読書録 2000年9月後半(敬称略)

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  • 9月30日 ビル・トッテンのページ(Our World No.413)の「負債総額1兆4,788億円、8月では戦後最大」が、『日本経済新聞』2000年9月15日付と同16日付の記事を紹介、転載。とくに16日付「家計所得の伸び二極化」は、【家計所得の回復傾向が所得水準の違いで二極化している。総務庁がまとめているサラリーマン世帯の家計調査によると、所得水準が高い世帯の収入が今年春から前年同月比で増加に転じたのと対照的に、所得水準が低い世帯では収入の減少に歯止めがかかっていない。……サラリーマン世帯の家計調査を興銀証券が分析したところ、7月の高額所得層(世帯数で上位40%、年収で概ね800万円以上)の世帯主の収入は前年同月比1.3%増加し…4ヵ月連続で増加している。……これに対し、低所得層(世帯数で下位40%、年収で概ね640万円以下)の世帯主収入には回復の兆しが見られない。7月の収入は前年同月比1.6%減となり、昨年12月から8ヵ月連続して前年割れが続いている。】と報じ、ビル・トッテンは【これは、米国型資本主義を盲目的に取り入れてきた日本が、その結果として「二極化」まで招くことになったといえる】とコメントしている。

  • 9月29日 ▼宮崎学のページに、警察の「焼け太り作戦」が動き出す。▼JCJのページ(週刊・マスコミ気象台)のページ(2000年9月29日付)に、「青少年基本法に民放連が反対声明」。【日本民間放送連盟は21日、自民党が国会提出を準備している「青少年社会環境基本法案」への反対意見を表明した。法案が行政機関による有害番組の認定を認めているためで、「言論・表現の自由が侵害される」と法案の撤回を求めている。民放連は、法案の根拠が「青少年問題の原因を社会環境にのみ求め、短絡的」だと批判したうえで、「青少年健全育成の美名に隠れた言論・表現の自由の抑制だ」と訴えている。(「毎日」9月22日付)】。

  • 9月28日 一票投票禁止仮処分弁護団(弁護士・佐藤昭夫、大口昭彦、野田房嗣、和久田修)による2000年9月26日付「声明」が、がんばれ国労闘争団のページの闘争団・家族ネットワーク「貫徹」第15号(2000年9月27日)に載った。
    【一 中曽根内閣による、いわゆる戦後政治の総決算路線の眼目としての総評解体攻撃、その最大の環であった国鉄分割民営化政策の強行に続く、攻撃の完成として、二重の意味での国家的不当労働行為である「四党合意」に対しては、全国の人民労働者から、当然にも、強い怒りの声が沸き上がっている。/そして更に、労働組合にあってはならない、現場組合員に対するさまざまの官僚主義詐術を以て、これの受容れを強行しようとしている国労執行部に対する怒りと、一方、こうした国鉄闘争圧殺攻撃に対して、全国から起ち上がった闘争団・組合員の戦いに対する、熱い連帯の声も日増しに強まってきている。
    二 このような情勢・戦うエネルギーを受けて、国労闘争団・組合員の諸氏は、現場組合員・支援者の声も無視した本部が、四党合意受容れのための詭計として打ち出し、強行しようとしているいわゆる一票投票に対して、敢えて国労本部を被告として、禁止の仮処分裁判闘争を提起し遂行した。(九月一一日第一次提訴・九月二一日第二次提訴。提訴者は日を追って拡大していった。)/ここにおいて組合員側は、国鉄分割民営化問題の不当労働行為性・四党合意の反労働者性・臨時大会およびその開催・運営の反組合員性等々、今次の四党合意問題の全ての問題性を剔抉(てきけつ)、禁止を迫った。
    三 これに対して本部側は、問題のそもそもの根元である国鉄分割民営化そのものについて、何と、「認否の限りではない。」 などとして、その態度表明を拒否するという姿勢を示し、ここまで鮮烈な形で突き出された組合員からの批判の鋭鋒を、ただただ戦術的にのみかわそうとして汲々とする、卑劣無惨な態度に終始した。この一四年いな数十年、風雪に耐え国鉄労働者として国労の旗の下に戦い抜いてきた組合員にとっては、目を覆うばかりの姿であった。
    四 しかるに、五・二八反動判決を以て中労委命令を覆した裁判所は二一日(第一次)および二五日(第二次第一審・第一次第二審)、いずれも本件一票投票に関する大会運営について瑕疵(かし)の存在を認めながらも、本部から提出された欺瞞的資料に立脚し、結論において、我々の申立を斥け、本部を救済した。これは、まことに遺憾であり、原告を中心とする組合員・闘争団・支援者共々、怒りに堪えないところである。/しかしながらこの裁判闘争過程において、これまで殊更に曖昧な表現・態度に終始し、一票投票による形式主義的集約を以て大会決議を回避しようとしてきていた本部が、追いつめられ、「最終的決定は大会決議による」旨、明言せざるをえない事態を作り出したことは、本件裁判闘争の大きな成果であった。
    五 かつ何にも増して、この裁判闘争が、この間の四党合意受容れ反対闘争や二回に亘った臨時大会闘争の過程で噴出した、多くの現場組合員の国鉄闘争に対する強い闘志と戦うエネルギー、支援者の連帯の熱意の結集点として実現し、闘争前進のひとつの足がかりを形成し得たことは、大きな成果であったと考える。
    六 我々弁護団は、今回の裁判所決定に対して強くこれを弾劾すると共に、今後更に組合員・闘争団・現場の全組合員・支援の諸氏と固く連帯し、国鉄闘争を共に戦っていく決意である。
    右、声明する。】

  • 9月27日 がんばれ国労闘争団のページに、闘争団・家族ネットワーク「貫徹」第14号(2000年9月26日)。【43人が第2次仮処分申立】【私たちはなぜ国労にいるのか】。

  • 9月26日 承前、子安宣邦『方法としての江戸―日本思想史と批判的視座』。子安は小泉保『縄文語の発見』の批判をつうじて「一国的境界言語の表象」を論じ、【「言語の中に日本人の本質がかくされている」とは、まさしく文化本質主義者の言説ではないか。「日本人の本質」などといったものは、その本質を志向するものの言説上にしか存在しないし、その言説上にはじめて構成されるものであることは、この言語学者は考えようとはしない。それどころか言語こそ民族の血脈といった民族主義的な、あるいはもっと濃密な民族生理主義的な言語観が底深くこの言語学者を支えているようだ。「言語は民族のもっとも有力な証拠である」といった命題は、「言語」と「民族」の両者のうちに、基層的形質の同一性が歴史のさまざまな変転を通じて長期に保存されるものだという理解の上にはじめて成立する命題であるだろう。「言語」と「民族」の歴史的同一性の理念が比較言語学者を支えているのだ。ひるがえって思えば、言語の担い手における言語意識の持続的な同一性を前提とすることではじめて、比較言語学という学問における諸言語の比較と、言語間の親族関係の類推が可能になるのである。】と書いている。

  • 9月25日 子安宣邦『方法としての江戸―日本思想史と批判的視座』2000年5月、ぺりかん社。【〈国語学〉が、いつしか〈日本語学〉にすりかわりつつある。】という子安は【…だがこの〈日本語学〉はあの「外国語としての日本語」の政治的コンテクストを脱色させて、〈日本語〉を〈世界の諸外国語の一つとしての日本語〉に、いいかえれば〈国際語・日本語〉に転位させることによって成立した〈日本語〉への視点からなる言語学的な言説である。……すりかわりの言説とは出自の秘密の隠蔽のうえになる欺瞞の言説である。何が隠蔽されているのか。〈日本語〉とは〈日本国家語〉の対外的な顔であり、〈国語〉とはそれの対内的な顔であったということだ。支配的言語である〈日本国家語〉の対外的な馴致的言語の普及は〈日本語教育〉として、対外的な規範的言語の権威確立は〈国語教育〉としてあったということである。この出自の隠蔽のうえになるすりかわりは、〈日本国家語〉の支配的言語としての構造をそのままに、対内的な顔を対外的な顔にふりかえることである。〈国際語・日本語〉の登場とは、だから日本語学者の意識におけるような〈世界の諸言語の一つ〉としての〈日本語〉の登場ということでは決してない。……〈国際語・日本語〉の登場とは世界的支配言語〈英語〉と交錯しながらも、その支配性を分かち合い、補い合う形での新たな支配的言語の登場である。/〈国語〉から〈国際語・日本語〉へのあのすりかわりが隠蔽してしまうのは、この支配的言語の内外両面における支配性である。】と書いている。

  • 9月24日 明石散人「アカシックファイル(21)―見せ掛けの論理」〔『IN☆POCKET』2000年9月号〕。吉野川第十堰の問題で【工事が中止になった場合、賛成派住民の不満の矛先はお上に向かわず反対派住民に向けられる。でも、賛成派住民の怒りはあくまでもお上に向けるべきであり、…反対派住民に公然と反目すれば、この瞬間からお上の立場は双方住民の公平なる客観者へと変わってしま】い【庶民が表舞台へ登場し、お上の代弁者を努めるようになったら、それこそお上の思う壺】という明石はまた、【全体主義の最大の定義は…正論と正義が支える国家の在り方】であり【見せ掛けの真理を認めるとお上のロジックは全て正義と正論になり、これに反対する人は正義と正論に反対する人だからパージの対象となる。……見せ掛けの真理の誘導で…、庶民自体に異分子の存在を拒否する体質が育てられてしまった】と指摘し、【住民投票とは…暴力を伴わない革命とも言え……使用方法を誤ると、対立する住民をお上のプロパガンダ役に追い込み、結果としてお上が目論む全体主義への手段として利用されてしまう危険がある。住民投票は諸刃の剣だ。その意味で、お上に完全に逆手を取られた吉野川第十堰を巡る今回の住民投票に…、俺は未来への危機感を覚えた】と書いている。

  • 9月23日 ▼[aml 19115]に、井上澄夫(戦争に協力しない!させない!練馬アクション)「緊急アピール/石原都知事の殺人行政=「殉職の強要」を止めさせよう」。▼INTERNET Watch連載中の「小形克宏の『文字の海、ビットの舟』―― 文字コードが私たちに問いかけるもの」。第2部第12回 0213の最終審査で、なにがおこったか? 〜3.電子協の根回し(下)(2000年9月20日)、同第13回 0213の最終審査で、なにがおこったか?〜3.電子協の根回し(完結編)(2000年9月21日)掲載。▼10月1日-6日、第15回早稲田青空古本祭(10:00-19:00、穴八幡宮境内)。

  • 9月22日 がんばれ国労闘争団のページで、「JRに法的責任あり!4党合意反対・全国連絡会ニュース NO.1」は【…「四党合意」は、あくまでも「国労がJRに法的責任がないことを認めること」が前提条件であり、不当労働行為の責任を免罪し、限りなくゼロに近い水準の条件をも呑まざるを得なくするための布石にほかなりません。……退陣を表明した執行部が、混乱の原因である「四党合意」を撤回せずに、次期執行体制をも拘束するようなことは常識的にも許されませんし、委員長挨拶を拍手で確認したことが大会決定であるかのような議事規則の歪曲した解釈に加え、規約にも規則にもない「一票投票」で組合員に判断を委ねることは、一見「民主主義」に見せかけた執行部の責任回避と言えます。】と訴え、「JRに法的責任あり!4党合意反対・全国連絡会ニュース NO.2」は【本部は、「早期解決」を錦の御旗にしていますし、確かに誰もがそれを求めています。だからといって、どんな水準でもいいとは誰も言っていません。確かに、国労が「白旗」を揚げれば直ちに「早期解決」となるかもしれません。しかし、「JRに法的責任がない」ことの承認は、誰もが国労の白旗と思わざるを得ません。その解決水準は闘争団家族が生活できるものとは到底考えられないし、それは解決でなく、切り捨てとなり、屈辱的な解決内容が想定されました。だから、反対の声が巻き起こったのです。……一票投票の本部資料では、委員長の特別発言があたかも大会構成員に配布されたかのように載っています。…高橋中央執行委員長の特別発言はその抜粋部分以外に重要な部分が前段と後段にありました。…その特別発言の前段は「2回の臨時大会の混乱の責任の謝罪」「闘争団とその家族の闘いに対しての国労の背骨としての評価」また、さらに重要なこに「JRに法的責任のないことを認めるとしただけの大会は開催できないことの中央執行委員会での確認」等々。そして、後段には「闘争団個々人が今後の生活保障を確立する名誉回復を含む要求の実現」。そのための実践として、「共闘関係の信頼の回復、大衆運動、ILOの最終勧告の獲得」等が述べられていました。この発言は、誰もが聞いても、「4党合意」「JRの法的責任なし承認」の撤回が前提であると思ったはずです。ところが本部資料では特別発言のその部分が一切削除されています。】と本部討議資料の情報操作を糾弾している。

  • 9月20日 帝国データバンク(倒産情報)のページに、「全国企業倒産集計2000年8月報」。【倒産1704件、8月としては戦後最高/負債1兆3783億6500万円、8月としては戦後最悪を記録】として、同報告は【2000年8月の倒産は前年同月比21.5%増の1704件となり、10カ月連続して前年同月を上回った。今年2番目であるとともに8月としては戦後最高の高水準である。負債も前年同月比47.4%増の1兆3783億6500万円となり、8月としては戦後最悪を記録した。不況型倒産は1289件で、構成比は75.6%となり、13カ月連続して70%を上回っている。低価格化と市場の縮小に対応できず競争力を失っている多くの企業に、銀行の厳しい選別=切り捨ての動きが加わっている。金利上昇と金融再編は特に、過剰債務を抱えて売上ダウン・コスト削減の悪循環に歯止めが掛からない建設・不動産・流通などの企業を待ったなしの状況に追い込んでおり、中小の取引先や下請企業はそのしわ寄せを受けている。当面、9月の中間期決算を越えられない企業が多いと思われ、倒産は一段と増加する見通しである。】と指摘している。

  • 9月19日 『通販生活』2000年秋の特大号(カタログハウス)掲載の「対談/日本の食を考える」で野坂昭如と対談した鶴巻義夫は今度改正されたJAS法(日本農林規格)を批判し【新JAS法の「有機認証マーク」は、日本の有機農業をどんどん潰すことになってしまいます。…今後は有機農産物に「JASマーク」をつけなければいけないということですね。…基準をクリアしているかどうかを第三者の認証機関が検査することになり、さらに基準外の作物が流通した場合などの罰則は農家に課すというのですから、有機農業を志す農業家にとって、また一段ハードルが高くなったということです。】と述べ、「消費者にとってはルールが明確になっていいように思えますが?」との問いに対しても、【きちんと運用されればいいですよ。しかし実際には、ますます自国の「有機作物」を排除していく結果になると思います。問題の一つは価格です。認証を受けるには費用がかかるのです。それも作物一品ごとに20万円以上ですから、あつかう作物を全品認定してもらうと金額は莫大です。家族経営で小規模農家の多い有機農家は、まず太刀打ちできません。認証を受けずに「有機」として出荷した場合には100万円以上の罰金ですから違反などとてもできませんし、かといって値上げをすれば売れなくなる。つまり、せっかく純粋な有機作物をつくっても、お金を払わなければ「有機」と表示できなくなるわけです。…私はそもそも、有機作物にシールを貼るという発想がまちがっていると思うんです。有機農業というのは、もともと土中の微生物の働きを利用して栽培するという昔ながらの自然な農法です。その作物に認証を義務付けておきながら、農薬や化学肥料を駆使した現代農業の作物はそのままでいいというのがおかしい。どうしても認定シールを貼るというのならば、農薬や化学物質を使っている農作物にこそつけるべきです。】と指摘している。

  • 9月18日 『実話時代BULL』2000年10月号(メディアボーイ)が「緊急リポート/『組織犯罪対策法』に宣戦布告!!、怖るべき法の拡大解釈・運用を糾弾する」を特集。猪野健治「国家の監視下に置かれる国民のプライバシー――ノーチェックで『盗聴』はやりたい放題」は、【“盗聴法”の運用こそが犯罪的】と盗聴法の本質を指摘し、目森一喜「悪法には、まず智恵をもって臨むべし――徹底抗戦こそ任侠人の道」は【例え法律であろうと、こうした間違った法律、悪法には断固たる態度をもってするのは国民の義務である。】として、【…理不尽な事と徹底して戦う事は、ヤクザにとってだけではなく、全国民にとって有益なのである。/「ヤクザは暴力団だ」「ヤクザは悪い」という宣伝に乗せられ、市民社会には任侠道に対する誤解が広がっている。/こういう時代であるが、任侠道をまっとうしようとするならば、徹底して自己防衛を行い、裁判を戦い、言語道断な法律と政策の不備をついて行くしかない。/ヤクザと交際があるというだけで、警察や行政がカタギに圧力をかけるという例が全国にある。/このように警察権力が人と人との交際、つまり人の心の中に入り込んでくる事は異常なのである。/今、この悪を突き、正そうとする事が人のためになる任侠道である。黙って罪を認め、服役するという、これまでの美学とは反するかもしれない。しかし、今ひとたび美学を捨てる事が任侠道にかなうのであれば、それを置く事は必要である。/現在、ヤクザにとって権力から自らを守る事がそのまま任侠道になるのである。/権力によって心までは支配されないという事を貫く。この任侠道が終わったとしたら、ヤクザは、権力が言ってきた通りのものとなるしかなくなる。/すなわち、暴力団であり、マフィアである。……ヤクザがそれをしないのは、ただ任侠道を守ろうとしているからである。/日本のヤクザの精神を支えて来た任侠道にとって、暴対法、組織犯罪対策法との戦いは最後の戦いとなるかもしれない。もし、これに破れたら、任侠道は消滅し、ヤクザは犯罪組織となるしかないのである。……】と提起し、【これは、雨風や台風などの自然現象と違って黙って頭をすくめていれば、通り過ぎてくれるなどというものではない。間違う事の多い人が行っている政策なのだ。/これと戦う事だけが、任侠道に生き、任侠道をまっとうする道なのである。】とむすんでいる。

  • 9月16日 宮内勝典『善悪の彼岸へ』2000年9月、集英社。オウムの【教義そのものを批判しなければ、あの恐ろしい事件からなにも学ばなかったことになる。】として【…タントラはエロスの受容から始まり、ついには悪や殺人さえ肯定するようになった。だがそこには差別される民の怒り、義憤、階級闘争などが含まれていた。善悪の彼岸まで行け、という悲痛な叫びが込められていた。麻原の「世界救済計画」や「タントラ・ヴァジラヤーナ」には、そのような意味での闘争は含まれていない。野心の口実にすぎなかった。】と批判する宮内は、【文学の衰退と、オウムの台頭は通底しているように思われる。そこが無念なのだ。】と指摘し、【文明は移動していく。神の観念も移動していく。……チグリス・ユーフラテス川のほとりから地球をぐるりと回り、カリフォルニアの波打ち際で行き止まりにぶつかった…。そこで流れはよどみ、先進国のニヒリズムや無数のカルトが発生した。その病理は海を渡り、いま日本を洗っている。ここはもともと世界を仮象とみなすニヒリズムの風土だった。そこに海を渡ってきた別系統のニヒリズムが重なってきた。南アジア、東アジアをつらぬく太い流れと、アメリカ経由のニヒリズムが、ここで合流してしまった。/ここが、現在のデッドエンドなのだ。そして「日本型のニヒリズム」とでも言うべきものが醸しだされてきた。……ふるさとや鎮守の森はとうに滅びた。家族は危機に瀕している。少年たちはキレかかっている。少女たちは売春をする。会社は容赦なく中高年を使い捨てる。運命をゆだねるに足る共同体はどこにもない。高度資本主義の波頭に打ち上げられた意識は、どこにも帰属できないまま、波しぶきのように浮遊している。……山川草木に、もう神は宿っていない。…あとに残ったのは、オウムの信者が言ったように、金と、セックスと、食い物だけの、この日本社会である。私はさらに、シニシズムをつけ加えよう。これまで五十数か国を歩いてきたが、これほど空白感を抱かせる国を、ほかに見たことがない。私たちはニヒリズムの真っただ中で吹きさらしになっている。】と書いている。
    〔関連読書録〕竹岡俊樹(99年11月29日付)中村雄二郎(99年11月1日付)同(99年1月24日付)