1月15日 騒の会(〒165-0026東京都中野区新井2-16-7-301、電話03-3388-5065)発行『騒』第56号(2003年12月)が“追悼 向井孝”を特集。黒川洋「むかい・こう 絶対自由主義者の流れを汲む」、西杉夫「鮮烈な戦後 向井孝とイオム」、千早耿一郎「追悼 向井孝」、暮尾淳「最後のはがき」。
1月14日 ▼「<地位協定>機密文書の存在裏付け」04.01.13琉球新報、【日米地位協定に関する政府の基本解釈となる機密文書「地位協定の考え方」について、外務省元幹部が12日までに本紙の取材に対し、同文書が地位協定や在日米軍基地問題などを担当する外務省内の担当者の解説書として書かれたことを明らかにした。さらに1980年代には、当初の「―考え方」を基本にした形での増補版が書かれた可能性も示唆した。外務省はこれまで文書について「30年前の秘の部内資料との位置付けとなっている由でありコメントは適切でない」との見解を示しているが、当時の関係者の証言で同省内での文書の存在が明確に裏付けられたほか、73年作成の「考え方」を基本にした第2弾となる増補版の存在の可能性も出てきた。〔…〕】。関連:「<外務省機密文書>全文報道に各界から反響」.01.14琉球新報 /(承前)同紙 連載“検証・地位協定 不平等の源流”。▼中村哲「変貌の日本 ペシャワールから沖縄へ(10)」03.12.28沖縄タイムス。必読!
1月13日 ▼元防衛庁教育訓練局長・新潟県加茂市長 小池清彦「国を亡ぼし、国民を不幸にする自衛隊のイラク派兵反対」。▼「音鳴らして「派遣反対」 1時11分、各地で同時開催」04.01.11京都新聞、【「1月11日の午後1時11分に一斉に音を鳴らして自衛隊のイラク派遣に反対の意思を示そう」。評論家の佐高信さんらの呼び掛けで11日、東京をはじめ各地で派遣反対の集会「アクション111」が開かれた。/実行委員会によると、北海道から沖縄までの各地と米ロサンゼルス市など少なくとも22カ所でほぼ同時刻に開催。/東京・千代田区の日比谷公会堂には約1800人(主催者発表)が集まり、合図とともに約1分間、鈴や笛、太鼓などを鳴らしたり、手拍子したりして「自衛隊はイラクへ行くな」と繰り返した。/女優の吉永小百合さんが「日本が戦争への道を進むことのないようみんなで声を出しましょう」とメッセージを寄せ、イラストレーターの黒田征太郎さんは命の大切さと非戦を訴える作品を舞台上で描いてみせた。】。→「アクション111」公式ページ / 記事(レイバーネット)。
1月11日 ▼『琉球新報』が連載“検証・地位協定 不平等の源流”を開始。「沖縄復帰で解釈拡大 米軍基地へ国内法適用せず」04.01.05、「論理破たんの「法不適用」 住民被害解決不能に」.01.06、「文書は「裏合意」の宝庫 協定超える運用実現」.01.07、「外務省職員のバイブル 公表要求も反応示さず」.01.09。▼燐光群のサイトに新作「だるまさんがころんだ」、作・演出=坂手洋二、2004年2月20日(金)〜3月7日(日)、下北沢ザ・スズナリ、前売開始1月19日(月)。【この春、坂手洋二による久々の書き下ろし新作『だるまさんがころんだ』をお届けします。下北沢演劇祭参加作品となります。/燐光群は1995年、自衛隊に所属しながら戦争に反対する運動をしていた実在の自衛官たちに取材した作品『反戦自衛官』を発表しました。/アメリカを中心とした国々のイラクへの進攻が始まり、後方支援とはいいながら戦地への自衛隊「海外派兵」が現実になろうとしている今、改めて日本が「戦争」にどのように向き合うかが問われています。/こうした現実を背景に、『反戦自衛官』の<ラディカル>さと、『屋根裏』の<ポップ>さを併せ持つ新作の構想を進めています。/『屋根裏』同様に飛躍と誇張もまじえたエンターテイメントであり、同時におそらく現代日本で初めての「兵器についての演劇」となるでしょう。/坂手洋二が数年前から劇作家協会・国際交流基金とともに取り組んできた、アジア9ヶ国合作による「地雷」プロジェクトの経験も生かされるはずです。/名前や形を変え世界中に存在する子供達の遊び「だるまさんがころんだ」をイメージの基底に置きながら、かつてない演劇空間を提示します。/御期待下さい。】。
1月9日 承前、(対談)四方田犬彦・坪内祐三「1968と1972」〔『新潮』2004年2月号掲載〕。【坪内 七〇年の十一月二十五日で、年号を意味するものが変わってしまったんじゃないでしょうか。それまでは、暦を元号で呼んでいたのが、西暦で呼ぶようになった。西暦というよりも三島以前、以降みたいになってしまったわけですね。/四方田 三島さんが命を絶つことでねらっていたのは、それだと思います。だって、昭和五十年代とか昭和六十年代とか言わないでしょう。昭和三十年代、四十年代までは言うけれども、三島さんの死後は七〇年代、八〇年代、九〇年代と言われる。三島さんがいなくなってから、「昭和」という言葉には意味がなくなってしまった。彼は裕仁という人間を天皇として認めたくなかったんだと思います。】【四方田 七〇年の終わりの三島の割腹自殺の頃、彼が「君たちは何もやってないじゃないか」と言ったときに、既成左翼は答えられなかったし、新左翼はわけがわからなかったと思うんです。右翼は右翼で、「三島に続け」というけれども、誰も続かない。誰も体を張ってないですよね。/日本共産党は三島の割腹自殺を見て、軍国主義の復活だと言った。でも、実は三島はあれで軍国主義を終わらせたのです。彼がカリカチュアを演じたおかげで、日本の右傾化への警戒が東アジアで強まったのですから。/坪内 赤軍派の一部はすでに七〇年三月によど号に乗って北朝鮮に行っちゃうわけですからね。/四方田 だから、七二年というのは惰性で続いたものが終わった年なんだ。本当はもう七〇年で終わっていたんじゃないか。/坪内 七〇年は面白いですね。三月によど号ハイジャック事件があって、同時に大阪万博があって、それが終わって三島さんが死んでしまう、という。/四方田 三島は苛立ちを感じていたんでしょうね。僕は『天人五衰』の主人公と年がほぼ同じなのですが、あれは「本当のことを言おうか」という言葉自体が風化するような小説です。なんだか、始めから三代までは本物だったけれども、おまえの代からはニセモノなんだよと、三島にあらかじめ宣告されている気分になりました。】。
1月8日 (対談)四方田犬彦・坪内祐三「1968と1972」〔『新潮』2004年2月号掲載〕。【今、八〇年ぐらいに生まれた人たちが六八年のことを知りたがっている。だったら、誰かが書いておくべきだ。】という四方田は坪内との対談で【 〔すが〕秀実の『革命的な、あまりに革命的な――「1968年の革命」史論』という本は悪くないと思うんです。自分は何をしたという自慢話を書かない。つまり自分の直接体験なんていうのは分析的対象にならないという前提でやっています。この姿勢はいいと思う。彼は、彼が評価している津村喬や小林康夫などには絶対書けないような、モラリスティックな書物を書いた。〔……〕彼の六八年の革命がいまだにずっと継続しているという発想、そういう本を書くということ自体が、敗残兵の証拠なんですよ。もちろん悪いことじゃない。彼の本に一番似ているのは、山口昌男の『「挫折」の昭和史』です。それは両者にとって不名誉じゃないと思うんですね。山口さんには、満州帝国のユートピア的なものが崩れた後で、何とか崩れたものを拾い上げ人脈をたぐって、何か文化的可能性を再構成しようとする意志がある。彼の旧幕臣の末裔への好奇心も同様です。 〔すが〕秀実がやっていることもよく似ているんですね。なぜ彼があんなに人脈にこだわるかといえば、敗残兵だから。勝者はけっしてあんなことを書かない。〔……〕とにかく目に見えるものから記録していく。だから、 〔すが〕秀実の今回の仕事は記録作者としては面白いと思う。しかし、彼がつくっている、我々は常に勝利し続けているという観念の枠というのはやはりちょっと違うと思いますね。でも、僕がこういうふうに言ったからと言って、彼に不名誉になるとは思えないですけれども。】と語っている。
1月7日 『出版ニュース』2003年12月下旬号(出版ニュース社)に、編集部「2003年出版界・読書界10大ニュース」、【1.『バカの壁』200万部突破、“養老本”の続出/2.「公立図書館貸出し実態調査報告書」の発表/3.貸与権法制化の動き、貸与権連絡協議会発足/4.松下電器・ソニーの電子書籍事業のスタート/5.再販制の弾力運用でWebバーゲン実施/6.仏教関連書ブーム、ワンテーママガジンも/7.『噂の真相』休刊宣言と文芸3誌の創刊/8.ミリオンセラーの新バージョン、多様な形で/9.消費税の総額表示義務化で対応はじまる/10.江戸開府400年で記念出版相次ぐ】。同誌同号の「2003年出版界回顧」は【2003年もやはり前年割れになり7年連続マイナス成長ということになった。その減少率は02年よりも悪化したとみてよい(12月中旬時点では最終的な数字はまとまっていない)。〔……〕/出版界は97年いらい前年割れをつづけているが、97年0.7%減、98年2.3%減、99年2.3%減、00年2.1%減、01年2.7%減、02年0.3%減。そして03年の10月時点で「出版科学研究所」の発表では3.2%減となっている。〔……〕大きな流れとしては、やはり出版不況、売れゆき不振である。】と書いている。
1月6日 南陀楼綾繁「「活版印刷」という仕事」〔『東京人』2004年2月号 都市出版 掲載〕が精興社をとりあげている。「精興社書体」への投資とあわせ【白井赫太郎がおこなったもうひとつの先行投資は、「人」の育成だった。従来、印刷の職人は気も荒く、「渡り職人」と呼ばれるように、高い賃金を求めて印刷所を転々とする場合が多かった。特に「植字工」にその傾向が強かった。それに対し、白井は青梅工場を建設したとき、その社員を地元の高等小学校の卒業者から採用した。そして、工場内に「精華学舎」をおき、一般教養を主に、国語や数学を教えた。白井は自らの理念を精興社で働く若者たちに直接伝える「純粋培養」によって、彼らに仕事に対する誠意とプライドをもたらした。〔……〕/仕事が厳しい分、戦前・戦後を通じて、精興社の社員の給料はほかの印刷会社に比べて高かった。〔……〕/先に述べたように、精興社における活版印刷は平成七年で終った。しかし、閉鎖に伴って活版の担当者は、電算写植(コンピュータで写植組版をすること)やオフセット印刷などの部門に振り分けられ、一人の解雇者も出さなかった。それは家族経営的な温情主義というよりは、むしろ活版で蓄積した「人」の資産をほかの印刷形式に積極的に生かそうという経営者サイドの意図が強かった、と山田益弘副社長はいう。/数年にわたる準備を経たせいもあって、配置転換にともなうトラブルは、ほとんどなかった。人員の振り分けを担当した久保庭さんは、精興社の社員が「純粋培養」で育てられたために、新しい技術への適応能力が高かったのではないかと推測する。/電算写植部門へ転属した矢作さんは、「最初は、とまどいました。でも、工程は違っていても、理想とされる組版は同じです。むしろ活版のことを知っているから、コンピュータでの組版も理解できました」という。取材時に、六、七十代の社員が「アウトライン・フォントからトゥルータイプ・フォントへ」などとあっさり口にする様子に、度肝を抜かれた。/精興社では活字の「精興社書体」を、電算写植システムに移し、コンピュータ上でも同じ書体が使えるようにしている。その中には、通常使用される約一万字のほか、『図書総目録』『大日本古記録』『神道大系』などの資料集に出てくる二万字以上の作字した文字が含まれている。】。
1月5日 ▼近刊! 東幸央『北緯44度 その駅の名は北浜』2004年1月、柏書房。→版元の新刊予告。▼「燐光群」のサイトに、坂手洋二書き下ろし新作!「だるまさんがころんだ」作・演出=坂手洋二、2004年2月20日(金)〜3月7日(日)、下北沢ザ・スズナリ(前売開始予定は1月19日)。
1月4日 「ウェブノート * 家辺勝文の個人ページ」によると【12月25日、日本工業規格 JIS X 4051 改正案「日本語文書の組版方法」が日本工業標準調査会(JISC)の情報技術専門委員会で承認され、2004年2月22日まで関係者からの意見受付のプロセスに入った。】。→日本工業標準調査会(JISC)のサイトに、「工業標準案への意見受付公告:JISX4051 日本語文書の組版方法」。【この規格は,JIS X0201,JIS X0208,JIS X0212,JIS X0213及びJIS X0221-1に規定される図形文字を対象とする文字を基本として用いた日本語文書の行,版面及びページについての基本的な組版方法を規定するものであるが,最近の生産及び使用の実態を踏まえて,規定内容の充実を図るため,改正を行うものである。 主な改正点は,次のとおりである。 1.適用範囲に版面及びページの組版方法を追加する。 2.定義に“欧文ベースライン”,“改段”,“改ページ”,“箇条書き”などを追加する。 3.行組版方法について“囲み文字処理”,“結合文字処理”などを追加する。 4.ページ組版方法について“仕上がり用紙サイズ“,“ガイドマーク”などを追加する。 5.版面の組版方法について“漢文処理”,“注の処理”などを追加する。】。
1月3日 四方田犬彦『摩滅の賦』2003年10月、筑摩書房。【バーミアンの仏像は破壊されたのではない。それは崖の下で起きている衆生の悲惨に対してどこまでも無力である自身を恥じて、みずから崩れ落ちたのである。わたしの前でこう語ったのは、イランの映画監督であるモフセン・マフマルバフであった。アフガニスタンの難民が国境を越えてイランに逃亡してくるさまを二十年にわたって見つめ続け、イスラムの歓待の掟に訴えて、彼らの保護を政治的に求めてきたこの行動する知識人は、バーミアンの仏像が偶像崇拝を拒むタリバンの手で破壊されたときに、はじめて全世界がアフガニスタンの惨状に眼を向けたという事態に対して、鋭い批判の眼を向けていた。彼はこの事件の直後に一冊の建白書を著し、西欧の富める社会は「人類遺産」である仏像の損失を歎いてその修復を国際的に呼びかけるよりも、もっと緊急になすべきことをもっているのではないかという論を展開した。新作の公開を前にして東京を訪れたこの監督は、仏陀は全世界の視線がアフガニスタンに集まるように、みずからの破壊を受け入れたのだと語り、わたしはその言葉に深い感銘を受けた。こうした自己犠牲の観念において、彼は習俗としての仏教しか知ろうとしない日本人よりも、はるかに大乗仏教の信仰に近いところにいるのではないかという直感をもったためである。/あらゆる彫像は制作され破壊される。それが長年にわたる自然の力によるものか、人間による一瞬の暴力によるものかは問わない。だが破壊された後の破片もまた、かつての完璧な全体とひとしく、新たなる彫像ではないだろうか。その破片がさらに摩滅を来して、いかなる人間の手の跡も留めなくなったとしても、それはあい変わらず、原初の彫像のなにがしかを分有しているのではないだろうか。おそらくそれが、仏教でいう仏性なるものの正体なのだろう。そう考えるにいたったとき、わたしはレッチェルで自分に襲いかかった宿命をめぐる直感から、いささかなりとも癒されたような気持ちになった。わが身にやがて到来するであろう恐るべき摩滅と破壊の数々を、なんとか心静かに受け入れる術を学ばなければならないと覚悟したのである。】。
1月2日 「<日米地位協定>機密文書入手、条文超える米軍優先」04.01.01琉球新報。【日米地位協定に関する政府の基本解釈となる機密文書「地位協定の考え方」を琉球新報社は12月31日までに入手、全容が明らかになった。同文書は、表紙に「秘 無期限」と記された非公開文書。それによると、沖縄を含む日本国内の提供・施設区域における米軍の「排他的使用権」を認め、国内法の適用除外など治外法権的な地位を容認している。米兵犯罪の身柄引き渡し等を定める17条の解説では「日本側が第一次裁判権を有する事件でも公訴提起までは米側」とする点を「もっぱら米国との政治的妥協の産物」とし、「説得力ある説明は必ずしも容易ではない」と問題点を認めている。/(5日付から琉球新報紙面で連載「検証・地位協定−不平等の源流」スタート)/地位協定の逐条解説書となる同文書(B5判、132ページ)は、復帰翌年の1973年4月に外務省の条約局とアメリカ局が作成。国会などでの答弁作成の基礎資料とされてきた。/公海上の米軍演習海域設定や日本政府が認める提供施設・区域外での米軍雪中訓練を、政府が「便宜上レクリエーション」と説明する答弁を「協定上の妥当性には疑問」と指摘するなど、外務省自ら解釈上の多くの課題を挙げ、対応に注意を促している。/地位協定改定問題で県は「−考え方」の存在をつかみ、複数の外務省幹部に非公式に同文書の提供を打診したが拒絶されてきた。/地位協定研究の第一人者である本間浩法政大学教授は、日本政府の対米姿勢について「条文を超える米軍優先の解釈と、過剰なまでの譲歩」と指摘している。/外務省は同文書に対する琉球新報社の照会に「秘の部内資料との位置づけとなっている由であり、対外的にコメントや説明をすることは適切でない」としている。〔…〕】。関連:「<解説>日米地位協定の外務省機密文書」04.01.01琉球新報 / 「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」。
1月1日 ▼「シンポジウム「危機言語」 「危機言語」の国際社会的状況 言語維持のための戦略」2004年1月23日(金)10時〜18時、東京神田一橋・学士会館、主催:日本言語学会。▼「言語研究センター第1回シンポジウム シンポジウム「コーパスに基づく言語研究の現在」」2004年1月24日(土)13:00〜17:30、麗澤大学大学講義棟1号棟6階1603教室、主催:言語研究センター。
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