読書録 2002年10月前半(敬称略)

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  • 10月15日 「世界の書籍展〜ゆたかなる精神の旅〜」、10月24日(木)−30日(水)、銀座松坂屋 7階催場、入場無料(ウェブページのジオラマは一部工事中)。▼レジス・ドブレ、藤田真利子訳『娘と話す 国家のしくみってなに?』2002年7月、現代企画室。民主主義と共和制の歴史、および法を説き、さらに【「合法的なことが必ずしも正当だとはかぎらない。法律の上には憲法があるし、規則を超えたところには、人道がある。〔…〕市民はすべてを自分の良心にもとづいて判断するんだ。これが「市民的不服従」と言われるものだよ」】と述べるドブレに娘がさらにきく、【――〔…〕通りとか地下鉄に失業者や、浮浪者や、物乞いや、麻薬中毒者なんかがいるのを見るとね、共和国ってそれほど有効な制度じゃないんじゃないかって気がするんだけど。/「そんなことはないよ。国家は人びとを幸せにするためにあるんじゃない。みんなが互いに愛し合うようになるためにあるのでもない。それはただ、わたしたちの不一致をできるだけうまく、というより、できるだけ害が少なくなるように、調整できるようにするための協定なんだ。この体制には限界があるし、影の部分も、ブラックホールもある。それはほかの体制と同じだ。そもそも共和国というのは、全員一致が好きじゃない。共和国に不満を持ってもらうほうが好きなんだ。ある意味で、不満を持つのが義務だとさえ言える。その不完全さこそがもっとも貴重なものなんだ。善のかたまりのように見える体制には用心したほうがいい。そんな体制では、反対する人間はすべて病人か犯罪者で、閉じ込めるか排除しなくてはならなくなるんだからね」/――そうかもね。でもそれじゃ、パパは最初からどこにもないユートピアの話をしてたんじゃないの。〔…〕】。

  • 10月14日 豊島正之「キリシタン文献の漢字整理について」〔『國語と國文學』第948号 2002年11月 東京大学国語国文学会 所収〕。【〔…〕主として漢字表記の規範を同一の金属活字を用いて印刷された後期キリシタン版の表記から推測し、そこに語による規範と版面調整による規範の二つが働いている事を示して、この後期キリシタン版の採った漢字整理が活字印刷の基礎作業となる事を示唆し、キリシタン版「古活字版」先蹤説の検討に資する事を期する】という豊島は、定訓と表記の検討から【〔…〕キリシタン文献に見える漢字の制限的使用の規範は、漢字整理(漢字と形態素との結び付きを単純化すること)ではあっても、漢字制限(漢字集合の要素数を少なくすること)ではない。】と指摘、また【後期国字本キリシタン版の活字は、縦の丈(寸法)が字ごとに異なるため proportional な組版が要求され、且つ下端を揃えるので、字間調整は均等丈の活字を並べるよりも遥に手間が掛るが、寸法の異なる異体字は版面調整に活用出来る。こうした版面調整のためには、頻用される漢字で且つ寸法が十分に異なる異体字が必要であるが、御(頻度第一位)、事(第二位)、給(第三位)、也(第四位)、者(第六位)、奉(第八位)、等は正にこれを満たし、いずれも丈の異なる異体字(一部は連綿合字)が用意されている。〔…〕/こうした変字法や版面調整は、写本の再現を目指す処から出発した組版では必然のものである。写本では、後期キリシタン版の草体活字より遥に自由に文字相互の連綿が行われるが、キリシタン版は字間調整によって文字間の間隙をなるべく小さくして緊密に付けて組む事でこの印象を与えようとした。異体字活字は、こうした「写本であるかの様な版面」維持のために必須の存在だったのである。】と異体字と別字の概念が区別されていたとして【制限的な漢字整理を行う事によって「別字」の概念を確立し、その上で頻用字には意図的な「異体字」のレパートリも準備して組版の効果に備えるというキリシタン文献の国字本印刷への姿勢には、集合としての漢字の要素数を抑えたり、活用可能性の多寡によって作字を忌避する様な兆しはどこにも見えない事が確認出来よう。】と指摘し、【(1)後期キリシタン文献の文字集合は、「語は、その語を定訓に持つ字で表記する」という「定訓」と「固定表記」を対応させた漢字整理を経たものである。/(2)キリシタン文献では、字体の抽象度に少なくとも次のレベルが区別されていたと推測出来る。/(a)活字化に至るまでに統合された字体差/漢字整理の対象となり、キリシタン文献では包摂されて区別されない。/(b)異体字(版面調整用異体字)/漢字整理の対象となるが、版面調整用に利用される可能性があるため、必ずしも全てが統合される訳ではない。/(c)別字/版面調整用に残された異体字を除き、別字として弁別される。(3)落葉集は、「異体字」と「別字」とを明確に区別する。/(4)(版面調整用)異体字は、実際に「ぎやどぺかどる」等の版面調整に活用される。/(5)字体抽象による漢字整理は漢字集合の大きさ(要素数)とは直交している、。即ち、キリシタン文献の「漢字整理」は「漢字制限」ではない。金属活字が利用出来る時代の後期版キリシタン版国字本は、特殊な漢字であっても別字であれば文字集合への文字追加を厭う事が無い。】と結論づけている。全文必読!

  • 10月13日 ▼新刊! 野村保惠『校正ハンドブック 新版』2002年10月、ダヴィッド社、ISBN4-8048-0218-5、本体1600円。▼苧阪満里子『脳のメモ帳 ワーキングメモリ』2002年7月、新曜社。【ワーキングメモリは,私たちがなにかを考え行動しているときに,つねにはたらいている現在進行形の記憶である。〔…〕ワーキングメモリを情報の処理と保持の並列処理の視点からとらえ,ときに言語の情報処理過程におけるワーキングメモリのはたらきを中心に話をすすめたい】という苧阪は、【会話だけでなく,人間の高次な認知活動の中核をなす言語活動には,ワーキングングメモリが大きな役割を果たしている。】として日本語のリーディングスパンテストを作成、「記憶」や「注意」から「こころ」へ探究を進める。【ではなぜ容量制限は必要なのだろうか。/人間は他の動物に比べて,脳全体にしめる前頭領域の割合が大きい。前頭領域の拡大は人間を進化させた。しかし,容量制限という副産物を生じたのである。これは,できるだけより高次な思考を発達させるためであったに違いない。行動を選択するにも,いくつかの選択肢をもってより有効な行動の選択ができるように進化してきたと考えられる。/注意にも容量制限がある。〔…〕碁をよく知っている人たちに,碁盤の上におかれた碁石を記憶させた。そのとき碁の対局場面であると教えた場合と,五目並べの場面であると教えた場合では,彼らがあとで再生した碁石が変化したのである。仮に容量制限がなければ,とりあえずすべての碁石の配置を記憶しようとしたかもしれない。これは,多くの時間と注意力を浪費することになる。彼らをくたくたにしたであろう。容量が制限されるため,彼らは場合に応じて的確に場面を把握して,より効率のよい見方をしたのである。/このように容量制限は情報処理に制限を加えるのではなく,その内容をより高次なものへと導くものである。それだけに,選択の内容が問われるのである。】。

  • 10月12日 ▼EMSJ電子かわら版のサイト(告知板)に「「コリア・在日・日本」連続セミナー2002〜2003の案内」、主催:在日本韓国YMCA、協力:在日韓国人問題研究所(RAIK)、場所および問い合わせ:在日本韓国YMCA(東京都千代田区猿楽町2-5-5、03-3233-0611/03-3233-0633(F))。第1期:「在日コリアンの多様性と可能性」2002年11月2日〜2003年4月11日(全14回+特別講座)各回1000円。/11月2日(土)午後2時〜5時、1.TVドキュメント「在日家族」(監督:井ノ川泉)上映、2.パネルディスカッション「在日コリアンの多様性と可能性」鄭暎恵/洪貴義/金弘明/佐藤信行、3.リレートーク/11月8日(金)7時〜9時、関東大震災下の朝鮮人虐殺とその記憶化から「日本人と在日朝鮮人にある心の壁―関東大震災時に虐殺された朝鮮人の追悼碑文から見る―」山田昭次(歴史研究者)著書『金子文子』(影書房)ほか……。▼〔再掲〕「日仏会館シンポジウム「グローバル化の中のフランス政治思想」」、【12日(土)午後1時―6時「共和国・多文化主義・リベラリズム」(日本語)/司会:三浦信孝(中央大学)/報告:北川忠明(山形大学),小野潮(中央大学),井上たか子(獨協大学),堀茂樹(慶應義塾大学)/総合討論:報告者全員/13日(日)午後1時―6時「グローバリズム・正義・民主主義」(日本語)/司会:増田一夫(東京大学)/報告:櫻本陽一(和光大学),三浦信孝(中央大学),松葉祥一(神戸市看護大学),西谷修(東京外国語大学)/総合討論:報告者全員/問い合わせ:財団法人日仏会館/TEL. 03-5424-1141】。

  • 10月11日 〔再掲〕「日仏会館シンポジウム「グローバル化の中のフランス政治思想」」、【10月11日(金)午後6時―8時30分「グローバリゼーションとマルクスの遺産」(フランス語・同時通訳付)/司会:増田一夫(東京大学)/講演:ダニエル・ベンサイド(パリ第8大学),エチエンヌ・バリバール(パリ第10大学)/討論:D. ベンサイド× E. バリバール(進行:増田一夫)/12日(土)午後1時―6時「共和国・多文化主義・リベラリズム」(日本語)/司会:三浦信孝(中央大学)/報告:北川忠明(山形大学),小野潮(中央大学),井上たか子(獨協大学),堀茂樹(慶應義塾大学)/総合討論:報告者全員/13日(日)午後1時―6時「グローバリズム・正義・民主主義」(日本語)/司会:増田一夫(東京大学)/報告:櫻本陽一(和光大学),三浦信孝(中央大学),松葉祥一(神戸市看護大学),西谷修(東京外国語大学)/総合討論:報告者全員/問い合わせ:財団法人日仏会館/TEL. 03-5424-1141】。

  • 10月10日 ▼国労闘争団の闘い、9月26日の鉄建公団訴訟第1回裁判を受けて全国連鎖集会をスタート。→「10.8現在確定している開催計画」。▼渡辺京二『北一輝』1978年、朝日新聞社。【〔…〕彼が、日本ファシズムの教典といわれる『改造法案』の著者であり、事実そのようなものとしてその後の擬ファシズム運動に広汎な影響を与えながら、一度もその主流たりえず、異端的な地位にとどまらざるをえなかったのは、〔…〕やはり彼の教典の理論的性質に問題があった。いわゆる天皇制ファシズムの立場からみても、一般に北の教説には、ふたつの許容できぬ要素があった。/ひとつは、その徹底した大資本廃絶の指向で、〔……〕/ひとつは、その天皇観である。〔……〕/北が日本ファシズムの指導者となりえなかったのは、大資本と天皇制を止揚する断乎たる意志が、その教説に秘められていたからである。ふつう、こういう北のファシズム綱領の革命性は、彼がかつて社会主義者であったことのなごりと考えられている。だが、北がこの綱領によって、社会主義者からファシストへ転落したと考えるのは、社会主義者についてもファシズムについても、つきつめた考察を欠くところから生ずる短見である。いうならば北は、はじめからファシズムへと展開する本質を秘めた「共同社会」主義者なのである。ファシズムとは、その本質においては、国家という共同体に幻想的に退行する社会主義である。スターリニズムが党と国家を物神化するときファシズムに近似するのは、そのためである。北の思想は、ドイツやイタリーで政治体制となったファシズムとは、擬似的に近接しているにすぎないが、思想本質においては、ファシズムの原義を示すものといっていい。私が北を擬ファシストと規定するのは、政治的に現象する典型的ファシズムとの距離をはかってのことであるが、思想本質としてみれば、彼の思想は、もっとも純粋な革命的ファシズムの形姿を示すものかも知れない。そしてそれは北にとって、まさに純正な社会主義でもあった。擬ファシスト的教祖としての北の晩年、あまりに早く訪れた晩年をたどろうとするわれわれは、ファシズム悪玉史観ではなく、せめてこの程度の遠近法で問題を扱う必要がある。】。

  • 10月9日 ▼国立情報学研究所、図書検索サイト「Webcat Plus」のサービスを開始(10.07付「報道資料」PDF, 15KB)。連想検索を試してみたが、こりゃすごい! ▼田中惣五郎『北一輝 日本的ファシストの象徴』1959年、未来社。【天皇制絶対主義の後期的機構の中でのファシズムは、いかなる進展をこころみるものであろうか。さらには、いかなる環境と身分と立場の人々がファシストになりやすいか。とくにいかなる思想の持主がファシズムに傾斜するか】を究明した田中は「日本改造法案」を検討して【北の革命論は中間層的なそれである】として【〔…〕大資本と大地主を抑制し、労働者農民をいささか高め、その間の中小資本、中小地主を個人の自由享楽の名で存在をゆるし、そのすべてを国家の名によって身うごきのできぬものとする革命である。〔…〕とはいえ、曲がりなりにも社会主義者を以って任じ、世間もそれと見、支那革命のコースにその片鱗をしめそうとした北としては、郷愁としての社会主義はどこかに潜在する。そこに北の悩みもある。しかも五四運動による北的革命の失敗があり、ロシア革命があり、米騒動による日本の動乱がある。その行きづまりの中で法華経への逃避がはじまったのである。かつての北は、神類を欣求した。そして、類神人を「かけはし」とせんとする欣求があった。今や、宗教という絶対のものと直面して、かつては科学的な対象であった日本国家に、宗教的なヴェールをかけて、「深遠」なるものとしてしまった。だからこそ「幸徳事件」からのがれ得たみずからを「神蔭しの如く置かれたる冥々の加護」などと今更の如く考えるのであろう。だからこそ、「真実の革命の本義と革命運動とは決して書冊や歴史では解することの出来ない境地である」ことを悟らされたりするのであろう。/そして、労資の対決闘争の中で没落する中間層のためにまず労資ふたつながらを「革命」する形で出発しつつ、やがて独占金融資本と妥協し、吸収され、その過程において国内的混乱を侵略戦争にふりかえ、その間国家と民族を最高の神としてふりまわし、奉仕し服従することによって独占金融資本の危機をきりぬけさせる結果となるような「改造」につきすすんだのである。それは一般的にファシズムと名づけられるものであり、〔…〕このファシズム思想を一個の「法案」としてまとめあげたものは、国際的に見て、日本の北一輝がその最初の人であったといえる。その意味ではかれも国際的先駆者といえるかもしれない。】と書いている。

  • 10月8日 「asahi.com」10.07付に「オウム真理教への観察処分、3年延長へ 公安調査庁」。関連して「asahi.com 京都」02.10.05付「企画特集[心の風景] オウムはなぜ、テロを生んだか」。【宗教学者の島田裕巳さん(47)が「オウム なぜ宗教はテロリズムを生んだのか」を出版した。オウム真理教(アレフに改称)をめぐる一連の事件の背景とは何だったのか。島田さんは「オウムは宗教ではない」とする既成教団の見解を批判し、宗教と社会とのかかわりの意味を説く。18日に花園大学(中京区)で開かれる島田さんの講演を前に、出版の狙いなどを聴いた。(太田康夫)】とするインタビューで「いまの教団「アレフ」についてどう思うか」との問いに対して島田裕巳は【事件について総括すべきだ。道場を開設しようとすると各地で反対運動が起きているが、自ら検証することなしに、社会的信用が得られるわけがない。】、「京都には仏教系宗派の本山などが多数ある。これら既成教団のあり方はどうあるべきでしょうか。」との問いには【事件後、様々な宗教団体が「オウムは宗教ではない」と見解を示した。だが、宗教とは本質的に、常識や一般的価値観を超える自己放棄的な生き方を要求し、その教えを受け入れない人間を抹殺することを正当化する側面を持つ。そうした認識を前提にしたうえで、オウム事件とは何だったのか、今後繰り返さないためにはどうしたらいいのかを、同じ宗教団体として問うべきだ。自らの問題ととらえ、考えるべきだ。】、「社会にむなしさを感じ、現世からの離脱を求める人に、よりどころとなるものは」との問いには【家族など身近な人とのかかわりが大切な要素になる。出家信徒には、簡単に現世を捨てた人が少なくなかった。家族らとの深い関係があれば、かかわりを断ち切ることは難しかったはず。むなしさの背景には、希薄な人間関係の中での孤立感があったと思う。】と答えている。

  • 10月7日 ▼米英がアフガニスタン攻撃を開始(01.10.07)して1年経った今、国際的な反戦運動の波〔09.28-10.06〕。「イラク問題:攻撃反対の若者が東京で「ピース・ウォーク」」10.06毎日 / 「26日に大反戦デモ ドイツ平和団体よびかけ/米英との反戦連帯を」10.01しんぶん赤旗 / 「ワシントンで2500人が反戦デモ 副大統領邸向け行進」09.30朝日 / 「英、イラク攻撃反対訴え数万人がデモ」09.29 MBS / 「イラク問題:英で15万人が反戦デモ イラク攻撃に反対」09.29毎日 / 「英、イラク攻撃反対訴え数万人がデモ」09.29 TBS / 「英で15万人が反戦デモ/イラク攻撃に反対」09.29四国新聞 / 「ロンドンで反戦デモ 15万人が参加」09.29人民網日文版 / 「ロンドンで大規模なイラク戦争反対デモ」09.29レイバーネット / 「英国で大規模な反戦デモ、数十万人が参加」09.28ロイター通信。▼「URC Official Web Site」「リンク集」(02.10.03) 【URCアーティストサイト】なぎら健壱「下町キッズ」 遠藤賢司秘宝館 1310 Guitar Workshop 中川イサト Official HP 大塚まさじHP 六文銭通信 バードソングのHP(斉藤哲夫所属レーベルHP) 斉藤哲夫 Unofficial Site 【フォーク音楽情報サイト】「日本のフォークソング」 1970年全日本フォークジャンボリー写真集。このサイトには他に、なぎら健壱「フォーク・エッセイ」や黒沢進「URC History」などの連載も。

  • 10月6日 「アフガン空爆:民間人死者は3000人超 米大学準教授の調査」10.06毎日、【アフガニスタン空爆による民間人死者が3000人を超えるという調査結果を、米ニューハンプシャー大のマーク・ヘロルド準教授(59)=経済学=がまとめた。情報源と数字のばらつきを明記し、個人サイトで公表、既に欧州メディアでは報道されている。空爆開始から8日(アフガン時間7日)で1年。空爆は現在も続いている。/世界のメディア報道や国連機関、個人ジャーナリスト、アフガン内で活動する非政府組織(NGO)などの情報から、空爆地ごとに死者数を拾い出した。同一日時、場所で複数の情報が異なる場合は、最少人数と最多人数を併記して集計した。/それによると、空爆は01年で約460カ所、02年に入っても約80カ所であり、死者は10月3日現在で最大に見積もって3610人、最小でも3124人に上る。地域は西部以外に散らばる。〔…〕】。▼『東京新聞』02.09.30付“東京解剖図鑑”に「植字工の誇り 活版印刷半世紀」。【今も活版専門の印刷会社があると聞いて、驚いた。インキのにおいが立ちそうな懐かしい印刷物はもう周りを見渡してもないからだ。豊島区内の印刷業組合加盟社は118社、そのうち“ページもの”を手掛ける活版印刷(活字組版を用いた凸版印刷)所は2社。電算写植が淘汰(とうた)したのだ。「豊文社印刷所」=豊島区雑司が谷3ノ6ノ8、電03(3987)2578=の植字工、長嶋和夫さん(69)=写真=に話を聞いた。/「(活版の)余白と字の雰囲気が好きでね。この味わいが好きだと言ってくださる方もまだあるんですよ」/文選工が何千、何万もある活字の鉛柱の中から、文字を拾い出し、植字工が原稿と突き合わせ組む。「読みやすい文字数と組みが頭に入ってる」からこそできる熟練の技能。能、短歌、宗教各誌のほか、大学の紀要が主な仕事だ。/東京都出身。小学校卒業後工業学校印刷科へ進んだが、中退。京橋、深川、神田、飯田橋と、都内の印刷所を渡り歩き腕を磨いた。植字工として半世紀以上のキャリア。/会社と自分の体が続くうちはやりたいが、「今でも自分が何に向いているのかわからない」と言う。筆者が僕も同じですよと返すと、長嶋さんは「そうかい。おれだけかと思ったよ」と静かに笑った。/(文と写真、今村守之)】。

  • 10月5日 寺尾五郎『「自然」概念の形成史 中国・日本・ヨーロッパ』2002年8月、農山漁村文化協会。【〔…〕「自然を守る」とは、そもそも人間の行為であり、人間の自然改造力による。人間の自然改造力が、自然を破壊するばあいと、自然を守るばあいとがあるのである。〔…〕農業は、人類の最初の自然破壊行為であったなどと得々として語る馬鹿げた文明批評家なるものが横行している。人間の生存の基本である生産活動は、常に自然の改造行為であり、それは自然の破壊と完成の二つの矛盾した側面を本来的にもつものである。】【自然とは、人為によらず存在している宇宙間の無機物体(日月諸星と地球)と、地球上の有機生命(動植物と人間)と無機物(気圏・水圏・土圏)との総体をいう。言い換えれば、人口の文物を除いた全存在のことである。】として「自然」の語の乱用を批判する寺尾は【自然を守るのに「権利」概念などは不要である。法概念でしかものごとを主張できないというのは、その者の内面と思考力の貧困を物語る。〔…〕「自然の権利」論者においては、「自然権」natural right と、「自然の権利」the right of nature とが混同されている。「おのずから天与・天賦のものとしてある人間の権利」と、「自然界の自然物・生命体がもつ権利」(そんなものは実在し得ない)とが、言葉の上で混同されている。つまり、「おのずからの自然」と「自然界の自然」とが混同されている】と指摘し、「自然」概念の正確な把握が必要と主張。そして「自然」概念の日・中・欧での形成史を検討し【『百科全書』が刊行された一七五一〜七五年を、ヨーロッパにおける「自然」概念の確立の指標としよう。それはまさにフランス革命(一七八九〜九四年)の前夜であった。と同時に、一七六〇〜一八三〇年間とされる産業革命にも直結する。/「自然」概念が確立された同じ時期に、人間による「自然の征服」が開始され、資本による自然の開発(exploitation ―この言葉は「搾取」をも意味する)がはじまった。というよりは、自然を脅威・畏伏の対象とせず、利用・開発できる対象と見ることによって、「自然」概念が確立したと言ってもよい。/デカルトからディドロに至るヨーロッパの自然観の成熟過程は、人間が自然を客観的に認識し、これを開発し、そこから富を引き出す活動の展開過程でもあった。実質的には資本が「自然」を発見したと言ってもよい。/まったく同じ時期に、日本では封建農民・安藤昌益が「自然」概念を創出した。それはヨーロッパの思考過程とは異なる回路を通って実現した。それは自然の内部で、自然の一員である人間が、自然の働きに参入し、「直耕」(労働)し、自然を理解し、自然を増幅する回路である。実質的には労働が「自然」を発見したといってもよい。/この対照的な二つの過程は、同じ本質が異なった性格を帯びてあらわれたものといえよう。】と書いている。

  • 10月4日 「第5回アジアMANGAサミット日本大会 in YOKOHAMA」、2002年10月12日(土)〜2002年10月14日(月/祝)、会場:パシフィコ横浜、横浜そごう、他。【アジアの漫画家や原作者たちが交流を楽しみながら、お互いの表現である漫画文化の普及と発展を望み、アジア全体で新たなる可能性を探っていく場が、「アジアMANGAサミット」です。/1996年福島県いわき市で第一回大会が開催されて以来、第二回ソウル大会('97)、第三回台湾台北大会('99)、第四回香港大会('00)とその地域運営によって回を重ね、香港大会では約10万人が来場するなど徐々にその規模を拡大してきました。/そこで、アジア各地域の実行委員会から、再度、漫画大国日本での開催要請があり、まずは2001年11月に各地域の代表が集まり、各大会をサポートする組織委員会を発足させるところから始めました。(これを“アジアMANGAサミット組織委員会”と呼びます)/こうしてオリンピックのIOCのようなこの組織委員会のサポートもあって、日本の漫画家主要団体(社団法人 日本漫画家協会、漫画集団、マンガジャパン)で検討した結果、その趣旨を理解し2002年10月に日本で開催する決定が為されました。】。▼〔再掲〕ばるぼら「教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史ヽ(´ー`)人(´ー`)ノ」02.09.30初版公開。日本最初のホームページ(1992.09.30)からちょうど10年間の詳細な、もうひとつの文化史! 労作! 関連:「反応リンク集−117サイト」(でめいあ)。

  • 10月3日 ▼資料公開! 『増補改訂JIS漢字字典』のヒラギノと Mac OS X v.10.2 搭載のヒラギノとの字形差一覧〔PDF: 86KB〕。▼〔再掲〕10月1日、字游工房が游明朝体Rと游築初号ゴシックかなの販売を開始。鳥海修 直販開始にともなうごあいさつ「自分たちが作った書体を自分たちの手で売りたい」(2002年09月吉日付)。▼〔再掲〕「Adobe-Japan1-5 Character Collection for CID-Keyed Fonts」(02.09.20付 Technical Note #5146)〔PDF: 2.4MB / 52 pages〕。▼ばるぼら「教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史ヽ(´ー`)人(´ー`)ノ」02.09.30初版公開。日本最初のホームページ(1992.09.30)からちょうど10年間の詳細な、もうひとつの文化史! 労作! ▼『石原慎太郎の値打ち。』〔別冊宝島Real 040号〕、2002年11月、宝島社。第一章宣戦布告!、第二章疑惑の季節、第三章政界アウトローという生き方、第四章石原待望論なる幻影。▼『琉球新報』に長期連載中の「沖縄・名作の舞台」が02.10.02付「演劇「人類館」(知念正真)」で50回に。「「水滴」目取真俊」「寺島尚彦作曲「さとうきび畑」」など。

  • 10月2日 ▼10月1日、字游工房が游明朝体Rと游築初号ゴシックかなの販売を開始した。同社代表取締役社長・鳥海修による直販開始にともなうごあいさつ「自分たちが作った書体を自分たちの手で売りたい」(2002年09月吉日付)には【〔…〕自分たちが作った書体を自分たちの手で売りたい。これが字游工房設立以来持ち続けた夢の一つでした。ただでさえあまり売れない商品である書体を,この不景気の時代に直販して生計を立てていこうというのは,ある種無鉄砲であるかもしれません。しかしながら一方で今の時代を代表するような本文用書体を作り,多くの人に使っていただきたいとの夢もあります。今までの書体の多くは作り手主導でユーザー不在の環境下で作られました。書体に関心のある人たちは「良い本文書体が少ない」と嘆き,この方法による書体作りは既に行き詰まっていることを知っています。/私たちは直販システムによってユーザーと密接に結びつきながら,できうる限りユーザーの要望を取り入れ,一緒に書体を考え,作り,育てていきたいと念じます。私たちはこの方法でしかユーザーの皆さんに数十年に渡って使い続けられる本文用書体は作れないと信じます。こうして作られた書体こそが結果として現代を代表する書体ということになるのではないでしょうか。/見出し書体に於いても同様で,ユーザーの意見を聞きながら,本文用書体との調和も考慮して,長期的な計画のもとに刺激的な書体を発表していきたいと考えます。見出し書体は本文用書体に比べて旬が求められます。そこで文字セットを見直し,高品質を保ちつつ開発速度を早めたいと考えています。〔…〕】との所信が述べられ、「販売情報」として直販にあたって採られたライセンス方式の説明と購入の手順が、「FAQ」として字種や開発計画、外字対応などの質問に対する懇切な答えが、それぞれの書体についてなされている。▼Adobe Solutions Network: Developer Programのページに「Adobe-Japan1-5 Character Collection for CID-Keyed Fonts」(02.09.20付 Technical Note #5146)が載っている〔PDF: 2.4MB / 52 pages〕。

  • 10月1日 岡崎英生『劇画狂時代 『ヤングコミック』の神話』2002年9月、飛鳥新社。【批評眼も鋭かった】浅川マキの言葉を引いて【〔…〕彼女が「あれは今でも覚えてる」と、いささか興奮したように語るのは、ヤングコミックの七一年九月二二日号に載った安部愼一の「猫」という作品だ。〔…〕「猫」はわずか四ページの小品で、男と女が旅館で向かい合っているシーンから始まる。二人とも無言。コマが変り、安部愼一特有のちょっと荒いタッチの絵が少しずつ展開していくが、二人は依然として何もいわない。ただ向かい合っている。/その間に、その部屋にいる猫がいろんな動作をする。毛づくろいをしたり、丸まったり、何か深い事情があって黙りこんでいるらしい男女とはまったく関係なく、いかにも猫的な動作を繰り返している。その猫の絵が二人の沈黙の光景の中途にときどき挿入される。/が、やがて、このたった四ページの作品のクライマックスが訪れる。男がまっすぐに片手を伸ばして、女の乳房をつかむのだ。言葉はない。洋服の上から乳房をつかまれた女は恨むような目で男を見つめる。こちらもやはり言葉はない。男は乳房をつかみ、女は乳房をつかまれて、どちらも黙っている。ただじっと黙っている。/それで四ページが終わる。〔…〕】と書き、山松ゆうきちの作品のおかしさを【〔…〕山松劇画では、雨は必ずこのように「ざかざん ざかざん」と音をたてて降る。そして雨粒は必ず地面に「ぱち ぱち ぱち」とこれ見よがしの音をたててはじめる。山松劇画ではこの場面がものすごくおかしい。〔……〕七〇年には日米安保条約が改定されることになり、それに反対する左翼団体や労働団体、全共闘の学生たちが抗議運動を行った。が、結局は六〇年安保のときのような激しい運動にはならなかった。それでも七〇年代初頭はまだ六〇年代の余韻が残っていて、そのぶんだけ重苦しくもあればシリアスでもあり、やがて訪れるような軽さと明るさだけに価値を見出すような時代ではなかった。それだけに、山松劇画の「ざかざん ざかざん」「ぱち ぱち ぱち」とまるで情念のしぶきを散らすかのようにエネルギッシュに降る雨にも、この時代ならではの確かなリアリティがあったのだ。】と書いている。