1月31日 ▼道広勇司「連載/EDICOLORと歩く 日本語組版の散歩道〈第5回〉『レイアウトソフトはどうやって文字を組むか』」。▼丹生谷貴志『家事と城砦』2001年1月、河出書房新社。【「文学」は忘れられ語られることのなかった「不幸」に差し向けられたものではもはやないだろうし、それを慰めるために存在するのでもなく、或いはましてや小田実氏のいわゆる「世界の総崩れ」に対処すべく任命されたものでもないだろう(……)。そうではなくて今やそれは言葉が当たり前のように満遍なく機能している場所、トルストイが「どれも似たり寄ったりだ」という一言で切り捨ててしまった場所にこそ差し向けられねばならない。と言うのも、「自由」を巡る実際の「事件」が起きているのは海の向こうや人知れぬ凶暴な密林でもなく、或いは暴力を潜めた「不夜城」の路地でもなくて、常にそこ、つまりはトルストイのいわゆる「幸福な家庭」「幸福な者たち」において、だからだ。無論言うまでもないが「幸福な家庭」とは狂気じみた多幸症に一家全員が微笑みを交わす、そんな場所ではない。それは例えば自分の心臓の鼓動に耳を澄ますジャン=リュック・ナンシーのわれわれを戸惑わせる「幸福」(…)であり、或いは古井氏の言う「空襲下にあった静まり」でもあるだろう。ともあれそこに「言葉の呪」の「禁忌と倫理」を維持すること、これが「小説」に係わる事柄であり、それが繰り広げる「自由への道」の営みがあり、或いは「扇動」がある。】。
1月30日 沖縄タイムス2001年1月28日付に「『方言』次世代へ統一表記を提唱、シンポジウムで激論3時間」。【方言を統一した仮名文字で表し、次世代へ継承、発展させていこうと「方言かな表記法シンポジウム」(主催・沖縄方言普及協議会、宮里朝光会長)が二十七日、浦添市立中央公民館で開かれた。統一した仮名表記法について、同協議会事務局長の宮良信詳琉大教授が「発音を正確に表記する」など表記法の四原則や「うちなー」など長音を表す音引き記号「ー」の多用、「や」行や「わ」行の音声の統一表記などを提唱。しかし質疑応答で約百七十人の参加者の中から「わ」行の発音をどう表記するかについては異論が相次ぎ、「う」段を「をぅ」とする点で「親しみやすさ」に欠けるなどの指摘があり、予定の二時間を一時間近くも超える白熱ぶりだった。/宮良教授の基調報告のほか、沖縄俳優協会会長・八木政男氏、方言ニュースキャスター小那覇全人氏、沖縄タイムス社編集局の糸数隆校閲部長、琉球新報社編集局の仲田清喜文化部長ら四人のパネリストが各方面から意見を発表した。/基調報告をした宮良教授は「方言の標準的な仮名表記法の確立は、方言の継承・発展における重要課題」とし、「発音を正確に文字化する」ことや「(表記の)一貫性」「簡潔性」「親しみやすさ」を原則にすることを提案。その上で例えば「うちなー」は「うちなぁ」や「うちなあ」など表記法が分かれるため、音声面の特徴から長音を表す音引き記号「ー」に統一し、その他の類似した言葉にも音引き記号を多用するとした。また「わー(私の)」に対し「ぅわー(豚)」と区別するなど、かなり踏み込んだ内容。/しかし質疑応答では、「わ」行の発音をどう表記するかについて、異論が相次いだ。例えば姉妹を表す「うない」を「をぅない」とするように「う」段を「をぅ」と発音するとした点では、「子供には読みにくい」や「簡単な表記にしたほうがいい」との意見が参加者から相次いだ。/また「い」段と「え」段は、それぞれ「うぃ」「うぇ」とし、歴史的仮名遣いの「ゐ」「ゑ」は使わないとした。それに関しても、「もともとある文字をなくす必要はない」という意見が出た。/仲田氏は「発音と正確な表記を目指すのは無理がある」とし、「だれもが発音できるよう簡潔にすることが大切」と、普及協議会の提案に異論を唱えた。/糸数氏は「過去に記者向けの方言ハンドブックを作る機運が高まったが、どこの地域の方言に重点を置くかで決めかね、作り切れなかった」と地域ごとに異なる方言を標準化することの難しさを語った。/沖縄芝居に長年かかわってきた八木氏は「芝居をやっていく上で方言は、とても重要。江戸弁や大阪弁があるように、ウチナーグチも残さないといけない」と話した。/小那覇氏は「最近の若者はウチナーグチから離れている。芸能や琉歌などで文化面では盛んだが、日常でも使われるよう、子供たちに伝えていきましょう」と呼び掛けた。/シンポジウムの最後に宮里会長は「各意見を十分に反映させた表記法作りに励み、いち早く方言の教科書を作りたい」と締めくくった。】。関連:琉球新報報道(2001年1月28日)。
1月29日 承前、矢部史郎・山の手緑『無産大衆神髄』。矢部・山の手は「あとがき」で書いている。【マイナーを記述してはならない。マイナーは記述する側であって、記述されるものではない。社会運動にとってこのことは大変重要なことだ。なぜなら、マイナーだけが、社会運動の意義を正しく評価するからである。マイナーな性、呼び名を持たない民族、ある固有の身体、切断された系、デタラメな文法、etc.運動の正当性は、マイナーに依拠している。運動がマイナーを束ねるのではない、マイナーが運動を評価するのである。……またこのことは、社会運動の横領である住民参加型行政との緊張の中で語られている。女、子供(若者)、老人、その他諸々のマイナーが、運動に奉仕するべき資源として束ねられたとき、私たちは、さらに呼び名のない民族へ潜行することを余儀なくされる。そうした仕打ちを受けながら、しかしけっしてマイナーを手放すことはできない。なにが正当でなにが不当かを認知するのは、一人のデタラメなマイナーである。消費と労働と国家それぞれを評定し正当性を与えるのは、愛と生産と社会である。なにかが「わかる」ということに意義を与えあるいは却下するのは、なにかを「わからない」力である。この序列を転倒させてはならない。つまり、ある動員に従うか拒否するかに、なんの言い訳もいらないということだ。】。
1月28日 ▼承前、矢部史郎・山の手緑『無産大衆神髄』。【宮台真司というオモシロ社会学者がいる。彼が論敵を非難する際に用いる常套句「〜は信仰告白に過ぎない」を考えてみよう。…彼が真に恐れているのは、信仰が口にされ実践されることである。つまり、ある認識が正しいと信じた者が、それをそのまま口にすること、その享楽を恐れているのだ。……「〜は信仰告白に過ぎない」という「殺し文句」は、誰のどのような言い分に向けられようと、あらかじめ正しい。なぜなら、私たちは資本主義が提供する「享楽」にほとほと疲れており、また、成果の見えない訳の分からない仕事や勉強に明け暮れているからだ。宮台の言い分は正しく、かつ危険であるのは、それが享楽への抑圧を成果主義へとまとめあげる一方で、資本主義が流通させる「享楽」にまるで単なる享楽以上の何かが含まれているかのように仄めかす点だ。……宮台とその読者にとって、市場を形成する「享楽」だけが公正な享楽である。享楽を激しく貶める一方で、しかし商品の「享楽」は擁護するというこのマッチポンプが、彼の「学説」を永久にする。商品に身を委ねよ、そして享楽を唾棄せよ。このワーカホリックの自家発電学者は、いつまでも学生を叱咤していたいのだ。】。明解!明快!▼速報機動隊戒厳令・反対派締め出した国労続開大会、四党合意強行採決 ! 闘争団は「四党合意を認めず闘い抜く」ことを表明(2001年1月27日)。
1月27日 がんばれ国労闘争団のページに、闘争団・家族ネットワーク「貫徹」第24号(2001年1月25日)。【26闘争団・有志が、闘い続ける決意を表明――国労続開大会を目前にした1月24日、「4党合意」に反対する26闘争団・有志の代表者が上京し、厚生労働省内で記者会見を行った。】として、【国労本部は、1月27日の続開大会で「JRに法的責任なし」の決定、「四党合意」の承認を強行しようとしている。……続開大会は、機動隊まで導入する異常な警備体制のもと、傍聴者を制限し、共闘やマスコミ関係者をもシャットアウトして開催される模様である。組合員はもとより支援者や世論に背を向けてまで、ごり押ししようとする本部の姿勢は許されない。/私たちは、「四闘合意」の承認は絶対に行わないよう、大会代議員とすべての国労組合員の良心に最後まで訴え続ける。また、続開大会がいかなる結果になろうとも、JRの不当労働行為責任の追求と解雇撤回・地元JR復帰の解決要求を決して放棄せず、最後の最後まで闘い抜く決意を表明する。/今回の「四党合意」は、運輸省(現国土交通省)がJRの意見を入れてまとめ、国労側に突きつけてきたいわゆる「運輸省4条件」そのものであり、政府・JR・政党による労働運動への不当介入であることは明白である。この暴挙を断じて許すことなく闘い抜く決意である。】。国労続開大会は27日9時半〜16時社会文化会館で開催される。機動隊1300名動員・傍聴制限という「戒厳令下」で四党合意強行採決が企図されている。
1月26日 矢部史郎・山の手緑『無産大衆神髄』2001年1月、河出書房新社。【山の手 最近、「死刑、死刑」ってスゴイからね。/矢部 そう。なんか、たまにテレビ見ると、ビックリしちゃって。リンチ熱、異様に高まってるよ。リンチじゃないと気が済まないぜ的な。なんだか知らないけど凶悪なんだよな、ノリが。/山の手 っていうか、民衆や大衆をテレビに出して法について語らせるっていう手法が、すでに倒錯的。だいたい、民衆が刑について想像するっていったら、もう死刑しかないでしょう。死刑じゃなきゃ刑じゃない。/矢部 え?/山の手 だって、懲役じゃ何の刑にもならないじゃん。資本主義なんだからさ。監獄ぶちこんで毎日働かせるっていったって、それじゃ檻の外の生活と変わらないじゃん。日常が懲役なんだから。】と「ベイルート4と軍事のトレンド」で喝破する矢部・山の手は、「死んだら愛される!」において【なにがどうなっているのか、一言で言うことはできないが、人間の痛々しい姿がある。……プロレタリアがただ無能であった時代は過ぎている。私たちはただ無能であるばかりではなく、無知で無感動で無気力で、覇気というものがまったくなく、かつ、穏やかならぬ「狂暴な一面」を秘めており、ときに「動物的」ですらある。……なにか決定的に「やられている感覚」がある。/工業化社会からポスト工業化社会へ、労働集約型産業から知的集約型産業へ移送されたプロレタリアは、新しい「やられかた」で、資本の無秩序な運動を体現している。/プロレタリアの運動能力の相対的低減が、ドイツ・合衆国のモータリゼーションを支えていたとすれば、IT革命とはプロレタリアの知的能力の相対的低減に支えられている。/失われた運動能力を買い戻さなければならない。さらに、意志を買い戻さなければならない。失われた知性、言語能力、歴史観、強い動機、情動、感動の時間、ドキドキすること、そして何よりも主観性が、性急に求められる。…】と提起している。ひさびさの、明快おすすめ本!
1月25日 帝国データバンク(倒産速報&集計)のページに、「全国企業倒産集計2000年報」。【負債、戦後最悪の23兆9874億2400万円/件数1万9071件、戦後4番目の高水準/上場会社の倒産、過去最高の12件】との報告のうえで「今後の問題点」として【ゼネコンや流通への金融支援が行われても企業の信用は回復しないままである。それどころか、依然として最終処理の単なる先送りとしか見られていない。その見方の正しさは債権放棄組のゼネコンの業績低迷と株価の額面割れによって裏付けられている。これを裏返せば、公的資金を背景とした借金棒引きなどの金融支援そのもののあり方が、市場によって否定されているということであり、それが今回の株価暴落となって現れ、銀行経営を再び窮地に追い込んでいるのだ。……今後については、個人消費は萎縮しており、需要停滞と競争激化による激しい物価下落、デフレ傾向が強まっている。その影響で、売り上げの急減と大幅連続赤字から借金返済に行き詰まり、高利資金導入で当座を何とか凌いでいる倒産予備軍の企業が増えている。元金棚上げや金利減免を拒否されるなど債権放棄要請どころではない企業が、借金をゼロにするために民事再生法に駆け込むケースも増えており、信用保証協会の特別保証利用後の倒産も増えている。3月の年度末に向かい、倒産は一段と増加傾向を強めるであろう。】と指摘している。
1月24日 池田証寿のページに【国語施策懇談会、2月8日・9日に開催】として、【▼場所は国際交流基金国際会議場(東京都港区赤坂の赤坂アークヒルズ)。▼8日は午後1時30分から5時まで、国語審議会答申の説明(井出祥子「現代社会における敬意表現」、樺島忠夫「表外漢字字体表」、水谷修「国際社会に対応する日本語の在り方」)。▼9日は午前10時20分から12時まで基調講演(藤原正幸「国語の重要性について」)、午後1時30分から4時50分までパネルディスカッション(言葉遣いと国語施策」(仮題)。参加費無料。▼参加応募方法は、住所、氏名、年齢、職業、電話番号(連絡先)を明記した往復はがきで申し込む(電話は不可)。応募締切は平成13年1月30日(火)必着。申込先は〒100-0013東京都千代田区霞が関3-2-2文化庁文化部国語課(電話03-3581-4211内線2839、担当庶務係)。】。
1月23日 訃報:マルセ太郎(1月22日)享年67、合掌! 毎日Interactive報道
マルセ太郎のスクリーンのない映画館「生きる」(1999年2月24日 於:クーニーズガーデン・ミントンホール/福山)。
1月22日 宮内勝典「海亀通信」のページに、『北ビルマ、いのちの根をたずねて』(めこん刊)を書いた吉田敏浩との対談「いのちの共感共苦」。【ふるさとも、鎮守の森もとうに滅びてしまった。家族も危機に瀕している。少年たちはキレかかっている。少女たちは売春をする。会社は容赦なく中高年を切り捨てる。みんなが運命をゆだねるに足る共同体を失って、どこにも帰属できず、宙ぶらりんになっている。こんな状況で若い人たちも、新しい共同体をどう構築したらいいか手探りしているんでしょうね。】と述べる宮内は、吉田の【ただ、むずかしいのはアイデンティティーの問題でしょう。…そうした中で、グローバリズムが言われ、一方で逆に、民族とか国なりのアイデンティティーを強く求める動きもあちこちで起きているわけです。……次なる共同体というか、多民族・多文化の共存の場への道筋を考えるときに、どのような部分で、異なる文化を持っている人たち同士が接点や共有部分を見出していくのかという難問があると思うんですよ。】という問いかけに対して、【それが次の課題だと思います。日本人は、そういうことを本気で考えずにきましたからね。四方を海に囲まれて、単一民族という幻想があって、他民族の文化も「文物」として受け入れるだけですんだ。/ところが、いまこれほど外国人が身辺に増えてくると、もう、どうしていいかわからない。道路を歩いていても外国語が聞こえてくる。隣の部屋からも聞こえてくる。共同体が壊れかかっているのに心理的な外圧がきて、ひどく鬱陶しい。だからナショナリズムに閉じていこうとする気分がある。いまの日本を覆っている、そうしたムードというやつが、いちばん恐ろしいですね。/少数民族は先進国に比べたら、狭い、小さな共同体で、自閉的な世界のように見えるじゃないですか。しかし本質的には閉じてはいない。】と指摘している。
1月21日 オンライン・マガジン『aala』No.36(2001年1月20日)に、鈴木裕子「日本の運動に可能性と課題を提示した女性国際戦犯法廷」(インタビュアー:桜井大子)。女性国際戦犯法廷に先立つ歴史を【…「国民基金」は日本の戦争責任・戦争犯罪に蓋をするものとしてあった。突き詰めて考えれば、戦争責任の最大責任を負うのは天皇裕仁でしょう。だから逆説的な言い方をすれば、この「国民基金」とは、その天皇裕仁一人を助けるためにアジアの「慰安婦」犠牲者を全部犠牲にするということでしょう。そして、市民運動を分裂させ、被害者と各国の支援者との間に亀裂を生じさせた。官僚たちには、これが必要だったんですね。随分と運動は撹乱させられたと思います。】とふりかえる鈴木は、今回の女性国際戦犯法廷の歴史的意義について【概して「著名なフェミニスト」といわれるみなさんは、積極的にはかかわってこられなかったと思いますよ。理解はできるが自分は参加できないというような声も聞きました。国家を相手にし、日本社会でタブーとされている天皇の戦争責任を追及するのは恐い、というところではないでしょうか。もっとも日本の多くのフェミニストは最初からこの問題からは逃げているんですよ。いろいろ批評はするけれど、運動には加わってこなかった。性差別だけの問題でしたら入ってくるでしょうけど、やっぱり日本国家が相手でしょ。これにかかわると日本ではマイノリティになるということです。今回の法廷運動は、女性の民衆のパワーによって戦時における女性への暴力が戦争犯罪であるということを、国際社会にアピールできたということであり、日本の女性ピープルが、日本の「フェミニズム」を越えたということです。】と指摘している。
1月20日 がんばれ国労闘争団のページに、九州闘争団・北海道闘争団の申し入れ書(2001年1月17日)。九州闘争団「続開大会に対する要請書」は訴えている。【国鉄の「分割・民営化」は、国労の解体と日本の労働運動総体の解体を目的とした攻撃でした。私たちは、修善寺大会で、この攻撃の本質を捉え、厳しい闘いを余儀なくされようとも「闘うことでしか雇用も権利も守れない」と決意し、100人を超える仲間が自殺に追いやられ、闘争団員は不採用から解雇(20人が死亡)、また、JRに採用された組合員も徹底した差別を受けながらも、国鉄闘争を自らの闘いと位置づけ、支援し続けた共闘の仲間と共に勝利を目指して闘い続けてきました。/それは、国鉄改革法=国家的不当労働行為との闘いであり、政府・JRの責任を追及する労働者の生存権をかけた闘いでありました。この闘いで国労は、労働委員会での勝利・議会決議・ILO中間勧告などの多くの成果を勝ち取り、政府をして「解決済み」から「解決しなければならない問題」と言わしめるほどに、闘いによって運動を前進させてきたのです。/しかし、国労本部は、東京地裁判決以降、これらの成果を踏みにじり、「改革法承認」の決定など、闘いを放棄し、政府に譲歩重ねることによって解決にすがってきたといっても過言ではありません。………国労は、「改革法承認」から後退を余儀なくされ、またここで「四党合意」を受け入れることになれば、闘争団員を切り捨てるどことか、JRの闘いまで影響を受けることになります。/一昨年、鹿児島の仲間が脱線事故を理由に2ヶ月もの間業務をはずされ、管理者の度重なる事情聴取に耐えかね焼身自殺しました。この事件は、国労が「改革法承認」後、組織の混乱や大衆行動が自粛されていく過程の中で、他労組から「JR連合との組織統一」がまことしやかに流布され、管理職にさえ「国労はどうなるんだ」と嘲笑され、闘う方向性を見失う中で発生したといっても過言ではありません。一方、昨年、九州労組より1名の復帰がありました。彼は復帰の理由を「国労には悩みを相談できる。いっしょに頑張れる、闘う仲間がいる」と語ってくれました。このふたつの出来事は、国労が組合員に依拠し、闘い続けることこそが、JRの仲間を守り組織拡大・労働条件改善につながることを示しています。/いま国労(続開大会)に求められているのは、全面解決につながらない「四党合意」にこれ以上引き回されず、勝利するために何をなすべきかの議論をし、闘う方針を確立することです。そのためには、闘争団全国代表者会議で、賛否が分かれている「四党合意」は横に置き、闘争団の要求を獲得するために大衆行動を起こしたことを教訓とすることこそが組織的な混乱を克服し、統一と団結を取り戻すことと考えます。…】。
1月19日 このほど開設されたJRに責任あり!4党合意に反対する全国連絡会のページに、国労闘争団全国連絡会議国土交通省(旧運輸省)前座り込み行動(第52次闘争団上京行動)の呼びかけ。2001年1月22日(月)〜26日(金)まで連日10時00分〜15時30分(ただし、26日は、12時まで)、国土交通省前(旧運輸省前)。
1月18日 ビル・トッテン(Our World)のページに、ビル・トッテン「IT革命は本物か(1)」(2001年1月10日)、同「IT革命は本物か(2)」(同年1月16日)。【ITの価値とは、生産性を上げることができ、人間が製品やサービスを生み出す力、有益なことを行う力を増すことができるということにつきる。/しかし、今以上に生産性を上げる必要があるのだろうか。生産性の増加は、我々にとって有益なのか、それとも有害なのか。この問いかけこそが、ITを考える上で重要なのである。】と問いかけるビル・トッテンは【この問いに対する単純かつ予想される回答は、生産性の向上は良いことであり、生産性が上がればより幸せになるというものである。しかし残念ながら、この単純な回答は間違っている。日本の生産性は過去最高を記録したが、それと同時に失業率も倒産件数も、倒産による負債額も、また自殺件数や犯罪件数も過去最悪となった。日本の生産性は米国や他のG7諸国の平均をすでに30%も上回っており、OECD諸国の平均より70%も高い。それでも日本経済は、米国やG7やOECD諸国よりもずっと健全ではないといわれている。……市場には大量生産の製品やサービスがあふれ、企業は生き残りをかけた熾烈な競争を余儀なくされている。その結果、弱者は倒産に追い込まれ、強者は雇用を削減し、そのために日本社会は今、過去最悪の失業と倒産を記録し、その2つに付随した社会問題が多発している。】と指摘し、自動車業界・金融業界・小売業を具体例に挙げて【政府規制が緩められ、談合のような業界内部の自己抑制も弱まったために、過当競争に苦しむことになった……結果、製品やサービスの生産能力、流通能力は向上する一方で、雇用が奪われ、労働者の不安が増すため、結果として需要も減少する。……ITの適用により、過剰な生産能力が生まれ……ITが金融投機に多用されるのは、特に日本では過剰な貯蓄があり、そのほんの一部しか支出に使われないからである。そしてすでに生産能力がだぶついているため、一般消費者や金融機関は生産的な投資先がなかなか見つけられず(民間資本形成)、そのため株式や債券、外貨、デリバティブを対象とした投機に走っているのである。】とむすんでいる〔連載は全5回予定とのこと〕。
1月17日 JAGATのページに、「日本語組版の決定版はできるのか?」(2001年1月16日)。【フルデジタルが当たり前になった今日でも、日本語組版はくすぶり続けているテーマである。】として、この文の筆者は【そのソフトを買ったままのデフォルト値で、どれだけできのいい組版をしてくれるのか、を問う傾向があるので、EdiColorやInDesignなど組版モードに関する細かい設定ができるソフトが出現しても、それらは組版の良し悪しの判断は利用者任せなので、今後の日本語組版の標準にはなりにくい。】と指摘している。知ったかぶりをするが実は何も知らない評論家の典型的な議論ではないだろうか。「細かい設定ができる」ソフトであっても「買ったままのデフォルト値で、どれだけできのいい組版をしてくれるのか、を問う」ユーザーの意識、いい組版のための設定をしようとしない(できない)ユーザーの意識が問題だとしてその変革を訴えているのであろうか。それとも、「EdiColorやInDesignなど組版モードに関する細かい設定ができるソフト」はあるが、それらはいい組版ができる「デフォルト値」になっていないとして、ソフトのデフォルト値を見直そうと訴えているのか。いったい何をいいたいのだろうか。【従来から組版の標準を決め難いのは、組版に関する視点が3つあるからのように思える。つまりまずページの設計者であるデザイナとか編集者の立場と、組版作業者、それと組版システム開発者の立場がある。……これら3つの立場を総合してソフトに反映するのが理想だが、それが難しい。各立場に固執していてはまずいことに気づいて、組版の良し悪しに関して読者の意見を聞こうと試みる場合があるが、これは何度も失敗に終わっている。それは組版の良し悪しが官能検査に終始しているからで、色の問題のようにサイエンスにできなかったからである。JISの行組版方法ではTeXのように「計って評価する」という方法も示しているが、自動組版のためには計数的な評価方法の試行錯誤がもっと必要になるだろう。】と「主張」するが、TeXのようにマイナス何点と【計数的な評価方法】が示されることが、組版ソフトの「デフォルト値」がよくなることになるというのだろうか。また【計数的な評価方法】が示されることによって、ユーザーがいい組版を判断できるようになり「細かい設定」が使いこなせるようになるというのだろうか。この筆者自身、いい組版とは何かを何一つ示さず、見下ろしてものを言っているだけである。ああでもないこうでもないと評論してメシを食っている方を文筆ヤクザという(タイトルが最初アップされたときには「日本語組版の決定番」となっていてあとで「決定版」に直したようであるが、文筆ヤクザなら文筆ヤクザらしく、誤字誤植には気をつけてもらいたいものである)。〔文責・前田年昭〕
1月16日 ▼毎日Interactive 2001年1月15日付に「野宿者:長居公園のテント 撤去を始める 大阪市」。【関連必読URL:長居公園行政代執行に対する抗議声明と抗議要請(長居公園・仲間の会/長居公園・ホームレスの会)】(01.02.11補記)。▼『朝日新聞』2001年1月14日付に「『好況』が生んだ個人破産、米国で年間130万人――豊かさ求め、カード借金」(学芸部・斉藤泰生)。【好況が続く米国で、年間百三十万人近い個人破産者が生まれ、この十年でその数が倍増している。銀行間の競争が激しさを増し、クレジットカードが大量に発行されるなかで、消費者も豊かな暮らしをカードに求め、借金をつくってしまうためだ。……米連邦最高裁判所の統計では、米国の個人破産の申立者は一九九六年に百万人を超え、九八年は約百四十万人に急増。九九年は少し落ち着いたものの約百二十八万人に上った。米国は人口約二億七千万人だが、比率でみれば破産者は日本の約五倍だ。……消費者も景気にあおられている。/消費者問題に詳しいアイオワ州立大学のタヒラ・ヒラ教授が九七年に調べた個人破産の原因は、約七割が衣服や車の購入、旅行など生活の豊かさを求めるものだった。そして多くは、ミニマムペイメント(最低支払い)という返済方法で行き詰まっているという。/千ドルの買い物をしても二十ドル程度支払えば、残りは翌月以降に繰り延べできる仕組み。月々の支払いは少額だが、残額には年二〇%前後の金利が付くため、数枚のカードでこの方式を利用すると借金は膨れ上がる。「三年から五年続けるとほとんどの人は破産する」とヒラ教授はいう。……日本では不況型の個人破産が増えている。/最高裁の調べでは、昨年は十月末現在で十一万千六百十二人。前年より一割強のペースで増え、最終的には十三万人を超える見通しだ。……こうした現状を受けて昨年十一月の臨時国会で、改正民事再生法が成立した。多額の借金を抱えた人の救済手段はこれまで、自己破産、任意整理、調停の三つ。破産は借金が帳消しになる代わりに不動産を失い、任意整理は弁護士が、調停は裁判所が、債権者側との間に立って返済の交渉にあたるが、利息は減っても元金は減額されないのが普通だ。】。
|