8月15日 「毎日新聞世論調査:日本の戦争 間違っていた/やむを得ない−−世代差、浮き彫り」.08.15毎日、【◇「間違っていた」4割−−30〜60代/「やむを得ない」45%−−70代以上/戦争に関する日本人の意識を探るために実施した毎日新聞の全国世論調査では、世代間の差が浮き彫りになった。戦争の評価で30〜60代は「間違った戦争だった」との回答が40%を超え、「やむを得ない戦争だった」より多かったのに対し、70代以上では逆に「やむを得ない戦争」との認識が45%で多数派だった。戦争をどの程度知っているかの設問では、20〜30代で「あまり知らない」との回答が30%以上を占めるなど、戦後60年を経て戦争の風化が着実に進んでいることを裏付けた。/日本が米国や中国などと戦った戦争についてどの程度知っているかという設問で「十分に知っている」は16%、「ある程度知っている」は61%と両方で約8割を占めた。「あまり知らない」は21%、「まったく知らない」も1%あった。/これを年代別に見ると「十分」という回答は20代で6%、30代で7%に過ぎず、60代では23%、70代以上では55%と大きな違いが出た。「あまり知らない」は20代で31%、30代で30%に達した。/戦争体験の設問では、「身近な人から聞いた」が68%と最も多く、「自分が体験した」は11%、「どちらもない」という回答も19%に上った。年代別に見ると、70代以上の80%が「自分が体験した」と答えたのに対し、20代の30%、30代の29%は「どちらもない」と回答。20〜30代にとっては、両親や祖父母から戦争体験を聞く機会も乏しくなっているようだ。/戦争への評価を年代別で見ると、20代では「間違った戦争」が各世代を通じて最も少ない36%にとどまった。「やむを得ない戦争」は29%、「わからない」も34%いて、20代では認識が割れた。逆に「間違った戦争」と答えた人の比率は40代が最も高かった。/戦争責任に関する戦後の議論については、「不十分」が20代で66%、70代以上で63%と、他の世代に比べて低かった。逆に20代では「十分」が23%と目立って多かった。/近い将来に日本が外国と戦争する可能性については、「あると思う」と答えた人が20代は34%と、突出して高く、特に20代男性では37%に上った。【佐藤千矢子】/◇ショック受けた−−昭和史に詳しい評論家、保阪正康氏の話/調査結果に正直、ショックを受けた。「やむを得ない戦争」は自衛戦争、「間違った戦争」は侵略性のある戦争を指す。60〜70代では「間違った戦争」と答える人が60%ぐらいと思っていたが、自衛戦争の比率が高い。しかも70代では逆転している。戦後民主主義がなし崩し的に風化しているのではないかと感じた。/20代には70代との共通項がいくつかある。20代男性で「やむを得ない戦争」と答えた人は31%もいた。20代は社会の雰囲気をストレートに反映する。60〜70代も地肌で社会の空気を感じるところがある。日本社会が右傾化する素地が20代や60〜70代に見られる。戦後民主主義の歴史観を、「自虐史観」と批判する勢力が入り込む余地が出てきている。私自身は歴史を考える時は「自省史観」が大事と思っている。】。
8月14日 「IT-PLUS」に、東浩紀「匿名は本当に悪か?」05.07.10 /「計算可能なリスクと計算不可能な気分」05.08.10。
8月13日 承前、山室信一『日露戦争の世紀 連鎖視点から見る日本と世界』。【〔…〕何よりも見逃してはならないのは、日露戦争が東アジア世界においてもった意味は何であったのか、という問題です。/それは、他でもなく〔…〕日本にとっての「朝鮮問題」、すなわち日清戦争の勝利にもかかわらず、課題として残された韓国の排他的支配という問題の決着というkとおでした。日露戦争は確かに日本とロシアの戦いであり、結果的に日本の満洲への進出を促しはしましたが、そのなかで進んでいったより重要な事態、それが日本による韓国の保護国化ということでした。】と指摘する山室は、次のような史実を挙げて非戦論の伝統を検討している。【日清戦争を義戦と唱えた内村鑑三は、戦後、それが「略奪戦」に近いものであったとみなしました。そして一九〇三年六月、「その目的たりし朝鮮の独立は、これがために強められずしてかえって弱められ、支那分割の端緒は開かれ、日本国民の分担は非常に増加され、その道徳は非常に堕落し、東洋全体を危殆の地位にまで持ち来たったではないか。この大害毒、この大損耗を目前に見ながら、なおも主戦論を主張するがごときは、正気の沙汰とは思えない」(「戦争廃止論」)と日清戦争のもたらした害悪を挙げつつ、日露主戦論を鋭く批判していました。/そして、日露戦争直後の一九〇五年一一月、内村は「日露戦争より余が受けし利益」という演説において、「日清戦争はその名は東洋平和のためでありました。然るにこの戦争は更に大なる日露戦争を生みました。日露戦争も東洋平和のためでありました。然しこれもまた更に更に大なる東洋平和のための戦争を生むのであろうと思います。戦争は飽き足らざる野獣であります。彼は人間の血を飲めば飲むほど、更に多く飲まんと欲するものであります」と述べて、「東洋平和のため」という名目による主戦論の更なる肥大化を懸念します。/その後の歴史の推移を知っている私たちには、この予言は的確な洞察を含んだものとして響きますが、日露戦勝に歓喜していた当時の日本人の多くにとっては、内村の指摘など単なる空言にすぎなかったのでしょう。なぜなら、戦勝の意義や戦争というものの本質とは何か、を省みるよりも、勝利によって勝ち得た韓国や南満洲における権益をいかに維持し、拡大していくか、のほうがはるかに切実な「現実問題」として現れてきていたからです。】。
8月12日 ▼日経文化面で4回連載「芸術が熱かったころ 戦後60年」05.08.09-.08.12。▼山室信一『日露戦争の世紀 連鎖視点から見る日本と世界』2005年7月、岩波新書。日本がアジアの「公敵」となっていった歴史を検証したこの好著の問題意識を山室は【第二次世界大戦終結から六〇年目の二〇〇五年は、さまざまな意味で歴史的な節目となる年にあたります。それは中国にとっては抗日戦争勝利から六〇年、韓国と北朝鮮にとっては日本植民地統治からの解放独立(光復)を達成して六〇年になりますし、一九六五年の日韓国交回復からは四〇年になります。/そしてまた、二〇〇五年は日露戦争が終わって一〇〇周年になりますが、その終戦の年、一九〇五年に日本は中国大陸の東北部である「満洲」に租借地という名の植民地をもち、朝鮮つまり当時の大韓帝国を保護国化して併合への道を歩みはじめましたから、日露戦争の勝利は東アジア世界にとって新たな支配・服従関係の始まりを画した年にもなったわけです。そのため、韓国において二〇〇五年は、第二次日韓協約による日本の強制的占有(強占)から一〇〇周年ということになるのです。/さらに、日露戦争終結から一〇〇周年は、同時に一八五五年の日露和親(通好)条約締結からは一五〇周年にあたります。〔……〕/私は本書のタイトルを「日露戦争の世紀」としましたが、その「世紀」には二重の意味があります。ひとつには、日露戦争を中間点として、それをまたぐ前後五〇年の時間の幅で、日露戦争がなぜ起こったのかを探り、また日露戦争後にその影響がどのように及んでいったのかを日本とアジアと欧米との係わりとして考えてみたいということです。〔……〕ふたつめの意味は、「戦争と革命の世紀」といわれた二〇世紀を、その出発点に日露戦争があったという視点から、見直すということです。すなわち、二〇世紀における「戦争と革命」、「戦争と平和」、そしてアジアと日本の「交流」と「断絶」という問題のそれぞれの絡み合いを、日露戦争という視点からみていくためにも「日露戦争に始まる一世紀」という時間の幅で考える必要があるように思われるのです。/本書の課題は、このように設定した二つの「世紀」における日本の歩みを、日露戦争に向けて生起していったことがらをその国際的背景のなかでさぐり、つぎに日露戦争を経て起こってくる様々な事象の世界的なつながりと、その意味とはいかなるものであったか、という観点から概観することにあります。】。と書いている。必読!
8月11日 ▼「再放送決定」08.10東京事変、【6/24にNHK総合で放送された「ポップジャム・ピュアサイド 東京事変」がかなりの好評のため再放送が決定しました。/放送局:NHK総合/日時:8/19(金)25:00-25:39】。▼「徴用者遺骨調査、日本は「調べる振り」だけ」.08.10東亜日報、【韓日両国は昨年12月の首脳会談で、「朝鮮人徴用者の遺骨調査問題を円満に解決する」ことで一致したが、実際、日本政府の調査作業は「するふり」をするレベルにとどまっていることが分かった。/9日、東亜(トンア)日報が入手した日本総務省の文書は、文書の形式が「調査依頼」となっていて、何の拘束力もなく、強制徴用者を雇用した企業名はもちろん、所在地の住所もきちんと記されていない。/総務省自治行政局の国際室長が今年6月20日、自治体である各都道府県の総務担当局長らあてに送った文書「総行国第147号」のタイトルは、「韓半島出身の旧民間徴用者の遺骨に関して」となっている。/文書には、徴用者を雇用した企業612社の「所在地一覧表」が添付されてあるが、該当地域の県のほかの住所はすべて削除された状態であり、はなはだしきは社名さえ「不明」と表記されているものが多かった。/このため、各自治体が調査の締切時限である今年8月10日までに、きちんとした遺骨実態関連の情報を提出する可能性はきわめて薄い。そのうえ、日本の政局が衆議院解散により総選挙体制に突入したことによって、徴用犠牲者遺骨調査の成果はさらに期待しがたくなる見込みだ。】。関連読書録:05.05.26付。
8月10日 ▼「共に生きるアジアを 侵略と未来について討論 東大・駒場」.08.07しんぶん赤旗、【「戦後60年 共生のアジアを!フォーラム」と題した公開討論会が六日、東京・目黒区の東京大学駒場キャンパスで開かれました。日本のアジア侵略の歴史とアジアの未来について中国や韓国の戦争被害者などが証言し、討論しました。日本共産党の吉川春子参院議員など国会議員、被害者団体、支援・市民団体などの呼びかけた実行委員会(代表・土屋公献元日弁連会長)が主催。〔…〕】。▼「強制労働の朝鮮人を追悼 戦後60年の節目」.08.08下野新聞、【第二次大戦中、足尾銅山で過酷な労働に従事されられ、死亡した朝鮮人を弔う「足尾朝鮮人強制連行犠牲者追悼式」が六日、足尾町松原の専念寺で行われ、朝鮮人の遺族らを含む約百二十人が参加した。/戦後六十年の節目に追悼の輪を広げようと、「日・朝友好県民の会」などの団体、個人などでつくる実行委員会が主催した。】。
8月9日 『ユリイカ』2005年8月臨時増刊号(総特集*オタクVSサブカル!)が面白い! (対談)加野瀬未友・ばるぼら「オタク×サブカル15年戦争」(構成・前島賢)。【加野瀬 〔…〕有力エロゲーがなくなったら、オタクのアイデンティティはどこにいくのか、興味はあります。/ばるぼら あと歴史認識もなくなっていますよね。私の『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』は、自分が体験してこなかった歴史を、本を読むことで疑似体験できたら面白いだろうと思って書いている部分があるんですが、面白がっている人の感想を読むと「あったあった、懐かしい」って自分の関わったところにのみ言及する感想が多くて「あれ、そこなの?」と思ってしまいました。そこは誤算だったなあ。/加野瀬 自分が体験したことを確認したいんでしょうね。ばるぼらさんのように知らないことを面白がれるのは少数派ですよ。漠然とでも興味を持っていないとわからない。/ただ、一概に歴史意識がないと責めるのも酷だと思います。なぜ、過去の歴史を意識しないユーザーが増えたかというと、現在出ているものを消費するだけで精一杯なんですよ。〔……〕いうなれば、昔のオタクが必要としていたのは『ぴあ』だったんですが、今は『東京ウォーカー』を欲しがっている。『ぴあ』の中から、行きたいイベントを探すことが難しくなってきたから、『東京ウォーカー』というセレクトをした雑誌が生まれた訳ですけど、ハズレを引くのはイヤだ、安定した評価のものだけ見たいという欲望はかなり強くなっているんでしょう。自分も、あまり興味を持たないジャンルに関しては、そう思いますし。ただ、どのジャンルにもこだわりがないという人が増えるのはあんまり嬉しくないなあ。/こういった動きはサブカルだとどうでしょう? 同じ感じになっている気もするんですが。/ばるぼら みんなカタログをほしがっていますね。新しい価値観を探しに行くというより、新しい価値観を提示したカタログを手に入れて、そこに載っているものを順番に消費していく。〔……〕/ふるいというのは、知っている人からすれば古い、というだけで、知らない人から見れば全部新しい。だから、古いという価値観自体が、古くなったんですね。/加野瀬 歴史認識があるから古いと言える、歴史認識がなければ、新しい古いは言えない。/ばるぼら そして、歴史認識がないほうが新しいものを生み出せる時代なんでしょうね。〔……〕/オタク・サブカルに限らず、自分の知らない価値観を教えられて、目の前がパーッと開けていく感覚はものすごく気持ちいいんですよ。でも、自分の常識が一変したり、他人の常識を揺さぶったり、そういう楽しさを知っている若い人が減ってるのかもしれませんね。】。
8月8日 アジアプレスネットワーク(APN)・ウェブジャーナルに、野中章弘「中国・上海より 経済の発展と影」.07.26(動画)、【〔…〕上海は中国発展の象徴といわれていますね。で今も見ていただきましたように東京よりもたくさんの高層ビルが並ぶビジネス街、本当に上海は経済的に発展したんだなあと思わせる風景が広がっています。しかしながら、人々の生活という面で言うと、たとえば長江もそうですけれど、もうほとんど魚がとれません。環境破壊が進んでいて、自然が壊されつつあります。ビルが建ち、いっけん発展しているようにみえるわけですけれど、長江沿いに住んでいる人たちの精神的な風土、文化みたいなものは確実に壊されつつある。そういうふうに考えると、この上海の発展というのも人間の精神にとってどうなんだろうと考えざるを得ません。上海の人たちの年間の平均所得は5000ドルということです。中国の約5倍ということで、日本人が想像する以上にお金を持っている人たちもたくさん出てきました。しかし中国の豊かさが本当に人々の暮らしの豊かさに結びついているのかということを感じている、上海での滞在です。】。「貧富の格差拡大か」.06.20、【6月19日付け中国紙「新京報」は、国家統計局による調査の結果、都市住民の富裕層10%が全体の富の45%を占めている貧富格差の実態が明らかになったと伝えている。統計は、中国国家統計局都市社会経済調査総隊が全国54000戸の都市住民に対して行った家計調査によるもの。一方で、貧困層10%の財産が都市全体の富に占める割合は1.4%にすぎないとの結果が出たという。「新京報」記者は「この数字が正しいとすれば、我々の社会発展に警鐘を鳴らすものだ」とまとめている。/「和諧(調和のとれた)社会」建設を掲げる胡錦濤政権にとって、貧富格差の解消は最重要課題のひとつとして注目されている。(北京 墨緑)】。
8月6日 「東京、大阪強制連行調査団 朝鮮人遺骨問題で都、府に資料公開、窓口設置など要請」.08.06朝鮮新報。「朝鮮人の強制連行考える 過酷な労働たどる企画展」.08.06東奥日報(共同)、【日本の植民地下で強制連行され、炭鉱などで過酷な労働を強いられた韓国・朝鮮人の歴史をたどる特別企画展「朝鮮人戦時労働動員(強制連行)を考える−−加害の記憶と和解」が10日から、東京都新宿区の高麗博物館で開かれる。/戦後60年の今年、韓国では政府の真相究明委員会が強制労働の実態調査を本格化。日本政府もようやく朝鮮半島出身者の遺骨調査に乗り出した。同博物館は「この節目に加害の事実に向き合い、和解の道を開きたい」としている。/展示品は当時の写真や証言など20数点。1942年に日本へ連れて来られ、就労先の製鋼所で木刀で殴られるなど拷問を受けたとして、戦後補償訴訟を起こした金景錫さんの体験をたどる。】。関連サイト:高麗博物館。
8月5日 承前、ジェレミー・シーブルック『世界の貧困 1日1ドルで暮らす人びと』、【〔…〕人々が食糧を自給し、住まいを自分で建てている場合、市場への依存は少ない。〔…〕豊かな社会では、市場が支配している。すべての必需品は「購入」され、家族や地域の生産者によって提供されるのではない。/「開発」とは前者から後者への移行である。これは欧米の勝利である。欧米は最初、他人の土地の征服と併合、つまり植民地主義と帝国主義によって、世界全体を支配した。公式に非植民地化が行われた時には、市場社会と市場文化の基礎はすでに世界規模で確立していたのである。社会主義は、市場を国家へと置き換えることによって、ある程度までグローバル市場の成長に制限を加えた。社会主義制度に伴う官僚的非効率性と政治的抑圧が、とりわけソ連で見られたように、国家主義社会の崩壊を招いた。これは、市場が唯一の道だということの証拠として西側が行う解釈である。最近は、市場経済がより強力に推し進められている。それがまた、市場社会、そして市場文化を生み出している。グローバルな貧困への影響は広範に及んでいる。/その結果として、貧困を測る尺度が、今ではすべて純粋に貨幣価値で示されるようになっている。「先進(発展した)」諸国は金持ちであり、「発展途上(発展しつつある)」諸国は彼らのようになることを目指している。これは単純化しすぎであり、欺瞞的である。あらゆる国は発展しつつある。「発展した」国は何に向かって進んでいるのか、という疑問はめったに問われることがない。/経済活動は人々を、充足を越えた果てしなき追求へと駆り立てる。】【イデオロギー上のライバルの著しい欠陥のせいで表面化しないでいた資本主義モデルの不備が、今や明らかになってきている。西側が世界と共有しているのは、その富ではなく、富を創造する力にまつわる謎である。彼らが発するメッセージは、ある部分が削除されている。それは最も重要な部分、つまり、西側が豊かになったのは、いま西側の足跡を追うように勧告されているまさにその地域からの搾取によるということなのである。実に、「開発」の最大の秘密は、それが植民地主義的概念であり、搾取のプロジェクトだということである。ほとんどの国は、富を搾り出す植民地を持っていないから、自分の国の国民や環境に、耐えがたいほどの圧力を掛けなくてはならない。少数者の権利は踏みにじられ、森で生活する人々や時給自作農の資源基盤は外貨獲得のために略奪され、貧しい人々の労働は最安値で売られ、部族や先住民の先祖伝来の土地に植民者が入ってくると、「過剰人口」は移動させられる。/限界のある世界での無限の経済的拡大のシステム、これが開発のイデオロギーである。それが実現可能でないのは、社会主義の統制によって阻害されていた頃も現在も同じである。/市場文化はおそらく、その宝を略奪された人々のところにまで広がっていくだろう。その場合、文化は伝播の過程で変化する。貧しい人々が期待できるのは貧困からの救済ではなく消費主義であり、安全ではなく経済成長であり、安全な水ではなくコカ・コーラ、適切な栄養の代わりにジャンクフード、教育の代わりに商業主義的な知識、古くからの文化の代用品として巨大娯楽企業の製品が届けられるだろう。/社会主義の魅力に代わるものとして、過去の時代に考え出されたこの種の「開発」が彼らにあとどのくらい我慢できるだろうか。この問題は、屈辱を受けた者、排除された者たちの一部によって、すでに答が出されつつある。】。
8月4日 ▼「731部隊長名のノート発見 元側近宅から2冊」.08.04朝日。▼ジェレミー・シーブルック、渡辺景子訳『世界の貧困 1日1ドルで暮らす人びと』2005年8月、青土社。【豊かな世界では、貧しい人々は目に見えない存在になっている。〔…〕/欧米諸国は、自分たちの国の貧しい人々に消失の手品をかけている。今や、人目を引く犯罪、暴動、人種問題がからんだ騒動、ドラッグ売人宅への警察の手入れ、サッカーのフーリガンといった形で噴出しない限り、貧しい人々は統計上だけの存在となっている。彼らは、繁栄し、忙しく、上り調子である社会の主流からは排除されているのである。/欧米の貧しい人々は民主主義の死せる魂である。彼らは非参与者、落ちこぼれ、消えた者たちであり、選挙人名簿や公式のリストから漏れている。夜逃げした人間、痕跡も残さず去る短期滞在者であり、世間から拒絶された年寄り、つまり真夏にカーテンを閉めた部屋の中、かごの中でさえずっている鳥の脇で、午後のテレビを付けっぱなしのまま居眠りしている老人である。/死せる魂は市場の落伍者、数に入れられない存在であり、宝くじを買ったり、本のパズルを解いたり、カフェの合成樹脂のテーブルに広げたタブロイド紙の漫画を読んだりして時間をつぶしている。死せる魂はばくち打ち、生き残りであり、闇経済の経済的影、最終利益の確保に失敗して絶望した者たちである。隠れた欲望にサービスする人間、欠乏の文化が誘発する不道徳な欲求に奉仕するダンサー、未成年者の売春や不法映画の供給者、すでにあまりに頻繁に変化してきた精神をさらに変える薬物の密売人である。/避難所を求めて拒絶された、住処のない人たちは、ドイツの都市の環状道路内側のスラム街や、パリやマルセイユの郊外のスラム、トリノやミラノの周辺地区、北ロンドンのヴィクトリア朝時代に建てられた建物などで暮らしている。天井から雨漏りした水を受けるポリバケツが置かれ、洗っていないシャツや汗まみれの足のにおいが充満している。隙間風が入るのを防ごうと、ゆがんだ窓はぼろきれで塞いである。ワット数の低い電灯のぼんやりした光が、一面に小便のシミの広がったでこぼこのマットレスを照らしている。臭いトイレにはキノコが生えている。そこは迷える人々、怠惰な行方不明者の隠れ家である。】。
8月3日 「全米襲う熱波、ホームレスを直撃〜不動産高騰に追い打ち」.07.25 US FrontLine、【西部の不動産高騰で住居を追われホームレス化した人々が、記録的な暑さに苦しんでいる。/ロサンゼルス・タイムズによると、南西部アリゾナ州フェニックスでは今年、気温40℃を超える熱波の影響で先週までに少なくとも19人が死亡したが、そのうち15人はホームレスだった。/これまでに地元企業および市民らが、ホームレス・シェルター(簡易宿泊所)にボトル水5万本を寄付し、市は通りで寝泊りする人々に清涼飲料を配布した。フィル・ゴードン市長も先週、市議会に対して貧困者向け住居空調費立替法案の承認を求めたほか、都心に出て水の配布を手伝った。/しかしホームレス支援団体は、フェニックスのホームレス問題は深刻で、現状の支援では到底需要は満たせないと指摘する。アリゾナ州の人口1人当たりのホームレス支援金は全米でも最下位に近い。これは個人主義の尊重と、政府関与を最小限にとどめるという同州の伝統が影響しているとの指摘もある。/フェニックス市内のホームレスの正確な人数は不明だが、市は現在1万から1万2000人程度で、さらに増え続けていると見る。ホームレス増加の一因は、市中心部の様相を急変させている不動産の高騰だ。/大衆的な簡易宿泊所や低料金のホテルは、オフィスビルや野球場に取って代わられた。家賃が上がって学校教諭や消防士などの中所得者は市内に住めなくなった。郊外に引っ越す余裕もない低所得者、特に病気や障害を持つ人々のホームレス化が進んだ。/低所得者やホームレス用の臨時アパートを建設したり、非営利団体や政府関連団体に土地を売ってくれるような開発業者はいない。はるかに高い値段で購入する人々がいくらでもいるからだ。/また不動産ブームでアスファルトやコンクリートの地面が増え、熱の吸収や反射が一層激しくなったことでホームレスの生命が危険にさらされている事実も見逃せない。昨年は気温が華氏120度(48.9℃)に達した日が何度かあったにもかかわらず、ホームレスの死者は今年より少なかった。】。「アリゾナで熱波 ホームレスなど18人死亡」.07.21 CNN/AP。
8月2日 『現代思想』2005年8月号が“靖国問題”を特集。奈倉哲三「招魂 戊辰戦争から靖国を考える」。史料からほぼ一万名に及ぶ「招かれざる魂」を分析、【〔…〕旧幕府側で闘って斃れた者の「魂」はすべて排除された。すなわち、新政府側に立って斃れた者の「魂」だけが選ばれたのである。〔……〕新政府側に立って戦った兵が、「海へ行こうと山へゆこうと、天皇のためには命を捨て屍となる、敵と相対すれば、必ず正面から戦い、背を向けずに死ぬまで戦う」、こう誓って戦死したのだ、としたかったのである。/その基準に従って「味方の魂」をさらに選み、招魂したのである。】と指摘する奈倉は【こうした「靖国の思想」は、日本人の「伝統」精神などではない極めて異例な精神である】として次のように書いている。【〔…〕戦闘の終結後に、「敵方」の「魂」を排除し、「味方」の「魂」だけを招き、祀る、ということ自体が特殊なのである。/日本人の精神史は、それほどに貧しいものではなかった。それほどに情けない――情けの無い――ものではなかった。/「天神様」を見よ。あれは、菅原道真の死後、道真の「政敵」であった藤原氏が祀った神社である。もちろんそれは、時平によって大宰府に追われた道真が配所で没し、その怨霊が時平はじめ藤原一門を襲ったという怨霊信仰に基づいたものではあるが、決して、道真の勢力が、道真の「魂」を招いて建てた神社ではないのである。この怨霊信仰は、その後、仏教の怨親平等思想とあわさることで、祟りの発想が薄まり、戦乱が起こるたびごとに、戦死者の敵も味方も、ともにあつく供養するという習俗を生み出していく。/一三三八(暦応元)年、南北朝内乱のさなか、足利尊氏・直義兄弟は、無窓疎石の勧めにより、元寇以来の敵味方すべての戦没者を供養するため、国ごとに一寺一塔の建立を決めた。一三四五(貞和元)年、光厳天皇の院宣を得、寺を安国寺、搭を利生搭と決定、その後、南北朝期を通じて、室町政権によって、ほぼ全国に設置された。/維新政権の中心を担った薩摩藩、その藩祖と仰がれる家久の父、義弘は秀吉の命に従って朝鮮に出陣、帰陣後の一五九九(慶長四)年、家久とともに、高野山に「弔魂碑」――「忠魂碑」ではない――を建立、「為高麗国在陣之間敵味方鬨死軍兵皆令入仏道也〔ぶつどうにいらしむるためなり〕」と、碑文にはっきりと記したのである(鬨死は戦死の意)。こうして、敵味方無く供養するという精神が広まり、「死ねば敵も味方もない」との言葉で表される観念が、日本人一般のものとなっていくのである。】。全文必読、極め付きの莫迦狗・三浦朱門の監修による『靖国神社 正しく理解するために』で改竄、簒奪された歴史を「理解する」ことのないように!
8月1日 「「思想圧殺、密告を促進」 共謀罪廃案求め共同声明」.07.28徳島、【国会で審議中の組織犯罪処罰法改正案に盛り込まれた「共謀罪」新設に反対するジャーナリストや作家、弁護士ら約250人が28日、「法案の本質は思想・言論表現の圧殺で、密告社会を促進する」として廃案を求める共同声明を発表した。/共謀罪は殺人など4年以上の懲役・禁固に当たる犯罪について、実際に実行されなくても共謀した段階で処罰可能とする内容。市民団体などが「罪の要件があいまいで、日常会話さえできなくなる」と反発している。/声明は「恣意(しい)的な解釈や拡大解釈が可能で、21世紀型の治安維持法と言っても過言ではない」と批判。】。「共謀罪創設、今国会は断念 政府、与党」.07.29山陰中央新報(共同)。声明(ビラ表)/声明(ビラ裏)。
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