読書録 2003年6月後半(敬称略)

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  • 6月30日 人権・報道・インターネットのサイト(情況に対して発言する)に山下幸夫「「法の下克上」を許していいのか−とどまるところを知らない憲法破壊について考える」03.06.30。【いわゆるイラク復興特別措置法案(以下「イラク特措法案」という。)が、本年6月13日に内閣の閣議決定を経て衆議院に上程され、同月24日から審議入りしている。〔……〕/イラク特措法案は、この附帯決議に反して、戦後初めて自衛隊の海外派兵を認めようとする法案である。/そうであるならば、当然に、「武力による威嚇又は武力の行使」を永久に放棄すると定めた憲法9条に違反しないかが問われなければならないはずである〔…〕。/ところが、現在の国会審議においても、これを報道するマスコミの論調においても、憲法9条については何も語られないままに、イラク戦争が正当だったか否か、イラクに自衛隊を派遣する必要があるか否かと言った法律レベルでの議論がなされており、憲法論議は全く不在である。/しかも、自衛隊法3条1項は、「自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務」とすると規定しており、海外派兵ができるとは規定していない。/ところが、今回のイラク特措法案の立法提案と一緒に、自衛隊法の付則の改正も提案されており、その中で、イラク特措法案に沿った「物品」及び「役務」の提供への従事を認めるとの規定を盛り込むことによって、自衛隊の海外派兵を許容させようとしていると指摘されており(東京新聞6月17日付朝刊)、前田哲男・東京国際大教授は、これについて、「法の付則に法の根幹を覆す文言を入れる。その自衛隊法が今度は憲法九条を覆す。」として、そのような事態を「法の下克上」だと批判するコメントをしている(同記事)。/前田教授の「法の下克上」という指摘は、イラク特措法案に限らず、最近の立法のあり方全般に通ずる根源的な批判を的確に表した表現であり、その本質を見事に突いている。〔……〕最近では、まず、憲法がそのような立法を許しているか否かという原理論を論じることを、「神学論争」であるとして排斥し、法律のレベルで、立法技術の問題に還元して論じる傾向が極めて強まっている。/つまり、我が国の最高法規であるはずの憲法が、いつの間にか、神棚の脇にでも置かれて無視され、最高法規であることの意味が骨抜きにされようとしているのである。〔……〕/このように、「法の下克上」という事態は、憲法秩序の空洞化をもたらし、やがては、憲法改正を確実に招来するという意味において、極めて恐ろしい事態と言わなければならない。/かつて、主として自衛隊について、「憲法の変遷」とか「解釈改憲」という表現で、既成事実として自衛隊の合憲性を認める見解があったが、「法の下克上」という事態は、それ以上に強力な憲法破壊をもたらす異常事態と言わなければならない。/ところが、小泉政権は、この「法の下克上」を意識的に次々と仕掛けてきており、小泉首相が自民党総裁選で再選されれば、必ず在任中の憲法「改正」を目指すことが予想されるのである。そうなれば、憲法に、自衛隊を軍隊として認知し許容する旨の規定や、徴兵制を認める規定等が設けられる可能性は極めて高いと言わなければならない。/このように考えると、次から次へと繰り出されている新たな法案に対して、今、全力で反対して封殺しなければ、近い将来予想される憲法「改正」への動きを止めることはできないという私たちが置かれた状況を冷静に認識し、強い危機意識を持って、新たな法案の立法策動に対しては、一つ一つ着実に反対運動を組織して立ち向かっていくことが強く望まれていると言わなければならない。】。

  • 6月29日 ▼遠藤盛章「イラク戦争〜サダムからも米空爆からも逃げることができない市民を追った〜」03.06.28 JANJAN、(13)工業力の礎、ナフダ(14)サダムと癒着する自動車販売業者(15)逞しきスークアラビアの商人たち(16)サダムシティー(17)ガソリンスタンドの行列(18)黄砂の街。▼アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名運動のサイトに、「ブッシュ・小泉両政権による対北朝鮮「経済封鎖」=戦争挑発政策に反対する! 万景峰号の「出港中止」強制と異常な反北朝鮮キャンペーン」03.06.27。

  • 6月28日 ▼『高知新聞』03.06.25付に「東北アジアに平和を 草の家一行が韓国で連帯訴え」。【東北アジアの市井の人々同士の連帯を深めようと、高知市升形の平和資料館・草の家の一行7人がこのほど韓国を訪問した。元従軍慰安婦の女性たちが暮らす「ナヌムの家」で交流したほか、豊臣秀吉の朝鮮侵攻の激戦地である弾琴台(タングンデ)で地元の環境保護運動団体と共同声明を発表した。/一行は高知市大空襲の犠牲者の遺族でもある草の家の岡村正弘副館長や元教員ら。草の家の研究生の韓国人青年、金英丸さん(30)が橋渡しと案内役を務めた。/20日にソウル入りし、翌日、韓国最大のNGO(非政府組織)の一つ「忠州環境運動連合」とともに弾琴台を訪ねた。/同地は秀吉の侵攻で日韓の約1万人が亡くなったとされる場所で、一行は韓国の人たち約50人とともに追悼して花を植え、地元報道機関を前に「東北アジア平和のための日韓市民団体共同声明」を発表。/岡村さんらは「北朝鮮への先制攻撃論など日本の軍国主義化が加速している。東北アジアの軍事的な緊張は、対話を通じてのみ解決できる。有事法制撤回と東北アジア平和共同体の建設のため、市民連帯を強めていく」と訴えた。/ナヌムの家では元従軍慰安婦の女性たちと夕食を共にした。元教師の竹内功さん(76)=南国市大そね甲=は「元慰安婦の中には終戦で中国に取り残され、最近になって韓国に戻ったという人もいた。彼女の過酷な人生を知り、ショックだった。掛けるべき言葉がなく『体の具合はどうですか』とか『日本語が上手ですね』としか話せなかった」と話す。半面、「夕食会には日本の学生や韓国の学生もいた。若い人たちに希望を感じた」とも。今後、韓国側からの高知訪問も予定しており、関係者は一層連帯を深めたい考えだ。】。▼「日韓の知識人194人が平和求める共同声明」03.06.09「人民網」日本版。

  • 6月27日 「Adobe Acrobat 6.0 Professional先行予約キャンペーン」Adobe Acrobat 6.0 Professional / Adobe Acrobat 6.0 Standard)。▼『東京新聞』03.06.27付(TOKYO発)に「幼稚力宣言――村上 隆」。【大人向けの六本木ヒルズ」に出かけてみたら、子供向け風「シンボルキャラクター」があふれているのに驚いた人も少なくないのでは。「キャラクター大国日本」、もしくは日本産のオタク文化の波がここまで表舞台に出てきたのか、と。シンボルキャラクターの作者は今、最も注目される芸術家の一人、村上隆さん(41)。一連の作品世界の意味に少しでも迫るべく、アトリエを訪ねた。〔……〕最近は「幼稚」であることの力を強調する「幼稚力宣言」を提唱し始めた。きっかけは、六本木ヒルズのキャラクター広告の幼稚性を、「老人力」の赤瀬川原平さんに朝日新聞紙上で「やゆされた」こと。「幼稚であることがある種のポテンシャル(可能性)だと思ってやっているから。やゆはしてもらっていい。いなおろうと思って」〔……〕/ただし、ことは単純ではない。聞き手が「幼稚力は、日本発の世界的な文化では」と調子に乗ろうものなら、村上さんはそれを「大人になれない恥ずかしい文化」だと切り捨てるのだ。/「敗戦後からの米国の下僕となる教育の完成ということ。日本は米国の戦争に巻き込まれていくに決まっている」。さらには、自作を「恥ずかしさの象徴」とまで。/「恥ずかしいのに作っている…そうですよ。だって、芸術って、そういうもの。生きていく上で悲しいことや、つらいことがいっぱいあって、僕の作品にはそれが出ている。子供たちも、かわいさだけでなく、僕の絶望をも見越してくれていると信じている。ディズニーとは違うと。本当に僕は、皆さんが思っている以上に真剣に芸術をやっているつもりなんですよ」〔…〕】。

  • 6月26日 「拉致被害者・家族の声をうけとめる在日コリアンと日本人の集い」2003年7月20日(日)13:00〜16:00、ラポール日教済(地下鉄神楽坂・江戸川橋より徒歩7分)、【●私たちは、国籍や民族の違いを超えて、互いの人権を尊重し共生できる社会をめざし、戦後補償や民族差別の問題に取り組んできた在日コリアンと日本人です。〔……〕/●あれから9か月。私たちは、多くのことに気づかされてきました。/北朝鮮の国家犯罪の数々に触れるチャンスがありながら、それらを看過してきた私たちの洞察力の欠如や甘さ。/拉致という人倫にもとる国家犯罪は、過去の植民地支配や民族差別と相殺されるものではなく、それ自体、厳しく指弾されなければならないこと。/マスコミの北朝鮮に対する揶揄的・戯画的報道の品性や底の浅さには問題があるが、北朝鮮の民衆の飢餓の状況や脱北者の苦難から目を背けてはならないこと。/在日の子どもたちのアイデンティティの確立のためにも、今、怒りを内にこもらせて口をつぐんでいてはいけないこと。北朝鮮の脅威に乗ずる形で憲法改正へと突き進む日本の新国家主義者と厳しく対峙しながら、武力による解決ではない道を進むべきこと。/コリアンが被害者の意識で民族主義を鼓舞するのではなく、日本人が贖罪意識に基づいて展開するのでもない運動の質が、今こそ求められていること。/かつて韓国の民主化闘争に共感し、学び、連帯を声高に表明した者が、北朝鮮の苛酷な人権抑圧には口を閉ざしたり無関心であったりする、そんなダブルスタンダードは決して許されるものではないこと。/……私たちは、今、そのような視点から、改めて拉致問題に向かい合う必要性を痛感しています。/●そこで私たちは、拉致被害者家族の声をうけとめる集会を計画しました。/北朝鮮の国家犯罪の故に深甚な苦難を強いられている拉致被害者の声に耳を傾け、民族を超えた民衆の連帯の道をめざします。/国家に人生を翻弄された者同士の、「加害」「被害」の関係を超えた(それらを相殺するのではなく、そのどちらをもきちんと見すえた)人間としての出会いと共感の場にしたいと願っています。/拉致被害者家族の声を真摯にうけとめ、私たちの弱点を見つめ、私たちのなすべきことを考えたいと思います。私たちは偏狭な民族主義、愛国主義、国家主義など、戦争の道に反対します。/おかしいことをおかしいといい、許せないことを許せないとはっきりと主張し、行動することが、戦争への道と違うあらたな共生の道を切り拓くものと信じます。/あなたの参加を呼びかけます。】。関連:「「垣根超え問題解決を」 在日の新組織発足決める」03.05.25 U.S. FrontLine(共同)。▼『朝鮮新報』に3回連載で、浅野健一「「万景峰92」号と日本」、「(上)−国際法違反の入港阻止」03.06.17付、「(中)−「世論」作るメディア企業」03.06.20付、「(下)−日米こそ東アジアの脅威」03.06.21付。

  • 6月25日 重力のサイト(web重力)に、絓(すが)秀実「これは「反米」の書なのか――アントニオ・ネグリ&マイケル・ハート『〈帝国〉』書評」03.06.20〔『論座』2003年5月号〕。【スラヴォイ・ジジェクが「現代の共産党宣言」と(疑問符付きであるか否かは問わず)評したことにも象徴されるように、二〇〇〇年に原著が刊行された本書の世界的「名声」は日本でもつとに知られていた。とりわけ、二〇〇一年九・一一以降のアメリカを規定するに、「帝国」という言葉が日本のジャーナリズムを席巻しているのは周知のことだが、その流行語が本書に由来しているのは間違いあるまい。/にもかかわらず、本書に照らして、その「帝国」概念が故意か無意識かは問わず誤用されていることは、この際はっきりと言っておくべきだろう。〔……〕そもそも本書によれば、「戦争」とは主権国家間のヘゲモニー闘争が存在した「帝国主義」時代のものであり、主権概念が変容した「帝国」の時代においてあるのは、「警察」行為にほかならないからである。それゆえ、本書は決して反=「帝国」の書でもない。確かに、帝国に対抗する「マルチチュード」を規定し生成せしめることが本書の目論見であるとはいえ、反弁証法的かつスピノザ的な「即」の論理を駆使する本書によれば、帝国は「即」マルチチュードの潜勢力を表現しているのである。かつて『資本論』第三巻のマルクスは、株式会社を資本制内におけるコミュニズムの生成として記述したが、本書で言われる「帝国」は、まさにそのようなものなのである。〔……〕/にもかかわらず、日本で本書を論ずる者の多くは、いまだに本書を九・一一以降にふさわしい「反米」の書物として流布させようとしているし、そうではない少数の者にしても、本書がアメリカで「冗談」と受け取られる文脈に対しては、概して、言葉を差し向けるのに歯切れが悪いのが実情ではあるまいか。私見によれば、しかし、本書はその「冗談」とみまがうばかりのオプティミズムによって、日本的左翼の歴史的限界性を批判しているところがある。〔……〕/本書の歴史観を規定しているのは「一九六八年」であり、それは、本書の批判の標的でもあるウォーラーステインの世界システム論とさえ、基本的に一致する。「帝国」段階とは、一九六八年におけるマルチチュードの「革命」に対する、「受動的(反)革命」として現出したというのが、本書の歴史的パースペクティヴにほかならない。それは、本書に即して言えば、女性から「在日」にいたる多数多様なマイノリティーが、「外部」ではなく「襞」として「内在化」されたということであり、そのことは「日本」でも確実に生起した。おそらく、このことを見ようとしない自国中心主義史観のために、日本では、すでに触れたようなさまざまな「曲解」が生じているのだが、だとすれば、確かに、現下の状勢においてはほとんど「冗談」とさえ読みうる本書を、その冗談をも含めて正確に受け止めておく必要があるはずである。】。

  • 6月24日 「「人種差別、性差別体現した帝国『日本』は今も継続」−シンポジウム「ジェンダーの視点から植民地暴力の歴史を振り返る」」03.06.23朝鮮新報。▼韓国「6・15共同宣言3周年記念民族統一大祝典」03.06.18統一ニュース【動画】。▼アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名運動のサイトに、「これは大量殺りくだ! 米軍が占領に抵抗するイラク民衆100人以上を無差別に殺害!」03.06.16。関連翻訳資料として「米軍はイラク人たちのレジスタンスの弾圧に動く」03.06.12インターナショナル・ヘラルド・トリビューン、「米国は「サダム忠誠者」を追いつめる」03.06.13 BBCニュース、「米軍 明け方にイラク人を“大虐殺”:目撃者が語る」03.06.14イスラム・オンライン・ネット。▼「さざ波通信」のサイト(トピックス)が、「日本共産党」7中総が発表した新綱領案を批判し、「天皇制・自衛隊を事実上容認した新綱領案が発表」03.06.22。(署名:S・T編集部員)。

  • 6月23日 承前、『SIGHT』Vol.16(2003年7月、特集“戦争に勝って、すべてに負けたアメリカ”)に、中村哲「インタヴュー」(インタヴュー・渋谷陽一)。【「〔…〕タリバンというのもこれまた、線引きが難しいんですよ。というのは、タリバンのあの考えかたというのはアフガン農村のエッセンスしのものですから。米軍が注意しているのは『敵は昼間は普通の農民の顔してニコニコしているけれども、夜になったら攻撃者に変ずる』と。それもそのはずで、タリバンの大部分というのは普通のまじめなお百姓さんだったんです。だからタリバンのなかでもいろいろいて、もちろんファナティックなね、狂信的な人もおったでしょうけど。大部分はまじめなイスラム教徒、それからもちろん神学生、それからパキスタンから駆けつけた義勇軍といいますか、そういう人たちで構成されてたわけです。〔…〕」/「〔…〕さっき言ったように、タリバン勢力そのものがアフガン農村のエッセンスみたいなものですから、彼らの文化を破壊しつくさないと消えないですね」/――それは絶対無理ですよね。/「無理でしょうね。おまけに隣の北西辺境州、ペシャワールがあるのはパシュトゥン人(=アフガン人)の州ですね。去年の10月、総選挙があって、実質的にタリバン政権と言っていい政権が圧勝して与党になったんですよ。で、もう堂々とアルカイダ狩りに反対して、『われわれは阻止する』という宣言をしたんです。〔……〕極端な例は、これは去年の話ですが、トラボラ(東部山岳地帯)の攻撃に参加した兵隊が、うちの診療所のまわりの人だから知ってるんですけれども、日当をもらい、ライフルももらって。『帰りがけに米兵を狙撃した』とかね」/――ものすごいブラック・ジョークみたいですね。/「誰が敵か味方かわからないですよ。米軍の協力者自身が反米的な気持ちを抱いているんで、おそらく終わりのない戦いになったと思いますね」〔……〕まさに、土着のインディアンを征服してアメリカの国家ができたのと同じプロセスを辿ってる気がします」】。

  • 6月22日 『SIGHT』Vol.16(2003年7月、ロッキング・オン)が“戦争に勝って、すべてに負けたアメリカ”を特集し、「INTERVIEW WITH MADONNA」。“問題の自粛ビデオの内容とは〔……〕反戦ビデオ以外の何物でもない。迷彩柄をモチーフとする挑発的な衣装をまとったモデルたちがファッションショーでポーズを決めていく。業界系の澄ました観客たち。おびただしいフラッシュ。そこに登場するのがアラブの子供たちだ。長い衣をまとった少年やベールをかぶった少女たちが歩くなか、さまざまな「暴力」映像がインサートされていく。ステルス戦闘機、空母から発射されるミサイル、隊列を組み無数の爆弾を投下していく爆撃機。爆風、キノコ雲、爆風、キノコ雲、爆風、キノコ雲、キノコ雲。メッセージはあまりにも明快だ。「あたしたちはこの子たちを殺している」。たった3分間で、戦争に内在するスタイリッシュさとグロテスクさを迫力映像で表現した、本当に秀逸な作品なのだ。〔…〕”とのコメントが付されたインタビューでマドンナは【わたしがこれまで考えてきたアメリカン・ドリームっていうのは……たとえばポケットに35ドルだけ入れて、無名のまま、ちっぽけな田舎町からニューヨーク・シティに辿り着いて「あたしは有名になってみせる。可能性は無限大なんだ」と宣言する、それがこれまではわたしにとってのアメリカン・ドリームだった。/ただ、わたしは世界じゅうを見てまわったから、アメリカ人であるあたしたちが他の国の人たちに比べていかにチャンスに恵まれてるか、そのことを実感できる。そのことには本当に感謝してるのよ。ただ、それと同時に、やっぱりアメリカ人は間違った価値観にとりつかれてると思うのよね。カッコよく見せたい、銀行の預金を増やしたい、お金持ちで有名と思われたい、成功していると思われたい、そうでなきゃ、ただただ有名になりたい……そういう価値観、何か世間に発言したいことがあるわけでも、有名になるために努力をしたっていうんでもない。有名になりたいから有名になりたい。すごく不健全な強迫観念じゃない? これがまさにアメリカン・ドリームの一番浅はかなところね。】【この国は軍備に何十億ドルもの予算を投じてるのに、教育や貧困に苦しんでいる人達のためにはわずかなお金しか使おうとはしない。それから、アメリカ人の文化には、わたしも含めて、見た目に対する極端な脅迫観念があると思う。容姿、スリムで美しくあること、それから力強い超大国であるように見せること……こういうことに個人、それから国家レベルでとりつかれてるのよ。でも究極的にはそんなものは“真実”じゃない。そんなものはすべて幻想で、はかないもので、何ら重要性はないのよ。このビデオではこういった現象に対するわたしの意見やわたしの困惑、怒りが表現されてるの。】と述べている。関連:読書録03.05.01付マドンナ公式サイト

  • 6月21日 帝国データバンクのサイト(倒産速報&集計)に「全国企業倒産集計2003年5月報」。【倒産1482件、5ヵ月連続の前年同月比減少/負債8008億4800万円、2ヵ月連続の1兆円割れ】との集計を【デフレ不況の深化から、減収などの倒産増加要因と、手形取引敬遠などの倒産抑制要因が併存しているため、倒産件数は深刻な実体経済と比べて落ち着いているが、依然として増勢圧力を内包。】と概括しつつ「今後の問題点」として【りそな銀行も具体的な再生シナリオどころか、早くも再生スキーム自体に疑念が生じ始め、信用保証制度の拡充や中小企業再生協議会の設立、民間銀行の中小企業向け融資強化といった一連の中小企業救済策も延命装置の域を出ることはない。にもかかわらず、政府・金融当局は「今は危機ではない」と主張し続け、危機の負の連鎖を断ち切る抜本策を講じようとはしない。9月中間決算に向けて゛りそなショック゛の影響は着実に忍び寄り、第2、第3のりそなの表面化の懸念とともに、繰り延べ税金資産問題が、準大手ゼネコンのフジタの債務超過転落に見られるように、今後一般事業法人にまで波及するのは間違いなく、波乱要因はますます膨らんでいる。これまでの危機封じ、倒産先送りの構図は、いつ崩れ去っても不思議ではない状況にある。】と指摘している。

  • 6月20日 「「流れに棹さす」6割誤解 文化庁の日本語世論調査」03.06.19共同:FLASH24。▼承前、絓(すが)秀実・丸川哲史対談「六八年以前/以後の世界」。絓(すが)による保守的革命主義批判の提起に対して、丸川は【〔…〕保守的革命主義については、やはり僕は、いわゆる占領期と言われた時期に遡って考えたいんですよね。占領期を四五年から五二年までと区切ってみた場合に、その時期がどう感じられていたのか。竹内好などは、第三世界のナショナリズムに近づけて、「独立」という考え方を出した。これが成功しなかったのは、まず対日政策が新中国の成立で転換したからです。日本は、いわゆる占領前期の弱体化路線を免れたわけです。しかしそれとは裏腹に、制度のモデルチェンジとしては、占領前期の民主化政策の進展によって、韓国や台湾のような形での独裁(第三世界型独裁)も免れたことになった(しかし、天皇制が温存される)。もしかして、ものすごくハードな占領政策が継続されるか、あるいは内部改革がまったく放置されていたならば、第三世界的な体質をともなった反米思想になったかもしれない。絓(すが)さんが今おっしゃった石原の第三国人発言も含めて、その時期に日本独特の反米の秘密があると思うんですよ。しかもその占領は、アジアフォーメーションの変形過程の中で重層決定されたことであって、日本の占領政策と韓国の占領政策、沖縄の占領政策は、まさにゲーム盤のようにしてその比重の移動があったわけです。ただそういった見取り図を左翼の側もきちんと示してこなかったと言えますね。ましてや右翼の方も提示しなかったがために、途方もない断絶が生じてしまった。そして、それが意識化されないまま来た文化的土壌において、日本的保守的革命思想が繁茂したということになるのではないか。そのことを解析しなければいけないと思いますね。】と述べている。

  • 6月19日 絓(すが)秀実・丸川哲史対談「六八年以前/以後の世界」〔『週刊読書人』第2493号、2003年6月27日付掲載〕。『革命的な、あまりに革命的な 「1968年の革命」』〔読書録03.05.12付参照〕執筆の動機にふれて【もう一点、本にも書きましたが、日本の歴史的なパースペクティブを考えていく際に、「六八年」を隠蔽、もしくは貶めるような傾向が最近強いんじゃないか。たとえば、ガタリやネグリの翻訳をやっている杉村昌昭さんは、丸川さんたち若い左翼にも影響力がある方でしょうが、「情況」六月号のインタヴューで、フランスの六八年は素晴らしいが日本のは落ちるみたいな発言をしている。僕は吉本(隆明)主義者ではありませんから、「輸入業者」などと揶揄するつもりはありませんし、そもそもそういう発想が無効になったのが六八年だと思いますが、こういう「おフランス」はちょっと、ね。】と語る絓(すが)はまた、【〔…〕この本の前に、僕は『「帝国」の文学』という本を書いていて、今度の仕事とどう繋がるのかを考えていたのですが、あの本では漱石と「大逆」事件の問題を一応画期的な視点で扱って高橋源一郎と論争し、圧勝したわけですね(笑)。直前に『日本文学盛衰史』が出ていて、これは漱石が啄木に「時代閉塞の現状」を書かせたと邪推して、漱石の「大逆」事件に対する沈黙を免罪するような本だった。それに対して、加藤典洋や関川夏央、川本三郎なんかがいたく感動した。要するに漱石に自分たちを投影して、「六八年」に対するやましさを癒してもらっているわけですよ。そうすると、期せずして、前の本は高橋や加藤、関川、川本といった「転向左翼」に対する批判になってたわけだ、自画自賛ですけど。ただ、そういう悔い改めた転向左翼は、今や世界にはびこっているようですが。でも、ごく普通に考えて、芸術的にも文学的にも、「六八年」というのは、そこから後退不可能なラインだったはずなんですよ。ところが平気で後退して、『日本文学盛衰史』のようなインチキ本がのうのうとまかり通っている。文学研究者でさえ、僕の本を無視して高橋に媚びている奴がいるんだから恥知らずですね。八〇年代左翼の社民化も一種の後退ですが、全て期を一にしているしている気がしてならない。】と述べている。

  • 6月18日 「米けん引し6%の大幅増加、02年の世界の軍事費」03.06.17 CNN。▼吉川勇一「戦後思想における「用語」という問題 小熊英二著『〈民主〉と〈愛国〉』を読む」〔反天皇制運動連絡会編『季刊 運動〈経験〉8』2003年2月、軌跡社、発売社会評論社、に掲載〕。イラク攻撃反対の運動の中で「デモ」でなく「パレード」という用語が使われていることについて【〔…〕いやしくも何万という死者の出ることが予想されるイラク攻撃に反対する行動なのだから、「祝賀や祭りの華やかな行列」などではなく、「デモ」〈示威〉だろう、と私などは思う〔…〕なぜ、この若い人びとは「パレード」や「アクション」という言葉をあえて選ぶのだろうか。】という吉川は【今年早々、六〇年安保闘争の中で生れた「声なき声の会」の創立者、画家の小林トミさんが七二歳でなくなられた。〔…〕/そして、今、一月一八日の対イラク攻撃反対の行動に集まっている若い世代に、私たちが運動に使った言葉の一部をそのままでは引き継げなくなっており、彼らもまた、まだ自分たちの抱く心情を適切に表現する言葉を生み出しえていないのだと思ったのだった。/ベ平連が生れた当初、私たちは、それまでの「国民的平和運動」などという表現〔…〕を意識的に退け、「市民による反戦運動」と自称した。これに対し、既存の集団からは「ベトナム人民が解放戦争を戦っているのに『ベトナムに平和を』などという表現は適切でない」「ベトナム人民連帯」「ベトナム人民に勝利を」と言うべきであるというような批判も受けた。しかし、「反戦市民運動」や「ベトナムに平和を」という表現は、それまでになかった新しい運動を作り出すのだという意気込みの私たちにとっては、適切であり、必要な表現だと考えていた。/そう思い返してそれを重ねてみるとき、「フェスティバル」は勘弁してもらうとしても、「パレード」には我慢して、私はこの「パレード」デモを歩くことにしている――この若い人びとが、今の時代にふさわしい新たな運動を力強く創出し、そしてそれを表現する適切な言葉も生み出してくれることを強く希望しながら。】と書いている(03.01.16付)。関連:吉川勇一「ベトナムからイラクへ 平和運動の経験と思想の継承をめぐって」〔『現代思想』2003年6月号〕。

  • 6月17日 小倉英敬「東アジア地域の将来的ビジョンを模索する活発な論評 だが、生活保守主義が治安主義と容易に結びつく傾向も」〔『図書新聞』第2634号、2003年6月21日付「時評」欄〕。【筆者が懸念するのは、このような国民一般の「保守化」が日朝国交正常化交渉の進捗を阻害している現状である。昨年九月一七日の小泉総理の訪朝時に実現した日朝首脳会談の結果発表された「日朝平壌宣言」によって、国交正常化に向けて歴史的な一歩が踏み出されるかに見えた。しかし、北朝鮮側からの拉致問題に関する無神経な対応と、日本政府による拉致被害者家族に対する冷淡な説明ぶりから拉致問題がこじれてしまったために、国交正常化交渉の前進が阻まれてしまった。確かに、北朝鮮側の対応には拉致被害者家族を怒らせて当然の無神経さが見られ、また外務省の対応にも不適切なものがあったことは事実であった。しかしその後の「こじれ」は、筆者からは「救う会」や「拉致議連」に入れ知恵された「家族会」の横槍としか思えない。拉致が非人道的な行為であり、北朝鮮による国家犯罪であることは否定し難いものであるにせよ、拉致問題の解決を交渉の前提条件づけることによって、歴史的に重要な国交正常化を阻害することは許し難い行為である。拉致問題は、国交正常化の後にしか決着をつけられない複雑な要素をもつ問題である。/他方、北朝鮮情勢の鎮静化は両国だけでなく、東アジア全体の安全保障に関わる問題である。「救う会」、「拉致議連」とこれらに扇動された「家族会」の一部の動向は、「ありのままの北朝鮮」との対話を拒否し、金正日体制の打倒を目的とした政治的行動に過ぎない。果たしてこのような姿勢で、本当に拉致問題を解決できるのか。彼らは北朝鮮に対する経済制裁を日本政府に強要しようとしている。しかし、経済制裁が特定の政権を打倒したことは歴史上一度もない。イスラエル、南アフリカ、キューバ、イラク等に対してなされた経済制裁や制裁決議が政権打倒の功を奏した事実はない。民衆を苦しめただけに過ぎなかった。もし経済制裁を強要しようとするのであれば、どのような制裁がどのような効果を生んで、それがどのように拉致問題の解決に資するのかを具体的に示すべきである。】。

  • 6月16日 ▼アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名運動のサイト(イラク戦争被害の記録)に、記事翻訳『Guardian』03.06.13付「戦争は1万人の民間人を殺したと見られる。研究者はそう語る。」(原文:War may have killed 10,000 civilians, researchers say http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,976392,00.html)。▼益岡賢のページに、ジョン・ピルジャー、益岡賢訳「トニー・ブレアを解体する」03.06.15〔03.06.13 ZNet〕。▼広河隆一通信のサイト(HIRO COLUMN)に、広河隆一「新しいメディアの創出」03.06.14。