読書録 2003年7月前半(敬称略)

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  • 7月15日 荒木経惟『天才アラーキー 写真の時間』2002年12月、集英社新書。「日本人ノ顔」プロジェクトの大阪からの開始について【〔…〕大阪っていうのは、まだこう泥が付いてる、泥が抜けないっていうところがあんのよ。動物的っていうかさぁ。/あんがい、東京なんか植物性っつうか、そういう感じでしょ。大阪は動物的。動物的人間性っていうかさぁ。ハハハハハ だから、撮ってると、やっぱり「ド」がつくような気がしたものなぁ。「ド根性」「ド助平」「ドケチ」って言葉があっけど、その「ド」が多いのよ。「ド派手」「ドブス」……怒られっかな、こんな〜ん。ハハハハハハハ/そういう感じがあって大阪からはじまったの。反応もねぇ、向こうから攻め、自分から押し出してくるっていうのがあるわけですよ。動物的だから、さ。自信なのか何なのか知らないけど、自分の顔の美醜なんかぜ〜んぜん気にしないで、平気でガンガン攻めてくるんだよなぁ。/おまえ、引っ込んでろ! っていうようなエナジーがあるわけだよ。東京だと、「あたしブスだから、ちょっとゴメンナサイ」とかさぁ、そういうのがあんじゃない。でも、大阪はそうじゃないの。「あたしのブスを撮って」とか、「あたしのバカな顔撮って」とか、そういう感じなのよ。すごいよぉ、ねぇ。/で、女性だとさぁ、「妙齢の女性」なんて言葉があるとするでしょ。でも、そういうの関係ないの。もう二十五過ぎてるような女性が、歯並びの悪いのを矯正してて、普通そんなの写真撮られんの嫌じゃない? 東京っ子はさぁ、そんで撮られるの嫌がるよね、だいたい。でも、そうじゃないの大阪は。大阪は都会じゃないからねぇ。ハハハハハ 笑って撮られる。記念に撮っておこうっつうか、アハハなんて、矯正中の歯見せて笑ってくれるの。い〜いでしょ。/嫌がってないよ。咄嗟に、ぐっと、こう、あっ、それもいいんだっていうふうに思って撮らせてくれるエナジーがあんのよ、大阪って。要するに人間のはじまりの要素っていうか、そういうの、大阪にはあったね。原始っつうか、人間の大切なことが残ってますよ、あそこには。〔……〕/大阪って悪く洗練されてないってことが分かったねぇ、今回で。洗練されてりゃいいってもんじゃないんだよなぁ。どんどんどんどん精神性が磨かれるっつうかさぁ、ほんとに泣きたいときに涙をこらえちゃうっつうんじゃなくて、涙出しちゃうっていうのが大阪なんじゃない。汗出したい、それなのに汗が出るのをこらえちゃうっていうような感じが多いじゃない。今の奴ら。汗まで我慢しようと思うからダメなんだよ。そうやってるから人生冷や汗になっちゃうんだよ、ねぇ。もう、鉄板焼きっつうかタコ焼きっつうか、そんな熱さが大阪にはありますよ。/結局、情のことなんです。感情ね。人情だろうが愛情だろうが、劣情だろうがさぁ……、友情だろうが、とにかく情を失っちゃあいけないんだ、ねぇ。私情もいいし、情がつくものはなんでもいいんだ。ハハハハハ……】。

  • 7月14日 ▼丸島基和「日販のリブロ買収について」03.07.09新文化 編集長のページ。▼京都精華大学芸術学部デザイン学科VCD(ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン)のサイト「デザインの素」「コトバのスケッチ帳」2003.07更新、【さまざまな出版物が流通する現在,「文字組版」に対する意識は希薄です。しかし,デザインとコトバの関係は実に密接です。このカリキュラムでは「日本語タテ組み文字組版」についての基本的な要項を学習するとともに,コトバを「書く」,文字を「組む」,美しく「並べる」の3つの要素をDTPで処理します。/「コトバのスケッチ帳」とは,日頃よく使っているコトバや,だんだん使われなくなってしまったコトバを学生自らが発掘し,そのコトバの語源や使われ方などを調査し,自ら文書を作成する,いわば「コトバのビジュアル辞典」です。/「本文」はよどみなくまるで空気のような存在として組み,とくに約物の文字間・行頭行末の揃えについて意識し,「見出し」はそのコトバを一塊として存在するようにプロポーショナルに組み上げます。そして,参考とした資料・取材先・URLを「キャプション」として紹介します。すなわち,文書構造によって文字組版の差異を明示し,目的に沿った日本語文字組版の理解を深める手がかりとします。作成した文書を頼りに,そのコトバをよくあらわす具象的イメージをイラストとして表現します。最後にこれらの要素を美しく読ませるために,決められたフォーマットに沿って「レイアウト」していきます。/このサイトでは,それぞれのレイアウトをjpeg形式で表示します。圧縮率の都合上,小さい文字の可読性は落ちますが,必要があればpdfファイルよりご確認ください。pdfファイルではフォントエンベッドしておりますので,美しい組版状況でご確認いただけます。〔…〕】。

  • 7月13日 荒このみ「「作者の死」――口承のネイティヴ・アメリカン文学」〔『國文學』2003年8月号(特集・知と創造の最前線)所収〕。【〔…〕今日、アメリカ合衆国が真剣になって思い出し心を砕かねばならないのは、その地政学的特質である先住民インディアンの存在の意味と、その文学・文化の意味を知ることだろう。ヨーロッパの植民者との邂逅による先住民の戸惑いは、今日のアメリカのイラク攻撃に見られる世界の戸惑いに通じるところがある。/世界をアメリカ化しようという勢いに私たちは戸惑っている。かつて北アメリカ大陸の先住民を滅ぼしながら土地を所有していった、その所有意識というアメリカ的衝動に困惑している。それは現在、石油の所有・統帥権の確保であったり、文化の画一化という文化所有であったり、政治的覇権という所有形態であったりする。そのような所有概念と反対の極にあったのが先住民インディアンの文化・思想であった。先住民インディアンには土地所有概念がなく、個人的財産という概念もなかった。それゆえ一七世紀からの両者の関わりは、諒解しあう基盤のないところで、いわば誤解のもとに土地売買契約が結ばれていったのである。そのようなアングロ・サクソン的な制覇の衝動・ヨーロッパ中心主義的近代化の思想は、かれらの文学と先住民インディアンの文学のありかたにおいても、根源的な差異をあらわにしている。】とする荒は、バルトの「作者の死」の意義を確認しつつも【〔…〕けれども、ネイティヴ・アメリカン文学にとっては、何ら斬新なことでも意味重大な宣言でもなかった。口承文学であったネイティヴ・アメリカンの文学的伝統においては、そもそもヨーロッパンの文学が指示する「作者」は存在していなかった。「作者」がその作品を所有するという概念がなかったのである。土地が個人によって所有されないように、文学的営みも個人の所有になるのではなく、特定されない過去からの時間の流れのなかで、部族の語り部の語りを通して、パフォーマティヴに生き続けてきているのである。文学的営みは、印刷され固定された書物のなかに閉鎖的に存在するのではなく、声音・身振り・楽器のリズム・語る者と聞く者との間に紡がれる即時的な関係性という、きわめて即興的に揺れ動く営みなのである。アンドルー・ウイジェットの言葉を借りれば、「固定形式」ではなく「発生形式」である。このように語る者と聞く者との間をつなぎ紡がれる文学的営みによって、共同体が部族の文化を再生産しつづけている。】と指摘している。

  • 7月12日 井上澄夫「慟哭による……「抗議」」〔『技術と人間』2003年6月号 所収〕。【……それは、二〇〇三年六月五日、参議院有事法制特別委員会(正式名称・武力攻撃事態への対処に関する特別委員会)で、午後六時十五分頃、起きたことだ。//同特別委員会はこの日、午前十時から正午まで開かれ、一旦散会。午後四時から小泉首相が出席して総括質疑が行なわれた。そして午後六時頃、質疑が打ち切られ、採決が強行された。/安全保障会議設置法「改正」案、武力攻撃事態対処法案、自衛隊法「改正」案の順に可決され、最後に付帯決議の提案があって、これも可決された。特別委の委員長が「本日の議事は終了しました。これをもって散会します」と宣言し、与党三党や民主党、自由党の議員たちが、互いに有事三法案成立を祝う握手を求め始めた……、そのときだ。//傍聴席から突如、泣き声があがった。最初その声は低いものだったが、たちまち号泣に変わった。祝勝の握手を始めていた議員たちは、一斉に傍聴席を振り返り、黙り込んだ。それが法案の成立を悲しむ泣き声、慟哭であることが、すぐわかったからだ。議員たちは祝勝ムードを打ち砕かれ、不快な表情を浮かべて、そそくさと議場をあとにした。〔……〕//Iさんの号泣は、まさに腹の底から絞り出されるという感じで、問題の三法案が自分の眼前で「数の暴力」で可決されたことへの悲しみにあふれ、傍聴席の誰もの心を揺り動かした。傍聴席のあちこちで女性たちの嗚咽(おえつ)が漏れ、私の左隣の女性も目になみだを浮かべていた。彼女はおつれあいとともに、男女二人の子どもを連れて傍聴していたのだが、娘を抱きしめながら、しばし立ち上がることができなかった。/Iさんの右隣にいた女性が、一斉にこちらを向いた議員たちに、小さな声で「この悲しみがわかりますか」とつぶやいたのを、私は鮮明に記憶している。〔……〕】。

  • 7月11日 矢部史郎「強者と弱者が反転する」〔『技術と人間』2003年6月号 所収〕。【〔映画〕『セブン』が傑出しているのは、「性格異常者による猟奇連続殺人」という形式を転用し、その構図を完全に覆している点だ。】とする矢部は映画『セブン』のストーリーを【〔…〕犯人は「性格異常者」ではない。自らの欲望や快楽のために野獣のように無差別殺人を行っているのではない。犯人は無差別に殺人を犯しているのではなく、きわめて厳密に差別的に虐殺の対象を選び、「罪状」を宣告し、「罰して」いるのだ。貧民(大食)、弁護士(貪欲)、「精神病質者」(怠惰)、娼婦(色欲)、女(高慢)というように。こうした対象の選別と「罪状」は、「異常」であるどころかむしろきわめて「正常」で保守的な、なによりも警察的な世界観に基づいている。/犯人は訴える。乱れきった社会に秩序を回復するためには、小さな罪も許してはならない。野放しにされた小さな無数の罪人たちを捕らえ、先制的見せしめ的に制裁を加えなければならない。そうして社会を引き締め、犯罪を予防し、秩序を回復させようというわけだ。その志向は、秩序を脅かす「犯罪者」のそれではなく、むしろ、秩序を暴力的につくりあげようとする警察の志向に酷似している。/一方で刑事たちは、狡猾で周到な犯人を追跡するために、徐々に法を侵犯し、先制的で非合法的な捜査に手を染めていく。「性格異常者と警察の対決」というハリウッド映画の構図は、徐々に失われ、覆されていく。きわめて異常な殺戮がありながら、どこにも「性格異常者」はいない。いるのは、ただ犯罪に怯え、安全な暮らしを望み、社会の防衛を求める人々だ。怖るべきは反社会的な「性格異常者」ではなく、法を侵犯して突き進む「社会的防衛」の暴力である。/事件が発展するにしたがって、犯人と刑事はその差を縮めていく。刑事は犯人よりも一歩先んじるために非合法的な捜査をエスカレートさせる。犯人は警察の無能を嘲笑い、私刑と見せしめの有用性を訴える。「社会防衛」という同じ動機に基づいた二つの暴力が、その正当性と無法さを競いあいながら、死体を積み上げていく。ついには、若い刑事が犯人を撃ち殺し、七つの処刑が完成する。犯罪と警察が混ざり合い、分割不可能な地点に到達する。それは、もっとも強大な暴力が、もっとも弱々しい被害者意識と融合する地点、強者と弱者が反転する地点である。】と紹介、日本の警察による「被害者対策」の不当性を批判し【〔…〕弱いものたちの被害者意識が、警察に領有され、法と無法を自在にする暴力の一部になってしまうのだ。】と指摘、落書き裁判(→落書き反戦救援会)への支援を訴えている。

  • 7月10日 「あまりにひどいぞ裁判所! 7/14怒りの最高裁包囲デモに参加を!」14日(月)正午・永田町「社会文化会館前集合」 12時15分出発。▼康民華・崔錫龍(対談)「6・15共同宣言発表3周年に際して語る ―六・一五共同宣言の基本精神と民族共助―」〔03.06.21up、『統一評論』2003年6月号〕。/「盧武鉉・韓国大統領の国会演説全文」03.06.25 JANJAN。▼「第12回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」2003年7月17日〜21日、スパイラルホール(東京・青山)。

  • 7月9日 ▼『新潮』2003年8月号から短期集中連載・四方田犬彦「ハイスクール1968」(第1回、200枚)。▼東京都古書籍商業協同組合による「古本拡張計画」ではライブ・イベントとして、7月6日(日)〜7月12日(土)に「過去からの本、未来への本」-古本カタログ掲載品展」10:00〜18:00(17:00最終日)、東京古書会館地下1階、入場無料、および、7月13日(日)〜7月19日(土)に「乱歩が蒐めた書物展−江戸川乱歩蔵書より−」10:00〜18:00(初日13日12:00〜18:00、最終19日10:00〜17:00)、東京古書会館 地下1階、入場無料。

  • 7月8日 「対テロ戦争の捕虜、6人を軍事裁判の対象に 米大統領」03.07.04 CNN、【ワシントン――ブッシュ米大統領は3日、対テロ戦争で米国が拘束した捕虜のうち6人を、軍事法廷での裁判の対象に指定した。〔…〕】。「イギリスからのレポート3」03.07.07アメリカの戦争拡大と日本の軍事法制に反対する署名運動、【〔…〕昨日7月4日、英国ニュースメディアがこぞって、キューバ、グアンタナモ米軍基地における闇行為について伝えていましたので、追加して報告致します。〔……〕/米国はキューバのグアンタナモ基地にて、勝手で一方的な軍事裁判を今まさに開始しようとしています。アフガニスタンやパキスタン、イラクから、タリバンやテロリストの疑惑を楯に、非人道的に強制収用した種々多様な国籍の人々を米軍の論理だけで裁くと言います。 この裁判には陪審員もなく、容疑者は自らで弁護士を呼ぶ事も許されず、軍から一方的に押し付けられた弁護士がつくだけ、そして、判決は米軍高官数人が下すと言う。この裁判で提示される証拠物件は、軍及び米諜報機関の機密であるため、裁判の内容は一切公表されず、挙句の果てには、裁判の行われるグアンタナモはキューバ内にあり、米国内ではないので、米国憲法の保障する人権保護に関する条項は一切適応されないと言うのです。/このような、ただただあきれるばかりの状態が進行していく中で、米政府は、国際刑事裁判所へ米軍部の人間を訴えたら、米国政府は次回からの軍事支援の一切を停止すると自国の「米軍人保護法」を世界各国に押し付けるべく、脅しをかけているのです。このゆすりのような所業を行う理由として、”海外で平和維持活動などに当たる米兵らがICCに不当に訴追される恐れがある”などとしていますが、これだけ非人道的な事をしておいて、訴えられない方がおかしいし、それだけの事をしていると言う自覚があるからこそ、このようなゆすり行為で、軍人達をむやみに保護しているだけなのではないかと言う思いが膨らんでいます。〔…〕】。関連:「米国:グアンタナモの被収容者たちが法的に曖昧な状態におかれたまま1年が経過」03.01.10アムネスティ発表国際ニュース / 読書録02.02.10付

  • 7月7日 ▼『北海道新聞』03.07.05付に「アイヌ民族遺骨、300体木箱に移す 北大、安置方法を改善」、【北大が医学研究のため収集したアイヌ民族の遺骨約三百体がプラスチックの箱に詰め込まれ、ずさんな形で保管されていた問題で、北大は四日までに、遺骨を新しい木箱に移し、安置の方法を改善した。西信三医学部長は「現時点でできる最大限の誠意を示したつもりだ」と話している。/遺骨は北大が一九三四年から五六年にかけて道内や樺太で発掘、収集し、構内の「アイヌ納骨堂」に安置していた。全部で九百六十九体あり、六百体余りは木箱に入れていたが、約三百体はプラスチックの箱に入れただけだった。/昨年、納骨堂の内部を公開して明らかになり、北大が納骨堂前で毎年イチャルパ(慰霊祭)を開いてきた道ウタリ協会に改善を約束していた。/北大は遺骨の発掘場所なども一年がかりで調査。/特定できた分は八月八日のイチャルパで同協会に報告するという。/同協会の秋田春蔵理事長は「北大がアイヌ民族の訴えを率直に受け入れ、改善してくれたことに感謝したい。イチャルパで先祖にきちんと報告したい」と話している。】。関連:「第19回、北海道大学・アイヌ納骨堂イチャルパ・参加報告」Ainu puyarA アイヌの生活と現在を考える窓) / 「第19回イチャルパ 今年も謝罪の言葉見られず」02.10.24 HoNet。▼きょうは華青闘(華僑青年闘争委員会)告発33周年記念日、「アジアの「告発」 “隣人”忘れた運動」02.11.02中日新聞(連載・日米安保50年 第4部の5)。関連:善隣学生会館中国留日学生後楽寮自治会「日共修正主義グループの華僑青年学生に対する襲撃事件の真相」1967。★03.07.13追記:前田年昭「華青闘告発への33年後のひとつのこたえ」(03.07.13「善隣学生会館事件HPの掲示板」への投稿)。

  • 7月6日 『河北新報』のサイト(2003.07.05付)に「「情報提供者でっち上げ裏金づくり」元高検部長が“証言”」、【検察庁の不正を内部告発する直前に逮捕され、収賄罪などに問われて公判中の元大阪高検公安部長、三井環被告が5日、仙台市青葉区の仙台弁護士会館で開かれたシンポジウムにパネリストとして出席し、検察庁内で続いてきた裏金づくりの実態について、市民の前で初めて“証言”した。/仙台市民オンブズマン(小野寺信一代表)の創立10周年記念シンポ「告発!検察の調査活動費による裏金づくり」で、三井被告は「4、5人の架空の情報提供者をでっち上げ、1件に3万―5万円を支払ったとの偽公文書を作成する。浮いた金は事務局長が保管し、検察幹部が飲食やゴルフ、マージャンをした場合にその金を支出する」と、からくりを説明した。/高知、高松両地検の次席検事を務めた6年間を振り返り、カラ出張で年間2、300万円の金をねん出していたことも明らかにした。実名で不正を告発する直前の2002年4月に逮捕された三井被告は「告発後に国会で証言し、検察バッジを外す段取りまでできていた。検察に事件を作り上げられた」と語った。/パネリストで、逮捕直前に接触していた元朝日新聞編集委員の落合博実氏は「検察は積極的に脱税で法人を摘発する一方で、内部の不正使用を隠ぺいするのは許せない。三井被告の逮捕に関する検察の発表をうのみにしたマスコミも批判されなければならない」と話した。/オンブズマンのメンバーで仙台高、地検調活費情報公開訴訟弁護団の坂野智憲弁護士は、調活費の予算が1998年度をピークに減少し、02年度には1割程度に減った状況を示しながら「この数字は調活費が不要な金だったことを裏付けている」と強調した。】。関連読書録:03.06.04付 / 02.05.11付

  • 7月5日 『週刊読書人』第2495号(2003年7月11日付)に、酒井隆史「論潮7月 マーケティングが問題 力の駆け引きについての度量の乏しさ」。【いまマーケティングが問題だ。これにやられつづけているかぎり、知も実践もその潜勢力を削がれつづけるのではないか、とすらおもう今日この頃である。】とする酒井は【人に「危険」な人とは見られたくない、排他的で狭隘な「市民」性への固執が、戦略と結果を重視するマーケティング的思考と絡まりあっている。効果をあげねば=売れねば意味がない、そのためには、「受け入れ」られるよう戦略をたてねばなRない。もちろん「理想的市民」のイメージから逸脱をやらかしそうなタレントはCMには使えない。マーケティング的発想をしがちな人に限って、すぐデモなどもう「有効性」を失ったとかいいたがあるわけだが、私は日常的には「穏健派」たらんと努力しているのだけれども、ときどき「○○古いっすよね」(○○がデモとか琴線に触れる場合だが)とかスカされるときだけはキレてしまう。なぜか分からないが、本当に嫌いなのだ、その手の「尊大」さが。/右であれ左であれ、メーケティング的思考は、どんなにセグメント化された市場を狙っていても徹底的にマジョリティ志向である。つまり短期間でなるべく多くの効果=結果をあげるか、そうでなければ無意味という発想だ。マジョリティ(あるいは消費者としてセグメント化されたマイノリティ)以外の集団性はそもそも存在すらしない。/そうなると直面する闘争現場においては「敗北」でも、権力に同じことはなかなかできないようにあっせる。(破防法のように)なるべく使えないようにする、デモ規制を撥ね退けていく、ネットワークを形成していく、べつの場所で抵抗している人を勇気づけるといった、短期的な「効果」の面からしたら無意味な多様な力のプロセスが想像すらされていない。こうした力の駆け引きについての度量の乏しさと、「普通」への固執――しかもどうもその「普通」も範囲が狭くなっているような……――は表裏一体ではないか。/少衆、分衆といった八〇年代の知的言説はまさにマーケティングと一体化しながら、集団性をカテゴライズし資本に差し出してみせたが、それは「大衆」という概念を多様化させたようにみえて、そこにあったヤバさ(それを「多数性〔ルビ:マルチチュード〕」といってもいいかもしれない)を殺菌する過程でもあっただろう。ここに現在の消費社会の論理を身につけた「普通の市民」のおそるべき不寛容も関係してくるのではないか。】と書いている。

  • 7月4日 印刷博物館は本展示室で企画展示「ブックデザインの源流を探して−チェコにみる装丁デザイン」2003年7月26日(土) 〜9月28日(日)、同P&Pギャラリーで「装丁のいろいろ展」2003年7月23日(水) 〜9月28日(日)。▼京都精華大学表現研究機構文字文明研究所は2003年7月5日(土)6日(日)に「連続講座東京開講」。石川九楊「東京開講にあたって」 / 東京講座カリキュラム / 東京講座アクセス(東京会場は印刷博物館)。▼「ぴあ通巻1000号記念展 希望/HOPE-未来は僕等の手の中」2003.6.28 sat. 〜7.6 sun.ラフォーレ・ミュージアム原宿、【参加アーティスト:青島千穂、浅井健一、浅野忠信、荒木経惟、稲田由美子、岩岡寿枝、小沢剛、川内倫子、北野武、草間彌生、工藤麻紀子、國方真秀未、グルーヴィジョンズ、ゴージャラス(松蔭浩之、宇治野宗輝)、CORNELIUS、佐藤玲、佐内正史、THE BACK HORN、篠原有司男、タカノ綾、椿昇、中川正博(20471120)、長島有里枝、永瀬正敏、中村哲也、奈良美智、蜷川実花、野村佐紀子、花代、坂知夏、HIROMIX、藤田淳、藤本昌、舟越桂、ホンマタカシ、Mr.、三宅信太郎、向井秀徳、森山大道】。

  • 7月3日 ▼アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名運動のサイトに、吉田正弘「イラク戦争劣化ウラン情報 No.4」03.07.01。関連:「イラク:米弾貫通の戦車から200倍の放射線 NGO報告」03.07.03毎日。▼さざ波通信のサイト(トピックス)にS・T編集部員「レーニン主義から最終的に決別した不破綱領」03.06.28、【本日の『しんぶん赤旗』に、7中総における不破報告が掲載されている、〔…〕この報告は現綱領にかろうじて残っていたレーニン主義の影響を完全に一掃し、国際情勢の変化という名のもとに、基本的に帝国主義論においてはカウツキー主義の立場をとり(支配層が偶然的にとる侵略的政策の総和としての「帝国主義」)、それ以外の点でも社会改良主義ないし社会自由主義の立場をとったものである。重要なのは、そうした転向がきわめて自覚的に行なわれているということである。帝国主義論に関する議論の中で、あえてカウツキー主義という言葉を持ち出しつつ、その立場に事実上立つことを明言している。〔……〕/言葉の上で「革命」「帝国主義」「権力」などという文字はかろうじて残っているが、それはすべてレーニン的意味ではなく、転向後のカウツキー的意味におけるそれでしかない(いや、労働者階級の権力を否定している点では、それ以上に自由主義的である)。言葉そのものを一掃しなかったのは、過去との連続性を信じたがっているお人好しの党員たちをだますためでしかない。この「自覚性」の点で、今回の綱領改定の試みは、これまでのなし崩し的改良主義化とは根本的に位相を異にするものである(愚か者だけが「大して違わない」と言うことができる)。/これは、もはや根本的に「共産党」を名乗る意味を喪失させるものであると言える。なぜなら、レーニン率いるボリシェヴィキが社会民主党と名乗ってきた歴史から転換して、「共産党」と名乗ったのはまさに、カウツキー主義からの完全な決別という意味を込めていたからである。その転換を自覚的に再否定して、レーニン主義的なものと決別したかぎりは、もはや「共産党」と名乗る意味はないからである。/それでもなお「共産党」と名乗るのは、戦前および宮本時代の共産党、すなわちスターリニスト的であったとはいえレーニン主義をアイデンティティとしていた時代の共産党の功績(侵略戦争に対する闘争、現代修正主義との闘争、ベトナム反戦などの国際連帯の闘争、等々)を利用しようとする目的からでしかない。/現在の党内力関係からすれば、今回の綱領案は次の大会でほぼ満場一致で採択されるだろう。それは疑いない。そしてそうなれば、それは、前回大会とセットで日本共産党の歴史における根本的な転換となるだろう。】。

  • 7月2日 原克『悪魔の発明と大衆操作 メディア全体主義の誕生』2003年6月、集英社新書。【われわれはメディア大衆である。〔……〕メディア環境は、われわれの第二の自然になってしまっている。〔……〕ほとんど一方的な情報の受け手になっている。〔…〕/こうした事態は、いつ頃から生まれてきたのであろうか。そこでは、今日と違うテレビやラジオをめぐるメディア環境があったのだろうか。われわれはいつ頃から、受動的で飼い慣らされた情報の受け手だったのだろうか。本当に、情報を発信することをしようとしてこなかったのだろうか。だとしたら、それはどうしてだったのだろう。】という問題意識から【舞台は昭和初期から第二次大戦にいたる、東京、ベルリン、ワシントン、ロンドン、ニュルベンブルクといった都市である。扱うアイテムは、テレビとラジオとパンチカード処理機である。】という対象に検討を加える原は【ラジオ番組が定時に放送されるのは、今日、当たり前のスタイルであるし、そもそもラジオは受信機であり、決して発信機ではないというのも常識である。しかし、メディア史的に見てみると、ラジオは黎明期、最初から受信機だったわけではなく、定時放送も定着していたわけではない。ラジオは元来、アマチュア無線のように送信機能も受信機能も両方兼ね備えたガレージ・キットであった。/情報の専有が、権力のバロメーターであるとするならば、中央からのコントロールが不能な情報が、全国を飛び交っているという図は、潜在的な反権力の体現そのものであった。そこから、送信業務の認可制度が導入され、中央による電波情報の一元化が国家行政の一部になっていった。/これに産業界が呼応するかたちで、送信機能を排除した受信専用の無線機、すなわちラジオ受信機が生産されるようになった。ラジオの定時放送は、従って、近代国家という情報システムと不可分のものであった。ナチス政権下、国民受信機が廉価で大量販売された。ヒトラー総統の演説をはじめとして、ナチスのプロパガンダを、帝国の隅々まで行き渡らせようというのである。このセットが悲劇的なのは、送信できないばかりでなく、受信はするものの事実上選局できなかったことだ。つまり、情報を選択する可能性が、情報の受け手である聴取者から、本質的に剥奪されていたことである。/一九八九年、ベルリンの壁が崩れたとき、かつての鉄のカーテンも同時に崩壊した。東欧諸国でひとびとを改革の波に駆り立てたのは、東欧諸政府の監視下にあったテレビ・ラジオの定時放送の枠外で、彼らが鉄のカーテン越しにキャッチしていた西側からの情報であった。定時放送外のゲリラ情報は、潜在的に反権力なのである。】と書いている。

  • 7月1日 ▼野田峯雄「〈危うい今日を超える視点〉 自立する日本軍」03.06.30朝鮮新報。▼「田中一光回顧展」2003年6月21日(土)〜8月31日(日)、月曜休館、一般1000円・学生800円・中高生65歳以上500円、東京都現代美術館。【2002年1月10日に急逝したグラフィックデザイナー・田中一光の業績を、約400点の作品で振り返ります。1960年ごろからポスターやブックデザイン、企業のロゴマーク、包装紙、商品のパッケージデザインといった分野で活躍し、常に日本のグラフィックデザイン界の中心に位置してきました。日本独自の美的感覚をモダンに表現するその手腕は、国内のみならず海外からも高く評価されています。/田中一光は1930年に奈良で生まれ、京都市立美術専門学校(現在の京都市立芸術大学)で学びました。57年に東京へ移り、63年に独立してからは東京オリンピック、大阪万博などへの参画を経て、セゾン・グループや三宅一生との仕事、そしてフェラガモといった海外企業とのコラボレーションなど、活動は多岐にわたります。/今回の展覧会は、没後初の本格的回顧展として、京都美専の卒業制作や版画など、未発表作を含む約400点で、その活動の全貌を明らかにする試みです。また、茶道やジャズを愛し、しばしばパーティーを企画して手料理をふるまった、生活者としての横顔も紹介していく予定です。/なお、展示デザインは、生前から交友が深かった建築家・安藤忠雄が担当します。】。記念企画:◎シンポジウム「21世紀のクリエーターたちへ」7月24日(木)午後5時30分開場、6時開演、有楽町朝日ホール、入場料:当日1200円・前売1000円、出演:安藤忠雄、横尾忠則(司会:柏木博)/◎連続講演会 「われらデザインの時代」6月29日(日)午後2時〜浅葉克己・松永真、7月13日(日)午後2時〜栗津潔、午後3時15分〜福田繁雄、東京都現代美術館講堂(入場無料、先着200名)/◎ミニコンサート・シリーズ「MUSIC TODAYを振り返る」7月12日(土)、19日(土)、8月9日(土)各日午後3時開演 東京都現代美術館 企画展示室内(当日の展覧会入場者はどなたでもお聞きになれます。)岩佐和弘(フルート)、鈴木大介(ギター)、宮村和宏(オーボエ)ほか。