4月15日 3月30日、日比谷公園で焼身自決した桧森孝雄について「黒 La Nigreco」(刊行同人:中島雅一、水田ふう、向井孝)に「「黒」の友人たちへ」。【〔…〕3月29日以来、シャロンとイスラエル軍によるパレスティナの人びとに対する虐殺が開始されたことを知らない者はいないでしょう。/桧森さんは、パレスチナ「土地の日」である3月30日夕刻、日比谷公園「かもめの噴水」広場で、灯油をかぶり、自ら火をつけ、焼身自殺をとげられました。/私たちは、なによりもまず、彼が命とひきかえにその行為を決行し、それをやり遂げたという事実を、胸にまっすぐに受けとめます。そしてその事実を、「黒」の友人のみなさんへ、早急にお伝えしたいと思います。〔…〕】。そして【日本のパレスチナ連帯活動家/東京の公園で、焼身自殺】との3月31日付AP通信報道の以下の抄訳を掲載している。【日本のパレスチナ連帯活動家が、中東におけるイスラエルの弾圧に抗議し、東京の公園で焼身自殺した。4月1日月曜日、仲間の活動家が明らかにした。/彼の友人足立正生によると、彼、桧森孝雄、54歳は、土曜日に自分の身体にガソリンをあびせ、そして自ら火をつけたという。警察側のスポークスマン、コージ・ハタは、週末に公園で焼死した男性がいたことは認めたが、、彼のアイデンティティについて発表することは拒否した。「桜の花を見ていた人びとが、突然、人が炎上するのを見て、警察を呼んだのです。」/桧森は、活動家グループ“Voice”のかねてからのメンバーであった。パレスチナを支援するためのハンガーストライキと献花行動に参加していたと、足立はいう。〔…〕】。〔02.04.17追記〕「活動家、日比谷公園に死す/炎の先に秋田の海が、侵略への抗議 根底に「花岡」」〔『秋田魁新報』02.04.14付〕。
4月14日 憲法違反のメディア規制3法案(個人情報保護法案、人権擁護法案、青少年有害社会環境対策基本法案)反対! 「So-netニュース:YOMIURI-ONLINE」02.04.13付に「板垣翁も「言論規制に反対」、作家らがデモ行進」、【メディア規制につながるとの議論が起きている個人情報保護法案と人権擁護法案、青少年有害社会環境対策基本法案の通称「三点セット法案」に反対して、明治から昭和にかけての言論人のプラカードを掲げたデモ隊が13日、東京・銀座を行進した。/主催したのは、ノンフィクション作家の吉岡忍さんや田島泰彦・上智大教授、マスコミ関係の労働組合員による「個人情報保護法拒否・共同アピールの会」。/行進には400人が参加。板垣退助や与謝野晶子、浅沼稲次郎、市川房枝といった硬骨の言論人、政治家のプラカードを手に、銀座から日比谷公園にかけての東京の中心部を1時間に渡って練り歩いた。小泉首相の祖父で、戦前に逓信相を務めた小泉又次郎翁の写真も上がり、「純一郎ヨ、祖父サマガ泣イテオルゾ」とのむしろ旗も掲げられた。〔…〕】、デモの写真あり。「ASCII24」02.04.13付に「雑誌34誌の編集長、個人情報保護法案の廃案を求める共同声明を発表」、【ダ・カーポ”“創”“編集会議”“噂の眞相”“FRIDAY”など雑誌20誌の編集長が12日午後、永田町の衆議院第二議員会館に集まり、個人情報保護法案の廃案を求めて記者会見を行なった。今国会に上程されている同法案などメディア規制3法は、メディアおよび個人の報道・表現の自由を侵すもので断固反対するとアピールした。発表した声明文には、記者会見に出席した20誌を含めてこれに賛同する34誌の編集長が署名している。/この記者会見は、(株)講談社で“週刊現代”や“Web現代”の編集長を務めた元木昌彦氏の呼びかけ人となり、個人情報保護法案が上程されて以来、その問題点を指摘し、反対活動を行なっているフリーライターの吉岡忍氏らの“個人情報保護法案拒否! 共同アピールの会”の賛同のもとで開いたもの。〔…〕】、声明文全文および写真あり。
4月13日 若桑みどり『イメージの歴史』2000年3月、放送大学教育振興会。【「差異のわかる」知こそ,21世紀において,地球上の人類がともに生きてゆく上でもっとも重要な考え方】とする若桑は最終章で、20世紀の東京の公共空間に建つ公共彫刻が圧倒的に女性、それもヌードであると調査にもとづき断じ、次のように書いている。【日本にはなぜただのヌード,無名の非政治的な母性身体が圧倒的多数を占めたのか? その理由を知る鍵の一つは,これらの女性裸体像はすべて戦後に建てられたものだということである。明治初期から,東京には新しい政治を民衆に示すために多くの公共彫刻が立っていた。現在もその一部が残っているが,多くは軍国主義的な思想を示していたという理由で除去された。今残っているものには,上野公園の西郷隆盛,靖国神社の大村益次郎,皇居前の楠木正成がある。除去されたものも含めて,ことごとくが男性の武装像であった。西郷隆盛だけは皇室に反旗を翻した人物であったために,武装を解かれて普段着姿で犬を連れている。/このように武装した男性像を否定して,一斉に裸体の女性が戦後に現れたのである。そのことは,女性裸体像が西欧諸都市の公共彫刻に多いということでは説明がつかない。なぜなら,西欧の主要な女性像はアテナ型の威厳ある女性,おおいなる母の像だからだ。日本の都市空間に林立する意味のない裸婦像は,その意味の無さの故に選ばれたのである。歴史性,政治性を嫌い,自分の共同体のシンボルを形成することに意味を見出すことのなかった日本の文化的貧困,そして悲惨な過去や,ともにくぐり抜けた過去の思い出を危険視する保守的な発想,これが,日本の都市に公共のシンボルを形成することに失敗した原因ではないか。政治性と歴史性を一切拒否した女性裸体が戦後の市役所に立ったことは,われわれの暮らしている社会が一体どのようなものであったかを再び考えさせるのである。】。
4月12日 「WIRED NEWS」に、Steve Kettmann「テクノロジーの進歩が戦争を変える」(上)(02.04.05)、「テクノロジーの進歩が戦争を変える」(下)(02.04.08)。【〔…〕戦争にまつわる慣例や倫理観は今、テクノロジーの進歩によって新たに定義し直されているのだ。〔……〕著名ジャーナリストのデビッド・ハルバースタム氏が著書『平和な時代の戦争』(War in a Time of Peace)に記しているところによると、ウォーデン氏は湾岸戦争のとき、ノーマン・シュワルツコフ司令官とディック・チェイニー国防長官(いずれも当時)に対し、次のように語ったという。「第2次世界大戦中、『B-17』爆撃機による爆撃では、目標物から平均して約700メートルの誤差が生じた。したがって、特定の目標物への命中率を90%にしたければ、約9000発の爆弾を落とさなければならなかった。そのためには爆撃機1000機が必要で、1万人の人間が危険にさらされることになる。これとは対照的に、新しい軍事技術を使えば、1人が操縦する1機の飛行機が1発の爆弾を落とすだけで、同程度の命中率が得られるのだ」〔……〕ウォーデン氏によれば、予算削減を可能にするのは無人航空機の発達だという。「アフガニスタンとの戦争では、無人航空機(UAV)の一種、『プレデター』が使われた。これは、地上を偵察できるだけでなく、レーザー誘導ミサイル『ヘルファイア』も搭載している。よってプレデターを制御しているとき、『悪い奴らがいる』のを見つければ、ただちに『プレデター、ミサイル発射』と命令を出し、ミサイルを発射させることができる。命令から発射までに機械的な遅れは生じない。それにUAVは、何時間でも飛んでいることができる。技術の進歩により、バッテリーとソーラーパネルから動力を得て、半永久的と言っていいほど長い時間、高度10万フィート[約3万メートル]の上空にとどまっていられるのだ」「有人航空機より明らかに安くあがる無人航空機をたくさん作ることができれば、古い『F-16』に代わる新しい戦闘機1000機なんて必要ないかもしれない、という声があがる日も近いだろう」〔…〕】。
4月11日 西谷修/酒井啓子/臼杵陽/NHKイスラム・プロジェクト『徹底討論アメリカはなぜ狙われたのか 同時多発テロ事件の底流を探る』2002年3月、岩波ブックレットNo.563。討論のなかで酒井啓子は【国家がおこなう暴力は、その国家に正統性があるという前提から合法的であるとみなされます。しかし、その国家を担う主体に必ずしも正統性がない場合があります。〔……〕非常に残念なことではありますけれども、イスラム世界、特に中東地域では、民主的なあるいは民衆全員が合意した形で成り立った政権はあまり存在しない。しかもそれは独裁政権という形で終わるケースが非常に多い。そこで、その国家の正統性に疑義を呈する際に重要な役割を果たすものとして、イスラムが浮かびあがってきます。つまり、言ってみれば国家に対して独立的に規範を提示できる唯一の源泉として、宗教という存在があるのだと思うのです。】と指摘し、国民国家解体の一般論に対して【国民国家の枠組みを乗り越えていかなければいけない、ということは確かにそうなんですけれども、あえてそれに対して別の視点を提示させていただければ、イラクのフセイン大統領が湾岸戦争のときに自らの国民に対してではなく、むしろ自国の民を飛び越して国際的広がりをもった社会を対象としてイメージやシンボルを動員していく方法を確立したということを振り返っていただきたい。つまりある意味で国民国家が破綻した状況のなかから、フセイン大統領やビンラディン氏の運動の広がりが生まれたということなわけで、その点はむしろ国民国家の枠組みをきちんと立て直すことによって解決されなければならない、という問題でもあるわけです。〔…〕】と述べている。
4月10日 『世界』2002年5月号(特集“何のための「有事法制」か”)に、西谷修「恐怖との戦争 グローバリゼーション下の安全保障体制」。【アメリカは並ぶもののない最強国になったとき、もっとも手強く始末の悪い「見えない敵」として、「テロル」を、「恐怖」を見出してしまった。その「恐怖」に「テロリスト」という名や顔を与え、それを殲滅しようとしている。だが「テロとの戦争」とは「新しい」ことなのだろうか。少なくともアメリカにとってはけっしてそれは「新しい」ことではないはずだ。たとえばディー・ブラウンの『わが魂を聖地に埋めよ』を紐解けば、かつて「アメリカ人」たちによって荒野の中に追われ、圧倒的な物資と軍備の差による虐殺に次ぐ虐殺のために潰えていったインディアンたちの悲劇がたどられる。そのとき合衆国の将軍たちは「交渉の余地はない、追放か死だ」と妥協の余地なく言い放ったと、記録文書が繰り返し語っている。海に進出したフロンティアは一〇〇年後に、ついに中央アジアという未踏の草原と砂漠の海にまでたどり着いた。そこは資源の「エルドラド」だ。かつて騎兵隊たちが土地を奪われたインディアンの復讐に怯えたように、そして自らの暴力を彼らに投影して「野蛮で残虐なインディン」のイメージを作り上げたように、アメリカの言う「テロリスト」とは新しい「インディアン」なのではないのか。アメリカはその覇権が全世界に及ぼうとするとき、忘れ去った建国の暴力のトラウマにうなされるかのように、「新しいインディアン」の亡霊につきまとわれて「テロとの戦争」を呼号する。そしてなお、みずからの「自由」が他者の抹消の上に成り立っていることを認めようとはしないのだ。衣を脱いだアメリカが、堂々たる「帝国」などではなく、裸の王様だということに、アメリカ自身はいつ気づくのだろうか。】。
4月9日 ▼『週刊SPA!』02.04.16号(扶桑社)“エッジナな人々236”に関野吉晴「競争の原理だけで生きていてはダメになると思う」。【この旅はただ長い線をつなげるというより、最終的には自分たちは何者でこれからどこへ行くのか――そういうことを考える旅だった】として南米最南端からタンザニアまで延べ5万kmの旅を終えた関野は【僕がいちばん興味を持ったのはアマゾンの先住民ですね。あるヤマノミ族[脚注=ブラジルとベネズエラの国境地帯、オリノコ川源流に暮らす裸族。関野は「とにかく明るくて自由奔放、自分の感情を隠すことがない」、また「一緒に暮らすと逃げ出したくなるほど疲れる」が「別れた途端、また会いたくなる不思議な人々」と感想を述べている。]の村ではたばこを栽培しない。ある村ではコットンを栽培しない。栽培する能力はあるのに。それはお互いにモノをやり取りするためなんです。モノはため込まず、必要な人のもとに移動していく。何かあればそのときは頼るんです。彼らは競争の原理でなく、人のネットワークで生きている。こうした人々には南米だけでなく、エチオピアなどこの旅の過程のあちこちで出会いましたね。狩猟民であれ遊牧民であれ、そこに大きな共通点がある。】とふりかえり、【〔…〕とくに日本、欧米は激しい競争社会です。でも豊かさを享受しているはずのアメリカで、老人の自殺が多いのは皮肉です。僕は、みながヤマノミになれ、とは思わないけど、ひとつのモデルとして有効だと思います。そういう生産至上主義ではない社会では老人が孤独だったり、疎外されたりすることは考えられない。モノやカネがあっても孤独な人生より、カネはなくとも、人が集まってくる人生のほうが、僕は幸せだな。】と述べている。▼韓国・民主労総教育宣伝室「<報道資料>発電ストライキが残したもの」(02.04.02、韓国人権ニュース第162号02.04.06付)。【第1に、今回のストライキが残した1番重要な点は、発電所売却を含めた鉄道・ガスなど基幹産業民営化をめぐる活発な討論と国民的合意の課題を提起したことだ。/第2に、既存の労政関係、労動界内部の地形に変化の要素が現われ、これはこれからもっと加速化するものと見られる。/第3に、発電ストライキ過程で金属中心の第1次連帯ゼネスト、4・2に予定された14万規模のゼネスト準備は、労動運動の歴史を新たに打ち立てた貴重な連帯闘争で、今後の労動運動の気風を新たにする大きい活力源になるだろう。/第4に、ストライキの後遺症を最小化して円満な労使関係をつくる対等な労使関係を回復しないなら、いつでもまたストが起こりうる。/第5に、インターネットと携帯電話を利用した「散開スト」「電撃作戦」など、独特のストライキ戦術と労組員家族の積極的な活動は、今後の労動界のストライキの新しい典型を作った。】。
4月8日 ▼『三省堂ぶっくれっと』NO.153(2002年3月、この号での休刊は残念!)に西田龍雄「文字研究の到達点――『世界文字辞典』」。【中国は古来、広大な領土に多言語・多民族を抱え込んで統治支配してきた国です。当然、命令・伝達は漢字でなされたので、被支配者は漢字を知らなければ生きていけませんでした。科挙という難しい試験を経た役人が登用されました。〔……〕/世界的に見ると、ラテン文字と固有の文字の二重使用の関係があります。ラテン文字の普及には大まかに見て三段階があります。最初はラテン語の発展と聖書の波及です。この第一段階でヨーロッパ諸言語は次々とラテン文字を採用していきました。第二の段階は、大航海時代に始まるヨーロッパ諸民族の植民地支配です。アジアにおいては、ベトナムの変形ラテン文字(チュー・クオック・グー)の採用がその例で、そして第三は、昨今の通信技術の発展に伴う英語の支配です。世界的にラテン文字を使わざるを得ない状況が起きたのです。/しかし、中国でなぜ漢字が保存され、また少数民族の文字もなぜ保存されたのか。漢字などは一時危うく捨てられそうになったのに、それが助かったのはなぜかというと、ワープロやコンピューターの発展のおかげです。当初は表意文字などは到底やりとりできず使用をあきらめかけた時期もありましたが、技術の進歩がめざましく固有の異形文字も機械処理することができるようになり、ラテン文字に全面移行することはなくなったわけです。中国の文人の中には、中国が生き延びるためには漢字を廃止せよと言った人もいました。それが技術の発展により、漢字も少数民族の文字も生き延び、それぞれの文化も無事保存されることになったのです。そもそも簡体字はラテン文字化の前段階ともいえたので、簡体字もある範囲内で繁体字に戻されるのではないでしょうか。ラテン文字への一元支配がストップされたことも、非常に面白い方向だと思っています。(談)】。▼レイバーネットのページに「大慶・遼陽労働者のその後」(02.04.06)として、中国労働者通信からの最新情報と香港紙に掲載された関連ニュース。▼「「Intelligence」発刊、米諜報活動を特集」(ODN News 02.03.23)。▼広河隆一通信のページに緊急ウェブ写真展「アフガニスタン 死にゆく子どもたち」(02.01.30)。
4月7日 ▼JIS文字コード改訂の考え方公開レビュー終了にともない、財団法人日本規格協会符号化文字集合調査研究委員会事務局「JIS文字コード改正の方針と変更箇所」(02.04.05)。▼映画「害虫」(監督・塩田明彦、配給・日活)のパンフレット(02.03.16)に黒沢清「塩田明彦は、溝口健二かフェデリコ・フェリーニか?」。【見終わって、おおこれはまるで『西鶴一代女』だ!と叫んだ友人がいた。なるほど『害虫』が扱う主たるテーマは時間である。時間は、人に決定的な何かを及ぼしつつ残酷に過ぎ去る。運命と呼んでもいい。しかし、普通そんなものを扱おうと考えたら、大掛かりな歴史の仕掛けや、何十年にも及ぶ流転の人生を物語に据えなきゃいかんのじゃないか、と考える。溝口だってそうしてる。ところが『害虫』は違った。そこには女子中学生のほんの数ヶ月のできごとしか描かれていない。なのに、ぼくたちは女の一生を見てしまったのだ。これが映画というものの底力か。どうしてこんなことが可能なのかは謎だが、塩田明彦は今後ことあるごとに溝口健二と比較されるだろうし、宮崎あおいはひょっとして現代の田中絹代なのかもしれない。/と考えていると、ふと『カビリアの夜』が頭に浮かんだ。運命は残酷かもしれないが、一方で人の魂を鍛える。つまり、ラストの主人公を悲惨と見るか、爽快と見るかの違いなのだが、ぼくは後者だ。うん、よくやった宮崎あおい、家も学校も恋人も捨てて、どこまでも運命に身を委ねろ!最後にぼくはそう叫んでいた。『害虫』で選び取られたエピソードは確かに暗い。いじめや家庭崩壊は、主人公を一直線に悲劇へと駆り立てる。が、実際この映画の中心に太く貫かれているのは、生に対する大いなる肯定の姿勢だと感じる。彼女は少なくとも死ななかった、それでじゅうぶん幸せじゃないか。となると、宮崎あおいはジュリエッタ・マシーナだ。塩田明彦は早々にフェリーニと比較されねばならないだろう。/さて、あなたはどっち?『西鶴一代女』派か『カビリアの夜』派か。】。
4月6日 丸川哲史「冷戦と日本のかかわり」〔『週刊読書人』2002年4月12日付「論潮 4月」欄〕。【〔…〕実証的な研究からも明らかにされているのは、日本による戦後賠償のサボタージュは、冷戦構造に深く規定されているということである。ここで間違えてはならないのは、冷戦は、単に外側からやって来たものではなく、東アジアにおいて日本がアメリカとともに主体=従属的にそれを構成したということであり、またその構成された現実によって、賠償責任を吹き飛ばしてしまおうとしたことである。そこから導き出されることとして、東アジアにおける冷戦(あるいは独裁)の苛酷な経験は、日本の冷戦受益者の経験と表裏一体であったということだ。多くの論証の必要を保留しつつも、日本人にとっての冷戦の経験を再定義するならば、それは、かつての帝国を失いながら、むしろその帝国意識を冷戦構造の中で再生産し続けたということではないか。第二次世界大戦における「敵」であったアメリカに摺り寄りつつ、そのアメリカの「意」を積極的に体現する主体=臣下としてアジアからの賠償要求を抑圧して来たこと。そして、そこからこそ、日本人の「アメリカ」と「アジア」にかかわる奇妙な距離の取り方とその分裂が招来されることになる。】と指摘する丸川は、山室信一『思想課題としてのアジア』を【東アジアにおけるナショナリズムの形成を欧米ナショナリズムの接合=分化の過程としつつも、東アジア間独自の連鎖や類同化といった問題設定によって果敢に読み解こうとし】た大著と評し、【そこでの興味深い論点の一つは、東アジアの近代において他より一歩先んじて近代化(富国強兵化)を進めた日本は、欧米の知、技術、世界観を媒介する翻訳上の結節環になっていたという指摘である。それを逆から言えば、結局のところ日本は、東アジアにおいて結節環以上の何にもなり得なかったということ、そしてさらに侵略のロジックとして「アジア」が利用されたということである。日本が何故アジアと出会えないかという問題は、未決のまま戦後(冷戦体制、脱冷戦期)にまで持ち越されているのである。】とむすんでいる。
4月5日 田中宇『仕組まれた9.11 アメリカは戦争を欲していた』2002年4月、PHP研究所。【本書では、9・11事件とそれに関連することがらについて、いろいろな角度から分析してきた。その結果分かったことは、アメリカ政府の上層部にとって、9・11事件は「奇襲」ではなかった可能性が大きい、ということである。〔……〕ブッシュ大統領やその配下の高官たちが、9・11事件の発生を事前に知りながら黙認したり、あるいは9・11の発生を誘発もしくは企図したとしたら、それはアメリカの国益にプラスになると考えたからに違いない。〔……〕罪もない人々が何千人も死んだ9・11事件がアメリカにとってプラスになるというのは、どういう考え方に基づいているのか。それを考える際に参考になりそうなのが「影の政府」の存在である。】として、田中は「アメリカで秘密裏に建設された巨大地下施設」「議会を通さない大統領令で作られた有事体制」「「影の政府」が実際に稼動している」と、具体的にFEMA(連邦緊急管理庁)の実態を示して【「大統領府による独裁政治が可能になる有事体制を作り出すために9・11が誘発された」という解釈】が成り立つとし、その背景に存在する【「経済危機になりそうになったら軍事的な方法で有事体制を作り出し、民主主義の機能の一部を制限する」という方法】を指摘、さらに【9・11以降、「アメリカはこっそり帝国主義をやっている現状を改め、堂々と帝国主義国への移行を宣言すべきではないか」という論調が右派陣営から出されるようになった。】として、ポール・ジョンソン「テロリズム対策の決定打は植民地主義」、ニアル・ファーガソン「新しい帝国主義の時代がきた」などをとりあげ批判しながら、田中自身は「多様性が機能している間はアメリカの理想は生き残っている」としている。
4月4日 ▼『山陽新聞』02.04.03付に「情報公開し、国民の判断を/傍受法初適用で弁護士ら」、【弁護士や超党派の国会議員らでつくる「盗聴法の廃止を求める署名実行委員会」が3日、参院議員会館で記者会見し、警視庁が通信傍受法を初めて適用したことに「従来の範囲の捜査で十分だったのではないか」と今回の適用に抗議し「国民の審判を仰ぐべきだ」と情報公開を求める声明を発表した。/声明は「今回の事件で検挙されたのは末端組員と顧客で、犯罪組織の壊滅に何ら役立つものではないことを実証した」と指摘。「同法に対する疑問の声、廃止を求める声はいまだに大きく、情報を公開して国民の判断を仰ぐべきだ」としている。〔…〕】。→盗聴法の廃止を求める署名実行委員会「盗聴法初適用に関する声明」(02.04.03 aml 27157)。▼レイバーネットのページに「有事法制反対の国会前行動」(02.04.03)。【STOP有事法制の国会前アピールが、4月3日、12時15分から13時15分まで衆議院第二議員会館前でおこなわれた。この行動は、陸海空港湾労組20団体、日本山妙法寺、平和を実現するキリスト者ネットの呼びかけで取り組まれ、600人が参加した。/国会議員は、共産党の穀田恵二衆議院議員、社大党の島袋宗康参議院議員、無所属の川田悦子衆議院議員が、労働組合は、海員、航空連、全国港湾、医労連、全労協が、市民団体は、緊急行動、消費者連盟、国民大行動、チャンスが、宗教者は、日本山妙法寺、キリスト者ネットなど多彩の顔ぶれが発言した。歌やウェーブなどのパフォーマンスを取り入れた1時間の行動であった。】。
4月3日 ▼TBS News 4月3日付に「「有事法制」法案の全容が判明」、必読。▼毎日INTERACTIVE 4月3日付に「個人情報:政府内部でも「官による規制」を懸念」、【大臣に民間活動に介入できる強い監督権限を与えている個人情報保護法案について、政府が当初、大臣ではなく第三者機関による監督・監視を想定していたことを示す法案の試案を2日、毎日新聞が入手した。現在の法案は表現・言論の自由を制約すると懸念されているが、政府内部でも「官による規制」への危険性が認識されていたことになる。〔…〕】。また『毎日新聞』同日付から連載「メディア規制法案を問う」開始、【表現・報道の自由を脅かしかねない三つの法案がある。個人情報保護法案、人権擁護法案、青少年有害社会環境対策基本法案。いわゆる「メディア規制3法案」は、なぜつくられたのか。成立すれば、どのような事態になるのか。法案の内実とその背景に迫った。〔…〕】、注目。▼「世界が100人の村だったら」問題については次の二つのサイトが必見。福井利器「「100人の村」メールの真相」(アレフ個人サイト「半跏思惟」)、森岡正博「100人の地球村」(「生命学ホームページ」)。
4月2日 ▼上田正昭『古代再発見』2002年3月、東京創元社(創元ライブラリ、75年角川書店刊を補訂・加筆)。「折口学の展望のなかにあって、ついに開花しなかったもの」として折口信夫と朝鮮とのかかわりを上田は【折口学と朝鮮とのまじわりを実感したのは、第二回の沖縄調査から帰ったさい、折口が目撃した関東大震災における朝鮮人虐殺、その「すさび」を「公憤」して詠んだ、大正十三年(一九二四)の『日光』誌上に発表された「砂けぶり」と接した時からである。/その「非短歌」の一節には、/ おん身らは、誰をころしたと思ふ/ 陛下のみ名において――/ おそろしい呪文だ。/ 陛下万歳 ばんざあい/と歌われている。この二〇聯を貫く詩心は、折口が信頼していた民衆の暴徒と化した「すさび」であった。民衆のこころの荒廃であった。/大正十二年の九月四日、横浜から自宅へと歩きつづけた折口は増上寺山門あたりで自警団に囲まれ、その風体をあやしまれる。焼け野が原の眺望以上に、折口を悲憤と絶望に追いやったのは、朝鮮人虐殺の「やまと」の本質であった。】として【〔…〕「やまと」の学問のゆがみと、そしてそのなかに、あやまちを繰り返すまいと心がけながら、あやまちを繰り返しているかもしれないおのれを、見えない朝鮮が問うてやまぬ。】と書いている。▼「「警視庁信号機談合事件」についての記者会見―住民監査請求・刑事告発の報告およびその趣旨説明―」4月4日15:00、弁護士会館5階502E/F会議室。
4月1日 ▼レイバーネットのページに「サッカーボールより濃い日韓生コン技士の同志愛/日韓の建設運送労組が懸案問題解決のために手を取り合う」(02.03.27)。▼『実話時代』2002年5月号(メディアボーイ刊)に、「司法の横暴とデタラメにはヤクザは徹底して戦うべし」(無署名記事)。「被告人がヤクザであるとの理由だけで裁判は著しく公正さを欠いている。裁判官、検事は己の出世のためにヤクザを陥れている。法の下に平等であるはずなのだが―」として、三代目山健組桑田兼吉組長に対する拳銃不法所持の共謀共同正犯容疑での裁判、および二代目清勇会川口和秀会長に対する殺人と殺人未遂の共謀共同正犯容疑での裁判をとりあげ、「“調書偏重”主義こそ冤罪の元凶」と指摘、【今、司法制度改革などと話題になっている。しかし、それは国民のための改革ではない。まず、司法のあまりにも無惨な現状が明らかにならずに、改革はありえない。問題の所在も定かでないのに、どうして改革が出来るというのか。/本当の司法の問題は制度にではなく、司法にたずさわる者たちによって、法の公正がそこなわれているというところにある。〔……〕桑田組長も、川口会長も、「やった事なら黙って罰を受ける。しかし、やっていない事はやっていないのだ」と、闘い続けている。早く認めれば、早く入り、早く出てこられる。だが、問題はそんな事ではない。人間としての尊厳を奪われたくないのである。非道と闘う事、そこに任侠の道理がある。】。
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