本の起こした戦争の性格を一面化するものだったという点で重大である。つまり、米英の側から見れば「太平洋戦争」であっても、日本はこれを「大東亜戦争」として起こしたのである。そして、大東亜戦争というのは、理念からいえば欧米列強によるアジアの侵略と植民地主義から、アジアを解放しようとするものだったのだ。むろん、その理念は現実によって裏切られた。というよりは、最初から現実の泥にまみれていたというべきであろう。アジア諸国からすれば、日本ももう一つの侵略者でしかないということだ。とくに日清戦争における台湾、日露戦争における朝鮮をへて中国大陸へと歩を進めた明治以降の日本は、侵略された側からすれば、もう一つの新たな帝国主義にほかならないといえよう。従って、アジアの側から、大東亜戦争の理念など、侵略のための口実でしかないといわれるのはやむを得ない。しかし欧米から、それを非難されるいわれはない。より客観的にいって、それは先進帝国主義と後発の帝国主義との間の植民地争奪戦にすぎないのである。〔……〕/だが、もっと重要なことは、東京裁判がこのように大東亜戦争を切り捨て、アジアからの視点を欠落させたまま、アメリカの太平洋戦争史観によって進められたということを、当時の日本人のほとんどが意識することなく受け入れたということである。〔…〕/これは、いうまでもなく、日本人の戦後意識に重大な欠落をもたらすことになった。つまり、アメリカ流の太平洋戦争史観を日本人も受け入れ、東京裁判の判事席やや検事席に並んだ人々のみを勝者として認めたのだ。それによって大東亜戦争の記憶を水に流すと同時に、自分たちが真に被害を及ぼしたアジアの人々を忘れたのである。憲法九条における戦争放棄が一国的な平和主義として閉じられてゆき、それに依拠した平和運動が、「過ちは二度と繰り返しません」というようなわけのわからない標語に集約される遠因はそこにあったのだ。】。

  • 8月21日 鵜養透写真展「終着駅から 広州火車站・1997」8月5日(金)〜28日(日)、ギャラリー・エフ(東京都台東区雷門2-19-18、TEL.03-3841-0442、FAX.03-3841-9079)。【80年代末から、中国では数千万の人々が豊かな暮らしを求めて農村部から高度成長に沸く大都市に流れ込み始めた。経済開発区を擁する華南最大の都市・広州は、その最たる都市だった。だが、頼る人も、泊まるところもなく、終着駅・広州駅(広州火車站)の駅前で日々を暮らした人々も数多くいた。その数は5万人にも上り、ピーク時には10万人を超えたと言われている。/鵜養透は、広州駅前で人々の渦をさまよいながら、夜毎、シャッターを切り続けた。希望とあきらめが交差するざらついた空気のなかには、ただ生きる人間の姿がある。混沌、うつろになりゆく意識。レンズを通過した光は、悪夢のような美しさをフィルムに焼き付けた。/1998年に『第7回写真新世紀展』で奨励賞を受けたシリーズに未発表作品を加えた約60点で構成。東京と上海を拠点に活動する写真家・鵜養透、初めての個展となる。】。

  • 8月20日 上野昂志『戦後60年』2005年8月、作品社。“全共闘運動”の項、【〔…〕デモは数として、これだけの人間がそれを望んでいるのだからそれを政策なり何なりに反映せよという形で、目的と結びつけられる。ところが、全共闘運動というのは、そのような手段としてのデモやストライキを超えようとしたのだ。行動そのものを目的化してしまったのである。〔……〕システムに対するに対する異議申し立ては、ここで、システムというもの自体への異議申し立てに転化する。システムという存在そのものを拒否あるいは無化しようというわけだ。/全共闘運動に本当の意味でのラディカリズムがあるとすれば、この点においてである。〔…〕それはむしろ政治のダダイズムとでも呼ぶべきものだったのである。バリケードは、つまりオブジェだったのだ。〔…〕/これを、シニフィエ(意味内容)を欠いたシニフィアン(意味作用)であるといってもいいが、全共闘運動が、それを政治の局面に突き出したことは十分に評価されてしかるべきだろう。なぜなら、それは、常に何らかの目的なり効果なりに縛られている政治的な行動をそこからそこから解き放つと同時に、政治を成り立たせている運動の力学そのものを、その文脈から解き放つからである。いわば、それは政治それ自体に対する批判だったのだ。だが、全共闘の学生たちが、そのことに十分自覚的だったかといえば、決してそうではない。そのような裸の記号と戯れるよりはむしろ、そこに別な意味を充填しようとしたのである。それを、一言でいえば、実存主義ということになるだろう。〔……〕たんなる反対のための意思表示でもなく、といって、それを数量として示すことで何らかの結果を引き出すというのでもないとしたら、圧倒的な力に対してみずからをぶつけるしかなく、そのとき実存のイチゴが選ばれたとしても、無理からぬことであった。/と同時に、ここには、彼らの思考を支えた戦後思想の水準が露呈してもいたのである。つまり、それは、初期マルクスを中心にした実存主義的なマルクス主義であり、疎外論である。これはある意味で戦後の主体性論から尾を引いているといってもいいが、それが彼らに容易に実存という言葉を口にさせたのだ。しかし、これは明らかに彼らのオブジェとしてのバリケードや演説や「立て看」と背反する。それらの意味を無化する物質的な記号を、実存という意味によって満たしてしまうからだ。ところが人は、無・意味に耐えるよりは、意味に充足することを選びたがるようで、全共闘も例外ではなかった。彼らは、彼らが無意識にやった行為を、それ自体として考えずに、たまたま見いだされた実存を倫理主義的に追いつめる方向に傾斜していくのだ。そのとき政治的ダダイズムは、芸術の場合と同様に、その朗らかな表情を失って内向してゆくのである。】。

  • 8月19日 集英社の読書情報誌『青春と読書』で2005年5月号から連載中の、鈴木道彦「越境の時 一九六〇年代私記」の第五回・李珍宇と小松川事件(2)〔2005年9月号〕。【人はどんなに悲惨な状況を聞かされても、一向に心の動かない場合がある。アルジェリア戦争では、現地人の一割、約一〇〇万人が犠牲になったといわれるし、現在進行中のイラク戦争でも、一万数千人(ある調査によれば一〇万人)のイラク人が死んだといわれてからだいぶ経つ。しかし、そうした数字がまるで他人事のように響くことも少なくない。相続力の乏しいわれわれは、どんな数字を並べられても、無神経に平然と安穏な暮らしを続けることができるからだ。】。しかし、李珍宇と朴壽南との対話への出会いをきっかけに在日朝鮮人と民族の問題を考え始めたという鈴木は【もちろんアルベール・メンミの言葉にもあった通り、民族と民族の関係においては、個人としては何の罪もなくとも、抑圧する民族の一員である限り人は集団的な責任を負っている。しかも在日朝鮮人の存在が日本によって作り出されたものである以上、当の日本人がこれを取り上げて発言するのは、きわめて不遜なことかもしれない。在日朝鮮人のなかには、自分たちの問題に踏みこんでくる日本人に不快な印象を与えられる人もあるだろうし、こんな手軽な言葉で扱われてはたまらない、という気持を抱く人もいるかもしれない。それは私にもよく分かっていた。しかしその境界を越えられないものと認めてしまえば、理解の手がかりは得られない。私には、事柄に関心を持つためにまず共感が必要だったが、その共感がある限り、相手の実存にまで踏みこむことも可能に思われた。たとえ抑圧関係によって隔てられていても、その境界を越えることができるのではないか。いわば「越境」も可能ではないのか。それは一つの想像力の問題ではないか。それがこのころの私の課題だった。/考えてみれば、文学作品の理解も、一つの「越境」である。私は「プロローグ」で「魂の交流」などと書いたけれども、これもはなはだ不遜なことだし、とんだ錯覚かもしれない。しかし読者は錯覚を覚悟で、作品の内部に踏みこもうとするものだ。では、一個人の内面に踏みこむことは可能だろうか? ましてそれが在日朝鮮人の場合には? 私はやはり、可能だと思いたかった。こうして私は自分の共感のみを頼りに、李珍宇がどんなふうに犯罪に至ったかを、なんとか理解しようと試みたのだった。】と書いている。

  • 8月18日 ▼陳湘安「世界反ファシズム協力の歴史的経験」2005.08北京週報No.33。▼8月10日、日本軍「慰安婦」問題の解決を求め、市民による世界同時行動が、東京、ソウル、マニラ、サンフランシスコなどで日本政府や在外公館に対する集会やデモとして取り組まれた。在サンフランシスコ日本国領事館前における「日本軍性奴隷制度被害者に謝罪と補償を!」第二次世界大戦終結60周年世界60都市同時集会・デモのもようをアジアプレスネットワーク(APN)が伝えている。「辛淑玉の現地報告 闘う人たちよ、あなたは一人ではない」.08.14 /「河庚希の緊急報告〜サンフランシスコより」デモの様子[動画].08.15。【解放(終戦)60周年 日本軍「慰安婦」問題解決のための世界連帯の日 声明 「日本軍‘慰安婦’被害者に正義を!」Justice to the victims of Military Sexual Slavery by Japan !/・解放(戦後)60周年、日本軍「慰安婦」に正義を!/・日本政府は国連勧告に従い日本軍「慰安婦」被害者に法的賠償を実施せよ!/・戦争犯罪の精算なき日本の国連安全保障理事国常任理事国入りに反対する!//ドイツと日本によって引き起こされた第2次世界大戦で、残酷な人権蹂躙と人間の尊厳の抹殺を経験した世界は、戦争終結後、二度とこの地に戦争が起きないことを願った。その後60年、ドイツはナチスドイツの戦犯らを探し出して処罰し、被害者に物質的、精神的賠償を実施するなど、戦争犯罪に対する法的責任を果たし、類似犯罪の再発を防止するために努力してきた。しかし、日本軍の戦争犯罪は戦後60年になる今日まで、真相究明も、犯罪者処罰もなされないまま、歴史の中に隠蔽されてきた。被害者らは謝罪も、法的賠償も受け取ることなく、傷を抱え苦痛に満ちた60年を生きてきたのである。〔……〕/私たちは今一度、世界市民の力で、戦争中に苦痛をなめた日本軍「慰安婦」被害者たちの解放を宣言する。日本軍国主義によって人権と名誉を蹂躙され、生きる権利を根こそぎ奪われた性奴隷被害女性たちに正義を回復しようとするものである。60年もの苦しみの歳月、傷まみれの歴史を克服し、希望に向かって、真に解放された世界に向かって進もうとするものである。/1. 日本政府に要求する。日本は、無数のアジアの人々を拉致、虐殺し、強制労働で人権を蹂躙し、女性を性奴隷として利用し、人生を根本から踏みにじった過去の犯罪に対し反省しているのだろうか? 反省も、法的責任も負わずに、日本軍性奴隷被害者に謝罪と賠償をせよとの国連勧告を遵守することもなく、国連安保理常任理事国になって世界の平和を論じることができると考えているのだろうか? 私たちは、世界市民の力で反対する。戦犯国である日本政府には、国連安保理常任理事国になる資格が無い。日本政府はまず、過去に犯した日本軍性奴隷犯罪とあらゆる戦争犯罪に対する真相究明と謝罪、法的賠償を実施せよ! そして再びこのような犯罪を犯さないように正しい歴史教育、追悼施設の建設等を推進せよ!〔……〕/2005年8月10日/解放(戦後)60周年、日本軍「慰安婦」問題解決のための世界連帯の日 参加者一同】。

  • 8月17日 宮嶋博史「東アジアにおける近代化、植民地化をどう捉えるか」〔宮嶋博史・李成市・尹海東・林志弦 編『植民地近代の視座 朝鮮と日本』2004年10月、岩波書店、所収〕。宮嶋は伝統との断絶と連続の両側面を世界史的にどう位置づけることができるのかという視点から東アジアの近代、近代化を再検討する。【東アジアの初期近代が一六世紀に始まるとすれば、一九世紀中葉からのいわゆるウェスタン・インパクトは、第二段階の近代の始まりを告げるものであった。〔…〕強調しておきたいことは、第二段階の東アジア社会にも、初期近代の刻印が強く刻まれたことである。そしてそれはある意味では当然のことなのであり、この刻印に由来する東アジアの特徴を、欧米に対する後進性と捉える従来の傾向を批判しなければならない。/こうした立場に立つとき、伝統と「近代」の連続性が重視されることになるが、そこでもっとも重要なのが、朱子学的伝統の正負の遺産を総合的に位置付けることである。朱子学的理念に基づく国家・社会体制は、経済的・社会的には欧米的近代にきわめて適合的な面を有していた。欧米的近代化に際して基本的な問題の一つが、旧来の特権的貴族層をいかに排除していくかということにあるとすれば、朱子学的体制は当初から貴族層の存在を否定することによって、欧米的近代をある意味では先取りするものであった。ヨーロッパが近代的官僚制を作る過程で、中国の科挙試験がその模範と見なされたことは(「明治」以後の日本も同様である)、そのことを象徴している。一九世紀後半以後の東アジア各地域で行われた土地改革において、ヨーロッパ以上に「近代的」な土地制度が迅速に確立されたのも、以上のような脈絡で理解することができる。/しかし他方で、朱子学的体制は君主権の絶対性や、その独特の民本主義などの面で、欧米的近代とは相容れない面を有していた。〔…〕何よりも、支配エリートといえども民の一員だったのであり、君主は支配層の中から選ばれた第一人者ではなかったのである。また儒教的民本主義といわれるものは、民衆の政治舞台への登場を前提にした、時代先取り的なものではあったが、民衆はあくまでも統治の客体として捉えられ、政治主体としては決して見なされなかった。/このような朱子学的体制の特徴は、第二段階の東アジア史においても基本的に維持されたものと思われる。否、私見によれば、今日の東アジアが抱えている問題群も、政治主体の未確立に由来する面が多々あるように思われてならないのである。こうした意味でも、今後の東アジアを展望するとき、伝統の正負の遺産を正しく位置付けておくことが重要である。】。

  • 8月16日 「ソウル中心部で記念式典 2万人参加、多彩な行事も」.08.15山陽新聞、【【ソウル15日共同】韓国では日本の植民地支配からの解放を祝う光復節の記念式典は例年、忠清南道天安市の独立記念館などで行われていたが、解放60年となる今年はソウル中心部にある景福宮の光化門前で、市民ら約2万人が参加して開催。さまざまな関連行事も開かれる。/式典には盧武鉉大統領をはじめ各界の要人が出席。会場はソウルのメーンストリート、世宗路の交通を一部遮断して挙行。/周辺の高層ビルには超大型の太極旗(韓国国旗)が側面に張られ雰囲気を盛り上げた。/行政自治省は「『(朝鮮半島の南北)分断60年、経済成長60年、民主化60年』につながる光復60年は、分断と戦争の廃虚から経済成長と民主化を同時に達成した時代」と意義を強調する。】。▼松本昌次「連帯を生むエッセイ群 松本昌次氏に聞く「戦後エッセイ選」全一三巻」〔『図書新聞』第2739号05.08.20、聞き手・井出彰/米田綱路〕。【〔…〕やはり横の連帯だと思うんです。誰が何を言ったかということについての、敏感な感応がありました。そこには、必ず複数の人が関わっていたわけですね。/丸山真男さんが亡くなったとき、千日谷会堂での葬儀で、生前の丸山さんの声がスピーカーから会場の外に流れていました。そこで丸山さんは、「もったいないですよ。もっともっと同時代の他のいろんなジャンルの人と、なぜ話を交わしたり、意見を交換したりしないんですか」と言っていました。学問が枝葉に分かれて、自分の専門の蛸壺に入るのと同様に、いまは作家といわれる人も、自分の世界だけに閉じこもって、それを作品にすればいいと思ってしまっている。そこでは横の関係が消えています。/私は資本主義の基本というのは、人間をばらばらにすることだと思っています。つまり支配する側にとっては、人間がつながることがいちばん怖いいんですよ。人がばらばらにいてくれることほど、彼らにとって安全なことはないんですね。/しかし、私が同時代を共に過ごした戦後文学者たちは、思想家まで含めて、みんながエッセイというものでつながっていたと思うんです。つまり、エッセイが横の連帯を生んだともいえます。/魯迅は“雑文・雑感”で、中国の絶望的な状況と立ち向かおうとしていましたね。当時は、方法としてはそれしかなかったわけですが、それがエッセイという雑文の力でもあった。つまりある機を見て、いまこれを言おうという、アドリブも含めた一種の瞬間芸的なものです。/花田清輝さんは、一〇枚ぐらいのエッセイで、九枚目まできて、「まあこんなことはどうでもいい」と書く。じゃあこれまで読んできたことはどうでもいいのか、ということになるけれども、そうやって息を抜かせておいて、「よく考えてくれよ」ということを最後の一枚で書く。それは花田さんのテクニックですけれど、そういうおもしろさがエッセイにはあるんですね。】。▼再掲。「IT-PLUS」に、東浩紀「匿名は本当に悪か?」05.07.10 /「計算可能なリスクと計算不可能な気分」05.08.10。