読書録 2004年11月前半(敬称略)

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  • 11月15日 斯かる時にこれは問題にせねばならない、講談社現代新書リニューアル問題!(その7) 講談社のサイト(「現代新書が変わりました」)に、掲載されていた「お詫びと訂正」

    これが消えている。事情説明もない。「更新日 2004/10/19」は虚偽であり、歴史意識の欠如と隠蔽体質、社会的責任意識の欠如とは一体である。講談社内で起こりつつあるであろう変化に注目! 関連読書録:.11.04付/.11.07付/.11.08付/.11.11付/.11.12付/.11.14付/.11.15付

  • 11月14日 ▼承前、山下力『被差別部落のわが半生』。関連:「池原茂光書記長追悼 突然の別れに涙、涙」〔部落解放同盟奈良県連合会機関紙『解放新聞』2000.11.30特別号〕。【池原茂光書記長との別れの日がきた。/告別式は十一月一日午後一時より自宅で執り行われた。池原家と部落解放同盟奈良県連合会の合同葬として、葬儀委員長を山下力委員長がつとめた。〔……〕最後に部落解放同盟奈良県連合会を代表し、狭山闘争をはじめ県連青年部闘争を共に闘ってきた岸上健次・統制委員長から「池原同志。君のことを『シゲヤン』『シンギャン』と気易くしかも敬愛の念をこめて呼んできた数多くの仲間たちが老若男女を問わず、いま哀しみにうちひしがれています」と涙ながらに弔辞が読み上げられると、式場全体が悲しみに包まれた。〔……〕/出棺に先立ち、お棺の中へ参列者から花を一輪一輪たむけていく。最後のお別れ、安らかな顔を目の当たりにし、また涙が溢れてくる。時を同じくして、叩くような雨が降り始めた。まるで池原書記長の無念の涙のようだ。降りしきる雨のなか各支部の荊冠旗が林立して霊柩車を送り出す。多くの参列者が最後まで見送った。幼いころから育った思い出深い西穴闇の地を巡ったのち、荼毘にふされた。/池原書記長は最後の最後まで生きることにこだわり、既に十二月議会での質問もしたため、後援会だよりの新年号のあいさつ文もできあがっていた。十一月には知的障害者の方々との海釣りも計画していた。彼の信念は「社会的弱者」のまなざしに徹底してたちきることだった。そのうえで運動方針や政策を打ち出し実行してきたのである。河合町議会議員としても部落解放運動の牽引者としても期待されていた池原書記長。寂しさとやり場のない悔しさは尽きないが、遺志をしっかりと引き継ぐ決意である。】。関連リンク:「奈良県部落解放同盟支部連合会」/同連合会 基本理念。▼斯かる時にこれは問題にせねばならない、講談社現代新書リニューアル問題!(その6) 「はてなダイアリーflurryのとこ」(.11.12)/「はてなダイアリー低速の毎日で色を忘れた世界」(.11.10)/「はてなダイアリー焚書官の日常(42)」(.11.10)/「はてなダイアリーThe Wapentake」(.11.10)/「はてなダイアリー真夜中の向日葵・はてな出張所」(.11.10)/「はてなダイアリーhotenaの日記」(.11.10)。〔再掲〕狩野宏樹「講談社現代新書の新しいフォーマットはダメだと思う」04.11.12作業メモとか考えた事とか(2004年11月)。

  • 11月13日 山下力『被差別部落のわが半生』2004年10月、平凡社新書。【二〇〇〇年十月二十九日。私のかけがえのない同志が死んでしまった。/池原茂光。シゲやん。/私よりちょうど一回り下の同じ巳年生まれ。享年、四十七歳。肝臓ガン。私と彼とは約三十年間の部落解放運動の日々を、いつも一緒に行動してきた。県連組織の分裂以後も、県連委員長と書記長のコンビを組んで、苦楽をともにしてきた。その彼を失うことは、哀しくて寂しくて、辛いことだった。/私がかろうじて今さまざまな場所で動いていられるのは、二人っきりでした「最後の晩餐」の際に彼が、「委員長。ほんまに分裂しておいて良かったなぁ」と言ったその言葉と、そのときの彼の笑顔に支えられてのことである。彼の死んだ日、二十世紀最後の年の十月二十九日を私は忘れないと思う。〔……〕/それから二十四年後、シゲやんがガンになってしもうた。私は医者に呼ばれ、告知された。手遅れだといわれた。本人もそれを知らされ、激しく動揺した。/二〇〇〇年九月の第二十七回県研修集会を終えて数日後に、シゲやんが「相談がある」と言ってきた。委員長あてに遺言を書いておくので、葬儀がすんだあとに身内の人にだけ読み伝えて欲しいということであった。私は思わず顔を上げ、シゲやんの目を直視して問うた。「お前さん、ほんまに、気持ちの整理がついたんか」/シゲやんは静かに話した。「自分の病気の状態を冷静に把握してきたつもりだったが、急に悪化していることを医師に聞かされたときはショックだった。正直、もがき苦しみました。しかしある瞬間、自分はどこへ行くのでもない、おとさんやおかちゃんや兄貴のとこへ行くのやないか、と納得が出来て、胸のつかえが取れましたんや。もうコワいことありまへん。心静かに、お迎えを待ちます」泣き虫の私が、泣きながら「わかった。シゲやん、みんなによろしく。とりわけ、おやじさんによろしく、な。ウソついたことあやまってくれ、な」と言うと、シゲやんは笑みをたたえたあの〈イイ顔〉で、ニッコリとうなずいた。/私はシゲやんに誓う。/「分裂して良かったなぁ」と公言してはばからなかったシゲやんに誓っておく。/一、二人して企画し、みんなで煮詰めてきた新しい運動方針を実践し、さらに豊かに発展させていく。/一、どんな困難に出会っても、「運動をしてきて良かったなぁ、とお互いに言い合えるような闘いをみんなで創ろう!」というシゲやんの呼び掛けに応えていく。/一、「差別を許さんぞ」「口惜しいなぁ」というシゲやんの言葉を大事にして、差別をなくすため一生懸命がんばってきたシゲやんの思いを次の世代にちゃんと伝えていく。】。

  • 11月12日 「香田証生さんを、そして日本を、救うためのメッセージ集」(Academia e-Network Poll プロジェクト)。▼斯かる時にこれは問題にせねばならない、講談社現代新書リニューアル問題!(その5) 狩野宏樹「講談社現代新書の新しいフォーマットはダメだと思う」04.11.12作業メモとか考えた事とか(2004年11月)。同感!必読! 「スペキュレイタ」(.11.11)/「はてなダイアリー日々是魚を蹴る」(.11.10)/「第弐斎藤|土踏まず日記(2004年11月上旬)」(.11.10)/「徘徊の記録」(.11.10)。

  • 11月11日 斯かる時にこれは問題にせねばならない、講談社現代新書リニューアル問題!(その4) 臼田捷治『装幀列伝 本を設計する仕事人たち』2004年9月、平凡社新書。中島英樹を【斬新なミニマリズムと先駆の姿勢】と評する臼田は中島のデザインした『NEATNIK』『OVER DRIVE』を紹介しつつ【ゴシック横組によるこうしたタイポグラフィは、欧文的な文字組を日本語に置き換えただけで、まだ理想とする域には至っていないと中島は釘を刺す。しかし、口語に近い間をもって改行を頻繁に入れるメールや携帯電話による送信に慣れ親しんだ世代のコミュニケーション感覚にも通じる、かつてない印刷を場とする文字表現の具体化として特筆に価するのではないだろうか。/『CUT』連載中から作家の吉本(よしもと)ばななと画家、奈良美智、それに中島という国際的な評価の高い三人のクリエーターのコラボレーションが話題を呼んだ『ひな菊の人生』(ロッキング・オン、二〇〇〇年)もまた、明朝の縦組でありながら、センテンスが醸す意味性に基づいて段組を自在に変え、随時行分けをはさむことから生まれる独自の柔らかな間合いが新鮮だ。かつて一九八〇年代のポストモダニズム全盛期に戸田ツトム、鈴木一誌らが試みた「知的レイアウト」とはまた違った親しみやすさに包まれているように思う。中島は文字組に対する姿勢を次のように述べる。/「デザインを感じさせないデザインがよい文字組とされる。それはそれで正しいんですが、それだけでは絶対ないはず。こういう文字組は僕のエゴでできあがったわけではなくて、吉本さんをはじめとして、みな著者との信頼関係に基づくものです。僕もそうですが、本を読む習慣が少ない人は普通の文字組で読んでいると、途中で雑念が入ってまた元に戻ってしまうことがある。ですから、多少読みづらくすることによって、より文字に集中してもらいたい。つまり、僕の言う『ディスコミュニケーション』はコミュニケーションの拒絶ではなくて、もっと深いコミュニケーションを取りたいということなんです」。/中島のいうようにこうした文字組こそ、読書が欠くべからざるものとして日常生活に浸透していた世代とは明らかに異なる今の若者層(前記のメール世代とも重複する層)が、かえって抵抗なく文章と向き合える試みといえるのであろう。】と書いている。関連:「講談社現代新書」BLOG half_space(04.11.09)。

  • 11月10日 「グアンタナモ:軍事法廷は違法 米連邦地裁判決」.11.09毎日。関連:日経(共同)。関連読書録:04.06.29付 / 03.10.13付。▼『精神医療』第4次36号(2004年10月、批評社)が“「うつの時代」を撃つ!”を特集、(座談会)宮台真司・香山リカ・高岡健・高木俊介「拡散するうつ病 depressionと「ありうべき社会」」で宮台は述べている。【うつ病の機能的側面を「コミュニケーションあるいは社会に参加することへの意欲現象的に失う」点に見出すなら、高岡さんがおっしゃったことは社会システム理論とマッチします。日露戦争の後、急激な重工業化と都市化が進んだ時代に、うつ病が増えます。これは社会学者も注目しています。この頃はじめて周りが知らない人だらけになる。知らない人と一緒に電車に乗り、知らない人の作った飯を食堂で喰うようになる。こうした変化があると自分を社会に位置づけるための従来の方法が通用しなくなります。〔……〕/それを踏まえて、過去十数年間を振り返ると、日露戦争後と同様のアノミー状況が起こっているようです。アノミーとは今まで当てにできた前提が空洞化して混乱すること。うつで言えばmelancholicよりもdepressiveです。実は社会学のアノミー概念と精神医学のうつ概念とは近縁です。うつでは、理想的な自分からの乖離が問題になりますが、今まで当てにできた前提が消えれば、自分であるはずの自分が得られなくなるのは当然です。/なぜ社会がアノミー化するのか。日露戦争後は「都市化」が問題でした。知らない者たちと集住するという今までにない経験がアノミーをもたらしました。高度経済成長期には「団地化」――第一段階の「郊外化」――が問題になります。専業主婦を中心とする核家族や父親の不在という今までにない経験がアノミーをもたらしました。今問題になっているのは80年代以降の「ニュータウン化」――第二段階の「郊外化」――です。いわば「コンビニ化&情報化」です。/そこで何が起こるか。「流動性の増大」によるアノミーです。分かりやすく言えば「地元商店的なアメニティ」から「デニーズ的アメニティ」への転換です。「ようこそデニーズへ」は国際標準のホスピタリティですが、そこにあるのはロールとマニュアルで、人も場所も入替え可能。そこが「地元商店的アメニティ」と違う。地元商店で客同士あるいは店主との間で立ち話がなされるのは「ロールとマニュアル」ではなく「善意と自発性」です。/非流動的な「生活世界」だと考えられた地域も家族までも、流動的な「デニーズ的アメニティ」に覆い尽くされるのが「ニュータウン化」。このおとは、人格が適応するべき社会環境・生活環境とは何なのか、どういう人格が「正常」なものなのかを考える上で重要です。そのことをアメリカニズム批判や、監視カメラに象徴される不安のポリティクスへの批判に繋げてもいい。しかし誤解してほしくないのですが、私は「デニーズ的アメニティ」を批判したいのではなく、それが社会全域を覆い尽くすことを批判したい。】。

  • 11月9日 シンポジウム「タイポグラフィ・タイプフェイスのいま。 デジタル時代の印刷文字」2004年12月4日(土)開場9:00開会 9:30閉会17:30予定、女子美術大学2号館2階224教室(収容人数380人)、無料(要申込)、主催:女子美術大学、後援:相模原市・相模原市教育委員会。●09:30開演/基調講演「書体デザイン 回顧と展望」柏木博●10:00第一部/印刷書体設計の回顧と展望 わが書体を語る(書体設計家5氏による講演と討論)桑山弥三郎 中村征宏 篠原榮太 鳥海修 小塚昌彦 司会:後藤吉郎/簡単な質疑応答●12:30休憩●13:20第二部/デジタル時代のタイポグラフィ 使用書体を語る(デザイナー6氏による講演と討論)伊勢克也 小泉均 小山壽久 ヘルムート・シュミット 中川憲造 林規章 司会:臼田捷治/簡単な質疑応答●16:00第三部/総括 デジタル時代の印刷文字(6氏を中心とした討論)臼田捷治 柏木博 後藤吉郎 小宮山博史 山本政幸 永原康史(司会)/簡単な質疑応答。

  • 11月8日 斯かる時にこれは問題にせねばならない、講談社現代新書リニューアル問題!(その3) 「別館1階 雑記らくがき帳」(.10.31)/「イライラの処方箋」(.10.31)/「ドラマ・デイズ(Mariko YOSHINO blog)」(.10.26)/「はてなダイアリー今日のあれこれ」(.10.27)/「文庫本日記」(.10.21)。関連:斯かる時にこれは問題にせねばならない、講談社現代新書リニューアル問題!(その1).11.04付 / 斯かる時にこれは問題にせねばならない、講談社現代新書リニューアル問題!(その2).11.07付。【.11.10増補】「はてなダイアリー1000万人都市の片隅から」(.11.08)/「はてなダイアリーFactmedia Liarworks」(.11.07)/「はてなダイアリー花粉航海」(.11.07)/「はてなダイアリー低速の毎日で色を忘れた世界」(.10.21)。▼企画展示「プランタン=モレトゥス博物館展/印刷革命がはじまった:グーテンベルクからプランタンへ」2005年4月23日(土)〜7月24日(日)、東京・印刷博物館、月休、10:00〜18:00(本展示室入場は17:30まで)、大人800円・大高生500円・小中学生200円、主催:印刷博物館/プランタン=モレトゥス博物館、後援:ベルギー大使館/ベルギー観光局/アントワープ市観光局。【プランタン = モレトゥス博物館は16世紀創業当時の印刷所跡、印刷者邸宅を生かした世界有数の印刷出版系博物館です。アントワープ(ベルギー)にある同館には15世紀以降の貴重な書籍、版画類が数多く残されており、今回アジア初公開となる作品83点を含む計100点前後の展示作品がご覧いただけます。ヨーロッパ近代印刷産業の成立ち、そしてフランドル地方の出版黄金時代をご紹介する展覧会です。】。

  • 11月7日 斯かる時にこれは問題にせねばならない、講談社現代新書リニューアル問題!(その2) さて、講談社のサイト(「現代新書が変わりました」)に、このほど「お詫びと訂正」が掲載された。【このたび講談社現代新書は装幀を変更いたしました。それに伴い、既刊書についてもカバー・表紙デザインを順次変更してまいりますが、十月一日付重版書目の装幀者の表記に誤りがありました。/該当書目の奥付には装幀者として杉浦康平氏およびスタッフの方のお名前を表示し、カバー袖にカバー・デザインとして中島英樹氏のお名前を表示いたしましたが、正しくは、本文・扉・目次が杉浦康平氏およびスタッフの方によるデザインであり、カバー・表紙が中島英樹氏によるデザインです。/編集部のミスにより、杉浦康平氏および関係者の方々、中島英樹氏に多大なご迷惑をおかけしてしまいました。訂正して、深くお詫び申し上げます。/株式会社講談社現代新書出版部】。

    何が解決し、何が解決していないのか。何が隠蔽されたのか。関連読書録:04.11.04付

  • 11月5日 韓統連のサイト(韓国ニュース)に「「国家保安法廃止 国民連帯」 国民ろう城 突入」「国家保安法廃止 国民ろう城 初日の風景」04.11.02。関連:「韓国:北朝鮮敵視の国家保安法廃止を勧告」04.08.25毎日 / 在日韓国良心囚同友会「声明書:「国家保安法」を一日も早く廃止せよ!」04.09.28 /「国家保安法(条文)」

  • 11月4日 斯かる時にこれは問題にせねばならない、講談社現代新書リニューアル問題! 「現代新書が変わりました」講談社 / 中島英樹「講談社現代新書の装丁のリニューアルを手掛けました。」.10.08 / 中島英樹「いま新書をどう装幀するか」現代新書創刊40周年記念特別インタビュー=新装幀の核心を語る(「本」2004年11月号)。かなりの莫迦!ありがたがる版元も莫迦!旧版重刷含めあそこまで変えて奥付の装幀クレジットそのままとは歴史の簒奪にほかならない。関連:「この本2─『大人のための文章教室』」箱男 かけだし記者のコラム集(.10.30)/「講談社現代新書、モダンにリニューアル」はてなダイアリー生活日報(.10.27)/「講談社現代新書の装幀が変更」haronのgooBLOG(.10.25)/「戯言」はてなダイアリーM.U.Database(.10.24)/「応援します、講談社現代新書。」考えるための道具箱(.10.23)/「講談社現代新書の装丁がっ!」ねずママのねごと(.10.22)/「ちょいと立ち読み。」退屈男と本と街(.10.21)/「イメチェン現代新書 私・今・そして神―開闢の哲学」うたかたの日々(.10.21)/ 仲俣暁生「新書はペーパーバックに戻ったほうがいい……」はてなダイアリー《陸這記》(.10.21)。【.11.06増補】「講談社現代新書、カバーを変える」はてなダイアリー今日のあれこれ(.10.27)。

  • 11月3日 大澤真幸「〈とき〉の思考 2/帝国のナショナリズム」〔『本』2004年11月号〕。【〈帝国〉の時代のイデオロギーとは何か? ポストモダンな多文化主義であろう。それは、多様な民族と文化の公共的な共存を謳う普遍主義である。だが、ここでわれわれは躓かざるをえない。というのも、われわれは、同じ〈帝国〉の時代に、つまり二〇世紀末期以来、世界中の各地で、ナショナリズムの嵐が吹き荒れているのも知っているからである。/現代のナショナリズムは、古典的なナショナリズムとは、逆方向に作用している。古典的なナショナリズムの最大の使命は、局地的な共同体を、国民-国家の準普遍的な共同性へと統合することにあった。それに対して、現代のナショナリズムは、国民-国家を、「民族」という小単位へと分解することを指向している。と、すると、近代的な国民-国家を準拠点においたとき、現代社会は、二つの背反するベクトルによって引き裂かれていることに気づく。一方に、国民-国家を〈帝国〉という普遍的で包括的な全体の中で相対化していこうとする動きがある。だが、他方には、国民-国家よりもさらに特殊な文化的な単位への未曾有の執着が露出してもいるのだ。/ところで、ここで、次のことに気づくべきである。一見、反ナショナリズム的な多文化主義は、決して、ナショナリズムの対極にいるわけではないという事実に、である。〔…〕/多文化主義こそ〈帝国〉のイデオロギーであった。と、すれば、われわれは、むしろ、こんなふうに考えるべきではないか。国民-国家を引き裂いている二つのベクトルは、実は、同じひとつのものなのではないか、と。そうであるとすれば、第一のベクトルが目指している普遍的な〈帝国〉が、メビウスの帯のように反転して、直接に、反対側の極にあると想定されていた「民族〔ルビ:ネーション〕」の形態を取ることもありうるのではないか。そのとき出現するのが、まさに、〈帝国〉のナショナリズムである。〔…〕/多文化主義へと至る思想の流れを、単純化すれば、次のような三段階に整理することができる。第一に、それぞれの共同体A、B……が、伝統を通じて蓄積してきた規範を、そのまま至高の善と見なす立場がある。素朴なナショナリズムやコミュニテリアンがこれに属する。第二に、普遍的とされる原理を提起して、その中で、それぞれの共同体の善を相対化する立場が出てくる。これが近代主義である。だが、普遍性を僭称するその原理は、それ自体、特定の共同体や文化の――たいていは西欧の――伝統に属する特殊なものに過ぎないということがやがて暴かれることになる。〔…〕A={a、b、c、……}。これは、Aという特定の共同体や文明の価値観が、a、b、cという局地的な共同体の諸規範を包摂する普遍性を標榜している状況を表現している。ここで、人は、気づくだろう。この同じ関係の経済的・政治的な表現こそが、帝国主義であった、と。Aは宗主国で、a、b、cが植民地である。/この第二の段階の偽ものの普遍性を否認するところから、第三段階として、多文化主義が登場する。それは、あらゆる場面で通用するような普遍的な原理を積極的に提起することはせず、つまり何が普遍的であるかということに関しては、未定のXの状態を保ちつつ、第二段階のAを含む、任意の共同体の諸文化や諸規範の平等な共存を謳うだろう。】。

  • 11月2日 (対談)菊地信義・蜂飼耳「事件が生まれる場所」〔『図書新聞』2700号2004年11月6日付〕。【菊地 情報としての文章であれば、何が、どこが重要だ、と発信する側でいくらでもコントロールできます。そもそも発信する側は発信することに目的があるわけですから。如何ようにもそれを飾ったり特徴づけたりできる。デザインはまさに操作技術として生まれてきたわけで。僕はずっとそのデザインを疑ってやってきた。デザイナーと名乗りたくないから装幀者と名乗っている、恥かしいから。/幸いなことに長い間文芸の仕事にたずさわってこれたから、本文を罫で囲みこんだり、ノンブルや小見出しを飾ったり、必要のない図版を版面へ導入しなくて済んでいたのですが、最近、文芸書でも罫や図版で、本文を飾ったり、余白をデザイナーの遊びとしかいえないような使い方をしている本を目にする。書名や著者に興を感じても、版面の読みづらさでパスしてしまう。/蜂飼 それは純粋に読書する場面において読みにくい、という感覚的なことですか。/菊地 ええ、感覚的なことです。どうしたらそういう罫から自由になれるのか、と考えたとき気がついたのが本の“チリ”なんです。チリは、読書行為において、バックの空間やものから版面を読むという行為の場へ結界の役になっていないか。/本を読み出すとき、無意識に版面と自分の視線、角度を調整しているんです。それにチリや余白を使っている。文字でその調整は出来ないんです。大きな枠組みからじょじょに自分を調整している。本という物の大外・縁(へり)がチリ。読み始めていくと、チリはだんだん視線から消えていく。視線が向かうのは行になり、文字になり、そして言葉が内に生まれてくる。何を見ているのか、文字を読んでいるという意識すらなくなっている。面白いもので、文章がつまらなく気が抜けてくると、チリが、或いは物としての本が何となく見えているんですよね。/逆に文章を読んで感応してしまって、感慨を持つというか、気持が自分から溢れ出てしまう。未体験の心の状態に至って、不安や驚きに、視線はチリを探している。読書という事件で今までの自分ではない心に動いてしまったんだと思うんです。えっ、こんな風に感じるの、こんなことあっていいの? 自分に驚いて、チリを探す、助けを求める。それを受けとめてくれるのがチリだと思います。チリは、新しい心の秩序のために一人一人が心に描く罫なき罫なんです。人から与えられたり強要されてはいけないと思います。】。

  • 11月1日 「太平洋炭鉱労組が解散 59年の歴史に幕 委員長、闘い「大きな誇り」 釧路」.11.01北海道 /「太平洋炭鉱労組が解散 炭労の最後の組合」.10.31京都 /「太平洋炭鉱労組、31日に解散 54年の歴史に幕−−運営資金、底を尽き /北海道」.10.29毎日。▼橘木俊詔「日本の最低賃金は低すぎる」〔承前、『論座』2004年11月号〕に「最低賃金に関する国際比較」(1979年の英ポンド表示)。
     購買力平価で評価した時間あたり最低賃金額フルタイマーの中位の賃金に対する最低賃金の比率(%)最低賃金以下しか受け取っていない人の比率(%)
     ベルギー4.56504
     カナダ3.80405
     フランス3.975712
     日本2.413110
     オランダ4.27494
     ニュージーランド3.18461
     ポルトガル1.655
     スペイン2.10322
     アメリカ3.67385