3月15日 「イラクと朝鮮半島に平和を!ブッシュ・小泉の戦争政策を許さない!3・15日韓連帯アクション」3月15日(土)午後3:30〜千駄ヶ谷区民会館で集会、午後6:30〜渋谷ピースパレード、発言:新崎盛暉さん(平和市民連絡会)/韓国の民衆運動より/他、パフォーマンスやアピールもあり、参加費:1000円、呼びかけ:韓統連/日韓ネット/憲法を生かす会/許すな!憲法改悪・市民連絡会/日本山妙法寺/一坪反戦地主関東ブロック/女たちの全国ネットワーク/他、協力:WORLD PEACE NOW実行委員会。
3月14日 『大航海』No.46(2003年4月、新書館)が“日本語という幻想”を特集、石川九楊「「おはよう」と「こんばんは」 日本語とはどういう言語か」。従来の音声・音韻中心の言語学は相対化されなければならないとして【言語とは言〔はなしことば〕と文〔かきことば〕の有機的統一体であり、文〔かきことば〕誕生以来は文〔かきことば〕が言〔はなしことば〕を基底し、領導する。】【孤立語や膠着語や屈折語という言語形態は、文字化後に生じる。】と指摘する石川は【孤立語を、表音の水準から見ていくのでは、何も明らかにならない。孤立語と指摘していい言語はほぼ中国語に限られる。中国語とは漢字という旺盛な造語力をもつ〔…〕文字言語である漢語に吸収されて作られた言語であると定義づけられる。別段中国大陸に統一した中国語があったわけでないことは、現在においても、少数民族語は別にしても、北京語、上海語(呉語)、広東語(粤語)、福建語([門/虫]語)、客家語等の違い(もともとは違った言葉)があることからも明らかであろう。しかも、北京、上海、広東、福建各地方(ヨーロッパで言えば、二十〜三十箇国に相当する)の言語がもともと単音節孤立語であったと言うよりも、漢字=漢語=漢詩=漢文の孤立語性によって、大陸諸語の抱合語的、膠着語的、さらには屈折語的性格が吸収されて生れたのである。中国語とは、単音節孤立字によって吸収され、統合された言語を指す。中国語とは、文字言語の成立後に生れた漢字語の別称である。/漢字・漢語に裏打ちされた文〔かきことば〕の強さが、いわば言〔はなしことば〕の抱合的、膠着的、屈折的性格を奪い去り、孤立語へと吸収したのである。〔……〕文字化によって孤立語と化して後は、膠着的、屈折的柔軟性と融通性を失い、断言の言語、断乎たる政治語になったのである。/この孤立語・中国語の周囲を、とり巻くのが膠着語である。朝鮮語、日本語、蒙古語、さらにはトルコ語などの膠着語が孤立語の周囲をとり巻く。〔……〕/これに孤立語(詞)+α(辞)の構造を加えて考察すればよい。圧倒的な語彙をもつ高水圧の中国語(漢語)が周辺地域に流れ出す。その高度な政治語は、小さな諸語の存在を圧殺する。周辺地域の為政者は、この中華体制下に入り込み、中国語、漢文、漢詩を公用語とする。〔……〕/ここで接辞、助詞が、中国語の断言性への異和感の表出語として、採用、あるいは新造される。このように、膠着語とは大陸的政治への異和を含み込んだ、孤立語・漢語の植民地的言語である。】と書いている。
3月13日 マーシャル・マクルーハン、エドマンド・カーペンター編著、大前正臣、後藤和彦訳『マクルーハン理論 電子メディアの可能性』2003年3月、平凡社ライブラリー。マーシャル・マクルーハン「言語に与えた印刷物の影響」。【〔…〕印刷物は句読点のんもつ新しい視覚的役割を急速にきわだたせてきた。そしてそのことの理論的正当化は一向になされてこなかった。一九世紀の編集者は、ルネッサンスの句読点の理論の古典的、中世的な要素を見抜くことができなかった。彼らはすでに長い間の視覚的な文法の実践の歴史に圧倒されていたのである。〔……〕/こうした口頭コミュニケーション形式でとられるのは専門主義ではなくて百科全書主義である。印刷物の登場によって専門主義が発展した。〔……〕/交通量が少なければ、時には動物や乗物や歩行者がまざり合っていてもよい。しかし交通量が激しい場合には、乗物であれ言語であれ、きびしい規制が必要なのである。活版印刷出現以降のおどろくべき速度と量の増大は、文法、劇場、芸術一般における規則と行儀作法の必要性を文字教養のある人びとに教えたのである。〔……〕/印刷術の登場が意味したことは、必要なだけ大勢の人びとに視覚的に提示される画一的なテキスト、文法、辞書、ということであった。われわれが今日いうところの教室は、まったく印刷物の副産物だったのである。/活字印刷が始まってほぼ一世紀経過して、印刷業者は読者のためにページ付けをすることを考えた。それ以前には、ページ付けは製本業者のためにだけ行なわれていた。印刷物の登場によって書物は、なにか記憶されるべきものであることをやめて、参照のためのものとなったのである。〔……〕/一三世紀から一六世紀の間に、文法的な統辞法の原理として、語順が言葉の屈折に変わったのである。同じような傾向は言葉の形成についてもあった。印刷術以降は、この両傾向が大いに促進され、統辞法は聴覚的な方法から視覚的な方法に移行した。〔……〕/屈折的なものは、関係を表現したり、書きつくしたりするというよりは暗示するのである。テクノロジーとは明確性である。この点では書字法は大変なテクノロジーの進歩だったのである。それは屈折的な言語構造において暗示されていた、多くの関係を明確に、あからさまにしたのである。/そして書字法で明確になりえないものは、急速に姿を消してしまった。印刷術は書字法よりはるかにすぐれた明確性、説明性のテクノロジー手段であった。しかし印刷で視覚的に明確になしえない聴覚的な屈折や関係は、方言や俗語を除いては、間もなく姿を消してしまったのである。〔……〕/言葉を文字に書いて符号化すること、ことに活字で符号化するという明確性のテクノロジーは、新しい語形成の素材として単音節を展開あるいは利用する傾向であればどんなものでも迎えいれる本質をもっている。テクノロジーについてわれわれが知っていることはすべて、そこには取り換え可能な部品と多くの役割を果たしうるきちんとした単位への自然の傾向性があることを教えてくれる。】。
3月12日 ▼「「民族学校にも受験資格を!」日朝学生有志による院内集会」3月17日(月)15:00、衆議院第二議員会館。関連:読書録03.06付。▼『東京新聞』03.03.12付に「苦境続くミニシアター界/BOX東中野 来月25日 9年の歴史に幕」。【ドキュメンタリー映画を中心に数々の話題作を上映してきた東京・東中野のミニシアター「BOX東中野」が4月25日をもって閉館する。直接の理由は、入居するビル側との契約上の問題だが、長い不景気の中で、厳しい映画界の状況も見えてくる。同館がオープンした1994年は、ミニシアターが続々オープンした年。9年で何が変わったのか。「BOX」の残したものは−。〔…〕】。▼「大川豊総裁“戦争前夜”のバクダット潜入」03.03.10日刊スポーツ、「米国、対イラク戦に備えてさらに強力な劣化ウラン弾を準備?(上)」03.03.12 WIRED NEWS。
3月11日 ▼「檜森孝雄一周忌追悼集会――水平線の向こうに」〔03.03.10【黒 La Nigreco】News〕。2003年3月30日(日)/第1部 17:00〜18:00一周忌セレモニー 日比谷公園 かもめの噴水前/第2部 19:00〜21:00(18:00開場)追悼集会 日本キリスト教会館(早稲田)/参加費1,000円。▼重力のサイト(web重力)に、すが秀実「【増補改訂】文芸雑誌の排出した「粗大ゴミ」は、いかなる意味で粗大ゴミなのか? ――これは「喩え」ではない」03.03.08(「文芸雑誌の排出した「粗大ゴミ」は、いかなる意味で粗大ゴミなのか?」03.03.06の増補改訂版)。必読!
3月10日 益岡賢のページにジョン・エルマー、益岡賢訳「戦争へ突き進む米国:帝国は望むことをする ウィリアム・ブルムとのインタビュー」03.03.04 ZNet(邦訳03.03.05)。1967年まで米国国務省に勤務していたが、ベトナム戦争に反対して辞任したウィリアム・ブルムはジョン・エルマーの問いに答えて次のように述べている。【(問)国連について言うと、1983年に人口10万1000人のグレナダを米国が侵略したとき、国連では圧倒的な反対と批判の声が挙がったのですが、ロナルド・レーガン大統領は次のように言っています。「国連に加盟する100カ国は、ほとんどすべてのことについて米国に同意しないが、別に私の朝食の邪魔にはならない」。米帝国の計画の中で国連の位置づけはどんなものでしょう。/(答)帝国でさえ、また、独裁者でさえ、好かれたいと望むものです。また、合法的に見えたいとも。チリのピノチェト将軍は独裁者として17年間権力の座にいましたが、同時に、好かれることを望んでいました。彼は自分が勝つと信じて行った国民投票で破れ、退位を余儀なくされました。米帝国も、軍事的にはやりたい放題のことができますが、それなりに合法的であるように見せたがっています。そのために、利用できるときには国連を利用しようとしています。これまでもそんな風にしてきましたし、今もそうしようと画策しています。米帝国は、このまま進めて、国連の支援を得てそして世界中の支援を得てイラクで望むことをできると考えていました。けれども、非常に大規模な反対の超えに驚いています。反対の声があまりに大きかったので、国連の「ゲーム」を行わなくてはならなくなりました。これまでのところ、それは、上手くいっていません。これから驚くべきことが起こるかも知れませんが、予測はできません。〔……〕/(問)帝国はしたいことをすると言いました。2月15日、世界中の人々が、イラクに対する戦争に反対して声を上げました。その翌日、ブッシュ大統領は、こうした抗議は自分に何の影響も与えない、抗議で影響されるのは、一つの「フォーカス・グループ」に基づき政策を決めるようなものだと言いました。こうした反対行動は−これまでで最大のものでしたが− 政策に何ら顕著な影響を与えないのでしょうか。/(答)戦争を止めることはできないかもしれません。けれども、世界中の反対の声の中で米国が戦争を始めるならば、それは帝国の終焉の始まりとなるでしょう。そして、そうなることを期待します。】、全文必読。
3月9日 3月8日、東京で開催された「WORLD PEACE NOW 3.8 もう戦争はいらない 〜わたしたちはイラク攻撃に反対します〜」の集会とデモについての主な報道には、いちばんのおすすめであるビデオアクトによる映像記録「2003年3月8日 東京・日比谷公園〜銀座「WORLD PEACE NOW 3.8 もう戦争はいらない 〜わたしたちはイラク攻撃に反対します〜」」(撮影:馬場朋子・小林アツシ、編集:小林アツシ)のほか主なものは次のとおり。「全国各地でイラク攻撃に反対する集会」毎日【写真】/「イラクへ武力行使が迫るなか、東京で反戦集会とデモ」テレビ朝日【動画】/「イラク情勢が緊迫する中、全国各地で反戦デモ 168の団体、約5万2,000人が参加」FNN-goo【動画】/「イラク攻撃反対に4万人 全国で統一行動」共同通信/「東京・銀座でイラク攻撃反対のデモ行進」TBS【動画】/「全国32都道府県でイラク反戦集会、東京では4万人参加」朝日【写真】/「レポート : 3.8 もう戦争はいらない 私たちはイラク攻撃に反対します 参加者数40000名!!」反戦・平和アクション【写真】/「World Peace Now 3.8 報告/4万人以上の市民が日比谷公園に集まった! 全国40ヶ所以上でも集会やピースウォークが開催」グリーンピース【写真】/「40000人のピースパレード(World Peace Now 3.8 in Tokyo)レポート」レイバーネット【写真】。
3月8日 ▼「戦争中も反戦の声伝えよ 英BBCが報道指針」03.03.07共同。▼全国労働組合連絡協議会(全労協)「武力攻撃容認の「新決議」・「イラク戦争」反対の決議」03.03.04〔aml 32661〕。【〔…〕4、ブッシュ米大統領の真の狙いは、世界最強の軍事力を背景にして米国を嫌うフセイン政権の破壊し、親米政権を創ることである。そして、イラクの石油権益を支配し、中東諸国をも再編成・支配をしようとしているのである。また、WTOの場では、世界の農産物まで支配しようとしているのである。/ブッシュ政権の背後にあるものは、東西冷戦終了後、政治・経済・軍事の面で世界最強の超大国となったアメリカが「新保守主義」のもと「アメリカの新世紀運動」として、世界最強の軍事力を背景に「国際協調路線」ではなく「単独行動主義」をとって、アメリカによる21世紀の「地球支配」を狙っているのである。/5、このような背景をもった米英等の武力攻撃容認の「新決議」・「イラク戦争」に対し、世界の労働者市民による反戦運動は巨大な高揚をつくり出してきている。それは、2月15日の「世界反戦行動日」には、ロンドン200万人、スペイン300万人を筆頭に世界60カ国、600都市で1000万人をはるかに越える巨大な反戦運動のうねりが世界を一周し、米英両政府を大きく揺さぶっている。/全労協は、米英等の武力攻撃容認の「新決議」・「イラク戦争」に反対である。ましてや小泉内閣が、武力攻撃容認の「新決議」を支持し、ODA援助を背景に中間派諸国に圧力をかけていることを容認することはできない。全労協は、武力攻撃容認の「新決議」・「イラク戦争」反対のために、独自の取り組みと同時に、多くの労組、市民団体、宗教者団体等と連帯して幅広い「共同闘争」で闘うものである。】。
3月7日 大田昌秀『有事法制は、怖い 沖縄戦が語るその実態』2002年12月、琉球新報社、ISBN4-89742-048-2。【あなたは、有事=戦時法制下の沖縄戦で、本土防衛の「防波堤」にされた住民の怒り、悲しみの声が聞こえないのか。〈国民の生命・財産を守る〉とは、どういう事か。初めて事実で明かす有事法制の真実!】(帯)。第一章 沖縄戦を通して見る有事法制(戦前の「有事法制」による悪影響/「有事」下の沖縄事情/有事=戦時法制下の住民の悲劇)、第二章 「有事法制」の狙いは何か?(「有事法制」立法化の背景/政府の防衛についての基本的考え方と有事三法案/有事法制に対する批判)、第三章 有事法制に替えて「非戦体制」を(軍隊は、国民の生命・財産を守れるのか/なぜ戦争を防げなかったのか/再び「戦争への道」を突進する政府/何を以って有事法制に替えるか)。
3月6日 「大学受験:民族学校にも資格を 国立大教職員が文科省に要請」03.03.05毎日、【外国人学校出身者の大学受験資格を巡り、門戸を閉ざしている国立大の教員らが4日までに、朝鮮学校や中華学校出身者にも資格を認めるよう求める声明をまとめた。文部科学省がインターナショナル・スクールに認め、民族学校には従来通り認めないとの見方が関係者の間で広まっているためで、500人規模の教員の賛同者を募り、来週中に文科相あてに提出する。/外国人学校出身者は現在、大学入学資格検定(大検)なしでの大学受験が認められていないが、公私立大の大半は独自の判断で既に認めている。/呼び掛け人は、京都大の駒込武・助教授と水野直樹教授、鵜飼哲・一橋大教授、高橋哲哉・東京大助教授、冨山一郎・大阪大助教授ら。〔…〕】。関連:在日本朝鮮留学生同盟中央本部「(朝鮮学校卒業生の大学受験資格問題に関連して)緊急アピール/日本政府と文部科学省は朝鮮学校に対する不当な差別政策を是正し、民族教育の権利を一日も早く保障せよ!」03.02.26、【〈朝日新聞〉2月21日(金)付朝刊に「国立大学入学資格、民族学校卒に認めず 文科省検討−インターナショナルスクール卒のみ付与−」というまったく信じがたい衝撃的な記事が一面トップで掲載された。/この記事によると、「インターナショナルスクールや朝鮮学校などの外国人学校は、ほとんどが各種学校で学校教育法1条に定められた学校ではない。そのため、卒業生は大学入学資格検定(大検)に合格しないと入学資格が得られない。」としながら、それら「外国人学校のうちインターナショナルスクールの卒業生に限って資格を与え、朝鮮学校など民族学校にはこれまで通り、認めない方向で検討していることがわかった。」というものだ。/日本各地にある外国人学校のうちアジア系、中でも朝鮮学校が高い比率を占めていることを考えればこの内容は、文部科学省および日本政府によるアジアの人々、特に在日朝鮮人に対する露骨で新たな差別政策・人権侵害であり、決して容認できるものではなく、断固糾弾するものである。〔…〕】 / 「民族学校に国立大受験資格を/下京 保護者らが集会」03.03.01京都 / 裴富吉「定住外国人差別の一事例 日本政府が外国人学校卒業生の大学入学資格を認めない歴史的な理由」1997-2000。03.03.07補記:「大学入学資格:外国人学校卒業生も容認へ 朝鮮人学校は除外」03.03.06毎日 / 「大学入試資格に関する民族差別に反対する院内集会」03.03.06エルファネット【動画】(特集・外国人学校卒業生達の国公立受験問題)。
3月5日 ▼田中宇「反戦に動き出したマスコミ」03.03.05。▼広河隆一通信のサイト(HIRO COLUMN)に広河隆一「街頭へ」03.03.04。【〔…〕イラクではバグダッドと南部のバスラを取材しました。1991年の湾岸戦争の直後に取材して以来、12年ぶりになります。当時は上水設備の爆撃により、水が汚染され、小さな子どもたちがどんどん死んでいくという事態が進んでいました。/今回、特にショックを受けたのは、白血病の凄まじい増加です。私はチェルノブイリで白血病の事例を見てきましたが、大量発生というわけではなかったので、フォトジャーナリストの森住卓さんの報告を聞いても、半信半疑だったところがあるのですが、今回、医師たちのデータを聞いて、病院で子どもたちに会って、これは劣化ウラン弾の影響以外に考えられないと確信しました。/人々は平静を装っていますが、死の恐怖にさいなまれています。「また来ますよ」と言ったら、「その時は、私のお墓に花を供えてくださいね」という答えが返ってくるのです。南部の町は米軍の爆撃で壊滅するに違いないと言う人もいます。/日本には1週間ほどしか滞在できませんでした。イラクから帰ってすぐ、ピースボートの集まりで、チェルノブイリ、アフガニスタン、パレスチナ、イラクの話をしました。実は体調を崩していることもあり、どっと疲労感が押し寄せました。/それにしても日本では、どうしてこれほどデモが盛り上がらないのでしょう。国民性のせいではありません。私が高校生の頃、日本では1日で600万人のデモが出現したのです。反安保のデモでした。私はその頃、大阪の生野高校にいましたが、この高校からだけで400人がデモに参加したのです。教師も参加しました。私は御堂筋が端から端まで人で埋まった光景を覚えています。歴史や状況を変えることが出きるという確信をみんな持ったときに、大きなデモが出現するのでしょうね。アメリカによる「大量殺戮」が行われようとする今現在、私は悔しさで地団太踏んでいます。私は、これからは日本に滞在する限り街頭に出るつもりです。/悔しさはメディアに対しても同じです。なんとか自分たちで新しいメディアを立ち上げられないかと、このごろ毎日、考えているのです。】。
3月4日 亀井秀雄の発言のサイト(拉致犯罪の報道について)に亀井秀雄「違いの認識」03.01.14。【〔…〕もう一つ世代の問題を考えておきたい。日本における言論統制が過酷なまでに厳しかったと言われる期間を、仮に「大東亜戦争」の期間とするならば、それは昭和12年の「支那事変」から数えて、9年ほどになる。さらに「満州事変」まで遡ったとしても、15年を超えない。それ以前、日本はまがりなりにも既に政党政治、責任内閣制を経験し、紆余曲折を経ながらも、思想と言論の自由を獲得する運動の歴史を持っていた。この9年間、もしくは15年の間に、それらが一つ々々潰されていったとしても、成人の大半はその経験と歴史を忘れたわけではなかった。戦時中の体制的なイデオロギーは、その記憶を甦らせないための戦略として案出されたわけだが、視点を変えれば、現体制を相対化してしまう眼差しが人々のなかに潜在していることを知っていたのである。天皇の神聖と、大東亜共栄圏のイデオロギーを徹底化できたのは、せいぜいこの15年間に学校教育を受けた世代だけだっただろう。だが、この世代も、長くて15年、短ければ数年の後に、敗戦を迎えた。世代間の差異と、相互批評的な相対化はむしろ当たり前な行為であり、それが言説のエネルギーを生んでいる。/それに対して北朝鮮の場合は、一つの全体主義的なイデオロギーによる教育が、日本の「戦争」中の3倍を超える期間に亘って行なわれ、2世代、あるいは3世代に及んでいる。おそらくこの均質性が、日本の人たちには理解しがたい、閉ざされた世界を作ってしまったのだが、韓国の人たちにとっては驚異的であると共に、脅威的でもあるだろう。韓国は同じ50年の間に、軍政から民主制へとめまぐるしい政体変化を経験し、世代間に差異があることが常態化しているはずだからである。/日本における世代間の差異と、韓国における世代間の差異とでは、サイクルが異なり、たぶん質も異なっている。だが、ともあれ差異経験を持ち、しかもグローバルなイデオロギーや文化の動向にはシンクロナイズしてきた面が多い。そこに対話と交流の基盤がある。だが、北朝鮮に関してはそれが容易に見つからない。この困難性を絶対視してしまうことは危険だが、少なくとも以上のような違いをしっかりと認識し、安易に北朝鮮と「戦時中の大政翼賛会」とのアナロジーに走らないこと、それが北朝鮮報道をする/聞く人間の知恵でなければならぬ。理解はそこから始まる。】。
3月3日 山崎正純『戦後〈在日〉文学論 アジア論批評の射程』2003年2月、洋々社。【思想の普遍妥当性が、空間的な広さによってその正当性の承認を迫るものであるとすれば、それと対抗するためには、どうしても垂直に伸びる軸を打ち立て、それにすがるほかないといえます。世界つまり水平方向への開眼が近代の幕開けであるとすれば、近代とは日本文化のたのむべき軸としての垂直方向、つまり歴史への関心を強制された時代だといえます。】との観点から山崎は水戸学の始まりとしての19世紀に上陸したイギリス人と筆談した水戸藩士の原体験をとらえ【水平線のかなたから突如現れ、正当性の承認を求めてくる者に対し、日本人はまず筆をとってそのときの驚きや不安を表現するでしょう。水戸学という垂直方向に伸びる思想が語られるのは、そのあとなのです。十九世紀初頭の筆談経験は、日本文化の基層においては、文字表現の獲得の体験と遠くつながっているはずです。そしてそこには、常にあの「錯迷」の虚無とそこから足を引き抜いていこうとするもがきがあります。日本文化の文字表現は、まずそのようなものとしてあり、それが文学であり、思想はそのあとなのです。】と指摘、【私の考える日本文化の虚無とは、そのような表現への衝動と一体のものです。吃音的な状況から筆談へとかろうじて表現を手もとにたぐり寄せていくことが、外部からの正当性の承認の要求の場で行われていることを忘れるべきではないでしょう。対等でニュートラルな二人の話者の間で取り交わされるコミュニケーションとは、わけが違います。意味が水平方向を左右に移動するという、近代的なコミュニケーションモデルに決定的に欠落しているのは、二つの異文化が出会ってしまった瞬間に、両者の優勢と劣勢が定まっているという現実的な関係です。この動かしがたい関係の中にいきなり叩き込まれた時、むしろ劣勢に立たされた者の側から、表現への歩み寄りが生じるのだと思います。筆談がまさにそうであり、明治初期の明六社の啓蒙的な大量の翻訳もそれにあたります。一見すると単なる異文化受容にみえるのですが、そこには優勢・劣勢の縦の関係全体へのあらがい、抵抗する力が潜んでいるのです。この反発力が、果たして劣勢に立つことだけを拒否する力なのか、あるいは優劣関係をトータルに否定しようとする力であるのか、文化の真価はその一点にかかっているといっても過言ではありません。】として【日本文化の異文化受容をイメージする時、日本本来の思想対外来思想という図式を土台とすることは、まったく意味がありません。むしろ、こうした二元論を克服する〈いきおい〉を、日本文化のニヒリズムから引き出していくことが、思想史・精神史の課題だと考えます。】と指摘している。
3月2日 ▼「「悲惨な一生だった」 大阪の集会で脱北者ら訴え」03.03.01河北新報。【「自分の一生は悲惨だった」。帰還事業で北朝鮮に渡った後、脱出して現在は韓国に住む元在日コリアンら11人から、北朝鮮での困窮を極めた生活や日本政府への要望などを聞く集会が1日、大阪市内で開かれた。/1960年に北朝鮮に渡ったという大阪市出身の男性(52)は配給が途絶えた94年以降、家にあったテレビを売ったり、日本からの訪朝団にもらった古着を売ったりして食いつないだ。/1カ月の工場労賃でコメ1キロが買えないほどだった。飢え死にした人が至る所におり、家族からも餓死者を出した。「青春を失い、子どもたちを捨て、自分の一生はみじめで悲惨だったというしかない」と涙を流した。/岡山県出身の李燦成さん(60)は北朝鮮で、牛を盗んだ罪で電柱に人をくくりつけ、銃殺・絞殺するというむごたらしい光景を目撃した。牛は「生産道具」として尊重されており、処刑は見せしめのため行われるという。自分も牛を盗んで食べたことがあるといい「飢えに苦しんで牛を盗むわれわれに罪はない」と訴えた。】。▼花田清輝ルネッサンスプロジェクトのサイト(花田清輝論図書館)に連続講座「花田清輝・その芸術と思想(全五回)」1996-1997から、第一回・湯地朝雄「『復興期の精神』の思想とその背景」、第二回・粉川哲夫「花田清輝とメディア」、第三回・立野正裕「非暴力への想像力 『鳥獣戯話』をめぐって」、第五回・武井昭夫「芸術運動家としての花田清輝 対立物を対立したまま統一する花田弁証法の実践」。他に菅本康之「光源としての唯物論的ユーモア 尾崎翠と花田清輝」1998、同「花田清輝―唯物論の復権」1999。
3月1日 森川嘉一郎『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』2003年2月、幻冬舎。【趣味が、都市を変える力を持ち始めたのである。これは都市史において、前代未聞の現象である。本書はこの秋葉原の現象とその背景に、焦点を合わせるものである。】として【序章 萌える都市/第一章 オタク街化する秋葉原/第二章 なぜパソコンマニアはアニメ絵の美少女を好むのか オタク趣味の構造/第三章 なぜ家電はキャラクター商品と交替したか 〈未来〉の喪失が生んだ聖地/第四章 なぜ《趣味》が都市を変える力になりつつあるのか 技術の個人化が起こす革命/第五章 趣都の誕生】と展開する森川は【アメリカによる文化的植民地化によってもたらされた戦後日本の大衆文化の、アメリカのそれとの共通性と異質性の双方が、両国のアニメを比較するとまざまざと浮き彫りになる。】として、【ヨーロッパでは子供を大人未満の忌むべき存在に位置づけてきたにに対し、アメリカでは子供の純真無垢さを尊び、そこに聖性すら見る。〔……〕ディズニー趣味の潔癖さは、エログロに傾く大衆文化の一般的な傾向に照らして、大変特異なものである。それは、もともとピューリタンらプロテスタント信者が理想的な共同体を築きに入植して形成されたアメリカの白人人口の、宗教的風土と完全主義的なユートピア志向を土壌にしている。〔…〕セルアニメの発明が、そうした宗教的道徳観や価値観からディズニー趣味を生成させたのである。〔……〕ディズニーはセルアニメによる映像化という色濃いフィルターによって、ヨーロッパの童話をディズニー趣味に染め抜いた。〔…〕そこには、ヨーロッパという、アメリカにとっての母文化であり、確然たる文化的権威を、自らに同化させようという強い欲望が働いていたのではないか。】、これに対して【日本のアニメ絵の美少女とは、構造的にはディズニーアニメの卑猥なパロディ、オタク用語で言うなら、ディズニーの「アニパロ」なのである。〔……〕そこにあるのはむしろ、客体として外にそびえるアメリカに対する防衛的心理から、それを主体に同化させようとする内向的態度である。要は、自分の趣味に染めてしまおうという欲望である。】と指摘している。
|