1月15日 Language/Powerのページに、何平「中国のWTO加入とネット社会のインフラメーカー:コンピューター業界の一展望」。【中国のコンピュータ業界は、一九八〇年代以来、外国との合弁、合資などを含む様々な形での技術及び商業合作を 模索してきた、九〇年代に入ってから、パソコン産業の国際化が更に進み、中国国内市場での競争はむしろ国際市場 における競争の延長線にあるといえる。九〇年代初期、中国は、パソコン製品の輸入許可証制度を廃止し、同時に、 関税も大幅に下げたため、有名な外国製品が間もなく中国市場にあふれるようになった。一九九三年に、国内市場の 占有率において、前の一〇位を占めているのはすべて外国のパソコンメーカであった。しかしながら、このような激 しい市場競争があるからこそ、中国国内パソコンメーカは、技術、商品、営業ネット、アフタサービスなどの面にお いて、相当進歩してきた。現在、聯想、方正、同創、長城、など中国国産の製品は既に中国国内市場の半分を占めて いる。その中、聯想集団企業のパソコンは一九九八年国内市場の一四パーセントを占めており、三年連続トップの座 を保った。一九九九年第三期に、初めてIBMとコンパックに超えて、アジア市場の最も売れ行きのいいブランドとな った。】他、Language/Powerのページ新着では、八田洋子「『ぼっけぇ、きょうてぇ』」、L/P編集チーム「クロスランゲージ検索」。
1月14日 ▼『現代』2000年2月号の魚住昭「麻原彰晃主任弁護人逮捕は『冤罪』である」が安田好弘弁護士不当逮捕事件をわかりやすくまとめ、また本質をとらえていて必読! ▼藤永壯のページが韓国で1月13日に公布された「済州4・3真相糾明および犠牲者名誉回復に関する特別法」の日本語訳を紹介。
1月13日 承前、『リビングデザイン』2000年1・2月号の「特別企画・スケルトンの仁義なき戦い」の島崎信「『お天道様に恥ずかしい』っていう言葉、知ってる?」は【アップルが開拓した土地の脇にピタッとくっ付いて、そこで権利がどうだなんて、盗人猛々しいよね。…プロがプロとして機能しなくなった時代、末世だね。……ソーテックにも「e-one」のデザインをして図面を引いた人がいるわけでしょ。その人の肩書きも一応はプロフェッショナルデザイナーと自称する人なんだよ。…その人は、デザイナーではなく、単なる会社員なのさ。現に最初に依頼されたデザイナーの川崎和男さんは断っているのだから(『AERA』99.10.4)。川崎さんもフリーランスデザイナーとして、最先端のパーソナルコンピュータのデザインができると、最初は胸を躍らせたと思う。こういうデザインの美味しい部分は、ほとんど企業内の会社員デザイナーが独占的に手掛けてきているから。しかし、川崎さんは途中でソーテックの意向を蹴って、結局デザインすることを断ったという、その過程には苦渋の数々があったことでしょう。でもね、それがプロのデザイナーなんだよ。いろいろ口うるさくデザインの指示を出して、やっかいだからと、先方から次の契約を切られることもあるかも知れない。だけど、それを承知で、自分の倫理感のレベルを崩さない意志。これは道徳的な問題で、今さら知的所有権を持ち出すまでもない。】。『知恵蔵』のデザインを鈴木一誌のあと朝日新聞社から依頼されたプロフェッショナルデザイナー柴永文夫には「苦渋」はなかったのだろうか?
1月12日 『リビングデザイン』2000年1・2月号(発行・リビング・デザインセンター、発売・風土社、注文センターTEL.03-5392-3604 →風土社販売部 03-5281-9537(月〜金10時〜17時受付)【05.12.22訂正】)がe-oneのiMacデザイン盗用騒動から「デザイン」を考えるという「特別企画・スケルトンの仁義なき戦い」を特集。都築響一「秋葉原の子供たちに『e-one』は笑われてるよ」は【今までのパーソナルコンピュータになかった新しいデザインを導入した「iMac」。それに刺激されて、ウィンドウズらしいもっとカッコイイ製品を創ってやろうっていうのが、開発者ってもんでしょ。ソーテックをしょぼいなって思うのが、発売前に弁護士と相談して「法律的には問題ないと判断した」ってフレーズ。これは法律云々ではなく、開発者の誇りとか、尊厳が許さない問題。ここで法律を持ち出しても、非常に弱い説得力しかない。……工業デザインに限らず、グラフィックや建築などのコピーの問題は、難しいようで実は単純。それを真似かそうではないかを隔てる境界線がハッキリある。そのラインは、オリジナルに対するリスペクトがあるかないかに因るんですよ。…「e-one」からは尊厳やプライドが一切感じ取れない。そんな目に見えない最後のラインは、法律ではとてもコントロールできないものです。むしろ精神的な問題でしょう。すべての盗作問題はそこに行きつく感じがしますね。「iMac」と「e-one」が似てるかどうかって、結局はどうどう巡りの論議。デザインに著作権が認められたら違ってくるとは言われているけれど、デザインについて裁判官が理解できるのかも疑問。……まあウィンドウズ派の人たちはとっても恥ずかしい思いをしたと思うよ。「VAIO」がうらやましくて、しょぼくれていたMacユーザーも、ちょっと巻き返して誇らしかったんじゃない。】
1月11日 文字鏡Netのページに、「文字鏡研究会・超漢字部会」開設(1999/12/26付記事)。【文字鏡の9万字に及ぶフォントをBTRON仕様OS「超漢字」が搭載されました。そこで、「超漢字」愛用者の中で、漢字を中心とした文字に関心があったり、必要があって漢字フォントを作ってもらいたい、あるいはこのような文字を入れた方がよいという方のために文字鏡研究会の部会として新設しました。「超漢字部会」の部会長には、TRONプロジェクトリーダーの坂村健先生のご推薦により、越塚登助教授(東京大学情報基盤センター)にご就任いただきました。なお、TRON協会の部会として開設される「TRON文字収録センター」(インターネットのサイトとして運営される予定)で収集された文字も、この「超漢字部会」に渡され、文字鏡に収録後、フォントデータをパーソナルメディア社に引き渡し、「超漢字」に収録・反映される予定です。】
1月10日 フリードリヒ・キットラー+シュテファン・バンツ、前田良三+原克 訳『キットラー 対話』1999年11月、三元社。【…理論物理学や数学がほとんどレパートリーから外されるようになって以来、技術的なものやエンジニアに関したことが自然科学に侵入してくるわけで…そうした技術的なものがひょっとしたら基盤ではないのか…。つまり技術あるいは技術の規則性が、精神の問題、エンジニアの問題あるいは自然科学上の問題をプログラミングできて、そうしたものが共通の新たな基盤を作るのではないかということさ。…ハイデガーやフッサールが自然科学と一線を画そうとする場合、彼らの念頭にあるのは分析的な自然科学、色彩の美しさをスペクトルに分解してしまう自然科学のことなんだよね。しかし今日われわれが自然科学のことを語る場合には、画像=イメージを生み出すテクノロジー、つまり技術的かつ総合的な方法のことを言っているので、その場合文化や文化現象を文化技術として記述することはもはやそれほど恐るべき困難ではない。】【芸術の罪のなさというのは、近代になってより一層ひどくなったということなんjないかな。…ダ・ヴィンチは…大砲や殺人器具をいろいろ考案もしている。…ところが19世紀になって、芸術家自身と実社会におけるその悲劇的な運命がテーマになってくると、彼らの罪のなさが目立つようになってくる。…フーコーがどこかで言ってたけれど、フランス革命以降、悲劇的なものを意識するという感覚が消えてしまったんだ。…だからこそ、できればもう一度悲劇性を取り戻そうというわけだ。初期ニーチェのようにね。物事を劇的にするというのは、つまり悲劇的にすることであって、いつまでも生活改善とか社会保険といったことばかりに気を奪われるなってことさ。そうではなくて、社会保険が戦争という形で、われわれにつきつけてきた重荷や値段について考えようということだよ。…だから、芸術家は罪がなくて、真の英雄は軍事技術者だなんて言ってばかりではだめなんだ。両方ともに関係づけなくちゃいけない。】
1月9日 承前、石川九楊「文字は書字の運動である――文章作成機〔ワープロ〕作文は何をもたらすか」。【文明と歴史は文字の運動である】という石川は結語として【東アジアの文字と思想再生のために】4点を提起している。【第一に、書字は、文明、文化、歴史形成の原動力であり、書字を妨げる文書作成機〔ワープロ〕や個人用電子計算機〔パソコン〕は、事務用せいぜい浄書用に限定して用い、書字=筆蝕を盛んにして、日常不断の思考の復権をはかること。……第二に日本、中国、朝鮮とも可能な限り、書字法を縦書き、印刷文を縦組みに戻すこと。……第三に漢字の基準は、台湾や朝鮮(漢字を本格的に復活した上でのことだが)が用いている正字にあることを再確認すること。……第四に、朝鮮語について言えば、まず、漢字を復活し、さらにハングル筆記体をつくる努力を始めることであろう。…現在のように、民衆にまで文字が解放された時代に至っては、民衆が日常不断に書くことによって生み出す文字と言葉こそが、文化の根幹に居坐ることになる。】。さらに文字コード問題について【関連して言えば、一部の学者や文学者に見られる個人用電子計算機〔パソコン〕に登載する印刷漢字のコードをめぐっての、「文化破壊」などの議論は、馬鹿馬鹿しい限りである。社会の文字の規範は、印刷文字にはなく、日常不断の民衆の書字の総和相乗の彼方に想定されるものである。…印刷文字は、実際の肉筆の代用文字にすぎず、その絶対化こそは、文字中心の漢字文化圏の最大の害悪、笑うべき戯画である。…印刷漢字コードをめぐっての学者や文学者の議論は、個人用電子計算機〔パソコン〕や文書作成機〔ワープロ〕の普及とともに生れた文字マニアのくだらぬ「チャット」の類にすぎない。】と書いている。
1月8日 石川九楊「文字は書字の運動である――文章作成機〔ワープロ〕作文は何をもたらすか」〔『文學界』2000年2月号所収〕。【書字を打字に変えただけの…和文タイプライターが文章作成機〔ワープロ〕にとって変わられた時代から、歴史と文化の断絶が始まっている。…無意識の意識こそが本心であるから、本心の部分は、ローマ字や仮名文で思考し始めるのである。…文章作成機〔ワープロ〕が、日本語の漢字仮名交り文を決定づけ、仮名書き論者の論がすでに実現性を失ったと言うのは、誤解であって、漢字仮名交り文という外形とは裏腹に、本心部分ではローマ字化や仮名文字化が、分裂しながらも進展している予想外の事実が浮び上がる。この分裂の間隙に生じるのが、不必要なまでの、漢語の乱用である。…さらに言えば、戦後の文字改革とそれに追随した書字を通じて唯一最大の成果は、接続詞や副詞、助詞、助動詞から、不要で、衒学的〔ペダンテイク〕な漢字を追放し、また、仮名表記の方がふさわしい文字については、これに無理に漢字を宛字することなく、仮名文字を定着したことであった。ところが、文章作成機〔ワープロ〕は、語彙と表現力の縮小と言う犠牲をはらった上でこのような戦後唯一の文字改革上の成果についても、反動的に、これをつきくずそうとするのである。】とする石川は【本心はローマ字文・仮名文、表面上は、漢字仮名交り文という二心をもった文章作成機〔ワープロ〕作文は、結局のところ、十全な思考と文を生まない。】がゆえに【表現と教育と家庭から、文章作成機〔ワープロ〕や個人用電子計算機〔パソコン〕を遠ざけること】【文学賞は「本人自筆」に限れ】と主張している。
1月7日 ▼WEB東奥1月1日付に「冷戦時、三沢は核攻撃基地だった」。【東西冷戦が深刻化した一九五〇年代後半から六〇年代にかけて、米軍三沢基地はソ連沿海州や北朝鮮、中国東北部などをターゲットとした核攻撃基地として機能。三沢市の天ケ森射爆場で、実戦さながらの激しい核爆弾投下訓練を繰り返していたことが、東奥日報社が入手した米空軍機密文書から明らかになった。EWP(緊急戦争計画)またはSIOP(単一統合作戦計画)と呼ばれる世界規模の核戦争計画に伴うもので、有事には同基地の戦闘爆撃機が米軍政下の沖縄・嘉手納基地から運ばれる核弾頭「コア」を装てんして出撃。ソ連軍の核爆弾貯蔵庫など指定された軍事施設に投下することになっていた。……米空軍戦術核運用の実態が公式文書によって明らかにされるのは世界的にも初めて。】。▼総務庁統計局「労働力調査(速報)平成11年11月結果の概要」(平成11年12月28日公表)によると【就業者数は6481万人で、前年同月と同数となっている。……完全失業者数は295万人で、前年同月に比べ4万人の増加となっている。求職理由別に前年同月と比べると、自発的な離職による者及びその他の者は増加、非自発的な離職による者及び学卒未就職者は減少となっている。季節調整値でみた完全失業率は4.5%で前月に比べ0.1ポイントの低下となっている。男女別にみると、男性は4.7%で、前月に比べ0.1ポイントの上昇となっている。女性は4.2%で、前月に比べ0.3ポイントの低下となっている。】。関連して首相官邸のページの最新の「官報資料版」(平成11年12月22日)に労働省「毎月勤労統計調査 平成十一年九月分結果速報」および経済企画庁「法人企業動向調査―平成十一年九月実施調査結果―」などが公開されている。
1月6日 JAGATのページに井上務「文書の電子化と再現性」。【日本では,OCRの本質とか原本性の問題,字形,外字の問題などをほとんど理解せずに,文書の電子化が進んでいると常々危惧している】という井上は、電子文書の原本性確保方策にかかわる報告を総務庁のホームページから紹介している。「共通課題研究会中間報告〜電子文書の原本性確保方策を中心として〜」および「文書の管理状況等に関する調査結果」だ。【欧米では,Acrobat Captureという製品が既存文書の電子化に活躍しています。この製品の簡易版が,Acrobat欧米版にも付属しています。Acrobat Captureは,スキャナをコントロールして,文書をビットマップイメージで取り込みます。さらに,内蔵のOCR機能を使って文字認識を行い……これだけでも画期的なのですが,Acrobat Captureには使う者を唸らせる究極の機能があります。「イメージ+テキスト」という型式のPDF。このPDFでは,画面表示やプリントアウトの際,スキャンしたイメージがそのまま使われます。画面上ではビットマップの文字の部分を選択したり,コピーアンドペーストもでき,もちろん検索もできます。直接は見えませんが,OCRで抽出したテキストがビットマップの文字の下に隠れているのです。これにより,PDFの特徴である,テキストデータを使う高速全文検索による大量の既存文書の検索を実現すると同時に,オリジナル文書の再現性を確保できます。……なぜ,アメリカの官公庁がこのフォーマットで電子化を進めているのかというと,原本性確保そのものなのです。いったん紙になったもの,戦前の新聞,古文書,大統領のサインのある文書など,既存の貴重な文書を電子化して公開することは,社会的にも大きな価値があります。しかし,私たちが現在持ち得る技術には限界があります。すべての文字の形をフォントに置き換えることも,OCRで識別することもできません。しかし,いずれは高度に発達したコンピュータ技術が,まるで熟練した人間のように,人に代わって文書を認識してくれる時代がくるでしょう。Acrobat Captuerが実現した,ビットマップイメージを残した形で電子化されたPDF文書は,将来にわたって原本性を確保する一方,そうした新しい技術が実用化されれば,再度新しい形での電子化が可能です。……次の世代に残せる確かな電子化が今,求められています。】
1月5日 田中克彦『ことばのエコロジー』1999年11月、ちくま学芸文庫。「識字・非識字とは何か」のなかで【文字がことばの実体をおおいかくし、ゆがめ、真実から人々を遠ざけているという認識は、ブルームフィールドに至るまでの近代言語学が最も強調したい項目の一つであった。】という田中は【印刷言語は、ことばの生命とでも呼ぶべき部分をそぎ落とすことによって成立した。それが人間の言語活動の一部でしかないこと、しかしそうでないと思われているのは、紙の上にとどめられた印刷言語だけを唯一のものと考え、それだけに目をこらすよう求める印刷言語イデオロギーの支配によるものであることは銘記しておかなければならない。……近代言語学の精神は全体として見れば、非識字の言語学である。…だからこそ、言語学は保守的エリート文化人から憎悪され、敵視されたのである。…この近代言語学のイデオロギー性を鋭くかぎつけた人がジャック・デリダであった。この人も動機は異なるが、チョムスキーと同様、印刷言語の時代の、印刷言語の思想家だからである。それもじつはやむを得ないかもしれない。現代哲学とは、印刷言語だけが可能にした学芸だからである。】とし、【アルファベート文字の世界に住んで、識字・非識字を研究する人たちは、文字の出現が、いかに、人間とことばとの関係に激変をもたらしたかに人々の注意を向けようとしてきた。しかし、第二の、いな窮極の識字ともよぶべき漢字が、それを外来文字として受ける言語においては、意味の世界の割りかえという、言語の深層にまで及ぶ影響のことはほとんど考えていないだろう。そこでは文字の獲得はそのまま意味の獲得であって、オトはもはや、意識にものぼらないほどの遠くの背景の中に消えてしまうのである。】とむすんでいる。
1月4日 『芸術新潮』2000年1月号に(鼎談)石川九楊+川瀬敏郎+福田和也「伝統とは何か?」。【日本の書は傾くんですね。垂直線は、おそらく中国に預けていると思う。】という石川は【…垂線を中国に依存し、もたれかかり傾いている。学生に何か歌や俳句を与えて白い紙に書いてみろといったら、彼らは必ず2行目の行頭は下げて書きます。この行頭がかたちづくる斜めのラインというのがずっと僕は気になっている。《洛中洛外図屏風》の家の屋根の構図なんかもそうですね、全部斜めのラインからできている。世界中どこの言葉でも行頭はそろえて書くものです。日本だけです、行頭が斜めに下がって傾くのは。これはおそらく、中国に対して“控える”という意識の現れなんだと思う。平仮名を女にたとえてみたり、新しくできた文字を仮りの文字、仮名だと言ってみたりするのも同じことでしょう。ただ例外もあって、先にもふれた近衛信尹の書はおもしろいですよ。この人は行頭を控えないで、そろえるんです。これは何の書き方かわかりますか? 近代詩の書き方なんですよ。まあ日本の書史では例外的なスタイルですがね。】と発言している。
1月3日 メディアの辺境地帯のページに《年末年始特集》として大住良太1999年の振り返り(上)(2000.1.2)和歌山毒カレー事件/安田弁護士事件/宅配毒物事件/組対法/甲山事件/タイ偽ドル札事件、同99年の振り返り(下)と2000年の展望(2000.1.2)所沢ダイオキシン/脳死移植/雅子妃「懐妊」/報道規制/検察・警察不祥事/オウム排斥運動/団体規制法。大住は1999年のメディア批評のしめくくりに次のように書いている。そのとおりと共感!【二十世紀最後の年である2000年、日本は「オウム」などのような社会の呪われた部分を悪魔払いし、「ミレニアム」…と称して九州・沖縄サミット、二千円札発行などの「白ミサ」を実行しようとしている。このような社会を、フランスの社会学者、ジャン・ボードリヤール(jean Baudrillard)氏は著書「消費社会の神話と構造」(1970年、今村仁司訳、紀伊国屋書店刊)で次のように予言していた。 『中世社会が神と悪魔の上で均衡を保っていたように、われわれの社会は消費とその告発の上で均衡を保っている。悪魔のまわりにはさまざまな異端とさまざまな黒魔術の流派が組織されえたが、われわれの魔術は白く、豊かさのなかには異端はもはや存在しえない。それは飽和状態に達した社会、眩暈(めまい)も歴史もない社会、自ら以外に神話を持たない社会の予防衛生的な白さなのである。』 この著書は最後に、『ある日突然反乱と解体の過程が始まり、1968年5月と同じように予測はできないが確実なやり方で、黒ミサならぬこの白いミサをぶち壊すのを待つことにしよう』と書いて終わっている。オウムはいやだが、キリスト教徒がわずか1%強しかいないこの国で「ミレニアム」は良しという「眩暈も歴史もない」連中には、徹底的なぶち壊し、いや違った(笑)、批判が必要だ。】
1月2日 『たて組ヨコ組』第53号(1999年12月モリサワ発行、ヨコ組特集・スラヴ文字)に、大橋力「ブルガリアン・コーラスの魅力、音楽と文字に通底する文化の特質」。【自分たちの言語にカスタマイズされた文字を持っている国や地域がある一方で、どこかから借りてきた文字を使っている国がある。…オリジナルな文字を持っている文化圏の多くは、まさにブルガリアがそうであるように、きわめて独特でしかも成熟度の高い、魅力的な音楽を持っている。これは非常に興味深いこと】という大橋は、【ブルガリアン・コーラスのもたらす快楽の隠された秘密】を【バリ島のガムランなどにも共通していることですが、一言でいうと高周波の音が豊富にふくまれていることです。…私たちが開発した録音・再生システムと脳電位活性の計測・分析法による実験によれば、高周波をふくむ音は、快適性や陶酔性の指標といわれる脳波“α波”を活性化させ、しかも耳できこえる範囲の音も非常に心地よく、艶やかに感受させる効果をもつことが分かったのです。】と指摘する。【日本の義太夫や長唄、初めて聴くと眠くなってしまう地唄などにも似たような傾向があります。…そうした快感に身を浸す豊かな感受性と、漢字仮名三系統を駆使する贅沢な日本の文字文化とは無縁ではないかもしれません。】【ブルガリアン・コーラスにしても地唄にしても、譜面に落としてみるとじつに単純です。かつてはそうした記号化・符号化された指標によって、土着的な音楽は単調なものだといった価値づけが行われていた。ところが…最新のコンピュータ・テクノロジーや複雑系の理論といった科学技術を駆使すると、そこに隠された複雑で繊細で、きわめて高度な仕組みが見えてくるわけです。】
1月1日 「未来」を特集した『広告批評』2000年1月号でメディアの未来について東浩紀「バラバラにされた時間のゆるやかな結合」。【これまでのメディア論は、新聞、テレビ、ラジオ、どれをとっても、人びとをまとめ上げる能力に重点が置かれ、展開されてきたものでした。……マクルーハンのメディア論の基本には、テレビやラジオがあるのです。けれど、インターネットの登場によって明らかになったのは、むしろ、電子ネットワークが人をバラバラにするという現実だった。……現在は、時間を共有させるものから時間をバラバラにするものへ、メディアの社会に対する関係が大きく変わってきている時代だと考えられます。】という東は【いま大事なのは、一言で言うと、情報のモノ化なんです。…情報がモノ化するということは、結局、メディア上のイメージよりも、実際の流通システムについて考えることが大事になるということです。】と指摘し【たいていの文化論は、流通や物流のことは抜きにして、もっと抽象的に「文化」という統一性を考えている。でもその根拠は、結局、社会のおもな情報の回路を出版社やテレビ局が独占していて、その中に編集者やディレクターたちの「業界」があって、さらにはそこに代理店が絡む、といったシステムにあったと思うんです。だから、業界の話だけしてれば、なんとなく文化全体の話ができたような気がしてた。しかし、流通のシステムが変わってしまえば、そんな文化論は根底から覆ってしまう。物流、流通、通信というモノの回路の変化によって、いまや文化的にも大きな変動が起きつつある。メディアの将来もその流れの中で考える必要があると思います。】とむすんでいる。
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