8月31日 『毎日新聞』03.08.30付夕刊に「関東大震災から80年 歴史繰り返さぬよう――朝鮮人虐殺を目撃した在日の母(95)と語り継ぐ娘(61)/「日本人を怒らせると殺される。でも恩人も日本人」」。【関東大震災から来月1日で80年。震災直後、流言飛語により朝鮮人数千人の命が奪われた。虐殺を生き延びたオモニ(母)の話を聞いて育った尹峰雪(ユンポンソル)さん(61)=千葉市は「歴史を繰り返さぬよう、今こそ教訓を」と訴える。【磯崎由美】/尹さんの母、文戊仙(ムンムソン)さん(95)は「虐殺を目撃した最後の証人」とされ、4年前、日本弁護士連合会(日弁連)に人権救済を申し立てた。日弁連は今月、「旧内務省が誤った情報を流し虐殺を誘発した」と、小泉純一郎首相に謝罪や真相究明を求める勧告を出した。尹さんは喜びと無念の入り混じる思いで受け止めた。文さんは高齢のため、申し立てた記憶すら失いつつあるからだ。/植民地時代、自営業だった文さんの両親は店を失い、子連れで来日。文さんは15歳の時、勤務先の東京・品川の紡績工場で激震に襲われた。余震が続く中、「朝鮮人が火をつけた」などとデマが流れ、日本人の大家の家にかくまわれた。2日後、カマを持った男たちが踏み込んできた。大家が「この家族は何もしていない。保証します」と訴え、一命をとりとめた。/そんな話を「耳にタコができるほど聞いた」尹さんだが、日弁連への申し立てで、母が初めて打ち明けた話があった。/震災の数日後、父の友人が家に来て、「日本人だって話せば分かる」と表へ出た。間もなく家の外で歓声が上がった。文さんが恐る恐る窓を開けると、男たちが父の友人の生首を竹やりに刺し、行進していたという。/話し終えた文さんは「今も身震いがする」と言った。尹さんは母の心の傷の深さを知らされた。/夏の夜、空が赤らむと、文さんは「大地震が来るよ」と身を硬くし、「日本人を怒らせるな。殺される」が口ぐせだった。だが、母はこうも言った。「命の恩人も日本人。日本にも心ある人がたくさんいる。国に関係なく助け合わなければ」/尹さんは「いま、関東大震災の前夜のようではないか」と感じる。「拉致事件にはある意味日本人以上に憤りを感じる。なのに日本人の怒りは私たちに向かう。そして80年前の虐殺すら、いまだに直視されない。日朝間に何か起きた時、どんな事が待ち受けるのか」//80年の節目に、東京、千葉、神奈川などで追悼集会やパネル展がある。31日は午後6時から、虐殺現場の一つ、荒川河川敷の木根川橋下(墨田区)で、在日コリアンの若者たちによる追悼集会も開かれる。】関連:「日弁連が首相に謝罪を勧告 関東大震災での朝鮮人虐殺」03.08.25大分合同、「関東大震災時の朝鮮人虐殺と関連し、日弁連、小泉首相に勧告書」03.08.26朝鮮新報、佐藤仁志「描かれた朝鮮人虐殺」03.08.29毎日(編集部だより)。
8月30日 ▼展示会「写真家・岡本太郎の眼 東北と沖縄」03.08.23-03.09.15 10:00-20:30、パルコミュージアム 渋谷パルコ パート3/7F、一般700円/学生500円/小学生以下無料、主催:パルコ、特別協力:岡本太郎記念館/沖縄県教育庁文化施設建設室/川崎市岡本太郎美術館/せんだいメディアテーク、監修:飯沢耕太郎、コーディネート:広瀬麻美(浅野研究所)、技術協力:キャノン/日本発色。【1999年の川崎市岡本太郎美術館の開館と前後して、この5、6年「岡本太郎ブーム」といえるような状況があります。'70年の万博に実際に行った世代のみならず、当時まだ生まれていなかった若い人たちが「岡本太郎」という巨大な芸術家に出会い、熱い反響を呼んでいます。/その岡本太郎が'50年代から'60年代にかけて撮影した写真が注目されるようになったのは、意外にもごく最近のことです。写真との出会いはパリ留学時代の'30年代だったと言われています。マン・レイやブラッサイといった有名な写真家たちとの交流や人類学の講議に影響されたことが後の写真表現につながっていきます。/戦後、芸術家としての再出発をはじめた岡本太郎は、「縄文の発見」や「対極主義」の実践を通して膨大な作品制作の傍ら近代日本の合理主義に納得しない人間の無垢な姿を見つめる旅へと向かいます。やがてその旅の記憶は『日本再発見-芸術風土記』、そして『神秘日本』として結実しました。またその間には、まだ復帰前の沖縄行を『沖縄文化論=忘れられた日本』にまとめ毎日出版文化賞受賞という高い評価にもつながりました。/本展は「対極主義」という概念がキーワードとなって構成されています。「対極主義」とは岡本太郎が1947年頃から提唱しはじめたもので、芸術家の基本的な姿勢とは、対立する二つの要素をそのまま共存させることであるとする主張です。/東北と沖縄という気候、歴史、文化においてもまったく異なる二つの地域の作品を展示することで、彼の「対極主義」の眼を再確認する機会となるでしょう。/沖縄・東北をはじめ日本全国、そして韓国、インド、メキシコ等の外国を撮った2万カット以上にも及ぶ写真の中から、写真評論家飯沢耕太郎氏によって厳選された写真約170点を展示します。/若者文化の中心地・渋谷のパルコミュージアムから、このブームに留まらず更に深く岡本太郎を知る機会を多くの方々に提供してゆく展覧会となります。】。▼レーバーネットのサイトに「がんばれ!韓国シチズン労組」、【韓国南部の馬山自由貿易地域で操業してきた韓国シチズンが今年2月、一方的な廃業を宣言した。しかし韓国シチズン労組は手続きを無視した元委員長と経営側の密室合意は無効であると主張する。労組はこの廃業が日本の本社からの指示によるシナリオである以上、韓国内の清算人との交渉は無意味であるとし、日本の本社との交渉を求めて来日闘争団を結成、活動をはじめた。】。
8月29日 ▼『月刊むすぶ』第392号(2003年8月、ロシナンテ社 京都市中京区岩上町753-2堀川マンション101、800円+税)が“わたしの名前 名のり方、呼ばれ方”を特集。深見史「名前のいらない私の名前」、大島優美子「私の名前は私の勝手」、小貫慶子「ダブルネイムのこと」、大早直美「たかが名前・されど名前」、水本敬子「私の夫は養子ではありません」、水本正人「小さからざる断層」、木村啓子「二つの名前」、手塚愛一郎「「形式的な届け出」?」、沢田ひで子「「私」と「結婚制度」のあいだで」。▼在日韓国民主統一連合(韓統連)は、前身である韓国民主回復統一促進国民会議(韓民統)の結成された1973年8月13日から30年を迎え、韓統連機関紙『民族時報』に「連載・韓統連 30年の歩み」、「同(上) 反独裁民主化運動の先駆け 結成後に金大中氏救出運動へ」(第1013号、03.08.01付)/「同(中) 1983年〜1993年」(第1014号、03.08.11付)/「同(下) 1993年―2003年」(第1015号、03.08.21付)。
8月28日 ▼「行書・草書をネット検索」03.08.27 asahi.com。【書に親しんでもらえるよう、書学者の赤井清美さん(66)=台東区在住=の監修したインターネット版「行草大字典」サービスが完成した。書道家として椒園書道会を主宰。字典や書道史を中心に書にかかわる編著書は、60冊を超す。ネットサービスは門下生との対話をきっかけに約2年ががりで実現した。こうした行・草書の字典のネット検索サービスは極めて珍しいという。/作ったのは、川鉄情報システム(本社・江東区、岩橋誠社長)。収録文字数は約3万字にのぼる。/行書と草書の2書体を古今の書道資料から抜粋する。漢字検索だけでなく、サインから漢詩まで幅広い筆文字を検索できる。一つ一つの文字のほか、四字熟語、年賀用語などの単位で引き出せる。その上で、検索した文字をネット上で、自由に大きさや位置を変えられるという。〔…〕】。→http://www.gyoso.com/(ただし9月半ばからとのこと)。▼『読売新聞』03.08.27付(解説)に、「古書とネット 組み合わせで売買急増/検索簡単が人気呼ぶ」。【インターネットを使った古本の売買が、右肩上がりで急増している。古めかしい古書店の印象を一新しそうだ。 解説部 左山政樹/〔……〕/ところが、インターネットによる通信販売が古書店業界に活気をもたらした。東京都古書籍商業協同組合(東京古書組合)でネット販売の「日本の古本屋」を導入したのは一九九六年。当初は都内の加盟店だけで運営していたが、地方にも門戸を広げた結果、今年七月現在で全国五百六十二店が参加する国内最大の古書販売網になっている。/登録された古書は二百四十四万冊。アクセス件数は今年七月の一か月間で二百七十二万件を数えた。売上額も昨年秋に月間一億円の大台を突破。この七月には一億二千七百万円を記録している。〔…〕】。→日本の古本屋。
8月27日 ▼『インパクション』137号(2003年8月、インパクト出版会)が“「北朝鮮」異論”を特集。太田昌国・金富子・鵜飼哲「「北朝鮮」言説を解読する」、金時鐘「「拉致」、お互いを見つめなおす契機」、水野直樹「戦後史の中の民族学校」、森宣雄「「拉致問題」をめぐるわたしたちの背中あわせの共同性」ほか、必読!▼『現代思想』2003年9月号が“占領とは何か”を特集、編集後記(Y署名)は【*アメリカのいわゆるネオコンの総帥と見なされているウオルコヴィッツが戦後のイラクを直接訪問したときの談話がある。フセイン政権崩壊の後も、イラク人はなぜ抵抗を止めないのか、フセインの息子たちがなくなった後もなぜ戦闘はやむ気配がないのか、ひょっとしてわれわれは見通しを誤ったのかもしれない、いやそんなはずはないのだが、と。額面通り受け取れば、彼は本気で東洋的専制とかイラクの民主化とかを信じていたことになる。/*ここに一つの分かれ道があるのだが、それは確かに、われわれが傍目で見ているから、アメリカの思惑が透けて見やすいということはあるだろう。では、日本はどうだったのだろうか。いつの間にか敗北を抱きしめたことになっているのか。さまざまな条件が違うとはいえ、イラクほどの軍事的抵抗はなかったとはいえ、抵抗はなかったのか。丸山眞男でも竹内好でも読んでみると、事態は全く違った様相を帯びてくる。彼らの占領に対する問題意識はどこへ行ったのか。/*それは過去の時代に限らない。なぜ、沖縄に基地は集中しているのか。韓国では今も米軍基地に突入する人たちがいるのはなぜか。イラク占領は、私たちの現在の歴史意識を揺すぶる。まるで時が五〇年も、一〇〇年もさかのぼったような感覚に襲われると同時に、占領は同時期にさまざまに存在することを分からせてくれる。われわれはその相互作用の中に生きている。イラク占領は歴史を振り返るチャンスなのだ。われわれがしてきたこと、そしてしてこなかったことへの。】と書いている。
8月26日 ▼「関東大震災80周年記念集会」8月30日(土)11時〜18時・31日(日)9:30〜16:40、亀戸文化センター3階カメリアホール(JR総武線・東武線亀戸駅下車徒歩1分)、講演:山田昭次「関東大震災と現代 −震災時の朝鮮人殺害事件と国家責任・民衆責任」/シンポジウム〔1 世界から見た関東大震災史、2 関東大震災・朝鮮人虐殺事件と追悼・検証活動、3 関東大震災と現代・未来(近年の動向・諸課題)〕/総合討論及び閉会全体会、参加費(資料代を含む):一般¥1,500(2日間)/学生・院生¥1,000/高校生以下は無料。→「関東大震災80周年記念集会のページ」。▼「関東大震災八十周年シンポジウム 関東大震災と記録映画―都市の死と再生―」8月30日(土)10:30〜18:00、東京国立近代美術館フィルムセンター、解説:常石史子、報告:成田龍一・とちぎあきら・佐藤健二・原武史・木下直之、【1923年9年1日に起こった関東大震災は東京を壊滅させたが、同時にまた江戸の名残りをも一掃した。必然的に、震災からの復興は新たなデザインによる東京を出現させた。建築、美術、写真、商業デザイン、演劇、映画などの造形表現が都市文化の創造に大きく貢献し、このことは積極的に評価されてきた。しかし、そのように廃虚からよみがえり、 1930年に帝都復興祭を華々しく開催した東京には、わずか15年の生命しか与えられなかった。1945年のアメリカ軍による空襲が、再び東京を破壊したからだ。大震災と大空襲はたくさんの都市住民に死をもたらした。さかのぼって、1855年の江戸を襲った安政大地震を視野に収めれば、東京の近代史とは大量死を重ねてきた歴史でもある。/シンポジウムは、関東大震災が都市に何をもたらしたのかを、死生学の観点から解読しようとする試みである。大災害に見舞われた都市が、どのように死者に対処し、慰霊し、悲劇を克服しつつ、再生するのかを検証したい。そのために、東京の死と再生を記録した映画を手掛かりとする。第1に、記録映画が何を記録し、何を記録していないかを探るとともに、ひるがえって関東大震災が映画表現に与えた影響について考える。第2に、映画以外の視覚メディアが震災をどうとらえたかを探り、結果として、ここでもまた映画表現の独自性を明らかにする。第3は、都市に目を向け、死者を含めた災害の記憶が都市計画や建築にどのように反映したかを探る。上映映画はこれまでに未紹介のものを中心とし、映像資料から多様な情報を引き出す文化資源学の実践の機会としたい。】。追加関連:「記録映画に 眠る大震災」03.08.26東京新聞(TOKYO発)。
8月25日 ▼『ロッキング・オン』2003年9月号(特集:爆発するパンク新世代)に、ミューズのマシュー・ベラミーへのインタビュー(山崎洋一郎)、【「〔…〕このアルバムでは人々に最高権力というものについて疑問を持つように訴えてる。でも結局は選挙によって必ず何かに権力を委ねることになるわけだから、どういう方法が一番いいのかと問いを発してるとも言えるけど、それで何かが変わるかどうかわかんないね。アメリカなんかどっちに投票したってやることは同じなんだから、ははは……そうだな、あと宗教に関する疑問を投げかけてるよね。信仰というものが権力者によってどう利用されているか、等々。でも僕は自分が感じてることを個人レベルで表現してるだけで、それはすさまじい恐怖感と同時に身近なところでの安心感なんだけど、みんなに何を読み取ってくれとは言えないよ。音楽に対する感じ方も1人1人違うんだし。ただ広い意味で言おうとしてるのは、僕達みんな自分の中に何かこれだけは譲れないというものがあるし、多分それだけは決して諦めちゃいけないんだ、っていうことだな。やってることが政治でも音楽でも、感情的なことでも精神的なことでも。そしてどんなに末期的な状況でもどこかに望みはあるんだ、って(笑)……この音楽のどこかからそれを受け取ってくれればいいなあと思う。まあ無理かもしれないけど」】。▼「「ゲーム脳」国が科学的検証中?」03.07.28ゲーム業界ニュース。関連:「ゲーム脳」検証記事として、「と学会・山本弘氏に聞く」、「斎藤環氏に聞く」、「トンデモ本大賞惜しくも次点」、「日大医学部泰羅助教授に聞く」。▼藤永康政「リズム&ブルースの政治学」、03.08.25に、第5章-8 ブッカーT主義再考ーーKags Music, Motown, マーカス・ガーヴィ、ブラック・ナショナリズム、Part 3。
8月24日 ▼小池正春「朝鮮総連の“自己批判”と“在日”の正義」03.08.23 JANJAN。▼『琉球新報』が8月21日から新連載「個人情報誰のもの 住基ネット本格稼働」を開始、必見。▼「ロイター通信カメラマン殺害に対する緊急声明文」03.08.22日本ビジュアル・ジャーナリスト協会。▼田中宇「戦争民営化のなれの果て」03.08.23田中宇の国際ニュース解説。▼メアリー・オーヘイガン「精神保健サービスにおける強制 国際的ユーザー・サバイバーの観点から」2003世界精神保健連盟総会基調講演。
8月23日 承前、松澤和宏『生成論の探究 テクスト・草稿・エクリチュール』。【しかしわれわれは本当に地上の繋縛を断ち切って、経験の原野を眼下に眺めながら、電子空間を自由に飛翔することが可能となったのだろうか。/まず第一に指摘すべきは、書き手がその有限な身体によってこの世の時と場所に繋ぎ止められ、永久に推敲を重ね続けることの叶わぬ存在であることには変わりがないということである。〔…〕書く行為――あるいはキーボードを打つ行為――が無限のプロセスとして自己目的化されるとき、テクストは自発自展していくシステム、およそ他者への参照を要しない自足したシステムと化してしまいかねないだろう。〔…〕テクストの無限変成が自己目的化され称揚される時、そしてその「テクスト」がなお一つの概念であるとすれば、そこには無限に自己発展を遂げてゆく「テクスト」概念を第一原理に据えた形而上学の影が、スクリーンに向かっているわれわれの背後に忍び寄ってくる。〔…〕/第二に、著作権をはじめ諸々の法や制度と深く繋がっている本文概念が容易に消え去ることのないのは、社会にとって本文という権威ある言葉の連なりが依然として不可欠だからである。〔…〕共同社会の存続する限り、慣習や法が改変されることはあっても全面的に廃絶されることがないように、本文もまた変貌を遂げることはあっても終焉を迎えることはないだろう。生成論は本文に付与される価値や権威一般を否定しようとするのではなく、生成過程への遡行を介して、継承されるべき本文の価値や権威を吟味する知的な営為である。〔…〕本文の価値を吟味する営みは、一定の歴史的文化的文脈のなかに身を置くことではじめて可能となり、有意味となる。価値は文脈とともにテクストに受肉するのである。〔…〕したがって、生成論的探究はこうした諸々の文化的文脈や価値の問題を飛び越して複数性を理念化し自己目的的に追求するテクスト論や私的な趣向に殉じる矮小なモラルとも一線を画することになる。複数性はテクスト生成の条件ではあるが、テクストの価値や魅力を保証するものではないだろう。また活字文化と本文概念の終焉を説くメディア論的言説は、それ自体が批評の対象となることで、新たな本文と化してしまうという自家撞着に陥っている。そこには過去を性急に清算しようとする近代主義的、あるいは前衛主義的な身振りにつきもののオプティミスティックな錯誤が潜んではいないであろうか。/〔…〕生成論の営みとは、草稿の本文化と本文の草稿化という相反する二重の挙措の同時的遂行であり、この語義矛盾の敢行を通した共有されるべき本文の価値の探究と継承であり、「リベラル」な解釈共同体としての社会が抱く――再帰的=紋中紋的な――セルフ・イメージの模索であり、そして近代主義的思考の静かな変革の営みであるとさえ言えるだろう。】。
8月22日 松澤和宏『生成論の探究 テクスト・草稿・エクリチュール』2003年6月、名古屋大学出版会。【生成論の地平が今日までに明らかにしえたことは、草稿が活字テクストに先だって書かれる前=テクスト(アヴァン・テクスト)であるにもかかわらず、活字テクストの時代を歴史的に相対化するアプレ・テクストとしての働きをすでに先取りしていた、という歴史的な逆説である。グーテンベルクの発明がはじめて本格的にもたらした草稿という思わぬ所産は、作品、作者、完結、文学性といった一連の観念の自明性を揺るがし、本文概念に改変を促す力を秘めた存在となったのである。電子メディアの普及によって、テクストの時代である近代が当初から自らを揺るがすアプレ・テクストの種子をその成立条件として孕んでいたことが浮き彫りにされてきたと言えるだろう。今日の電子メディアは、クリックの操作ひとつで、あるテクストが消去や書き換えを蒙りながら他のテクストとつねに互換可能なものとして編成=変成されてゆく環境をもたらした。電子メディアにおいては、活字文化において形成され定着した本文の概念――首尾一貫した、作者によって権威づけられ承認された、唯一不動の本文――に代わるようにして、ハイパーテキストが「観念の脈打つネットワーク」として出現している。本文の権威はつねに他のテクストや二次的な註釈との接合によって瞬く間に失われ、いわば無限の推敲がテクストの生成と重なり合いながら匿名性を帯びて実現されようとしているのである。個人的作者が統括しえないそうした生成過程は、筆写されてゆく過程でヴァリアントや註釈的言説を生んでゆく中世的写本の制作・伝播の過程を彷彿とさせるものがある。/興味深いのは、単線的な言葉の秩序が覆され、複数の流れが交錯するような書き方を可能にするハイパーテキストは、草稿とテクストとの制度的位階の廃棄を実現しつつあるように見えることである。〔…〕草稿とテクストとの形式的区別が廃棄され、メッセージの入力がそのまま社会的な伝送となりうる。インターネットによって無制限的な相互関連テクストを操作して引用変形することが可能となっている。電子メディアの普及は、手書きの草稿の消滅をもたらしているが、同時に〈草稿の一般化〉とでも呼びうる事態を招来してはいないだろうか。そこに少なくとも本文概念の揺らぎが認められることは確かである。】。
8月21日 『ダカーポ』第521号(2003年9月3日)に『「拉致」異論』の「著者インタビュー太田昌国さんに聞く 右も左も論点をずらしていないか」。【急速に日本を覆う反北朝鮮キャンペーン。金正日が拉致を認め、謝罪をしたその日から、この国は隣国の謀略におびえ、やられたらやりかえせ式の北朝鮮爆撃論まで飛び出す始末。そんななか、拉致問題で語られている反北朝鮮論に“異論”を唱える本が出た。/「私は、金正日体制批判に異論があるのではありません。そうではなく、『救う会』『拉致議連』の反北朝鮮キャンペーンが、日本と韓国・北朝鮮の民衆にとって、在日社会を含めた歴史的な相互関係を見誤らせる世論操作だと批判しているのです」/著者の太田さんは、「救う会」で活動している現代コリア研究所の佐藤勝巳氏が、公然と日本の核武装や北朝鮮への先制攻撃を主張していることを批判する一方、「拉致はひどい、しかし、日本の強制連行、植民地支配はもっとひどい」というように、拉致問題と向き合わず、“しかし”を使って論点をずらそうとする傾向をいましめる。/「両者はまぎれもなく、国家の犯罪です。他国の民衆を死に至らしめ、人生に激変をもたらした悲劇的な国家犯罪として、その責任は相殺できない。両者はそれぞれ固有にその責任が追及されなければならない、ということです。北朝鮮政府に拉致の責任を追及する際に、私たちの国が戦後58年を経てなお、植民地化した北朝鮮の人々に対して何の責任も果たしていないことを忘れるべきではありません」/本書の醍醐味は、いまや排外主義の扇動者と化した佐藤勝巳氏を、一刀両断して切り捨てるのではなく、帰国事業に参画し、その後、反北朝鮮論へと“転向”した佐藤氏の軌跡を追いながら、その思想的葛藤を鏡のようにして、左翼・進歩派と呼ばれる人たちが、いかに北朝鮮の国家犯罪に無関心であったかをえぐり出している点である。/「拉致が明るみになって以後、北朝鮮の体制や拉致問題に関して、なぜ認識に誤りがあったのか、無関心であったのかを内省する動きが、進歩派なり左翼の言論界にあれば、排外主義の嵐にもう少し立ち向かえたのではないか。/『救う会』の発言も、北朝鮮への経済制裁を主張するなど、もはや社会的責任を問われる領域にまで踏み込んできており、拉致被害者家族の心情をおもんばかって私たちが言葉を慎む段階は終わったと思います」】。
8月20日 ▼『ダ・ヴィンチ』2003年9月号(京極夏彦大特集)に「『陰摩羅鬼の瑕』に使用された書体を作ったデザイン工房 書体を作る職人たちを感激させた京極夏彦の姿勢とは?」。【新刊『陰摩羅鬼の瑕』には、使用した書体がクレジットされている。これは極めて珍しいことだ。京極夏彦が選び、『絡新婦の理』、『覗き小平次』、『姑獲鳥の夏』(単行本)、『陰摩羅鬼の瑕』に使用した書体は「字游工房」という小さな書体デザイン工房で制作された。仕事での交流を通じて、京極夏彦の書体へのこだわりと職人仕事への理解の深さに感動したという鳥海さんと岡澤さんにお話をうかがった。〔……〕/初対面の京極さんはどんな印象でしたか?/「関係者の方々に連れられて私と岡澤がうかがったのですが、人数が多かったのでなかんかお話するタイミングがなくて……。でもこういうの作ってます、って方眼紙に筆で書いてある原字を見せたとたん……『おおっ〜』と身を乗り出されて(笑)」/京極氏は、『覗き小平次』、『絡新婦の理』(文庫版)に続いて、この8月立て続けに刊行される『姑獲鳥の夏』単行本版、新刊『陰摩羅鬼の瑕』にも、同社の書体を選んだ。だが、その結果以上に二人を感激させたのは、書体を作ることに対する氏の姿勢であったという。/「『作家は文字にお世話になっているのに、それを作っている人と直接話をする機会が少ない。自分は、幸運だ』みたいなことを仰ってくださって。本当に嬉しかったなあ」(鳥海氏)。「京極さんの要望で、2倍ダーシ(編集部注:「――」という2文字分に相当する線のこと)を一発で打てるようにしたり、漢字の書体も何文字か作りました。文字に対する意識の高い使い手のこだわりに応えるのは、やりがいがありますよ」(岡澤氏)/二人の口調には、文字作りに賭けている職人の矜持を深く理解する京極氏と、共に仕事ができる喜びと誇りが滲む。ゲラの状態の新刊『陰摩羅鬼の瑕』のクレジットに、字游工房の書体名(編集部注:ヒラギノ明朝W3、游築五号W3、ヒラギノ行書W4)を認めた鳥海氏は……。/「おお、書体名まで……。こうやって、希薄になりがちな書体への意識をさりげなく喚起していただいて、有り難いなな。……本当に有り難いです」。/――すでに読んでいる人も、今後京極作品を手にするときには、小説の内容はもちろんのこと、書体にまで及ぶ京極氏のこだわりと、それを実現させる職人たちの存在を思い出して、より深く京極夏彦の世界を楽しんでみてはいかがだろうか。】。関連:編集K.H「担当編集Hの迷走編集記」(WEBダ・ヴィンチ)。▼救援連絡センターのサイト(最新弾圧ニュース)に、遠藤憲一「刑事弁護の国家管理下を狙うリーガルサービスセンター」、【自民党司法制度調査会の「司法アクセス等プロジェクトチーム」(座長杉浦正健いわゆる杉浦PT)は、6月17日、「司法アクセスポイント」の設置に関する「中間とりまとめ」を発表した。「司法アクセスポイント」は「リーガルサービスセンター構想」(略称LSC)ともいわれるが、要するに、法務省が主管する法人(独立行政法人)が、全国の地裁本庁所在地など100箇所に民事・刑事の法律サービスを提供する「法律サービスセンター」を設置するというもの。政府の司法制度改革推進本部も7月8日の検討会で被疑者・被告人の公的弁護の運営主体をこの独立行政法人が担うことを決定した。運営主体のスタッフには弁護士及び隣接法律専門職種を雇用するほか、判事補、検事からの出向者なども用いるという。/LSCは、このように全国的に「官民協働」=官民一体の「司法ネット」を設けることによって弁護士業務の一角を「官」側に取り込み、しかも運営コストは弁護士会等の民間資金活用、「費用の利用者負担(自己責任)の原則」を掲げるなど、まことに権力にとって一石二鳥の構想である。とりわけ被疑者段階からの公的弁護がこの運営主体(独立行政法人)によって行われることになると、利用者(被疑者・被告人)の費用負担で国家に管理される刑事弁護制度が誕生することになる。これは日弁連が掲げてきた国費による被疑者国公選でも何でもない。〔……〕/公的弁護が実現すると逮捕直後の被疑者段階から身柄事件のほとんどがその対象となる。したがって、私選弁護人を付けたい、私選弁護団を形成したいと思っていても、早急に弁選ができず、弁護団を形成できなければ、すべて公的弁護人が付せられることになる。公的弁護人が付くと方針が合わなくても被疑者からの解任は認められない。また、裁判員導入に伴い、連日開廷方式が原則化されるが、通常連日開廷に耐えうるのは常勤の公的弁護人だけであるから、救援連絡センターを中心に私選弁護団を形成して闘うという従来のスタイルは極めて困難となろう。かくて公的弁護制度の導入により、刑事弁護が国家管理の下に置かれ、国策弁護士の手に委ねられることになる。まさしく最高裁・法務省の悲願達成である。こんな公的弁護=LSC構想は潰すしかない。】。
8月19日 9月9−15日「S16 --Reclaim the Life-- 生の奪還 -1923年大杉栄ら虐殺と今をめぐって-」、【現代は数多くの問題を抱えています。アフガニスタンやイラクに対する戦争。経済のグローバリゼーションの問題。こうした大局的な問題によって引き起こされる日常的な問題。失業や外国人労働者の増加もあります。さらには、権力による私たちの生活の管理方法も多様になってきています。例えば、有事法制や住基ネットなどがあります。私たちの生活は、インターネットや携帯電話などによって大きく変革してきています。しかし、私たち個々人間のコミュニケーション方法は確かに変わってきているものの、その実体として、権力に対する私たちのあり方は何も変わってはいないのではないでしょうか?個々人がメディアとなることができるツールを持ちながら、誰も自分がメディアになろうとはしていないのではないでしょうか?/無政府主義者大杉栄は、1923年に権力によって虐殺されました。彼は生前、数多くの評論を書いてきましたが、その根幹は、あらゆる支配システムは暴力だ、ということでした。支配システムの暴力の最たる現れ、それが戦争です。戦争はアフガニスタンやイラクで起こっています。今後も全くなくなるとは考えにくいのです。支配システムの暴力は私たちの日常生活にも大きく影響しています。しかし、それに気づいている人たちが多いとは必ずしも言えません。現在の支配システムがどんどん複雑になっている一方、私たちの生はどんどん単純化され、暴力システムに管理されやすくなってきています。/こうした現状をふまえ、80年たった今、私たちは、大杉が80年前に提起した諸問題を現代の諸問題に照らして再度振り返ってみたいと思っています。私たちは、9月13日、現在の諸問題について議論し合いたいと思っています。この企画は、その出発点に立ったにすぎません。多くの方々に参加して頂き、実りあるものにしたいと思っています。ご参加のほど、よろしくお願いします。/S16実行委員会】。「大杉栄と仲間たち」展09/09-/14新宿区民ギャラリー /ワークショップ(移住労働者問題ほか)09/12四谷地域センター /S16 Reclaim the Life09/13新宿角筈区民ホール /黒旗Festa2003(ライブ)09/14梅島ユーコトピア09/15吉祥寺WARP。
8月18日 ▼レイバーネットに、韓国のハンギョレ新聞社が発行する「ハンギョレ21」2003年08月14日第472号,カバーストーリーから。「拉致問題」を口実とした迫害に苦しめられる在日朝鮮人の特集。「「同胞」たちが「恐怖」に震えている」 「在日韓国民団は良くて総連は悪い?」 「「今日が最後ではないよね?」」 「2002年9月17日日朝首脳会談以後の日誌」 「希望の目をさます「ハナマトゥリ」」ほか。▼承前、佐々木正人・鈴木一誌「対談・ページとフォーマットの劇場」〔『レイアウトの法則 アートとアフォーダンス』2003年7月、春秋社 所収〕。知恵蔵裁判をめぐって【鈴木 〔…〕レイアウト・フォーマットは、編集・デザイン・組版の仕事の共通の拠り所となる組版仕様書だと考えています。〔……〕知恵蔵裁判の争点は幾つもあると思うのですが、この場に即して一つを挙げるならば、紙面のレイアウトやページのたたずまいには意味があるのかないのか、ということでした。裁判所の判断は意味がない、と。つまり、「レイアウトの詰まった物として本を見る」ことを拒否した。書物は、意味の連なりであるテクストという単層からできているというわけです。/佐々木 〔……〕意味もノイズもひとまとまりにしか扱われていない。どちらの主張も乱暴さにおいて同種なんですね。/意味とノイズの両方をおそらく分離せずにつきつめた時にはじめて、「レイアウト」がぐっと表に現われてくる。僕はノイズという用語よりはレイアウトの方が力があるんじゃないかと思う……というよりも、レイアウトこそノイズでありかつ意味なんだと言いたいんです。/鈴木 普通は、意味以外のものを事後的にノイズと定義するわけですね。/佐々木 鈴木さんがこの書面が出る前に「原告準備書面」を作成された時に、レイアウトやフォーマットについて、それを「容器」のようなメタファーで書かれたというのはそういう意味ではちょっと残念かなと思います。というのは容器だとこぼれるものを認めてしまうわけですから。レイアウトからこぼれるものなんてないはずですよね。/鈴木 「現われ」と「抽象的なテクスト」の二項対立で言い過ぎたという反省があります。/裁判の前にアフォーダンス理論をもう少し知っていれば、見えるものと見えないものが同体であるという議論を詰めることができたかもしれません。包囲光が、ある範囲を含意しているのではないか、との思いつきを述べましたが、かと言って、包囲光は容器ではないわけで、包囲光が照らし出す範囲の概念と言ったらよいのでしょうか。知恵蔵裁判のフォーマット論に逆流できたのかもしれません。ただ、時間は幻影であるなんて裁判所で言ってどうなるのか……(笑)。】。
8月17日 ▼佐々木正人『レイアウトの法則 アートとアフォーダンス』2003年7月、春秋社。佐々木と鈴木一誌との対談「ページとフォーマットの劇場」。対談のなかで【本の中には、複雑な入れ子の構造がある。】【どういうアクセスを読者がするのかわからないのが書物です。】という鈴木は【読者の眼に到来する視覚単位を、見開きと考えます。塚本さんの建築も、要するにどこに空き地を作るかという話ですよね。それと一緒で、見開きの中にどのように余白を置くかですね。裂開している余白の凄みを見せたいと。/紙面設計の時には、二つの考えをぶつけさせるんです。本文原稿量が原稿用紙で何枚で、本の大きさはこうで、何ページくらいの本にしたいという版元からの指示がまずあります。すると、割り算でターゲットとすべき一ページ当たりの文字収容量が出ますから、メインヴォリュームのサイズが決まってくる。そしてもう一方では、本の内容やメッセージ性からいって、こういう余白がふさわしいとの線が引ける。この余白の輪郭線と、文字収容量から引かれる輪郭線を重ねるわけですが、両者が合致することはまずない。両者が重ならなければ余白がもっと取れるし、重なれば余白を減らすか何とか余白を捻出する工夫をしなければいけない。その衝突の中で「版面」、建築で言えば、メインヴォリュームの外形線が決まってくる。/次に出てくるのが本の「天地」と「読み方向」の問題です。それは、建築での南北という軸線に近いくらい、ページ上ではすごい強度を持っています。天地は、文字が縦組みの場合にも横組みのケースにもあって、両者でありようは違いますが、いずれの場合でも、余白をページの上に持っていくか下に持ってくるかで非常に異なる印象が生まれます。上にある余白の方が目立つということもあるし、同時に何となく和風だったりもします。逆に、余白が下にある方が学術書っぽい、洋風味を帯びてくる。】と述べている。▼益岡賢のページに、マータン・カミネール「イスラエルの兵役拒否者から米国の兵役拒否者への手紙」03.08.16〔08.14 ZNet〕。
8月16日 ▼08.01付読書録既報の水木しげる「私の履歴書(14) 生き延びた!」〔『日本経済新聞』03.08.15付〕。【相変わらずの落ちこぼれ二等兵の日々を過ごすうち、八月十五日を迎え、「ポツダム宣言受諾」が伝えられた。ジャングルにいる我々には意味が分からず、「勝ったのか」というささやきも漏れたが、やがて負けたと分かった。私は負け戦を悟っていた。落胆と虚脱感が渦巻く中、「生き延びた!」と思った。/大勢が死んでいった。祖国のため愛する者のために勇敢に散った人たちもいるが、無謀な命令による死も少なくなかった。この陣地を死守しろとか、あの丘を攻略しろとか、大局から見るとちっぽけなことにこだわり、死が美化された。面子、生き恥、卑怯という言葉のために多くの兵士たちが逝った。〔……〕/自作の劇画、漫画の中で、最も愛着深い作品は何かと聞かれれば、「総員玉砕せよ!」と答える。ラバウルでの体験をもとに描いた戦記ものだが、勇ましい話ではない。誰にみとられることもなく、誰に語ることもできずに死んでいき、そして忘れられていった若者たちの物語だ。】。関連:水木しげる『総員玉砕せよ!』1995、講談社文庫。▼帝国データバンクのサイト(倒産速報&集計)に「全国企業倒産集計2003年7月報」、【2003年7月の企業倒産は件数が1384件と7ヵ月連続の前年同月比減少、特に前年同月比では430件の大幅減少となった。負債総額も7008億1000万円と前月を1148億4800万円、前年同月を5027億700万円それぞれ大きく下回った。中小企業を中心として倒産リスクの回避という捨て身の自己防衛とともに、制度融資やセーフティネット保証、保証付き私募債の発行などによって何とか延命が続いてはいるものの、そのほとんどが日々の資金繰りに充てられているのが実状である。一方で極度の信用収縮による企業間取引の停滞と金融仲介機能の不全は確実に進行しており、水面下では倒産予備軍が膨張し続けている。先送りに次ぐ先送りによって、先行きの不透明感はさらに深まっている。】。
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