6月15日 ▼INTERNET Watch連載中の「小形克宏の『文字の海、ビットの舟』―― 文字コードが私たちに問いかけるもの」。「速報 これが次期JIS漢字コードの改正ポイントだ! 一目でわかる対応表を公開」(2001年6月6日、加筆修正2001年6月14日)、「特別編10 表外漢字字体表は、JIS漢字コードをどう変えるのか?(1)」(2001年6月13日)。▼(再掲)句読点研究会がホームページを開設した。URLはhttp://www.linelabo.com/kutouten.htm。よびかけ文ほか。
6月14日 ▼句読点研究会がホームページを開設した。URLはhttp://www.linelabo.com/kutouten.htm。よびかけ文ほか。▼朝鮮日報2001年6月12日付に「「教科書修正せよ」71カ国で同時集会」。【日本の歴史わい曲教科書の修正を求める大規模な集会が12日、ソウルを始めとする世界71カ国の都市で同時に開かれた。/韓国教員団体総連合会など国内114の社会、労働、教育、市民団体による「日本教科書を正す国際キャンペーン」は、同日午後、ソウル光化門(クァンファムン)を始め、71カ国125都市の日本大使館前で、地域韓国人会を中心に集会を開いたと発表した。……海外は時差別に、▲日本を始めとするアジア25カ国37都市▲米国など米州地域13カ国38都市▲豪州などオセアニア2カ国8都市など、延べ71カ国125都市で、日本教科書歴史わい曲問題の深刻さを国際社会に喚起させ、賛同を呼びかけた国際キャンペーン側は説明した。】。
6月13日 『スタジオ・ボイス』307号(2001年7月、インファス)に、上野俊哉+酒井隆史+野々村文宏+野田務+三田格「座談会:ポップ・オブ・レヴォリューション」。【野々村 …今までの二分法的なものが壊れていくときに、デジタル・テクノロジーの発達がそれを強力に後押しした、というかね。理論家のフリードリッヒ・キットラーも「グラモフォン、フィルム、タイプライター」の中で書いているけど、カット・アンド・ペーストで複製可能なデジタル・テクノロジーが出てくると、歴史が死んでしまうわけだよね。歴史も、人種間の差も地域の違いも、乱暴なカット・アンド・ペーストによって、ぐちゃぐちゃになってしまう。/上野 でもミックスやサンプリングの文化があるからこそ、クラシックなものが手を変え品を変えて出来るわけでしょ。そこから歴史を知るのでも良いと思うんだよね、僕は。/三田 サンプリングはすでに知的所有権として法で規制されるようになってしまったから、いまは金持ちにしかできない。DJカルチャーが一時期のように音楽をシェアできなくなったというフラストレーションはV/Vmの表現に顕著だと思う。/上野 しかし、それと裏腹にフィッシュみたいなジャム・バンドみたいな文化もあるじゃない? あれはギャザリングの文化と密接な関係があるから。集まること自体が流行るというのが面白い。それこそさっきのアルタナティヴな公共圏みたいなことと自然発生的なギャザリングみたいな。/野田 テクノロジーは、まだあまり語られていない領域の問題ですよね。やっぱり感覚機能の変容があるんじゃないかな? ある文化圏で生まれた音楽がスピーカーから聴こえてきたとき、たとえばそれがブラック・ミュージックだったらその音の中に何らかの“黒い秘密”みたいなものがあるはずで、そういった音楽に気持ちよく反応しているときっていうのは彼らが持っていた何らかの文脈に自分が触れているということじゃないかな?/野々村 そうね、電子テクノロジーの発達と普及は本当に大きい。クラブ・カルチャーでもレイヴでも現場で起こっていることは、音楽による意識変成や感覚の再統合を通じて、文脈を読み換えるという事かな。/上野 感覚の書き換えは音楽にとってすごく大きいことだと思う。……そういう意味でテクノロジカルなものとすごく人間の身体にギリギリ近い音というのはどっちも拡張して横断していくものであって、そこにあらゆる音楽が気づきはじめていると思う。/野々村 つまり、近代主義的になんでも還元して考えているのではなくて、現象を追いかけていくうちに身体所作や神経系のある感覚とテクノロジーによる変換とが一緒になって。/上野 それは“秘密”なのか“本質”なのか言い方が難しいよね。】。
6月12日 仲正昌樹『〈法〉と〈法外なもの〉 ベンヤミン、アーレント、デリダをつなぐポスト・モダンの正義論へ』2001年4月、御茶の水書房。【近代の市民社会は、普遍的な理性を共有する万人の〈同権〉を基礎として自己を〈法化〉してきた。…しかしながら近年、様々な市民社会の様々な局面で、〈普遍性〉にどうしても合わない人々が現われ、〈普遍的合意〉を得ることが極めて困難な事例が噴出している。…近代的な法哲学は、万人の同権という自己自身の存立条件によって〈脱構築〉へと追いこまれつつある。/本書で試みるのは、そうした臨界に立っている近代の法・政治思想の再検証を通して、〈法〉と〈法外なもの〉の境界線を明らかにすること、言い換えれば、何が我々にとって「正しい recht」ものとして妥当してきたかを解明することである。】との問題意識から仲正は、ハンナ・アーレント、ハーバーマス、ルーマンに検討を加え、マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』をひきつつ【マルクスは、「革命 Revolution」という営みが、崇高に輝く(ように見える)「過去」の「霊」を「再・現前化 re-prasentieren」することを通して、「現在」に不満を抱きながらそうした「過去の霊」に魅せられている人々を再「結集」し、彼らを「代表 reprasentieren」するという象徴的な形式を取るものであることを言い当てている。「過去」を参照項にせざるを得ないがゆえに、「新しいもの」を志向する「革命」が、一周り(revolvieren)して、「かつて」の位置へと逆戻りしてしまう可能性がある。……『マニフェスト』を通して「過去の霊」に頼ることの不可避性と、それに伴う危険性の双方をマルクスは自覚していたはずであるが、彼自身は自らのエクリチュールに現れているこのアポリアを明示的に論じていない。このアポリアをマルクス自身に「代わって」テーマ化したのが、九〇年代におけるデリダの政治的転回を告知する『法の力 Force de Loi』(一九九四)である。…】と書いている。
6月11日 ▼沖縄タイムス6月10日付が学識者ら「つくる会」教科書不採用教委に求めるとして、6月9日沖縄大学で開かれた「新教科書を沖縄から考える」をテーマとしたシンポジウムを報じている。【シンポは、同大の土曜教養講座と沖縄国際平和研究所が主催。琉大の高島伸欣教授が現状を紹介し、一フィート運動の会の中村文子さんと中学校教諭の田中信規さんがパネリスト。約百六十人が参加した。……高島教授は「つくる会の歴史教科書は、歴史学では確認されていない神話やひめゆり部隊を美化した沖縄戦の記述などがある。多くの人が関心を持ち点検の目を向けて」と強調。公民の教科書も、憲法改正や皇民化教育再現の意図が見える―と危険視し、「沖縄からアピールを」と促した。】。▼レイバーネットのページ、「レイバーフェスト2001(Laborfest 2001)〜進歩的文化の担い手としての労働運動〜」(6月10日)が【日本とアメリカは、労働運動が厳しい状況に置かれている点では同じような状況にある。しかし労働者による進歩的な文化運動の水準では大きな違いがある。労働運動は、身近な職場での要求実現を役割とするだけでなく、ひろく進歩的な文化の担い手にならなければならない。なぜなら、労働組合の原点は他者との共感と連帯を追求することにあるのだから。それは経済的であると同時に文化的な営みなのである。いかなる運動体も文化的魅力なくしては、とりわけ若者の感性に訴えることはできない。…】として、レイバーフェスト(サンフランシスコ労働祭)を紹介。「英国の通信労組、郵便民営化と全面対決へ」(5月26日)は英国通信労組(CWU)は全国大会で、ブレア政権の郵政事業民営化と全面的に対決するという決議を満場一致で採択したことを報じている。
6月10日 緊急インタビュー・辺見庸「危険な時代の入り口 『個人情報保護法』をめぐって」〔『週刊読書人』2001年6月15日付〕。「個人情報保護法」を【国家による情報独占権を一段と強化する動き……一連のメディア規制のもう一つの狙いは、「メディア・ヒエラルヒー」の確立】と批判する辺見は【近年、主要な新聞・放送・通信社が、公権力に対してますます無批判な、体制化されたメディアになりつつあります。】と批判、【…新しい国策機関というか翼賛機関なのですよ。その意味では、事実上すでに体制化された組織ジャーナリズムは、一部の例外を除き、権力にとって、つるむ相手ではあっても、規制の対象ではない。だから、「報道機関」には免除規定が適用されるし、主要マスコミはそれをもって、異議申し立ての矛を収めつつある。それほど既成メディアは堕落していると僕は思います。】と述べ、また情勢については【小泉内閣が成立したときに、朝日新聞に書きましたけど、この国ではセンティメントとか、イメージというものがロジックを駆逐している。間宮陽介さんが書いていますが、無党派層というか、非政治的層というのは、であるがゆえに、一気に過政治的になる恐れがある。今がまさにそうだと思うんです。……森政権を生理的に嫌悪したレベルの低さと、小泉政権を高い支持率で押し上げていく政治感覚の低劣なレベルは同じだと思います。ここには躁と鬱の違いはあっても、政治認識の深まりなんか一ミリもない。こんな危うい世の中はないと思いますね。】と指摘している。
6月9日 6月5日付で紹介の辛淑玉+北村小夜+井上澄夫「鼎談〈小泉・石原シンドローム〉に抗して」で辛淑玉は言う。【…日本を代表する映画は何かについて聞いたんですよ。…一つは「寅さん」ね、もう一つが「七人の侍」、もう一つが「水戸黄門」なんですよ。/これね、あたし、すごく日本的だと思うの。というのは、「寅さん」の、あの世界は、在日朝鮮人の世界だったじゃないですか。でも、映画の中には朝鮮人が全く出てこないわけですね。ところが俳優さんは、在日朝鮮人がいっぱい出ています。マドンナも含めてね。作っている人たちは多文化なんだけれども、見ている人たちと、提供している世界は、日本人だけなんですね。これ、すごく日本的。/それから「七人の侍」は、外から偉い人が来て中を改革して帰っていくというやつね。「水戸黄門」というのは、天皇が来て世直しをするという構図。いずれも、やっぱり日本人だなあと思う。この三つが日本的と言われるとね、そうだよねって。/三つに共通しているのは、市民社会がみずから何かをつくったということが、ない。だから、負けがこんできて、もう負け癖がついているんでしょうね。そんな気がして見ています。/だから、ふと見ると、ちょっと変な言い方ですけれど、戦争体験世代、要するに現場を知っている人たちを抜きにすると、気がつくと隣は「ヤクザ」こっちは「被差別部落民」みたいな顔ぶれが残る。部落と朝鮮人とヤクザが三人で頑張ってるね、みたいなね。…】。
6月7日 池田証寿のページに、池田証寿「「表外漢字字体表(案)」寸見」(2000年10月21-22日/活字字体史研究会)。【2000年10月18日のJCS委員会、2000年10月21-22日の活字字体史研究会で発表し、若干の修正を加えた上で国語審議会に提出した。「表外漢字字体表」の答申が出た段階では、いまさらの感があるが、2000年10月の時点で私が何をしたかを記録する意味でここにおいておきたい。】と注記され、2001年6月2日公開。
6月6日 『大航海』No.39(2001年7月、新書館)が「フェミニズムは終わったか?」を特集。インタビュー・上野千鶴子「フェミニズムの歴史と現在」で、聞き手・三浦雅士の「…局所的に金持ちがいて、局所的に貧乏人がいるという状況かもしれないが、全体的にいえばどうしても人間は均質化していく。」という発言に対して、上野は【それは根拠のない信念ですね。世界的に見て起こっているのは、中産階級の分解です。】として、次のように述べている。【…グローバリゼーションは国家間格差を拡大する方向に働いています。貧困も低開発もいわば作られ促進されたものです。……二十世紀に入ってから、国家間の貧富の格差はそれ以前より拡大しました。すべての国家が近代化をテイクオフ(離陸)できないのが世界システム論です。国家がすべて近代化しまったら格差が生まれません。……資本はシステム間の格差から価値を発生させています。……次に起きるのは国家内南北格差の拡大ですよ。たとえばアメリカ。南北間格差を国内に抱えた国家です。そしてその間で市民戦争が起きています。ロス暴動を見て下さい。ですから私はアメリカを「先進国」とは呼びません。(笑)】。
6月5日 『技術と人間』2001年5月号に、辛淑玉+北村小夜+井上澄夫「鼎談〈小泉・石原シンドローム〉に抗して」。【辛 …石原という人、結局、アメリカになりたいんです。自分がアメリカのようになって威張りたいんですよ。/高橋 石原は劣等感が強いから、裏返しの表現で「反米」になるんでしょ。それはもう見え見えですよ。/辛 石原は、彼の言葉を借りれば、「女のようにビクビクおびえている」人ですよね。/井上 ものすごく小心だよ。よくわかる。彼はね、日本が中国に対して何をしたかを知っているわけよ。だから、絶対いつか仕返しをされると思っているわけ。/辛 そう。自分がやったからこわいんですよ。井上 だから、「シナ」ってわざと言うんだと思うんです。そこら辺をちゃんと考えておいたほうがいい。/辛 だから、いつも「今度はやられる」って言うんですよ。やられるではなく、ともに新しい時代を築いていこうとは思わないんですね。/高橋 小心だからこわいという面もありますね。/辛 そうですよ。小心者のほうが残酷ですから。】。
6月4日 魚住昭『特捜検察の闇』2001年5月、文藝春秋。【検事にすり寄る裁判官、国策捜査に走る検事、そして自らの在野性をかなぐり捨てようとする弁護したち。】の実態を、安田好弘弁護士事件をはじめとする具体的な事実を挙げて指摘する魚住は、司法の翼賛体制化によって【現在の刑事司法が抱える最大の問題点は、憲法がうたいあげた人権擁護の理念が空洞化していることだ。】と批判している。おすすめ!
6月2日 救援連絡センターのページに「刑事裁判が大変なことになろうとしている」(救援385号より 5月9日更新)。【司法制度改革審は、6月12日の「最終意見」に向けて詰めの作業を進めているが、「国民の司法参加」「国民の期待に応える刑事司法」という名目で、現在の刑事裁判を一変させるような驚くべき改悪が検討されている。】として記事(無署名)は【このような「司法改革」を絶対に許してはならない。】と2点にわたって批判している。【一つは、「裁判員」制度導入を軸とした刑事裁判の全面的変容である。……憲法は、職業裁判官の裁判によらずに有罪とされないことを「裁判を受ける権利」として保障しているのであり、憲法違反でもある。今回導入されようとしている「裁判員」は、憲法・刑訴法の理念を踏みにじっている刑事裁判の病弊をすべて隠蔽した上で、迅速=拙速処罰を正当化するためのダミー人形である。こうした「国民の司法参加」=「裁判員」を、陪審などのイメージと重ね、官僚司法との対抗的契機でいささかなりとも評価するのは断じて誤りである。ここで企図されているのは、有事体制構築の一環としての司法への民衆動員であり、民衆を取り込んだ重大事犯の早期断罪=処断なのである。】【もう一つは、「公的弁護制度」導入を柱とした刑事弁護の国家管理(国・公営)化である。……これは、所詮「公費投入にふさわしい」弁護活動に収斂されるように、刑事弁護の丸ごとの国家管理へのステップである。直接的には裁判員による連日開廷事件を公設弁護人事務所の弁護人によって回していく制度的担保になるものである。つまり体制大危機=治安不安定=治安強化=迅速処罰の制度的仕組みの一つが公的弁護制度導入である。これを日弁連の「悲願」被疑者国選実現などと諸手をあげて賛美しているときではない。】。
6月1日 ▼「がんばれ闘争団ともにGO!」5.30集会がひらかれ、「JRの不当労働行為は許さない!国労闘争団共闘会議」準備会が結成されました。がんばれ国労闘争団のページに「集会レポート」、「写真速報」、「集会アピール」。▼INTERNET Watch連載中の「小形克宏の『文字の海、ビットの舟』―― 文字コードが私たちに問いかけるもの」。“速報 新JCS委員会が発足、文化庁と連携してJIS X 0208改正へ”(2001年5月30日、訂正2001年5月31日)。【去る5月22日、JIS X 0208見直しを検討する平成13年度・符号化文字集合(JCS)調査研究委員会(以下、JCS委員会)の第1回委員会が開かれた。/新しいJCS委員会の委員長には、昨年度の国語審議会で『表外漢字字体表』を作った責任者が就任、文化庁と手をとりあってJISの文字コードを見直していく経済産業省の姿勢が見てとれる。今回はこの新JCS委員会の人事と、予定されている作業内容について、速報の形でレポートしたいと思う。……】。
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