1月15日 「韓国の声」54号(02.01.08)に、「もう一つのアフガニスタン戦争」(康宗憲 署名)。【〔…〕アフガン戦争に関する日本のテレビ報道は、アメリカの立場から取材しているのだろう。極端な善悪論を基調にしており、“タリバン独裁政権の崩壊と多様な勢力を網羅した暫定政権の組閣発表によって、アフガニスタンには自由と民主主義が回復された”とでも言わんばかりだ。/果たして、“テロへの報復”を掲げてアフガニスタンに侵攻したアメリカの側に、正義はあるのか?テログループの壊滅やオサマ・ビンラディン氏の逮捕(あるいは殺害)が目的ではなく、アメリカが戦争をしかけた真の目的は他にあるのではないだろうか?アフガン戦争には、さまざまな疑問がつきまとう。/そして“テロ組織を支援する国も同罪”と見なし、イラクや北朝鮮にまで戦争を拡大しかねないブッシュ政権に対して、日本のマスコミは不思議なまでに冷静でこれと言った批判は見られない。アフガン戦争を契機に、自衛隊法の“改正”など日本の軍事大国化が順調に進んでいるからなのか、あるいは、“北朝鮮やイラクはどうしようもない国だから、少し痛い目にあった方がよい”との了解が国民の中にあるからなのか、いずれにしても、常軌を逸したアメリカに対する日本の沈黙には、不安を抱かざるを得ない。】との的確な指摘を前提に、戦争の背景、戦争の目的と実態、さらに戦争の結果について述べている。全文必読!
1月14日 『日本経済新聞』2001年1月13日付からはじまった連載「中国」の第1回「英語と中文 言語パワー巧みに操る」。【〔…〕今月末。中国の情報技術(IT)大手、北大方正集団(北京市)が六万五千字という膨大な漢字を収録したデータベースを海外で発売する。/中国のほか日本、韓国、ベトナムなどでしか使われない漢字も網羅。開発に五年を費やした。パソコンなどのソフトに導入すれば、どんな固有名詞でも文字化けせずに表示できる。日本法人の管祥紅社長(34)は「文字は世界のインフラ。漢字を世界標準の文字にしたい」と売り込む。/「国家標準の漢字に対応しないプリンターは販売できなくなる」。昨年十月、北京にある富士通の中国法人は中国の新たな漢字政策を受け、急きょ、プリンターの新製品のソフトを変更した。/中国政府は昨年九月、二十一年ぶりに日本の常用漢字に当たる国家標準の漢字を改定した。字数を六千七百字から約二万七千五百字と四倍に増やした。旧標準漢字には朱鎔基首相の「鎔」がないなど、不備があったからだ。/改定に伴い、新標準のソフトを搭載しないパソコンやプリンターなどの出荷を禁じた。外国メーカーは「言語によるビジネスへの介入だ」と反発するが、新施策の実務を担当する中国電子技術標準化研究所の王立建主任(48)は「自国の言語を死守するため一歩も譲らない」/中国語人口は香港、台湾や華僑を含めると約十四億人。約二十億人といわれる英語人口に次ぐ言語パワーを“武器”に世界に影響力を行使したいとの思惑が見え隠れする。〔……〕】。記事は、漢字コードと国語政策とを混同する誤りをおかしているが、これについては安岡孝一・安岡素子著『文字コードの世界』1999年、東京電機大学出版局を参照のこと。
1月13日 救援連絡センターのページ(最新弾圧ニュース)に、「12月27日 2名に死刑執行、死刑廃止の声を」。【暮れも押し迫った12月27日、森山真弓法務大臣の命令によって、2名の死刑が執行された。名古屋拘置所の長谷川敏彦さんと東京拘置所の朝倉幸治郎さんの執行に強く抗議する。〔……〕これほど慌ただしい執行は例がない。このことは、一昨年11月30日に3名の死刑が執行されて以来、約1年間執行がなく、もし昨年の執行がなければ、93年の死刑執行再開以降、毎年必ず死刑を執行し続けてきた流れを止めることになるという法務省官僚の危機感の現れに他ならない。それほどまでに死刑制度の存続に固執しているのである。/今日本は「戦争のできる国」作りをめざし、自衛隊の海外派兵や昨年末の「不審船」撃沈などの事態に見られるように、戦争へとひた走り続けている。一方では戦争に反対する勢力を弾圧するためにも治安法の改悪や死刑制度を存続・強化していかねばならない。警察官が簡単に銃を発砲してもいいように規則を変えたのもまさにそのためである。治安を守るためには人命を奪っても構わない。国家に逆らう人間は殺しても構わないとする攻撃が強められているのだ。〔……〕国連の規約人権委員会は繰り返し日本政府に対して死刑廃止の措置をとるよう勧告を出してきた。昨年6月には欧州評議会から2003年1月までに死刑廃止にむけた有効な施策を取らなければ、アメリカと日本の欧州評議会のオブザーバー国としての資格を検討せざるを得ないとの要求をつきつけられている。さらに韓国では、昨年11月に死刑廃止法案が国会に上程され、死刑廃止の気運が盛り上がっている。/これらの動きを受けて、日本でも死刑廃止議員連盟は新たに参加してきた議員も含め、超党派の議員連盟として活発な活動を展開している。/現在死刑確定者は56名。そのうちの半数を越える29名が再審を請求し、さらに数名が再審請求を準備している。これ以上の執行を許さないためにもさらに個々の死刑囚の支援を強化し、死刑廃止の声を強めていこう。】。関連:監獄人権センター(CPR)のページのリンク集2001年12月27日 死刑執行に対する抗議声明から、「死刑廃止フォーラム90の声明/死刑執行に抗議する」、「死刑廃止を推進する議員連盟の声明/死刑執行に抗議する」、「アムネスティ・インターナショナル日本の声明/死刑執行に抗議する」。
1月12日 民族時報のページに「アフガン攻撃反対 韓国各地で集会、デモ」(02.01.01付第963号)。【アフガニスタン報復戦争への韓国軍の派兵に反対する闘いが継続している。/ソウル、釜山、馬山、昌原など各地から集まった民族和解自主統一協議会(自統協)、実践連帯、共同実践の会員ら約百人は十二月十八日、慶尚南道鎮海にある海軍統制司令部前で集会を開き、アフガン戦争への韓国軍派兵反対と海軍輸送支援団の出港中断を要求した。集会で、洪根洙常任代表は「名分と道徳、法のない韓国軍派兵を即時中断せよ」と訴えた。/この日、米国の報復戦争を支援する四百五十人規模の陸軍医療支援団や海・空軍輸送支援団が設立され、海軍部隊は鎮海海軍ふ頭からインド洋に向けて出航した。/共同実践は同十五日、ソウル市内の東大門運動場前で約五百人が参加して「汎国民大会」を開き、報復戦争中断と派兵反対、テロ防止法制定阻止を訴えた。/この日の大会で、許ヨング民主労総委員長代行は「米国の帝国主義侵略戦争を粉砕して、真の平和を守るために闘争しなければならない」と述べ、「祖国統一のその日まで力強く連帯して闘争しよう」と主張した。参加者らは「平和の船」を先頭に、ソウル市内を平和行進した。】。
1月11日 ▼ビル・トッテンのページに、ジョン・スウィントン「報道の自由」。▼『噂の眞相』2002年2月号に、本誌特別取材班「“世界戦争”を仕掛け続ける謀略機関 米国CIAこそ史上最悪のテロリストだ!/首をかしげる米国の正義や民主主義と場当たり主義的内政干渉戦略の元凶を剥ぐ!」、本誌特別取材班「スクープ! 遂にリクルート接待で動かぬ証拠! 大嘘がバレた本多勝一の絶体絶命」。ともに必読! 関連:読書録98年9月15日付。▼さざなみ通信(トピクス)のページに「アメリカが国際刑事裁判所への協力を法律で禁止」(2001.12.10、S・T編集部員 署名)。【12月9日付『朝日新聞』によると、アメリカの上院議会は、紛争下での非人道的行為に対する個人の責任を問う国際刑事裁判所(ICC)について、海外派遣されている米兵が裁判にかけられかねないとして、それへのアメリカ政府の協力を全面的に禁じる法律を賛成多数で可決した。下院はすでに同種の法律を可決しており、またブッシュ政権もそれを支持しているので、アメリカ政府は、議会も行政もこぞってICCへの反対を貫くことになった。これは、一方ではテロに対する国際的包囲や人道を盛んに訴えながら、他方では、米兵が裁かれる危険性がある場合にはいかなる国際協力も拒否するという、最も卑劣であからさまなダブルスタンダードを表明するものである。すなわち、米兵がいかなる犯罪を起こそうとも、たとえば、非戦闘員をレイプして銃殺しようとも、あるいは村まるごと焼き払って、村民を皆殺しにしようとも、あるいは、多くの人が集まっているビルを爆破して数千人を皆殺しにしようとも、米兵だけはいっさい国際的に裁かれないという、アメリカだけは神聖不可侵というわけである。そして、彼ら自身が行なう軍事法廷においては、米兵がまともな処罰を受けないことは、これまでの無数の事件で証明ずみである。イランの民間航空機を誤爆して数百人を一瞬にして海の藻屑にした責任者はまったく罰せられず、逆に出世し、勲章を授与された。他方で、アメリカ人が犯罪の被害者になった場合には、他国に軍隊を派遣して、ミサイルを雨あられと降り注いでまで、容疑者をとらえようとする。これが、世界のリーダー、民主主義のチャンピオンのとっている公式の立場である。/今回の法律は、単に政府の協力禁止を言うだけでなく、(1)訴追対象から米兵が除外されないかぎり国連の平和維持活動に参加しない、(2)ICC条約を批准した国に対しては、アメリカの軍事援助を停止する、(3)米兵が戦犯容疑で拘束された場合には、軍事行動を含む「あらゆる必要な手段」をとる権限を大統領に付与するといった内容が列挙されている。この法律にもとづくなら、たとえば、オランダのハーグで国際刑事法廷が開かれる場合、アメリカはハーグを軍事侵攻して、米兵を奪還することができるのだ。この法律はまさに、アメリカこそが世界一のならず者国家であることを満天下に宣言したものである。/アメリカは世界のどの国、どの個人に対しても軍事行動を加え滅ぼすことができる、だが、アメリカの米兵に指一本触れることはまかりならん、たとえそれが国連にもとづいた国際機関であってもだ、というわけである。これが、アメリカが世界史上最悪のならず者国家、ゴロツキ国家、ヤクザ国家、マフィア国家であることを明々白々に証明するものでなくてなんだというのか。】。正しい!〔この項アップは02.01.14〕
1月10日 HotWired Japan(CILTURE)のページに「NEUT.」編集長・佐藤直樹「インタビュー/オルタナティブなデザインの生成を促すために、自ら雑誌を始めた。」(聞き手・江坂健、2001.8.7収録)。【つくっている行為なりプロセスの中には、常に、次はどうなるんだろうということと、でもそれが好きなんだったら、その何が好きなのかとか、何に対してワクワクしてるのかという視点が、あって然るべきだと思うんです。】という佐藤は【一番わかりやすいのは、自分でメディアをつくってみることですよね。そうすると、流通はどうなってるんだろうとか、人に発注するというのはどういうことなんだろうとか、翻訳とか文字校正の重要性とか、全部わかってきますから。今まで分業でお任せという形で、自分に自由度の高いフィールドさえ与えてくれればかっこいいのをつくるから、とか言ってやってきたことが、どうしたって一回崩れます。〔……〕世の中で動いているものというのは、思っていたより分業が上手く機能しているもんだなあ、と逆に思ったりもしますし。今までは、すごく批判的というか、素朴な疑問があったわけですけど、今の分業システムには、やはりそれなりの根拠というもにがあるんですね。自分でこうやって『NEUT.』を出してみて、いっぺんにいろいろなことをやろうとすると、滞っちゃうことも多いんですよ(笑)。たとえば、編集にしても、翻訳にしても、校正にしても、ボロボロなわけです。もっとコントロールして、もっといいものが出来るはずなんですけど。でも、一人の人間がやれることには、限度がありますから、そうすると、より個別の部分を特化して、能力の高い人が自由にそこでチャレンジして、それが一つの本にまとまっているほうが、よくなっていくだろうなと。それもやりながら見えてきたことです。】と発言している。
1月9日 ▼承前、辺見庸「これは「戦争」ではない カブールで考えたこと」。【〔…〕そう、この街を見るときに、ふさぎこまないですむやり方を私は考えだそうとした。いわば、悲しみを避けるための遠近法だ。それは、空を見上げているか、もしくは、なるべく遠目に像を見ることだ。/だが、そんな遠近法は、実際には、荒ぶる風景にたちまちにして壊されてしまう。国連機でカブールのバグラム空港に降り立ったときそのときから、怒り、悲嘆、疑問が胸底でたぎりはじめるのだ。空港で私の荷物チェックをしたのは、アフガンの係官でhなく、米海兵隊員とその軍用犬であった。いかなる手続きをへて米国がそうした権限を得るにいたったか問うても、まともな答えは返ってこないであろう。武力で制圧した者が、ここでは「正義」なのである。〔……〕それにしても、米国の支援でタリバーン政権を倒した北部同盟軍の規律のなさはどうだろう。まるで清末の腐敗した軍閥である。幹部が昼日中から街のレストランに居座り、飢えた民衆を尻目に盛大に食事をしている。子細に見ると、それら幹部は、いまのところ形勢有利なタジク系のスンニ派であり、かつてタリバーンを形成していたパシュトゥン人らは肩を落とし、小さくなっている。だが、北部同盟軍の将兵らには何カ月も給料が支払われていないという。彼らは、かつてタリバーン兵がいた兵舎で、なにするでもなく暮らしており、一部は夜盗化しているともいわれる。勝利の分け前を主張する北部同盟各派の内訌は必至であり、本当の和平と国家再建には、なおいまだしの感がある。】。▼田中宇の国際ニュース解説のページに、田中宇「ソマリアの和平を壊す米軍の「戦場探し」」(01.12.24)に注目を。
1月8日 辺見庸「これは「戦争」ではない カブールで考えたこと」〔『朝日新聞』2001年1月8日付〕。【〔…〕私の眼はたくさんの人の眼に吸い寄せられていった。たとえば、米軍による誤爆現場で生き残った幼児のまなざし。ものすごい爆裂音で鼓膜も破れてしまったその子は、精神に変調をきたし、たえず全身を痙攣させながら声を立てて笑っていた。他のショック死した多くの赤ん坊や老人にくらべれば、その子はラッキーだったといえるだろうか。眼が、しかし、笑ってはいないのだ。血も凍るような光景を瞳に残したまま、これ以上はない恐怖のまなざしで、頬と声だけがへらへらと笑っているのである。ジョージ・W・ブッシュ氏のいう「文明対野蛮」の戦争の、まぎれもない実相がここにある。全体、だれが野蛮なのか。/カブールが「解放」され、女性たちがブルカを脱ぎはじめているというテレビ報道があった。しかし、この遠近法には狂いがある。ほとんどの女性はブルカを脱いではいない。やはりもっと近づいて見たほうがいいのだ。あるとき、私は煮しめたような色のブルカを着た物ごいの女性に近づいて見た。凍てついた路上に痩せこけた半裸の赤ん坊を転がして、同情を買おうとしていた。顔面中央を覆うメッシュごしに、彼女の眼光がきらめいた。案外に若い女性であった。これほどつよい眼の光を私は見たことがない。その光は、哀願だけでない、譴責、糾弾、絶望の色をこもごも帯びて、私をぶすりと刺した。ブルカは脱ぐも脱がないもない、しばしば、生きんがための屈辱を隠してもいるのだと知った。〔……〕ある日、米軍特殊部隊や北部同盟兵士らが、空爆で殺した兵士らの遺体から、指を切り取って集めているという噂話を耳にした。米側がDNA鑑定をして、オサマ・ビンラディンやその側近のものか、確かめるためだという。山岳部を中心に猛爆撃を加えては、死体の指を切り落とし収集するという、およそ文明とも文化ともいえない作業を想像して、私は身震いしたことだ。/この冬、飢え死にしかかっている何万ものアフガン民衆のことなどまったく眼中にない、ひたすら不気味な報復の論理だけが、ここには、まかりとおっている。/私はカブール滞在中に、日本でのいわゆる「不審船」騒動を知った。冷静な分析を欠いた過剰かつ居丈高な反応が相次いだ。そのとき、脳裏をかすめたことがある。不審船の出所とみられる国への、有無をいわせぬ「米国方式」の軍事攻撃である。杞憂であろうか。いや、アフガンにおける米軍の傍若無人のふるまいを見るならば、この暴力方式の他地域への適用は、現実的といわなくてはならない。いまからつよい反対の声を上げておくにしくはないのだ。】。
1月7日 臼杵陽『イスラムの近代を読みなおす』2001年12月、毎日新聞社(構成・平井玄)。【〔…〕「イスラムとはこういうものだ」と決めつけてしまう本質主義的なイスラム理解と手を結びながら、今回のようなイスラム・イメージが肥大化するような言説構造が出来上がる。この画一化されたイスラム・イメージは、まさにオリエンタリズムそのものではないか】という的確な指摘を前提に、【〔…〕イスラムの近代はムスリムの側からの異議申し立てであり、欧米のヘゲモニーに対して無秩序を作り出す、広範に広がったムスリムの抵抗運動だったと私は考えている。〔……〕イスラム原理主義をことさら怪物のように語るのは、むしろそれを語る側に孕んでいる問題性を表出したものである。イスラム原理主義と言挙げした人の恐怖を表現したものである。】とする臼杵は、【〔…〕エルサレム周辺の地域の絶望がイスラム世界に共鳴していく。その構造を知らないと。九・一一の深い側面は理解できないと思います。】と指摘し、【〔…〕世界一般の貧困というより、むしろそれぞれの地域に局地的に偏在する絶望とどのように向き合うのか。〔……〕世界から排除されてきた人々は自分たちが人間と呼ぶに値しない隷属にあると認識しています。その隷属の起源はアメリカの世界支配、あるいはアメリカ的なグローバリゼーションだと私は思っています。アメリカの影響力のない場所を見出そうとしても不可能です。それゆえに、出口が見えずに絶望が広がる。イスラムの名の下における自爆テロという自死によってしかその絶望を表現できない。これは私たちの同時代に生きるものすべてにとっての悲劇です。〔……〕いまこそ、異文化に属する者の間の絶え間ないダイアローグが必要なのだと思います。】とむすんでいる。
1月6日 佐々木健一『タイトルの魔力 作品・人名・商品のなまえ学』2001年11月、中公新書。【絵を観るときそのタイトルを見てよいものかどうか迷う】事実を出発に【タイトルを要求したのは《教養としての藝術》というあり方である。そのタイトルを作品から切り離す遠心力は、《直感性》を旨とする近代美学からやってきた。そこに生まれた中間的な位置、両義的な性格が、タイトルの第一の特徴である。】とする佐々木は、固有名詞についてのソシュール的概念とフレーゲの概念、いわれとあやかり、名づけとネーミングについて絵画を中心に歴史的検討を加え、【タイトルは、当の作品を他の作品から区別するための名前であると同時に、その作品「について」の説明である、という点で名前を超えている。〔……〕タイトルが作品「について」の一種のメタテクストであること〔…〕それを一歩進め、鑑賞者の立場からその機能を問うならば、タイトルとは、「として見る」ことの命令なのである。】と指摘している。【かくして、「〜として見よ」という知覚の命令であるタイトルは、理論の表現である。〔…〕言い換えれば、知覚の仕方は藝術理論だ、】として【理論を表現するタイトル】に行き着き、【〔…〕特に理論的であるように見えないのは、その理論が、当時において異論なく認められていたものだからである。】と補足、タイトルが制度的に確立した後ゆえに【タイトルの美学を否定する行為】としての「無題」というタイトルが現れたと指摘している。【〔…〕一方で、手作りのものならば何であれ、タイトルをつけ、作品のステイタスを僭称する。そうして藝術との境界線がぼやかされてゆく。他方、藝術作品もまた、タイトルに対する態度において、近代藝術のステイタスから逃れ、周囲の文化現象のなかに紛れ込もうとしているように見える。】として【タイトルのID番号化】と【作品の商品化〔…〕ネーミングの性格をもつようになる】という二つの特徴を指摘し、【近代的タイトルの終り】をもって記述を擱いている。
1月5日 マンフレート・シュナイダー、前田良三+原克+高木葉子訳『時空のゲヴァルト 宗教改革からプロスポーツまでをメディアから読む』2001年9月、三元社。【革命とは、閉じられた情報の回路あるいは閉塞した情報の回路を、暴力的に開放することだ。〔……〕テクノロジーの発展は、防御する方にも開放する方にも、支配者にとっても革命勢力にとっても、幾多の舞台となってきた。近代型の革命が起こるのも、およそ文字と印刷という技術回路が生み出されたからだ。】というシュナイダーはそれまでは【回路の開放と法廷の開設〔…〕プレスの公共性、法廷の公共性、処刑の公共性はまだそれぞれ別々の受信者に向けられていた】が、1989年のチャウシュスク裁判では【国家変革に際して、回路の開放と法廷の開設と処刑された独裁者の身体の公開という、あの三つの決定的な幕が、単一のメディアを通じて均一な公共性に向かって演じられた】と指摘し、【法的根拠なしに法的措置を執らねばならない。〔……〕チャウシェスクとその妻に対する判決も、法的正当性はなく、ただ「公告」としてだけ機能するタイプの判決である。マスメディアの時代には、こうした公告は特別な機能を持つ。〔……〕それは、革命が自己を権力と化す瞬間を可視化したものであり、そのための開廷であった。革命による政権交代を可視化するには、名称や紋章を取り替えてみても始まらない。権力が執行されること、「(革命)の名において」判決が宣せられることが重要なのである。〔……〕法的手続きだけでは解決できないものを、画像の放映が本当の出来事にしたのだった。民衆の名前による判決、これである。歴史上初めて、革命裁判がその権力をテレビ視聴者の身体という名前において獲得したのである。】と書いている。
1月4日 在日韓国民主統一連合(韓統連)のページのホットニュース2001.12.24-12.28に、「祖国統一汎民族連合南側本部/<声明>日本は「不審船事件」を口実にする一切の軍事的行動をただちに中止せよ01.12.27」【〔…〕われわれは今度の事件で確認される日本の動きに関して深刻に憂慮せざるをえない。/われわれは日本が戦後、彼らの一貫した立場と国際法とは異なり、日本領海を越えて、「他国」の領海で軍事的攻撃を敢行した点、されらには小泉総理の指示で武器使用基準の緩和をふくむ領海外での停船措置などの法整備までも検討しているという点において、最近急速に強化されている日本の軍国主義化の延長線上にあることに注目している。〔…〕われわれは日本の軍国主義的傾向が次第に強化されているなかで、日本が他国の領海で軍事的攻撃を加えたという事実を注目し、これを合理化して軍国主義的傾向を強化する一つの手段として、この事件を活用していることに対して強い憂慮を持っている。また、この過程で北朝鮮の軍事的脅威を意図的に浮上させているという疑問を消すことができない。/問題の船舶が北朝鮮籍だったかは明らかではない。これに関しては、さまざまな異見が存在する。/しかし、国籍がどこの国であろうと、日本が他国の領海を侵犯して軍事的攻撃を加えた事実を正当化することはできないし、これを口実に自身の軍国主義的傾向を加速化させようとする意図を合理化させることもできない。/日本はいわゆる「不審船」事件と北朝鮮を口実にして行っている一体の軍事的膨脹企図を中断しなければならない。】、「祖国統一汎民族青年学生連合(汎青学連)南側本部/日本は「不審船」事件で軍国主義と対北戦争雰囲気を高める行為を中断しろ01.12.24」【〔…〕このような日本の行為は北東アジアをみずからの戦場と考える、日本軍国主義の再出発の合図となる。そのため、現在、中国をはじめアジアの各界民衆たちからも強い抗議を受けている。/単にアジア人が乗っており、この前の「不審船」と似ているという理由だけで沈沒させた日本政府の弁明は、日本周辺海域の小型船舶は、すべて日本海上保安庁の標的になりうるということを物語っている。これは日本の戦争熱の鼓吹が、どの段階に立ち至っているかを見せつけるものだ。/日本の戦争熱は結局、北朝鮮に向かっている。日本の当局者らちは、今回の「不審船」も北朝鮮の工作船だと断定しており、アフガン戦争の火種を朝鮮半島に移そうとする米国の好戦勢力に積極的に協調しているのが、現在の日本軍国主義者らの姿だ。/われわれは、今回の事態に現われた日本の軍国主義的行動、,対北戦争騒動を強く糾弾・排撃して、いまからでも一切の軍国主義的陰謀と対北戦争騷動を中止し、過去の歴史を徹底的に謝罪して賠償することを強く要求する。わが民族の声を無視するなら、日本は激しい反日抗戦にぶつかることを肝に銘じなければならないだろう。】。
1月1日 昨年中はひとかたならぬお世話になりました。ありがたく御礼申し上げます。9・11ニューヨーク同時多発自爆攻撃とアフガニスタン戦争が、すでに進行しつつあった《戦時下の世界》を明るみに出した昨年は、同時に私たちの革命観をも問うた年でした。一発で数百メートル四方の大地が焼きつくされ、数キロメートル以内の人間は塹壕のなかにいても酸素欠乏による窒息、すさまじい上昇気流と急激な気圧低下による内臓破裂によっことごとく殺されるという燃料気化爆弾をはじめ、すさまじい爆撃が「正義」や「文明」を掲げて行なわれました。同時に、この懲りない某超大国は、同じ手で、食糧や薬品を「贈り物」と表書きして空中から投下しました。このような人間の生存と尊厳そのものへの冒涜がいつまでも許されるはずはなく、革命は必ず起こると私は確信しました。しかし、革命を「つくりだす」ものだとの立場にたてば、小泉政権の対米追従を阻止しえない左翼運動を前に、無力感にとらわれるかもしれません。革命はつくるものでもなく、ただ待つものでもなく、準備よく迎えるものであり、新しい年はその出発だと私はおもいます。このほど私は、国際化のなかの技術と言語について「ウェブでの多言語対応」として新春に技術評論社から出る『ウェブサイトデザイン』3号に書きました。毎日更新の「読書録」も5年目を迎えます。本年もいっそうのお引き立てをよろしくお願いします。2002年元旦 前田年昭
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