5月31日 ▼「状況20〜21」に太田昌国「国境を越えてあふれでる膨大な人びとの群れ/「イスラエルの中国人の死」「瀋陽総領事館事件」を読む」(02.05.30、「派兵チェック」116号(02.05.15発行)掲載)。▼「WEBページにメタデータをつけるSemantic Web」(02.05.30 JAGAT)。関連(承前):「データベースとSemantic Web」(05.27 JAGAT)。▼エキサイトがこのほど「エキサイトオフィス翻訳 登録キャンペーン」を開始。【2002年6月末まで無料でご利用いただけます!※2002年5月30日〜6月30日までにお申し込みされた方が対象です。/2002年7月以降12月末まで特別価格 にてご利用いただけます。※2002年12月末までにお申し込みされた方が対象です。】として、【〜6月末まで/7月〜12月末まで/通常価格】それぞれ「日⇔英翻訳」が【無料/350円/月/500 円/月】、「日⇔韓翻訳」が【無料/550円/月/700 円/月】。なお、翻訳エンジンはAMIKAIのもの。
5月30日 人権・報道・インターネットのページ(情況に対して発言する)に、山下幸夫「弁護士の守秘義務が脅かされる−ゲート・キーパー問題について考える」(02.05.29)。【弁護士は、依頼者との間の相談や依頼内容について守秘義務を負っている(弁護士法23条)。これは、弁護士の特権を規定したものではなく、依頼者のプライバシーを守ろうとするために義務を課したものである。〔……〕/ところが、現在、この守秘義務を制限しようとする動きが急である。それは、マネーロンダリング規制に絡んで、「疑いのある取引」の報告義務を弁護士等の専門職にある者に課そうとする動きである。〔……〕/残念ながら、我が国の法務省は、世界的な潮流に逆らえないとして、FATFで立法化が勧告に盛り込まれれば、組織的犯罪処罰法の改正をして、弁護士等の専門職にある者に対する「疑わしい取引」の報告義務を課すことを検討していると伝えられている。/しかしながら、組織的犯罪処罰法についてこのような改正が実現すれば、弁護士は、国家権力の手先となって、マネーロンダリング規制の一翼を担い、依頼者であっても、犯罪者におそれがないかを常時監視し、疑惑があれば直ちに監督官庁に対して報告しなければ、自らがマネーロンダリング罪で処罰されることになる。/これでは、弁護士が依頼者を被疑者として売り渡すスパイの役割を果たさせられることになり、弁護士と依頼者との間の信頼関係は完全に破壊されることになる。〔……〕この動きは、究極的には、弁護士と市民との分断支配を企図していると考えられる。/そうであるならば、このような報告義務の立法化は絶対に認めることはできない。市民が自らの権利への侵害であることを認識して、この動きに反対していくことが求められている。】。
5月29日 ▼『Quick Japan』vol.42(2002.05、太田出版)に「マンガ家・黒田硫黄ロングインタビュー」、【他人の作品にケチをつけるときは理論ですが自分のマンガは理論じゃないです。そんなこと言ってられなくなるんで。でも、昔は決まりごとを作ってました。「擬音をなるべく使わない」「集中線は使わない」とか、いろいろあったんですが連載を続けるうちに不便だからやめようということになってきて。“創意工夫”と“規則を破る”って表裏一体で、自分で一つずつ決まりごとを破っていくのが一番の快感なんです。そてに、擬音なり集中線なりがどういう時に、なぜ、必要なのかが身をもって分かってきますし。〔……〕彼は他の仕事に就いたんですけど、「自分は仕事にしてまで描きたい主題がないことが分かった」と言って。でも僕は「そんなものなくても描くのがプロなんだ」と思いました。「描きたい事柄を使い果たしたときからプロとしての仕事は始まる」と。〔…〕マンガ家はクリエイターなんかじゃない。クリエイターというのは締切とかがない人じゃないかと。】。▼言語工学研究所でこのほど「シソーラス(類語)検索サイト」の正式運用を開始。【日常的によく使われる言葉を中心に、22万語を収録しており、同義語・広義語・狭義語・関連語・反義語・語末一致といった関係で言葉を網羅的に探せる、日本語のシソーラスです。】。試みにキーワード「句読点」で検索すると、同義語2「句読法、パンクチュエーション」、広義語2「点|しるし、記号|文書」、狭義語5「句点、ピリオド、セミコロン、丸、コロン|印刷」、関連語33「傍点、訓点、読点、終止符、濁点、半濁点、中黒、矢印、長音符、コンマ、コロン、ダッシュ、スラッシュ、ハイフン、疑問符、クエスチョンマーク、引用符、クオーテーション・マーク、クオーテーションマーク、感嘆符、びっくりマーク、エクスクラメーション・マーク、エクスクラメーションマーク、かっこ、かぎ括弧、丸括弧、返り点、チェック、罰点、ペケ、数学記号、音符、点」、反義語0という結果であった。
5月28日 ▼『毎日新聞』02.05.28付に「防衛庁:情報公開請求者のリスト作成、100人以上を身元調査」、【防衛庁が、情報公開法に基づく請求者100人以上の身元を独自に調べてリストにまとめ、幹部らの間で閲覧していることが27日、毎日新聞が入手した内部資料などで分かった。行政が得た情報を基に、法的根拠もなく個人情報リストを作り、利用することは、現行の「行政機関の保有する電算処理に係る個人情報保護法」に違反する疑いがある。今国会で審議中の「行政機関等個人情報保護法案」にも罰則規定がないことが問題になっており、行政が保有する個人情報の扱いをめぐり、論議を呼びそうだ。〔…〕】。『週刊現代』02.06.08号に阪上善秀「自民党議員である私が、なぜメディア規制法案に反対するのか」。『SPA! スパ』02.06.04号に「城山三郎 個人情報保護法案反対で“ボケ”呼ばわりされた文壇重鎮の怪気炎」。▼情報処理学会は5月20日(月)東京・田町で第44回通常総会を開催、「第44回通常総会報告」(02.05.21)および「平成14年度役員名簿」(02.05.27)。▼「ナンバーガール公式電気通信〜狂う目〜」のページは02.05.24更新。ニューアルバム「NUM-HEAVYMETALLIC」については「レコーディング日記」、ほかに太田出版刊『Quick Japan』vol.42(2002.05、特集:向井秀徳の極々〔きわきわ〕な世界。)に関連記事と全曲解説。
5月27日 ▼「データベースとSemantic Web」(05.27 JAGAT)。▼『週刊エコノミスト』02.06.03臨時増刊(2002米国経済白書)に、奥村皓一「エンロン事件とは何であったのか 米国株式資本主義の“中枢腐朽化”を警告」。【二〇世紀末のアメリカン・キャピタリズムの経済成長の下で「もっとも革新的な経営」として、すべてを「商品化し金融化」(commodotoze and monetize)するニューエコノミー企業の代表としてウォール街の絶賛を浴び、米国七位の多国籍エネルギー・コングロマリット企業として「世界を呑み込む勢い」であったエンロン・コーポレーションが、史上最大の倒産(負債総額は四月には一〇〇〇億ドルに増大)に至ったことは、米国型株式資本主義の深部に重大なる問題を投げかけている。〔……〕投資家や取締役会による秘密の“金融トンネル会社”は九〇〇社も設立され、資産を年々縮小するエンロンが、逆に資金動員力を増して事業規模と範囲を拡大させる秘密がここにあった。〔……〕最重要の簿外金融取引、同債務の実態解明なきままエンロン解体は進み、最高経営者とオーナー株主たちには、インサイダー取引の株式売却で巨額マネーを手にし、大衆株主には大損失となった。確定拠出年金401kで自社株へ集中的に投資していたエンロン従業員は年金資産を失い、米国民はこれに心を痛める。〔……〕投資家の八割が、ウォール街の株高はつくられたものと考え、エンロンの株を推奨されて、成長を信じていた投資家が裏切られただけではない。市場主義を支える会計基準にも問題があると見られ始めた。エンロンは会計基準の世界統合を進める国際会計基準(IAS)理事会への拠出者となり発言権を行使していたといわれる。〔……〕「第二、第三のエンロン」が発生する根を断つことは無理で、エンロン問題が「中枢腐朽化」の一表現といわれるゆえんである。一九三〇年代の金融ニューディール以来のグラス・スティーガル法が実質廃止され、銀行・証券(投資)保険の壁が崩されて、巨大金融スーパーマーケットが出現し、アメリカ株式資本主義の新制度が確立したかに見えた時、金融エスタブリッシュメントも直接・間接に手を下したエンロン事件が露見したのである。ウォール街とNYマネーセンター銀行主導で築き上げられた株式資本主義の基礎を自らの手でつき崩しかねない危機が、エンロン後も進行するかもしれない。二〇世紀末への決別はまだ先のことになろう。】。
5月26日 ▼『琉球新報』02.05.01付(連載:沖縄名作の舞台 29)に「戦後世代が描く沖縄戦、森と水を“幻視” 目取真俊「水滴」」。▼AdobeのサイトにAdobe Universal PostScript Windows Driver Installer 1.0.6 - Japanese(02.05.23)、PostScript Printer Driver AdobePS 8.8 - Japanese(Macintosh、02.05.23)。▼WEB噂の真相(マスコミが取り上げた噂の真相02.05.22)に、芳永克彦「森前首相の買春裁判の経過と結末」(売春問題ととりくむ会ニュース)。
5月25日 ▼朝鮮日報02.05.24付(日本語版ニュースサイト)に「【米国代表入国】地には装甲車、空にはヘリ…」。【サッカーのワールドカップ米国代表選手団が仁川(インチョン)国際空港から韓国入りした24日午後から警察は様々な警備のために奔走している。警察は空港と宿所などに8中隊874人を配置し、ヘリと装甲車まで動員するなど、米国選手団をテロから警備するための「対テロ警護作戦」を展開した。〔…〕】。▼澤田善彦「写植フォントのオープン化(3)─フォント千夜一夜物語(4)」(02.05.25 JAGAT)。
5月24日 晶文社のページで新連載、上野昂志「バカヤローと言える日本/第1回 雪印シンドローム」。【いま政界を賑わせている国会議員や秘書の不祥事にしたって、雪印問題と同じような症候の現れといっていいだろう。そういう意味では、雪印問題は、個別の食品会社にとどまることのない雪印シンドロームというべきではないか。】という上野は事件の概要をふりかえり【〔…〕やはりスーパーマーケットの存在が大きいと思う。つまり食品の大量仕入れと大量販売が日常化し、小売店が消滅したことである。それまで肉は肉屋で、魚は魚屋で、野菜は八百屋で、米は米屋で買うのが当たり前だった。その際に、産地はどこかとか、賞味期限はいつかなどという表示はなかった。いずれも買う側と店の主人や女将さんとのやりとりのなかで、今日は近海もののアジのいいのがあるからとか、このキュウリはちょっと古くなっちゃたから安くしておくとか、という話をしながら売ったり買ったりしていたのだ。消費者は、そこでおのずと商品を見極める目を養っていったのである。/だから、小父さん、この鯖どうなの? とか、すき焼きにしたいんだけど、この牛どうなの? といいながら、自分で選んでいたのだ。それに対してお店のほうも、毎日、顔を合わせているお客の信用が大切だから、ひどい誤魔化しなどしなかったし、かりにそういう店があれば、客同士の口コミのなかで淘汰されていったのだ。スーパーマーケットは、そういう関係性を徐々に、やがて決定的に壊したのである。】と指摘し【むろん、だからといって、わたしは諸悪の根元はスーパーマーケットにあり、などといいたいわけではない。それが出てくるのには、それなりの必然性があり、その便利さをわれわれもまた享受してきたからである。その背景には、食品が、工業製品などと同じように大量生産・大量販売するシステムに繰り込まれていった過程があるのだ。そのなかで、魚も肉も、調理しやすい形や量に切り分けられパッケージ化されたのであり、そのように工業製品さながらに均質化されると同時に、商品として差別化するためにブランドがつけられたのである。問題は、消費者が、そのような生産・流通のシステムに慣れるに従って、品質や鮮度を見わける力を失い、売る側が示すラベルに全面的に依存するようになったことにある。確かに、雪印食品に代表されるような業界のあり方は、商売人の風上にもおけない退廃でしかないが、それを許してしまうような非力さが、われわれ消費者の側にもあったのである。だから、このような事態に対して、たんに行政による指導や罰則を強化するというだけでは本当の解決にはならないし、それはもともと無責任な行政組織を肥大化させたり、規制でがんじがらめの不自由な社会を招来するという危険もある。】とむすんでいる。
5月23日 ロジェ=ポル・ドロワ、島田裕巳・田桐正彦訳『虚無の信仰 西欧はなぜ仏教を怖れたか』2002年5月、トランスビュー、巻末に島田裕巳「解説」。【〔…〕オウムはたしかに社会から怖れられた。しかし、だからといって、オウムが標榜した仏教そのものが怖れられたわけではなかった。/ところが、十九世紀のヨーロッパにおいては、仏教そのものが怖れられたのである。〔…〕/その時代、〔…〕具体的な出来事がないまま、仏教は怖れの対象となった。】とヨーロッパへの仏教の受容史をたどるドロワの研究をひきつつ述べる島田は【ではなぜ、仏教は虚無の信仰として怖れられたのであろうか。】という問いに【ヨーロッパの人間の思想のバックボーンであるキリスト教の教義を考えてみた場合、そこでは、救済の主体として「魂」の存在が想定されている。ところが、仏教では、その魂の消滅を説いている。それでは、死が人間にとってあらゆる意味での終わりであることになり、キリスト教の信仰の核にある復活とは相反することになってしまう。復活なき死ほどおそろしいものはない。だからこそ、ヨーロッパのひとびとは、魂の消滅を説く仏教を怖れたのである。/ヨーロッパの社会では、人権、あるいは人間の生命というものに絶対的な価値がおかれている。そうした社会に生きる人間からみれば、「涅槃」、つまりは個人の死に究極的な価値をおく仏教は、人権を無視し、人間の生命を蹂躙する危険な宗教であるということになる。/まさにこの点において、十九世紀、とくに一八二〇年から一八九〇年にかけて、仏教は、虚無の信仰として怖れられた。しかも、仏教についての研究が進み、経典の翻訳がすすめられたその時期に、恐怖はかえって増大していったのである。】とし、サイードについてもその「オリエンタリズム」の偏りを指摘し、さらに9・11にふれて【自爆テロは、それを実践する側からすれば、けっしてテロではない。その行為は、宗教の教えに殉じた「殉教」としてとらえられ、その宗教を信奉するひとびとからは、高い評価を与えられている。〔…〕/〔…〕自らの命を犠牲にすることに最高の価値をおくことは、西欧の人間には、まさに恐るべき信仰としてとらえられるのである。仏教やイスラームが、ともに恐るべき信仰としてとらえられてきたということは、問題は、仏教やイスラームの側にあるのではなく、仏教やイスラームを悪魔的信仰としてとらえてしまう、西欧の側にこそ問題があることを示唆している。】と書いている。関連:島田裕巳「西欧の怖れた異文化」、田桐正彦「もうひとつの水脈」。
5月22日 ▼「新聞業界の競争戦略 朝日vs.産経」02.02.14 JMR生活総合研究所。▼帝国データバンクのページ(TDB Watching)に「第4回:特別保証利用後倒産の実態調査/2001年度の特別保証利用後倒産 5084件発生、前年度比29%増〜今年1月から急増、3か月で1698件発生〜」。【「中小企業金融安定化特別保証制度」(以下、特別保証)の受付が終了して1 年が経過したが、ここにきて特別保証利用後に倒産する企業が急増している。特に今年に入りその傾向が顕著で、1月から連続して500件超えの高水準を記録している。〔……〕2001年度の特別保証利用後の倒産は5084件発生し、前年度を1143件(29.0%増)上回り、負債総額は1兆5538億7100万円と前年度比33.3%の増加。2001年度の倒産全体(2万52件)に占める割合は25.4%に達した。2002年1月は515件で前年同月比81.3%増、2月は569件で同99.6%増、3月は過去最悪の614件で同79.5%増と今年に入ってからの増加が目立っている。98年10月以降の累計も1万1937件、負債総額3兆7481億300万円となり、同期間における倒産件数(6万3328件)の18.8%を占めることが判明した。】。
5月21日 ▼『週刊東洋経済』02.05.25号がTopStory「コンピュータシステムダウンの恐怖」、【〔…〕京都大原子炉研究所の小出裕章助手は「多重化システムの共倒れを起こす『コモンモード・フェイラー』は、どんなシステムにも起こりうる。根絶できる技術はない」と警鐘を鳴らす。】。▼椹木野衣『「爆心地」の芸術』2002年5月、晶文社。9・11について【今回の事件によって突き付けられた問題は、二十一世紀の「これから」というよりも、むしろ、わたしたちが忘れ去っていた「敗戦」という「起源」へと繋がっているように思えて仕方がない。】とする椹木は【われわれは防護服もつけず、日夜「汚染地帯」のなかを平気で闊歩し、それを「平和」と呼んでいるにすぎない。われわれにとっての「いま・ここ」こそが、ほかでもない「爆心地」なのだ。〔……〕なぜ、かくもわれわれは、実際には見たことも経験したこともないにもかかわらず、脳裏のどこかに、「世の終わり」と「廃墟/焼け跡」を刻み込んでいるのだろう?】と問い、【〔…〕一見しては平和きわまりないかにみえるわれわれの「終わりなき日常」にもかかわらず、その起源には、ある「暴力」が存在しているのではあるまいか。〔……〕戦後、われわれが、怪獣、異星人、超能力戦争、使徒といった無気味きわまりないサブカルチャー的想像力のなかで思い描いてきたのは、この「暴力」を抑圧することによって可能となった「平和」が、原理的に抱え込んでいる、生々しい歴史的歪みなのだ。/この「暴力」とは、いうまでもなくアジア太平洋戦争のことである。ひとつには、日本がアジア諸国に対してふるった帝国主義的暴力のことであり、また同時に、アメリカによって打ちふるわれた二度にわたる核攻撃と、東京大空襲という破壊の原イメージのことである。すなわち、サブカルチャー的想像力のなかで飽くことなく繰り返されてきた「この世の終わり」と「廃墟/焼け跡」の反復は、この「暴力」が、「戦後民主主義」の見かけ上の平坦さを変形させても、繰り返し起源へと回帰しようとする、イメージにおける永劫回帰ともいうべきものなのだ。】と書いている。
5月20日 ▼水田ふう「「テロにも戦争にも反対」とはいいたくない」〔『死刑と人権』01.12.27→風33号02.01.15→02.05.12up〕。▼藤原新也『空から恥が降る』2002年5月、文藝春秋〔ウェブ上でのトークをまとめたもの〕。02.01.21付トーク「奴隷船の悪夢」で【アメリカ人の、というよりアメリカ社会の支配層を構成するワスプ(White Anglo-Saxon Protestant)の有色民族に対する基本的な差別意識は建国の当初から何も変わっていないのだなとの思いを強くする。/例の檻の中で正座をさせられているアルカイダ兵捕虜たちの写真を見ての感想である。アルカイダ兵たちはいずれもオレンジ色の囚人服を着させられ、足かせと手かせをはめられて身動き出来ない状態にさせられている。その上に、目や鼻、そして耳までをゴーグルや手術用マスクなどで覆われている。異様な光景である。】と指摘する藤原は【ワスプのそもそもの世界観というのは動物や人間にはヒエラルキーが存在するということである。牛は食っていいが鯨はいけない。豚はいいが犬はいけない。イルカは知能が高い(人間に近い)から保護しなくてはならない。/聖書が人間を神の僕とし、その下に動物を配し、その動物にもヒエラルキーを嫁せているように、彼らは東洋人から見ると実に不可解な論理を振り回しそれをグローバルなスタンダードだと勝手に決めてかかる。それと同じように人間が動物の一種であるかぎり、彼らの中にあるヒエラルキー思考が人間に対しても適用されることは自然の成り行きである。/アメリカ人はそういった自身の中にある宿根にもとずいてアメリカインディアンを大虐殺し、アフリカから大量の黒人奴隷を運び、ビキニ諸島の善良な人々を楽園のような島から追い出して核実験をし、広島長崎に原爆を落とし、ベトナム人の頭上に膨大な量の枯れ葉剤を撒いてきた。世界史の中でここまで有色民族を虐待した国家は他に例を見ない。〔……〕/この有色民族を動物のようにあつかうやりかたは今回のアルカイダ兵の処遇に如実に現れているわけだ。〔……〕/想像力の働く人はあの光景を見て、アメリカ建国当初のアフリカ黒人奴隷船の悪夢を思い出すだろう。/血とは恐ろしいものだ。/ある意味であの写真はアメリカ人が自身の後ろ姿、あるいは根深い自らの血をのぞき込むには格好の精神分析の鏡である。】と書いている。
5月19日 ▼『情況』2002年6月号がポストコロニアルを特集、丸川哲史「ポストコロニアルの問いへの雑感」。【〔…〕今年の二月に本郷で、ポストコロニアルにかかわるシンポジウムを行ないましたが、そこに来ていただいた沖縄出身の野村浩也さんがこう言っていました。本土の人間は、良く沖縄が好きだと話しかけて来るのだが、そんなに好きなのであれば基地を本土に持って帰るくらいのことはできるでしょうと言ったら、だまってしまった、と。日本においてポストコロニアルを課題化していくということは、このような私たちの身体感覚にある情動の流れと歴史−地政的に決定された文化的なヘゲモニー関係がどうなっているのかを再分節することだと思います。】と指摘する丸川は【要するに、日本の「脱亜」の道筋にしても、大胆に解釈すれば、欧米列強に対するアジア的反応(近代主義)の一つの形態としてあったということ。しかし、それが後々、アジアにおける日本という立場において、途轍もない齟齬と禍根を残すということになるわけです。いわば、裏切り者なわけですから。日本人には、うっすらとこの「裏切り」の感覚が残っている。戦前に青春時代を送った知識人には、この肉体感覚が疼くのではないでしょうか。また、「作る会」の教科書の記述にしても、ある意味では、この「裏切り」の感覚を懸命に否定しようとする身振りに満ちていると言っても良いかもしれません。〔……〕だめ連のような運動があって、これは第一世界における落ちこぼれというか、若年下層民の「不安」の問題というものであるわけですが、そういった課題と日本のここ百年のスパンの歴史−地政−肉体的「不安」というものとは、どこかでクロスするのではないか、と考えていました。〔……〕日本という形式的には第一世界に分類される社会に生きている若者のサバルタン性というものがあったとして、そのサバルタン性は、アジア第三世界が抱え込んできた苦悩と果たして出会えるのか、ということです。】と書いている。▼加藤哲郎「新たに発見された『沖縄・奄美非合法共産党文書』について」上〔大原社会問題研究所雑誌2001年4月号所収〕・下〔大原社会問題研究所雑誌2001年5月号所収〕が、沖縄における1950年代非合法共産党にかかわる史料研究として注目。
5月18日 ▼新刊!阪東妻三郎生誕100周年記念『阪妻 スターが魅せる日本映画黄金時代』2002年5月 太田出版、A4判96頁 本体1500円〔責任編集:山根貞男、造本構成:鈴木一誌、企画・監修:「阪妻映画祭」実行委員会、編集:佐々木淳、デザイン・組版:仁川範子 中里岳広、イラストレーション:瀬川尚志、製版・印刷:フクイン、製本:メイリン〕。▼帝国データバンクのページ(倒産速報&集計)に「全国企業倒産集計2002年4月報」。【倒産1641件、4月としては戦後3番目/上場企業の倒産は6件、月間件数としては過去最多】とレポートのうえ「今後の問題点」として【内閣府は月例経済報告で3カ月連続上方修正し、「景気底入れ」に言及するなど循環的な一服ムードを強調しはじめたが、多くの企業はデフレ下で売り上げ減少に苦しみ、連続赤字で立ち往生している実態がある。ましてや老舗企業は長い間に蓄積した資産を活用しているが、地価下落に歯止めがかからず「簿価と時価との乖離がますます大きくなるばかりで、これで減損会計基準を導入されたらひとたまりもない。販売用でも投資用でもなく、商売に必要なだけなのに、評価替えだけで債務超過に転落して銀行から見放される」(機械部品加工業者)との悲鳴が聞こえる。大手電機メーカーの中には賃金引き下げに踏み切るなど、国内の個人消費はまだ回復する兆しさえ見えない。国内景気は米国の景気回復頼みで輸出がどこまで牽引するかが唯一の頼りで、個人消費の低迷に加えて、設備投資の減少傾向が続き、さらに巨額の不良債権の最終処理が未だに見通しが立っていないことをとってみれば、企業が緊張の糸を緩めることはできないのは自明である。〔…〕】と指摘している。
5月17日 ▼韓統連(在日韓国民主統一連合)大阪のページに「5・18市民法廷 開く」(オマイニュース5/15 翻訳:韓統連大阪本部)。【1980年5月、光州虐殺に対する米国の責任を問う市民法廷が開かれる。/「5・18市民法廷推進委員会」は、5月18日(土) 午後2時・全南道庁大会議室で、光州の元老と市民・学生・各界各層が共に作る市民法廷を開廷すると明らかにした。/推進委は告発状で「80年5月、光州は外信記者たちに『血の浴場』だと呼ばれる程、残酷だった」としながら、その孤立無援の瞬間に「米国の空母が釜山港に入ったという消息(80年5月25日)が伝えられ、光州市民は、自由と民主主義の国米国が、光州市民を救うために太平洋を越えて来ることと知って、感激に涙を流したが、その2日後の明け方、血で染まった道庁を見ながら『それがどれくらい空しい風』であったか、光州市民は悟った」と記述した。/今や、分かった。政府の後に米国がいるという事実を。/27日明け方、道庁で市民軍が死んでいって悟った事実だ。それは、あまりにも大きい犠牲を払って得た、血の教訓だった。/30年間、覆い隠されていた米国の本物の顔が、歴史の前に表れる瞬間だった。〔…〕】。▼藤原新也「藩陽事件に見るボケの社会学」02.05.13。野田敬生「《ESPIO!》瀋陽総領事館事件」02.05.12。「瀋陽亡命事件を各国はこう伝えた/《特集》日本はアジアの蜃気楼か?」(NNA Global Communities)。▼東京商工リサーチのページに「全国企業倒産状況2002年4月度」(02.05.16)。
5月16日 ▼平田由美「《議論する公衆》の登場 大衆的公共圏としての小新聞メディア」〔『岩波講座近代日本の文化史3近代知の成立』2002年1月、岩波書店 所収〕。【「小新聞」と呼ばれる大衆向けメディアを取り上げて、その言説空間において人びとの《同意》がどのように取りつけられるのかを検討】した平田は近代日本における「国民という主体」が作り出されていく過程について次のように指摘している。【大衆的公共圏としての「中等社会」は、「上等社会」との対比において均質化される一方で、知識や教養を振りかざした投書を書くべくもない無学者を寄書欄から放逐して緘黙する読者へと潜在化させていったように、「下等社会」を内部に包摂し不可視化することによって、あるいはそれを可視化しつつ外部へと排除することによって成り立つ、いくつもの関係性をたたみ込んだカテゴリーであった。〔……〕そうした視点からすれば、「個人の自由と権利を媒介として人びとの能動性と活力とを動員」しようとした近代日本の国家形成が、主体化と客体化をめぐって個人や集団のなかで、そして/あるいは、それらの間で争われる排除と包摂の複合過程であった局面が見えてくるのではないだろうか。自他の間にあるさまざまな差異によって人は自らのアイデンティティを作りあげてゆく。しかし、ジェンダーという概念にもっとも先鋭的に現れるように、その間にある力の非対称性によって差異は支配と被支配の関係に変換され、つねに権力の源泉として機能してきた。】。▼『日経MJ(日経流通新聞)』02.05.16付が1面で「オンライン書店黒字化の方程式」と題して各社の現状をレポート。
|