読書録 2004年9月前半(敬称略)

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  • 9月15日 『談』no.71(2004年8月)が“匿名性と野蛮”を特集、酒井隆史「匿名性 ナルシシズムの防衛」。ニューヨークのゼロ・トレランス政策のもとになった「割れた窓」理論にふれて【「髪の乱れは心の乱れ」という言葉があるでしょう。振る舞いの乱れがやがて心の乱れにつながっていく、そういう格言ですが、それと同じような発想かもしれません。ちょっとした道徳的な乱れ、ルール違反、秩序の乱れが、やがて大きな犯罪につながっていく。割れたガラス窓がその徴候を示しているというわけです。/一見これは自明のように思われるかもしれませんが、じつは近代法の基本から言うと逸脱をはらんでいます。近代法は、むしろ秩序の乱れと法の乱れをひとまず切り離して捉えます。それらは別のものとするのが近代法の出発点なんです。たとえば、キリスト教の時代には、秩序を乱すこと、モラルに違反することは、同時に神の秩序を乱すことであり、違法と見なされました。法と秩序はなだらかな連続性をもっていたわけです。しかし、近代法は法と秩序を厳しく区別します。たとえ秩序のレベルを乱すことがあっても、その人間が違法行為を犯していなければその人間に対して司法のレベルでは触れてはいけない、これが近代刑法の原則です。だからこそ予防拘禁のように、予防的に人を拘束することが問題になる。つまり、近代法の原則に反するからです。予防拘禁や予防という発想が、近代法の中から出てくるということはあり得ないわけで、それは常に司法の外から現れてくると考えていい。ところが、今、こうした近代法の原則そのものが徐々に破られ始めているのです。〔……〕秩序と法の境界線がどんどんあいまいになりつつある。そういう現状と「割れた窓」理論が出てきた背景には、おそらく強い並行関係があります。というか、「割れた窓」理論は、そういう現状をきわめて見えやすい形で表現していると言うべきかもしれません。】。

  • 9月14日 「本の街のガリ版展」10月13日(水)〜10月19日(火)、11:00-18:00(最終日16:30まで)、東京古書会館。▼再掲。「普天間基地返還要求 3万人が怒りの結集 宜野湾市民大会」.09.13琉球新報 /「「普天間」返還要求/ヘリ事故糾弾3万人決議 沖国大で市民大会」.09.13沖縄タイムス。→関連ニュース

  • 9月13日 「普天間基地返還要求 3万人が怒りの結集 宜野湾市民大会」.09.13琉球新報 /「「普天間」返還要求/ヘリ事故糾弾3万人決議 沖国大で市民大会」.09.13沖縄タイムス。→関連ニュース。▼再掲。「米軍は警察の指揮下/神奈川の事故現場分担」04.09.12沖縄タイムス /「現場封鎖は合意違反/本紙入手の「緊急措置要領」/ヘリ墜落対応/82年米軍含め制定」09.11沖縄タイムス。

  • 9月12日 「米軍は警察の指揮下/神奈川の事故現場分担」04.09.12沖縄タイムス /「現場封鎖は合意違反/本紙入手の「緊急措置要領」/ヘリ墜落対応/82年米軍含め制定」09.11沖縄タイムス。▼「創刊号のパノラマ−近代日本の雑誌・岩波書店コレクションより−」2004年9月4日(土)〜10月11日(月祝)、うらわ美術館ギャラリーA・B・C、午前10時〜午後8時(入場は7時30分まで)、月休、一般630円大高生420円中小生210円。【発行日が待たれるほどであっても、いつの間にか処分され、残されていることが少ないのが「雑誌」というものかもしれません。/この程、学術書などの出版で知られる岩波書店に、創刊号を主に様々な雑誌がまとまって保管されてきたことがわかりました。それらは、1867(慶應3)年から1956(昭和31)年までの間に発刊された雑誌2900余冊から成り、創刊号について言えば日本有数のコレクションに数えられるものです。集められた内容も幅広く、『太陽』や『婦人公論』のようによく知られたものも含む一方で、入手困難で稀少な雑誌が多いところに一つの特色があります。各種研究機関の紀要や地方の校友会誌、ガリ版刷りのミニコミ誌などがあるかと思えば、花柳界やカフェーの艶やかな同人誌もあるというように、硬軟とり混ぜたところもこのコレクションの魅力でしょう。/本展では、このようなバラエティに富んだコレクションの中から、美しい表紙や目をひくレイアウト、時代を映すカットや挿入写真に着目し、約1500冊の創刊号を選りすぐりました。それらを文芸誌や大衆娯楽誌、あるいは婦人誌、少年雑誌などといった従来の枠組みではなく、まさに創刊された年に従って紹介します。いつどのような雑誌がつくられてきたかを一望しながら、時代の空気、1冊1冊から発せられる創刊の意欲をぜひ感じとっていただきたいと思います。】。

  • 9月11日 イラクの日本人人質事件で拘束された高遠菜穂子さん記者会見(2004年9月7日・外国特派員協会).09.09ビデオニュース・ドットコム[動画]。▼「声明 盧武鉉大統領の国家保安法廃止発言を支持する」04.09.07在日韓国民主統一連合。関連:「国家保安法廃止国民連帯が再発足」04.08.21民族時報 / キム・ダン「盧大統領、国家保安法の廃止を主張」.09.07JANJAN。▼大西巨人のホームページ「巨人館」で9月8日、大西巨人『縮図・インコ道理教』連載開始、第1回(PDF)。▼辻井憲治「リトアニアの原発、日本に先がけて解体準備中」(1)廃棄物の処理.09.05JANJAN/(2)エネルギー政策.09.06JANJAN/(3)環境.09.07JANJAN。

  • 9月10日 『俳句』2004年9月号が“結社と俳句の功罪”を特集、(座談会)筑紫磐井・マブソン青眼・岩淵喜代子「結社と句会に新たな風を!」。【筑紫―今、俳句は当然、文学の一ジャンルという前提で考えておられると思いますが、ときどき、俳句は文学じゃないんじゃないかという問い掛けをする人がいます。石田波郷は「俳句は文学ではない」と言いました。/マブソン―桑原武夫の「第二芸術論」とか。/筑紫―あれは完全に否定ですが、「俳句は素晴らしいけれど文学ではない」と言ったのが波郷です。虚子も「俳句は極めて特殊な文学である」と言っています。どうも俳句は西洋的な文学のスタンダードに当てはめられないようなところがある。今、マブソンさんからフランスとの関係を伺いましたが、俳句は全くピュアな文学か、そうじゃないか、感じておられるところを少しお話しください。/マブソン―虚子の見解は俳句の特殊な面を強調していると思います。虚子の言葉で「選句は創作なり」があります。文学は独創的な個人的な想像力だけなのか、そうではなくて日本の短詩型のように共同的な想像力による創作なのか。日本文学はおそらく世界文学の中で最も共同的な要素が感じられますね。一見、類句ばかりのようで、いつも何かを踏まえているようですが、だからこそ、個性がひきたつ部分もあります。俳句は日本が世界に誇ることが出来る新しい共同的文学ではないでしょうか。面白いのは、これは稲作の関係なのかも分かりませんが、日本は昔から講を組んだりして共同体的な生き方をしていましたね。連句の始まりもおそらく囲炉裏を囲んでのものだったでしょう。歌垣もそうでしょう。これほど共同体を重視する国民はないかも知れません。ですから、こういう国のこういう文学はむしろ世界の文化遺産ではないかという気がします。/岩淵―俳句は、外国でもハイクという呼び方しかしていませんね。/マブソン―でも、それが“俳句”かどうか。つまり向こうでは日本の俳句のように、本意を踏まえたり、以前の作品を踏まえたりする環境が整っていないような気がします。言語的、文学的な環境が。単に短いから流行ったという要因もあると思います。〔…〕】。

  • 9月9日 企画展示「西洋が伝えた日本/日本が描いた異国」9月11日(土)〜12月12日(日)、月休、印刷博物館、500円/大高生300円/小中学生200円。【今年は、日米和親条約が締結されてから150年という節目の年にあたります。/日本が開国を迎える以前の鎖国時代から、開国を機に西洋との国交を深めていくまでの期間、日本と西洋は、さまざまな視覚情報を通じて、相互にイメージを膨らませ、関心を高めていきました。こうした関心の高まりが、西洋をして、日本を開国へと向かわせ、日本をして、西洋先進文化を導入し、近代化を押し進めていく役割を担ったと考えられます。/こうしたイメージを膨らませる視覚情報としての役割を担ったのが、地図や挿絵、版画などの図版印刷でした。鎖国という、閉ざされた時代においても、日本、西洋双方の視覚情報が図版印刷により伝えられ、イメージを喚起させました。また、開国以降の日本では、西洋先進文化の導入による近代化の様相が、図版印刷により伝えられ、新時代の到来として受け止められたのです。こうした図版印刷による視覚情報伝達を可能としたのが、木版や、銅版、石版といった、図版を生み出すさまざまな印刷技術でした。/本企画展では、鎖国時代から、開国を機に日本と西洋が国交を深めていくまでの間、相互にどのようなイメージを持ち、膨らませていったのかを、さまざまな図版印刷資料により紹介します。】。

  • 9月8日 企画展「印刷解体」9月11日(土)〜29日(水)、渋谷パルコ・ロゴスギャラリー(東京・渋谷)。【ある日、店にやって来たお客さんから不思議なものを見せられました。/黒いガラスの板に白抜きの文字や特殊記号が並んでいます。光に透かして見ると、並んだ文字が実に美しく見えます。「文字」だけを取り出して見ることによって、万事思いの至らない私は、普段眼にしているごく普通の明朝やゴシック体の文字の美しさに、初めて気付いたわけです。/この物体は一体何なのか。/聞けば写真植字、通称「写植」といわれる印刷に使うための「文字盤」というもので、需要が急激に減ってしまったため、ほぼ廃棄処分の運命にあるというのでした。そして、それを見せてくださったお客さんは、西に文字盤を割るという印刷所があれば行って割ってはいけない譲ってくださいといい、東に解体される街の印刷所があると聞けば行って捨ててはいけない譲ってくださいといい、まあそのようにして、個人の意思で文字盤を保存しようとしているのでした。〔…〕】。時勢ははやいものです!

  • 9月7日 宮台真司『亜細亜主義の顛末に学べ 宮台真司の反グローバライゼーション・ガイダンス』2004年9月、実践社。亜細亜主義から学ぶこととして宮台は「“弱者の論理”が持つ危険」を指摘している。【第五に重要なのは「力と美をめぐる逆説」です。〔…〕「力と美」は亜細亜主義の大御所・岡倉天心の対立概念です。「力」は文字通り列強の軍事力。それに屠られる弱者らの共通感覚が「美」。〔…〕天心のonenessは「力」の脅威を前提にしたネタで、「列強の力に抑圧されたる弱者は、美によって連帯し、力の獲得に向けて頑張れ」みたいなもの。/でも「美」がその程度のものでしかないからこそ「力と美」の逆説が生まれる。逆説は二つあって、両方とも亜細亜主義の顛末に表れてます。第一に、「力」を獲得したら「美」はどうでもよくなるのではないか。石原莞爾的に言えば日露戦争後の堕落への道、三島由起夫的に言えば戦後復興以降の堕落への道です。在日コリアンや沖縄や被差別部落の人たちも、単に日本人化・本土並み化・一般人化して「力」を獲得するだけでは、「力なきこと」と表裏一体の共通感覚たる「美」を失うのではないかとの意識を持つようになった。/「力」を獲得しても「美」を維持する道はないか。ある。「力」を獲得した後も自分を「弱者」として規定しつづければいい。でもそれこそが「弱者の思想」だった亜細亜主義が帝国主義的大陸進出の翼賛思想に成り下がる顛末です。〔…〕/松本健一や廣松渉は、この顛末が亜細亜主義の思想的弱点によるものだとし、当の顛末ゆえに亜細亜主義が戦後タブーになって思想的弱点を究明できなくなったと言う。でも私の考えでは、そこにあるのは特定思想の弱点ではなく、「力と美」をめぐって歴史的に反復する逆説のパターンです。〔……〕/米国は、弱者たる記憶や自意識を利用して内部結束や外部動員を図る歴史があります。先に述べたのは「強国になった弱者」の問題であり、今述べたのは「強国の中の弱者」の問題です。「強国になった弱者」や「強国の中の弱者」の、思考停止的な突進を、いかに抑止するのか。〔…〕/「強国になった弱者」の問題と亜細亜主義の関係は述べましたが、「強国の中の弱者」の問題もまた亜細亜主義には馴染み深い。宮崎学氏が『近代の奈落』という水平運動の歴史を辿った本を出しましたが、被差別民自らが弱者の共同性ゆえに天皇親政の実現を目指して戦争動員された問題に触れています。「力と美の逆説」はことほどさように今日的です。】。

  • 9月6日 『ダ・ヴィンチ』2004年10月号(メディアファクトリー)が中島らも追悼企画“らもさん、たくさんの言葉をありがとう”。岸本亜紀【〔…〕黙っていることが大半で、しばらくするとぽつりと話し出す。そんならもさんのペースに、最初は怒っているのかとか、眠いのではないかとかいろいろ気を回したものだが、それがらもさんのリズムだと慣れるまでに1年ほどかかった。与太話ではあるけれど、その少ない言葉の裏に、フランス文学を基盤にした膨大な知識があることを知った。そのうち酒を一緒に飲む機会も増え、笑い話の中に、らもさんの人間性を垣間見る機会が増えた。偽善的なものを嫌い、人間の品性を瞬時に見抜く人だった。/約10年という月日の中で、アムステルダム、中国、台北、新潟を旅した。何事にも真面目に取り組まれ、その国のポイントを的確につかむ。時間をきっちり守り、みなと一緒によく食べ、よく飲んだ。らもさんが選ぶ店はどこもおいしい店だった。「お客さんがたくさん並んでいる店を狙うんや」と教えてくれた。/らもさんを思うとき、重みを持って迫ってくる印象的な会話がある。二人の共通の友人が亡くなったときの話だ。「先に死んでいく人を見ると、いいなぁと思うねん」と、らもさんは言った。私は悲しみの淵におり、その意味がまったく分からないと反論しようとした。らもさんは続けた。「生きるということは窮屈なんや。しらふではやってられへん。それから解放されるんやから羨ましい」と。私は分かったような分からないような気持ちでいた。今でもその本当の意味は分かったとはいえない。親や先生から教えられた常識というカセをどんどんとっぱらってくれる人だった。そんなに自分を追い詰めないで、湿っぽくならないで、世の中はもっと広くて、自由で、そして孤独なんだと教えてくれた。実はラブソングをたくさん書いていた。「恋は病気と同じだ」とかなんとか言いながら。真夜中に好きな女の子の家を訪ね、2階の窓に石のつぶてを投げて自分が下にいることを告げる、というような歌詞の歌がある。隠してはいたけれど、にじみ出るロマンチックさも大きな魅力のひとつだった。10年という月日はあっという間だった。私たちは、らもさんの残した多くの言葉を一人でも多くの読者に伝えたいと思う。生き急いで逝ってしまったらもさんの本を手にしてもらいたいと願って止まない。】。

  • 9月5日 承前『大航海』No.52(2004年10月)に、山極寿一・新宮一成「人類の起源と幼児期」。【――生得的にカテゴリー理解は可能だということはチョムスキーの考え方につながるものですが、霊長類研究をされている方々はチョムスキーの考え方に対して疑問を呈していて、人間の言葉は他の霊長類などの言語に類するものの延長線上にあると考えているようですね。ところが類人猿は記号のうちイコン(類像)からインデックス(指標)までは理解できるけれどもシンボル(象徴)までは理解できないという。シンボルはカテゴリーの問題に繋がるものです。鳥にも言語があるというがそれはインデックスに留まるわけで、言語=シンボルと考えるとシンボルが理解できないとは、そこに大きな言語の壁があるということ。その壁をあると考えるか考えないかが生得的に理解の能力があるかどうかにつながりますね。認知科学の研究者は壁があるという立場で、スー・サベージ‐ランボーはチンパンジーにシンボル理解ができたという記録を残していますが、それもかなり巧妙な実験をして何とか理解させたという程度ですね。/山極 自然界を分類していくことは博物学的知性としてできるわけですが、それを命名して階層化していくにはシンボル理解ができないとたぶん難しいでしょう。たとえば走るという動作をわれわれは考えるとき、それは人間が走っても犬が走っても鶏が走っても同じ動作ですよね。それはやはりあるものを同一のものとして見ることが土台になって、あるシンボル化を頭の中でできなければ同一化はできない、という話なんです。/もう一つは超越性という問題がある。言語はやはり時間と空間を無視できますし、現実に起こっていないことでもつくりだすことができる。これは類人猿の思考とは違う。生態学的知性から言えば、木の実がなっているときと実を器に盛ったときと、別のものと考えるのが生態学的知性です。動物は同じものとは見なさない。ですから、食物の分布や場所によって動物の行動も大きな影響を受ける。それがどこにあっても同じと考えるのがシンボルの持つ意味で、あるものが場所を離れても同じ意味を持って操作可能なものになっていく。/新宮 いまおっしゃった超越性には、どこででも使えるという性質のほかに、もうひとつ、階層構造に伴う無限性がありますね。そのふたつの点で神に似てくるわけです。神という概念が、象徴を使いこなすときにあと一歩のところで見えてくる。/ラカンは象徴を使うことが社会の中では「父」という機能に割り振られたのだと言っている。類人猿の場合に、父の機能を象徴を使うことと同じように社会的に創り出していることはあるでしょうか。/山極 それが希薄なんです。あえて言えば食物を社会構造のもとにしている。これが前象徴的と言えるかもしれません。】。

  • 9月4日 『大航海』No.52(2004年10月)が“言語と人類の起源”を特集、阿保順子・三浦雅士「言葉が消えるとき」。【三浦 〔…〕人間は、日本語であれ、英語であれ、フランス語であれ、具体的な言葉を獲得する以前に文脈を獲得しているということですね。〔…〕阿保さんの参与観察で最初に強く印象づけられるのは、人間は最初から言語の網目のなかにあって、会話はその言語と言う網目を活性化する潤滑油みたいなもので、幸いそのなかでかなり具体的な意味性を持つ会話というものが成立することになるという印象を受ける。言語のそういう階層性がすごく感じられる。〔…〕/阿保 〔…〕たとえば関与のみに支えられている会話というものもあるわけです。『痴呆老人が創造する世界』では「会話アラカルト」ということにしましたが、研究論文のときには三つのレベルに分けたんです。関与のみに支えられている会話は、いろんな人が入り乱れて、誰と誰がかかわっているのか分からなくなっちゃうわけですよ。そしてその中の一人が今度は怒ったり怒鳴り声をあげたりするんです。そうするとどうしたらいいかわからずにみんなギブアップになってしまって、ある人はその人から目をそらしてしまうとか、うつむくとか、あるいはある人はその場から消えるとかということをするんです。ということは、そういうことは社会化していく過程で、言葉が分からなくても体験として身に付いているんだと思うんです。いわゆる社会化の文脈というのがあるんだと思うんですよ。/三浦 それはすごく重要だと思います。いわゆる言葉は言語の一部分であって、本当は言語システムというのはもっと根底的で、いわゆる言葉があるかないかという次元の以前にあるのではないかということですね。チンパンジーやボノボも潜在的には言語的な世界のなかにすでに存在しているとさえ思わせますよね。/阿保 たぶんあると思いますよ。体験としてはみんな持っていますもの。たとえば子育てするときに、やけどをしては困るとストーブに手を近づけてあっちい、あっちいってやる。つまりこの体験が熱いということだよというふうに、私たちは子供たちに教えていくわけです。幼稚園の先生なんかはお遊戯のときに右に回ってというと、対面しているからかならず先生自身は左に回りますよね。先生が回っている方向が右だという体験とともに右という言葉が子供たちにくっついていく。子供は体験とともに言葉を獲得していく。痴呆老人の場合はそういう体験自体は社会化の過程で身に付いているわけです。ですから、いわゆる言葉がなくなったとしても体験そのものは残っているはずですよね。だからこの体験の総称を慣習体系というのかなと思うんです。/三浦 慣習体系とは言語のことではないかと思います。〔…〕】。

  • 9月3日 ▼ショートフィルム版「花とアリス」全三章再上映!▼「10・1共謀罪に共謀罪に反対する市民の集い」10月1日(金)午後6時30分〜、文京区民センター2A集会室、基調講演:新倉修(青山学院大学法学部教授)「共謀罪の危険性」(仮)、お話し:マッド・アマノ(パロディスト)「表現の自由と監視」(仮)、報告:海渡雄一(弁護士)「国会をめぐる動向」、発言:国会議員ほか、参加費:700円、主催:共謀罪に反対する市民の集い実行委員会、連絡先:盗聴法<組対法>に反対する市民連絡会(日本消費者連盟TEL03-5155-4765/JCA-NET(広報室:西邑)Tel.070-5580-0563/ネットワ-ク・反監視プロジェクト(小倉)TEL070-5553-5495)。

  • 9月2日 張競『文化のオフサイド/ノーサイド』2004年3月、岩波書店。【文化の自己更新はたえず新たな活力をもたらすと同時に、一連の自己否定の過程でもある。そもそも文化はその内部につねに差異を生み出す構造を抱えている。しかも、そのような差異はますます拡大する傾向にある。文化は一般に安定した「結果」としてイメージされているが、実際は刻一刻と進行している動的な状態の連続である。〔……〕/異文化と多少とも接触する経験を持つ人なら、誰しも文化比較の誘惑に陥りやすい。しかし、そうした安易な「文化比較」や「異文化理解」は往々にして偏った認識にもとづいており、しかも誤った推論に導かれやすい。生活習慣や礼儀作法のわずかの違いでも、文化間の本質的な違いとして一般化され、風土的あるいは歴史的な方向で拡大解釈されることが多い。/注目すべきことに、学問的な訓練を受けた人たちもしばしば同じような誤りを犯す。しかも、学問研究という権威を振りかざしているだけに、問題はかえって厄介である。日本文化論はその一例だが、そのほかにもあたとえば、日本文化と欧米文化を一般化し、両者の関係を紋切り型として論じることがよくある。〔…〕/そうした経験主義的な「比較文化論」は文化理解にとって百害あっても一利なし。そうである以上、異なる文化のあいだの事象について、皮相な平行比較はなるべく退けるべきである。より重要なことは二つある。一つは歴史文化の時系列の展開に対する注目である。じっさい、文化本質論は歴史における文化受容の検証に堪えられない。もう一つは異文化理解の可能性についての思索である。〔……〕/一方、同時代の複数の文化間の関係について考えるとき、異文化理解の可能性という問題はつねに横たわっている。ほんらい、大いに議論すべき問題なのに、今日の社会では異なる文化を知り、多様な価値観を尊重することは無条件によいことだとされ、「文化の多様性」の擁護は、いまやほとんどイデオロギーと化している。〔……〕/わたしはそうした努力は本当の意味での異文化理解にとってあまり意味はないと思う。なぜなら、異文化を理解するのはもともと不可能だと考えているからだ。もちろん、異文化を「知る」ことはできる。また、異なる文化の人と友人になり、違う文化のなかで生活することも必ずしも難しいことではない。しかし、それで異文化を理解したとは言い難い。良好な個人関係の構築や、異文化の多種多様な風俗習慣を「知る」ことは簡単だ。しかし、個別的な文化事象を知識として認識できても、異文化に対する全面的な理解は不可能である。なぜなら、異文化は内在化することによってはじめて真に理解できるからだ。】。

  • 9月1日 9月1日午前11時よりネット予約受付開始! 「中島らも追悼ライブ「うたっておどってさわいでくれ 〜RAMO REAL PARTY〜」」10月14日(木)OPEN17:00 START18:00、前売/3000円 当日/3500円(入場整理番号付・ドリンク代別途要)、なんばHatch(大阪 地下鉄なんば駅26-B出口)、出演:中島らもと親交の深かったミュージシャン、文化人、役者の方々。