12月31日 承前、鶴見良行『鶴見良行著作集3 アジアとの出会い』。鶴見良行「日本人ばなれの生き方について」(初出1972.06.)。【「私たちは日本人から離れることができるか」「私たちはアジア人になれるか」】という問いを【時あたかも全共闘運動が心情告白の無限のせめぎあいのような形で破産していった後でもあったので、一同のなかには、〈殺す側〉に所属する仕組みの自己否定が、そのまま〈殺される側〉への連帯になるという単純な図式にたいする、かなり強い警戒心があったのです。】が【いまの日本の国家会のありようにふくまれた問題を、かなり的確に表現しているように思われます。その意味で私は、この問いかけが社会的に問われるだけの価値をもったものだと思います。】とする鶴見は、【〈殺す側〉〈差別する側〉〈調査する側〉と〈殺される側〉〈差別される側〉〈調査される側〉という対立が、いきなり「どうしたら日本人から離脱できるか」へとつっこんでいった過程の性急さを指摘しておく必要があります。〔……〕若者たちの〈日本人ばなれ〉の問題意識における論理の飛躍は、一面では、マルキシズムにおける〈民族と階級〉の古典的命題の混迷が後をひきずっていると同時に、他面では、まったく新しい事態がすくなくとも日本には出現しているように青年たちには見えることを意味しています。〔…〕〈働く者〉になるという階級の移動によって、そのまま国境の壁がのりこえられると現代の日本社会で考えるのは、やはり楽天的にすぎるでしょう。〔……〕日本経済が外国(とくに東南アジアを中心とする低開発諸国)の原料、市場、労働力を強く支配する形で発展していて、日本人がそのこととまったく無関係に生きるのはたいへんむつかしくなっている状況がすでに生じてきています。】と指摘し、【どうしたら〈する側〉の国に生きる私たちが、〈される側〉の国の〈される側〉の人びとと実践的につながってゆけるかという問題】として」問い直したうえで【私には一般的な回答を出すのはむつかしい。けれど、〈日本人ばなれ〉の生き方をかなり見事に生きた先人たちはいます。私はその典型を中江丑吉と鈴江言一のふたりに見るのです。】とふたりの生涯をたどり【〈日本人ばなれ〉の最小限の条件】を挙げている。【(1)日本人が日本人から離れるためには、離れるだけの根源的な衝動をもっていなければなりません。それは現在の日本社会に対して、違和感をともなった知的な批判をもっていて、それを自分たちの生活の中でどこまでも深めてゆく実践的な態度です。〔……〕/(2)〈日本人ばなれ〉の政治的、社会的運動の側面を重視する場合にも、そこにはいろいろな態度や方法がありうると思います。それはめいめいが自分のおかれた状況や資質に応じて選びとっていくより仕方ないことです。〔……〕/(3)最後に、〈日本人ばなれ〉運動の運動者たちが、権力との対抗関係で、どのような態度をとったか、そのくらしのさまざまな工夫について考えておきます。〔……〕】。
12月30日 『ユリイカ』2003年1月号が“中国幻想綺譚”を特集、丸川哲史「イメージと中国の敵対 武田泰淳における経験と夢」。【ここ三〇―四〇年の「中国」への眼差しにかかわる熱狂から冷笑へというサイクルそれ自身、竹内が批判していた日本の「転向」文化の最たるものであり、そういった日本の文化構造を今一度、その歴史的な緊張関係に分け入ることの中から捉え返してみたい】との立場から武田泰淳の初期の作品を検討する丸川は『蝮のすゑ』にふれて【「引揚げ」は、日本人にとって苦難の経験であったには違いないが、多少のタイムラグはあったにせよ、ほとんどの日本人が「引揚げ」を完了し、そして列島規模からの「再出発」と「復興」へとシフトすることになる。そのプロセスの中で、「引揚げ」は、いつしか「再出発」と「復興」へとスムースに連なる一つのエピソードに過ぎないものへと頽落して行った。一方、日本人の「引揚げ」の陰画となるのが、祖国の内戦と分断によって「引揚げ」が不可能になった在日朝鮮人、台湾人の存在であり、また一九五九年から活発になる朝鮮民主主義人民共和国へと帰っていった「帰国者」たちのその後の生であると言える。その意味で、日本人の「引揚げ」は、旧植民地出身者が祖国に恋焦がれながら分裂を被らざるを得なかったこととの対位法において、全く逆のベクトルを向くことになる。旧植民地出身者にとっての「引揚げ」が、常に「過去」を振り返る運動となるのに比して、日本人の引揚げは、「過去」を切り捨てる運動となってしまう。その意味で、「戦後」日本の引揚者において、可能性としての「引揚げざる者となる」という設定は、ごく稀にしか主題化されることはなかった。その意味で、極悪な軍国主義者、辛島が死んで「内地」に帰還しない設定は両義的であると言える。平板に読むならば、悪人は引揚げが出来ず、女を救う善人の杉は帰還できる、という構図にもなりかねない。テキストは、杉の方が殺されかねない緊張感において叙述が駆動されている限りで、最も精彩を放っている。そこで、もしかしたら主人公の杉こそ殺されるかもしれなかった可能性、つまり「引揚げ」が不可能となる事態の可能性を仄めかしたこと――それと見あうように、「内地」が表象不可能になっていること――には、当時の日本人一般の「引揚げ」の水準を越えた何かがあるのだと言える。】と書き、【〔…〕武田泰淳が言った「恥を忍んで生きる」という文学者の態度とは、やはり生き死にを分ける敵対性に起因するものであり、その敵対関係の張力の只中に身を置きつづけることを義務付けることであったのだ。】とむすんでいる。
12月29日 鶴見良行『鶴見良行著作集3 アジアとの出会い』2002年12月、みすず書房。鶴見良行「新左翼再考」(初出1976.10.)で【ロッキード事件をめぐる政局の動きを眺めながら、これでようやく新左翼運動も、総資産・総負債の精算を明らかにせざるを得まいな、と私は考えていた。〔……〕新左翼の旧左翼にたいする批判は、職場における労働者を活性化できず、むしろ街頭にかれらの心理的不満を発散させる場を設営する形をとったために、批判の毒を失った。だれでも亜歯入れるその自由さの故に、新左翼は、旧左翼の心理的補完物として終ったといえなくはない。】とする鶴見は「自己否定の論理」にふれて【〔…〕こうして人びとは、日本社会に内部化されたベトナム戦争を発見していった。〔…〕この矛盾の完全な解決は、現実にはあり得ないわけだが、その自己否定をあくまでも心情の純化に求めたのが、全共闘運動末期のスタイルである。自己否定の深化を求められた被糾弾者は、矛盾に満ちた自己の内面をあくまでも誠実に吐露しなくてはならなかった解決困難な宿命を荷う同行者として連帯が始まるのではなく、言葉の上だけの告白ごっこが始まる。かくして自己否定は、論理としての効力を失い悲しき心理主義に堕する。】と指摘し、【都市依存性への無自覚と主体形成のための方針欠落とは重なりあっていた。新左翼は、人間形成について、あまりにも自然成長主義でありすぎた。自然成長主義は、人間感覚の素直さを許し無理な矯め方を避けるという長所をもったが、運動で無自覚に採用されたとき、それは時代の許容範囲内でのみ生きるというに等しくなった。〔……〕高度資本主義に支えられた現代日本の社会体制は、「ひ弱な人間を強力に再生産していく仕組み」といったものであると思う。〔……〕「ひ弱な人間」とは、社会と自分との間に距離を置けないような、従ってまた自己相対化のきかないような、そういう人間である。〔…〕/日本社会の安定を支えているのはこうしたひ弱な人間の大群である。人間があらかじめひ弱な人間として生れてきたのではないはずなのに、それが大した社会矛盾も起さずにひ弱な人間へと変えられてゆくのは、この仕組みが政治を支配しているだけでなく、普遍的な文化を創りだしてしまったからだと思う。普遍的な文化として成立しているのでなければ、ひ弱な人間の再生産機構は、これほど強力なものとはなっていないだろう。/この文化の現象携帯は、消費文化である。かぎりなき消費への欲望が、人びとを体制内における勤勉と上昇志向へと駆り立てていく。〔……〕ひ弱な人間の強力な再生産寄稿の中核をなすのは、教育と文化である。〔…〕すでに普遍的なものとして定着している教育や文化を下の方から掘りくずしていけるようなプログラムをあわせもった政治戦略を考えていかなければならないのである。】と書いている。
12月28日 ル・モンド・ディプロマティーク日本語電子版のサイトにジョン・サルストン、渡部由紀子訳「ゲノムは人類の共有財産」。【ヒトゲノム計画という素晴らしい試みを通じ、われわれは研究成果の所有権という問題に直面させられた。1995年にはまだ、ミリアド社の攻撃的な姿勢が何をもたらすのか完全には見えていなかったが、商業的利益と特許の重視が何を招くことになるかは見当がついていた。ゲノムの情報が企業との取り決め次第であちこちに細分化されてしまうのを防ぐために、世界中の研究者が全情報の公開を約束すべきことは明らかだった。/そこでわれわれは、作業分担を決め、データ管理の基準を確立すべく、国際会議を開くことにした。〔……〕/バミューダ会議では、データの自由な流通という原則を認めさせる必要があった。〔…〕われわれは宣言文をまとめることに成功した。サンガーセンターのメインスポンサーであるウェルカム・トラストは、次の3点が書かれたホワイトボードの写真を保管している。/・1000塩基以上の配列が解析されたら自動的に発表する(24時間以内が望ましい)/・注釈付きの最終データは即座に公表する/・すべての配列情報を公開し、これらが研究と同時に開発にも自由に利用され、社会全体に最大限に役立てられることを目的とする/〔…〕こうして上記の3点に微修正を加えた「バミューダ原則」がまとめ上げられ、公的資金による大規模なゲノム解読プロジェクトの規範となった。/自由なアクセスと即時の公表という原則は、全世界の生物学者がデータの利用と活用を行い、ひいては特許化できるような新しい発明を生み出しうることを意味している。しかし生データの形で公開された配列自体は、特許化することはできなくなる。これほど多くの人間が、ゲノムの配列を「人類の共有財産」と見なすことに同意したという事実は、実に感慨深いものだった。この表現は1997年のユネスコの総会で、ヒトゲノムと人権に関する世界宣言の第一条にも採用された。】【現代の欧米社会は、公共財産を軽視し、私的所有権への信仰を強めつつある。しかし、商業的な競争に依拠することでは、集団として良識ある決定を下せないことは明白である。拝金主義は、ヒトゲノムという人類共通のDNAコードの私有化にほぼ成功した。その脅威は今もなお続いている。公的プロジェクトの不屈の闘争を通じて、ゲノムの塩基配列の情報は、自由で開かれた生物情報システムの中核となった。これにより、われわれの知識は比較にならないほどの速さで増大するだろう。これこそが、何ものにも代えがたい人類の共有財産なのである。】。
12月27日 ▼広河隆一通信のサイト(HIRO COLUMN)の「2002年を振り返って」02.12.25付が「イラクへの爆撃肯定への道を歩み出してしま」った朝日新聞社説を厳しく批判、全文必読! ▼千都フォントライブラリー(大日本スクリーン)のサイトに「Mac OS X およびClassic環境でのCIDフォントについて」02.12.26、【■状況/弊社のCIDフォントに付属のSENT CD FontDownloaderは、Mac OS X およびClassic環境でのフォントのインストール、および、プリンターや各種高解像度RIPヘのダウンロードはできません。/■対応策/ATMの場合:Classic設定したMac OS 9.2.2から起動してフォントをインストールすることで、Mac OS X およびClassic環境でCIDフォントをご利用になれます。/プリンター用/高解像度用の場合: 漢字Talk 7.5.1J〜Mac OS 9.2.2 (但し漢字Talk 7.5.2Jは除く) で起動して、各種プリンターへダウンロードしてください。〔…〕】。「2003年1月以降販売されるMacintoshにおける千都CIDフォントについて」02.12.26、【2003年1月以降販売されるMacintoshで、Mac OS 9 を起動できなくなる機種につきましては、弊社の千都CIDフォントはインストールできませんので、あらかじめご了承ください。〔…〕】。「年末年始のサポート業務の休業について」02.12.26。▼『出版ニュース』2002年12月下旬号(02.12.21、出版ニュース社)に編集部「2002年出版界・読書界10大ニュース」は【1・「ハリー・ポッター」第4巻、初版部数前代未聞の230万部/2・著作者団体・出版社・図書館員、「図書館」をめぐる論議広がる/3・日本語本ブーム、ベストセラー相次ぐ。英語本も/4・日野原重明『生き方上手』好調で、「老後本」が続出/5・拉致問題で北朝鮮関連書、雑誌の特集も/6・「朝の読書」実施校1万校突破、読書推進運動も活発に/7・ワンテーママガジン創刊相次ぐ、新たな読者を対象に/8・個人情報・人権擁護・住基ネット問題で論議盛んに/9・出版界の基盤整備をめざす「日本出版インフラセンター」設立/10・国立国会図書館西館開館、国際子ども図書館は本格オープン】を挙げ「2002年出版界回顧」は【出版界は97年いらい前年割れをつづけているが、96年をピークに97年の0.7%減、98年2.3%減、99年2.3%減、00年2.1%減、01年2.7%減と5年連続の前年割れであったが、02年も12月中旬段階では、ほぼ前年割れが確実といってよいだろう。〔…〕「不況」という言葉が現在では恒常化してしまっているために、あえて、「不況」を使用しなくなったが、“深刻な不況”であることはまちがいない。】と概括している。
12月26日 ▼明石散人「連載・アカシックファイル―未来の記憶―(34) マイナス金利の時代到来」〔講談社刊『IN☆POCKET』2002年12月号掲載〕、【「〔…〕明治期以前の孤立主義と同じような国の形態がこれから始まる。現に、ありとあらゆる機関で大収縮が始まろうとしている。総量規制を一言で説明すれば、これは『現在無力で貧乏な庶民は、未来永劫、人としての豊かな暮らしを望んではいけない』と同義だ。ごく近い将来、この国の庶民から中流意識は消滅し、ニューエスタブリッシュとも言うべき中産階級が誕生する〔……〕既にこの政策を貧乏人と金持ちの双方が認めている〔…〕政府の発表では第一次ベビーブーム(一九四七〜四九)の出生率は四・三二。第二次ベビーブーム(一九七一〜七四)は二・一四。そして現在は一・三三。大概の人はこの数字を前提に少子高齢化を憂い、女性に出産を勧めるキャンペーンを張ったりするが、こんなのは全くのいかさまキャンペーンだ。本当の数字はこれとは違う。例えば、年収千二百万円以上の家庭では出生率は二・二を超え、年収六百万円以下の家庭の出生率は〇・七しかない。要するに、富める層はどんどん子供を生み、貧しい層は将来の展望を憂いて子供を生まない、これが今の日本の姿だ。今に保険や年金なども貧乏人は全て切られる。〔…〕国にとってごねるばかりの貧乏人の存在ほど厄介なものはない。貧乏人を国の枠組みから外せばどこの国だって豊かになるが、近代史においてこれを実践した国はない。ところが日本はこれをやろうとしている〔…〕総量規制は悪いことではないが、規制の枠組みから外れると、これはもう人間というより富裕層にとっての風景と同義だ」】。▼『読売新聞』02.12.17夕刊、連載「新 日本語の現場 120」が“平成の福沢諭吉 目指し”として【あふれるカタカナ語に歯止めをかけようと、国立国語研究所は今年八月、外部の専門家を加えた「外来語」委員会を設け、言い換えができるかどうか検討している。/「平成の福沢諭吉になれればいいのだが……」と、委員長の同研究所の甲斐睦朗所長は言う。幕末から明治にかけて大量に流入した欧米の言葉は、福沢諭吉や西周らが「演説」「哲学」などの日本語に翻訳することで定着していった。〔…〕/〔…〕「コップやノートのように具体的なモノを表す名詞などはそのままでも構わない」とするが、一方で、新たな言い換え語をぜひ作りたいと意欲を燃やすものもある。「コンテンツ」などの抽象語、「アウトソーシングする」など「〜する」を付けて動詞として使われる言葉、さらに、医療・福祉など生活に直結している分野の用語がそれだという。〔…〕】。関連:国立国語研究所「国立国語研究所「外来語」員会 第1回中間発表ならびに中間発表に関する御意見の受付」02.12.25 / 「外来語:国立国語研究所が63語の言い換え案を公表 / 国立国語研究所の言い換え案」02.12.25毎日。
12月25日 インタビュー・辺見庸「敵は何か、敵は誰か 個の戦線を闘うクオリティの高い毒を持て」〔『図書新聞』2003.01.01付2612号 掲載〕。【〔…〕いまや、骨抜きになった戦後民主主義は、僕がこの間ずっと言ってきた「鵺のような全体主義」を支えるまでに堕ちてしまっている。〔……〕「鵺のような全体主義」も戦後民主主義の集合的な気分と、実は非常に似ているんですね。何がよく似ているかといえば、責任主体のないことです。傷つく責任主体も、傷つける責任主体もない。〔……〕戦後民主主義の便利さの第二は、傷つけず傷つかずという加害性も被害性もないことに加え、敗北の責任の所在についても互いに問わず問われずという面がある。〔…〕この国のネオリベラリズムも、戦後民主主義といういい加減な言説の土壌から生じたのではないかとさえ思います。/で、戦後民主主義の堤防が決壊した、では戦後民主主義とは何だったのか、それは幻想だったのかと問うた場合、やはり大きな問題として、個々の具体例を一つひとつ挙げて考えていく必要がある。】とする辺見は【〔…〕イデオロギー的に負ける以前に、資本によって批判的労働運動が物理的に解体されたという思いがある。こえrは主としてスト権ストが大敗北した七五年から八〇年代のことですが、国家と資本がついに社会の全域をとらえた。八七年の国鉄解体にせよ日教組の文部省への屈服にせよ、たかだか戦後民主主義の気分くらいじゃ抗しきれなかったとも言える。階級駅観点というか資本対労働という図式が後退して、「消費者」という超階級的概念が協力に導入されて、「市民」幻想と二重化し、資本対労働の観点を溶解してしまった。つまり敵と味方の関係性をもっぱら資本の側に立って解消してしまった。この重大局面に戦後民主主義というやつはまったく愚鈍であり、無頓着でした。愚かであるがゆえに穏当に対処しようとした。負けることが当初から運命づけられていたといっていい。】と指摘し【〔…〕僕は、戦後民主主義が醜悪な敗北をした理由は、組織が弱かったからだとは思っていないのです。従来からの各労働運動や政党、かつての新左翼運動などを見ると、やはり弱かったのは組織ではなく、人間個体だったのではないかと考えます。】【意味の戦争においては、安全圏からの状況判断だけではまともなものを書くのはまず難しい。〔…〕言語表現はいま、状況からおいていかれ、遠く水を空けられている。もし言語表現として自爆テロに拮抗しうるものがあるとしたら、やはり表現者の言語の訴求性と、それに重なっている身体の問題になると思う。〔……〕どう闘うか。それはどこかトチ狂ってしまうことではないかと僕は思う。則をこえるしかない。〔…〕巨大な国家暴力と対抗するには、人間的な対抗暴力というものが必要です。それは言説の世界でも必要だと僕は思います。〔……〕言説が今後どうやったら有効性、毒性を取り戻すか。複雑な関係性のなかで、これまで語ろうとして語りえなかったことを、言葉として何とかして紡ぎ出さなくてはならない。それが表現という活動の尊厳に通じる。】と提起している。
12月24日 ▼「外交文書:中国人死者数を間引き公表 岸内閣が「小出し」方針」02.12.24毎日、【第二次世界大戦中に日本国内で死亡した中国人労働者について、旧厚生省が1960年4月に死没者名簿を公表した際、氏名判明者として約6200人を把握しながら、3分の1以下の1893人に「間引き公表」していたことが24日公開の外交文書で明らかになった。文書には、死者の多くが強制連行されたと主張する民間団体に対し、調査結果を「小出し」にしていく方針を決めた経緯も記されていた。国交が断絶し、安保問題を巡って日中関係が冷え切っていた岸信介内閣の下で、中国側の強硬姿勢を恐れて問題を先送りにした実態が浮かんだ。〔…〕】。▼02.12.24『中日新聞』に「サービス残業、過去最悪 昨年の是正指導1万6千件 10年前の2.5倍」、【使用者が時間外労働(残業)の割増賃金を支払わなかった、いわゆるサービス残業があったとして、全国の労働基準監督署が使用者に対して残業代を支払うよう是正指導した件数が、二〇〇一年の一年間で一万六千五十九件に上ったことが厚生労働省の集計で分かった。十年前の一九九一年に比べ約二・五倍の増加で過去最多。厚労省は、是正に応じなかった悪質な十三件について書類送検した。/背景には不況による経費削減の影響があるとみられるが、サービス残業は過労死、過労自殺の要因にもなりかねないことから、厚労省は今後も重点課題として、使用者に対し労働時間の適正な把握や時間短縮などを求めていく方針だ。/厚労省の集計によると、九一年は六千四百八十六件だった是正件数が、九五年に初めて一万件を突破した。その後七千件台に減少したが、九九年に再び一万件を超え、〇一年まで三年連続一万件台で増加している。〔……〕今月十三日には、昨年四月から一年半の間に、一社当たり百万円を超えたサービス残業が六百十三社で、総額八十一億三千八百十八万円あったとの集計結果をまとめた。〔…〕】。関連:「ぜんそく発作で過労死認定」02.12.12産経Web / 「喘息過労死裁判、高裁で再び勝訴判決 確定」02.04.21自由法曹団通信第1054号 / 大原社会問題研究所「社会・労働関係リンク集 労働運動関連団体・個人-過労死・過労自殺関連」00.06.25更新 / 「ニュース百科 過労死新認定基準」02.01.25 Web東奥 / 「全国労働安全衛生センター連絡会議」 / 「「過労死110番」全国ネットワーク」 / 労務安全情報センター「労働判例選集」 / 「大阪過労死問題連絡会」 / 加藤哲郎「過労死とサービス残業の政治経済学」1994 / 村山晃「前進する「過労死」「過労自殺」の労災認定・裁判闘争」01.11.26。03.02.21補記:「タクシー会社の女性ドライバーの過剰勤務による心臓疾患死が労働災害として認定される!」03.02.12日本労働評議会ニュースリリース〔03.02.19レイバーネット〕。
12月23日 ▼在日本朝鮮人人権協会『人権と生活』Vol.15(2002.12)が“朝・日国交正常化とこれからの在日同胞社会”を特集、姜誠「定住外国人ボランティア活動からみた「多文化・共生」の可能性」。【私たちはよく「民族主義」という言葉を使ってきたが、結果として、私たちはこの言葉に良い座布団を与えすぎたと思う。〔…〕かつて私たちが考えた「民族主義」とは民族的アイデンティティや民族的な文化をいかに維持していくかという問題でした。さらには一民族、一国家主義で、民族が分布している領域と政治的領域を一致させなくてはならないイデオロギーが「民族主義」でした。/今後、私たちが「多文化・共生」を求める以上、今述べたような「民族主義」を相対化させない限り、これは人々に絶え間ない分断と憎悪、限りない対立と紛争をもたらす、そうした道具にもなりかねない。】とする姜は【「拉致」問題をとっても、私たちも拉致された人たちの末裔であり、それは国家が個人に対して行った暴行です。その意味で、私たちは公民としての立場と普遍的人権の享有主体としての個人であるという点を見つめ直し、新しく再統合されるホスト社会、そして今後も政治契約を結んでいく本国社会と、どのような政治契約を結んでいくかということを真剣に考えないといけないと思います。民族的アイデンティティが特別の機能を果たしてきたのが二〇世紀でした。その結果、多くの国が植民地支配から独立したが、その後も絶え間ない紛争・分裂で、二、二〇〇万人に及ぶ難民が出ている。この現実をきちんと見ないと、在日同報も「市民権」を叫ぶのは簡単だが、私たち在日同報社会にまた日本に対して、どのような政策を要求するかということを再構築できないと思います。】と指摘し【私たちがやはり民族の文化、伝統を守るというと、「民族主義」という民族の領域と政治的領域を一致させてしまう。それがやはり他者を排除、あるいは同化してしまうのです。それはルペンや石原やミロシェビッチと同じことです。私たち在日同報はそうしたことを乗り越えていく原理を明確にしていかなければならないと思います。それができてこそ初めて「多文化・共生」を堂々と実践できる状況になると思います。】とむすんでいる。関連:「第三の道『在日コリアン』 二世らの弁護士協会、自立の動き 国家の谷間、人権を共通の言葉に」02.12.22東京(特報) / 「在日の若者“心の叫び”」02.12.11東京(TOKYO発)。▼「在日米軍:外務省研修の実態は接待 沖縄・少女暴行事件契機の」12.22毎日 / 「在日米軍「研修」問題:外務省の姿勢に相次ぐ憤りの声」12.22毎日 / 「米軍幹部を対象に「研修」、実態は観光/外務省」12.23琉球新報 / 「米軍幹部研修は観光/外務省実施」12.23沖縄タイムス。
12月22日 『部落解放』第511号(2003年1月号)に金時鐘「水平線 お互いを見つめなおす契機となるよう」。【案じていたことがあからさまになってきた。メディア総動員の際限もない「拉致」報道。それによってあおられている反共和国感情、だけならまだしも、狭隘な民族主義をかきたて“朝鮮”とおぼしきものにまであらがいやいやがらせを募らせる。〔……〕国家主義の押しつけ〔…〕国際的な道義をわきまえない愛国心がいかようなものであったかは、戦前の日本を顧みるまでもないことである。それはそのまま「われわれ式の社会主義」を押し立てて、国家の絶対的な権威を金正日総書記ひとりが欲しいままにしている北共和国の、つくられた愛国主義とも背中が合わさったように近しいものだ。】とする金は【弁解の余地はない。強制連行、従軍慰安婦問題に代表されるようなかつての日本の罪過は、朝鮮民族が不可効力的に蒙った民族受難であり、日本の市民を拉致したことは北共和国という、特定の国が仕出かした国家犯罪である。対置すること自体が、冒してはならない民族受難をおとしめることであることを知らねばならない。それと同じように拉致家族の悲劇だけが悲嘆と憤りのすべてであるような日本人もまた、自らの品性と品格が世界的に問われていることを知らねばならない。〔……〕/北共和国の国家犯罪と、民族受難を明確に分別している私でさえ、拉致家族の悲嘆を目の当たりにしてはこらえようもなくこみあがってならなかった。それは自動的に強制連行の悲嘆や従軍慰安婦の嘆きがおおいかぶさってきたからだ。けっして量や数で測れることではないが、それでも私たち朝鮮人は日本の拉致家族の何千倍もの悲嘆を歴史的にとどこおらせている。そのことにどれだけの日本人が思い致すのか、を考えると目はなおのこと曇ってくるのだった。/北共和国にも無辜の民が二千数百万からいる。飢えて電灯もない暮らしを耐えている人たちに、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)からは重油の打ち切りまで報じられている。この窮地を小気味よく思っている人たちがいるとしたら、それこそ人間性を疑われる人たちだ。〔…〕】と書いている。
12月21日 国労「四党合意」破綻を受けて、「1047名の不当解雇撤回、国鉄闘争に勝利する共闘会議」の「がんばれ闘争団 ともにGO!」サイトに同共闘会議「4党協議「離脱」に対する共闘会議声明」02.12.16、【JR採用差別事件は、国鉄分割・民営化の名のもとに行なわれた、国労潰しの不当労働行為に端を発している。/1.まず、4党合意の内容を、指弾しておかなければならない。/(1)4党合意自体、労働組合への介入であり不当労働行為であること。(2)不採用問題の打開については、公党間の約束でしかないこと。(3)誰も責任を負わずに、国労に全面屈伏を求めていること。(4)出された解決案に、無条件に従うことを求めていること。(5)国家的不当労働行為を免罪させること。/まさしく、政権与党と政府の仕掛けで、無責任極まりないものである。 /2.受諾したこと自体に問題があった。離脱・破綻に至ったのは、4党合意を批判する勢力の第三者参加申立て・鉄建公団訴訟・「人らしく生きよう」の上映運動・全国連鎖集会など、原告団、共闘会議の一人一人が自発的・自立した運動の成果が、結実したのである。 /3.4党協議から与党3党の一方的な離脱は、この事件の終焉を意味しない。政府・政権与党は国策で行なわれた不当労働行為事件解決の責任を果たすべきである。/国労執行部も、組合員・家族に真実を伝えずに、自らの延命のみを図っていたことは、糾弾されて然りである。 /4.解雇当事者・家族そして共闘会議も、闘いの長期化を望む訳ではない。/解決のために、被解雇者自身に解決能力があることを再認識し、国鉄分割・民営化の矛盾や破綻している事実、採用差別事件解決の世論形成を早急に作り上げる闘いを、展開する。 /5.我々、共闘会議は、人権と民主主義が大切にされる社会を追求し、リストラ・首切りの原点となった国鉄方式・JRへの採用差別事件の解決を実現するため、働く者が正々堂々と闘いに道理を尽くし決起することを訴え、声明とする。/以上】。関連:「サヨナラ4党合意 われわれは進む!12・16全国連鎖中央集会で勝利に向けた闘いを明るく意志統一」 / 「異常すぎるぞ!JR東日本 12・16JR総行動で闘う」。
12月20日 ▼日本弁護士連合会会長・本林徹「在日コリアンの子どもたちに対する嫌がらせ等に関する会長声明」「緊急アピール」02.12.19〔日弁連のサイト〕。▼工藤浩「日本文法学の散策」のサイトに工藤浩「日本語学 外史 年表(稿)」02.10.13試験公開02.12.15更新。【1866年 慶応02年12月 前島密「漢字御廃止之儀」建白/1867年 慶応03年ヘボン『和英語林集成』刊】から【2002年 平成14年03月22日 奥田靖雄 死去】まで。関連:岡島昭浩「日本語の歴史と日本語研究の歴史」。
12月19日 椹木野衣「戦争と万博 もうひとつの戦争美術」〔『美術手帖』2002年8−10月、12月―2003年1月各号連載〕。【軍国主義の戦争絵画と戦後の高度成長時代の国策美術との間に潜む符合から、今日のわれわれの芸術の居場所を探る】との立場から【大阪万博は、日本国にとって二重の意味で象徴的意義を持っていた。ひとつは、それが明治維新によって近代化を果たして以来、百年の計を総括する意味を持つということ(=近代化は成功であった、と言明すること)。第二に、紀元二六〇〇年博の開催に挫折した万国博を「復興」することによって、「敗戦」の事実を帳消しにするということ(戦前の帝国主義の栄光は回復された、と言明すること)、以上の二点である。】とする椹木は【一九四五年から二十五年経った――かに見えた――一九七〇年から、さらに二十五年経た一九九五年、われわれは三たび、新たな焼け跡を「未来の廃墟」として体験することになる。地下鉄サリン事件である。つまり戦後日本は、偶然にも二十五年ごとに「未来の廃墟」を反復していることになる。一度目は「大東亜共栄圏」という未来の廃墟を、二度目には「万博」という未来の廃墟を、そして三度目にあたるのが「ハルマゲドン」という未来の廃墟だ。〔…〕】と指摘し、清水アリカの【〔…〕「核戦争後の世界」とは、近未来の光景などでは決してなく、むしろ過去の広島・長崎を繰り返し想起させるものであり、その「暴力描写」は僕たちの現実において奪われてしまったものを取り戻そうとする無意識の試みに他ならないだろう。】との記述を引いて【〔…〕それぞれの不吉な年号には、同じくおぞましい美術がべったりと貼り付いている。一度目は「戦争記録画」、二度目は「万博芸術」、三度目は「ハルマゲドン」だ。しかも三者は、たがいに交換可能であすらあるだろう。万博芸術は一種の戦争記録画であり、万博の廃墟はハルマゲドンを引き寄せ、ハルマゲドンはかたちを変えた戦争記録画にほかならないのだから。〔……〕いや、一九七〇=一九四五年から、さらに遡ろう。大阪万博が近代日本の百年の計であるというとき、「美術」ということばが、日本国のウィーン万博参加の際に翻訳された官製訳語であったことがいやおうなしに思い起こされる。万博は「美術」の故郷なのだ。〔…〕/いま、あらためて問う。はたして、日本において「美術」の移入は成功したのだろうか。〔…〕/われわれの「美術」は、もともと諸ジャンルの混在によって出発している。ならば、万博芸術の時代の奇矯なインターメディア・アートの数々は、「美術」の、その本義への先祖帰りではなかったか。しかしそのかぎり、「美術」はすぐれて「鬼胎」であり、そこにこそ「美術」の可能性もあることを、知らねばならない。】と書いている。
12月18日 ▼『情況』2003年1・2月号に徐勝「拉致の旋風を越えて 在日同胞社会から見た平壌首脳会談」、金ヘギョンへのインタビューについて【この報道に接しながら、冷戦時代に生きてきた人間の惨憺たる不条理に身震いした。同時に、朝鮮人の父親を持つ子供まで「日本人」と一方的に規定するだけでなく、本人もそれを認めねばならないという無理強いに、呆気にとられるしかなかった。これは、拉致問題の日本政府の実務を統括する中山恭子内閣官房参与の、「本人と家族の意向とは関係なく、国家の意志として五人(拉致生存一時帰国者)の永住帰国を目指さなければならない」(傍線筆者)という言葉に、より一層明確に現れた。その背景には、「北朝鮮はお金がなく切羽つまっているので、飢えさせれば何でもするだろう」、「豊かな国日本に来たがらない人などありえない」という優越感と傲慢さが横たわっている。/このような日本民族優越主義が出現したのは、日本が豊かな国として国際舞台に姿を現した一九八〇年代以後のことである。】と指摘する徐は、【中国残留孤児問題では、日本の血統の尊さがメディアを通じて煽られ、それに乗じて日本に向かう中国人の偽装日本孤児とその親戚たちが相次いだ。】と書いて【そこでが、子を捨てた親の贖罪意識が国民(「赤子」)を捨てた国家(「帝国」)の贖罪意識に代入されて煽られ、日本が中国や「満州」にもたらした破壊や荒廃は後景に退き、引き上げ・残留日本人の苦難だけが強調された。中国で育てられた経緯や中国人としてのアイデンティティーよりは、「実は日本人であった」ことだけが貴重な感動として伝えられてきた。記憶も定かでない幼児のころに捨てられ、半世紀以上を中国人として育った人たちは、血の一部に「日本」の血脈が流れているということだけで、「いとこ」、「はとこ」までも日本人として一族郎党あげて「祖国」日本に「帰国」する資格を付与され、中国人が日本人に変身して日本にやってきた。彼らに、なんの日本人意識があろうものか。その中身は、移民や経済難民と同じくあらゆる機会をしたたかに利用して、貧しい地域からより豊かな地域へと移住する世界的人口移動のひとコマにすぎないが、それをあえて日本人の血統と繋げ、日本意識を鼓吹しようという意図とつながる点に問題があろう。「拉致者支援法」が、「残留孤児支援法」を先例として立法化されようとしている点は、示唆的である。】と注記している。他に、金石範「日本人は歴史を忘れたのか」、古賀暹「軍事と政治の差異と連関へむけての試論 拉致問題によせて」。▼『朝鮮日報』日本語版(北朝鮮リポート)に「「1987年、穏城収容所で5000人を大虐殺」」02.12.13 / 「元警備兵が語る「第22号政治犯収容所」」02.12.06 / 「5カ所に政治犯収容所…20万人あまりを収容」02.12.05。
12月17日 ▼02.12.16夕刊『毎日』に「在日の子への嫌がらせ阻止「サポートリボン」活動−−埼玉・斎藤紀代美さんが考案」、【北朝鮮が拉致事件を認めた日朝首脳会談以来、嫌がらせを受けている在日朝鮮人の子供たちを守る気持ちを示す「サポートリボン」をつける活動が始まった。子供の人権を守る運動を続けている、さいたま市の心理カウンセラー、斎藤紀代美さん(58)が考案。東京、大阪をはじめ、暴行未遂や強迫電話などの被害の出ている全国各地へ既に1300個以上を配布した。斎藤さんは「拉致事件は非人道的な行為で、核施設の再稼働も許されない。しかし、在日朝鮮人に嫌がらせをするのは、問題のはき違えだ」と訴えている。【野口美恵、田中義宏】〔…〕】。▼帝国データバンクのサイト(倒産情報&集計)に「全国企業倒産集計2002年11月報」。【倒産1433件、4カ月連続の前年同月比減少/負債5756億7900万円、今年最低を記録】との詳報のうえ「今後の問題点」として【〔…〕ハードランディングであろうが、ソフトランディングであろうが、これまでの場当たり的な延命策で支えられてきた中小零細企業にとっては淘汰の荒波が直前に迫っていることに変わりはないのである。実際、金融再生プログラムが打ち出されてからというもの、銀行の中小企業への強烈な貸し剥がしの実態が頻繁に聞こえてくる。/2002年11月の企業倒産は1433件と前月を16.0%、前年同月を22.6%下回り、4ヵ月連続の前年同月比減少。負債総額も5756億7900万円と前月比70.1%、前年同月比69.4%の大幅減少となった。企業の財務内容と資金繰りは悪化の一途を辿っているにもかかわらず、倒産は一時的に小康状態をみせている。これこそ、「仕事を取ったが、繋ぎ資金が借りられないので仕事を返した」、「売り上げが落ちるのは仕方ない、焦げ付く方が大変だ」などと言われるような極度の信用収縮による企業間取引の停滞を如実に物語るものであり、金融機関も自己資本の枯渇と不良債権処理策の見通し難によって身動きが取れなくなった結果、倒産が凍結・抑制されているとみられる。しかし、水面下では、「隠れ倒産」と言われる廃業が増えている一方、倒産予備軍は確実に膨張し続け、倒産急増を告げる材料が次々と積み上がり、その臨界点が目前に迫っていることも間違いない。2002年の倒産件数は、1万9500件程度に達し戦後2番目の水準になると予想されるが、年末そして年度末に向けて、いつまでも先送りが続くという保証はなく、倒産ラッシュの口火がいつ、どのような形で切られるかが、大きな焦点といえる。】と指摘している。
12月16日 ▼きょう「サヨナラ四党合意 われわれは進む ! 12/16JR総行動と全国連鎖中央集会に参加しよう」〔がんばれ国労闘争団のサイト〕。<裁判傍聴とJR総行動>10:30裁判傍聴(東京地裁大法廷・地下鉄「霞ヶ関」「桜田門」)、13:30JR東日本本社行動(新宿南口)、<サヨナラ四党合意 われわれは進む ! 全国連鎖中央集会>18:30社会文化会館(地下鉄「永田町」「国会議事堂前」)第一部 映像プラス全国連鎖集会の報告/第二部 勝利に向けて私たちはかく闘う/第二部 勝利に向けて私たちはかく闘う/→お問い合わせ 国鉄闘争共闘会議TEL03-5730-6625 FAX03-5730-6626。▼02.12.16『琉球新報』に「[沖縄行定期便]二つの地位協定」、【日米と韓米の地位協定を比べると、犯罪米兵の身柄引き渡しについて、韓国は依然不利な条項が残る。/日本の場合、条文上は「起訴時」、運用改善によって凶悪犯罪は「起訴前」に引き渡される。韓国では、昨年4月の改定で、殺人など12の凶悪犯罪で「起訴時」の引き渡しが可能になったが、それ以外は依然として「刑確定後」である。/例えば昨年7月に起きた烏山(オサン)市の交通事故がある。米陸軍の三等軍曹(27)が赤信号を無視して交差点に入り、61歳の韓国人女性をはね、意識不明の重体にさせた。身柄はいまだ米軍が拘禁している。/韓国最高裁は今月11日、禁固8カ月を言い渡し、刑が確定。米軍は近く身柄を引き渡す。事故から1年5カ月を経てである。/米国は「昨年改定されたばかりの韓国でもこうだ。米兵の引き渡しに関して、日米地位協定は駐留受け入れ国の立場を最も考慮している」と主張する。/しかし、問題は比較論ではない。受け入れ国に第一次裁判権がある容疑者・被告を米軍が拘禁し続けるのは不合理だ。日韓が連携して、不公正を正していかないと米国は動きそうにない。/(ワシントン本紙駐在・森暢平)】。
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