5月15日 『図書新聞』2002年5月18日付(憲法特集)に、菊田幸一「論議を尽くさなかった少年法改正――少年法制の消滅」。【少年法は、処罰ではなく少年自身による立ち直りを援助する保護処分を手段とし、その結果として社会の安全と秩序にも貢献することを基本理念としている。この基本理念は一九八五年の「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルール)、および日本が一九九四年に批准した「子どもの権利に関する条約」等の「子どもの最善の利益」を実現することの理念を先取りしたものであった。その主たる役割を実務的に担ってきたのが戦後の新立法とともに登場したケースワーク機能を中核とする家庭裁判所の存在であった。/ところが二〇〇一年四月に施行された改正少年法は、その少年法の基本理念を根底から排除するものとなった。〔……〕/今回の改正の背景には、少年法の見直しを審議してきた法制審議会少年法部会の答申案がある。〔…〕今回の少年法改正では、この答申案にもなかった少年年齢の一六歳から一四歳への年齢引き下げを、法制審議会にかけることなく、自民党法務部会の少年法に関する小委員会の最終意見として突如提示し、十分な論議を尽くすことなく通過させた。〔……〕/改正少年法の二〇条一項(検察官送致)は、これまでの「但し書き」であった「送致の時一六歳に満たない少年の事件については、これを検察官に送致することはできない」を削除した。これによって死刑、懲役または禁固にあたる事件については、「原則逆送事件」として検察官送致するものとなった。「原則逆送」であるから家庭裁判所が逆送しない根拠を示すことは困難になった。〔…〕一四歳という義務教育対象者である低年齢少年に対しても刑罰優先主義を確立させたのである。/これにより一四、一五歳で検察官送致され、刑事裁判を受け実刑を科せられた少年は、少年刑務所へ収容されることになる。〔…〕少年院と刑務所の区分けすらなくするという、事実上の少年法の解消が実現しているのである。/さすが現時点では、一四、一五歳で刑事処分により少年院へ収容された事例はでていない。裁判官がこの改悪を無視しているからである。というより一部国会議員らの勇み足に対し司法判断がこれを抑制している。ただし、これがいつまでつづくかの保証はない。ここで見逃してはならないのは、議員立法の優越性が指摘されているなかで、今回の少年法改正は、それに悪乗りした法務省の、少年法改悪への執着が、その一角において成功している、そのしたたかさにある。】。
5月14日 ▼新刊!西里扶甬子『生物戦部隊731 アメリカが免罪した日本軍の戦争犯罪』2002年5月、草の根出版会、ISBN4-87648-174-1 C0321、本体2800円。5月13日夜、東京・有楽町の日本外国特派員協会で出版記念パーティが開かれ、著者の仕事仲間や同窓生をはじめ、出版ネッツ、pmn-mlなどからも約50人が参加(司会は加戸玲子)。著者挨拶では出版にこぎつけるまでの数奇な曲折の報告と謝辞が述べられ、編集を担当した教育史料出版会の坂戸諭が祝辞を述べた。つづく祝辞として、731部隊細菌戦被害国家賠償請求訴訟弁護団長・土屋公献は「戦後半世紀の日本の誤りは天皇の軍隊の戦争犯罪をアメリカが免罪したことに起因する」と述べ、同弁護団事務局長・一瀬敬一郎が乾杯の音頭をとった。歓談ののちメッセージの紹介につづいて、著者の人脈を示すように内外の多くの人たちが祝辞を述べ、歴史を記録する意義ある労作をたたえた。最後に草の根出版会社長・梅津勝恵と著者のパートナー・山下勝比拡が挨拶し、国際色ゆたかなパーティを終えた。▼「外字・異体字をどう扱うか〜モリサワの場合〜」(02.05.13、JAGAT)。
5月13日 大西赤人/小説と評論のページ(今週のコラム)、大西赤人「「有事の場合には一番最初に死んで行く覚悟のある方々が自衛隊」という衆議院武力攻撃事態対処特別委員会での末松義規議員の発言」(02.05.12)に注目! 同「メディア規制3法案には反対だが……」(02.04.30)で【〔…〕もちろん僕も、見る限り政府・与党の御都合主義に基づくとしか思われないこのような疎漏な法案には反対だ。たしかに反対ではある。ただね……。ただ、ここぞとばかり「言論・表現の自由を侵す」といきり立っているメディアの側に、それだけのバック・ボーンが存在するのかとなると、少なからず及び腰になってしまうのだ。つまり、規制の動きを毅然としてハネ返すためには、「我々は正当かつ人間的な表現・報道を行なっている」という自負と自信、そして、そこからの逸脱を自ら律する・正す力がなければならないはずである。現在の日本においてどれほどのメディアが、そこまでの断固たる気概と膂力《りょりょく》を持ち得ているだろうか? 近年、お上の垂れ流し・リーク情報を得々と伝えることを「報道」と称し、他方、弱い立場に配慮することなく個々人を圧殺してきたのは誰だったのか?】と問う大西は【メディア全般に関して言えば、まさに上からの圧力を無意味なものとして真の言論・報道の自由を保つためには、単に「規制反対」を叫ぶだけではなく、自らの持つ課題を解決し、人々の懸念を解消するべく、メディア自身の側から積極的・具体的な方針をもっと打ち出すべきだと思う。そうでなければ、仮に今回の法案は幸い通らずとも、同じような揺さぶりが繰り返される結果となってしまうことだろう。】とむすんでいる。
5月12日 日本出版労働組合連合会『出版レポート』NO.43(2002.04、特集・鈴木書店倒産)掲載の吉岡忍「個人の原則に立った個人情報保護を求めて」が『ヒトラー全記録』(柏書房)から【〔…〕ヒトラーが国会焼き討ちをして共産党を弾圧して、なぜ強大な権力を握ったのか】をひいて、個人情報保護法案への見方を提起している。【国会焼き討ちの後、何をしたかというと最初はメディアの規制だったのです。〔……〕/その後が興味深い。彼が出したのは「貧者救済」です。第一次大戦に敗れて経済がメチャメチャになって、ホームレスが続出した。山のようにいる貧しい人達を救おうと、これはだれも反対しません。次に出すのがドイツの「森を守れ」ということ。〔…〕森が、経済がひどくなってだれも手入れをせず荒れ放題になっていた。今で言えば環境問題です。これもだれも反対しない。/それから三番目に言い出したのが「地方分権」。〔……〕/つまり貧者救済と環境問題と地方分権、これを言い出した。これが猛烈な国民の支持を得て、ドイツの民衆がワーッと熱狂してヒトラーが強大な中央集権国家を作った。という政治的なダイナミズムが働いている、その中で権力を確実なものにして、そして我々の知っているようなヒトラーの姿になっていくのです。/この三つのスローガンを掲げた前段階が把握しにくいわけです。たまたま私達が読んだ時は小泉政権誕生の大ブームでした。非常にわかりやすい文脈、我々がこの法案を通すと非常に嫌な暗い過去に引き戻されるというのとは微妙に違うのです。支配者や権力というものが、一つの社会を掌握していく時に使う普遍的な手法だということが見えてくるのです。ヒトラーが登場した時といえども、その社会の中にある大衆・民衆・市民との合意なしにはどんな権力も掌握できない。〔…〕】。
5月11日 ▼三井前検事弁護団「声明」02.05.10付。▼アレフ個人サイト半跏思惟の“ムッタ・デーヴァ日記”02.05.08付に福井利器「僕はなぜ「オウム真理教」の十字架を背負ってアレフにとどまるのか」。【〔…〕なぜオウムの十字架を背負い続けるアレフにいなければならないのか、ということについて。〔……〕僕たちはオウムの刻印をすでに入れ墨のように深く刻まれてしまっているのです。/いくら逃げようとしても、「元オウム」の烙印は一生ついてまわるでしょう。そして、その団体の中で、いわゆる「幹部」ではなくても、大きな役割ではなくても、一つのパートを受け持っていたわけですから、あの事件についてまったく知らされていなかったとしても、「あの事件を起こした集団」の「事件を起こすに至った発想」や「雰囲気」は共有していたわけです。その事実を消すことは、絶対にできない。〔……〕自分自身についていえば、ここで「自分はオウムと関係ありません」と安直に言ってしまうことこそ「無責任」に感じられてしまう、ということです。/そして、先ほどもいったとおり、今も「オウム真理教(アレフに改称)の信者」、NHK風には「オウム真理教から名前を変えた団体の信者」として社会は扱おうとします。僕が思いきり趣味というか遊びで、実際には教団の人たちの顰蹙を買いつつやっていたかつての河上ページだって、オウムを知っていると称するコメンテーターの手にかかれば「教団から指示されたワークに決まっている」と言われ、「テロ計画のための情報収集」ということにされてしまっているのが実態です。全然関係なく一般の企業として仕事をしても、「テロのための資金稼ぎ」とされて潰されます。社会は、「アレフを選ぶか、反オウムになるか」という100かゼロの選択肢、黒か白の選択肢しか許さない――僕はそのことを、身をもって思い知りました。/だから、「元オウム真理教信者」の刻印は、日本社会によって深く刻み込まれています(それはある意味で感謝しています。現世に対する執着を断ってくれているのですから)。ならば、それを堂々と背負っていった方が、すっきりしています。/そして、それが問題と直面することなのです。教団をやめて逃げることは、責任の放棄以外の何ものでもありません――少なくとも、教団の理念が自らの理念と同じである以上は。〔…〕】。
5月10日 憲法違反の有事法制3法案(=国家総動員法の再来)を許すな! 共同通信05.09付に「民間防衛組織を検討 新聞、通信社指定も」。【福田康夫官房長官は九日午後の衆院有事法制特別委員会で、有事関連法案として政府が二年以内に整備する国民保護法制に関連し「(民間の)組織の在り方を含め、政府全体で慎重に検討する必要がある。国民の十分な理解を得られる仕組みを考えたい」と述べ、避難誘導や救済などを政府、自治体と協力して住民が行う「民間防衛組織」を検討する意向を示した。/福田長官は武力攻撃事態の対処にあたり、政府が指定する公共機関について「新聞社や通信社もインターネットなど新しい伝達手段を使っており、表現や言論の自由を制限しない方法で、(指定公共機関の)任にあたっていただくことは当然考えられる」と述べ、インターネットなど速報メディアに関して新聞社、通信社が指定される可能性があるとの見解を示した。〔…〕】。[aml 27731]に「有事法制に反対する反核法律家協会声明」。【〔…〕「大量破壊兵器の開発と拡散」にもっとも熱心なのはアメリカその国であろう。アメリカは、軍事力によって自国の意思を他国に強制することを罪悪だと考えていない。そのアメリカは、日本に対しアメリカの軍事戦略に対する全面的協力を強く求めている。わが国政府は、アメリカのこの軍事優先の姿勢を何の留保もなく受け入れようとするだけでなく、「集団的自衛権」の名において、もっと深くかかわろうとしている。そのための憲法改正が現実のものとなろうとしている。/私たちは、核戦争を抑止し、核兵器の廃絶を求めて運動を進める法律家として、唯一の核兵器の被爆国の国民として、国際社会から一切の戦争をなくしたいと願う一人の人間として、戦争を優先し、基本的人権と民主的な統治機構を劣後させる「有事法制」に反対する。/2002.5.7/核兵器の廃絶をめざす日本法律家協会】。
5月9日 読書録05.04付で紹介した映画『KT』(監督・阪本順治、配給・シネカノン)について。▼山根貞男「映画の風景2002 ねじれの楽しみ」〔『群像』2002年6月号〕。【荒井晴彦のシナリオが素晴らしい。〔……〕映画としての独特の面白さが、ねじれた形において結晶するのである。】と評する山根は【佐藤浩市の自衛隊員は、KCIAグループが拉致した金大中を船に乗せる港の突堤で彼らと別れるが、そのとき、彼らに「さよなら金さん」「×さん、さよなら」とつぎつぎ呼びかけたあと、車のなかに目隠しされて縛られている金大中にも「さよなら、もうひとりの金さん」と声を掛ける。明らかにこれは中野重治の詩「雨の降る品川駅」を踏まえた台詞であろう。もともと屈折した形で日本人から朝鮮人への想いを表明する詩が、さらにひねった形において呼び込まれているわけである。しかも、映画にはないが、荒井晴彦の脚本には、あの韓国女性が自衛隊員にこの詩のことを話すシーンが出てくる。ねじれが何重にも仕組まれていることははっきりしていよう。台詞でいえば、さきに触れた会話の日本語と韓国語の切り替えのスリルも、同じことの映画的露出にほかならない。/この『KT』には、日本の戦後過程に対する意識と心情が、戦争体験や天皇や共産主義や自衛隊、国家と組織と個人など、さまざまなテーマをめぐって複雑に絡まり渦巻いている。それも韓国と深く結びついた形で。ねじれは単なる手法ではなく、歴史に向かう思想として差し出されているのである。】と指摘し【こんな日韓合作映画が、いま、日韓共催のワールドカップ開幕直前で浮つくなか、日本と韓国で同時に封切られ、どんな反響を巻き起こすか。ねじれの楽しみに満ちた映画をそんなふうに世に送り出すこと自体、ねじれの企みを感じさせずにはおかない。やはりふてぶてしい根性ではないか。】とむすんでいる。▼韓勝憲「よみがえる金大中拉致事件 映画『KT』にみる虚構の意味」〔『世界』2002年6月号〕。
5月8日 ▼映画テレビ技術・Digital Production 2002、5月15日(水)〜17日(金)10:00-17:00、東京ビッグサイト、主催:(社)日本映画テレビ技術協会/(社)日本能率協会。関連:アップルコンピュータ。▼丸川哲史「「土地」をめぐる記憶 イスラエルとパレスチナ、そして沖縄で」〔『週刊読書人』2002年5月10日付「論潮 5月」欄〕。【昨年から続くイスラエルのパレスチナへの侵攻について、暴力の連鎖という言葉が良く適用されている。この言葉は、昨年の9・11からアフガン戦争へと到るプロセスの中で語られた「憎しみの連鎖」といった言い方の延長にあるようにも思われる。何かを語ったような気分にさせられる言説のパターンではあるが、そこには何事かを曖昧にせんとする意図が働いているように思われる。「暴力の連鎖を止めよ」という時、それは、暴力の圧倒的非対称性を隠蔽するだけではなく、暴力を解釈し自分自身は当事者ではないとする「調停者」の眼差しなのだ。そしてこれは、ただちにアメリカ合衆国によってしか紛争の調停が得られないとする現状に浸透された意識だと言っても良い。〔…〕】、【〔…〕沖縄タイムス(三月二三日)は、アフガン空爆で使用されたクラスター爆弾が嘉手納基地に配備されていることを突き止めているが、ジャーナリズムによる地道でありかつ本来的な機能が「本土」ではほとんど失われていることは重大である。さらに興味深いのは、パレスチナ・イスラエル問題は、沖縄のジャーナリズムにおいては、また本土とは違った関心の向けられ方をしていることである。それは端的に、沖縄における基地問題というものが、多分に「土地」をめぐる記憶のテーマに共振するからだろうと推測される。〔……〕沖縄は、合衆国によるアフガンの空爆時には、その爆発の響きに震えざるを得ない立場にあるとともに、またパレスチナの「土地」をめぐる感情のリズムにも共振しているのである。】。
5月7日 ▼アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名運動のページに「翻訳紹介「ジェニンにおいて、私はパレスチナ国家の基礎を据えた」」(02.04.19、反占領・平和レポートNO.14)。紹介にあたって【今回は、イスラエルの平和団体「グッシュ・シャロム」のホームページに掲載された無署名論文「ジェニンにおいて、私は・・・の基礎を据えた。」(2002.04.13付、アメリカのZnetにはウリ・アヴネリの署名で転載された)を翻訳紹介します。ここにはジェニンの大虐殺が、単にパレスチナ人が抵抗せずに無為にただ一方的に虐殺されていっただけの事件ではなかったこと、彼らパレスチナ人が国家独立を目指し民族の誇りを持って、圧倒的に優位にある近代兵器で武装したイスラエル軍に真正面から勇敢に戦ったこと、つまり「2つのジェニン」があったことが記されています。http://www.gush-shalom.org/english/index.html /広河隆一氏も、この論文と同様、「ジェニンはイスラエルにとっての“スターリングラード”の始まりなのです。」と報告されています。おそらく現地でそう言われているのだと思います。http://www.hiropress.net/column/020411.html 】とまえがきが付されている。また、同サイトに「4/27テルアビブで1万人の抗議行動−−守勢から反撃へ/再び活性化し始めたイスラエル内の平和運動」(02.05.01/06、反占領・平和レポートNO.15)。▼広河隆一「ジェニン難民キャンプ」(02.04.18)、同「死者の数」(02.04.16)、同「ジェニン戦争」(02.04.11)。
5月6日 ▼日経NET 02.05.06付に「出版市場、2007年までに12%減・矢野経済研が予測」。【日本の出版市場は2007年までに12%縮小する――。民間調査会社の矢野経済研究所は2001年まで5年連続で縮小している出版市場の不振が今後も続き、5年後の市場規模は2兆400億円と、2001年を2700億円下回るとの予測を明らかにした。〔…〕】。▼『ダカーポ』02.05.15号(吉田司が読む話題の本)の吉田司「〈日本的なるもの〉が、グローバリズムのカウンターとして呼びだされているとしたら?」が齋藤孝『声に出して読みたい日本語』をとりあげている。【〔…〕80年代バブル天国の物質的繁栄の中で、貧しい時代から日本人が築いてきた相互扶助や、自然共同体を守る愛郷精神などが崩壊したとはよく言われた話だ。日本人の質実剛健な精神文化が荒廃し、この「国のかたち」も溶解してゆくと――「美しく正しい日本語」の崩壊現象もそれと軌を同じくして進行し〔…〕「日本語」という正しく豊穣な日本文化の連続性も失われたのである。/つまり中曽根改憲論は、この「国のかたち」の崩壊を食いとめ、「強い国=強い文化」の復活をめざすもので、三島由紀夫的「日本文化防衛論」の延長線上に位置づけることもできる。〔……〕/いまそうした古き良き〈日本的なるもの〉の伝統が、押し寄せるアメリカのハゲタカ・ファンド=経済グローバリズムに対抗するナショナルな文化防衛シャッターとして呼び出される傾向が、日本のそこここで進行している。】と指摘する吉田は【しかし、日本の民衆の暗誦能力というものが最も盛り上がった時代って、日清・日露・大東亜の戦争近代を指すんだぜ。中世、近世の民衆にとって「くり返し語られる〈型〉の文化=暗礁」とは、主として自分たちの〈共同体の記憶〉を語りつぐ「とんと昔」の物語的なものだった。近代の戦争国家は、それを上官(天皇)への忠誠をくりかえし復命させる「軍人勅諭」のようなものに変えた。〔…〕戦争能力(一糸乱れぬ統制・従順)を教育するのに、暗礁こそ最適だった。】として【暗誦文化はあまり隆盛しない方がいいのではあるまいか。愛好者文化のレベルでいい。まかりまちがって「美しい日本語」が「美しい日本の旗」なんかにつながっちゃったら、目もあてられないではないか。】とむすんでいる。
5月5日 字游工房のページ(もじマガ)に書体設計家インタビュー「文字の巨人(2) 小塚昌彦さん」(インタビュー・構成 瀬川清、02.04.26)。その1「母型製作から文字の世界へ……毎日新聞時代」。【「なにしろ、タイプフェイスのデザインを始めてから、もう五〇年なんですよ。だから、いってみれば化石になりかかってるんで(笑)、いまさらお話することもあまりないような気がしますが。その五〇年間で、毎日新聞、モリサワ、そしてアドビと、三カ所で書体デザインをしてきました。〔……〕昭和二〇年代の半ばごろから、この電胎母型の方式は急速に衰退してゆくことになります。背景には、当時のGHQ、いわゆる占領軍の政策があったわけですね。戦後、日本の産業はほとんどGHQに押さえられて産業構造を変えられていきましたが、印刷文化、いわゆる出版文化というものに少しテコ入れをしようということで、振興が図られたわけです。その中で、大手新聞社と大出版社が手がけたのが、活版工程の機械化でした。/その機械化を何から始めるかというので出てきたのが、活字の量産、要するにベントン彫刻機を導入して、種字彫刻師の時代から機械彫刻の時代へ変革しようという動きです。ベントン彫刻機というのは簡単にいえば、彫刻機のテーブルの上に文字パターンを置き、文字部分を機械的になぞると、上部の高速で回転する錐状のカッターにその動きが縮小して伝導され、マテと呼ばれる母型材に彫刻をしていく、という原理ですね。/文字パターンは原字を製版して凹版にしたものですから、彫刻された種字に代わって、今度は描かれた原字が必要になってきた。さあ、文字の原字はどうしようということになったわけです。ちょうどそのときに私は、村瀬錦司さんという人に出会います。村瀬さんは昭和の半ばから毎日新聞の書体をずっと手がけておられた、専門の種字彫刻師ですが、この人との出会いによって、私はタイプフェイスデザインの世界に入ることになりました」〔…〕】。
5月4日 ▼「五四運動」83周年!▼5月3日公開の映画『KT』(監督・阪本順治、配給・シネカノン)のパンフレット(02.05.03)に山根貞男「脚本家・荒井晴彦インタビュー 拉致犯の側から総括した戦後史」。【〔…〕荒井 自衛隊員主役でいこうと決めて、じゃあ、どういうやつなんだ、ということで、これは73年の話だから、よし、70年の市ヶ谷から入ろう、三島とクーデターをしそこねた情報将校にしよう、それも防衛大1期生に、と。KCIAに頼まれて、どんどんそっちにシフトして、日和ってる自衛隊上層部とは違って「これは俺の戦争だ」とはみ出していく。それとKCIAキャップとの捩れた友情。新聞記者を狂言回しに、と阪本はこだわったんだけど、僕はどうもよくある社会派映画みたいで厭で、狂言回しではなくてと思ううち、「内外タイムス」の映画記者だった斎藤龍鳳さんのことが頭に浮かんだ。昔ファシスト戦後コミュニストで、今は芸能ネタ追っかけてるという感じ。三島由紀夫と同じ昭和元年生まれにして、名前は昭和、自衛隊員のほうは満州から引き上〔揚〕げてきたから満州男で、だいたいイメージが決まった。〔……〕/――佐藤浩市の演じる富田が口にする「さようなら、金さん」「もうひとりの金さん、さようなら」という台詞の元になっている中野重治の詩「雨の降る品川駅」を、脚本ではその韓国人女性が主人公に教えるわけで、捩れが際立つ。/荒井 僕はあの詩が大好きで、日韓の問題を扱うシナリオを書くことになって、どこかで使えないか、と。天皇の即位式を前にして送還される朝鮮人に向けた詩を、大統領候補を拉致してゆく韓国人たちに、と。/――詩の使い方が違うように、映画は部分的に脚本から変わっていますね。とりわけナマな部分がだいぶ削ってある。キッシンジャーや田中角栄の部分とか。実録的になりすぎるのをきらったというか、フィクション性を強めたかったんでしょうね。それと、脚本には流行歌などがもっと出てきて、時代相が表現されている。/荒井 尺の問題があるんでしょうけど、僕としては、もったいないなあと。資本主義陣営と社会主義陣営との対立の時代、その代理戦争であるベトナムでのアメリカの敗北が決定的になった年の日韓の男女、それぞれの国の歴史を背負った人間達の愛憎を書いたんですけど、映画は、事件ものとしてまとめすぎたなあと思います。/――ただ、肝心の部分はちゃんと画面に出ているでしょう。「さようなら、金さん」でいえば、「もうひとりの金さん」は最初、金大中のことなんですが、ラスト近くでは富田が友情を感じたKCIAのリーダーを指す。そのポイントは表現されていますよ。/荒井 でもやっぱり、彼女の「辛よ、さようなら、金よ、さようならという詩、知ってますか。私、朝鮮人に同胞みたいに呼びかける日本人がいたなんて知らなかった」という台詞は残してほしかったな。あと、富田はなぜ反共でKCIAのKT作戦にコミットしていくのかという理由、俺の母親は満州でソ連の兵隊に暴行されて殺されたという台詞も残すべきだったと思っています。〔…〕】。
5月3日 ▼JAGAT(日本印刷技術協会)のページに、「1bit TIFFのメリット・デメリット」(02.05.03)。【1bit TIFFが脚光を浴びている。CTPが普及する中で,確実に出力でき,かつ生成・出力に機器メーカーを問わないオープンなところが受けているようだ。ただし,誤解もあるようなので再確認してみたい。〔…〕】。▼国立国語研究所(The National Institute for Japanese Language)のページに「「国立国語研究所新聞切抜集」検索」(02.04.20)。【国立国語研究所では、1949年以降、ことばに関する新聞記事を集めた『切抜集』を作成しています。/このデータベースは、この国立国語研究所所蔵の『切抜集』に収録されている新聞記事についての目録データベースです。/現在は、このデータベースでは、1998年までのデータを検索できます。】。ためしにキーワード1「表記」+キーワード2「句読点」で検索してみると「結果:6件」で「1975 731 朝日 夕 三億円事件 68 脅迫状 語間」「1977 615 中央タイプ通信 朝 文字の使いわけ」「1978 127 毎日 朝 教科書に見るおかしな表記」「1978 216 毎日 朝 「おかしな表記」について」「1978 828 東京 夕 ひさし流文法教室」「1988 311 サンケイ 夕 田中絋太郎 「…。」文体の復活? 吉本ばななさんらの「無意識のマル」 日本語の未熟さに起因か?」と出た、すごい。
5月2日 ▼『毎日新聞』02.05.01付夕刊に「有事法制3法案、私たちの生活とどうかかわるのか 岡本篤尚・広島大助教授に聞く」(山田道子)。岡本は【〔…〕今のアメリカがそうなりつつありますが、テロ対策というのは市民監視や統制の面ではかつての総動員体制よりハードだろう。テロリストは外国人なのか国内にいるシンパなのか分かりません。誰が敵だか分かりません。となると、日常的に全国民を監視しなければなりません。つまり外国からの武力攻撃への備えをすると、結局回り回って自国民に対する戦争をしかけるような形になります。〔……〕政治家が普段からテロや不審船の脅威ばかりあおっていると、実際に起きたときに国民がヒステリック状態になり暴走するかもしれません。群集心理の怖さを楽観すべきではありません。ファシズムにしても日本の戦前の国家総動員体制にしても、すべてナチスや政府が進めたというわけではありません。民衆が先取りして暴走した部分も大きい。政治が暴走する国民を抑えきれず、かえって引きずり回される危険性も考えておくべきです。】と述べている。▼『週刊読書人』02.05.10付に斎藤貴男「言論統制と監視社会化の恐怖 メディア規制三法案――何が問題か」。『サンデー毎日』02.05.19号に臺宏士「悪法個人情報保護法案が変質した理由 与党内からも噴き出す批判!!」。必読。▼「元大阪高検・公安部長、三井環容疑者の声明を全文公開」(02.05.01、ザ・スクープ)。
5月1日 ▼広河隆一通信のページに、広河隆一「パレスチナ ウェブ写真展/ジェニン難民キャンプで何が起こったか」(写真:広河隆一、02.04.27)。●広河隆一緊急報告会「ジェニン難民キャンプで何が起こったのか」、日時:5月2日(木)18:30〜20:30、会場:中央大学駿河台記念館370号室(御茶ノ水駅聖橋口5分)、参加費:1,000円、主催・連絡先:パレスチナ子どものキャンペーン(Tel:03-3953-1393 Fax:03-3953-1394)http://plaza17.mbn.or.jp/~CCP。▼サイード・オンライン・コメントのページに、エドワード・サイード、中野真紀子訳「イスラエルは何をしたのか」(Al Ahram Weekly 2002年4月18〜24日 No.582)、同「アメリカについての考察」(Al Ahram Weekly 2002年2月28〜3月6日 No.575)。▼「イスラエル/パレスチナ:アムネスティ派遣団によるジェニンでの予備的調査」(02.04.22アムネスティ発表国際ニュース)、「イスラエル/パレスチナ:国連事実調査団−今進めるべき最重要課題」(02.04.24アムネスティ発表国際ニュース)。
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