読書録 1999年5月後半(敬称略)

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  • 5月31日 ▼再掲「いま必読のリンク集」。「盗聴法(組織的犯罪対策3法案)関係ページ特集」。▼「いま必読のリンク集」さらに「ネットワーク反監視プロジェクト」は【28日衆院法務委員会での強行採決糾弾!衆院本会議での三度目の強行採決を許さず、廃案までたたかいます。/今後のスケジュール/緊急声明私たち市民は、盗聴法の強行採決を認めません/newインターネット弁護士協議会の緊急声明/これが強行採決された修正案と付帯決議(1.組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律案に対する修正案…これは、組対法三法のうちの、マネーロンダリング規制および厳罰化規定部分の修正案です。2.犯罪捜査のための通信傍受に関する法律案に対する修正案…組対法三法のうちの、盗聴法部分の修正案、3.衆院法務委可決盗聴法修正案全文…この文章が、上記(2)の修正案にもとづいて政府原案を修正したもの。これが、28日に衆院法務委員会で強行採決された、現時点での組対法の中の盗聴法部分の最終法案です。4.付帯決議】ほか。

  • 5月29日 ▼ビル・トッテンのページに『アメリカ・インディアンから見た「民族浄化」:「涙の旅路」を忘れるな』。ビル・トッテンは「米国の政策を批判するものですが、新ガイドライン関連法案が国会で審議されている今、日本の行く末を考える上で有益な示唆を与え」るとして『オーランド・センティネル』紙から、チャーリー・リースが書いたコソボに関する論評を紹介している。
    【ユーゴスラビアへの空爆において、米国の役割を最も端的に表わす言葉は「偽善」かもしれない。クリントン政権が攻撃を正当化するために持ち出すセルビアの大罪といわれるものは、すべて合衆国政府がアメリカ先住民に対して長い間行ってきた、そして今も続いている大罪と同じである。
     合衆国政府は建国以来、自分たちが占領したアメリカ大陸に住む先住民族を根絶あるいは同化させる政策をとってきた。細菌戦争、老人や女子供の大虐殺、生まれた土地からの強制移住、荒れた居留地への隔離、それらが米国の政策であった。
     米国人は、セルビア人がアルバニア系住民を追い出しているというが、米国はアメリカ大陸の南東部から文明化された5部族(北米インディアンの5つの部族、Cherokee、Chickasaw、Choctaw、Creek、Seminoleの呼称)を強制移住させたことを忘れている。この追放は後に「涙の旅路」(米国政府の移動命令に抗しきれずCherokee族インディアンが族長に率いられて、ジョージアの故郷からオクラホマに移動した苦難に満ちた旅(1838〜39年)を指す。途中約4分の1が命を落とした)と呼ばれるようになった。アメリカ・インディアンは自分で持てるわずかな物だけを手に住居を追われた。死者や死に行く者たちを道の両側に残して西へ追い立てられた。住居に残ろうとした者や逃亡を企てた者は処刑された。彼らが追い出された領地は、かつて合衆国政府との協定によって一定の自主権を保証され、永遠にインディアン主権の土地とされていたことも忘れてはならない。しかし、米国人がその貪欲さから先住民の土地を奪う気になると、その協定はたちまち効力を失った。
     世界の国々は大蛇の毒牙におびえるように、米国が侵略を続けるのを恐れおののきながら傍観しているが、いずれ自分たちの主権が剥奪され、攻撃される時がくるかもしれないことを忘れている。……
     自国のやり方を他国に強制する合衆国の政策は、それに屈服する国家を分断し弱体化させるだけである。アメリカの規範を受け入れた国の国民を待ち受けているのは、金融危機や増加する組織犯罪、不平不満だけである。
     合衆国政府は、世界平和や人権といった言葉を盾に他国を侵略している。他の諸国はもうこの欺瞞に気づいてもいい頃だ。国際社会はユーゴスラビアの小国の勇気ある先導に習って、もう限界だというべきである。そしてその誇り高い小国をむしろ支援するべきだ。……】▼「盗聴法(組織的犯罪対策3法案)関係ページ特集」。いま必読のリンク集。

  • 5月28日 JCJのマスコミ批評のページに「読者を扇動、責任は回避」(亀井淳)。亀井は都知事石原を担いだマスコミを批評して【それにしても週刊誌を中心とするマスコミは、なぜ石原氏を担いだのだろうか。/一言でいえば、「ガツーン主義」である。/政治も経済も社会人心も不安定なここ数年、週刊誌はこの混迷を「ガツーン」とやってくれる人間を待望し続けた。その一つが小沢一郎「剛腕」への期待で、彼は93年に自民党を割ったこと以外はすべて失敗しているのだが、彼が復活したのは昨年の北朝鮮によるテポドン発射のおかげである。/ガイドライン関連法を何がなんでも通すために野中官房長官が「自自連立」を打ち出したためだが、それが成立したのは、当時週刊誌などに充満していた「北朝鮮=鬼ヶ島」論、それに対抗する「小沢剛腕=桃太郎」説であったといえよう。/その後も戦争賛美の小林よしのり氏の「戦争論」が50万部も売れるという文化状況の中に、米英がイラクをミサイル攻撃する(12月)、NATOによるユーゴ空爆(3月)、そして日本海で自衛艦が「不審船」に発砲するという「ガツーン」情報が次々に聞こえてきた。/そうした空気を集約するような計算しつくしたタイミングで出馬したのが石原氏である。彼は週刊誌と夕刊紙、スポーツ紙、ワイドショーをフルに利用した。出馬が決まると週刊誌は政策論議は抜きにして、もう知事選の帰趨は決まったかのように書いて世論を誘導した。/大量得票で石原氏が当選したあとは、各誌がいっせいに「石原新党」はいつできるのかと書いた。だが、それは長続きはしなかった。ファシズム的体質にさすがに懸念が起こったのかも知れない。】

  • 5月27日 吉川勇一のホームページNATO空爆問題についてのノーム・チョムスキーの論文翻訳掲載。これはアメリカの「Zネット」( http://www.zmag.org/current_bombings.htm )に掲載されたノーム・チョムスキー「ユーゴ空爆について」の和訳(吉川勇一訳)。【世界秩序にかんする諸規則は、1930年代後半にその意味を失ってしまったわけだが、それとまさに同じように、今日、この諸規則がこれ以上破壊されることは不適切だという主張は、かなり妥当といっていい論だろう。世界秩序の枠組みに対する世界の指導的国家による侮辱は、すでに極端なまでになっており、その結果、議論すべきことなど何も残されてはいない。国内の資料を調べてみれば、こうした姿勢(スタンス)はごく初期の時期、1947年に新しくできたばかりの安全保障理事会の覚書にまでさかのぼり得ることがわかる。ケネディの時代に入ると、この姿勢(スタンス)はあからさまな表現をとり始める。そしてレーガン=クリントンの時代での主要な変革は、国際法と国連憲章への正面からの反抗がまったく公然と実行されるようになったということである。……ふつうに言われてきた主張は、われわれは何もしないわけにはゆかなかった、残虐行為が続いているというのに、ただ傍観していることはできなかった、というものである。――が、それは決して真実ではない。常にそうなのだが、選択肢の一つに、「第一には、害になるようなことをするな」というかのヒポクラテスの原理に従うということがある。そして、その基本的原理に従う方策が思いつけぬのであれば、その時には、何もするな。いつでも、考慮し得る方策はいくつもあるものだ。……国際問題および国際法という学問的な専門分野の中では、ヘドリー・ブル、あるいはレオン・ヘンキンの見解ほど評価の高いものは、他に容易には見当たらない。ブルは、今から15年前に、「特定の国家、あるいは国家グループが、他の国ぐにの意見を無視し、世界共通の善について裁定する独断的な裁判官の地位に自らを置こうとするならば、それは事実として、国際的秩序に対する、したがってまたこの分野における効果的行動に対する、脅威となる」と警告した。一方、ヘンキンは、世界秩序についての規範的労作の中でこう書いている。「武力行使の禁止を弱めるような圧力があることは嘆かわしい。そしてこうした状況の下では、武力の行使を適法とするような議論には、説得力がなく、危険でもある。……人権は擁護されねばならず、その他の不正も矯正されねばならないと私は信じるものだが、しかしその方法は、侵略に扉を開き、国際法における原理の進歩、戦争と武力の行使の禁止を破壊するようなものではなく、別の、平和的手段によってなされなければならないのである」と。】

  • 5月26日 JCJのページ(週刊・マスコミ気象台)は『「毎日」が漢字の制限を緩和』との「新聞協会報」5月11日号記事を紹介している。【毎日新聞は1日付紙面から、一部の常用漢字表外字の使用をはじめるなど、用語の制限を緩和した。表示外〔表外字のミス?〕でも読者に身近な漢字を取り入れ、わかりやすい紙面作りを進める。改革は、常用漢字表外字のうち「誰」「謎」など37文字を使用するほか、「要」「他」の常用漢字の読みに「かなめ」「ほか」の表外訓を追加した。新聞界は常用漢字の範囲で記事を書くことを原則としてきたが、一方では「自筆では書けなくても、読み方が分かればワープロやパソコンで表記できる現実がある。また、漢字とかなの交ぜ書きでは本来の漢字の持つ意味が分からず、読みにくいとの批判もあった」(松崎仁紀・紙面審査委員会副委員長兼用語幹事)。このため同紙では、昨年11月から用語検討委員会で検討を進めていた。】

  • 5月24日 『日経バイト』1999年6月号に「アドビ、Acrobat新版を6月に投入、国際化と使い勝手向上を図る」と題したレポート(市嶋洋平)。6月18日発売予定のAdobe Acrobat 4.0日本語版の主な強化点として【日本語フォントの埋め込みは…「Acrobat Distiller4.0」で行う。Type 1 CIDとTrueTypeフォントのアウトラインデータを抽出してPDFファイルに文字コードとともに図形として埋め込む。…英語版Acrobat Readerでの2バイト文字表示は「Asian Font Packs」をダウンロードしてインストールすれば可能になる。今のところ、日本語、中国語、ハングルが用意されている。一つのPDFファイルで各国の文字フォントを表示することもできる。……WWWブラウザ中に表示しているPDFファイルの文字列検索をようやく可能にした。…PDF文書に文字列を追加/削除する「TouchUp」機能を追加……このほかWindows版では、URLを指定すると、そのページのHTMLや画像を自動的にダウンロードしてPDFに変換する機能を備えた。サイト全体や指定した階層までのページを自動的にたどり、リンクも含めてPDF化する。】

  • 5月23日 『月刊アスキー』連載中の檜山正幸「XMLへの招待」第13回が「特別インタビュー―JIS第3、第4水準のゆくえ」〔1999年6月号〕。インタビューを受けた芝野耕司が第3、第4水準が10646に入らないという風説に対して反論している。【尊王攘夷派は言うわけだ。「10646はアメリカの陰謀だ」「JISと10646は対立している」「米国私企業の論理で漢字が制限を受けている」と。…そういう陰謀説を鵜呑みにしてマスコミがいろいろ書き立てたわけだ。第3、第4水準が10646に入らないと、理由もなく考えるのも、この影響を受けているんだよ。…で、尊王攘夷派に対して開国派は、欧米がとにかく良いという価値観で、せっせと通訳・翻訳をしているんだ。開国派でね、ISO、Unicode、W3Cとかインターネットソサエティとダイレクトに交渉している当事者でない人間、義務も責任も持っていない人間なのに、「国際的なあの組織がこう言ってるから、こうしてくれないと困るんだ」と主張する。でも、そんなのおかしいでしょう?技術を論じるときに、権威に頼って話をするべきではないんだよ。文字コードなら、JISとかISOとかUnicodeとか、あるいは国語審議会がどう言ってる、康熙字典はどうだ、諸橋大漢和がどうだとかね、そういう権威に頼っちゃいけない。特に新しいものを作るときには、そういう権威じゃなくて技術は技術として話をしなきゃいけない。どういう文字が必要とされているのか、それが大切だろう。……必要なのは、漢字についても1字1字を検討して、中国・日本・韓国で、どの文字が同じで、どれが違うのかというユニフィケーションの作業なんだ。きちんとやるべきだったんですよ。ユニフィケーションというのは文字を制限する話ではない。…同文同種という言い方があってね、同じアジア民族で「同種」ね。それで同文は漢字文化圏ともいうけど、漢字という文字を共有しているわけ。ラテンアルファベットを共有している文化圏と同じように、漢字文化圏は漢字を共有している。…だから、そういう共通のベースがあるところではユニファイができるわけ。というより、もともと文化的にそうやってきたんだから。諸橋大漢和を作るときも、康熙字典をベースにして作ったわけだ。諸橋大漢和は日本の漢字だっていう人もいるかもしれないけど、あれは嘘。自分は見識があるんだ、違いが分かるんだって言いたいだけ。だって諸橋に音訓は書いてあるけど、その下にピンインで、現代中国語の発音が書いてあるじゃない。まさにあれはユニファイしているわけ。そういう整理をすると、では「日本でできた国字とは何か」っていう建設的な議論になる。】

  • 5月21日 丹生谷貴志「『良心の呼び声』の余白に」〔『現代思想』1999年5月臨時増刊、総特集・ハイデガーの思想、所収〕。【「良心の呼び声」は、「声とエクリチュール」の連携からなる透明な権威性を「不気味さ」において不意に脱臼させ、そこにざわめく書物を現前させることになる。言い換えれば、書物は透明な「声」を聞き取り、それを「書く」ものたち、或いは「読む」ものたちの手から離れて、文盲者および一群の技術者たちの領域となる。すなわち、文字デザイナー、組版デザイナーらの領域となる。……文字デザイナーであること、組版デザイナーであること、は、文字通り、「エクリチュール」が要請する透明さの背後から響いてくる「グリフ」の軋み、言い換えれば、「良心の呼び声」を聞き取ることであり、「文字」を軋む現存在として、「エピ・フェノメーヌさせること」に関わるのである。再度言い換えれば、そこではテクノロジーは「グリフ」と「紙―身体」を巡る「パタフィジカル・オントロジー」に関わる身振りそのものとなるのであり、そして書物は(「紙―身体」と「グリフ」の複合存在としての書物は)そこにおいてパタフィジカルな現存そのものとなる。】【源初(?)に置かれたニンゲンというテクノロジーを現存在の表層に再度可視化し可聴化すること。今やテクノロジーが全地球を覆ったというのが本当ならば、そのことはしかし、地球がニンゲンのテクノロジーの支配下に置かれ道具化されるにいたったことを意味しはすまい。そうではなくて、地球全体が、地球という身体の表層にぴったりと張りついた源初的な身体のテクノロジーの軋みそのものとなったことを意味するのだ。或いはついに真の意味で「地球全体」が一冊の「書物」となったのだと言い換えてもよい。言うまでもなくこの「書物」はもはや「声とエクリチュール」の透明な連携によって権威づけられ透視される、そうした「書物」ではない。繰り返すが、「身体」の表層と「グリフ」の間の軋み、「声」と「言葉」との間に宙づりになった軋みの総体としての「書物」、「革命的悟り(!)」においてエピ・フェノメナ化された「書物」である。】

  • 5月20日 JAGAT(日本印刷技術協会)のページに「全国で何人くらい仲間がいますか?(従業員数)」。【●印刷業32万6691人,印刷産業41万3825人/通産省「平成9年工業統計表 産業編」(総括編)によると,1997年の従業員4人以上の規模の印刷会社における従業員数は32万6691人,対前年比0.8%減で,2年連続の減少となりました。印刷会社の従業員は'94年に初めて減少し,'95年は増加したものの減少傾向にあるようです。全製造業の従業員数は993万7330人で対前年比1.6%の減少となっており,'91年のピーク以来減少傾向にありますが,ついに1000万人の大台を割ってしまいました。/製版業の従業員は4万8431人で,対前年比5.0%減となりました。デジタル化の進展で’91年の5万9123人から減少傾向が続いており,5万人台を割りました。製本業は2万4298人で対前年比0.9%減,ここ十数年2万4000〜5000人前後で推移しています。/印刷・出版・同関連産業は53万587人(対前年比0.7%減)で,そのうち印刷産業の占める割合は,41万3825人(同1.4%減)で77.2%になります。新聞業は6万7948人,出版業は4万8814人で,10年前に比較すると新聞業は減少傾向にあり,その分印刷産業の占める割合はわずかですが高くなっています。】関連:読書録5月13日付

  • 5月19日 [Font-G]メーリングリストで直井靖が小林一仁「漢字の『字体』を考える」(「しにか」6 月号)に言及。
    小林> 昭和五八年改正で第1水準中、常用漢字表外の漢字二九字種につき略字体を採
    小林> 用し、いわゆる康煕字典体を排除したことが字体問題の直接的な起因となった

    周知のことですけれど、JIS83 が「略字体を採用」したのは 29 文字だけではありま
    せん。また JIS97 の互換規準 29 文字中、「攅」は第 1 水準ではありません。小林
    氏の掲げている表は、JIS97 規格票の表を切り貼りしたものだと思いますが、切って
    捨てちゃった部分にちゃんと区点番号が書いてあったはずです。

    小林> (直井註:JIS97 の互換規準は)表外漢字で略体字しか搭載していない

    そうではなく、(明示すれば)*どちらを実装しても*規格に適合するということで
    は?

    小林> これら二九文字についてはこの略字体において「いわゆる康煕字典体」を包摂
    小林> していると心得よ、というものである。

    そうではなく、(例外として)*互いに*包摂されるということでは?

    小林> 先に挙げた二九字種の「いわゆる康煕字典体」は、(中略)補助漢字(中略)
    小林> 中に入っているので

    周知のことですけれど、入っていないもの(「騨蝉箪」の「いわゆる康煕字典体」)
    もあります。小林一仁氏は、表外漢字字体表試案を報告した第 21 期国語審議会第 2
    委員会の副主査をつとめられた方です。】

  • 5月18日 黒川創『国境』1998年2月、メタローグ。【記憶を疑ってみる必要がある。また、自分の思考自体を縛っている、日本語というものを。…砂まじりの事実に、砂まじりの記憶をあてがいながら、折り重なる層のなかをさかのぼり、すりあわせ、行きあたる事実にまじる記憶をさらに開示していくこと。そのことによって、言葉や文学のなかに機能してきた「国境」のありよう、広く言えば、社会の想像力のなかに働いてきた「国境」のありよう、また、ありうる「国境」の破れ目へと、接近していく】という黒川は、佐藤春夫の短編「魔鳥」を検討する。【ここで“魔鳥”のありかは、いわば三重の同心円のかたちになっている。/「或る文明国の軍隊」は「蕃人(蛮人)」たちを「魔鳥使い」、自分たちの植民地帝国の異分子だとみなして、「蕃地」を掃討する。一方、「蕃人」たちの世界にとっては、「或る文明国の軍隊」が持ちこむ災難が「魔鳥使いの呪術」の侵入として、映っている。そして、サッサン一家は、「或る文明国の軍隊」の乱暴がもたらした「憂鬱」のせいで、「蕃人」の村から「魔鳥使い」とみなされ、殺戮(あるいは追放)されることになるのだ。/「自分とは誰か」という問いを可能にするのは、その前にあるべき、「(自分ではない)おまえは誰か」という問いである。あるいはそれを、「日本人とは何か」を可能にするのが「(日本人以外の)他者とは何か」という問いであったと、言い替えてもかまわない。魔鳥とは、おまえは誰か、人が人に、そう問わずにおれなくさせる、何かである。この鳥が跳梁跋扈したあとで、人はその世界で、「自分とは誰か」、そう問いはじめたのだ。】

  • 5月17日 承前『しにか』6月号に田村毅「GTコード」。「本来の目的は当初から、できるだけ多くの漢字を集め、整理し、それに網羅的なコード(すべての漢字に一字ずつ唯一の番号)を付けることであったし、今でもそれは変わらない」という田村は【書体については……作業過程で、書体とデータベース(部首、画数などの漢字属性)との整合性を期すために、明朝体固有の誇張を取り去り、筆順に即し、画数と一致させるべきであるとの意見が出され、その判断にしたがって約半年かけて補正作業を行い、書体統一作業を昨年末に完成させた……今後はこれをもとにしてフォントメーカーやデザイナーが美しい書体を作っていただけるものと期待している。六万四千字の漢字フォントは完成したが、公開は本来の目的である「GTコード」を付与した「コード・ブック」の刊行と同時に行うことにした。…「GT書体フォント」、「漢字データベース」、そして「GTコード・ブック」の同時公開は、本年秋(あるいは遅くとも年末)を予定している。】

  • 5月16日 『しにか』1999年6月号(大修館書店)が「特集・日本の漢字を考える―常用漢字・人名漢字・JIS漢字」。小林一仁「漢字の『字体』を考える」は【表外漢字の字体につき、分かりやすい判断を下す一方法は、「表外漢字の印刷標準字体は、いわゆる康熙字典体とする」、そして一部、使用されている略字体など(慣用字体)は許容する、というものである。この時、私は一つの字種につき字体が異なっても認知できる知識(異体字を同一の字種として判断できる文字知識)は必要であると考える。これを「渡り」と名付けている。どの字体を選ぶかは、各個人における広い文字知識、教養、美的感覚などの上に立つおおらかな文化意識が必要である。】と主張し、家辺勝文「『JIS漢字』とは何か」は【もともと文字は符号化文字集合の外側で使われてきたものであり、漢字のように字種数も多く、字種間の関係も複雑な場合、符号化文字集合とは別の文字情報データベース(漢字字典型の文字集合)が有効である場面がたくさんあるだろう。JIS漢字のような符号化文字集合は、いかに用例を重視して文字収集を行ったとしても、ひとたび制定されればその中の要素は同じ文字体系内での「別字性」をもつだけであり、用法を決めるわけではない。むしろ文字の使い方についての知識またはそれについての参照体系とともに使われてこそ利用価値を発揮するものと言うべきであろう。】という。