読書録 2005年4月前半(敬称略)

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  • 4月15日 「「日本のシンドラー」の妻への名誉棄損、一部認定」05.04.13 asahi.com、【第2次世界大戦中、ナチスの迫害を恐れてポーランドから逃れたユダヤ人にビザを発給して約6000人の命を救い「日本のシンドラー」と呼ばれた元外交官、故・杉原千畝氏の評伝をめぐる名誉棄損訴訟の判決が13日、東京地裁であった。瀧澤泉裁判長は杉原氏の妻幸子さん(91)の請求を一部認め「名誉棄損の不法行為が成立する」として出版社に50万円の損害賠償を命じた。/問題になったのは、米ボストン大学教授で歴史学者のヒレル・レビン氏が記した評伝「千畝」。98年8月に清水書院(東京都新宿区)が翻訳を出版した。その記述をめぐり「11カ所の誤認やねつ造があり、名誉を傷つけられた」として、幸子さんが1千万円の賠償などを求めていた。/判決では、レビン氏の記述については違法性を認めなかった。一方、監修者が「あとがき」に記した「女房に発破をかけられたからといって、ビザを出しまくったとすればこれは単純にすぎる」などとした記述1カ所について、「正当な言論活動としての域を脱して妻への人身攻撃に及ぶ記述で違法」と認定した。】。関連:松浦寛「杉原千畝の『政治利用』再び」、松浦寛「捏造される杉原千畝像 歴史修正主義者による戦争犯罪のゼロサム・ゲーム」

  • 4月14日 「台湾資料 テキスト・音・映像で見る台湾 一九三〇年代の小川・浅井コレクションを中心として」05年4月15日〜4月28日(土日祝休)、10:00AM〜6:00PM、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、【本研究所には、アジア・アフリカ地域の言語や文化について、現地で収集された貴重な資料が数多く所蔵されています。今回の「台湾資料」展では、それらの資料の中から、小川尚義(おがわなおよし)・浅井恵倫(あさいえりん)両教授(ともに旧台北帝国大学言語学教室)の収集による、台湾原住民に関する資料(以下「小川・浅井コレクション」と略称)を、みなさまに広く公開いたします。〔……〕/小川・浅井両教授の残した資料は多岐にわたりますが、今日では漢民族化が進んだためにすでに消滅した、あるいは、消滅の危機に瀕した台湾原住民の言語資料、民俗資料が多数含まれており、学術的に貴重な資料であるばかりでなく、当時の山地の警察によって書かかれた原住民言語教科書、原住民の風俗習慣を記録した図像などからは、日本植民地期の台湾社会の変容の様子などを知ることができます。/日本統治期に始まった同化政策、皇民化政策の形をとった台湾の近代化は、今日の台湾の社会や文化にも大きな影響を与えています。近年では、日本時代に形成された文化や日本人が行った言語調査・民族調査の記録が、台湾人あるいは原住民としての自己認識の形成のシンボルとして、あるいは町おこしの起爆剤として利用されたり、国による原住民政策にも影響を及ぼしています。今回の『台湾資料』展で展示した本研究所所蔵資料と台湾の人々にとって身近なアイテムを通し、みなさまに今日の台湾社会を考えていただくきっかけを、ご提供できれば幸いです。】。関連:「よみがえる「台湾資料」(上)」.04.07 JANJAN /「よみがえる「台湾資料」(下)過去を再構築する原住民たち」.04.09 JANJAN。

  • 4月13日 『民族時報』第1062号(05.04.11付)に、6・15共同宣言実践のための南北海外共同行事準備委員会「声明 日本の歴史わい曲に対する立場」05.04.05。【二〇〇五年四月五日、日本のいわゆる「新しい歴史教科書をつくる会」が編集した「歴史わい曲」教科書の改訂版が日本の文部科学省の検定を通過した。/「つくる会」の教科書は日帝の朝鮮侵略をはじめアジア侵略の事実を否定し、その実態を極度にわい曲している。教科書は日帝の露日戦争と清日戦争、「大東亜」戦争と太平洋戦争を「自衛戦争」または「防衛戦争」と美化し、さらには朝鮮に対する植民地統治が「近代化」を助けたとして帝国主義の侵略を合理化している。この教科書は、創氏改名や強制連行が自発的に行われたかのように記述しており、慰安婦の被害に関しては記述さえしていない。南京大虐殺に対しても事実上これを否定しており、はなはだしくは太平洋戦争の最大の被害者が日本人のごとく糊塗している。/われわれは三月五日、金剛山で採択された特別決議文を通して「日本の軍国主義者らによる過去史わい曲は、七千万同胞はもちろんすべてのアジアの人々に加えられた苦痛の記憶に対する挑発であり、冒とく」であると規定し、こうした歴史わい曲と領土拡張に向けた野望は「北東アジアの平和と善隣関係を脅かす新たな侵略的行為と見なす」と警告したことがある。しかし日本の文部科学省はこうした警告を無視し、侵略の歴史を正当化する軍国主義の教科書を合法的な公教育教科書の一つとして認定するという反歴史的行為を犯した。/さらに南と北の分断に対し、日帝植民地支配者らの責任は小さくない。したがって日帝の弊害は単純な過去史ではない。日本帝国主義は現在も七千万同胞に分断の苦痛を強要している。にもかかわらず、日本の軍国主義者らは自身の侵略行為を反省するどころか、自らが被害者となりすまし、南北の分断を悪用して再武装と軍国主義的膨張の口実としている。/日本の右翼による歴史わい曲は平和憲法改悪と米日軍事同盟強化など、北東アジアでの覇権に向けた一連の軍事大国化構想の一環として、日本の市民を軍国主義者の妄想に動員するための用意周到な事前作業という点から北東アジアの平和な未来を脅かす重大な挑発行為である。/しかし日本が提唱していた「大東亜共栄」の侵略的妄想がアジアの人々の反対と抵抗によって挫折したように、「普通の国家化」と「国際社会への寄与」を装った侵略的意図もまた挫折するだろう。〔…〕】。

  • 4月12日 UFJ総合研究所のサイトに、「増加する中高年フリーター 少子化の隠れた一因に」2005.04.04。【1.景気回復を受けて若年の雇用環境が改善している。しかし、その一方で、すでにフリーターでいる期間が長く、そこからなかなか脱け出せずにフリーターのまま中高年になってしまう者や、就業意欲を失ってフリーターからニートになってしまう者も増えており、雇用改善の陰で二極化が進行している。/2.35歳以上になってもフリーターのままでいる'中高年フリーター'の数は、2001年には46万人だったが、10年後の2011年には132万人に増え、さらに2021年には200万人を超える見込みである(基本シナリオ)。/3.中高年フリーターが100万人以上もいる社会とは、いったいどんな姿であろうか。平均的にみると低所得である中高年フリーターが納める税金や社会保険料、手元に残る可処分所得(消費と貯蓄の合計)は正社員より少ない。このため、2021年に200万人を超える中高年フリーターが正社員になれないことによって税収(▲1兆1400億円)、社会保険料(▲1兆900億円)、可処分所得(▲5兆8000億円)が減少し、GDP成長率を1.2%ポイント下押しする可能性がある。中高年フリーターの増大は、本人が暮らしに困るだけでなく、経済全体にも無視できない影響を及ぼす。/4.また、経済力の弱いフリーターが結婚する割合は正社員より低い。いわゆる結婚適齢期を迎えるフリーターの増加は婚姻率を押し下げ、婚姻率の低下は出生率を押し下げる。フリーターが正社員になれないことによって減少する(先延ばしにされる)婚姻数は年間5.8万組〜11.6万組となり、婚姻率を年間0.05‰〜0.09‰ポイント押し下げている。さらに、婚姻数に有配偶女性が一生の間に生む子供の数を掛け合わせると、フリーターが結婚できない(しない)ことにより、毎年生まれる子供の数が13万人〜26万人下押しされることが分かる。これは、出生率を年間1.0‰〜2.1‰ポイント押し下げていることになり、結婚適齢期を迎えるフリーターの増加は少子化の隠れた一因になる。】。→図表入り全文〔PDF〕

  • 4月11日 「清沢洌 『暗黒日記』 特攻作戦を経験した2人と読む」.04.11東京(特報)。▼「三池労組が解散 国内の炭鉱労組姿消す」.04.10朝日、【60年安保闘争と連動して、戦後最大の労働争議といわれた「三池争議」を闘った福岡県大牟田市の三池炭鉱労働組合(三池労組、芳川勝組合長)が10日で解散し、46年の発足から59年の歴史を閉じた。最大時で2万5000人を数えた組合員は、組合分裂や相次ぐ解雇などで最後は14人だった。97年に三池炭鉱が閉山して8年。国内から炭鉱労働組合がすべて消えた。/解散式は同市内のホテルで開かれ、労組OBや主婦会など約150人が集まった。芳川組合長は「炭鉱労働者が人として生きるため、劣悪な職場環境の改善や、不当な解雇の撤回を求めて、歯を食いしばって頑張ってきた。私たちは正しい道を歩んできた」と述べ、解散を宣言した。/458人の死者を出した63年の三川鉱炭じん爆発事故を始め、坑内火災などで亡くなった1100人余の犠牲者に黙祷(もくとう)をささげ、組合歌「炭掘る仲間」を全員が腕を組んで合唱した。続いて、労組の魂を天に返すという意味の「返魂式」で、組合旗を燃やした。】。「三池炭鉱労組が解散 労働運動担った最後の炭労」.04.10北海道新聞 /「盛衰見つめた半生 最後の組合長 芳川勝さん 争議に自らの青春重ね」.04.07西日本新聞 /「追悼集会 「三池争議」で刺殺の労組員のめい福祈る 荒尾市」.03.30熊本日日 /「三池労組 最後の追悼 犠牲の組合員しのぶ 荒尾」03.30西日本新聞 /「炭鉱の歴史伝えたい 機関紙など大牟田市立図書館へ 三池労組が資料寄贈」.03.08西日本新聞 /「三池労組 解散式4月10日 国内炭鉱労組、終えんへ」.01.12西日本新聞。

  • 4月10日 平川南・沖森卓也・栄原永遠男・山中章編『文字と古代日本2 支配と文字』2005年3月、吉川弘文館。【古代社会において、文字をいかに伝達・記録するか。その方法としては、文書行政以外に口頭政務が大きな役割を果たしていることに留意しなければならない。また、文字を記す素材として紙と木はそれぞれの特性に基づいて使い分けられていたと考えられる。〔……〕/古代日本における文字文化は、主として紙と木で構成されていた。空間的には、文字文化の習熟度の比較的高い都と、無文字的社会の要素が強いと考えられる村とでは、紙と木の比重が異なっていたと理解できよう。/また、時間軸からいえば、七世紀以降、本格的文書行政の進展とともに古代社会全体に紙の占める割合が高まり、木簡はその特質を生かした用途(高札・制札・呪符・物品付札など)にしだいに限定されていくのである。〔……〕/中国の漢代において、次の『史記』匈奴列伝の記述は、文書と口頭の関係について象徴的に表現したものといえよう。/(匈奴は)水と草を逐って移動し、城郭や定まった住まい、農耕の営みは無いが、各自の分地はある。文書は無く、口頭で言葉をもって取り決めとする。/この記述にしたがえば、漢人を匈奴と分かつ特徴は、定住と城市と農耕のほか、文書を用いた政治であったという。こうした表現の基礎には、文書伝達の口頭伝達に対する優位性が想定されている。/従来、古代日本の文字研究においても、文書行政と口頭政務が、口頭から文書へというように時系列変化を想定したり、二者択一のような関係としてとらえられる場合が多かった。しかし、文書と口頭の重層的な関係は、天皇を頂点とする朝堂院や内裏から地方社会に至るまで、文書行政と口頭政務が並列しておこなわれていたとみるべきである。/また、木簡が古代社会でより多用されたのは、木簡の大きさで視角〔ママ〕的・表徴的に権威を具現化することが可能であったこともその一因と考えられる。すなわち紙の場合は、書式(符・解など)のみで支配・被支配関係を具現したのに対して、木簡はその形状(大型化)およびその文字の大きさで権威・差違を表現することができたといえよう。/結局のところ、口頭から文書へ、書写材料としての木から紙へという大きな流れは認めざるをえないが、口頭と文書、木と紙はそれぞれ特有の機能を有し、それらが複合されて古代日本における文字文化が成り立っている点を改めて重視し、分析する必要があろう。】。

  • 4月9日 ▼福島泰樹『月光忘語録』2004年12月、砂子屋書房。【「未青年」なりし悲しみ時を経て遠き怒涛のごとく疼けり/高橋和巳寺山修司春日井健わが弔いの五月ゆくべし/文藝に標はとうな蕭々と吹きゆく風の骸たるべし/思想詠などなかったのだよ旗はまた小林なして移りゆくのみ/あれからや三十八年 振袖やフランスデモに花は吹雪きしが/俺たちはみんな元気だなすこともなく草臥れて坐っているが/あれはたしかに雪ではあらぬさむざむと蹶起前夜を散る花である/この時代の後に来るもの思うかな立ち枯れてゆく人体か木は/せめていま自己権力であれ棹であれ突き刺さりゆく火の錐であれ/四連協の仲間集まり酒を酌む「真っ赤になった」奴だれも居ぬ/「六十の齢坂」なる表現の適切なれば赤い舌巻く/コンピュータ画面に零れゆく文字の職退きし男らの歌/早大学費学館闘争シベリアから寒波送られきたる教室/産学の癒着許すな校庭の煙目に沁む朝の炊出し/さりながらさりながらゆく腕組んで清水谷日比谷公園夜の急坂/歌わんとすればたちまち霧散する花たちばなの愛しき午後よ/安かれと願うこころの汚れつつ反動にして悲しみばかり/われわれのわれは逆巻きわたくしがわたしに帰る瞬間である/ワレワレノ闘イスナワチ維新以後百余年ノ膿絞リ出スコト/燎原の火といわんかな夜を焦がし去りゆきにけるものを思いき】。▼「盧大統領「日本の侵略美化は全世界の大不幸だ」」.04.08(韓国)中央日報。

  • 4月8日 平川南・沖森卓也・栄原永遠男・山中章編『文字と古代日本1 支配と文字』2004年12月、吉川弘文館。【近年、多文字の墨書土器が千葉県の印旛沼(…)一帯で出土し、その墨書内容は古代の人々の信仰の姿を具体的にものがたっている。おそらく、縄文時代から人々は神を篤く信仰していたが、文字を介して神に接することはなかった。ところが、七世紀以降、古代国家による文書行政がしだいに定着したことにより、神に対して土器に食物を盛り供献する祭祀行為の中で、人々ははじめて文字によって自らの願いを神に伝えたのであろう。すなわち日常の行政文書表現(…)をもって、神に遺志を伝え、ものを供献したのである。当時、文書行政を通じて文字は村々にまでもたらされながら、その在地社会の内実は一部の識字層を除いて、いわば“無文字的世界”であったと考えられ、里への命令や神への願いをあえて文字で記したのは、文字そのものがそうした世界で権威や呪術性をもっていたのではないかと考えられるのである。/以上のように、日本列島における古代の文字文化を通観した時に、あらためて先にみた古代中国の文字の流れとの違いに気が付くであろう。中国では文字は神との対話からはじまり、次に各地の豪族が王に忠誠を誓い仕えた由来を、王から褒賞として受けた金属の地金や貨幣で作った青銅器に記した。さらに秦代には、書体を統一し、文字を統治の道具とした。/一方、日本の文字はまず、中国王朝との外交上の必要からはじまり、次に国内政治において、王からその臣下に対して銘文を刻んだ刀を下賜した。次に地方豪族が王に仕えた由来を刀剣や鏡に記したのである。そして文書行政が定着した八世紀頃から、神に対して土器に食物を盛り、供献する祭祀行為の中で、村人たちは文字によって自らの願いを神に伝えたのである。このような古代における中国と日本の文字の流れの相違は、文字の生まれた中国とその文字を受容した日本との違いを端的に表わしているといえるであろう。】。

  • 4月7日 3月30日付読書録既報の『ユリイカ』ブログ作法特集が話題。以下が現時点での関連リンク。【リンク集】『『ユリイカ』2005年4月号特集*ブログ作法』 (青土社)のネットでの評判(blogmap)/はてなダイアリー:「『ユリイカ』2005年4月号特集*ブログ作法」を含む日記。【記事】ユリイカ/ブログ作法(.03.28 えふとろん)/『ユリイカ』2005年4月号特集*ブログ作法あるいはweblog戦記(.03.14 ネタフル)/ユリイカ:ブログ作法――メタブログ、そして情報風水試論(.03.29 松永英明)/ブログ作法(.03.29 蒼猴軒日録)/『ユリイカ』2005年4月号「特集*ブログ作法」(.03.29 ARTIFACT 人口事実)/ブログ作法(.03.30 ヒビノアワ)/ユリイカ〜特集※ブログ作法(.03.31 BLOG系捨てハン野郎のBLOG)/ユリイカ4月号 特集:ブログ作法(.04.04 YAMDAS現更新履歴)/『ユリイカ/特集*ブログ作法』に出てきたblogやらなんやら(.04.06 Just Want To Have Fun)/パルム・ドールにノミネート? リンク集〜ユリイカ反省会(.03.31成城トランスカレッジ! 人文系NEWS & COLUMN)

  • 4月5日 丸川哲史『冷戦文化論』2005年3月、双風舎。読書録既報(03.02.09付 /.03.10.10付 /04.04.12付)の『早稲田文学』連載(2002年9月〜2004年5月)をまとめたもの。【〔…〕本書で論じたいのは、日米安保条約といった狭義の政治問題でもなければ、日本における反戦運動の系譜をたどることでもない。いわば冷戦構造に巻き込まれつつ、じつにその共犯者であり、また主宰者でもある日本にとっての冷戦の意味を、個々のテキスト(フィルム)を通じて、また知識人の行動を通じて浮かび上がらせることである。〔……〕/日本の「独立」は、一九五一年のサンフランシスコ講和条約において達成されたものである。本書で何回も触れることになるが、その講和会議には中国(台湾)や朝鮮半島の代表は呼ばれていなかった。また沖縄は、その「独立」のプロセスの外側に置かれていた。まさに冷戦体制は日本の「独立」と不可分のものであり、それは戦後日本の国家体制の「故郷」なのである。その意味で、この『冷戦文化論』は、戦後日本の「故郷」としての冷戦を再記憶化する企てなのだ、と考えていただいてもよい。それはいわば、帰りたくもない場でありながら、依然として日本がその内部に抱えている場であり、別の意味でそれは不可能な「故郷」ということになろう。日本人は、その「故郷」から一歩も出ていないのだから。日本人がいまだ冷戦に内属していながら、しかもその不可能な「故郷」を想起し直すのだとしたら、それこそ「故郷」からの離脱をはじめられる第一歩なのではないか、とも考えられる。冷戦という「故郷」へ帰るということは、すなわちその「故郷」を壊すということに他ならない】。必読!

  • 4月3日 韓統連のサイト(韓国ニュース)に「日本軍国主義復活の後ろに 米国あり」05.04.02統一ニュース。【ウルサ条約締結100年、解放60周年、韓日条約40年となる2005年、日本の独島妄言と4月5日の日本の歴史わい曲教科書検定を前に、韓国国民たちが日本の軍国主義化を糾弾する集会が、ソウルで開かれた。/2日、「統一連帯」と「民衆連帯」は、ソウルにあるタッコル公園前で「独島守護、歴史わい曲阻止、日本軍国主義復活阻止のための決議大会」を開催し、日本の最近の動きに対して、韓半島に対する「再侵略策動」と規定し、「米日軍事同盟解体」を促求した。/「統一連帯」代表をはじめとした元老たちと青年学生110余名は、「全民族が力をあわせ、民族自主権を守護しよう」「独島侵略を庇護する米国糾弾」「日本の後ろに米国あり、米日同盟を糾弾する」などのスローガンを叫んだ。/参加者は、決議文を通じ「日本の独島妄動や歴史わい曲事態が突出されているが、日本社会全体が右傾化しているため体系的で計画的な事」だとし、「日本の平和憲法改正と国連安保理常任理事国進出を企図し、日本の再武装化の合法化と世界覇権の獲得を狙っている」と強力に糾弾した。/また「米国は、CIA情報報告書で独島紛争地域表現、日本の国連安保理常任理事国進出支持発言などをみる時、東北アジアで米日同盟強化のため、日本の軍国主義復活を容認、支持・支援している」としながら、「日本の軍国主義復活企図の後ろに、米国がいることは分っている」と主張した。〔…〕】。

  • 4月2日 字游工房のサイト(もじマガ:書体設計家インタビュー 文字の巨人)に、「中村征宏さん」(インタビュー・構成=鳥海明子・字游工房)。【「集中力を保持し続ける方法ですか、それはコンスタントにやっているからできるんだと思いますね。書体の制作は、字数が五〇〇〇字を超えるから制作期間も一年半とか二年とかかかるでしょ。そうなると書体全体の感覚が変わらないようにしなければいけないし、体調をいい状態に保って、常に集中力を持続することがとても大切になってきます。たとえば、二日間徹夜をするというようなやり方をすると後が乱れて続かないでしょ。きょうはここまででエネルギーの限界だと思うときがありますね。だけど一晩休めば翌日はまた元の調子に戻る。だからあまり急激にたくさんやろうとしないで、毎日コンスタントにやれば質も落ちないし、長く続けられていいですよね。/新しいものを考えるときや、細かいチェックは夜しかやりません。明るいと気が散るためです。いまでも午後一一時から午前二時まで、その前に仮眠して、それからこの時間にやりますね。新たな字形の考案や、誤字の校正とか、修整箇所のチェックなどです。/グラフィックデザイナーで好きなのは、亀倉雄策さん。亀倉さんの作品にはゴナを使っていただきました。絵はルオーや、カンディンスキー。時間のゆとりができたら趣味で絵も描きたいと思っています。抽象画ですけど。いつだったか近代美術館でカンディンスキーを見て、帰ってから三、四カ月間ほど毎日夜中に絵のエスキース(下絵)を描きました。/仕事しながら何にも音がないのは寂しいからラジオは毎日聴きますね。日によってはテレビという感じ。音楽はある期間聴きますが、常に聴くわけではありません。一時期、有線をいれてたときもあったんですが、あれはお店で聴くといいけど、家でずっと聴いていると飽きますね。それですぐに解約しましたけど(笑)。/気力が落ちたときはバッハのあの力強い感じがいいみたいです。気持ちが混乱したときは、喜多郎とか、リチャード・クレーダーマンなど、昔ならポール・モーリアとか。仕事しながら聴くと休憩までの持続時間が伸びる気がします。疲れの激しいときはレクイエムやミサ曲が合うようです。あとは犬が二匹いましたから、一九年間毎日散歩をしました。時間になると犬が行こうと言いますから、行かざるをえない(笑)。でも、散歩はいい気分転換になりますね、太陽と風にあたって」】。

  • 4月1日 企画展「印刷革命がはじまった:グーテンベルクからプランタンへ」4月23日(土)〜7月24日(日)、月休、10:00〜18:00、大人800円/大高生500円/小中学生200円、印刷博物館。【プランタン = モレトゥス博物館は16世紀創業当時の印刷所跡、印刷者邸宅を生かした世界有数の印刷出版系博物館です。アントワープ(ベルギー)にある同館には15世紀以降の貴重な書籍、版画類が数多く残されており、今回アジア初公開となる作品83点を含む計100点前後の展示作品がご覧いただけます。ヨーロッパ近代印刷産業の成立ち、そしてフランドル地方の出版黄金時代をご紹介する展覧会です。】。