6月15日 ▼乱乱「祝「国民反故法案」可決!」03.06.12アナーキー・イン・ニッポン(時評)。▼開館20周年記念展示「ドキュメント災害史 1703-2003」2003年7月8日(火)〜9月21日(日)、国立歴史民俗博物館。▼「岡村詩野 責任編集新雑誌『Kitten』2003年7月創刊!!」、【この夏、完全自主制作によるインディー・マガジン『Kitten』を創刊します。現在の大手音楽メディアではとりあげられる機会の少ないアーティストを積極的にフォローすることを第一の目的とし、また、洋楽・邦楽の枠も特に設けません。このあたりのチョイスはすべて編集長である岡村以下、関わるスタッフ、筆者の判断で行う予定です。ただし、全体的な方向性として、あくまでリスナーの興味を深める指南役になるべく、インタビューなどアーティストの生の声を掲載することを中心としつつ、一方で読み捨てられることのない、資料性、情報性を重視したものにしたいと考えています。/とはいえ、なにぶん、すべて編集長である私、岡村の持ち出しによる完全自主制作です。個人的なことながら、私の原点がミニコミ制作だったことを考えると、15年以上に渡ってコツコツとライターとしての仕事を続けてきた結果、再び自主制作による音楽雑誌の発刊に立ち返ることは自然なことでもあります。最初はつまづきながらの制作になるとは思いますが、どうか末長く応援のほどお願いいたします。内容のクオリティはどの雑誌にも負けない所存ですので、どうぞご期待下さい。/2003年5月 岡村詩野】。
6月14日 『本の雑誌』2003年7月号に「紙々の人列伝/空気と水を作る人」(pp.70-74、無署名)。【本を読む時、当たり前のように触れている「文字」。普段その存在を意識することなく、私たちは書かれている文章の世界に入り込む。その「文字」を作る――書体デザインに精魂をかたむける人がいる。/JR高田馬場の駅から十分ほど歩いて路地を入ったビルの一室。字游工房代表取締役・鳥海修は、開口一番こう語った。/「文字は水であり、米であり、空気であると言います。奇をてらわず、ベーシックで読みやすい字を作ろう。それが僕らの姿勢です」】という書き出しで、字游工房の歴史と現在から、代表の鳥海修と彼をとりまく人びとの姿までをまとめた取材記事。全文必見の記事は【字游工房を創っていちばんよかったのは、人との出会いだと鳥海は述懐する。以前は、使い手の顔が見えず、自分が納得のいく文字を作ることだけを考えていた。だが、実際に使う人たちの声を聞き、彼らにとって役に立つものを作っていきたいと思うようになった。/「いま考えているのは、作り手と使い手が結びついたサポート体制。外字を作ってほしいとか、京極夏彦さんのように二倍ダーシ(――)を一発で打てるようにとか。みんなが少しでも気持ちよく使えるように、僕らも字のことだけ考えるんじゃなくて、ハードや文字を使う現場のことまで含めて、新しいものを作り出さないといけない。これからの課題ですね」/十四年前、字游工房を始める時に、鈴木は「俺とお前を一緒にやらせるわけねえだろう」「同じような奴が二人もいてどうする」と言った。彼が何を思ってそう言ったのかはわからない。ただ、どうしようもなく文字が好きなのだ。『鈴木勉の本』に遺された鈴木の言葉は、いまも褪せることはない。/「どんな仕事だろうと手を抜かないのが字游工房なんだ……バカなんだよオレたち」「やっぱり好きなんだなー……文字が……」/そして、“文字馬鹿”たちの工房は今日もひたむきに空気と水を作り続ける。】と結ばれている。
6月13日 ▼「米国はイラクで何をしたのか 今も戦場 フォトジャーナリスト広河隆一さんが見た」03.06.13東京新聞(特報)。▼『朝鮮新報』のサイトに連載〈6・15北南共同宣言と在日同胞社会〉。「1 故郷訪問」05.31付、「2 民間女性交流」06.03付、「3 北南鉄道」06.05付、「4 「白頭から漢拏まで」」06.07付、「5 統一世代」06.10付、「6 北南統一サッカー」06.12付。
6月12日 ▼読書録06.10付のつづき。「苦境に立つ米英の軍事占領(その2)」03.06.07アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局。▼朝鮮新報「動き出す朝鮮人強制連行・強制労働問題」のページに連載18「「日本鋼管は『命の交換』」」03.06.12。
6月11日 ▼高橋敏夫「高橋敏夫氏に聞く『沖縄文学選 日本文学のエッジからの問い』/失われた十年を嘲笑う」〔『図書新聞』第2633号、2003年6月14日付掲載〕。【目取真俊は近年の沖縄文学を変更し、沖縄文学を独自に定義しなおしている。〔…〕政治的なものを語らないためにもちだされる「文化」という、文化の政治学ではなく「文化語り」の政治学を沖縄の場から明確にしている。】と指摘する高橋は【小説では、徹底的に沖縄の共同体を疑うところからはじめ、しかもそこから物語は世界へと広がっていく。断ち切ることで新たなつながりとひろがりを獲得するわけです。たとえば『魂込め』のなかに収められている「ブラジルおじいの酒」。これは移民というかたちで沖縄の抑圧のなかから逃れていく者の物語です。移民によって世界の最底辺の人々、その民衆的エネルギーとか強烈な宗教性とつながっていく。ラテン・アメリカ文学が描いた苛酷かつ豊穣な世界と直接接する者たちをつかみだしている。これを読むと、沖縄は世界の最底辺に開かれていると同時に、その世界からの還流を受け止める場になっていることが見えてくる。これは従来の沖縄文学にはないけれども、なければならなかった物語です。目取真俊は、沖縄文学の「リアル」をも転倒して、独自の「リアル」を創造している。】と述べている。▼「緊急帰国報告会 広河隆一「アメリカはイラクで何をしたか」・森沢典子「パレスチナから見た和平」」6月16日(月)18:30、東京・中央大学駿河台記念館281号室、参加費1000円、主催:「1コマ」サポーター事務局、共催:パレスチナ子どものキャンペーン。
6月10日 ▼『毎日新聞』が6月10日から新連載「イラク混沌」を開始、「米の誤算/1 元将校が蜂起示唆−−民家を武器庫に」06.10付、「米の誤算/2 スンニ、シーア両派接近 米のバース党敵視の陰で」06.11付、「米の誤算/3 難題、バース党員処遇−−要職追放命令に反発も」06.12付、「米の誤算/4 「石油利潤の還元」遠く−−具体像も見えぬままに」06.13付、「米の誤算/5 米英主導「民主化」に不満 各勢力の足並みそろわず」06.14付でおわり、必見!〔この項06.19追記〕 ▼「苦境に立つ米英の軍事占領(その1)」03.06.04アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局。▼『Invitation』No.5(2003年7月、ぴあ)に武田徹「個人情報保護法と個人情報を守るための法律は似て非なるもの」、【〔…〕だが――そんな状況で最も憂慮すべきは実は自粛なのだと思う。個人情報保護法に抵触する恐れがあるとして筆を折る表現者、筆を折らせるメディアが出ることがより恐ろしい。こんな時世でこそジャーナリストもメディアも有形無形の圧力に抗って自分たちの正しいと信じる表現を敢行すべきだろう。それが「報道」と認められず、個人情報保護法違反で訴えられたとしたら、泣き寝入りせず、法廷闘争に持ち込んだり、世論の判断を広く仰ぐ。そうした戦いの過程で、単に個人情報を暴露するだけのエセ報道と、公共的な表現の仕事との違いが明らかになり、「報道」の輪郭が確かに描かれることにもなるだろう。】。「公共的な表現」なるものがあるのだろうか? 自粛、自己規制以前に〈モノを視る眼、感じる心〉を奪われ、批判精神を喪ってしまっているジャーナリズムの現状を見るとき、はたして武田の主張は批判たりうるのか!
6月9日 ▼「朝鮮総聯中央本部 南昇祐(ナム・スンウ)副議長の談話」03.06.08朝鮮総聯。万景峰号の入港反対緊急集会参加者一同「「万景峰号の入港反対緊急集会」声明」03.06.08救う会全国協議会ニュース。関連:毎日INTERACTIVE:北朝鮮ニュース。▼「日韓の知識人194人が平和求める共同声明」03.06.08 asahi.com。【「イラクの悲劇をくりかえすな」と日韓両国の知識人194人が8日、盧武鉉・韓国大統領の来日に合わせて、東京とソウルで「東北アジアの平和を求める共同声明」を発表した。〔…〕】。▼Tsuchipro第2回公演「「てのひら」〜活版印刷工場のひとびと〜」作・岩脇忠弘、演出・勝俣稔、7月2日(水)〜7月6日(日)ウエストエンドスタジオ(中野)、7月12日(土)・7月13日(日)成田市民ホール、【1940年11月10日、紀元2600年の祝いで沸き返っていた。/そのにぎわいをよそに大衆小説の作家、平野清二は東京・中野の印刷工場(こうば)に閉じ込められて、イライラしながら原稿を書いている。彼はたびたび締め切りに間に合わず、編集者を困らせている。そこで編集者の一人である本木恒生は、もし原稿が間に合わないときは平野に口述筆記ならぬ口述活字拾いをさせようというのだ。つまり、平野がしゃべったことを活版職人がその場で活字を拾っていくという苦肉の策を思いついた。/一方、恒生の兄である印刷工場の主人、本木民雄はいままでの仕事の実績から陸軍の印刷の仕事を請け負ったばかりで、自宅に作家が出入りすることを快しとしない。/そんなときに特高刑事の宇下が突然現れ、平野の監視を始めるという・・・。/『活字』と『ことば』を守ってきた人々の物語。】〔この項、Thanks:「moji」〕。
6月8日 ▼サザンオールスターズ25周年記念『勝手にシンドバッド』PV期間限定フル試聴サービス! ▼小林孝吉「拉致問題と北朝鮮の文学 「9・11」以後を生きること」〔『アソシエ』第11号(特集“東アジアの21世紀”)2003年4月、御茶の水書房〕。【「9・11」以後を生きること、やはりそれは未来への大きな困難と、歴史の闇を透視する精神の純粋性なしには希望は見えないのであろう。〔…〕そして、この課題を負うのが〈文学〉なのだ。文学は、あくまで国家や国民、政治や民族に消去されない固有の〈記憶〉と〈いのち〉を描くものである。】とする小林は『すばる』1997年8月号(特集:北朝鮮の現代文学)に載った小説と詩を紹介し、【加熱するナショナリズムのなかで、北朝鮮すべてを独裁と軍と牢獄社会とだけ見る、そのことは一方では、そこに生きる人間の〈自由〉を政治の目だけで見る偏りに陥らないだろうか。それは「拉致問題」を、個人や家族の問題としてではなく、外交と政治的決着だけでとらえることとどこかでつながっていないだろうか。〔……〕/曽我ひとみさんの帰国時の人の心、山、川、みんな美しく見えるというきわめて個人的な感想や、母親の誕生日を迎えての娘としての心情――これらは、本来もっとも個人の記憶の内奥にひめられた思いであろう。だが、それが「拉致問題」としてクローズアップされるとき、いつしかそれは〈政治〉の言葉へと変質してしまうのである。なんという悲しいアイロニーであろうか。それはそのまま、蓮池さんの二四年間の北朝鮮での生の意味へもつながっているのではないか。】と指摘、高樹のぶ子「拉致問題への対応を問う 「個」の意志はどこに」(『毎日新聞』02年12月1日付)を引きつつ、【最近、ナショナリズムの蔓延する日本社会で、「拉致問題」は「ピョンヤン宣言」を遠く離れ、北朝鮮の核問題とともにいっそう深く暗い森に迷いこんでいくように見える。私たちはそのような現状のなかで、その暗鬱な森のなかで、人間の声なき声を、全身全霊で聞きとらなければならない。そうすると、いつしかその声は、多くの戦争による死者の記憶の声と響き合い、それはグラウンド・ゼロのニューヨーク、はじめて原爆実験が行われたトリニティ・サイトのグラウンド・ゼロの赤茶けた土、石、砂、野のいきものへとつながっていくのである。――それにしても、世紀を画する「出来事」である「9・11」以後を生きるとは、それほどまでに困難なことなのだ。だが、少なくとも、ここには確かな〈希望〉がある。】とむすんでいる。
6月7日 ▼「県民に怒りと不安/有事関連法成立」03.06.06琉球新報 / 「有事法制が参院通過…軍事大国の道開く」03.06.06(韓国)中央日報 / 「盧大統領の国賓訪問時に有事法制成立…「外交的暴挙」」03.06.06(韓国)東亜日報 / 「盧大統領の到着1時間前に「有事法制」通過」03.06.06(韓国)朝鮮日報 / 「「一大転換」と懸念にじむ/韓国メディアも速報」03.06.06共同:四国新聞 / 「韓国で「失礼」「傲慢」…反発の声相次ぐ 有事3法成立」03.06.06朝日:goo / 「平和憲法侵害と批判伝える/中国・新華社が速報」03.06.06共同:四国新聞。▼「URC Official Web Site」のArtist Interviewに「西岡たかし・斉藤哲夫が語るURCの時代」03.03.16聞き手:中澤佳子(03.05.16公開)。【当時関西のフォークというのは、関東のフォークに比べてメッセージ性が強かったように思うんですが、そのバックグラウンドというのはあったのでしょうか?】という問いに西岡は【さあ、どうでしょうかね、、、当時はいわゆるイデオロギーというものがウロウロしていましてね。その前に「歌声」的なものがあり、そういう人が流れ込んできたり、「うた」で何かが出来るという考え方、まあ妄想でしょうけれども(笑)、そういう考えを持った人がたくさんいました。また、「世に訴える」みたいなことがかっこいいとされていました。僕の中にも「プロテストする」「メッセージする」という作品が多くありますけど、それは必然として出てきたんじゃないかなと思います。/ただ、それはある種、反動でもあります。東京で言う「カレッジフォーク」なるものがありましたが、その代表でもないでしょうが、いわゆる専門家(職業作家)がつくりマイク牧さんなんかが出てきましたよね。でも「何なんだ!?」という歌の内容なんですね(笑)。そしてそれが「なんじゃそれ」という感じになってくると、個人的な意見、考え、「俺はこう思う」ということを誰かに伝えたい気持ちが必然的に起こってきます。そういう風に考えない方がおかしいんじゃないかな、自然にそういうことが起こってくる。それが関西フォークのメッセージ性につながる。僕はそんな風に感じています。】と答えている。
6月6日 ▼「きょう有事法案成立/不安の声上げる県民」03.06.06琉球新報。▼渋谷望・のびた・平沢剛「緊急座談会! 警察化する社会に抗して/何度でも場所をあけろ!」司会:矢部史郎〔『図書新聞』第2632号(2003年6月7日)掲載〕。【一方に反戦デモの参加者を積極的に検挙していく警察側のハードな弾圧態勢があり、他方では反戦平和運動の自己規制、市民社会のソフトな警察化というものが顕在する、この二つが逮捕者救援への対応の中で次第に明確になってきたと思います。】という矢部の発言を皮切りにした討議のなかで渋谷は【〔…〕いかなる結論に達しようが会議をしただけで罪になるという共謀罪に関してですが、これはアーレント的な「人間の条件」にも反することですよね。公共圏というのは、様々な意見を出して批判やコミュニケーションをした上で合意を作ったり作らなかったりするものだから、そもそもその可能性を封じ込めることは、人間性に対する壮絶な実験をやっているとしか言いようがない。〔…〕福祉国家や日本における企業社会などに典型的な20世紀的な社会統合というのは、規律訓練的なテクノロジーによって落伍した人々を社会、つまり労働システムに回収するという生−権力が強かったわけですが、80〜90年代あたりから社会を統合する生−権力が弱まってきて、社会から脱落した/するであろうと見なされる予備軍をいかにして生かすでも殺すでもなくいかに黙らせるか、つまりサイレンシング・バイオ・パワーとでも言うべき生−権力のモードがどんどん顕在化している。〔…〕犯罪者をいかにして再び社会に復帰させることなく犯罪を予防するか、要するに矯正するのではなくあらかじめ危険を察知し排除するという合州国的な社会防衛が、ネオリベラリズムとの表裏として進行している。正確に言えばネオリベラリズムはこうした生−権力とワンセットで初めて機能するというべきでしょう。】とし、さらに【キングの重要性の一つは公民権運動という国内の差別運動とベトナム反戦とを繋げたところにある。〔…〕ここで重要なのが「正義は分割できない」という、キングの泣かせる名言です。〔…〕つまり、ベトナム人の殺害と差別撤廃はダブル・スタンダードにできないという主張です。現在アメリカが行っていることは、パレスチナ問題や過去のフセインへの支持などを置いたうえでイラクを攻撃したように、明らかに正義を分割している。しかしそのアメリカの政策を批判する側も、実は正義を分割しているのではないか。つまりアメリカ・イラク問題のみをクローズ・アップし、足下の問題=アジア問題や警察の問題など、本来ならば戦争問題とリンクするはずのテーマを分割してしまっている。このメンタリティは、少なくともキングが提出した問題とは全く別物です。】と指摘している。
6月5日 丸川哲史「〈帝国〉の内? 中国の〈外〉?/賈樟柯『青の稲妻(任逍遥)』から見えてくるもの」〔『現代思想』2003年6月臨時増刊“総特集・ハリウッド映画”所収〕。【ラストシーンをもう一度振り返ってみたい。銀行強盗に失敗した斌斌は、警察署に連行されてしまう。手錠をはめられたままの斌斌は、警察官にからかわれ、何か歌でもうたってみろと命令される。そこで斌斌がうたったのが、例の任賢斉の『任逍遥』だった。この時、外(台湾)からの言葉、『任逍遥』は既に斌斌の一部ともなっている。/悲しむことになっても、後悔してもいい、ただ教えてくれない天を恨むばかり/苦しむことになっても、疲れはててもいい、ただ風に吹かれて天地を彷徨うのだ/ここで思い出されるのが、魯迅の『阿Q正伝』の中で、刑場へと引かれようとする阿Qが歌をうたおうとしても結局はうたえず、刑場の露と消えるシーンである。まさに阿Qこそ、「言葉」ももたず「顔」ももたず、土へと返るだけの剥き出しにされた人間である。しかし、『青の稲妻』での斌斌は、うたおうとする。例えからかい半分に警官に命令された結果であっても。もちろん、ここで筆者が言いたいのは、あの阿Qとこの斌斌とどちらが勇敢であるか、といったことではない。警官(権力)の呼びかけに素直に応じているという意味では、斌斌も、阿Qと同様か、またそれ以上に従順な主体である。しかし、敢えて歌をうたってみせることによって、〈警察官/犯罪者〉といった構図とは別の、情動=政治が生まれる――賈樟柯の目論見をそのあたりに感じることができる。/そしてもう一つの側面、このラストシーンの歌は、別の意味での観客への呼びかけともなっている。このラストシーンに至るまでに、観客の大半は、斌斌に対して同情的な気持ちを掻き立てられているはずなのだが、このラストショットのカメラの位置は、実は警官の眼差しの位置にあり、観客はそこにすっぽりと嵌っているのである。つまり、いくら斌斌に対して同情的であれ、観客一人一人は、実は警官のポジションから斌斌を眺めるという、実はこの居心地の悪さがフィルムの「毒」として最後の最後に用意されていた。私たちは、警官のポジションから斌斌の歌を聴くのか、またそれ以外のポジション(どのような?)から聴くことになるのか――この問いかけによって、『青の稲妻』は、実は、全球化の只中にある私たち一人一人の立ち位置のあり様を鋭く問い質すことになる。それは翻って、斌斌のような立場に立った時、私たちにはどのような歌(言葉)がうたえるのか、また私たちに果たしてうたえる歌(言葉)があるのか、という問いへと反転されることになるのである。】。関連:読書録02.01.16付。
6月4日 「ビデオニュース・ドットコム」が「元大阪高検公安部長・三井環氏会見」【300K動画 直】(03.06.03外国人記者クラブ)を配信、同ニュースは次のようにコメントしている、注目。【三井環(みついたまき)氏は、秘密捜査に使われるための調査活動費が、検察庁幹部によって裏金として飲み食いに使われていた実態を、初めて現職の検察官として告発した元大阪高検の公安部長です。/会見を見ていただければわかりますが、三井氏は2002年初頭、大阪高検公安部長当時、実名での調査活動費問題の告発を決心し、マスコミ各社と接触を始めていました。そして、いざテレビ朝日の『ザ・スクープ』で鳥越俊太郎キャスターのインタビューを受けることになっていた4月22日の早朝、「捜査情報を教える見返りに、元暴力団組員から高級クラブで接待を受けた」、などとして逮捕され、11ヶ月間、保釈も認められず拘留されてきました。/この逮捕を受けて、法務省は三井氏を以下のような理由で、懲戒免職にしています。/<2002年5月10日法務大臣コメント>http://www.moj.go.jp/SPEECH/COMMENT/comment0104-002.html/しかし、三井氏はこの逮捕を「でっち上げの口封じ逮捕」と断言し、法的措置も辞さない構えを見せています。/昨年の7月30日、大阪地裁の201号法廷で開かれた初公判では、公訴棄却を求める三井弁護団と、9人もの検事が顔を揃えた検察側との間で白熱した攻防が繰り広げられました。/三井被告は意見陳述の中で、「どちらが正義でどちらが犯罪者なのか!卑劣な人間は誰か。よく考えていただきたい」と、現職検事の迫力で原告側の検事たちを睨みつけました。/調査活動費は検事総長の他、最高検次長、各高検検事長、各地地検検事正だけに与えられた特権的な予算で、情報提供などで捜査に協力した人に対して極秘裏に渡す謝礼などに充てるために設けられた、領収証不要の機密費の一種です。/1998年度には総額で約5億5235万円でしたが、この問題は表面化してから急激に減額され、2000年度は約2億2582万円、2002年度には約8000万円になっています。/その調活費が、使途の明示が要求されていないのをいいことに、検察幹部によって私的な飲食はもとより、ゴルフやマージャンなどの遊興費として利用される習慣が常態化しているというのです。/調活費をめぐっては、仙台市民オンブズマンが2001年から検察庁の資料を情報公開請求して調査を始めていて、2001年10月には、「調査活動費は裏ガネとなっていた疑いが濃い」と発表しています。続いて同12月には週刊朝日が、続いて週刊文春が追及に乗り出し、2002年の初頭にはマスコミ各社が動き出していました。/こうした中、実名で内部告発の意思を固めた大阪高検の三井環公安部長に対して、マスコミ各社が接触を始めました。4月22日にはテレビ朝日「ザ・スクープ」の鳥越俊太郎キャスターが、24日にはMBSが三井部長にインタビューする予定でした。また国会では、民主党の菅直人代表が、マスコミ報道を受ける形で国会で政府を追求する動きを見せていました。/しかし、大阪地検は22日朝、マンションの登録免許税を不正に免除させた詐欺容疑など、現職の検察公安部長を逮捕するには余りにも不自然な容疑で、三井部長を強引に逮捕しています。実に鳥越氏のインタビューの6時間前でした。/11ヶ月間の拘留を経て今年2月に保釈された三井氏は、検察との真っ向勝負の姿勢を崩していません。それどころか、検察幹部が調査活動費の実態を認めて謝罪するまでは、一歩も引かないと宣言しています。/その三井氏が、「日本のマスコミは検察に遠慮して事実を報道できない腰抜けばかりだから、あえてここにやって来た」と、東京・有楽町の外人記者クラブに登場し、熱い思いのほどを語りました。/検察幹部ならずとも、しばらく三井氏の動きからは、目が離せなくなりそうです。さて、捜査情報をリークしてくれる検察とは、記者クラブという枠組みを通じて持ちつ持たれつの関係にある大手報道機関が、今日の三井氏の会見をどう報じるでしょうか。要注目です。】。
6月3日 ▼6月2日、字游工房が「游築見出し明朝体」の購入申し込みの受付を開始(販売開始は6月6日)。【游築見出し明朝体は,大正8年刊行の東京築地活版製造所36pt活字総数見本帳をベースに制作した見出し用明朝体です。〔…〕/明朝体の伝統的なデザイン処理である「はちやね」や「ひっかけ」を積極的に採用しました。〔…〕/游築見出し明朝体はユニークな文字セットを持っています。まず漢字については合計4,351文字収容しています。内訳は常用漢字1,945文字,人名漢字285文字,そして表外漢字字体表の印刷標準字形1,022文字,そしてこの三つの漢字表に含まれない第一水準の漢字をサポートしています。ここまでの合計3,559文字が,いわば游築見出し明朝体の漢字の基本セットです。/さらに游築見出し明朝体は,基本セットの漢字の旧字,正字などの異体字792文字を収容しました。〔…〕】。▼K、神長恒一、小田マサノリ、小椋(オグラ)、スギタ、ムーらによる「Streaming Radio AGITATING POINT」がさきごろ開局された。5月10日、渋谷街頭で行われた反戦ストリートレイヴ/デモのようすが、サウンドファイル part1宮下公園(右翼からのエールあり)から公園通り経由渋谷スクランブル交差点まで(55:05)、サウンドファイル part2渋谷交差点から宮下公園(49:06)、映像ムービーでアップされており、03.05.19付「Vol.3」では三田格(音楽ライター)、清野栄一(作家、DJ)、鶴見済(ライター)、神長恒一(だめアナーキスト)、平沢剛(映画評論)、Kによる『5/10を振り返るpart1』、03.05.21付「Vol.4」では上野俊哉(和光大、社会学)、清野栄一(作家、DJ)、野田努(音楽ライター)、Kによる『5/10を振り返るpart2』が出ている。関連:野田務・三田格・水越真紀「ダンス・トゥ・デモンストレーション」〔『現代思想』2003年6月号(特集“反戦平和の思想”)掲載〕、小田昌教・ヲダマサノリ「見よ ぼくら 四人称複数 イルコモンズの旗、改メ、殺すなの旗」〔同誌同号掲載〕。
6月2日 『週刊読書人』第2490号(2003年6月6日付)に、酒井隆史「論潮6月 「作風」の構築の萌芽」。【かつて津村喬は「作風」について次のように述べていた。「党的な思考が大衆の現実世界と出合〔ママ〕って自分の限界を自覚したときに作風という考えがでてくる……」。この言葉は全共闘運動への注釈なのだが、たしかに全共闘以後を強いられる私たちが作風という言葉を使うとき、党と関連するものにはそれほど使っていない。目的性のもとに手段が従属している場合、そもそも作風という要素の入りこむ余地はないか、あるいは最小化されている。作風が目的と同程度に、あるいは目的以上に問われる場合、そこでは目的に従属する手段やそれを超えて目的と手段という党的なものを導く関係性そのものが問いに付されているのだ。】とする酒井は【この間の反戦運動の展開には、この作風の発明とでもいうべき萌芽がみられるように思う。「戦争」が「終結」に向かうとともにデモの参加者は激減し、この力を有事法案への抵抗に結びつけることはできなかったものの、街頭では現在を構成する潜勢力の地図の書き換えがみえてくるように思うのだ。】と指摘し、【〔…〕香山リカと藤井良樹の対談「クボヅカ的なる心性とは一体何なのか?」(『SPA!』5月20日号)は、右翼的なものと反戦平和、ニューエイジなどというかつてはありえなかった矛盾する提案が一人の人間の主張のなかに並ぶ「クボヅカ」現象を「社会全体の検閲機能の低下」として捉えている。〔…〕左翼ナショナリズムや右翼アジア主義の復権などなど、そりゃ言わない約束だろ、と天を仰ぐことも多い〔…〕。たとえばネーションを言わずに反戦を追求するというような緊張を強いる作業に一般的に我慢が効かなくなっているという印象なのだ。/話を戻すと、「殺すな」は単なる「平和」とは異なる次元で提示されている。たしかに「平和」だと、また、「グローバリゼーションで戦争も変容してるし、アメリカもネオコンで怖いし、アジアのこともアレだから、有事法制整備してから平和だ」とかわけのわからない錯綜がくっついてくる。「平和」のためであれなんであれ「殺す」ことを拒絶すること、ここにはサッセンが嗅ぎ取った普遍主義がある。ここから一歩一歩、建て直すしかないのだろう。その一歩は世界で同時に踏みだされているのであり、作風の構築の萌芽はこの動きによって育てられている。】と書いている。
6月1日 「米国の人権侵害を批判 アムネスティ年次報告」03.05.28共同(gooニュース)、【国際人権保護団体アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)は28日、2002年の世界の人権状況をまとめた03年版年次報告を発表、米国による国際刑事裁判所(ICC、ハーグ)骨抜きを狙ったさまざまな「攻撃」やテロ対策を名目とした人権侵害、大量の死刑執行などを厳しく批判した。報告は、大量虐殺や戦争犯罪などを犯した国家元首や個人を裁くICCが02年7月に設立されたことを高く評価した上で、米国がICCへの最大の脅威と指摘。ブッシュ政権が前政権によるICC設立条約署名を撤回したことや、米軍兵士の訴追回避のため「米国人をICCに引き渡さない」との2国間協定締結を要求したことを挙げ批判した。協定を締結しないと軍事援助を削減すると圧力をかけた、としている。また、米がアフガニスタンで拘束した国際テロ組織アルカイダの容疑者を「敵戦闘員」と呼び、訴追なしで拘束し続けていることを問題視。「戦争捕虜なら戦争終結と同時に解放しなければならない。捕虜でないなら刑事訴追するか釈放すべきだ」と主張した。さらに昨年全世界で執行された死刑の81%は中国、イラン、米国の3カ国で行われたと指摘し、米国の「人権面の後進性」を強調した。】。「アムネスティ、日本の死刑執行も批判… 57人の死刑が最高裁で確定」03.05.28共同(ZAKZAK)、【国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)は28日発表した2003年版年次報告で、昨年9月に日本で2人に死刑が執行されたことや同年末の時点で57人の死刑が最高裁で確定していることを批判した。/報告によると昨年、トルコ、キプロス、セルビア・モンテネグロが死刑を廃止。昨年末の時点で死刑全面廃止国は76カ国に達した。ほかに15カ国が戦争犯罪などを除いて死刑を廃止し、20カ国以上が過去10年間死刑を執行していないという。/また日本について、代用監獄制度、難民認定申請者への対応などで人権上問題があるとした。】。関連:「真の治安に近道はない〜注目されない裏側で〜 アムネスティ・インターナショナル報告書2003」03.05.28アムネスティ発表国際ニュース。
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