2月15日 Visual Communication Design(VCD)のページの「コトバのスケッチ帳」。ヒラギノを使った京都精華大学学生の作品集。【さまざまな出版物が流通する現在,「文字組版」に対する意識は希薄です。しかし,デザインとコトバの関係は実に密接です。このカリキュラムでは「日本語タテ組み文字組版」についての基本的な要項を学習するとともに,コトバを「書く」,文字を「組む」,美しく「並べる」の3つの要素をDTPで処理します。/「コトバのスケッチ帳」とは,日頃よく使っているコトバや,だんだん使われなくなってしまったコトバを学生自らが発掘し,そのコトバの語源や使われ方などを調査し,自ら文書を作成する,いわば「コトバのビジュアル辞典」です。/「本文」はよどみなくまるで空気のような存在として組み,とくに約物の文字間・行頭行末の揃えについて意識し,「見出し」はそのコトバを一塊として存在するようにプロポーショナルに組み上げます。そして,参考とした資料・取材先・URLを「キャプション」として紹介します。すなわち,文書構造によって文字組版の差異を明示し,目的に沿った日本語文字組版の理解を深める手がかりとします。作成した文書を頼りに,そのコトバをよくあらわす具象的イメージをイラストとして表現します。最後にこれらの要素を美しく読ませるために,決められたフォーマットに沿って「レイアウト」していきます。/このサイトでは,それぞれのレイアウトをjpeg形式で表示します。圧縮率の都合上,小さい文字の可読性は落ちますが,必要があればpdfファイルよりご確認ください。pdfファイルではフォントエンベッドしておりますので,美しい組版状況でご確認いただけます。〔…〕】。
2月14日 救援連絡センターのページ(最新弾圧ニュース)に「昨年に続き、再び入管法改悪の動き」(救援394号より)。【〔…〕アメリカの「9・11」事態以降、10月8日に内閣に設置された「テロ対策本部」で「法改定でなく、実務レベルの運用変更で対応する」との報道もなされたが、政府はやはり新たな入管法改悪をもって臨んできた。/今回の法改悪の最大の口実は「フーリガン対策」である。そもそも「フーリガン(ならずもの)」という呼称を安易に使うこと自体に、外国人に対する偏見と排除の姿勢が明白なのだが、政府・法務省はその「対策」の対象となる人数も把握しておらず、法改定の必要性さえ十分に提示しえていない。「外国人と見たら危険人物と思え」というあからさまな人権・政治弾圧を招来しかねない(現に、空港での外国人入国チェックは格段に厳しくなっているという)。さらに、在留外国人の挙動を細かに監視し、些細な罪をデッチ上げて有罪にし、退去強制を容易にすることをもくろんでいる(不要な外国人は出て行け、という攻撃である)。こんな重大な法改悪を、ろくな審議もなしに成立させてしまったことを、運動の側は深く反省しなければならない。/今年に入り「偽装結婚などによる不法滞在の外国人が増えているのを受けて、法務省は在留外国人の生活実態を調査する権限を強化する方針を固め、通常国会に入管法改定案を提出したい意向」との新聞報道がなされた(1・10)。昨年来「入管Gメンの活動」と称して、日本人と結婚した外国人女性の部屋にまで踏み込んでの摘発を扱ったTV番組(プライバシーのかけらも保障されない)を放映するなどのキャンペーンが張られており、「世論操作」にもぬかりはないというわけだ。在留外国人にとっては、ダブルパンチである。/国内においても国際的にも、何か事件やきっかけがあれば、真っ先に狙われる存在の一つが外国人であり、いち早く手をつけられるのが彼らを管理・支配する入管法の改悪であることを再確認しつつ、こうした動きに抗する闘いをいっそう強めていかねばと思う。】。
2月13日 『統一の旗』726号(02.02.15発行)に「ルポ 米バークレー市/平和をめざす人と街(上)/「空爆停止」決議を生んだ力/民主主義は平和・正義の源」。【「空爆停止、テロの温床(貧困・抑圧など)克服」を求める決議を上げた米国バークレー市議会。報復戦争を支持する米国世論の中にあっても、多くの市民が歓迎した。生活の場から平和を築こうと運動を進める「平和と生活をむすぶ会」(豆多敏紀代表)は、一月二十六日から三十日まで、地域づくりの交流と日本への招請のため、現地に出かけた。】との立場からのレポート。【〔…〕「空爆が始まった十月八日、大学でも五千人規模の抗議集会があった。その場に四人の市会議員が参加し、報復では解決にならないと発言した。すぐさま文案をまとめ九日の議会に緊急提案したが、三分の二の賛成が必要などの条件が整わず、一部修正して一週間後の議会にあらためて提案し直した」。電動車椅子に座ったスプリング議員は議決に至る経過から話を始めた。/市議会は、八つの選挙区から選出された議員と市長の計九人で構成されている。六人の賛成が得られなければ、緊急提案は採択されない。保守系のマスコミが議案を非難する報道を行ったこともあり、抗議の電話やメールが集中した。/「採決の日、議会は賛成・反対両派の市民でいっぱいになった。議会には最初に市民の発言の時間がある。希望者の中から十人がクジで選ばれ、三分間だが意見が言える。その場で市民から賛成の発言があって、勇気づけられた」。/議場はバークレー市の中心、旧市民ホールの中にある。一年を通して毎週火曜日、午後七時から開催される議会には、誰もが参加できる。議案の採決は深夜に及んだ。五対四で可決。ところがその後も、マスコミおよびその論調にあわせた保守派の市長は、経済的ボイコットを呼びかける暴挙に出た。取引を控える、予約を取り消す、そんな提案まで出された。同様の決議を検討していたカリファルニア州のアルケイタ、サンタクルーズの両市は、バークレー・バッシングを見て断念したという。/バークレー市民の反応は違った。採決から十日後に実施された世論調査では五九%が支持。反対は三六%だった。/今年十一月に選挙を控える市長は態度を一変させたという。〔…〕】。
2月12日 ▼再掲、上野千鶴子「あげた手をおろす」(池澤夏樹のメールマガジン「新世紀へようこそ 02.02.09付“無力な立場”」に転載紹介)。▼URL変更のため再掲( 1. .../revue/jcsopen.htm --> 2. .../revue/jcsreview.htm --> 3. .../review/jcsreview.htm )、1か月の実施期間中に2度にわたるURL変更という異例の事態! こんな「脳力」で表外字の字体の標準化などできるのか?! 新JCSの足をひっぱる(?)instacには当事者能力があるのか?! 「JIS文字コード改訂の考え方公開レビューの御案内」(02.02.01、財団法人日本規格協会符号化文字集合調査研究委員会委員長・樺島忠夫)。JIS文字コード改訂案:(1)「公開レビューの御案内」 (2)「JIS文字コード改訂の方針と具体的変更箇所」 (3)「表外漢字字体表でJISを流用した文字」 (4)「正誤表」(2月1日登録)。
2月11日 上野千鶴子「あげた手をおろす」が、池澤夏樹のメールマガジン「新世紀へようこそ」の02.02.09付「無力な立場」に全文転載紹介されている。【〔…〕アメリカの男は、アメリカの女たちも、おなじように言う。アメリカのフェミニストもそういう。/「だからって、何もしないわけにいかないでしょう?」/わたしはそれを聞くたびに思う。アメリカのフェミニストは、フェミニストである以前に、アメリカ主義者だ、と。彼女たちはいったい何をしているのだろうか? 声が聞こえてこない。そう思っていると、タリバーンが女性から職をとりあげ、教育を禁止し、ブルカを強制した性差別者だ、だから攻撃してもよい・・・という声がとどく。わたしのきもちわるさは募る。これがフェミニズム? 武器と暴力でおしつけられる「解放」って何だろう? フェミニズムとは、他者の救済ではなく自己解放、なによりも自己定義権のかくとくのことではなかっただろうか? 「これがあなたにとって解放よ」と、当事者以外のだれが、アフガニスタンの女に「教えてやる」ことができるだろう?】と問う上野は、【理不尽な暴力に遭う。ゆるせない、と拳をにぎりしめる。そこまではおなじだ。そこで、くちびるをかみながら拳をおろす。そんな経験を、わたしたちはしてこなかっただろうか。ヒロシマ、ナガサキの惨劇のあと、日本には拳をふりあげる力さえなかった。夫に殴られつづける妻も、食ってかかって反撃したりはしない。なぜか。自分の無力さが骨身に沁みているからだ。反撃すれば、もっと手痛いしっぺがえしが待っていることを、知っているからだ。この経験は、無力なものには親しい。/「だからって、何もしないわけにいかないでしょう?」/そう言えるのは強者の権利。強大な軍事力という危険な道具を手にしたもののおごり。〔……〕もしあなたが無力なら、あなたは反撃しようとはしないだろう。なぜなら反撃する能力があなたにはないからだ。あなたが反撃を選ぶのは、あなたにその能力があるときにかぎられる。そしてその力とは、軍事力、つまり相手を有無を言わさずたたきのめし、したがわせるあからさまな暴力のことだ。/反撃の道が封じられているとき。わたしたちはどうしたらいいのだろう? 問いは、ほんとうはここから始まるはずだ。〔……〕相手から力づくでおしつけられるやりかたにノーを言おうとしている者たちが、同じようにちからづくで相手に自分の言い分をとおそうとすることは矛盾ではないだろうか。弱者の解放は、「抑圧者に似る」ことではない。〔…〕】と指摘している。深く共感、全文必読!
2月10日 アムネスティ・ニュースリリースのページに、アムネスティ発表国際ニュース「アフガニスタン:捕虜の拘禁状況に対し緊急に対策が必要」(02.02.01)。【劣悪な収容状況のためにアフガニスタンにいる数千人の囚人たちの生命が危機に瀕していると、本日アムネスティ・インターナショナルは警告した。拘禁施設を訪れた人々は、施設が危険なまでに過密状態であり、囚人たちが十分な食料や薬を得られず、厳しい冬の気候から守られていないと伝えている。〔……〕アフガニスタン当局管理下の施設に収容されている囚人たちの状況に、米国が、重大な影響力を保持していることも明白だ。報告によれば、米国の人員がシバルガン刑務所の被拘禁者を取り調べ、その多くをカンダハル空港にある米国管理下の施設に連行し、そこから囚人たちは空路、キューバのグアンタナモ湾にある米国の収容施設に移送された。2002年1月30日の声明で、ドナルド・ラムズフェルド米国国防長官は、現在アフガニスタン当局によって収容されている人々を含むアフガニスタンにいる数千人の被拘禁者は米国の管理下にあることを示唆した。声明で長官は「こうした数千の人々をアフガニスタン当局やパキスタン当局、さらには我が国が拘禁している。我々はひとりひとりに付いて詳しく調査し、タリバンの一兵卒だった人々はアフガニスタンやパキスタンに大量に送り返しながら、アルカイダやタリバン指導者層を選別し、発見するよう努めている」と述べた。/アムネスティ・インターナショナルは、12月半ばに米国管理下に設置されたカンダハル空港施設での状況についても重大な懸念を抱いている。12月に被拘禁者たちが空港に移送されたときに現地に居合わせた報道関係者は、到着時に囚人たちは猿轡と目隠しをされ、手枷・足枷をはめられ、全員が長く一列に繋がれていたと報じている。報告によれば、囚人たちは、以前、空港の格納庫として使われた区域に、暖房も無い土間の上、蛇腹鉄網で作られた檻に収容されていた。その建物にはハロゲン・ライトの強い照明が1日24時間点灯されっ放しになっていると伝えられる。〔…〕】。
2月9日 WIRED NEWS 2002年2月8日付にMark K. Anderson「ファイル圧縮技術の応用でテキストの筆者を推定」[日本語版:藤原聡美/高橋朋子]。【〔…〕1月28日付けの米国の物理専門誌『フィジカル・レビュー・レターズ』によると、3人のイタリア人科学者が、UNIX用圧縮プログラム『ジージップ』を使ってテキストファイルを圧縮することにより、それが何語で書かれているか、その文章を誰が書いたかといった判定を下すパターンマッチングに成功したという。/データ圧縮は、文字列の中の繰り返しを認識し、それにタグをつけるという作業を伴うタスクであり、ファイルの中に繰り返し登場するパターンが多ければ多いほど、圧縮率は高くなる。したがって、たとえばファイルXが何語で書かれているかを知りたい場合は、すでに使用言語がわかっている他のファイルと一緒に圧縮にかけ、それぞれの圧縮率を比べてみればよい。/イタリア語のテキストと一緒に圧縮したファイルXが、フランス語や英語などほかの言語のテキストと一緒に圧縮したファイルXより圧縮率が高ければ、みごと、ファイルを開くことなくXがどうやらイタリア語で書かれているとわかるというわけだ。/この実験を行なった科学者は、ローマにあるラ・サピエンツァ大学のダリオ・ベネデット氏、エマヌエル・カリオティ氏、ビットリオ・ロレト氏の3人。彼らはこの技術を使って、たった20文字ほどの正体不明の文が何語で書かれているかを判定できた。さらに、11人の筆者による90個のテキストを収めたデータベースを用い、同じ方法で個々のテキストの筆者を判別したところ、93%という高い率で成功を収めた。/3人によれば、この単純な技法を検索エンジンに応用すれば、検索語を意味論的に分類したり、さらには文体や読者層といった高度な分類をしたりすることもできるかもしれないという。〔…〕】。
2月8日 ▼大日本スクリーン製造(千都フォントライブラリー)のページに、「ヒラギノ字形(OpenType)のデザイン包摂基準一例」(HTML版)、同(PDF版、396KB)。▼再掲、JAGAT(日本印刷技術協会)のページ(PAGE2002)に、コンファレンス「OpenType時代の文字」。2月8日(木)9:00-11:00、プリンスホテル2F「琴」。▼再掲、「JIS文字コード改訂の考え方公開レビューの御案内」(02.02.01、財団法人日本規格協会符号化文字集合調査研究委員会委員長・樺島忠夫)。JIS文字コード改訂案:(1)「公開レビューの御案内」 (2)「JIS文字コード改訂の方針と具体的変更箇所」 (3)「表外漢字字体表でJISを流用した文字」 (4)「正誤表」(2月1日登録)。
2月7日 ▼「JIS文字コード改訂の考え方公開レビューの御案内」(02.02.01、財団法人日本規格協会符号化文字集合調査研究委員会委員長・樺島忠夫)。URL変更につき再掲! JIS文字コード改訂案:(1)「公開レビューの御案内」 (2)「JIS文字コード改訂の方針と具体的変更箇所」 (3)「表外漢字字体表でJISを流用した文字」 (4)「正誤表」(2月1日登録)。▼「JISX4064素案公開レビューの御案内」(02.01.21、財団法人日本規格協会電子文書処理システム標準化調査研究委員会委員長・芝野耕司)。URL変更につき再掲! 「仮名漢字変換システムの基本機能」X4064素案。▼INTERNET Watch連載中の「小形克宏の『文字の海、ビットの舟』―― 文字コードが私たちに問いかけるもの」で「特別編第13回 表外漢字字体表は、JIS漢字コードをどう変えるのか?(4)いよいよ始まった『JIS改訂の考え方公開レビュー』を解説する」(02.02.06)。小形は【今回の公開レビューでは、JIS X 0213の時のように規格原案をしめさず、「考え方」を公開し、その後で規格として形を整えるという形式だ。今回公開されたものは、以前と比べてはるかに読みやすく考えやすい。これは歓迎すべき変化と私は思う。】と評しているが、ここで指す「以前」とはJIS X 0213:2000規格票のことだろうか。であれば「はるかに読みやすく考えやすい」というのは小形自身の理解力のなさへの告白であり、居直りにすぎず、きわめて“あやうい”傾向といわざるをえない〔今回のレビュー資料URLの途中変更と混乱とも通じる莫迦さかげん!〕。どこかで、だれかが「学問にとっては平安の大道はない、そしてその険阻な小径をよじ登るに疲れることを厭わない人々のみが、ひとりその輝ける絶頂に到達する仕合せをもつものである」と言っていなかったか。そもそも文字コードの規格とその字体包摂の規準は言語としての文字に対する規範などではなく、漢字制限とも無縁であった。それをまたまたわざと混同させたうえで【やってみれば分かるが、実は常用漢字だけで文章を書くのは至難の業だ。】などという俗耳に媚びた意見を【表外漢字についての考察の出発点となるべき】として漢字制限論への感情的な反発と重ねる小形には、先人への敬意も歴史への眼差しも欠如しているのではないか。むしろ今回の公開レビューの意義を積極的にとらえるならば、「答申」レベルの表外漢字字体表にJISで対応しようとしていることにこそ着目し、歴史的にとらえるべきであろう。
2月6日 ジャン・ボードリヤール、塚原史訳『不可能な交換』2002年1月、紀伊國屋書店。「訳者後記」で【〔…〕本書は「世紀末」を通過したばかりの世界の複雑性のうちに、思想の新しい方向を見出そうとするオリジナルな試みとして注目すべき作品である】とする塚原は【ところで、本訳書は二〇〇一年九月十一日の歴史的事件以後最初に出版されるボードリヤールの著作となったが〔…〕著者は同年十一月三日の『ルモンド』紙上に「テロリズムの精神」と題する長文の評論を発表している。〔…〕そこでボードリヤールが展開している二項対立型の思想への鋭い批判や、システムが完成に近づくほどその自滅の可能性も増大するという思想などは、すでにこの書物で語られていたことがらである。/本書で彼は、まるで何かを予感したかのように「つねに原因と結果の均衡を求めることの束縛や、意味を求めることの専制から解放してくれる異常な出来事を、人びとは夢見ている」と、書いていた。そして、何よりもあのハイジャック機が衝突したのは「不可能な交換の壁」だったのではなかったろうか。たとえ「善」が「悪」を打倒したつもりでも、この「壁」はけっして消滅しないだろう。そのことを思えば、「善と単一性の原則の勝利」(グローバリゼーションそのものだ)が「かえって世界と思想の絶対的な特異性への道をひらくのだ」というボードリヤールの言葉からは、状況から距離を置いた「安全な」批評のレベルをはるかに越えた根源的なメッセージを読みとることができるはずである。】と書いている。
2月5日 子安宣邦のホームページ(私の発言)に子安宣邦「ハーヴァード大学エンツイン研究所報告:「大いなる他者─近代日本の中国像」」(02.03.27予定)。【中国は日本にとって大いなる他者として存在してきたし、いまなお存在し続けている。日本における文化の成立にとって、ことに日本の書記文化の成立にとって中国とその漢字文化の存在は不可欠の前提であり、不可避の条件であった。〔…〕中国文化なくして日本文化はありえない。にもかかわらずその他者化を通じてしか日本文化の自立性は主張しえないのである。中国とは日本にとって大いなる他者である。/19世紀の後期に始まる日本の近代国家としての自立的な成長と発展の過程は、大いなる他者中国とのきわめて複雑な政治心理学的過程を辿ることになる。中国から自らを差異化することなくして、すなわち中国に日本との、ことに近代化を遂げつつある日本との異質性を押し付けることなくして日本の近代国家としての成立も発展もなかったのである。〔…〕日本の中国に対する異質性を日本の歴史過程に弁証することが、明治期の文明論・文明史の課題であった。そして近代日本は究極的には〈父殺し〉にも似た否定的な行為を中国大陸に展開することになるのである。/ここで私が報告しようとするのは、第一に中国から否定的な自己差異化としての日本の近代化の構造的な性格であり、第二に否定的な他者として中国像を構成していった近代日本の知識人の中国認識をめぐる問題であり、そして最後に、中国との間に近代日本がもった否定的な政治的・認識的関係をあいまいにしたままで、中国との関係を再開した戦後日本の中国問題についてである。中国問題が現代日本にとってなお未解決であるのは、政治上においてばかりではなく、認識上においてであり、理念上においてでもある。もとより現代日本において未解決であるのは、中国問題ばかりではない。朝鮮問題はより屈折した形で未解決である。究極するところアジアの問題が日本にとって未解決である。ただ日本にとって中国問題はいつでも東アジアないしアジア問題に代置されるような問題としてある。そのこと自体が日本にとっての中国問題の大きさを物語っているだろう。〔…〕】。
2月4日 赤坂憲雄・森繁哉責任編集『別冊東北学』Vol.3(東北芸術工科大学東北文化研究センター/作品社)が「死者と生きる」を特集、碑文谷創「漂流する葬儀 「葬」と「喪」のはざまに」。【〔…〕過去の日本人には「死後の安心保障体制」があった。それが大きく崩れてきていると思うのです。過去には、親と同居し、親が亡くなったら仏壇・墓を守る。そして自分の老後・死後は子どもにそれを委託する、という安心保障体制があった。だが、高度成長期に家を離れた人たちは、自分の親の世話も死後の祭祀もあまりやっていない。〔…〕喪主世代も世代交代してきている。〔…〕世代意識の上でも伝統的といわれた葬儀慣習の継承が断絶しておかしくない状況にあるのです。】とする碑文谷は、近代に入って二度のエポックをへての葬儀の大規模化、死ぬ場所の自宅から病院への変化、葬儀も自宅から寺院での葬儀へ、さらに斎場(葬儀会館)へ、という推移を概観し、共同体の変質が葬儀を変えたと書いている。【死者との関係を取り結ぶ装置として葬儀がある。〔…〕葬式は、死の事実性を突きつけられる最初の場です。これがあいまいにされると、その後のあり方が極めて難しくなります。〔……〕フランスの哲学者ジャン・ケレビッチが死を一人称の死(自分の死)、二人称の死(近親者の死)、三人称の死(他人の死)と分けましたが、死の具体的な認識は常に二人称なんです。〔……〕リアルな死は、自分が二人称の死に出合って初めて体験できるものです。それを取り扱っているのが葬儀なんです。】として碑文谷は地域のお寺に対して【〔…〕何をやるべきかという問いへの解答は、実はすでにあるんです。「死」に対するケアです。葬祭仏教が民衆の支持を得たのは、民衆の生死にきちんとかかわったからです。それを民衆の側が理解したから支持を得た。この原点を忘れて、単なる葬祭稼業になってはいけない。】と提起、また日本の先祖の概念について【〔…〕祖先祭祀ではなく、むしろ死者祭祀が核になっていると見るべきではないか。〔…〕死者祭祀というのは家族との関係です。これは二人称の関係なんです。】と指摘し、【これからの葬儀を考えると、葬儀というよりも、むしろ死体処理というべきものが増える時代になるのではないかと心配です。〔…〕最近、「喪」よりも「葬」が主として使われているのはちょっと危険なんじゃないか。〔…〕「喪」を感じる人が少なくなったのはやはり死のリアリティーが欠如しているのと関係しているからではないでしょうか。〔…〕「喪」がないというのは、死者への感情がなくなっていることを示しています。家族という感覚が失われ、家族の死に動揺することなく、三人称の死さながらに対応する人たちが増加の兆しを見せている。極めて危険な兆候と見ています。日本人の葬式というのは時間も手間もかけたものでした。そうせざるを得ないほど死の持つ意味は大きかった。そのことをもう一度考えてもいいのではないかと思います。】とむすんでいる。
2月3日 ▼JPNIC「国際化(多言語)ドメイン名の標準化がほぼ収束」(02.01.21、02.02.01補足)。▼『実話時代』2002年3月号に「特集・現代ヤクザの憂鬱」(無署名)、【ヤクザを取り巻く現状は厳しい。〔……〕法治国家で法を無視することも是とされるのだから、ヤクザたちにとってはたまったものではない。社会悪を一掃するという大義名分があれば、現在、どんな無茶でも通るようになっている。実際、ヤクザに対する法規制や取り締まりは、違法のオンパレードだ。しかし、それに異を唱える人間は皆無で、ヤクザは孤立無援の存在である。/現在はヤクザというだけで様々な不利益が我が身に降りかかってくる時代と言える。/たとえば、最近になって賃貸住宅の契約書には『暴力団関係者だと判明した際には無条件で退去』という条項が付け加えられるようになった。事務所での使用はもちろん、本人の住居に関してもその条項が適用されるという。そのため家族たちは世帯主がヤクザということをひた隠す。中堅クラス以下をみるとヤクザの家族の実生活はとても地味だ。〔…〕】。同月号の目森一喜「緊急リポート・ヤクザと裁判/上告棄却を断固弾劾する!! 冤罪はかくしてつくられた 二代目清勇会会長 川口和秀のあらたなる戦い」も必読。
2月2日 『週刊読書人』2002年2月8日付・2月論潮に丸川哲史「過ぎ去らない冷戦構造 アメリカが媒介となった「鏡」の呪縛」。【「9・11以後、世界は変わったか?」といった問いは、さほど有効ではないだろう。むしろこう言うべきだ。「911以後の時空は、私たちに何を開示しているのか?」と。そしてこの時、「時空」や「私たち」の自明性自体が、再審に付されるだろう。】という丸川は、目取真俊の発言をひきながら【〔…〕「『こと』が終わってから書くのではなく、『こと』が起こっているさなかに、あるいはその前に書くことを大切にしたかった」と記しているが、こういった姿勢は、本土(ヤマト)では既に弛緩してしまった、魯迅などに代表される東アジアの「雑文」の伝統に連なる感覚を彷彿とさせる。つまり目取真の言論は、沖縄という確固とした対象を持っている。この確固とした対象を持つことの「抵抗感」が重要なのだ。】と指摘しているが強く同意! 【竹内が為そうとし、しかしやり切れなかったアジア(非西洋世界)への想像力の回復といった問題系列を活性化させるためには、戦後の歴史的地政学的基盤としての冷戦構造を分析する他あるまい。】として丸川は、ジョン・ダワーの著書を紹介し【〔…〕日米戦争期にアメリカが生産していた日本へのマイナスイメージが、冷戦構造の成立とともに、プラスに転換し、そのマイナス面がそっくり中国へとシフトしている事態を指摘している。日本人に与えられていた「猿」のイメージは、戦後「ペット」となり、「子ども」は「生徒」となり、そして「狂人」は「患者」となった。そして、中国に与えられていたアジアにおける自由と民主のイメージは、戦後の日本へと移し返〔ママ〕られるとともに、戦前の日本に与えられていた一枚岩的な全体主義の表象は、そのまま、思考力のない群、狂信者、アジアの五億(あるいは六、七億)のアリとしての「中国」へと被せられることになった。/今日、東アジアにおいてこういった知見が必要なのは、端的に現在の日本における「北朝鮮」のイメージをめぐるポリティクスを考える際に重要だからである。〔……〕日本のメインストリームにおける「北朝鮮」像とは、多かれ少なかれ、かつてアメリカによって表象されていた「日本」の転位した姿であり、このアメリカが媒介となった「鏡」の呪縛を解くことこそ、冷戦構造を克服する第一歩になるであろう。〔…〕】と書いている。
2月1日 ▼【『「悪魔のお前たちに人権はない!」』出版記念シンポジウム 戦争非協力ってな〜に?/蘇る総動員体制/『悪魔』の人権を考える】3月30日(土)午後1時30分〜5時、会場:文京区民センター、パネリスト:池田浩士(京都大学教員)辛淑玉(人材育成コンサルタント)、主催:同実行委員会(03-3814-3861/090-2215-0256)。
2000年夏、茨城県竜ヶ崎市は3人の小学生に対して前代未聞の就学拒否(転校拒否)
処分を行った。この驚くべき違法処分に竜ヶ崎住民は呼応し、幼い子どもたちに向かっ
て拳を振り上げ、こう叫んだ。/「オウムは学校へ来るな!」「悪魔のお前たちに人権はない!」/「麻原彰晃の子」たちに対して「一般」住民が行った傍若無人の差別と迫害を見るとき、戦後に生きた我々の記憶にはないはずの情景が、見たはずのない悪夢が、鮮やかに蘇える。/住民らが暴力的な排斥運動に嬉々として動員されてゆく姿は、そして後に「あの時はしかたなかった」「反対なんてできなかった」と語る姿は、我々が祖父母や父母たちから聞かされた半世紀前の悪夢の記憶とみごとに重なる。/住民による「戦争協力」はすでに各地で進行し、自警団の根は地に深く張っている。/「住民の合意」が人権のない存在を作り出し、憲法を最後的に無力化してゆく。官製オウム排斥運動はそれを成し遂げたのだ……。/総動員体制はここまで来ている!!
▼『「仮名漢字変換システムの基本機能」JISX4064素案公開レビュー』(02.01.21 財団法人日本規格協会電子文書処理システム標準化調査研究委員会委員長・芝野耕司)。公開レビューの実施期間は2月28日(木)まで。
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