6月15日 新崎盛暉「新たな抵抗の転換点 「沖縄同時代史」全一〇巻完結インタビュー」〔『図書新聞』第2682号2004年6月19日付、聞き手・米田綱路〕。【「日の丸・君が代」の強制もそうだし、立川の自衛隊官舎へのビラ入れ逮捕などもそうですが、従来の力の行使とは、非常に違う力の行使の仕方が強まっている。ただ、それは強権発動であると同時に、弱さの露呈にもなっていると思います。いまはそういう時代に入りつつあることは間違いないですね。】という情勢認識に立つ新崎は【私たちは、アメリカや日本の行動をチェックしうる、非暴力的手段を持っている。ならば、そういう非暴力的手段による、暴力的抵抗を超えるような運動を創り出すことで、暴力による抵抗運動に対する連帯と批判の双方向を示さなければだめだと思うんですね。/いまの段階では、私はそういう結論に達しています。振り返ってみて、ヴェトナム戦争はどうだったか。サイゴンのアメリカ大使館に、テト攻勢のときにゲリラが突入した。それはある意味では自爆攻撃です。つまり、特攻攻撃をやっているわけだけれど、そのとき「それではだめだ」というような批判なんて何もない。私は、もう一度そこに帰ってみる必要があるんじゃないかと思うんです。/その時代には、マルクス主義や民族解放闘争という大義名分を、みんなが了解していた。だから、かつてのヴェトナム民族解放闘争の理念が支持できたところがある。ところが、いまはわかりにくい宗教的要素などもあって、「自爆テロはテロではないか」という批判に止まってしまっている。しかしそこには、やはり耐え難いほど追い詰められた人たちの抵抗として共通する部分があるし、それを批判するのは非暴力的な闘争がそれよりも有効性を発揮してみせるとき以外、私はありえないと思いますね。/やはり、「暴力と暴力の悪循環反対」というような言い方が、いまいちばん問題の焦点をぼやかしてしまう。それらは決して同じ質の暴力ではないということを、私たちは非暴力という言葉でチャラにしてはいけないのではないかと思います。】と指摘している。
6月14日 『文芸ポスト』季刊第25号2004年夏(2004.07.15発行)が“時代を超えたフォーク・シンガー”を特集、田口トモロヲ「遠藤賢司という作品」。【当時はフォークとして聴いていたかもしれませんが、エンケンさんの音楽はフォークとかロックとかというジャンルに収まらない。〔…〕/僕を音楽的に解放してくれたのはパンクだったんです。音楽が苦手でコンプレックスがあったんですが、楽器が弾けなくても自分流にバンドをやっていいんだと教えてくれたんです。/エンケンさんにも常にパンクを感じます。たとえば《カレーライス》のようにすごく優しい感じの曲であってもトータルとして、生き方を含めるとロックであり、パンクであると。パンクって音楽以前のものであり、だからこそ音楽以上のことだと思うんです。六〇年代のいちばんいい時期だったロックが持っている力。それをエンケンさんはきちっと継承されてるんじゃないかなと思います。/エンケンさんの場合、ジャンルにはあまり意味がなくて、突き詰めていくとご自身もおっしゃってる“純音楽”という言い方になると思います。スタイルや形にとらわれず、物まねでない自分自身の音と言葉で表現する音楽――世間にあるシステムじゃないんだ、自分というシステムを突き詰めようとしているんだという意思じゃないでしょうか。/きっと音楽でも何でも表現って自分探しだと思うんです。そういう意味では、ロックというジャンルにとどまらないで自分をさらに見つけようとしている。だから、これから先もわかんないよ、というような宣言じゃないんですかね。エンケンさんって世界で本当にオンリーワンなものという気がするんです。音楽ってコマーシャルな世界ですから、オンリーワンを貫きながら新しいアルバムを発売してツアーしてっていうのは本当に難しいし大変だと思います。】。
6月12日 「カルテット 着陸と着水X 中西夏之展」2004年4月10日(土)〜6月27日(日)、川村記念美術館、午前9時30分〜午後5時(入館は4時30分まで)、月曜休館、一般1,000円/大高生・70歳以上800円。【〔…〕中西夏之は、現代絵画の可能性を独自に切り開いてきましたが、1995年以降、イメージおよび絵画の構造を探究するために、通常の絵画形式を逸脱するインスタレーション的な形式、「着陸と着水」シリーズを試行してきました。〔……〕/「着陸と着水」シリーズは、「絵画場」や「絵画衝動」の探究として開拓されたものであり、いわば絵画の自律を目指されています。中西の絵画の思考と実践は、土方巽、大野一雄らの暗黒舞踏との協働の経験とその検証を真剣に引き受けてきたがゆえの強度を持っています。絵画の自律への試みである「着陸と着水」の新たな展示=上演空間は、天児牛大の率いる山海塾の舞踏、ペーター・エトヴェシュ作曲の新作オペラ「三人姉妹」、リチャード・ロジャースやジャン・ヌーベルらの建築プロジェクトなど、他の芸術ジャンルからの積極的な要請を受け、協働へと連動されてきました。/「カルテット(四重奏)」について中西は、無限に遠い四方から奏者が中心へ向かってくるイメージをその演奏空間と解釈し、ここで聴こえているヴァイオリンの音が、「無限遠点」から延びる弓で弾かれているという仮定、つまり、今ここで響いている音楽が、無限に離れたところからの遠隔操作を受けているというコンセプトを提示しています。あたかも波が打ち返すように、「無限遠点」から「ここ」へ、また、「ここ」から「無限遠点」へと響きは反射していきます。/この無限遠点の考え方は、中西絵画の重要なコンセプトとして、すでに著作『大括弧 緩やかにみつめるためにいつまでも佇む、装置』(筑摩書房、1989年)以降、日本現代美術に大きな影響を与えてきたものです。自作の弓をキャンバスに組み込んだ「弓形」、微妙に交差していくかのような「二つの円(環)」、「作品−たとえば波打ち際にて」といった独特な作品群。これらは、無限遠点に中心を設定された巨大な円の弧が絵画面に接しているのであるという、絵画、画家、観客を含みこんだ巨大な空間の構造を意図しており、従来の絵画と観客との位置関係=場所性を一新させるものです。】。→プレスリリース。
6月11日 大杉重男「作者の死・著作権者の延命・読者の不死(コピーライトについての試論 第一回)」〔『早稲田文学』2004年7月号掲載〕。【「著作権」とは「著作権」の権利ではなく、「著作権者」の権利である】【コピーライトとは「読む権利」であり、「読ませる権利」である】として、自身の未発表原稿を死後焼却するようにという遺言に反して全集に収録されたカフカの例、やはり自身の未完作品の公開を禁じた遺志に反して全集に収録された小林秀雄の例へと検討を進める大杉は、【現在の日本は、小林の次代と同様に翻訳文化、複製文化の中にある。ただ小林の時代において暗黙に了解されていたコピーすることの節度が崩壊し、一方ではコピーライトの暴力的な侵害と、他方ではセキュリティの暴力的強化とが、互いにその強度を競って衝突している。それはまた書くことの節度の解体でもある。〔……〕/ブランショによれば、書くことにおいて真に重要なのは「書くことを止め、書かれているものを断ち切る力」である。〔…〕/書くことを断念することのできる者だけが真に書くことができる。たとえば筆が乗って来るとそこで万年筆を置いて書くのをやめたという葛西善蔵のような作家は、このような「作家の支配力」の所有者であったと言えるかもしれない。善蔵は自身の中のダイモンの声に忠実であった。/私はこのダイモンの声を神秘的なものとはとらえない。むしろ徹底的に制度的で物質的な力として考える。実際ブランショの比喩は「鉛筆」を手に持つという身体的身振りと不可分の関係にある。従ってこの比喩は、今ここでキーボードを叩いてこの文章をパソコンに打ち込んでいる私にはもはや当てはまらない。〔…〕すなわちどちらの手も書いている手である。そしてこの書いている両手を止めてくれる第三の手、私に書くことを禁止するダイモンの声は、私の中にはない。〔……〕/書くことや読むことを止める否定の力は私自身の中にはない。それでは誰が私を止めるのか。私の外にある他者の手による以外にない。「著作権者」はこのような他者の一つのモデルである。「作者」と「読者」は共に主体としては存在しない。読むことと書くこととの間に本質的な差異はない。書くことは何かしらの観念をコピーすることであり、読むことは書かれたものをコピーすることである。従ってそこにおいて共通してコピーライトが問題になる。】として【コピーライトのライトを「権利」「権力」ではなく「正義」の問題として考えること】【「複製技術」ならぬ「複製権」時代の生と芸術の様相が、理論的・歴史的に検証されなければならない。】と書いている。
6月10日 筒井康隆「滅びゆく文学は世代交代では救えない」〔『中央公論』2004年6月号掲載〕。【近年、某社からやたらに若い女性の書き手が登場するが、本来的に二十歳以前の文学は無理なのである。〔…〕売り出すとすればまさにその年齢でしか書けない感性によるしかないのであろうが、そんな才能だけでいつまでも書けるわけがなく、大学に入ってからの文学修業など知性の末端肥大や混乱を招くだけであって、彼女たちの将来を考えればティーンエージャーの文学デビューをここいらで打ち切りにした方がよいと考えられる。出版社はホリプロではない。ティーンエージャーの女性文学者だけで「モーニング娘。」を作ってどうするのか。大人の読者を馬鹿にした所業としか思えず、架空の想定による彼女たちの追っかけめいた若い文学愛好者など当てにしてはならない。】【落語の場合、大企業の金儲けではなく、落語家個人個人の意志で、現代に生きる芸能人としての自由な試みをしています。「差別落語」として消されようとしているネタばかりを集めて口演している噺家がいるなんて、嬉しいじゃないですか。お客さんも、本当に好きな人は、おじいさんばかりでなく若い人にもいる。結果として、研究熱心な若い落語家がどんどん出てくることになるのです。/もっと偉いと思うのが歌舞伎です。お客が入らないと成り立たない「興行」を、大企業がやっている。採算を重視して人気演目だけを上演しているのかといえば、そうでもない。古典を、しかも昔通りにやったほうがお客さんに喜ばれるということもある。そういうお客さんをつねに持ち続けているというのは、歌舞伎の功績だと思います。/文学は伝統芸能ではないだけに、決められた修業があるわけではない。作家志望の人が、文学の基礎がないままに、お稽古ごとのように純文学を学び、いま売れているからという理由で、綿矢さんの作品を読んで真似をするなんて、とんでもないことです。〔……〕/こういう勘違いが生まれてくる背景には、編集者の質の問題もあります。編集者がいままでの文学の遺産について、どの程度の知識を持っているかということです。】と指摘する筒井は【文学とは、衝撃を与えなければならないものなのです。】とむすんでいる。
6月9日 ▼「語彙・辞書研究会第25回研究発表会」2004年6月26日(土)13時15分、三省堂文化会館。▼ワークショップ「キリシタン版を印刷から考える」2004年7月11日(日)10:30−17:00、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、岸本恵実(写本と版本)/白井純(漢字活字字体)/豊島正之(版式と製本)/府川充男(組版)/Jim Breen(字形計量)/鈴木広光(司会)。
6月8日 ▼6月7日、映画「風音」の公式サイトがオープンした。→http://www.cine.co.jp/fuon/。▼「土本典昭フィルモグラフィ展 特別イベント」7月17日[土]・18日[日]、記録映画作家・土本典昭とアジアの監督の新作上映とシンポジウム、【上演時間】17日(土)14:00記録映画「S21」(リティ・パニュ監督作品)上映、16:30記録映画「送還日記」(キム・ドンウォン監督作品)、19:00「みなまた日記」(土本典昭監督最新作)、*各上映の前に監督トークを予定。/18日(日)11:00「みなまた日記」上映、13:00「S21」、15:30「送還日記」、16:00より土本典昭監督、リティ・パニュ監督(カンボジア)、キム・ドンウォン監督(韓国)3人のシンポジウムを予定。、18:30「みなまた日記」上映、*なお、上映時間や各監督の参加については変更の可能性がありますので、ご来場の前にご確認くださいますようお願いいたします。【チケット】料金未定、土本典昭フィルモグラフィ展実行委員会事務局にて発売/主催:土本典昭フィルモグラフィ展実行委員会【問い合わせ】土本典昭フィルモグラフィ展実行委員会事務局 Tel .03-5343-3101。関連:記録映画「送還日記」公式サイト「送還」(朝鮮語)。
6月7日 ▼『黒 La Nigreco』第10号(終刊号、2004年6月)が“特集・向井孝”、向井孝「【遺稿】表現・発散・解放としてのアナキズム」、前田年昭「反権力の志を楽しく貫いた向井さんのこと」ほか。▼「ウソだらけのイラク・年金なぜ国民は怒らないのか 気鋭の新世代学者2人に聞く」.06.06東京(特報)。
6月6日 承前、酒井隆史『暴力の哲学』。【市民社会が衰退して〈政治的なもの〉も凋落するいま、テロと非暴力の両極がその〈政治的なもの〉の真空を埋める】とするハートとネグリを引きつつ【暴力/非暴力の区分の手前で、直接行動についてきちんと考えなければならない】と指摘する酒井は【これについてのとりわけ重要なテキストに、アナーキストの向井孝による『暴力論ノート』があります。小さいけれどもまちがいなく名著です。】として【非暴力とはたんなる運動の戦術ではないしモラルでもなく、人々の日常的な生活状況――生産や労働、その果実の享受、そして創造活動――、ひいては生そのものである。生産や労働も、そうした社会生活の非暴力的持続と不可分の関係にある。非暴力は、不可視であり、抽象的・精神的・持続的・受動的・消極的・日常的、つまりなにごともないという状態である。しかしこの非暴力状態は、直接行動と結びつくことではじめて可視化され、力としてわれわれの眼のまえにあらわれる。たんなる暴力がないという状態ではなく、「自治管理社会として非暴力状況をみずからで具現すること」が非暴力社会と呼びうるものなのである。というのも、たんなる暴力がないという状態は、彼いうところの「擬似非暴力状態」という、ぼくたちの無力と引き換えに、国家による暴力と支配を独占するという状態と共存しているからです。〔…中略…〕/この暴力の峻別が最終的な基準たりうるかどうかは確定できません。しかしここには、これまで取り上げてきた民衆的防御の特徴をより突きつめてくれる考察があるようにおもわれます。さらにそれは、一九六八年以降の動きのなかにみられた、政治的〈活動〉が、それがあてがわれていた私的なものと区別された公的なものの領域の限界を乗り越え、生の全域を横断して〈活動〉の領域を転換させていく動きのなかに非暴力直接行動が位置づけられているといってもいいかもしれません。】と書いている。関連:向井孝「2002年の遺言 『暴力論ノート――非暴力直接行動とは何か』刊行によせて」〔黒 La Nigreco〕。
6月5日 承前、酒井隆史『暴力の哲学』。【あまりに過酷な弾圧にさらされ、あまりに内部の矛盾と多面性に充ちていたパンサー党をいまどう捉え返すかは、六八年革命へのバックラッシュのなかで、その傾向を促進する反動的な歴史修正主義と、六八年のラディカリズムの生命を受け継ぎ、その批判的検討のなかから現在の文脈において発展させるという二つの陣営の競り合いの焦点となっているようにおもいます。〔……〕/したがって、パンサー党にとどまらず数多くの実践にみられた、あるいはいまもみられるように、その転換は生そのものの自律にかかわる、しかも「構造的暴力」のなかで公共性を開くことが、なんらかのかたちで――非暴力であれなんらかの物理的力の行使であれ――この暴力、いわば主権的暴力を引き寄せ、その圧迫に対応するしかない連関のなかで生じていることです。先ほど触れたように、主権を獲得するのではなく、むしろ集権的な主権を忌避し、主権から逃走し、公共性を開いたままに維持しようとするときに、その主権の原則そのものとの接触によって生じてしまう暴力と対抗暴力の問いです。あるいはそれ以前に、〈政治的なもの〉をめぐる、協働の〈活動〉という次元とともに敵対性という次元をどう位置づけるのか、という問い。】。
6月4日 酒井隆史『暴力の哲学』2004年5月、河出書房新社。【〔…〕暴力についての議論がもっとも沸騰したのはまちがいなく一九六〇年代でした。〔……〕そこでは、社会の大きな変容と暴力についての知覚の変容が絡み合いながら進行していたようにおもえる。それを知る一つの手がかりが、日本のやくざ映画の変遷にあります。大雑把にいうと、任侠ものから実録ものへの転換です。/〔…〕この六〇年代から七〇年代の転換は、本質的なものであるようにおもわれます。〔…〕結論を先取り的にいうと、実録ものにいたって暴力が、それまで任侠ものにおいてはその内部で抑制されていた手段と目的の図式という足かせからはずれ、はじけとんでしまっているのです。】とする酒井は、【暴力とは、もはやなにかの目的のための手段につきるものではありません。つまりそれは生の表現でもあるのです。】としてメルロ=ポンティを引きつつ【「受肉された存在」ということは、ぼくたちは身体的な存在であり、世界のなかに内在する存在、ということです。暴力は、超越的ではない、こうした身体的存在としてのぼくたちにとって決して決別できるものではない。それと決別することは、ぼくたちの根ざした身体的な存在をそぎ落とすことにもなる。〔……〕暴力は手段として正当かどうか、という問いから、暴力を人間存在の多様な力の表出の一つとしてみなす、という志向性があらわれた。】と指摘し、【野村修は、ベンヤミンを手がかりにしながら、抽象的なモラルである暴力の否定が暴力を呼び込む構造を断ち、暴力の質を評価する基準を設定するために、もう一つの項である「反暴力」を挿入しました。〔……〕/ベンヤミンのいう法と暴力の循環――ぼくたちはこれを主権の創設の問題として、いわばホッブズ的な「隣人の恐怖」を土台に据えて成立する主権(国家と法)と暴力の円環として捉えてきました。法を創設したり維持したりする主権をめぐる暴力、血の匂いのする暴力を神話的暴力、そうした仕組の一切を解体する血の匂いのしない浄化的暴力を神的暴力とベンヤミンは呼びましたが、それはこの反暴力とも近いといえないでしょうか? そこにはより深遠な含蓄があることは認めますが。恐怖によって求心性の磁場をつくりだす主権を拒絶する力。残酷の組織化とエスカレーションを可能なかぎり回避するものとしての。そして、そこに非暴力直接行動があらたに位置づけられるのかもしれない。国家と主権が折り重なった時代の終わりとともに、直接行動あるいは直接活動の創造性をどこまでおし広げられるか、そこにもしかすると、いまという時代の核心がかけられているのかもしれません。】とむすんでいる。関連:向井孝「2002年の遺言 『暴力論ノート――非暴力直接行動とは何か』刊行によせて」〔黒 La Nigreco〕。
6月3日 セミナー「築地体の百二十年」2004年6月26日(土)13:00〜17:00(途中休憩あり)、印刷博物館 グーテンベルク・ルーム(東京・飯田橋)、主催:字游工房/築地電子活版、協賛:大日本スクリーン製造、後援:印刷博物館、講師:小宮山博史/岡澤慶秀、司会:府川充男/鳥海修、会費:1000円(印刷博物館の入場料300円が別途に必要です)、申込:info@jiyu-kobo.co.jpまでお名前とご連絡先(メールアドレスまたはfax番号)をそえてお申込ください。【日本活字書体史の「東の正横綱」とも申すべき築地体。その称は明治二十年代に発するという。写植の国産化に当っても築地体後期五号の書風に発する築地体十二ポイントが最初から文字盤化されたものだし,「民友社かな」などの商品名で築地体初号の仮名も広告,装釘などに多用され,長く親しまれてきた。戦後の読売新聞の見出し書体は築地体の大型ポイント活字を改作したものである。日本の活字書体史上で最も枢要な位置をしめる築地体だが,そのおのおのの書体・書風の新製の時点や改刻のディテールまでが必ずしも瞭然となっているわけではない。粘り強い研究の継続がなお必要な所以である。今回のセミナーの第一部では小宮山博史氏により最新の研究成果を披瀝していただこうと考える。/また近年,ディジタル・フォントの世界では游築五号,游築36ポ,もじくみ仮名,游築見出し明朝体,游築初号ゴシックかな,日本の活字書体名作精選,游築初号明朝かな……と,築地体の覆刻,飜刻が盛んに行われるようになっている。ここにきて,高品位和文タイポグラフィの前提も一挙に様変りしてきたと言えよう。同じ書体の覆刻であっても実のところ線質の解釈はさまざまであり,文字セットのキャラクタ,約物の構成もかなり相違している。第二部では,その制作プロセスを,字游工房で游築見出し明朝体,游築初号ゴシックかな,游築初号明朝かななどの覆刻フォント開発に当った岡澤慶秀氏に語っていただくこととする。】。
6月2日 ▼「君が代徹底 ついに警察力/ビラ配布に『卒業式妨害』 元教員宅捜索」.05.31東京(特報)。▼「椎名林檎“ソロ”封印…バンド「東京事変」で再デビュー」.05.31スポニチ(芸能)、【人気歌手の椎名林檎(25)がソロ活動を封印し、バンドで再デビューする。バンド名は「東京事変」で、音楽プロデューサーの亀田誠治(39)らとの5人組。今夏の野外ロックフェスティバルでお披露目し、秋にCDデビューする。林檎は「ひとりきりで作る音楽はやり終えた」と話している。】。関連:「SR猫柳本線」に椎名林檎からの所信表明、首謀者紹介、東京事変活動情報ほか(「東京事変」オフィシャルページは東芝EMIで近日オープン) / 「椎名林檎ニッケルオデオン性銀映」(映像・楽曲試聴)。
6月1日 「琉球放送創立50周年記念企画/映画『風音』公開記念特集 沖縄の文学と映画〜ぼくたちの島の、まだ終わらない物語〜」、【沖縄で書かれた文学。沖縄で撮られた映画。沖縄の文学と映画が書き続けてきた特別な世界があるとすれば、それは何だろうか。いまOKINAWAがブームである。南の島、癒しの島という消費者が求めるイメージが氾濫している。しかし、「外側の力」によって、本土が、米国が求めるままに姿を変えていった先にある現実から目をそらしてはいないか。沖縄から生まれた4人の芥川賞作家が書き続けてきた「内側の力」が、いま必要なのではないか。大城立裕、東峰夫、又吉栄喜、目取真俊の小説と映画から、沖縄の過去・現在・未来を検証したい。】。関連:沖縄タイムス特集「沖縄の風景」 / 映画「風音」サイト / 目取真俊「風音」(文春文庫『水滴』収録)。
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