4月30日 ▼「イラク緊急報告会:イラク・爆撃下で何が起こったのか――現場を目撃したジャーナリストたちの報告」5月8日(木曜日)午後6時半から、中央大学駿河台記念館370号室、会費:1000円、主催:JVJA(日本ビジュアル・ジャーナリスト協会)。▼『日経流通新聞』03.04.29付に「都内3古書店:貴重本の目録制作 60年代「演劇」「文学」など1100冊」。【東京都内の古書店三店が共同の古書目録制作に乗り出した。単独では品ぞろえが難しい貴重書を共同で集めたほか、初心者にもわかりやすく編集することで、古書に対する興味を高める狙い。/第一陣として一九六〇年代に出版された古書を「演劇・舞踏」「文学」「アート・写真」「海外」の四つのテーマに分けて編集した「Culture to Future vol.1」を発売した。制作したのは玉英堂書店(東京・千代田)、古書サンエー(東京・渋谷)、五十嵐書店(東京・新宿)の三書店。三店の共同出品で千百冊をそろえた。/カタログには寺山修司の歌集「空には本」(四十万円)や三島由紀夫の「ラディゲの死」の草稿(八百五十万円)などを収録している。/「ほとんどがこの企画に向けて収集した商品」(古書サンエーの山路和広氏)という。掲載商品はいずれかの店で購入できる。カタログは八百円で、各店の店頭で販売。今後も年一回程度、共同カタログを制作する予定だ。】。▼〔再掲〕季刊『d/SIGN』no.4(2003年5月、太田出版)→読書録04.27付。▼〔再掲〕「「LEFT ALONE」プレミア上映会のお知らせ」、監督:井土紀州、出演:すが秀実、松田政男、柄谷行人、西部邁、津村喬、鎌田哲哉ほか、2003年5月10日(土)16時から(上映時間180分)、アテネ・フランセ文化センター(アテネ・フランセ4階)、料金:一般1200円(「重力02」持参者1000円)。
4月29日 アナーキー・イン・ニッポンのサイト(アナキストニュース)に「米国、子供たちの拘束を継続」03.04.27。【国防長官、ドナルド=ラムズフェルドと統合参謀本部議長、リチャード=メイヤーズは、先ごろのペンタゴンの記者会見で、13歳から15歳の子供たち数人を拘束していることについて弁護していた。この子供たちは、米軍によるアフガニスタン侵略・継続する「テロリズムに対する戦争」とのからみで拘束されている。/この問題について突っ込まれたとき、メイヤーズは次のように述べていた。「彼らは未青年かもしれない。だが、彼らは、リトルリーグのチームには所属していないんだ。」/「彼らは、メジャーリーグのチームにいる。それはテロリストのチームだ。殺人を犯したものもいる。もう一度人を殺すと言っているものもいる。」/アムネスティ=インターナショナルと国連は、子供たちの拘留を激しく非難している。/「グアンタナモに子供たちを拘留し、尋問していることを米国は悪いことではないとしているが、これは、ブッシュ政権が人権尊重についてどれほど無頓着なのかを驚くほどよく示している。」アムネスティ=インターナショナルのスポークスマン、Alistair Hodgett は、アソシエイテッド=プレスに語った。/戦争における子供の権利に関する国連特使、Olara Otunnu は、少年兵士として彼らが戦っていたのであれば、彼らを解隊し、再び社会に戻し、リハビリを受けさせねばならない、と述べている。/「情況がいかなるものであれ、子供たちは自分の家族と再会させねばなりません。」と彼は語っている。/「子供たちに服役を宣告してはなりません。子供たちを罰してはなりません。治療を提供し、リハビリさせるのです。」/カナダのメディアは、少年の一人はカナダ市民であり、アフガニスタンでの手榴弾攻撃(この攻撃で、米兵一名が殺害された)の嫌疑をかけられている、と報道している。/メイヤーズは、子供たちを拘束しているのは、「至極真っ当な理由からだ。われわれの安全のためである。」と述べている。/ソースはこちら(英文)】。
4月28日 ▼新刊! 季刊『d/SIGN』no.4(2003年5月、太田出版)→読書録04.27付。▼重力のサイトに「「LEFT ALONE」プレミア上映会のお知らせ」、監督:井土紀州、出演:すが秀実、松田政男、柄谷行人、西部邁、津村喬、鎌田哲哉ほか、日時:2003年5月10日(土)16時から(上映時間180分)、会場:アテネ・フランセ文化センター(アテネ・フランセ4階)、料金:一般1200円(「重力02」持参者1000円)。
4月27日 季刊『d/SIGN』no.4(2003年5月、太田出版)が“複製”を特集、複製技術論研究会「複製(概念)を複製するための断章集」が圧巻、必読。北田暁大による冒頭言は【複製技術とは何か。〔…〕複製技術が何かを喪失させたというよりは、「何かが喪失された(はず)」という認識が、その喪失の原因として複製技術を発見する。私たちの社会とは、そうした発見を反復することにおいて、喪失されざる何か(=現実)を延命させてきたのではないか。〔……〕複製技術論の賭金を複製されざるものから、複製そのものへと奪還すること、あるいは複製技術論の社会性ではなく、複製技術に固有な社会性を救済すること。ときとしてベンヤミンに言及しつつも、複製技術論の多数的な線分をときほぐし、その面倒くささをそのものとして呈示することによって、複製技術の野蛮な社会性を浮き彫りにしていくこと。】との出発の問題意識とともに、引用集作成の作業をへた解説として【〔…〕鈴木一誌の包括的な定義によると、「複製という関係概念は、かならず「――において」をともなう。「――において」以外を見ないという協約において複製が成立する。……複製技術とは、省略の技術である。省略の幅が利潤を生み、省略の発見が商才でもある」〔…〕。この定義のなかにも、複製―技術という概念の多様な広がりを見て取ることができる。つまり、(1)「――において・同じ」という協約を生む(もしくは反故にする)関係論的行為としての複製[行為]、(2)協約の執行を可能にする物理的装置・技術としての複製(技術)[物質]、(3)省略から生み出される利潤を発見――生産する契機としての複製[交通]、という重層性を鈴木はここで過不足なく書き出しているのだ。私たちは、行為としての複製((1))という観点から、「複写」「翻訳」「引用」「反復」「盗用」「フェイク」「キッチュ」「分身」といった行為カテゴリを、また、物質的装置としての複製―技術、およびそれが可能にする社会のスペクタル性という観点から、「技術」「機械」「メディア」「シミュレーション」「スペクタル」などの諸カテゴリを、そして、複製がもたらす根源的な社会性、近代的な資本制の論理と相俟った独自の運動を指し示すために、「再/生産」「交換」「コピーライト/レフト」といったカテゴリを導入した。もちろん、こうした分類はまったく網羅的でも包括的なものでもない。読者はむしろ、私たちの分類の失敗のなかから、複製という理念の複雑性と面倒臭さを読み取る「べき」である。私たちが遂行した省略の作法は、次なる複製論の再生産=複製へと連接されなければならない。】と書いている。
4月26日 ネパール情報の「ビンティ」のサイト(NEPAL WATCH 25 April 2003)によると【14ガテ(27日)から和平交渉が開始されることになった。昨日政府側のパンデ情報通信大臣、プン公共事業大臣と、マオイスト側のバーダル、マハラ両氏間で行われた非公式な話し合いで決定されたもの。/マオイスト側は政治的議題を話し合うことを政府側に求めていたが、政府側も了解したため交渉が始まることになった。マオイスト側は拘留活動家の釈放や深刻化している学生運動などについて、また円卓会議から憲法制定会議に至る新しい体制を目指す道筋などに関わる議題を提出する見込み。それに先立ち、停戦監視委員会の設置、行動規範の遵守、仲介者の指名について話し合われる予定。マオイスト側はダマナートドゥンガナ元下院議長、人権擁護活動家のトゥラダール氏などの名前をあげている。 プンしによれば政府側も独自のアジェンダを準備中という。しかし具体的内容は、交渉後に行われる共同記者会見の席上、明らかにされるという。】。関連:「NEPAL NEWS WATCH 2003」。
4月25日 ▼「メディア統制と反戦運動:4月8日が“転換点”。サダム像引き倒しの「やらせ」報道が反戦運動に与えた衝撃−チョスドフスキー氏の論説の紹介を中心に」03.04.19アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する事務局。▼「イラク戦争 検証:大統領の戦争(4)メディア」03.04.24 asasi.com 。1:【米とアラブ「視点」衝突】「戦い賛美」と「犠牲者重視」 2:【各国の報道陣】イラク周辺に延べ3600人超集結 3:【地上戦開始】米英仏独中はどう報じたか 4:【日本のメディア】「進攻」「侵攻」判断分かれる 5:【誤報の構造】兵器の知識乏しく部隊情報丸のみ。▼[検証・戦争とメディア]毎日新聞。「イラク戦争のテレビ報道/上 「映像が銃弾にもなる」」03.03.31 「イラク戦争のテレビ報道/下 「第3の情報源」ネット台頭」03.04.07 「エンベッド取材 毎日新聞記者の報告/米国内での評価」03.04.09。
4月24日 ▼益岡賢のページに、マリア・トムチック、益岡賢訳「シェイク(導師)たちとイカサマ師たち」03.04.23〔03.04.22 ZNet〕。▼『SAPIO』2003年5月14日号(書想倶楽部・書想インタビュー)に、斎藤美奈子「誰も読んだ形跡のない、ベストセラーの読書代行業という、新型文芸評論の世界」。【〔…〕読書というのはその場限りの楽しい娯楽であって、読み終わったら「あぁ面白かった」と伸びをして、日常生活に戻るという人が大半なんですね。だから、いまや100〜200万部も売れるベストセラーというのは、あくまで健全で前向き、「ゆるい」「明るい」「衛生無害」なものばっかりです。まさにその代表といえるのが、『ハリー・ポッター』や『五体不満足』などでしょう。まぁ、私などは、陰影がないという共通項を持つそうした本は、その分だけ、逆に有害かなとも思ってしまったりするんですけど……。】と言う斎藤は「名だたる有名人の本までボコボコに批評して、苦情は?」との問いに対して【片っ端から“揚げ足を取ってやれ”“批判してやれ”という邪悪な気持ちでやっているわけではありませんので(笑)。そはいえ、場合によってはヤバーイことも書いたりしているので、いつもビクビクものでやっているんですが、今のところは特にありませんね。でも、評論とか論壇なんていうと、なんか権威主義的で私も好きじゃなく、評論家なんていわれると今でもお尻がムズムズしてしまいます。実は私がやっていることは正統的な文芸評論ではないんだろうなと思います。かつて、小林秀雄、江藤淳あるいは中村光夫などの正統的文芸評論家の方々が活躍していた頃というのは、文芸評論と読者の距離というものが、今よりずっと近かったと思うんです。逆にいうと80年代に入ったぐらいから、文芸評論の洗練度が上がり過ぎちゃって、非常に狭い、いわばマニアの世界に行ってしまった。そのため、読書好きの人たちにとっても、書評あるいは文芸評論というものが、縁遠い存在になってしまったんだと思います。】と答えている。
4月23日 承前、子安宣邦『「アジア」はどう語られてきたか 近代日本のオリエンタリズム』。【「東洋的専制」(oriental despotism)という言葉は、文明的進歩からとりのこされ、歴史の原初の形態のままに持続する老いた東洋の大国・中国に代表的な政治的・国家的形態を指すものとして、東洋的なものの端的な指標として西洋からアジアに投げかけられてきた言葉であった。】としてヘーゲルにおける「東洋」概念を検討し【〔…〕ヘーゲル歴史哲学における東洋への眼差しは、こうして東洋を歴史の幼年期的世界としてばかりではなく、反世界史的、反キリスト教的世界として、すなわち反西洋的世界として概念構成していくのである。世界史を西洋的世界の成立過程とする歴史記述は、「東洋」を世界史の外に、反「西洋」として概念構成していくことになる。〔…〕/こうして東洋人(die Orientalen)とは人間的本質が自由であることを知らない存在となるのである。〔…〕人間が自由であることを知らない東洋人の世界とは、専制者(ein Despot)の支配する世界である。「東洋的専制」の言葉はこのようにして反西洋的な原理に立つ東洋的世界の指標として成立する。】とする子安は【「脱亜」という言説構成は西洋文明先進国と非西洋・アジアの非文明国という二分法的な世界認識のなかで日本を新興文明国と規定しながら、文明国と非文明国という関係構造を日本と他のアジア諸国との関係に及ぼしていくことからなっている。〔……〕/「脱亜」という言説構成に見る文明論的な関係構造がヘーゲルの歴史哲学的な「東洋」概念を再生産する。みずからを文明国と自負する日本は己れを除くアジア諸国の上に文明境外に停滞する東洋という規定を押しつけるのである。〔…〕みずからを欧州文明の正嫡子としながら構成する「脱亜」の言説が、ヘーゲル的な「東洋」概念を己れが離脱するアジアの上にもたらすのである。】と指摘し、【近代ヨーロッパ文明との関係付けでなされる日本の文明論的な、あるいは文明史的な位置付けとその日本から向けられる中国・朝鮮、そしてアジアへの眼差しは、多かれ少なかれヘーゲルが「東洋」概念を構成する論理のうちにあるといってよい。〔…〕ヘーゲルの歴史哲学的な「東洋」の記述が、ヨーロッパ近代の成立過程でヨーロッパ人が直面した異質東洋についての認識と体験の理念的で包括的な歴史哲学的表現であるかぎり、それは近代ヨーロッパ文明に立つ東洋観を理念的な包括性をもって代表している。私がヘーゲルの「東洋」概念をいうのはそのような意味においてである。この意味でヘーゲルの「東洋」概念は、近代日本が構成していく東洋観を検証する上で本質的な参照軸をなすと私は考えるのである。】と書いている。
4月22日 承前、子安宣邦『「アジア」はどう語られてきたか 近代日本のオリエンタリズム』。【一九四五年の日本の敗戦と一九四九年の人民中国の成立は、帝国日本を中心とした東アジアの協同体的な再構成とそれを基盤にした世界秩序の再編成の構想が瓦解したことを意味した。それはまた他者「中国」と自己差異化しながら、ひたすら先進ヨーロッパとの同一化の道をたどってきた日本の近代化の道が頓挫したことを意味した、あるいは意味したはずである。一九五六年に日本は国際連合への加盟が承認され、日本は国際社会に復帰していく。しかし日本のこの復帰が世界の冷戦構造に規定されながらの復帰であったことは、その関係の修復がもっとも要請されたはずの東アジアの近隣諸国、中国や朝鮮半島との関係が未解決のままであったことに示されている。一九七一年、ニクソン・ショックを受けて日本はあたふたと中国との関係を修復させた。しかしその修復が一九四五年にいたる日本の対中国関係の本質的な清算に立った修復でなかったことは、現在にいたるまでくりかえされる両国間の「歴史問題」をめぐる軋轢によっても明らかである。東アジアの近隣諸国、ことに中国と朝鮮半島との本質的な関係の修復を未解決のまま日本は経済大国として再び世界の先進諸国の間に重要な位置を占めていった。だが日本はアジアにおける、ことに東アジアにおける明確なみずからの位置づけをもっていない。あるいは国家として自覚的に位置づける意志を日本はもっていない。日本にとって東アジアの問題は未解決である。この国家意志の空白と問題の未解決的空白を埋めていくのは、実際上埋めているのは何であるのか。それは強大国アメリカに安全保障問題を代補させながら伸張する経済強国日本であるのだろうか。それとも欠如の空白にさまよい出るのは、アジアに孤立する帝国日本の亡霊であろうか。中国や朝鮮半島との間にくりかえされる「歴史問題」とは、まさしく鎮まる機会を失ってさまよう帝国日本の亡霊のなせるわざであるだろう。/二〇〇一・八・一五】。
4月21日 子安宣邦『「アジア」はどう語られてきたか 近代日本のオリエンタリズム』2003年4月、藤原書店。【一九八〇年代の終わり、天安門事件の起こる前年に北京に数ヶ月滞在していた私の目には経済強国日本の代表者たちの中国における姿は軍事強国日本の代表者たちの姿の悪夢のような再生に見えた。北京の友誼賓館の中庭で遊ぶ日本商社員たちの子供のお守り役を安い給金でつとめる中国の年配の女性たちの姿を見て、私はやりきれない思いを味わった。〔……〕一九三〇年以来の世界における日本の地位をめぐる認識図式は、敗戦を経過しながらも、明確な清算の意志のない日本国家によって暗黙に維持されてきたのではないか。】と問う子安は、【過去の歴史認識とは、こうあってはならないものという自己否定的な認識を通じて将来への道筋を見きわめるためのものであって、自己の連続性の再確認のためのものではない。】との立場から【「方法としてのアジア」】という視座を提起し、【東アジアがいわゆる「資本主義的な世界秩序(システム)」に組み込まれていった時期を象徴する年〔…〕一八五〇年とは日本の一国史的な画期ではない。それは東アジアにおける「世界史」の成立を意味する画期だということである。】として【一八五〇年から二〇〇〇年にかけての日本をこの「世界史」とのかかわりから三つの時期に画することができるのは〔ママ〕ないか。まず第一の時期とは、いうまでもなく一八五〇年に始まる時期である。東アジアが「世界秩序(システム)」に組み入れられ、「世界史」的な歴史体験を通じて日本がみずからを近代国家へと形成していった時期である。〔…〕第二の時期として私は一九三〇年に始まる時期を考えている。第一次世界大戦への参戦によって「世界史」に積極的に参入し、「世界秩序」の有力な構成者となった日本が、その「世界史」の再構成と「世界秩序」の再編成とを世界に向けて要求していく時期である。日本が「世界史」の積極的な参入者であり、「世界秩序」の有力な構成者であるこの時期は基本的に一九八〇年代にまで継続していると私は考えている。「世界秩序」の有力な構成者という位置からの世界やアジアに対する認識図式、すなわち一九三〇年代に帝国日本によって構成された認識図式に一九四五年という日本の敗戦は本質的な変容を加えたのだろうか。敗戦から一九五〇年代にいたる戦後日本とは変容すべくして変容を留保してしまった日本ではなかったか。この一九三〇年から一九八〇年にいたる時期は、ホブズボームがいう「短い二〇世紀」、すなわち「第一次大戦の勃発からソ連の崩壊にかけて」の時期にほぼ相当するものである。そして第三の転換期、すなわち一九八〇年代とは日本だけではなく世界の大きな転換期である。この転換ははっきりと「世界史」の終わりと、新たな歴史の始まりを意味するだろう。】と書いている。
4月20日 子安宣邦「「東亜」から「東アジア」へ」〔『機』No.136、2003.04、藤原書店 掲載〕。【「東亜」概念とは/「東亜文化圏」とは「中華文化圏」の別称だということは大会趣意書にある通りです。しかし中華文化の文化的中心から東亜文化がいわれることはありません。中華文化の中心と周縁という関係のなかで、周縁から立ち上げられる領域的な文化概念が「東亜文化」であり「東亜文明」です。文化的な領域概念「東亜」とはそのように中国起源の文化の東アジア諸地域への多様な展開を記述するための概念として、近代日本にまず成立しました。東亜考古学、東亜美術史、東亜仏教史などの学術的な記述が生まれました。しかしこの「東亜」は帝国日本の東アジアへの政治的・経済的・軍事的経略の展開とともに強い政治的な概念となっていったことは周知の通りです。「東亜」は「東亜協同体」や「大東亜共栄圏」という帝国日本の政治的理念として展開されました。東亜考古学、東亜美術史などの学術的記述もこれと無縁ではなく、帝国日本の眼差しに貫かれているといえます。/「東亜」の実体化/「東亜文化圏」を構成する中国起源の漢字や儒学、律令や暦制などの共通要素を東アジア各地域に指摘しながらなされる「東亜文化圏」の成立を確認していく作業とは、実は「東亜文化圏」そのものを作り出していく作業です。それは「東亜」を文化的中心からの文化実体的な概念として再構成することです。それはやはり帝国的な眼差しに貫かれた、帝国的な文化領域概念たらざるをえません。しかし帝国の文化的中心からは周辺諸民族における文化・言語受容の屈折も屈従も見ることはできないでしょう。/関係枠としての「東アジア」/私は方法的な概念としての「東アジア」を提案します。たとえば「東アジア」という共通の関係枠をもつことによって、一国史的な、あるいは帝国的な歴史記述を相対化し、新たなアジアの歴史記述を可能にするような方法的な概念にすることです。「東アジア」を関係枠とした多層多様な交流的実践を通して、この地域のあらゆる生活者にとって真に必要な「東アジア」が生まれることを私は信じたいと思います。】。
4月19日 ▼「韓国戦争の遺骨が全州で大量発掘」03.04.18(韓国)中央日報日本語版。▼益岡賢のページに、ニコレ・アラナ・カルシン、益岡賢訳「コロンビアにおける米国側犠牲者の増加」03.04.17〔03.04.14コロンビア・レポート〕。▼さきごろ国立国語研究所のサイトに「日本語情報資料館」が開設された。【「日本語情報資料館」は,国立国語研究所が蓄積している日本語,日本語研究に関する情報や資料をインターネットを通じて公開する「電子的な資料館」を作る計画です。/この「日本語情報資料館」の中には/(1)研究所の報告書を検索し,閲覧できる電子図書館/(2)日本語に関する情報や資料を検索,利用できる電子資料館/(3)日本語教育に関する情報提供と日本語教育のための教材用の素材の提供を行う「日本語教育支援ネットワーク・システム」/が入ります】。▼いがらしみきお『Sink』のサイト(オンラインで読む)に「第十七話」03.04.16公開(無料、shockwaveプラグインが必要)。
4月18日 ▼『現代思想』2003年4月臨時増刊号が“イラク戦争 中東研究者が鳴らす警鐘”を総特集。板垣雄三「対イラク戦争 やがて歴史はどう裁くだろう?」。【第一は、このまま米国が対イラク戦争に突き進むとすると、それはやがて歴史の中にどう書き込まれるだろうか、歴史はどんな裁定を下すだろうか、という問題。〔……〕/第二は、きたるべきイラク戦争をめぐり、戦争のかたち、復興・民主化など戦後処理、あらゆることが「イラク」という国の枠組みの中で展開する話だという思い込みで議論されている、そんな日本社会の状況に対する警告。〔…〕この戦争は中東諸国体制どころか世界全体をつくりかえようとする企てなのであって、イラクと北朝鮮という「二本立て」思考の日本社会は、北朝鮮もイラクも含め世界全体に襲いかかる大洪水の渦に巻き込まれてからはじめて、世界はひとつながりだと気付いても、時すでに遅し、である。〔…〕/第三は、第二の批判を敷衍して、一般に現在の日本人が陥っている知力低下の目を覆わんばかりの惨状をえぐり出す。これを日本人の過去と対比して考え、脱出口がどこにあるか探ってみたい。】という切迫した問題意識から板垣は「日本人が喪失したもの」として【サンフランシスコ講和会議では、イラクは日本に対する戦勝国の一つだった。日本はイラクにも敗れたということを知る日本人は少ない。九・一一以後、真珠湾やカミカゼが想起され、新しいグラウンド・ゼロが出現し、「枢軸」という語が連想を呼び覚まし、ワールドシリーズなど米国のイベントの開幕で兵士たちが星条旗を押し立てる「硫黄島」の活人画が繰り返されても、日本のマスコミは「カミカゼ」に「自爆テロ」という訳語を与え、日本の市民は、悲惨な光景は悲惨な光景として広島・長崎は思い出さず、大リーガーとなった日本人選手に無邪気な声援を送るのみである。/米英のイラク戦争の目的は、イラクを「民主化」することであり、そこではかつての日本占領の経験が活用される、と言われている。〔…〕ここで参照項目に擬せられた国民としては、米国や英国に向かっても、イラクの内部のさまざまな人々に向かっても、自らの経験の評価を、また反省を率直に語る責任があるはずである。〔……〕/ここで振り返ってみれば、第二次世界大戦敗戦後の日本社会は、自らの手で武装解除したわけでなく、自ら立ち上がって社会体制や国家制度を変えたわけでなく、軍事侵略や植民地支配によりアジアとの関係の諸局面でつくり出した問題の清算を、日本は国の内外において果たしたと被害者の側で認めているわけでもない。つまり、日本のあり方が米国の「イラク民主化」論に根拠を与えていることについての反省をもたずに、米国のイラク戦争を批判することはできないのではないか。】と書いている。▼(再掲)太田出版のサイトが「太田出版web」としてこのほど大幅リニューアル。▼連載:動き出す朝鮮人強制連行・強制労働問題11「全国最大規模の地下工場」03.04.18朝鮮新報。
4月17日 ▼太田出版のサイトが「太田出版web」としてこのほど大幅リニューアル。▼辺見庸「反時代のパンセ 連載第84回 いま、抗暴のとき」〔『サンデー毎日』2003年4月27日号所収〕。【〔…〕マスメディアはすでにアフガニスタンでそうしたように米英のイラクにおける存在も事実上、認証しつつあり〔…〕、事態の焦点があたかも治安回復と戦後復興に移っているかのようにみせかけ、そうすることにより米英の侵略と殺戮と不法占領について免罪しているのである。】と指摘する辺見は【〔…〕ギー・ドゥボールは『スペクタルの社会』(ちくま学芸文庫)を書き起こすにあたり、フォイエルバッハの言葉を引用しているのだが、十九世紀というより私たちの時代の世界認証の方法意識を思うとき、これはまことに腑に落ちるのだ。「しかしもちろん、われわれの時代は(略)事象よりも形象を原像よりも外観を好む(略)。なぜかといえば、現代にとって神聖なものはただ幻想だけであって、真理は世俗的なものだからである。それどころか、現代人の眼のなかでは、ちょうど真理が減り幻想が増えるに比例して、神聖さが高まってゆく」(『キリスト教の本質』上 船山信一訳、岩波文庫)。われわれは北朝鮮やイラクの歴史よりも亡命者により脚色され増幅して語られそれに「イメージ映像」を重ねた両国の「暗黒物語」に惹かれ、「よろこび組」や野蛮な剣を引き抜くフセインの映像に眼を奪われ、それらがくり返し飽きるほど放送されることの深いわけを問いもせずに、結果、圧倒的に多く面白くもっともらしく報じてくれるシステムの存在を認証してしまうのだ。本質よりも外観で判断するというのは、有史以来たぶんずっとそうなのであり、フォイエルバッハの時代よりもいまのほうがもっとそうなのである。/右と同じ伝で、「従軍記者」と自称して恥じないばか記者や彼ら彼女らの伝えるインチキ記事を大量消費している読者、試聴者らは、イラクのろくに敵にあたりもしないローテク兵器より米空母や精密誘導兵器のハイテクにより多くの人間理性がこめられているにちがいないと勘ちがいし、虫けらのように殺された幾多のイラク住民らのことよりもペンタゴンによって周到に捏造されたリンチ上等兵救出の“美談”に当局のシナリオどおりに胸おどらせて、結局のところ、米英軍の組織性、高度技術、機能性、衛星使用の遠隔指揮といったものの系列に、それらの「本質」から認証をあたえるのだ。これこそが米国が世界に広めている文化認証の方法であり、そうした米国流方法意識は日本の全域を覆っているといっていい。】と書き、【米英侵略軍を認証することは、彼らの中東差別や「害虫駆除」の感覚をわれわれの内面に受け容れることにつながりかねない。それはまた差別と駆除の方法を朝鮮半島に適用するのを許すことにもなろう。私は米英軍の認証を一切拒否する。彼らの戦争犯罪はなんとしても裁かれなければならない。熾烈な「抗暴」がこれからはじまる。】とむすんでいる。
4月16日 太田昌国「「汝ら罪深き者たち イラクに生を享けしとは!」 対イラク侵略戦争の論理」〔『インパクション』135号、2003年4月、インパクト出版会 掲載〕。空襲下のイラク民衆について太田は次のように書いている。【私はこのような報道を読むにつけ、東京大空襲について書かれたすぐれた書のひとつ、堀田善衛の『方丈記私記』(筑摩書房、一九七一年)を思い出す。一九四五年三月一〇日、空襲の翌朝、焼け野原となった東京の町を眺めたときの気持ちを堀田は二五年後に思い返して書いている。/「満州事変以来のすべての戦争運営の最高責任者としての天皇をはじめとして、その住居、事務所、機関などの全部が焼け落ちて、天皇をはじめとして全部が罹災者、つまりは難民になってしまえば、それで終わりだ、終わりだ、ということは、つまりはもう一つの始りだ、ということだ、ということが、なんと莫迦げた云々の内容として、一つの啓示のように私にやってきたのであった。上から下まで、軍から徴用工まで、天皇から二等兵まで全部が全部、難民になってしまえば。〔……〕」/堀田が抱いた「国民生活の全的崩壊、階級制度の全的崩壊という、いわば平べったい夢想」が、実は甘かったことを、彼は一週間後に思い知らされる。知人を求めて東京・永代橋付近に行った堀田は、警官や憲兵の数の多さを訝る。すると、その一面の焼け跡に「ほとんどが外車である乗用車の列が」あらわれたかとおもうと、そのなかの「小豆色の、ぴかぴかと、上天気な太陽の光りを浴びて光る車のなかから、軍服に磨きたてられた長靴をはいた天皇が下りて来た。大きな勲章までつけていた。(……)私は瞬間に、身体が凍るような思いをした」。しかも、焼け跡をほっくりかえしていた人びとがかなり集まってきてしめった灰のなかに土下座し、天皇に向かって、涙を流しながら言うのだ。「陛下、私たちの努力が足りませんでしたので、むざむざと焼いてしまいました。まことに申し訳ない次第でございます」。/繰り返して言う。現在行なわれている米英軍の侵略戦争、破壊行為、民衆の殺戮を、その一片たりとも肯定したり、仕方のないことだというのではない。ほぼ四半世紀に及ぶフセインの独裁下に生活し、あるときはフセインを友としまたあるときはこれを敵としてきた米英両国による身勝手な軍事侵略にいま直面しているイラク民衆の胸の内には、堀田善衛が米軍に焼け野原にされた軍国日本について述懐したように、イラク国の「一切が焼け落ちて平べったくなり、階級制度もまた焼け落ちて平べったくなるという」「不気味で、しかもなお一面においてさわやかな期待の感」が去来しているかもしれない、と考えるのは、それほど的外れなことではないだろう。内国からであれ、外国からであれ、そのときどきにやってくる支配者に服従したり、おべっかを使ったり、陰でこけにしたり、公然と反抗したりする態度には、それぞれの時機に見合った民衆のしたたかな計算があるのだ。/戦火によって生まれている犠牲者は痛ましい。/そしてまた、イラクの人びとは、この容易には解決しがたい矛盾に引き裂かれながらも、その只中を生き抜いている主体的な存在でもあるのだ。】。
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