6月15日 朝倉喬司『電子・少女・犯罪』2000年6月、現代書館。「『少年A』に群がった生命の尊厳」の章で朝倉は、神戸・小学生殺害事件関連の新聞投書で「唱和」された「生命の尊厳」とそれに連結された「人権」イデオロギーのなかに「翼賛の文体」を指摘し、その原型として、子どもを一方的に理想化する松谷みよ子、灰谷健次郎の文章を見出し、次のように書いている。【……こういうことを断定的に言える存在があるとすれば、私には「神」しか思いあたらず、どうしてもホザいて、いやいやおっしゃってみたいのならキリスト教でも仏教でもオウム真理教でも何でもいいが、宗教という「自ら形をなすことのできる」イデオロギーの共信の枠内に限って許されるはずである。宗教の代わりに(?)灰谷は子どもの一方的な理想化を基底にこういう態度をとる。/「ユートピアを構想する者は(そのユートピアでの)独裁者だ」というハンナ・アーレントの言葉を引きながら、柄谷行人はその著『日本近代文学の起源』(講談社)のなかで次のように述べている。//『真の人間』『真の子ども』を構想する教育者、児童文学者はそのような“独裁者”でしかありはしない。しかも、いつもそのことをまったく意識しないのである。//柄谷のこの指摘に、ここでの灰谷ほど、あからさまにぴったりな例も珍しいだろう。/かくして私は、ある文体の原型を探すうちに、限度を超えたイデオロギーの「限度の超え方」の、あるいは、あらぬ「強迫」で子どもを縛る、やさしい人たちの素振りの、それぞれ原型(らしきもの)に遭遇した。そして、灰谷健次郎が『FOCUS』問題で、あんなにもひっちゃきになって新潮社とやり合ったモチーフも、おおよそ想像がついた。/きっと彼は、神戸事件が露呈させたイデオロギーの限界が、子どもの理想化に基づいた聖域(ユートピア)を自壊させるのを恐れたのだ。それで外縁に敵をつくって、保つべき形を求めたのだろう。】
6月14日 asahi.com 2000年6月13日付〔http://www.asahi.com/0613/news/national13020.html〕が「『神の国』発言で真宗大谷派が抗議声明を決議」と報じている。【真宗大谷派(本山・東本願寺、京都市下京区)の僧りょでつくる議決機関の宗議会は13日、森喜朗首相の「神の国」発言に抗議する声明を賛成多数で決議した。同派の代表役員の木越樹宗務総長はすでに発言の撤回を求める書簡を発表しているが、今回の声明にはより強い「抗議」という言葉が盛り込まれた。森首相は同派の門徒にあたる。/声明は「憲法に背反する重大な発言」とし、「国家主義的な動向に対して決して与(くみ)しない」と表明している。】。
6月13日 白川勝彦Webサイトの「永田町徒然草No.62」で自由民主党・元衆議院議員、元自治大臣・国家公安委員長である白川勝彦は、「信なくば立たず……通信傍受法について」との見出しのもと【私は、かねがね通信の秘密という問題に関心がありました。「思想・良心・信教の自由」の最も近くの外延にある自由が「通信の秘密」であるとの考えをもっています。私が長い間郵政関係の問題に関心を持ってきたのも、そのせいかも知れません。/インターネットをはじめてから、インターネットをやる人々が、通信傍受法にいかにナーバスか知りました。そして、自分でもメール通信をしてみて、もしこれが他人に見られたらどうなるか、考えるだけでもゾッとします。身の毛がよだちます。とても、大事なことをメールなどで送れません。/きたる6月17日(土)に警察刷新会議の公聴会が新潟で開かれるそうです。しかし、この警察刷新会議のメンバー、やり方などをみるといかにも官僚らしい例のやり方で進んでおり、こんなことで本当の「警察刷新」ができるのかと疑問です。革命的な改革なくして警察への信頼など生まれるはずがありません。元国家公安委員長としてこんなことをいうのは残念です。/しかし、最近の目を覆うばかりの警察の不祥事の数々、さらに私自身が巻き込まれたことでも明らかになった警察組織の退廃や腐敗、自己保身体質に直面してみて、現在の日本の警察に通信傍受法に定められる強力極まりない力を与えてよいものかと自問するようになりました。】と書き、【私は、警察の革命的改革を断行し、国民の警察への信頼が回復しない限り、通信傍受法の施行は再考しなければならないと考え、そのために具体的な行動・提案をする決意です。…】との決意を述べている。
6月12日 日本経済新聞6月11日、連載・「中流神話」は崩壊したか・第4回で高村薫「『消費』『情報』が平等幻想生む」は、いま日本人は情報で現実の格差を見ないでいると指摘し、「機会は均等だが、結果の不平等は存在していたと。」との問いにこたえ【そうです。それを覆い隠す役割を実質的に果たしてきたのが、消費だった気がします。…消費することで、人生についての格差を一生懸命忘れようとしたり、埋め合わせようとしてきたのです。/ところが近年、将来への不安が高まり、消費することにそう積極的にはなれなくなった。サラリーマンもポストが減り、収入も増えない。そうした中で、今まで消費で覆い隠してきたものが隠せなくなって、はたと格差に気付いたという状況にみえます。/では、日本人が今、どうしているかというと、消費の代わりに新たに「情報」で格差を埋めようとしています。少なくとも若い世代は、情報だけは平等でインターネットのツールさえもっていれば、全世界の人と同じ情報を共有できるという幻想をもっている。情報にのめり込むことで、個々人の能力や収入、将来性といった現実の格差を見ないでいるのだと思います。】と述べている。
6月11日 North Korea TODAY 2000年6月9日付に「南北韓インターネット言語コードが統合される」と題してinews24.comからのニュースの和訳。【南北首脳会談を控えて、南北韓の間の言語をインターネット上で全く同じ方式として表現するための、南北韓インターネット言語コード統合作業が本格的に推進される。/8日、inews取材チームが確保した資料によれば、8月17日に中国で開かれる「東アジア言語処理とインターネット情報技術」という主題の国際学術大会で、南北韓インターネット言語コード統一案が本格的に論議されることが確認された。/これと関連し、東国大コンピュータ工学科のピョン・ジョンヨン教授は8日「昨年9月から南北韓インターネットコード統合に対する作業を行ってきた」としながら「今回の中国での国際学術大会を通じて、南北インターネットコード統一に関する議論が始まる」と説明した。/これにともない、これまで子・母音の表現順序の差によって、特定言語をコンピューターが認識できる数字に代入させた際、南北韓間の言語がお互いに通じなかったという問題が完全解決されることと期待を集めている。/南北韓インターネット言語コードが統合される場合、インターネット上で南北韓の言語が単一の方式で表現される、南北韓インターネット言語「統合時代」を実現することができるようになる。……】
6月10日 「『民衆の安全保障』沖縄国際フォーラム」のページが開設された。【6月30日から7月2日、私たちは、タイのバンコクにある国際NGO「フォーカス」と共同して、沖縄、浦添市において、東北アジア、東南アジア、南アジア、またアメリカ合州国からの活動者とともに、「民衆の安全保障」沖縄国際フォーラムをひらきます。……沖縄国際フォーラムで、私たちは、1.アジア・太平洋での米軍と米戦略の役割をつきとめ、2.アジア・世界のなかでの沖縄民衆の米軍基地に対する闘いの意味を明らかにし、3.アジア太平洋における国際的な平和の創造の条件をさぐり、4.女性たちの運動が明らかにしてきた軍隊・基地の性差別的な成り立ちの認識を共有し、5.国家による暴力的介入に口実をあたえている地域・宗教・人種間の紛争を民衆自身が解決する方策をさぐり、6.アジアの民衆への近代日本の関わりへの歴史認識を批判的に検討し、7.その上で、民衆による民衆の安全保障のための国境を越えたネットワークの形成をはかりたいと思います。】と訴えている。
6月9日 読書録6月8日付既報の件、Asahi NewsPaper〔http://www.asahi.com/paper/national.html#SK30263〕が「青少年環境対策法案、報道関係者らが反対声明」として報じている。記事によると【参議院の自民党が素案をまとめている「青少年有害環境対策基本法」について、ジャーナリストやメディア関係者らが8日、「表現の自由を脅かす内容を含んでいる」と反対する緊急アピールを発表した。/この法案は、青少年の暴力や性に関する価値観に悪影響を及ぼす社会環境を排除しようというもので、次期国会に議員立法として提案する準備が進められている。テレビやビデオ、雑誌などの商品やサービスが、暴力的行為を誘発したり残虐な性向を植え付けたりすると認められた場合は「総務庁長官や都道府県知事が必要な措置をとるように勧告したり、従わない事業者の公表ができる」などとしている。/東京都千代田区の日本記者クラブで記者会見した上智大文学部新聞学科の田島泰彦教授は「青少年保護を名目に広範な概念を設定し、広く規制の網をかけようとするものだ」と訴え、「表現の自由や報道の自由という憲法上の権利にかかわる重要なテーマを、社会的議論もせずに国会に上程を図るのは乱暴だ。法案成立を阻止したい」と語った。】。〔00.6.10補記:6月9日付朝日新聞14版第3社会面に載ったが、他の紙誌はとりあげていないようだ。眼が視えていないのか!〕
6月8日 文化通信(文化通信速報版)のページ(6月7日付)に【桂敬一、清水英夫、原寿雄、田島泰彦ら大学教授・有識者7人が「青少年有害環境対策基本法(素案)」に反対を呼びかけ、「緊急アピール」を発表へ。6月8日午前11時から、東京・内幸町の日本記者クラブで。】。
6月7日 家辺勝文「ウェブノート」6月6日付に【パーソナルメディア株式会社のプレスリリースによると、7月発売予定のBTRON仕様OS次期バージョン「超漢字2」が「JIS第3・第4水準」を標準装備する。GT書体の実装がますます遠ざかるように見える中で、「明朝」のみと予告されている「第3・第4水準」がどのような書体で実装されるのかも興味をひかれるところである。ただし、基本的な問題として、JIS X 0213 における第3・第4水準漢字集合とは、規格に対する適合性の規定として“実装水準4”(JIS X 0213 で規定する11223文字のすべてを実装する)及び“実装水準3”(JIS X 0213 で規定する文字のうち第4水準漢字集合を除く8787文字のすべてを実装する)を区別するために設定された文字集合であり、第3・第4水準漢字集合を切り離して、例えば「超漢字」の現行バージョンの文字集合に追加するというような用法は、すでに JIS X 0213 の外側にあるものと言わなければならない。いずれにしても「超漢字」では、現在のバージョンでもISO及びJISが採用している「符号化文字集合」の定義から逸脱している。なぜなら、そこには、文字集合内の文字とビット組合せとを“1対1に関係付ける,あいまいでない規則の集合”があるのではなく、多くの文字について、文字とビット組合せは「1対多」のあいまいな関係になっており、この符号化の方法を用いて信頼性と共有可能性を備えたデータを作ることは、不可能ではないとしても至難の業だと思う。】。そのとおり!
6月6日 日本エディタースクールのページに網野善彦『歴史としての戦後史学』の刊行案内。ISBN4-88888-297-5 C3021、四六判並製320頁、定価(本体2200円+税)。【敗戦後の混乱する時代状況のなかで,歴史に対する意識はさまざまに変容した.そのなかで,研究者たちは,いかにして自身の道を模索していったのか.それは,極めて困難な過程でもあった.本書は戦後歴史学を生きた著者の,研究者としての自分史であり, 史学史の貴重な証言でもある.目次●序にかえて/戦後の“戦争犯罪”●I 戦後歴史学の50年/戦後歴史学の50年――歴史観の問題を中心に、津田左右吉氏の学問における「生活」と「科学」、50年間の導きの書――佐藤進一『鎌倉幕府訴訟制度の研究』、私にとっての「古典」――川崎庸之氏の著作●II 史料を読む/東寺百合文書と中世史研究●III 歴史学と研究者/歴史家の姿勢――『川崎庸之歴史著作選集3』解説、『論集 中世の窓』について、商業史・都市史の成果――佐々木銀弥『日本中世の都市と法』解説、中世商工業史の進展――小野晃『日本中世商業史の研究』解説●IV 日本常民文化研究所/戦後の日本常民文化研究所と文書整理、古文書の結ぶ縁●V 渋沢敬三の学問と生き方/渋沢敬三の学問と生き方――『渋沢敬三著作集 第3巻』解説、被差別部落・「原始民族」への言及について――『渋沢敬三著作集 第1巻』解説●インタビュー/私の生き方】
6月5日 [aml 17943]に「『許すな!憲法改悪・市民連絡会』の森喜郎首相辞任要求/森喜郎首相は「天皇・神の国」発言を撤回し、即時辞任せよ!」(2000年6月1日、許すな!憲法改悪・市民連絡会事務局)。【5月15日の神道政治連盟国会議員懇談会で、森首相は「日本の国、まさに天皇を中心にしている神の国であるぞということを、国民のみなさんにしっかり承知していただく」とか「神社を中心にして地域社会というのは栄えていく」などという発言をしました。/この発言は、どう読んでも、どう解釈しても、誤解しなくても60年前の皇国史観、国家神道、天皇主権を讃えているとしか理解できないもので、明らかに日本国憲法に反するものです。/26日の釈明記者会見でも、森首相は「神の国」発言を撤回しないばかりか「間違ったことを申し上げているとは思わない」と言い切り、「誤解を招く表現を反省」したのみで、開き直った態度としかいえませんでした。/わたしたちは、この発言を重大な憲法違反であり、民主主義を否定するものであり、直ちに発言を撤回し、即刻辞任すべきであると思います。/首相はこれまでも「教育勅語礼賛」「沖縄蔑視」「エイズ問題」「在日韓国・朝鮮人」などについても、問題発言をくり返してきた人物であり、憲法改悪にも積極的であり、このたびの発言は、これまでの経過からみても、思わず漏らした失言などではなく、首相の「本音」であり、確信犯的発言だといわざるをえません。/森自民党幹事長が、首相になった経過、理由も未だ不透明であり、まったくもって首相の資格、素質に欠ける人物といわざるをえません。/わたしたちは、森首相の責任を追求し、即時辞任することを要求するものです。】。
6月4日 文化通信(速報版)のページ(6月2日付)に、【ヘルメースの会第4回講演会「近代出版流通システムの臨界点」小田光雄氏(パピルス代表)、6月23日午後6時半から、東京・飯田橋のシニアワークで。0424−68−1178 】。
6月3日 ビル・トッテンのページ(Our World)に「醜い秘密:米国人労働者の実質賃金は25%低下」、「CEOの報酬と解雇者数がともに上昇する米国」。前者はラビ・バトラ『The Great American Deception』(邦訳なし)から「第二章 The Ugly Secret(醜い秘密)」の抜粋訳。後者は2000年4月6日のロイター通信から「1999年、最高経営責任者の報酬が17%上昇(『ビジネスウィーク』誌調べ)」「2000年3月の米国の解雇者数は前月比58%増を記録」の二つのニュース。ともに、アメリカ社会の本質を客観的事実で裏づけている。
6月2日 [aml 17867]に井上澄夫「新憲法制定以来、最も愚劣な首相について」(「やさしいまちづくりをめざす 吹田わいわいフォーラム」の機関誌『With You』2000年5月号)。【森の挨拶の内容は緻密な検討に値するが、ここでは問題点のすべてに触れることはできないので、なにより森が、現憲法が保障する「信教の自由」という普遍的価値(原理)を、まるで理解していないことに触れたい。】として井上は【森は「信教の自由だからどの信ずる神も仏も大事にしようということを、学校でも社会でも家庭でも言うことが、日本の国の精神論から言えば一番大事なこと」と言う。しかしそもそも「信教の自由」には、特定の信仰を選択する自由、選択しない自由、信仰を替える自由が含まれる。だから「無神論」の立場に立つことも、当然「信教の自由」によって保障される。「神様・仏様」にかかわらないことも、特定の信仰を持つことと同等に尊重されねばならないのである。森は「宗教というのは自分の心に宿る文化」と言うが、無宗教の心のありようも「人の心に宿る文化」である。この点は、森に限らず、多くの人が誤解しているのではないだろうか。特定の信仰を選択することだけが「信教の自由」ではない。/この「信教の自由」は、ほんらい国境と関係なく人類が共有すべき普遍的な価値であり、「日本の国の精神論」(?)などという、手前勝手な主張によって、いささかも制約されるものではない。また決してそうあってはならない。/森が「人の命は神様からいただいたもの」と考えるのは彼の自由であるが、それは彼自身の一種の信仰告白であり、そう思う人(森であれ、誰であれ)は、そう思わない人、そういう考えに疑問を抱く人の考えと立場を、無条件に尊重し擁護すべきである。そして、それが万人に「信教の自由」が保障されるということなのである。…】と指摘している。
6月1日 [aml 17913]に「緊急出版・石原発言批判本のPR」。【緊急出版!! 6月5日刊行予定『石原都知事の「三国人」発言の何が問題なのか』四六版並製 240頁(予定)/予価1,700円+税 ISBN 4-87714-272-XC0036、内海愛子・高橋哲哉・徐京植 編
《本書の主な内容》緊急座談会:「三国人」発言で何が問われているのか? 内海愛子・高橋哲哉・徐京植/執筆者:山田昭次、梓澤和幸、鵜飼哲、梶村太一郎、金石範、金子マーティン、駒込武、コリン・コバヤシ、徐翠珍、慎蒼健、鄭暎恵、中西新太郎、前田朗、目取真俊、劉彩品、吉成勝男、渡辺英俊、長沼節夫/資料:石原慎太郎発言録、海外のメディアの反応、各団体・グループなどからの抗議声明・アピール、参考文献リスト/影書房 tel03−5907−6755 fax03−5907−6756】
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