1月15日 ▼03.01.15『日経』(文化欄)の菅原文太「飢餓感胸に映画と格闘 深作欣二監督を悼む」が【誰に対しても上下の差をつけないサクさんの生き方、姿勢というものが、比類の無い熱気と現場のチームワークを作り出していた。】と思い出を書いている。▼安田敏朗「『言海』・口語・同文 大槻文彦『復軒雑纂』1から」〔『月刊百科』2003年1月号 掲載〕。【〔…〕一家に一冊辞書が備えられ、辞書を引くという行為(「規範」との距離をはかること)がどのように習慣化されていったのか】に関心を向ける安田は、東洋文庫で刊行がはじまった大槻の論文集『復軒雑纂』の鈴木広光による校注と解説をひきつつ【一八八三年から二〇余年間、日本は近代国家としての体裁をととのえ、対外戦争も二度経験する。「国語」に関しても、上田万年たちによる国家的整備・学知の誕生と、その環境が大きく変化する。そうしたなか、鈴木氏の解説のように、国語調査委員会による『口語法』の原稿を一九〇六年に脱稿した大槻は、ようやく発音のままの「口語」(それは、準備すべき、統一された「正しい話し言葉」である)を提示することができた。〔……〕方言的な偏差の解消された、規則のある「正しい話し言葉」が「教育」されることになるのである。「仮名の会の問答」のなかで大槻は、かな専用は、いまの一世代だけが我慢すれば、子々孫々、漢字のくびきから解放され楽になる、と述べていた。かな専用は実現しなかったものの、その基礎を長年月かけて築いた点で、時代に先んじていたともいえる。よくいえば未来志向だが、「仮名の会の問答」のなかで「英国ノ如ク盛ニシテ、日本語ニテ、他ヲ化セントハ欲セラレヌニヤ」などとも、ぽろりと書く。そして、一九〇〇年の「仮名と羅馬字との優劣論」(本書)では「今から、仮名の世として、いつか、東亜を併呑し、朝鮮、満洲、蒙古、大洋洲などの言語には、仮名が適当であるから、是等の国まで、仮名を用ゐさせて、仮名を東亜の通用字とさせるがよい、と言いたくなる」となる。自説の補強のためのレトリックという側面は措くとしても、「台湾朝鮮が、御国の内に入って、其土人を御国の人に化するようにするにわ、御国の口語を教え込むのが第一である。それに就いても、口語に、一定の規則が立つて居らねばならぬ。口語法わ、実に、今の世に、必要なものである」という『口語法 別記』端書の大槻の論は、「口語」のいきつく先であった。/こうした主張は、中国語や朝鮮語は漢字が使われる「同文」だから日本語でも漢字を廃止すべきではないという議論への反論にもあらわれる。「日本支那同文国ならず」(本書)でも「朝鮮と日本は同文に非ず」〔…〕でも〔……〕前者は一九〇一年で、「日本では、漢字を全廃して、総仮名文とすべきである」という主張にいたるのだが、後者は韓国併合をふまえ、日本語を「ローマ字のごとき、分り易い文字を用ひ」て朝鮮人に教育するべきだとしている。】と紹介している。
1月14日 「人権・報道・インターネット」のサイト(私の既発表記事の紹介)に、山下幸夫「国際的な電子的監視を強化するサイバー犯罪条約の危険性」。【これまでエシュロンと呼ばれる大規模な盗聴網があるとされ、欧州連合(EU)の欧州議会は、2000年7月に調査委員会を発足させて実態調査を行っていましたが、2001年5月末に最終報告書案が出され〔……〕そして、欧州議会特別委員会は、2001年7月3日、「エシュロンの存在はもはや疑いない」とする決議を採択しました。/このエシュロンが特に問題なのは、本来、外交・軍事情報を狙うはずの情報機関が、商業通信や民間の個人的な通信をも対象として情報を収集し、個人情報を監視するためにも使用されているという実態を有しているという点です。/ところが、このような盗聴による個人情報の監視を国際的かつ合法的に進めようという新たな動きとして欧州評議会による「サイバー犯罪条約」に注目する必要があります。】とする山下はその後2001年11月に採択され、日本も署名した同条約について【サイバー犯罪条約は、いわゆる「サイバーテロ」だけを対象にするものではなく(組織的犯罪であることも要件とはされていません)、コンピュータを使用した犯罪を対象とするという点で、あまりにも対象が広範です。現在は、PDA(携帯端末)や携帯電話からもインターネットに接続されるし、機能としてもコンピュータ・システムと言っても決しておかしくないことを考えると、コンピュータを利用した犯罪の範囲は極めて広いと考えられます〔…〕。/しかも、条約草案は、必ずしもインターネットによって接続されているコンピュータだけでなく、スタンド・アローンのコンピュータ・システムを利用しても、条約が定めるコンピュータ犯罪が成立するとしており、そのような犯罪の取締りまで国際協力してやる必要があるのか疑問です。/さらに、サイバー犯罪条約が定める手続条項(刑事手続法)については、サイバー犯罪条約が新設を求める9つの犯罪類型以外に、「コンピュータ・システムという手段を使用して実行されるその他の刑事犯罪」にも適用されることになっており(条約草案14条2項)、この点からも適用範囲が著しく拡張されています。〔……〕私たちは、市民に対する電子的監視を合法化しようとするサイバー犯罪条約の脅威を敏感に感じ取り、これに対する反対の声をあげていくことが求められていると思います。】と書いている。
1月13日 韓国『朝鮮日報』日本語版03.01.08付に「「日本人拉致問題」で激震に見舞われた朝鮮新報」(姜哲煥(カン・チョルファン)記者)。【最近、日本人拉致問題で在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)社会が揺れ動く中、その求心的な役割を果たし、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と朝総連を代弁してきた「朝鮮新報」(朝総連機関紙)の内部が激震に見舞われている。/過去10年間、朝鮮新報で勤務し、編集部の幹部を務めた李ヒリョン(仮名)さんは、「金正日(キム・ジョンイル)総書記の日本人拉致事実の自認は、朝鮮新報の記者らにとっては青天霹靂のようなものであったため、彼らは今、心理的大衝撃に陥っている」と話した。/また、朝銀をはじめとする総連系の金融機関が相次いで倒産、朝鮮新報の財政難も深化し、毎年10人あまりを選抜していた職員も、最近は1〜2人を採用する程度だという。/朝鮮新報の全盛期だった頃は、300人の職員中、記者だけで150人に達していたが、最近は3分の1の50人程度にまで減った。/朝鮮新報社の内部では、朝鮮新報が北朝鮮の代弁紙としての役割ではなく、同胞社会を代弁する新聞として生まれ変わるべきだと主張する勢力と、既存の立場を固守しようとする勢力の間で葛藤が生じているという。/2年前、朝鮮新報内部で、故金日成(キム・イルソン)主席と金総書記の偶像化や北朝鮮体制の宣伝など、北朝鮮一辺倒から逃れ、同胞社会の権益と利害を代弁する新聞として生まれ変わろうとする動きがあったが、北朝鮮と朝総連中央本部の圧力により霧散となった。/その余波で、朝総連と朝鮮新報に幻滅した少なくない数の有能な記者が朝鮮新報を離れる事態が繰り広げられたりもした。李さんは2年前の不幸な事態が再燃する兆しがあると、重苦しい表情で語った。/朝鮮新報は朝総連の機関紙として北朝鮮の立場を充実に代弁しているが、北朝鮮当局からそれ相応の待遇は受けていないと伝えられた。/朝鮮新報の記者として、数え切れないほど北朝鮮を訪れたという朴ギホン(仮名)さんは、「朝鮮新報の記者だとしても、北朝鮮当局はわれわれをただの外国人として見るだけ。北朝鮮内での取材も徹底した統制と監視の下、当局が許可する場所だけ接近することができる」と吐露した。/平壌(ピョンヤン)を訪問すれば、党の関係者から金父子の特集記事を載せるよう指示を受けることもあるが、これに異議を申し立てたり、反論をすることは許されず、ただ指示に従うだけだという。/厳しい統制で、北朝鮮社会を上手く見て回れないため、有名観光地を取材し日本の観光客に広報するという提案書を出して、やっと、北朝鮮の名勝を見て回れたことが唯一の思い出だと、朴さんは話した。/朴さんは、朝鮮新報の最も大きな課題は、人事権の独立だと言い切った。北朝鮮当局がすべての人事権を握っているため、朝総連が変わらない限り、朝鮮新報も絶対に変わらないというのだ。/総連系のある在日同胞は、朝鮮新報が過去に比べ大いに変化したとはいうが、依然として北朝鮮と朝総連の枠の中に止まっていると指摘した。時代と環境の変化に適応できず、北朝鮮と朝総連の代弁紙という座に安住する限り、朝鮮新報は同胞社会から背を向けられるほかないと、付け加えた。】。
1月12日 広河隆一通信のサイト(HIRO COLUMN)に広河隆一「続 朝日は恐れよ」03.01.10付。【前回のコラム「 2002 年を振り返って」で取り上げた朝日新聞の社説「イラク政府は恐れよ」に続いて、恐ろしい社説が現われ】たと1月4日付『朝日新聞』社説「歴史は繰り返すのか」をとりあげ批判する広河は【まず社説は、1991年の湾岸戦争の時、イラクが撤退を渋って戦争になったことを思い起こさせ、歴史は繰り返されるのか、と述べています。(湾岸戦争ではイラクがクウェートに侵攻したことが引き金になりましたが、今回はイラクがなんらかの侵攻を行ったわけではありません。フセインが「独裁者」で大量破壊兵器を開発して使うかもしれないと考えるアメリカが爆撃しようとしているのです。これには多くの国々が批判を述べています)/社説は次に、これまでのところイラク政府が査察に協力していると書いています。だがイラクの主張は信用できない、それは以前に嘘をついたからだというのです。そのようなイラクに対してアメリカは攻撃の態勢を整えている、と社説は続きます。こうして朝日の社説は次のような結論を引き出します。/「それでは戦争を回避するには、どうしたらよいのか。フセイン大統領が辞任し、イラクが国際社会に恭順の意を表すのが最善の方法だ。そうすれば、イラクの大量破壊兵器を一掃することは可能になる。」/社説の筆者は、もうひとつの方法として、武力行使をしないで、すべての兵器が破棄されるまで、経済制裁と査察を徹底することを勧めています。/この筆者は、フセインが辞任しなかったり、すべての兵器が破棄されなかったら、武力行使や徹底的な経済制裁が行なわれることもやむをえないと、言外に匂わせています。/経済制裁で何万、何十万のイラクの子どもたちが死んでいったこと、今も劣化ウラン弾で多くの子どもが苦しみ死んでいっていることを、この筆者はどのように考えているのでしょうか。/こんなにお粗末な論理を振り回し、アメリカの広報官のようになってしまった朝日の論説委員はどうなっているのか、あ然としてしまいます。〔……〕朝日は戦争をあおる道を歩み始めています。】と指摘し、【戦争に対して批判的な視点ももてない新聞は新聞ではありません。〔……〕朝日新聞の全記者、全職員に問います。あなたはこの社説を是とするのですか。】と問いかけている。
1月11日 蓮實重彦『「知」的放蕩論序説』2002年10月、河出書房新社。蓮實は「9・11」をめぐる対話で【アメリカが帝国だというのは、アメリカを批判する人びとの願望であって、実体ではありません。だって、「帝国」の首都ワシントンDCの大半は、アフガニスタン以上に危険な地域で、まともに歩くことさえできないではありませんか。そんな危険な首都を持った「帝国」などあるはずもない。】と述べている〔p.89〕。そうではない! 「まともに歩くことさえできない」ほど「危険な首都を持」つのが「帝国」なのである。蓮實お坊ちゃまは何ひとつ歴史から学びえていない。このようなおめでたいボンボンは《国家独占資本主義の段階の「帝国」とは外への排外主義と侵略であり、内への抑圧と反動である》という現実をおおいかくす無花果の葉っぱとしての役割を果たすインチキゲンチャである。驚くべきは、並み居る聞き手のだれひとりツッコミすら入れていないことである。これは、蓮實の莫迦さかげんを認識しえぬほどに同程度に莫迦であるためなのか、それとも、認識していてもただただ蓮實の能書きを有り難がって拝聴するほどに卑屈であるためなのか。蓮實は2002年9月11日付(!)の「あとがき」で【〔…〕わたくしは何を語っているのか。「知」における放蕩の役割であります。揺らぎ、逡巡する知性の力といったらよいでしょうか。あるいは、雑音に敏感であることの美徳といったらいいのかもしれませんが、〔…〕】と臆面もなく書いているが、臍が茶を沸かすとはこのこと。
1月10日 ▼「【コラム】「元慰安婦女性」らの希望は?」03.01.09韓国・中央日報日本語版。▼帝国データバンクのサイト(TDB Watching)に「特別企画:2002年の上場企業倒産動向調査」(2003.01)、【2002年の上場企業倒産は29件発生し、戦後最悪を記録。29社合計の負債総額は1兆9432億900万円で戦後4番目の水準となった。〔……〕各業界の再編・淘汰はまだ緒についたばかりであり、再建か否か瀬戸際に立たされている企業の正念場はこれから本番を迎える。上場企業の倒産ラッシュは、まだ始まったばかりである。】。詳細はPDF本文に。▼『一冊の本』2003年1月号(朝日新聞社)からの新連載・上野昂志「Asahi Classics [1]」。【結局、われわれは、ただの「良いインディアン」だったのではないか〔…〕白人の従順で、白人の価値観やライフスタイルを懸命に身につけようとする連中のことだ。】として藤永茂『アメリカ・インディアン悲史』をとりあげ上野は書いている。【実際、一八〇〇年代初めのチェロキー・インディアンは、白人をお手本として、こぎれいな服装をし、英語で賛美歌を歌うなど、「自己改造」に取り組んでいたという。だが、その結果は、耕していた土地を奪われ、故地から追い払われ、殺されたのである。それを積極的に進めたのが、アメリカ建国の父・トマス・ジェファソンであり、第五代大統領モンローであり、土地投機屋から第七代大統領になったアンドリウ・ジャクソンである。〔……〕/著者は、ベトナム戦争の渦中にあった一九六九年に、ソンミでの虐殺事件のニュースが全米に報じられたときの「アメリカ人一般の見事な驚きぶりに」、開いた口がふさがらなかったというのだが、実際、彼らの父祖たちが、先住民にしてきたことを見れば、ベトナムでの焦土作戦も、婦女子の虐殺も、なんら驚くには当たらないのである。自分たちがしてきたことを都合よく忘れるというのは、なにもアメリカ人に限ったことではないが、戦後、そのアメリカ人をお手本としてきたわれわれは、どうなのか。われわれもまた、ひどくナイーブに「良いインデイアン」たろうとしただけではないのか。】。
1月9日 ましこ・ひでのり『ことばの政治社会学』2002年12月、三元社。【コトバは政治性をおびている。〔……〕問題はむしろ、「ただしいコトバのつかいかた」がどこかに実在するのであり、それが実践されている空間では、コトバは透明で平等な媒体として機能する、といった信仰のほうである。/コトバは本書でのべたことでもわかるとおり、「透明で平等な媒体」でなどない。だから「透明で平等な媒体」であるべきだが、そうでないことから議論が出発しなければならない。しかし、それは「透明で平等な媒体」になりえないといった虚無主義にとどまることではない。むしろ、「透明で平等な媒体」を徹底的にめざす実践的理論的運動がかかせないのである。】とするましこは「7章 戦後日本の言語問題点描」で、定住朝鮮人問題(阪神教育闘争、対日講和条約発効後の朝鮮人の位置づけの変化と摩擦、日韓基本条約締結後の摩擦)につづき、在日外国人への日本的氏名の強要の事例として【〔…〕いまでは社会情勢の変化もあって、窓口業務の実態として柔軟な対応へと移行しつつあるようだが、金英達『在日朝鮮人の帰化』[1980]によれば、大阪法務局は1970年代まで、帰化相談のときに配布しているパンフレットのなかで、「帰化後の氏名は、帰化申請が許可になった場合に定めるものをあらかじめ記載する。なお、氏名は、従来の通名をそのまま用いてもよいが、任意に新しい氏名を用いてもさしつかえない。ただし、当用漢字、人名用漢字を用い、日本的氏名を用いる。」〔…〕としるしているばかりでなく、巻末資料の帰化許可申請書の注意がきでも「氏名は日本人としてふさわしいものにしてください」とダメをおしている】という同化圧力をはじめ、さまざまな事例を指摘、【〔…〕言語問題は、事件化するかどうか、そして社会問題化するかどうかは別にして、しばしばおきている。これらに通底するのは、少数派がいまだ差別されている状況が言語問題として結晶化すること、少数派が被差別意識を内面化することで、ときに「同胞」を差別して、多数派にくみしてしまうということであろう。】と書いている。【社会現象のひとつとしてのコトバ】をとおして【自民族=日本民族が歴史貫通的に存在しており、そのはなすことば、かきしるすシステムも歴史貫通的に連続しているという「信仰」が前提となった、いわば「神学」】としての【「国語学」の主流】への問いかけに満ちた好著!
1月8日 ジョナサン・カラー、川本茂雄訳『ソシュール』2002年5月、岩波現代文庫。巻末に田中克彦「解説 ソシュール言語学の意味とその克服のために」(2002.04.)。【言語学の歴史の流れからみるとき、まさに歴史の拒否という原則こそが、ソシュール以前と以後とを分かつ、最も重要な分岐点である。】として【ソシュールを相対化して見る作業】の個々の歴史をふりかえって【〔…〕そのすべてが、ソシュールのかけた一種の呪縛の圏内で行われたものであった。】と指摘する田中は【研究自体がみずからにかけたこの呪縛の理由に気づき、そこからの脱出口を見出すためには、いまいちど言語の研究史のみならず、言語についての思想の全史のなかで、あらためてソシュールの体系を評価しなおすという大がかりな作業が必要であった。その難事に挑んだのが、E・コセリウの『共時態・通時態・歴史』〔…〕である。/コセリウは、言語変化が、言語を話す人間の意志とは全く関係なく、「音韻法則」という独自の法則にしたがって行われると見る、青年文法学派の「自然科学主義」をきびしく批判した上で、このような、「人間の意志から自立した言語」という考え方が、近代のあらゆる流派の言語理論の中に引きつがれていると指摘する。ソシュールもまた、言語を閉じた体系とすることによって、言語の「変化は[話し手の]いっさいの意図をよそに生じる」〔…〕と強調した。/ソシュールの共時態は均衡のとれた体系であって、その中には、いっさいの変化の契機はないのであるから、言語変化には理由がないことになる。それにもかかわらず言語に変化が生じれば、それは体系の外から、何らかの外的な力が加わったために生じる「損傷」にしかすぎないことになる。/ここから奇妙な議論が生ずる――では、変るはずのない言語が変化していくのはなぜであるか。しかも現実の言語は確実に変化している。そもそも変化しない言語などというものは、これまで一つもなかった。/「言語変化」という現実は、共時態という、方法上の虚構を設けるためにソシュールはあらかじめ排除しておいたのだが、言語は変化することによって維持されるのだから、「変化は言語の本質」であると見なければならないとコセリウは指摘する。そしてこの変化は、話す主体の要求と意図があってはじめて生じうるものだとする。/私たちは、ここで、ソシュールの、話す主体の意志の外にある「社会的事実」としての言語と、話す主体があってこそ、その生成(変化)が可能である言語という、鋭い対立点をむき出しにしたままでこの解説を終えることにしよう。/ソシュールは、この問題を、方法論の上で、これ以上はないという鋭い仕方で示し、私たちを、底なしの深淵の上に立たせたのである。〔…〕】と書いている。
1月7日 「生誕100年記念 三上章フェスタ」、2003年3月30日(日)12:45〜16:20(フォーラム13:30〜16:00)、東京国際フォーラム ホールD(JR有楽町駅より徒歩1分ほか)、入場料:2,000円*申込制(定員200名)、主催:くろしお出版。【日本語の事実を西洋語の尺度で説明しようとする風潮に半世紀も前に異を唱え、学界に旋風を巻き起こした三上章。その後新言語学に沸く欧米で脚光を浴び、また、国内では「日本語学」「日本語教育」の研究者に注目され、現在でもなお三上の提起したテーマは脈々と受け継がれている。/三上章の生誕100年を記念するこのフェスタでは、フォーラムにおいて5名のパネリストが「三上文法とは何か」を多角的にとりあげ、また令妹三上シゲ氏が大切に保管してきた貴重な写真・草稿ノート類を展示し、関係者が三上の想い出を語ります。刊行されたばかりの幻の博士論文をはじめ、長く品切れだった書籍も展示されます。〔……〕●展示/回顧:三上の足跡〜未公開ノート・想い出を語る(当日は三上章の本をはじめ、くろしお出版の本を販売します)●フォーラム:三上文法への誘い/パネリスト:益岡隆志(神戸市外国語大学)/三上文法の世界、野田尚史(大阪府立大学)/三上章の主語・主題論、菊地康人(東京大学)/三上章の敬語論、澤田浩子(神戸大学大学院)/若い世代から見た三上章、竹沢幸一(筑波大学)/言語研究から見た三上章】。
1月6日 ▼1月7日から国立国会図書館が、個人の登録利用者へのNDL-OPAC(国立国会図書館蔵書検索・申込システム)による郵送複写サービスを開始。→登録利用制度のご案内。▼『論座』2003年2月号が“拉致・メディア・在日”を特集、インタビュー・呉光現「アジアの視点で拉致を見る」(聞き手・上丸洋一)。「拉致事件について在日と日本人は視点を共有できるでしょうか」との問いに対して呉は【アジアの視点で見るということやと思います。事件の真相究明、責任者の処罰、被害者への補償など、拉致被害者の要求とアジアの戦争被害者の要求は同じです。人道・人権は国境を越えて普遍性があります。拉致被害者に向ける思いを、アジア全体に広げて感じ取れる日本社会になってほしいのです。〔……〕僕は「被害比べ」に反対です。日本人の戦争体験者の中にはアジアの戦争被害者の話になると「われわれ日本人も戦争ではえらい目にあった」という人が少なからずいます。その時、僕は「そうですね。その責任はだれにあるんですか」と言うんです。「えらい目にあった」とぼやいて被害がいやされるならいいが、いやされてないんでしょ、と言うと、「そうや」という返事がかえってくる。あなたと同じように、朝鮮で中国でそしてアジア太平洋で同じように想って生きている人がいる、なんでその人たちのところに心がいかないんですか、と。今回の拉致事件でも、本来、日本の戦争責任の問題もいっしょに解決すべきなのです。日本のマスコミ、世論、政府がその方向に向かっていないばかりか、ナショナリズムの高揚に酔っているのが残念です。とても危険な兆候を感じています。】と述べている。
1月5日 益岡賢のページに、ノーム・チョムスキー「インタビュー 米国外交・軍事産業・反戦運動」02.12.28 ZNet原文。【米国では、人々は恐れています。それは確かなことです。戦争への支持はとても薄いものですが、その支持は恐怖によるものです。米国では昔からのことです。40年前に私の子供たちが小学生だったとき、原爆のときには机の下に隠れるよう教わっていました。冗談ではありません。この国は、いつも、あらゆることを恐れていたのです。たとえば、犯罪です。米国での犯罪は、他の産業諸国と較べたとき、高い方ではありますが、特別ではありません。一方、他の産業諸国と較べて、犯罪への恐怖は非常に大きいのです。/これは、極めて意図的に生み出されたものです。現在政府にいる人々は1980年代に政府にいたことを思い起こして下さい。これらの人々はすでに一度同じことをやっており、どうやってゲームを進めればよいか知っています。1980年代を通して、定期的に、これらの人々は、市民を恐怖に陥れるキャンペーンを行ってきたのです。/恐怖を作り出すことは難しくありませんが、このたびは、議員選のタイミングであったことがあまりに明らかだったので、政治コメンテータさえそれに気づいたくらいです。来年半ばには大統領選挙キャンペーンが始まります。勝利を狙わなくてはなりません。そしてそのためにさらに次なる冒険へ・・・と続くわけです。そうしなければ、米国市民が、自分たちの上に起きつつあることに注意を向けてしまいます。1980年同様、一般市民に対して大規模な攻撃が加えられているのです。1980年の記録を政府関係者はほとんどそのまま繰り返しているのです。1980年代に最初にしたことはといえば、1981年に、米国の財政を大赤字にしたことでした。今回は、富裕層への課税削減とここ20年間で最大の連邦財政支出によって、また財政を赤字にしたのです。/現政権は異様なまでに腐敗した政権です。いわばエンロン政権といった感じです。ですから、大規模な利益が異様に腐敗したギャングの一団に流れ込んでいるのです。こうしたことを新聞の一面に出すわけにはいきません。一面からこれらを隠す必要があるのです。人々がこれを考えないようにしなくてはなりません。そのための唯一の方法は、人々を恐怖に陥れることで、現政権はそれを得意としているのです。】。関連サイト:「異分子(仮) -dissident- :チョムスキー・アーカイヴ日本語版」。
1月4日 ▼「日本軍慰安婦「強制動員」の公式資料が発見」03.01.03韓国・中央日報日本語版、【太平洋戦争の当時、日本軍の性的対象となり被害をこうむった軍隊慰安婦らが、日本政府の強圧や詐欺によって動員されたということを記述した米軍情報局(OSS)の公式資料が初めて発見された。/ソウル大の鄭鎮星(チョン・ジンソン)教授と米リバーサイドカリフォルニア大のチャン・テハン教授チームは3日、記者会見し「ここ1年間にわたって、米国立文書保管所(NARA)の捕虜尋問記録を調べたところ、以前の日本軍の性奴隷制度が強制動員によるものであったことを裏付ける公式文書が見つかった」と発表した。〔…〕】。▼「第7回モリサワ賞 国際タイプフェイスコンテスト 入賞作品展」2003年2月3日(月)〜3月14日(金)、東京・MOTS。→プレスリリース「第7回 モリサワ賞国際タイプフェイスコンテスト金賞は和文部門 廬 健勳Lo Kin Fan氏(香港)、欧文部門 F.G.Pizarro氏(チリ)が獲得」02.12.16 / 2002モリサワ賞・インフォメーション / 2002モリサワ賞・受賞者一覧。▼第6回歴博国際シンポジウム「情報技術による歴史・文化研究の新展開」2003年2月5日(水)〜6日(木)、国立歴史民俗博物館 講堂(千葉県佐倉市城内町117)。Opening:宮地正人 安達文夫 / Session 1: 文献資料と情報技術:石上英一 柴山守 Markus Ruetter 金泰虎 高橋一樹 五島敏芳 / レセプション / Session 2: 画像情報の応用:池内克史 鈴木卓治 井上聡 Steffen Kirchner / Session 3: 時間情報・空間情報の応用:朝岡康二 森洋久 徐良高 劉建国 津村宏臣 / 総合討論 / Closing。
1月3日 住田利夫『部落問題文芸素描』2002年9月、南斗書房。部落問題文芸の研究史のなかからとりわけ北川鉄夫を継いで【部落問題を差別、被差別という一元的世界で捉えないで、経済的、政治的、文化的側面等の多方面から分析し、その病理現象をダイナミックに社会構造全体から把握する】との立場から住田は「大西巨人と部落問題」の項で【彼は「反俗精神」を武器に、戦後社会の「俗情との結託」した現実とたたかい、対象と自己を変革しつつ一歩も後退しなかった。その批判のメスは、非転向の宮本顕治に対しても容赦しなかった。さらに注目すべきは「反俗精神」が「俗情」=「封建的・後退的要素」の集中的現象である差別問題に向くのは必然で「部落問題」「ハンセン病問題」「アイヌ問題」「身障者問題」への論究は多岐にわたる。殊に部落問題は大西の文学において必須の要素であり、その第一作が『黄金伝説』(改題『伝説の黄昏』)であった。〔……〕『黄金伝説』は戦後部落解放運動史の「準備期」で「停滞していた」時期、「九月革命説」に眩惑して部落差別を革命闘争に解消した運動方針に反対しつつ「排外主義」の危険性を意識して、民主統一戦線結成をめざす前衛の観点から、部落問題に真正面から取組んだ戦後初めての画期的な問題作品と言うべきである。】と評し【〔…〕「差別の重層」(師岡佑行)即ち被抑圧者の差別構造であるが、特に部落民の朝鮮人蔑視への剔抉は自分自身の体験を作品化した金達寿『富士の見える村で』と共に先駆的に特筆すべきである。つまりこの構造こそが人権意識と自由観念で成立する市民社会に対蹠する最も「封建的、後退的」な意識であろう。】と指摘、【今後、大西の文学がいかなる展開を示すか――『迷宮』のテーマは生と死への唯物論的考察であった。――予測の限りではないが、大西の強い歴史的関心は維新後の佐賀の乱、神風連の乱、秋月の乱、萩の乱、そして西南戦争といった旧士族による明治新政府への武力蜂起の内乱に注がれ、その資料を集めているという。藤田省三によれば、これらの内乱当事者の精神的特徴は反逆の成否ではなく、反逆する正当な権利を持つ「自らを正統と思う異端」であった。それはそのまま大西に妥当するようだが、なによりも大西がこれらの内乱に魅了されるのは内乱当事者が旧士族だからではないだろうか。〔……〕大西の強靭な主体的知性の闘いは、閉塞した現代の「システム社会」の変革に具体的な有効性をもつのだ。新城明洋の合理的実証精神に裏づけられた、変革へのねばり強い「日常闘争」が今なお色あせぬ原理的なリアリティを持つ所以である。】と書いている。
1月2日 ▼承前、鶴見良行『鶴見良行著作集3 アジアとの出会い』。鶴見良行「阿片の匂い」(初出1979.05.)。【イギリスが植民地主義的膨張の過程で、阿片を悪用したことは、日本でもよく知られている。阿片戦争で中国革命の最初の幕が開ける。この戦争は、明治維新の指導者に西洋植民地主義の仮借ない手段を自覚させた。/だがイギリスは、インドで栽培されるケシの実を中国に売りこんだだけではない。マラヤ半島の植民地経営は、実質的に阿片販売の独占と委託(ファーム制度)によって成り立っていた。〔……〕/こうした土地の内陸部に進出していくためにイギリス植民地主義が利用したのが、錫鉱山の開発と阿片販売の組合わせである。初期の錫鉱山開発は、ペナンやシンガポールに定着していた華人資本家が大陸からの華人移民(苦力)を使って行なった。植民地当局は、鉱山の開発権と阿片の専売権をセットにして入札した。入札者は、錫と阿片の売上げ予想に基づいて、価格を決定した。/だから、極端な場合は、錫鉱山の赤字を、阿片売上げによって黒字に転化させることさえあった。苦力を大陸から招き入れれば入れるほど、阿片の売上げは伸びた。/そう気づいてあたりを見まわしてみると、阿片売買は、オランダのインドネシア、スペインのフィリピン、準独立国家だったタイでも重要な収入源だった。犠牲者となったのは、いつでも華人移民である。阿片は、アジアの植民地社会に共通な経済的環になっている。】と指摘する鶴見はまた【ただ判らないのは、なぜ華人だけが阿片吸飲者だったか、ということだ。】と未解決課題も提示している。関連:丸井清泰作成「鶴見良行著作一覧」〔宮内泰介のページ〕。▼「2003年元旦、首切り撤回を求めて抗議行動」03.01.02レーバーネット、【1979年にマル生(生産性向上運動に名を借りた組合つぶし)に反対する越年闘争を理由に61名が、4月28日に解雇された。以来、職場復帰を求めて闘っている。毎年元旦の年賀配達式には郵政大臣(現在は総務大臣)が出席して行われるが、被解雇者も抗議行動を展開している。今年は東京・新宿郵便局で午前8時から行われた。〔…〕今年は、約20名の抗議者に対して、50名近くの管理職が動員され、一切の抗議を暴力で押さえ込むという異常な光景が展開された。ハンドマイクを奪いとってこわしたり、体当たりを繰り返すなど、郵政省のファッショ的な体質があらわれていた。全マスコミが配達式の取材に来ているが、この異常な状況については一切報道しなかった。権力・郵政省・マスコミが一体となって、日本はますますおかしくなっていく。】。写真あり必見!
1月1日 映画「きらめきの季節/美麗時光」(監督・チャン・ツォーチ(張作驥)、配給・ビターズ・エンド)のパンフレット(02.12.14)に桜井隆・中川仁「言葉で描かれた台湾」。【この映画でもう一つ注目すべきものは、言葉である。現代の台湾の複雑な言語状況をほぼ忠実に描き出している。/台湾の言葉は確かに中国語である。しかし、人々が同じ一つの中国語を使っているわけではない。互いに理解できないほど異なった方言がある。北京語・閩南語・客家語である。〔…〕/台湾では、どの方言を話すかが、その人の個人的な歴史を物語る。台湾に何世代も前から住んでいる漢民族(本省人)は閩南語を話してきた。そこへ戦後、中国大陸で共産党との内戦に破れた人々(外省人)が入ってきた。蒋介石の率いる国民党の政府・軍隊及びその家族である。彼らは北京語を話す。北京語と閩南語のどちらを話すかによって、外省人か内省人かがわかるのである。/映画の冒頭、アウェイとアジェの家庭の日常風景が描かれる。ここで使われているのは北京語である。〔……〕外省人のすべてが支配者としての生活を享受したわけではないのである。軍の下級兵士は、ただ命ぜられるままに戦い、台湾に逃れ、そのまま見知らぬ地に定住せざるをえなくなっただけである。台湾に生活の基盤も無く、大陸の故郷に帰ることもできない。アジェの父はそんな一兵士だったと思われる。〔……〕/アウェイとアジェはやくざの下働きのような仕事につくが、二人にピストルを渡すボスは、かなりきれいな北京語を話す。これから外省人系のやくざであろうと推察される〔…〕/二人が金の取立てに行き、アジェが殺人を犯すことになるやくざのアジトでは、まず男と女の口げんかが描かれる。このけんかの言葉は閩南語である。これによってここが本省人系のやくざであることがわかる。/二つのやくざ組織の抗争の背景には、外省人と本省人の対立があることが想像される。/しかし、外省人と本省人はいつも対立しているわけではない。〔…〕映画では、宜蘭に住むアチャがそうした本省人である。殺人を犯して逃げてきた二人を、安ホテルの玄関で母親に「台北の友だちだ」と北京語で紹介するが、母親が話すのは完全な閩南語である。この母親の言葉によって、アチャが本省人であることがわかる。〔……〕/アウェイとアジェ、アチャは主として北京語で話をしている。戦後、台湾では北京語が国語として教えられている。本省人でも若い世代は北京語を自由に話すことができる。一方、外省人でも台湾に生まれ育った世代は、土地の昔からの言葉である閩南語を日常生活の中で身につけている。アウェイとアジェは地元の人々とは閩南語で話しているし、アチャとの会話にも時には閩南語を使う。皆、北京語・閩南語のバイリンガルなのである。〔……〕/客家語を使う人々は、外省人にも本省人にもいる。しかしいずれも全体の一割程度の少数勢力である。モノローグでの客家語の使用は、その少数勢力にも配慮を忘れていないという、いささか政治的なメッセージなのであろうか。〔…〕】。
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